Title 紀伊名所圖會  Book 紀伊名所圖會 卷之一  Subtitle 廣澤池舊地  Description 同町の東なる田畑はいにしへの池なりといふ京師西嵯峨にも同名あ りて今に秋のころは騒人雅客の月を翫ぶところとす此處は何の頃よ りか埋れはてゝ芋のはにおく露ならでは月やどすべきかたもなく牧 童野老のほかは秋のあはれをとふものなし まことや蒼海桑田のた とへ目のまへにて懷舊の情いとふかし  山家                西行 おのづから月やどるべきひまもなく池に蓮の花咲きにけり  草根                正徹 紀のうみの浪につゞかぬ廣澤も月のみなみは山の端もなし  蓮池凉雨                祇南海 玉潊荷風起 瑤池片雨飛 裙飄越谿女 襪濕洛川妃 香氣含凉遠 葉心轉露微 輕雲無所處 新月透紅衣 【以下略】  Subtitle 吹上  Description 同濱今府城の西南をいふまた砂山とてちひさき岡のあるもいにしへ の遺跡なり 此吹上の濱といふは西南の風烈しきときは白砂を高く 吹き上げて一夜のほどに吹集めよりて吹上のはまとはいふなり此地 はむかしより月の名どころにして文苑古詠かず/\あり されば年歳累りて名所も廢して蒼海三たび桑田となるのならひ今は 其俤げさへも衞士の甍を連ねて出づる月も家より出でて家に入るの 風情とはかはりぬ清少納言〔枕草子〕に云ふ 濱は吹上の濱 【略】  山家                西行法師 波かくる吹上のはまの箔貝風もぞおろすいそぎひろはん  【以下略】  Subtitle 吹上神社墟  Description 府城の南吹上和歌浦への往還なる大島氏なる屋敷の庭に古松ありて これを社地の印なりと云ふ 二本松のもとにありといふもしくはこ れをいふか〔西行山家集〕に云く 待賢門院の中納言の局をぐらをすてゝ高野の麓にあまのと申す山に すまれけりおなじ院の帥のつぼね都の外の栖とひ申さではいかゞと て分けおはしたりけるありがたくなんかへるさに粉川へまゐられけ るに御山より出であひたりけるをしるべせよとありければぐし申し て粉川へまゐりたりけりかゝるついでは今はあるまじき事なり吹上 みんといふ事ぐせられたりける人々申し出でゝ吹上へおはしけり道 より大雨風吹きてきようなく成りにけりさりとてはとて吹上にゆき つきたりけれども見所なきやうにて社に輿かきすゑて思ふにも似ざ りけり能因がなはしろ水にせきくだせとよみていひつたへられたる 物をとおもひて社に書付けゝる             〔空イ〕 天くだる名を吹上の神ならば雲はれのきてひかりあらはせ 苗代にせきくだされし天の川とむるも神の心なるべし かく書き付けたりければやがて西の風ふきかはりてたちまちにそら はれてうら/\と日なりにけり末の世なれど心ざしいたりぬること にはしるしあらたなることを人々申しつゝしんおこして吹上わかの うらおもふやうに見てかへられにけり云々 【以下略】  Book 紀伊名所圖會 卷之二  Subtitle 和歌浦  Description 今西南出島浦あり上古はこゝの洲なくて一めんの干がたなり 清少納言〔枕草紙〕に浦はわかの浦 【略】  新勅                西行法師 和歌の浦に鹽木重ぬる契をばかける燒藻の跡にてぞ見る 【以下略】  Book 紀伊名所圖會 卷之三  Subtitle 古屋の泊  Description 日野村より深山むらへ打越の峠にあり〔松葉集〕に紀伊國とみえた り土人云ふ天正の兵亂以前までは深山村の内に古屋といへるもあり しとなんまたいふ此ところはいにしへ藤原何某なる人居住せし舊地 にして日野村およびかだむら等にある所の春月の社はすべてかの人 の祖神を齋き祭れるなりとぞ 【略】  山家集                西行法師 神無月時雨ふるやにすむ月はくもらぬかげも頼まれぬ哉  Subtitle 深山  Description 加太村より大川村へいづる間に越ゆる山なり絶頂を深山峠といへり 【略】  山家集                西行 ふかき山に澄みける月を見ざりせばおもひ出もなき我身ならまし 或日く西行が此歌は大峰にての詠なりと然れどもかの山中に深山と 稱する所なし只其山のふかきをいはゞ何れの地にもありぬべし何ぞ 大峰にのみかぎらんや大峰にて深山といへるは〔金葉集〕〔千載集〕 の詞がきに神仙深禪などいへるにてみやまとはいはず今も神山とい へり此地はすなはち葛嶺につゞける峰にしていとも/\おくふかき 山なればいにしへよりうたにもさよめるなり長伯があらはせる〔秋 のねざめ〕てふ書にも深山紀州としてかの歌を引けり證とすべし 因にいふ兒童の手習ふ双紙の表題に隱語あり山の字を三つ次にるの 字を十次にちの字を五つ最後に月の字を逆に書し人をして其意をさ とらしむることむかしよりなすことなりこれをみやまとほるちごの さかづきとよめりおもふにかの西行のうたの意を暗にふくめり  Subtitle 楊柳山寶光寺  Description 黒岩村の北八町ばかり山上にあり眞言宗新義根來寺に屬す 本尊不動明王弘法大師御作にしてたけ二尺 脇壇阿彌陀佛弘法大師の御作 楊柳觀世音弘法大師楊柳樹をもつて彫刻し當山の飛泉より出現した まへる一寸八歩の閻浮檀金の靈像を頭中にこめたまふところなり 大師堂 弘法大師の尊像作しらず當國にて四十八箇所を移して順拜 の第三十七番に配す御詠歌にはる%\と登りてみれば楊柳のいとの 亂もさぞなとくらむ 鎭守社 あたご大觀現うしろの山にあり 楊柳の飛泉 本堂より東三町ばかりにあり峻嵒疊々として兩岸に聳 え松杉欝々として上方を覆ふ飛泉其中に落ちて水聲淅瀝耳根をすま せり最も竒絶の境といふべし 【略】  夫木                西行 入相のかねのみならず山寺はふみよむ聲もあはれなりけり             紀藩 桃林 霜さむく木へんばかりのさくらかな  Book 紀伊國名所圖會卷之四  Book 紀伊國名所圖會卷之五  Subtitle 飛泉  Description 本堂南西三四町ばかりにあり三流あり一をから瀧といふ一を上のた きといふ一を保昌がたきといふ 【中略】 西行「撰集抄」に云く近衞院の三位入道さいつ比かしらおろし侍り し比けちえんもせまほしくて三瀧の上人觀空のいほりにまかりたり しに折節上人たがはれ侍りしかばまち侍らんと思ひて東むきなるつ ま戸のうちにうちやすみて侍るにあでやかなるすがたざしをわざと やつせるとみえ侍りて月しろなどあざやかにて近く家を出でたる人 と覺え侍るがわれには目もかけで庭のくさばなをながめてうちうめ きける事さまのいうにおぼえ侍るほどに藤の衣のそでにつゆおちか ゝりしを又つく%\とまぼり侍りしことがらたゞ物とはみえざりし かば 露をだにいまはかたみのふぢごろも と申して侍りしかば此人とりあへず あだにも袖をふくあらしかな とつけて侍りきあまりにおもしろくおぼえ侍りしかばたれと申すに かまた理髮のむかしの御こともきかまほしく侍りとかたらひ侍りし かば我は近衞院にちかくめしつかはれたてまつりて清凉殿の月をも 秋をもかさねてながめ姑射山のもみぢをもとしを經て見侍りわづか にくらゐみしなにいたりて侍りしほどにはからざるに近衞院ほの%\ とありしよはひにてはかなくならせたまひしかば世の無常のおもひ しられて露ばかりのぐそくをもみにそへずとしごろの舎利のおはし ましけるばかりをとりてまかりいで侍りされどもするつとめもはべ らずとのたまはせしをきくにそゞろになみだもせきあへず侍り云々 下略  Book 紀伊國名所圖會卷之六  Subtitle 一乘山根來寺大傳法院  Description 根來山にあり宗旨眞言新義 【中略】 西行上人「撰集抄」に云く 近頃かうやのみ山に覺鑁上人とてやむことなきひじりをはしけり眞 言宗をさとりきはめて一印頓成の春の花はにほひを寂寞の霞の衣に うつし禪心合掌の秋の月はひかりを無垢の心のうちにてらして弘法 大師の昔の跡をおひて傳法院といふ所をたて龍花三會のあかつきを まちて入定したまへりけるとかや[中略]我山にいかなる行徳のある ものなりともいかで大師の御まねをしては侍るべきいざ傳法院へよ せ彼の覺鑁の入定さまさんと議して俄によせにけり 覺鑁の門徒防ぐべき力なくてちり%\に成り侍りぬ本地の僧入定の ところに亂入りて見けるに不動尊二體おはしましけり一體は覺鑁の 日比の本尊の不動におはしまして今ひとつは聖の化したると覺ゆ 但しいづれと見わきがたしいかゞすべきとためらひけるにある僧の 一體の不動をさぐり奉り侍れば少しあたゝかにおはしければこれぞ 覺鑁よとて太刀にてきりけれども露きれざりけるを何かはとていた くきる程に覺鑁定さめてつひにきられたまへりかゝりければ人々谷 にかへりけり 其後覺鑁こは心にもまかせぬわざかな我此所にすまじとて紀伊國根 來といふ處に庵を結びておはしけるが四十九といひける十二月十二 日なん往生の素懷をとげたまへりとなん偖も書き置きたまへること ばの中に禪三昧のときわれを謗り我をうちたりしともがらをすべて そばめかれ%\におもふことなし信に謗同じく利せんとこそかきお かれけれ此ことばことに身にしみてたふとくぞ侍る 下略 今按ずるに覺鑁禪定さめてつひにきられ給へりといふ文きこえずこ は脱文あるべし上件本傳にて明なり 【以下略】  End  底本::   書名:  紀伊名所圖會   発行:  文化八年 文化九年   著者:  高市志友   画 :    参照::   書名:  紀伊名所図会(全四巻)   発行:  平成三年三月二十五日   発行所: 東洋書院  入力::   入力者: 新渡戸 広明(nitobe@saigyo.net)   入力機: SHARP Zaurus MI-E21   編集機: IBM ThinkPad X31 2672-CBJ   入力日: 2006年05月07日 $Id: zue_kii.txt,v 1.9 2020/01/06 03:45:05 saigyo Exp $