Title  山家和歌集  Note  底本:日本古典全集第一回「長秋詠藻・山家集」     昭和二年日本古典全集刊行會發行  親本:「流布本」元祿三年(1690)板行「六家集本」  イ:「異本山家集」藤岡作太郎  宮:桂ノ宮舊藏「宮内省本」  宮一:宮内省の一本  内:「内閣本」  ツ:「異本山家集」卷末「追而加書西行上人和歌」  カ:「日本歌學全書本」  大:「大島本」  〔かっこ〕は校注。  (かっこ)は編纂者注。  【かっこ】は入力者(新渡戸)注。  ふりがなや注を入力する為、詞書は23文字程度で改行した。  Book  卷上  Subtitle  春  0001:0001:ツ  立春の朝詠みける               まさ1   かな1 年暮れぬ春來べしとは思ひ寢に正しく見えて恊ふ初夢          〔思はねど:ツ〕  0002:0002       けしき2          しる1      さ1 山の端の霞む氣色に著きかな今朝よりや然は春の曙  0003:0003           あさとで3               いつ2 春立つと思ひも敢へぬ朝戸出に何時しか霞む音羽山かな  0004:0004:イ   かは1 立ち換る春を知れとも見せ顏に年を隔つる霞なりけり        〔ど:イ〕  0005:XXXX:ツ      はつわかみづ3 解け初むる初若水の氣色にて春立つ亊の汲まれぬるかな         〔氷にて:ツ〕   〔先づ汲まれぬる:ツ〕  0006:0005       もてあそ1  家家に春を翫ぶと云ふ亊を          かど2 門毎に立つる小松に插頭されて宿てふ宿に春は來にけり  0007:0006  元日、子日にて侍りけるに ねのひ2                   しるし1 子日して立てたる松に植ゑ添へん千代重ぬべき年の兆に  0008:0007  山里に春立つと云ふ亊を             そら1 山里は霞み渡れる氣色にて空にや春の立つを知るらん            (推量)  0009:0008    わた1  難波邊りに年越しに侍りけるに、春立つ心を詠みける いつ2                  こ1 何時しかも春來にけりと津の國の難波の浦を霞籠めたり  0010:0009        かたたがへ2  春に成りける方違に、志賀の里へまかりける人に具  してまかりけるに、逢坂山の霞みたりけるを見て 分きて今日逢坂山の霞めるは立ち遲れたる春や越ゆらん  0011:XXXX:イ  春來て猶雪        よそ1            したみづ2 露めども春をば外の空に見て解けんとも無き雪の下水  0012:0010:イ  題知らず                  ひま1 春知れと谷の下水洩りぞ來る岩間の氷隙絶えにけり           〔行く:イ〕       ほそみづ2      〔細水:イ宮〕  0013:0011:ツ 霞まずば何をか春と思はましまだ雪消えぬみ吉野の山  0014:0012  海邊の霞と云ふ亊を もしほ2  あた1  の1   あらそ1 藻鹽燒く浦の邊りは立ち退かで煙り競ふ春霞かな  0015:0013:イ  同じ心を伊勢に二見と云ふ所にて     ふたみ2 波越すと二見の松の見えつるは梢に掛かる霞なりけり  0016:0014:イ  子日 春毎に野邊の小松を引く人は幾らの千代を經べきなるらん  0017:0015 ねのひ2 子日する人に霞は先立ちて小松が原をたなびきにけり  0018:0016                はつうぐひす2 子日しに霞たなびく野邊に出でて初鶯の聲を聞くかな  0019:0017:イ     はつね2  若菜に初子の合ひたりければ、人の許へ申し遣はし  ける        はつね2 若菜摘む今日に初子の合ひぬれば松にや人の心引くらん      〔は:イ〕  0020:0018:イ   ノ  雪中若菜 今日は唯だ思ひも寄らで歸りなん雪積む野邊の若菜なりけり                (摘)  0021:0019  若菜 かすがの3 春日野は年の内には雪積みて春は若菜の生ふるなりけり  0022:0020:イ   ノ  雨中若菜                      かたみ1                       (ママ) 春雨の降る野の若菜生ひぬらし濡れ儒れ摘まん篋手ぬきれ   (布留野)              〔ぬき入れ:イ〕  0023:0021  若菜に寄せて、古きを思ふと云ふ亊を 若菜摘む野邊の霞ぞ哀れなる昔を遠く隔つと思へば  0024:0022  老人の若菜と云へる亊を うづゑ2ななくさ2 卯杖つき七草にこそ出でにけれ年を重ねて摘める若菜に                   (積)  〔は:宮一〕  0025:0023:イ  寄若菜述懷と云ふ亊を  二 一        のもり2 若菜生ふる春の野守に我れ成りて憂き世を人に摘み知らせばや                     (罪)  0026:0024  鶯に寄せて思を述べけるに                 むせ1 憂き身にて聞くも惜しきは鶯の霞に咽ぶ曙の聲  0027:0025:イ   ノ  閑中鶯と云ふ亊を              とも1 鶯の聲ぞ霞に洩れて來る人目乏しき春の山里  0028:0026   ノ  雨中鶯 鶯の春さめざめと鳴き居たる竹の雫や涙なるらん   (雨)  0029:0027:イ  住みける谷に、鶯の聲せず成りにければ  〔住み侍りし谷に、鶯の聲せず成りにしかば、何と〕  〔無く哀れにて:イ〕 ふるす2   うと1 古巣疎く谷の鶯成り果てば我れや代りて泣かんとすらん  0030:0028 鶯は谷の古巣を出でぬとも我が行方をば忘れざらなん  0031:0029      すもり2     ほか1         たの1  鶯は我れを巣守に頼みてや谷の外へは出でて行くらん  0032:0030 春の程は我が住む庵の友に成りて古巣な出でそ谷の鶯  0033:0031:イ  きぎす2  雉子を        あさ2     きぎす2 萠え出づる若菜求食ると聞ゆなり雉子嗚く野の春の曙  0034:0032:イ   かは1             きぎす2 生ひ代る春の若草待ち佗びて原の枯野に雉子鳴くなり  0035:0034:ツ    しば1    きぎす2はおと2                       (なカ) 片岡に柴移りして鳴く雉子立つ羽音して高からぬかは 〔山:ツ〕  0036:0033 春霞いづち立ち出でて行きにけん雉子住む野を燒きてけるかな  0037:XXXX  梅を       し1       あだ1 香にぞ先づ心染め置く梅の花色は徒にも散りぬべければ  0038:0035  山里の梅と云ふ亊を   と1 香を覓めん人をこそ待て山里の垣根の梅の散らぬ限りは  0039:0036:ツ              よし1    とど1               な1 心せん賤が垣ほの梅はあやな由無く過ぐる人留めけり        〔梅の花:ツ〕         〔る:宮一〕  0040:0037                 と1  したし1 此春は賤が垣ほに觸れ佗びて梅が香覓めん人親まん  0041:0038:イ  嵯峨に住みけるに、道を隔てて坊の侍りけるより、      〔侍りしに:イ〕  〔隣りの梅の散り來しを:イ〕  梅の散りけるを ぬし1          よそ1 主如何に風渡るとて厭ふらん外に嬉しき梅の匂ひを  0042:0039  庵の前なりける梅を見て詠める             た1       し1 梅が香を山ふところに吹き溜めて入り來ん人に沁めよ春風  0043:0040     にしふくやま3  伊勢の西吹山と申す所に侍りけるに、庵の梅かうば  しく匂ひけるを   いほ1よる1    やさ1かた1     よる1 柴の庵に夜夜梅の匂ひ來て優しき方も有る住まひかな  0044:0041:イ  梅に鶯の鳴きけるを     たぐ2 梅が香に融合へて聞けば鶯の聲なつかしき春の山里                   〔春の曙:イ〕  0045:0042:ツイ     (苺・苔)        ふすま1  し1 作り置きし梅の衾に鶯は身に沁む梅の香や移すらん          〔の:イ〕 〔花:イ〕  0046:0043:イ    とま1  旅の泊りの梅   〔宿:カ〕   ぬ1 獨り寢る草の枕の移り香は垣根の梅の匂ひなりけり  0047:0044    みぎり1  古き砌の梅 何と無く軒なつかしき梅ゆゑに住みけん人の心をぞ知る  0048:0045  山里の春雨と云ふ亊を、大原にて人人詠みけるに       こ1 つれづれ2      すみか2 春雨の軒埀れ籠むる徒然に人に知られぬ人の住所か  0049:0046:イ   ノ  霞中歸雁と云ふ亊を            あま1 何と無くおぼつかなきは天の原霞に消えて歸る雁がね  0050:0047:ツ          まど1 こし1                なかやま2 雁がねは歸る路にや惑ふらん越の中山霞隔てて          まよ         〔迷:ツ宮〕  0051:0048:イ  歸雁 たまづさ2          おく1    はしがき2 玉梓の端書かとも見ゆるかな飛び後れつつ歸る雁がね  0052:0049   ノ  山家呼子鳥         こ1よぶこどり3 山里に誰れをまた此は呼子鳥獨りのみこそ住まんと思ふに  0053:0050  苗代             うちひ2 苗代の水を霜はたなびきて打樋の上に掛くるなりけり  0054:0051  霞に月の曇れるを見て     おぼ1 雲無くて朧ろなりとも見ゆるかな霞掛かれる春の夜の月  0055:0052:イ  山里の柳  〔家:イ宮〕 やまがつ2        さかひ1   をやなぎ2 山賤の片岡かけて占むる庵の堺に立てる玉の小柳  0056:0054:イ  柳、風に亂る     〔從ふ:イ〕                  よ1 見渡せば佐保の川原に繰り掛けて風に縒らるる青柳の糸  0057:0053   ノ  雨中柳 なかなかに風の押すにぞ亂れける雨に濡れたる青柳の糸  0058:0055   ノ  水邊柳 みなぞこ2 水底に深き緑の色見えて風に波寄る河柳かな  0059:0056  侍花忘他と云ふ亊を    レ 侍つに由り散らぬ心を山櫻咲きなば花の思ひ知らなん  0060:0057:イ  獨り山の花を尋ぬと云ふ亊を  〔獨尋花:イ〕                     つた1 誰れかまた花を尋ねて吉野山苔蹈み分くる岩傳ふらん              こけぢ2             〔苔路踏み分け:カ〕  0061:0058:イ  花を待つ心を  〔題ナシ:イ〕 今更に春を忘るる花も有らじ安く待ちつつ今日も暮さん                のど2             〔思ひ寛舒めて:イ〕  0062:0059           みね1         はじ1 おぼつかな何れの山の嶺よりか待たるる花の咲き始むらん  0063:0060  花の歌あまた詠みけるに 空に出でて何處とも無く尋ぬれば雲とは花の見ゆるなりけり  0064:0061                 むつ1 雪閉ぢし谷の古巣を思ひ出でて花に睦るる鶯の聲  0065:0062:イ  〔尋花心を:イ〕    レ      はか1 吉野山雲を量りに尋ね入りて心に掛けし花を見るかな  0066:0063               こ1 思ひ遣る心や花に行かざらん霞籠めたるみ吉野の山  0067:0064:イ おしな2           はごと2 押並べて花の盛に成りにけり山の端毎に掛かる白雲  0068:0065 まが1 紛ふ色に花咲きぬれば吉野山春は晴れせぬ嶺の白雲  0069:0066:イ 吉野山木末の花を見し日より心は身にも添はず成りにき  0070:0067:イ あこが2  さ1 漫行るる心は然てもふ櫻散りなん後や身に歸るべき  0071:0068       いはれ2       うち1 花見れば其の道理とは無けれども心の中ぞ苦しかりけり                        〔る:宮一〕  0072:0069:イ 白川の梢を見てぞ慰むる吉野の山に通ふ心を  0073:0071:イ           よる1      ひる1 引き代へて花見る春は夜は無く月見る秋は晝無からなん  0074:0072:イ 花散らで月は曇らぬ世なりせば物を思はぬ我身ならまし  0075:0073                 なら1 類ひ無き花をし枝に咲かすれば櫻に比ぶ木ぞ無かりける  0076:0074        こずゑ1 身を分けて見ぬ梢無く盡さばや萬づの山の花の盛りを  0077:0075    よも2      ま1のど2 櫻咲く四方の山邊を兼ぬる間に長閑かに花を見ぬ心地する  0078:0076:イ 花に染む心の如何で殘りけん捨て果ててきと思ふ我身に  0079:0070 白川の春の梢の鶯は花の言葉を聞く心地する  0080:0077:イ       もと1      きさらぎ2                   もちづき2 願はくは花の下にて春死なん其の二月の望月の頃  0081:0078:イ            のち1  とぶ1 佛には櫻の花を奉れ我が後の世を人弔らはば  0082:0079                (はカ)                (もカ)                    まさ1 何とかや世に有り難き名を得たる花に櫻に勝りしもせじ  0083:0080       【ママ:着カ】     ころも1        つつ1      あつ1 山櫻霞の衣厚く著て此の春だにも風包まなん  0084:0081                 なぬか2 思ひ遣る高嶺の雲の花ならば散らぬ七日は晴れじとぞ思ふ  0085:0082 長閑なる心をさへに過ぐしつつ花ゆゑにこそ春を待ちしか  0086:0083:イ かざこし2       いつ2 風越の嶺の續きに咲く花は何時盛りとも無くや散るらん  0087:0084       さそ2 習ひ有りて風誘ふとも山櫻尋ぬる我を待ちつけて散れ  0088:0085 裾野燒く煙ぞ春は吉野山花を隔つる霞なりける  0089:0086 今よりは花見ん人に傳へ置かん世を遁れつつ山に住まんと  0090:0087:ツ  しづか1             ま1  閑ならんと思ひける頃、花見に人人の參うで來ければ        〔待りける頃、:ツ〕     む1              とが1 花見にと群れつつ人の來るのみぞあたら櫻の咎には有りける  0091:0088                 かひ2 のどか2 花も散り人も來ざらん折はまた山の甲斐にて長閑なるべし                (峽)  0092:0089:イ      こと1  かき絶え言問はず成りにける人の、花見に山里へ          〔成りたりし:イ〕  參うで來たりと聞きて詠みける 年を經て同じ梢と匂へども花こそ人に飽かれざりけれ       〔に:イ〕  0093:0090:イ  花の下にて月を見て詠みける   まが1 もと1 雲に紛ふ花の下にて眺むれば朧ろに月は見ゆるなりけり  0094:0091  春の曙、花見けるに、鶯の鳴きければ               ね1                こと1 花の色や聲に染むらん鶯の鳴く音殊なる春の曙  0095:0092            せがゐん3                さいゐん2  春は花を友と云ふ亊を清和院の齊院にて人人詠み  けるに おのづか1 自ら花無き年の春も有らば何に付けてか月を暮さまし  0096:0093:イ  老見花と云ふ亊を    レ  〔題ナシ:イ〕 おいづと2せ1 老苞に何を爲まし此春の花待ち付けぬ我身なりせば  0097:0094:イ  老木の櫻の所所に咲きたるを見て  〔題ナシ:イ〕                いくたび2 分きて見ん老木は花も哀れなり今幾度か春に逢ふべき  0098:0095                 みやびと2      屏風の繪を人人詠みけるに、春の宮人群れて花見け      よそ1  る所に、外なる人の見遣りて立てりけるを こ1もと2      よそ1 木の下は見る人繁し櫻花外に眺めて我は惜まん  0099:0096  山寺の花盛りなりけるに、昔を思ひ出でて    ほきぢ3       づた1          ひとむかし2 吉野山險岸路傳ひに尋ね入りて花見し春は一昔かも  0100:0097:ツ  修行し侍るに、花面白かりける所にて    〔侍りける時:ツ〕       なたて2    こ1もと1 眺むるに花の名立の身ならずば木の下にてや春を暮さん                      〔送ら:ツ〕  0101:0098:イ           やがみ2              わうじ2  熊野へ參りけるに、屋上の王子の花〔盛りにて:イ〕  面白かりければ、社に書き付けける           〔書き付け侍りし:イ〕      やがみ2       お1  みす2 待ち來つる屋上の櫻咲きにけり荒く下ろすな三栖の山風  0102:0099  せがゐん3        としただ2  清和院の花盛りなりける頃、俊忠が云ひ送りける(俊忠) おのづか1   もろとも2 自ら來る人あらば諸共に眺めまほしき山櫻かな  0103:0100  返し 眺むてふ數に入るべき身なりせば君が宿にて春は經なまし  0104:0101:イ     ノ  上西門院女房、法勝寺の花見られけるに、雨の降り             〔見られしに:イ〕                        つぼね1  て暮れにければ、歸られにけり。又の日、兵衞の局     〔しか:イ〕        みゆき2  の許へ、花の御幸思ひ出でさせ給ふらんと覺えて、  斯くなん申さまほしかりしとて遣はしける 〔××など:イ〕       〔申し送り待りし:イ〕 見る人に花も昔を思ひ出でて戀しかるべし雨に萎るる                 〔らし:イ〕                 〔らん:内〕  0105:0102:イ    ノ  返し(兵衞局)   しの1 古を偲ぶる雨と誰れか見ん花も其世の友し無ければ      〔に:イ〕  若き人人ばかりなん、老いにける身は風の煩しさに  厭はるる亊にてと有りけるなん、やさしく聞えける。  0106:0103            もと1  雨の降りけるに、花の下に車を立てて眺めける人に 濡るともと蔭を頼みて思ひけん人の跡踏む今日にも有るかな  0107:0104:イ        ひがしやま2         さそ1  世を遁れて、東山に侍る頃、白川の花盛りに人誘ひ  ければ、まかり歸りけるに、昔思ひ出でて             いざな1  〔白川の花の盛りに人の誘ひ侍りしかば、見にまか〕  〔りて歸りに:イ〕                しるし1 散るを見て歸る心や櫻花昔に變る兆なるらん  0108:0105:イ   ノ  山路落花                         やまごえ2 散り初むる花の初雪降りぬれば踏み分けま憂き志賀の山越  0109:0106:イ  落花の歌あまた詠みけるに ちよく1  みかど1  さ1 おそ1     くだ1 いま1 勅とかや下す帝の在せかし然らば畏れて花や散らぬと  0110:0107:イ       おさ1しらかは2 波も無く風を治めし白川の君の折もや花は散りけん  0111:0108         ほか1 如何で我れ此世の外の思ひ出に風を厭はで花を眺めん  0112:0109:ツ 年を經て待つも惜むと山櫻心を春は盡すなりけり         〔も:イ宮〕            〔花に心を:イ〕  0113:0110:イ 吉野山谷へたなびく白雲は嶺の櫻の散るにや有るらん  0114:0112 やま1 こ1もと1  おろし2 山下風の木の下埋む花の雪は岩井に浮くも氷とぞ見る  0115:0113:イ      ふぶき2 春風の花の吹雪に埋もれて行きも遣られぬ志賀の山路     〔錦:イ〕  0116:0114:イ   まが1 立ち紛ふ嶺の雲をば拂ふとも花を散らさぬ嵐なりせば  0117:0115       ぐ1         よそ1 吉野山花吹き具して峰越ゆる嵐は雲と外に見ゆらん  0118:0116:イ                   あやにく2 惜まれぬ身だにも世には有るものをあな生憎の花の心や  0119:0117:イ 憂き世には留め置かじと春風の散らすは花を惜むなりけり  0120:0118:イ 諸共に我をも具して散りね花憂き世を厭ふ心ある身ぞ  0121:0119:イ           こ1もと1 思へ唯だ花の無からん木の下に何を蔭にて我身住みなん  0122:0120:イ        いた1 眺むとて花にも甚く馴れぬれば散る別れこそ悲しかりけれ  0123:0121           あだ1     かしこ1 惜めばと思ひげも無く徒に散る花は心ぞ賢かりける  0124:0122:イ 木末吹く風の心は如何がせん從ふ花の恨めしきかな  0125:0123:イ                      なさけ1 如何でかは散らで有れとも思ふべき暫しと慕ふ情知れ花  0126:0124 こ1もと1           こずゑ1 木の下の花に今宵は埋もれて飽かぬ梢を思ひ明さん  0127:0125:イ                ふすま1 木の下の旅數をすれば吉野山花の衾を着する春風   〔に:イ〕        〔衣:大〕  0128:0126 雪と見〔え:カ〕て蔭に櫻の亂るれば花の笠着る春の夜の月  0129:0127:イ         とど1 散る花を惜む心や留まりて又來ん春の誰れに馴るべき                 〔種となるべき:イ〕  0130:0128:イ               とが1 春深み枝も動かで散る花は風の咎には有らぬなるべし      ゆる1     〔搖が:イ〕  0131:0129:イ               さ1 あながちに庭をさへ吹く嵐かな然こそ心に花を任せめ          は1         〔掃:イ〕  0132:0130 あだ1 さ1 徒に散る然こそ梢の花ならめ少しは殘せ春の山風  0133:0131 心得つ唯だ一すぢに今よりは花を惜まで風を厭はん  0134:0132      まが1      のち1 吉野山櫻に紛ふ白雲の散りなん後は晴れずも有らなん  0135:0133        なさけ1 花と見ばさすが情を掛けましを雲とて風の拂ふなるべし  0136:0134  さそ1               と1 風誘ふ花の行方は知らねども惜む心は身に留まりけり  0137:0135:イ      さそ1 花盛り梢を誘ふ風ならで長閑に散らん春は有らばや        〔無く:イ〕     〔に:イ〕  0138:0136:イ  庭の花、波に似たりと云ふ亊を詠みけるに  〔題ナシ:イ〕  あら1 風荒み梢の花の流れ來て庭に浪立つ白川の里  0139:0137     ノ  白川の花庭面白かりけるを見て あだ1 徒に散る梢の花を眺むれば庭には消えぬ雪ぞ積れる  0140:0138  たかの  高野に籠りたりける頃、草の庵に花の散り積みければ     いほり1           めぐ1                      かこ1 散る花の庵の上を吹くならば風入るまじく周り圍はん  0141:0139   ノ  夢中落花と云ふ亊を、前齋院にて人人詠みけるに 春風の花を散らすと見る夢は覺めても胸の騒ぐなりけり  0142:0140  風の前の落花と云ふ亊を    き1        さ1 山櫻枝切る風の名殘無く花を然ながら我物にする  0143:0141:ツ   ノ  雨中落花 梢打つ雨に萎れて散る花の惜しき心を何に譬へん  0144:0142:イ   ノ  遠山殘花    ひと1        おく1 吉野山一むら見ゆる白雲は咲き後れたる櫻なるべし  0145:0143:イ  花の歌十五首詠みけるに  〔タダ花トノミアリ:イ〕          がほ1  さき1 吉野山人に心を付け顏に花より先に掛かる白雲  0146:0144:イ 山寒み花咲くべくも無かりけり餘りかねても尋ね來にけり                   〔ぞ:イ〕  〔る:イ〕  0147:0145:イ かた1 つぼ1 形ばかり蕾むと花を思ふより空また心物に成るらん                〔風の:イ〕  0148:0146 おぼつかな谷は櫻の如何ならん嶺には未だ掛けぬ白雲  0149:0147        さ1        しづ1 花と聞くは誰も然こそは嬉しけれ思ひ靜めぬ我が心かな  0150:0148:イ    ひら1     そば2 初花の開け始むる梢より嬉戲えて風の渡るなるかな  0151:0149                      そ1 おぼつかな春は心の花にのみ何れの年か浮かれ初めけん  0152:0150   ことし2           さ1 いざ今年散れと櫻を語らはんなかなか然らば風や惜むと  0153:0151                と1 風吹くと枝を離れて落つまじく花綴ぢ附けよ青柳の糸  0154:0152     な1       か1 吹く風の並べて梢に當るかな斯ばかり人の惜む櫻を                      〔に:宮一〕  0155:0153:イ     あだ1            はじ1 何と斯く徒なる花の色をしも心に深く染め始めけん                 〔思ひ初:イ〕  0156:0154 同じ身の珍しからず惜めばや花も變らず咲けば散るらん  0157:0155:イ               いた1 嶺に散る花は谷なる木にぞ咲く甚く厭はじ春の山風  0158:0156 山おろしに亂れて花の散りけるを岩離れたる瀧と見たれば  0159:0157:イ 花も散り人も都へ歸りなば山寂しくも成らんとすらん                〔や:宮〕  0160:0158:イ  散りて後、花を思ふと云ふ亊を     ついたち2  〔卯月朔日に成りて後、花を思ふと云ふ亊を:イ〕          と1 青葉さへ見れば心の留まるかな散りにし花の名殘と思へば  0161:0159  菫     あさぢ2   おも1 跡絶えて淺茅茂れる庭の面に誰れ分け入りて菫摘みけん  0162:0160:ツ         くろ1      わり1                   な1 誰れならん荒田の畔に菫摘む人は心の理無かりけり                 〔若菜なるべし:ツ〕  0163:0161:イ  さわらび2  早蕨 なほざり2 等閑に燒き捨てし野の早蕨は折る人無くてほどろとや成る  0164:0162  かきつばた2  杜若 ぬまみづ2まこも2          かきつばた2 沼水に茂る眞菰の分かれぬを咲き隔てたる杜若かな  0165:0163     つつじ2  山路の躑躅 は              さか1 匍ひ傳ひ折らで躑躅を手にぞ取る嶮しき山の取り所には 〔岩:カ〕  0166:0164:ツ  躑躅、山の光りたりと云ふ亊を         ゆふば2をぐら2                よそ1 躑躅咲く山の岩陰夕映えて小倉は外の名のみなりけり      〔岩根に:ツ〕            (小暗)  0167:0165  やまぶき2  款冬 岸近み植ゑけん人ぞ恨めしき波に折らるる山吹の花  0168:0166:イ              ここ2 ゐで2 山吹の花咲く里に成りぬれば此處にも井手と思ほゆるかな   〔花の盛り:イ〕  0169:0167:イ  かはづ1  蛙 ますげ2      まか1 眞菅生ふる山田に水を任すれば嬉し顏にも鳴く蛙かな     〔荒田:イ〕  0170:0168 みさび2 水錆居て月も宿らぬ濁り江に我れ住まんとて蛙鳴くなり               (澄)  0171:0169:イ      ほととぎす2  春の中に郭公を聞くと云ふ亊を 嬉しとも思ひぞ分かぬ郭公春聞く亊の習ひ無ければ       〔果て:イ〕  0172:0170  伊勢にまかりたりけるに三津と申す所にて、海邊の  春の暮と云ふ亊を神主ども詠みけるに                    さき1 過ぐる春潮の滿つより舟出して波の花をや先に立つらん      (三津)         (咲)  0173:0171:イ     ひとひ2  三月、一日足らで暮れけるに詠みける               みそか3 春ゆゑにせめても物を思へとや三十日にだにも足らで暮れぬる  0174:0172  三月つ晦日に   (衍カ) 今日のみと思へば長き春の日も程無く暮るる心地こそすれ  0175:0173     とど1      あけぼの1 行く春を留めかねぬる夕暮は曙よりも哀れなりけり  Subtitle  夏  0176:0174      ころも1 限り有れば衣ばかりを脱ぎ更へて心は花を慕ふなりけり               〔心には猶:カ〕  0177:0175:イ  夏の歌詠みけるに    〔詠み侍りしに:イ]       あ1 草茂る路刈り分けて山里に花見し人の心をぞ見る           〔は:イ〕  0178:0176:ツ   ノ  水邊卯花      まがき1  ゐせき2 まが1 立田川岸の籬を見渡せば井堰の波に紛ふ卯の花  0179:XXXX      まが1 山川の波に紛へる卯の花を立ち返りてや人は折るらん  0180:0177:イ  ノ  夜卯花 まが1          よる1さら1 紛ふべき月無き頃の卯の花は夜さへ晒す布かとぞ見る  0181:0178:イ   ノ  社頭卯花    あた1        ゆふ2 神垣の邊りに咲くも便り有れや木綿掛けたりと見ゆる卯の花  0182:0179:イ             はつこゑ2  無言なりける頃、郭公の初聲を間きて  〔無言し侍りしに:イ〕 時鳥人に語らぬ折にしも初音聞くこそ甲斐無かりけれ  0183:0180              ノ  不尋聞子規と云ふ亊を、賀茂社にて人人詠みけるに  レ ニ 一   うづき2 ゐこも2      いみ1 郭公卯月の忌に居籠るを思ひ知りても來鳴くなるかな  0184:0181:イ   ノ  夕暮郭公と云ふ亊を                     なの2 里馴るるたそがれ時の郭公聞かず顏にてまた名告らせん  0185:0182:イ  郭公 我宿に花橘を植ゑてこそ山郭公待つべかりけれ  0186:0183 尋ぬれば聞き難きかと時鳥今宵ばかりは待ち試みん  0187:0184        つく1      さつき2 時鳥待つ心のみ盡させて聲をば惜む皐月なりけり  0188:0185  人に代りて 侍つ人の心を知らば郭公頼もしくてや夜さ明さまし  0189:0186:イ  時鳥を待ちて明けぬと云ふ亊を 郭公嗚かで明けぬと告げ顏に待たれぬ鳥の音ぞ聞ゆなる                   〔音こそ聞ゆれ:イ〕  0190:0187                   まこと1 郭公聞かで明けぬる夏の夜の浦嶋の子は眞なりけり     (開)  0191:0188:イ  時鳥の歌五首詠みけるに  〔時鳥の歌あまた詠み侍りしに:イ〕 郭公聞かぬ物ゆゑ迷はまし花を尋ねぬ山路なりせば                〔し:イ〕                    〔らね:イ〕  0192:0189:ツ 待つ亊は初音までかと思ひしに聞き古るされぬ時鳥かな  0193:0190:イ       ぐ1   たかま2 聞き送る心を具して郭公高間の山の嶺越えぬなり  0194:0191    をぐら2   いせき2 と1 大井川小倉の山の郭公井堰に聲の留まらましかば  0195:0192    のち1 郭公其後越えん山路にも語らぬ聲は變らざらなん  0196:XXXX  時鳥を                 おと1 郭公聞く折にこそ夏山の青葉は花に劣らざりけれ  0197:0193:イ         ひとこゑ2 時烏思ひも分かぬ一聲を聞きつと如何が人に語らん  0198:0194 時鳥如何ばかりなる契りにて心盡さで人の聞くらん  0199:0195 語らひし其夜の聲は時鳥如何なる世にも忘れんものか  0200:0196 時鳥花橘は匂ふとも身を卯の花の垣根忘るな           (憂)  0201:0197    うち1  雨の中に郭公を侍つと云ふ亊を詠みけるに 時鳥忍ぶ卯月も過ぎにしを猶聲惜む五月雨の空  0202:0198:イ   ノ  雨中郭公            くもぢ2 五月雨の晴れ間も見えぬ雲路より郭公鳴きて過ぐなり  0203:0199:ツ  山寺の郭公と云ふ亊を、人人詠みけるに          こも1 はつせ2 郭公聞きにとてしも籠らねど初瀬の山は便り有りけり  0204:0200     つごもり2  五月の晦日に、山里にまかりて立ち歸りにけるを、  時鳥もすげなく聞き捨てて歸りし亊など、人の申し  遣はしける返り亊に 郭公名殘あらせて歸りしが聞き捨つるにも成りにけるかな  0205:0201  題しらず       みかさ2   あやめ2  さつき2                 ふ1 空晴れて沼の水層を落さずは菖蒲も葺かぬ皐月なるべし  0206:204  さ1  然る亊ありて、人の申し遣はしける返り亊に、五日   お1           つくま2 折に生ひて人に我身や引かれまし筑摩の沼の菖蒲なりせば  0207:0202  たかの2ノ  高野に、中院と申す所に、菖蒲葺きたる坊の侍りけ  るに、櫻の散りけるが珍らしく覺えて詠みける         あやめ2 あやめ2 櫻散る宿に重なる菖蒲をば花菖蒲とや云ふべかるらん              さうぶ2             〔菖蒲:カ〕  0208:0203                くすだま2 散る花を今日の菖蒲の根に掛けて藥玉ともや云ふべかるらん  0209:0205                       さうぶ2  五月五日、山寺へ人の今日いる物なればとて、菖蒲を遣  はしける、返り亊に                 かり1 西にのみ心ぞ掛かるあやめ草此世は假の宿と思へば                (刈り)  0210:0206 皆人の心の憂きはあやめ草西に思ひの引かぬなりけり      うき2     (水域)  0211:XXXX                  あやめ2                    ぐさ1 五月雨の軒の雫に玉掛けて宿を飾れる菖蒲草かな  0212:0207  さみだれ3  五月雨  たた1         むなで2 水湛ふ入江の眞菰刈りかねて空手にすつる五月雨の頃                〔過ぐる:宮〕  0213:0208:イ               くもで2 五月雨に水増さるらし宇治橋や蜘手に掛かる波の白糸             〔の:イ〕  0214:0210 こざさ2ふるさと2       をの2 小笹しく古里小野の道の跡をまた澤に成す五月雨の頃  0215:0211 つくづくと軒の雫を眺めつつ日をのみ暮す五月雨の頃         (長雨)  0216:0209:宮一・佐佐木氏古冩本      せ1           かよひぢ2 五月雨は岩塞く沼の水深み分けし岩間の通路も無し  0217:0212 あづまや2   いとみづ2    をがや2     ぬ1 東屋の小萱が軒の糸水に玉貫き掛くる五目雨の頃  0218:0213:ツ                あぜ1                  うきひじ2 五月雨に小田の早苗や如何ならん畦の泥土洗ひ越されて  0219:0214                     たた1                     (ママ) 五月雨の頃にし成れば荒小田に人に任せぬ水湛ひけり  0220:0215  或所にて、五月雨の歌十五首詠み侍りし。人に代りて       ひま1           あまびと2 五月雨に干す隙無くて藻鹽草煙も立てぬ浦の海人  0221:XXXX               いづく2  みを2 五月雨はいささ小川の橋も無し何處とも無く水脈に流れて  0222:0216 みなせがは4かよひぢ2 ふな1     をち1 水無瀬川遠の通路水滿ちて舟渡りする五月雨の頃  0223:0217:ツ         みをつくし2           みかさ2 廣瀬川渡りの沖の水標水層添ふらし五月雨の頃         みをじるし3        〔水脈標:ツ〕 〔べ:ツ〕  0224:0218:イ    つなで2     のぼ1 早瀬川綱手の岸を沖に見て上り煩ふ五月雨の頃  0225:0219     なには2          せ1       ほりえ2 水分くる難波堀江の無かりせば如何にか爲まし五月雨の頃  0226:0220  と1     さを1(ママ) 舟留めし湊の蘆間竿絶えて心行見ん五月雨の頃  す 〔居ゑ:カ宮〕  0227:0221 みなぞこ2     さみだ3 水底に敷かれにけりな五月雨れて水の眞菰を刈りに來たれば  0228:0222     をや2           かさ1                    ほ1 五月雨の小止む晴れ間の無からめや水の笠干せ眞菰刈り舟                        〔る:カ〕  0229:0223                     さ1 五月雨に佐野の舟橋浮きぬれば乘りてぞ人は棹し渡るらん  0230:0224        ひかず2         みがく2           ふ1 五月雨の晴れぬ日數の經るままに沼の眞菰は水隱れにけり          (降)  0231:0225:イ                 あらた1 水無しと聞きて古りにし勝間田の池改むる五月雨の頃       (降)  0232:0226:ツ                をざさ2 うきぎ2 五月雨は行くべき道の當ても無し小笹が原も浮木流れて                     うき2                    〔水域に:宮〕                    〔浮き流れつつ:佐佐木氏古冩本〕  0233:0227:ツ        あぜ1 五月雨は山田の畔の瀧枕數を重ねて落つるなりけり   〔に:ツ〕  0234:0228:イ        とま1   うきはし2 河わたの淀みに留る流れ木の浮橋渡す五月雨の頃               〔と成る:内大〕  0235:0229                さつき2 思はずにあなづりにくき小川かな皐月の雨に水増りつつ  0236:0230  隣の泉                     むす1 風をのみ花無き宿は待ち待ちて泉の末をまた掬ぶかな  0237:0231   ノ  水邊納涼と云ふ亊を、北白川にて詠みける          まとゐ2       まぎ1 水の音に暑さ忘るる圓居かな木末の蝉の聲も紛れて  0238:0232    くひな2   ノ  深山水鷄 そまびと2       いほり1               たた1 杣人の暮に宿借る心地して庵を叩く水鷄なりけり  0239:0233:イ  題不知   レ  〔夕暮の涼みを詠み侍りし:イ〕    ゆうしたかぜ3 なら1 夏山の夕下風の涼しさに楢の木蔭の立たま憂きかな                 〔ち:カ〕  0240:0234  撫子                 あさち2                    まじ1 掻き分けて折れば露こそこぼれけれ淺茅に交る撫子の花  0241:0235   ノ  雨中撫子と云ふ亊を  おも1 露重み園の撫子如何ならん荒く見えつる夕立の空  0242:0236  夏野の草を詠みける    ノ  〔夏野月:イ〕    ノ  〔夏野鹿:大〕 みまくさ2をすずき2  ふしど2        しが2    あ1 御秣に原の小薄結束ふとて臥所褪せぬと鹿思ふらん                〔し:大〕  〔し:大〕  0243:0237:イ  旅行草深と云ふ亊を                すげ1 はづ1                  をがさ2 旅人の分くる夏野の草茂み葉末に菅の小笠外れて  0244:0238   ノ  行路夏と云ふ亊を         ちはら2 雲雀上がる大野の茅原夏來れば涼む木蔭を願ひてぞ行く  0245:0239  照射 ともし2ほぐし2       めあ2 照射する火串の松も更へなくに鹿目合はせで明す夏の夜  0246:0240  題知らず     しの1  ふし1       をたけ2 夏の夜は篠の小竹の節近みそよや程無く明くるなりけり  0247:0241                        ふせや2 夏の夜の月見ることや無かるらん蚊遣火立つる賤が伏屋は                      〔の:宮〕  0248:0242:イ   ノ  海邊夏月                あらそ1 露のぼる蘆の若葉に月冴えて秋を競ふ難彼江の浦  0249:0243    むか1  泉に對ひて月を見ると云ふ亊を むす1 掬び上ぐる泉に澄める月影は手にも取られぬ鏡なりけり  0250:0244:イ 掬ぶ手に涼しき影を添ふるかな清水に宿る夏の夜の月  0251:0245  夏の月の歌詠みけるに     をざさ2 夏の夜も小笹が原に霜ぞ置く月の光の冴えし渡れば  0252:0246      せ1      あられ1 山河の岩に塞かれて散る波を霰とぞ見る夏の夜の月  0253:0247   ノ  池上夏月と云ふ亊を                    つらら2 影冴えて月しも殊に澄みぬれば夏の池にも氷柱ゐにけり  0254:0248  蓮、池に滿てりと云ふ亊を おのづか1  ひま1   はちす1 自ら月宿るべき隙も無く池に蓮の花咲きにけり  0255:0249:イ   ノ  雨中夏月  〔後:イ〕               ゆ1す1   うきは2 夕立の晴るれば月ぞ宿りける玉搖り据うる蓮の浮葉に  0256:0250  涼風如秋    レ まだきより身に沁む風の氣色かな秋先だつるみ山邊の里  0257:0251  松風如秋と云ふ亊を、北白川なる所にて人人詠みて、    レ  また水聲秋ありと云ふ亊を重ねけるに         いは1          はし1 松風の音のみ何か石走る水にも秋は有りけるものを        (云)  0258:0252:イ  山家待秋と云ふ亊を    レ    そとも2     うら1       まくず2 山里は外面の眞葛葉を繁み裏吹き返す秋を待つかな  0259:0253  みなづきはらへ3  六月祓 みそぎ2ぬさ1 御祓して幤取り流す河の瀬にやがて秋めく風ぞ涼しき  Subtitle  秋  0260:0254  山里の初めの秋と云ふ亊を         こ1 さまざまの哀れを籠めて梢吹く風に秋知るみ山邊の里    〔に:イ〕  0261:0255:ツ  山居の初めの秋と云ふ亊を 秋立つと人は告げねど知られけりみ山の裾の風の氣色に  0262:0256          ノ  常盤の里にて、初秋月と云ふ亊を詠みけるに          ただ2  わ1 秋立つと思ふに空も尋常ならで割れて光を分けん三日月  0263:0257  初秋の頃、鳴尾と申す所にて、松風の音を聞きて       なるを2 常よりも秋に鳴尾の松風は分きて身に沁む心地こそすれ      (成)          〔ものにぞありける:イ〕  0264:0258  七夕        をぐさ2   やさ1 急ぎ起きて庭の小草の露踏まん優しき數に人や思ふと  0265:0259             たなばた2 暮れぬめり今日待ちつけて織女は嬉しきにもや露こぼるらん  0266:0260       なぬか2   ためし1 い1 天の河今日の七日は長き夜の例にも引く忌みもしつべし  0267:0261:イ 舟寄する天の川邊の夕暮は涼しき風や吹き渡るらん                    〔す:イ〕  0268:0262            たなばた2うち1 待ち付けて嬉しかるらん織女の心の中ぞ空に知らるる                  (推量)  0269:0263    い1  蜘の糸かきたるを見て      くもで2        たなばた2                     かささぎ1 ささがにの蜘手に掛けて引く糸や今日織女に鵲の橋                    (借)  0270:0264:イ  草花、道を遮ると云ふ亊を 夕露を拂へば袖に玉消えて道分けかぬる小野の萩原        〔花:大〕   〔佗ぶ:イ〕         〔散り:イ〕  0271:0265:イ   ノ  野徑秋風 末葉吹く風は野もせに渡るとも荒くは分けじ萩の下露                〔も:大〕  0272:0266  草花、時を得たりと傳ふ亊を いとすすき2       ほころ1 糸薄縫はれて鹿の臥す野邊に綻びやすき藤袴かな  0273:0267   ノ  行路草花 折らで行く袖にも露ぞこぼれける萩の葉繁き野邊の細道         〔は:イ〕    〔枝:イ〕          〔掛かりけり:イ〕          〔しほりける:内大〕  0274:0268   ノ  霧中草花              まがき1 かこ1                こ1 穗に出づるみ山が裾のむら薄籬に籠めて圍ふ秋霧              〔の:内大〕  0275:0269  終日、野の花を見ると云ふ亊を 亂れ咲く野邊の萩原分け暮れて露にも袖を染めてけるかな  0276:0270  萩、野に滿てり             (ママ)  ほか1 咲き添はん所の野邊に在らばやは萩より外の花も見るべく  0277:0271  萩、野の家に滿てりと云ふ亊を 分けて出づる庭しもやがて野邊なれば萩の盛りを我が物に見る   〔入:カ〕  0278:0272:イ  野萩似錦と云ふ亊を    レ 今日ぞ知るその江に洗ふ唐錦萩咲く野邊に有りけるものを     (其カ)     (地名カ)  0279:0273  草花を詠みける 茂り行く柴の下草おはれ出でて招くや誰れを慕ふなるらん        〔尾花:宮カ〕  0280:0274:イ  薄、路に當りて繁しと云ふ亊を  〔薄當路野滋云ふ亊を:イ〕    レ はなすすき2      ほの1 花薄心當てにぞ分けて行く微見し路の跡し無ければ  0281:0275   ノ  古籬苅萱 まがき1すすき1 かるかや2 笆荒れて薄ならねど苅萱も繁き野邊とは成りけるものを  0282:0276  をみなへし3  女郎花 女郎花分けつる袖と思はばや同じ露にも濡ると知れれば  0283:0277 女郎花色めく野邊に觸れ拂ふ袂に露やこぼれ掛かると  0284:0278  草花露重        すが1 今朝見れば露の縋るに折れ伏して起きも上がらぬ女郎花かな  0285:0279          しを1 大方の野邊の露には萎るれど我が涙無き女郎花かな  0286:0280:イ  女郎花帶露と云ふ亊を     レ   えだ1   ぬ1 花の枝に露の白玉貫き掛けて折る袖濡らす女郎花かな    え1 〔花が枝に:イ〕     〔我が:内大〕    え1 〔萩が枝に:大〕  0287:0281                むす1    けしき2 折らぬより袖ぞ濡れける女郎花露結ぼれて立てる氣色に  0288:0282   ノ  水邊女郎花と云ふ亊を   おも1    うつ1       さやか2 池の面に影を分明に映しもて水鏡見る女郎花かな  0289:0283                うつ1 類ひ無き花の姿を女郎花池の鏡に映してぞ見る 〔頼み:内大〕  0290:0284  女郎花水に近しと云ふ亊を      さなみ2ひ1         えだ1 女郎花池の細波に枝浸ぢて物思ふ袖の濡るる顏なる  0291:0285:イ  荻 思ふにも過ぎて哀れに聞ゆるは荻の葉亂る秋の夕風                 〔分くる:イ〕                 〔分けの:内大〕  0292:0286 おしな2きくさ2    【なび】 押並べて木草の末の原までも靡きて秋の哀れ見えける  0293:0287  荻の風、露を拂ふ                 た1   うはかぜ2 男鹿伏す荻咲く野邊の夕露を暫しも溜めぬ荻の上風  0294:0288  隣の夕の荻の風 あた1 邊りまで哀れ知れとも云ひ顏に荻の音する秋の夕風  0295:0289  秋の歌詠みける中に              いづこ2                 すご2 吹き渡る風も哀れを人占めて何處も荒涼き秋の夕暮  0296:0290:ツ               すず1 覺束な秋は如何なる故の有れば漫ろに物の悲しかるらん  0297:0291:ツ               たもと1                かわ1 何亊を如何に思ふと無けれども袂乾かぬ秋の夕暮  0298:0292:イ              とばた3おも1 何と無く物悲しくぞ見え渡る鳥羽田の面の秋の夕暮  0299:0293  野の家の秋の夜            いはれの3 寢覺めつつ長き夜かなと磐余野に幾秋までも我身經ぬらん           (被云)  0300:0294:イ  秋の歌に露を詠むとて 大方の露には何の成るならん袂に置くは涙なりけり  0301:0295:ツ  山里に人人まかりて、秋の歌詠みけるに    そとも2 山里の外面の岡の高き木にそぞろがましき秋の蝉かな         たかがき2      あきせみ2        〔高垣に:ツ〕     〔秋蝉の聲:ツ〕            〔心:ツ〕  0302:0296  人人、秋の歌十首詠みけるに   ぬ1 玉に貫く露はこぼれて武藏野の草の葉結ぶ秋の初風  0303:0297      しの1     たは1        をすずき2 穗に出でて篠の小薄招く野に戲れて立てる女郎花かな  0304:0298    ノ  〔野花虫:イ〕 花をこそ野邊の物とは見に來つれ暮るれば虫の音をも聞きけり       〔色:大〕              〔くなり:大〕  0305:0299              おと1 荻の葉を吹き過ぎて行く風の音に心亂るる秋の夕暮  0306:0300:イ    ノ  〔霧中鹿:イ〕                ほの1 晴れやらぬみ山の霧の絶え絶えに微かに鹿の聲聞ゆなり  0307:0301:イ かねてより梢の色を思ふかな時雨山始むるみ山邊の里  0308:0302:イ   ね1   こ1 鹿の音を垣根に籠めて聞くのみか月も住みけり秋の山里                 (澄)〔る:イ〕  0309:0303:イ                 ひだ2 庵に洩る月の影こそ寂しけれ山田の引板の音ばかりして  (守)  0310:0304       をぐさ2 僅かなる庭の小草の白露を求めて宿る秋の夜の月  0311:0305:イ 何と斯く心をさへは盡すらん我が歎きにて暮るる秋かは  〔無く:イ〕  0312:0306:イ  【月:有朋堂】                 ほの1 秋の夜の空に出づてふ名のみして影微かなる夕月夜かな  0313:0307     た1  くもぢ2 天の原月闌け昇る雲路をば分けても風の吹き拂はなん  0314:0308:イ 嬉しとや待つ人毎に思ふらん山の端出づる秋の夜の月  0315:0309:イ なかなかに心盡すも苦しきに曇らば入りね秋の夜の月  0316:0310 如何ばかり嬉しからまし秋の夜の月澄む夜はに雲無かりせば                  〔空 :宮宮一〕  0317:0311:イ    なだ1       あたり1      みおき2 播磨潟灘の御沖に漕ぎ出でて邊り思はぬ月を眺めん             〔西に山無き:イ〕                    〔見るかな:イ〕  0318:XXXX     な1    おもて1 月澄みて和ぎたる海の面かな空の波さへ立ちも掛からで  0319:0312 いざよはで出づるは月の嬉しくて入る山の端はつらきなりけり  0320:0313:イ   おも1 水の面に宿る月さへ入りぬるは波の底にも山や有るらん            〔れば:イ〕    〔有りける:イ〕  0321:0314:ツ 慕はるる心や行くと山の端に暫しな入りそ秋の夜の月  0322:0315 明くるまで宵より空に雲無くてまだこそ斯かる月見ざりけれ  0323:0316 あさぢ2        つら1   はら1 淺茅原葉末の露の玉毎に光連ぬる秋の夜の月  0324:0317 秋の夜の月を雪かと眺むれば露も霰の心地こそすれ  0325:0318  しづか1  閑に月を待つと云ふ亊を 月ならでさし入る影も無きままに暮るる嬉しき秋の山里  0326:0319   ノ  海邊月 清見潟月澄む夜はの浮雲は富士の高嶺の煙なりけり  0327:0320   ノ  池上月と云ふ亊を みさび2  おもて1       めやす2 水銹ゐぬ池の面の清ければ宿れる月も目安かりけり  0328:0321  同じ心を遍昭寺にて人人詠みけるに 宿し持つ月の光の大澤は如何に云へども廣澤の池        (多)  0329:0322:イ                   みさび2 池に澄む月に掛かれる浮雲は拂ひ殘せる水銹なりけり  0330:0323  月、池の氷に似たりと云ふ亊を                あらた1 水無くて氷りぞしたる勝間田の池新むる秋の夜の月  0331:0324:イ  名所の月と云ふ亊を              かは1 清見潟沖の岩越す白波に光を交す秋の夜の月  0332:0325 なべて2 尋常無き所の名をや惜むらん明石は分きて月のさやけき  0333:0326   ノ  海邊明月              おもて1 難波潟月の光に浦冴えて波の表に氷をぞ敷く       (裏)  0334:0327:イ  月前に遠く望むと云ふ亊を  〔菩提院の前の齋院にて、月の歌詠み侍りしに:イ〕 くま1     さそ1 いく1             【くもゐ】 隈も無き月の光に誘はれて幾雲居まで行く心ぞも  0335:0328  終夜月を見る   き1     さそ1 誰れ來なん月の光に誘はれてと思ふに夜はの明けにけるかな  0336:0329  八月十五夜           しる1 山の端を出づる宵より著きかな今宵知らする秋の夜の月  0337:0330:イ          けしき2 數へねど今宵の月の氣色にて秋の半を空に知るかな                 (推量)  0338:0331 天の川名に流れたる甲斐有りて今宵の月は殊に澄みけり  0339:0332:イ         しる1  とよ2   いつか2 さやかなる影にて著し秋の月十夜に餘れる五日なりけり                 〔りて:イ〕  0340:0333:イ うちつけ2 端的に又來ん秋の今宵まで月ゆゑ惜しく成る命かな  0341:0334:イ       ひとよ2 秋は唯だ今宵一夜の名なりけり同じ雲居に月は澄めども  0342:0335:イ 思ひせぬ十五の年も有るものを今宵の月の斯からましかば 〔老いも:イ〕           〔や:内大〕  0343:0336:イ  曇れる十五夜を 月見れば影無く雲に包まれて今宵ならずは闇に見えまし 〔待て:イ〕  0344:0337:イ  ノ  月歌あまた詠みけるに      ひがし1 入りぬとや東に人は惜むらん都に出づる山の端の月  あづま1 〔東には入りぬと人や思ふらん:イ〕  0345:0338:イ 待ち出でて隈なき宵の月見れば雲ぞ心に先づ掛かりける  0346:0339:イ      くもゐ2 秋風や天つ雲居を拂ふらん更け行くままに月のさやけさ                        【き:有朋】  0347:0340:イ いづく2 何處とて哀れならずは無けれども荒れたる宿ぞ月は寂しき  0348:0341 よもぎ1 蓬分けて荒れたる宿の月見れば昔住みけん人ぞ戀しき  0349:0342:イ 身に沁みて哀れ知らする風よりも月にぞ秋の色は見えける  0350:0343 虫の音も枯れ行く野邊の草の原に哀れを添へて澄める月影           〔草むらに:宮カ〕  0351:0344:イ 人も見ぬ由無き山の末までに澄むらん月の影をこそ思へ            〔も:イ〕  0352:0345 木の間洩る有明の月を眺むれば寂しさ添ふる峰の松風  0353:0346 如何にせん影をば袖に宿せども心の澄めば月の曇るを  0354:0347:イ       ふせや2 悔しくも賤が伏屋と音占めて月の洩るをも知らで過ぎける        〔の:イ〕            〔ぬ:イ〕         〔戸をしめて:イ〕         【貶めて】  0355:0348               うつ1 荒れ渡る草の庵に洩る月を袖に映して眺めつるかな  0356:0349:イ         【いにしへ】  めぐ1 月を見て心浮かれし古の秋にも更に廻り逢ひぬる  0357:0350:イ 何亊も變りのみ行く世の中に同じ影にて澄める月かな                 〔も:イ〕  〔げ:大〕  0358:0351:イ 夜もすがら月こそ袖に宿りけれ昔の秋を思ひ出づれば  0359:0352:イ     ほか1 眺むれば外の影こそゆかしけれ變らじものを秋の夜の月  0360:0353:イ ゆくへ2 行方無く月に心の澄み澄みて果ては如何にか成らんとすらん  0361:0354 月影の傾ぶく山を眺めつつ惜むしるしや有明の空  0362:0355:イ     まこと1 眺むるも眞しからぬ心地して世に餘りたる月の影かな  0363:0356:イ 行末の月をば知らず過ぎきつる秋まだ斯かる影は無かりき            〔ぬ:イ〕  0364:0357 まこと1 眞とも誰れか思はん獨り見て後に今宵の月を語らば  0365:0358:イ                    よる1 月の爲め晝と思ふが甲斐無きに暫し曇りて夜を知らせよ        〔は:イ大〕  0366:0359                    まが1 天の原朝日山より出づればや月の光の晝に紛へる  0367:0360:イ 有明の月の頃にし成りぬれば秋は夜無き心地こそすれ  0368:0361      ときどき2          かざ1 なかなかに時時雲の掛かるこそ月をもてなす飾りなりけれ  0369:0362                    は1 空晴るる嵐の音は松に有れや月も緑の色に映えつつ  0370:0363:イ                     まが1 定め無く鳥や鳴くらん秋の夜は月の光を思ひ紛へて     〔は:大〕  0371:0364                  あらそ1 誰れも皆ことわりとこそ定むらめ晝を競ふ秋の夜の月  0372:0365     まこと1あか1 影冴えて眞に月の明き夜は心も空に浮びてぞ澄む  0373:0366 くま1   おもて1 隈も無き月の面に飛ぶ雁の影を雲かと思ひけるかな 〔曇り:カ〕           〔紛へ:宮カ〕  0374:0367     いな1     いた1 眺むれば否や心の苦しきに甚くな澄みそ秋の夜の月  0375:0368               のどか2 雲も見ゆ風も更くれば荒く成る長閑なりつる月の光を  0376:0369                    ささ1                      いほり1 諸共に影を並ぶる人も有れや月の洩り來る笹の庵に  0377:0370:イ なかなかに曇ると見えて晴るる夜の月の光は添ふ心地する                   〔の:宮〕  0378:0371      おもて1 浮雲の月の面に掛かれども早く過ぐるは嬉しかりけり  0379:0372              ただよ1 過ぎ遣らで月近く行く浮雲の漂ふ見れば侘びしかりけり  0380:0373                 あた1 厭へどもさすがに雲の打散りて月の邊りを離れざりけり  0381:0374        みが1 雲拂ふ嵐に月の磨かれて光得て澄む秋の空かな  0382:0375               をばすて2 隈も無き月の光を眺むれば先づ姨捨の山ぞ戀しき  0383:0376:イ        せと2 月冴ゆる明石の瀬戸に風吹けば氷の上に立たん白波  0384:0377:イ               こと1 天の原同じ岩戸を出づれども光殊なる秋の夜の月   〔馴れし:大〕  0385:0378 限り無く名殘惜しきは秋の夜の月に伴ふ曙の空  0386:0379:イ  九月十三夜 今宵はと所得顏に澄む月の光りもてなす菊の白露    〔心:カ〕  0387:0380:イ       なかば1         お1 雲消えし秋の半の空よりも月は今宵ぞ名に負へりける                   〔出でに:イ〕  0388:0381:イ  ノ ノ   もてあそ1  後九月月を、翫ぶと云ふ亊を   ノ ノ  〔後九月月を:イ〕 月見れば秋加はれる年はまた飽かぬ心も添ふにぞ有りける             〔あはれ:内〕  0389:0382:ツ  月、瀧を照すと云ふ亊を     なち2    た1   ぬ1 雲消ゆる那智の高嶺に月闌けて光を貫ける瀧の白糸  0390:0383  久しく月を待つと云ふ亊を                    ふたむら2 出でながら雲に隱るる月影を重ねて待つや二村の山  0391:0384  雲間に月を待つと云ふ亊を          は1 秋の月いざよふ山の端のみかは雲の絶間も待たれやはせぬ  0392:0385   ノ  月前薄 惜む夜の月に習ひて有明の入らぬを招く花すすきかな  0393:0386 はなすすき2まが1   ますほ3  そ1 花薄月の光に紛はまし深き眞蘇芳の色に染めずば  0394:0387   ノ  月前荻     をぎ1 月澄むと荻植ゑざらん宿ならば哀れ少なき秋にや有らまし  0395:0388  月照野花と云ふ亊を   二 一 月無くば暮るれば宿へ歸らまし野邊には花の盛りなりとも  0396:0389:イ   ノ  月前野花       うつ1      のもり2 花の色を影に映せば秋の夜の月ぞ野守の鏡なりける  0397:0390   ノ  月前草花             うはも2                した2 月の色を花に重ねて女郎花上裳の下に露を掛けたる  0398:0391   ま1               たは2 宵の間の露に萎れて女郎花有明の月の影に戲るる  0399:0392:イ   ノ  月前女郎花  さ1 庭冴ゆる月なりけりな女郎花霜に逢ひぬる花と見たれば  0400:0393   ノ  月前虫           きりぎりす2 月の澄む淺茅にすだく蟋蟀露の置くにや秋を知るらん  0401:0394     こぼ1      こはぎ2 露ながら溢さで折らん月影に小萩が枝の松虫の聲  0402:0395  深夜聞蛩    レ 我世とや更け行く月を思ふらん聲も休めぬきりぎりすかな  0403:0396:イ   ノ  田家月          いなむしろ2 夕露の玉敷く小田の稻莚返す穗末に月ぞ宿れる             ほ1           〔影干す末に:イ〕  0404:0397   ノ  月前鹿                    さおしか3 類ひ無き心地こそすれ秋の夜の月澄む嶺の小男鹿の聲  0405:0398   ノ  月前紅葉 こ1 木の間洩る有明の月のさやけきに紅葉を添へて眺めつるかな  0406:0399  霧、月を隔つと云ふ亊を 立田山月澄む嶺の甲斐ぞ無き麓に霧の晴れぬ限りは  0407:0400:イ  月前に古を懷ふ いにしへ1 古を何に付けてか思ひ出でん月さへ變る世ならましかば  0408:0401:イ  月に寄せて思を述べけるに 世の中の憂きをも知らで澄む月の影は我身の心地こそすれ                      〔にぞ有る:イ〕  0409:0402               さ1 世の中は曇り果てぬる月なれや然りともと見し影も待たれず  0410:0403:イ 厭ふ世も月澄む秋に成りぬれば長らへずはと思ふなるかな                     〔ひけ:イ〕  0411:0404 さ1               さそ1 然らぬだに浮かれて物を思ふ身の心を誘ふ秋の夜の月  0412:0405:イ    い1             さ1 捨てて往にし憂き世に月の澄まで有れな然らば心の留まらざらまし  0413:0406 あながちに山にのみ澄む心かな誰れかは月の入るを惜まぬ  0414:0407:イ  かすが2  春日に參りたりけるに、常よりも月明く哀れなりければ  〔春日に參りたりけるに、常よりも月明く哀れなしに、〕  〔三笠山を見上げて、斯く覺え侍りし:イ〕   さ1 ふり放けし人の心ぞ知られける今宵三笠の山を眺めて  0415:0408      ほと1  月、寺の邊りに明かなり                 つ1 晝と見る月に明くるを知らましや時撞く鐘の音無かりせば                    〔音せざりせば:宮カ〕  0416:0409  人人、住吉に參りて月を翫びけるに 片そぎの行き合はぬ間より洩る月や冴えて御袖の霜に置くらん       〔ひの:大〕           〔を:宮カ〕  0417:0410:ツ       みぎは1         ゆ1 波に宿る月を汀に搖り寄せて鏡に掛くる住吉の岸  0418:0411            と1  旅〔に〕まかりけるに留まりて   〔脱カ〕 飽かずのみ都にて見し影よりも旅こそ月は哀れなりけれ  0419:0412 見しままに姿も影も變らねば月ぞ都の形見なりける  0420:0413  旅宿の月を思ふと云ふ亊を        ごと1           いほり1 月は猶夜な夜な毎に宿るべし我が結び置く草の庵に                     〔庵にも:カ〕  0421:XXXX  月前に友に逢ふと云ふ亊を                    さそ1 嬉しきは君に逢ふべき契り有りて月に心の誘はれにけり  0422:0414:イ             ノ  心ざす亊ありて、安藝の一宮へ詣でけるに、高富の                  と1  浦と申す所に〔て:イ〕 、風に吹き留められて程經  けり。苫葺きたる庵より月の洩るを見て  〔心ざす亊ありて、安藝の一宮へ詣で侍りしに、高〕  〔富の浦と申す所にて、風に吹き留められて程經侍〕       とま1    こ1  〔りしに、苫より月の洩り來しを見て:イ〕              とま1 波の音を心に掛けて明すかな苫洩る月の影を友にて  0423:0415  詣で着きて、月いと明くて、哀れに覺えければ詠みける 諸共に旅なる空に月も出でて住めばや影の哀れなるらん             (澄)  0424:0416  旅宿の月と云へる心を詠める                       とこ1 哀れ知る人見〔え:カ〕 たらばと思ふかな旅寢の床に宿る月影  0425:0417      うきね2 月宿る同じ浮寢の波にしも袖しぼるべき契り有りけり     (憂き)  0426:0418:イ                ほか1 都にて月を哀れと思ひしは數より外のすさびなりけり             〔にも有らぬ住まひ:イ〕  0427:0419   ノ  船中初雁               ほの1 沖かけて八重の潮路を行く舟は微かにぞ聞く初雁の聲             〔の:カ〕  0428:0420:イ  朝に初雁を聞く         しののめ2 横雲の風に別るる晨明に山飛び越ゆる初雁の聲  0429:0421:イ  夜に入りて雁を聞く  〔雁:イ〕 からすば2たまづさ2 烏羽に書く玉章の心地して雁鳴き渡る夕闇の空  0430:0422:イ  ノ  雁聲遠きを    つばさ1 白雲を翅に掛けて行く雁の門田の面の友慕ふなり        〔飛ぶ:イ〕  0431:0423   ノ  霧中雁 たまづさ2             け1    つづ1 玉章の續きは見えで雁がねの聲こそ霧に消たれざりけれ  0432:0424   ノ  霧上雁 そらいろ2 うら1   おもて1   たまづさ2    こなた2 空色の此方を裏に立つ霧の表に雁の掛くる玉章  0433:0425  霧           こ1 鶉鳴く折にし成れば霧籠めて哀れ寂しき深草の里  0434:0426  霧、行客を隔つ なごり2むつごと2 名殘多み睦言盡きで歸り行く人をば霧も立ち隔てけり  0435:0427   ノ  山家霧   こ1   した1 立ち籠むる霧の下にも埋もれて心晴れせぬみ山邊の里  0436:0428   こ1    あみど2 夜を籠めて竹の編戸に立つ霧の晴ればやがてや明けんとすらん  0437:0429  鹿 しだ2  はぎ1        ふるえ2 枝埀り咲く萩の古枝に風掛けてすがひすがひに男鹿鳴くなり  0438:0430   え1 た1      をしか2  みやぎの3 萩が枝の露溜めず吹く秋風に男鹿鳴くなり宮城野の原  0439:0431 夜もすがら妻戀ひかねて鳴く鹿の涙や野邊の露と成るらん  0440:0432 さ1               さをしか3 然らぬだに秋は物のみ悲しきを涙催す小男鹿の聲  0441:0433        ね1         たぐ2 山おろしに鹿の音融合ふ夕暮をもの悲しとは云ふにや有るらん  0442:0434   わ1 鹿も佗ぶ空の氣色も時雨るめり悲しかれとも成れる秋かな  0443:0435:イ    ノ  〔山家鹿:イ〕 何と無く住ままほしくぞ思ほゆる鹿の音絶えぬ秋の山里               〔鹿哀れなる:イ〕  0444:0436  小倉の麓に住み侍りけるに、鹿の鳴きけるを聞きて 男鹿鳴く小倉の山の裾近み唯だ獨り住む我が心かな  0445:0437:イ  曉の鹿               ゆめの2 夜を殘す寢覺に聞くぞ哀れなる夢野の鹿も斯くや鳴きけん                      〔鳴くらん:イ〕  0446:0438:イ  夕暮に鹿を聞く しのはら2まが1     かす1 篠原や霧に紛ひて鳴く鹿の聲幽かなる秋の夕暮     〔惑:イ〕  0447:0439  幽居に鹿を聞く とな1 はた1 鄰り居ぬ畑の假屋に明す夜は鹿哀れなる物にぞ有りける             (然か)  0448:0440:イ  田庵の鹿            ね1 小山田の庵近く鳴く鹿の音に驚かされて驚かすかな  0449:0441  人を尋ねて、小野にまかりけるに、鹿の鳴きければ 鹿の音を聞くに付けても住む人の心知らるる小野の山里  0450:0442:イ  獨聞檮衣   レレ                     ころも1 獨寢の夜寒に成るに重ねばや誰が爲めに打つ衣なるらん  0451:0443  隔里檮衣  レ レ  よ1   ごろも1 さ夜衣いづこの里に打つならん遠く聞ゆる槌の音かな  0452:0444:イ  年頃申されたる人の、伏見に住むと聞きて、尋ねま  かりたりけるに、庭の路も見えず茂りて、虫鳴きけ  れば  〔昔申し馴れたりし人の、世遁れて後、伏見に住み〕  〔侍りしを尋ねてまかりて、庭の草深かりしを分け〕  〔入りて侍りしに、虫の聲哀れにて:イ〕 分けて入る袖に哀れを掛けよとて露けき庭に虫さへぞ鳴く  0453:0445  虫の歌詠み侍りけるに          こざさふ3  な1 きりぎりす1 夕されや玉動く露の小笹生に聲先づ馴らす蛩かな     〔置く:宮カ〕  0454:0446:イ    ほずゑ2 かるかや2 秋風に穗末波寄る苅萱の下葉に虫の聲亂るなり  0455:0447             よそ1 きりぎりす鳴くなる野邊は外なるを思はぬ袖に露ぞこぼるる  0456:0448 秋風の更け行く野邊の虫の音のはしたなきまで濡るる袖かな  0457:0449     よそ1 虫の音を外に思ひて明さねば袂も露は野邊に變らじ  0458:0450 野邊に鳴く虫もや物は悲しきと答へましかば問ひて聞かまし  0459:0452                まどろ2 秋の夜に聲も惜まず鳴く虫をつゆ睡眠まず聞き明すかな       やす1      〔休:カ〕   (露)  0460:0451:ツ               ともな1 秋の夜を獨りや鳴きて明さまし伴ふ虫の聲無かりせば  0461:0453 秋の野の尾花が袖に招かせて如何なる人を松虫の聲                   (待)  0462:0454:イ 夜もすがら袂に虫の音を掛けて拂ひ煩ふ袖の白露  0463:XXXX       とこ1むしろ1         さ1 獨寢の寢覺の床の小莚に涙催すきりぎりすかな  0464:0455 きりぎりす1       もと1  よざむ2 蛬夜寒に成るを告げ顏に枕の下に來つつ鳴くなり  0465:0456                    ひかず2ふ1 虫の音を弱り行くかと聞くからに心に秋の日數をぞ經る  0466:0457:ツ 秋深み弱るは虫の聲のみか聞く我とても此の身やは有る  0467:0458:イ   ね1さ1 虫の音に然のみ濡るべき袂かは怪しや心物思ふらし                     〔べ:カ〕  0468:XXXX      とぶら1 物思ふ寢覺訪ふきりぎりす人よりもけに露けかるらん  0469:0459:イ  獨聞虫   レ 獨寢の友には成らできりぎりす鳴く音を聞けば物思ひ添ふ  0470:0460   ノ  故郷虫 草深み分け入りて訪ふ人も有れや古り行く宿の鈴虫の聲               (振)  0471:0461   ノ  雨中虫   お1 をぐさ2 壁に生ふる小草に佗ぶるきりぎりす時雨るる庭の露厭ふらし  0472:0462:イ  田家に虫を聞く こはぎ2   くろ1 ね1 も1 小萩咲く山田の畔の虫の音に庵守る人や袖濡らすらん  0473:0463  夕の道の虫と云ふ亊を  ぐ1               くつわむし2 打具する人無き道の夕されば聲立て送る轡虫かな  0474:0464   ノ  田家秋夕               そとも2                  をだ2 眺むれば袖にも露ぞこぼれける外面の小田の秋の夕暮  0475:0465 吹き過ぐる風さへ殊に身にぞ沁む山田の庵の秋の夕暮  0476:0466  京極太政大臣、中納言と申しける折、菊をおびただ      した2  しき程に爲立てて鳥羽院に參らせ給ひたりける。鳥       ひがしおもて2          つぼ1  羽の南殿の東面の坪に、所無き程に植ゑさせ給ひけ            すす1  り。公重少將、人人を勸めて、菊もてなさせけるに、  加はるべき由あれば             【ひじり】       つぼ1  かざ1              はこや1 君が住む宿の坪には菊ぞ飾る仙の宮と云ふべかるらん           〔薫る:カ〕  0477:0467  菊 いくあき2        ここぬか2 幾秋に我れ逢ひぬらん長月の九日に摘む八重の白菊  0478:0468    なら1 秋深み比ぶ花無き菊なれば所を霜の置けとこそ思へ  0479:0469   ノ  月前菊 ませ1   しるし1    まが1 籬無くは何を標に思はまし月も紛よふ白菊の花  0480:0470:イ  秋、物へまかりける路にて   しぎ1  〔鴫:イ〕               しぎ1 心無き身にも哀れは知られけり鴫立つ澤の秋の夕暮  0481:0471  嵯峨に住みける頃、隣の坊に申すべき亊ありて、ま            むぐら1  かりけるに、路も無く葎の茂りければ             そ1 ひま1は1 やへむぐら3                 な1 立ち寄りて隣問ふべき垣に沿ひて隙無く匍へる八重葎かな  0482:0472  題知らず           そ1 何時よりか紅葉の色は染むべきと時雨に曇る空に問はばや  0483:0473  紅葉未遍と云ふ亊を    レ いとか山時雨に色を染めさせてかつかつ織れる錦なりけり (糸)  0484:0474:イ   ノ  山家紅葉           くれなゐ1             しぐ2 染めてけり紅葉の色の紅を時雨ると見えしみ山邊の里  0485:0475  秋の末に松虫の鳴くを聞きて さ1 然らぬだに聲弱りにし松虫の秋の末には聞きも分かれず  0486:0476 限り有れば枯れ行く野邊は如何がせん虫の音殘せ秋の山里  0487:0477:イ  寂蓮、高野に詣でて、深き山の紅葉と云ふ亊を詠みける   ノ  〔宮法印の御庵室にて、歌詠むべき旨申し侍りしに、〕  〔參り逢ひて:イ〕 さまざまに錦ありけるみ山かな花見し嶺を時雨染めつつ  0488:0478  紅葉色深しと云ふ亊を 限り有れば如何がは色も増さるべきを飽かず時雨るる小倉山かな  0489:0479 もみぢ葉の散らで時雨の日數經ば如何ばかりなる色か有らまし                      〔色にか有らまし:カ〕  0490:0480   ノ  霧中紅葉 錦張る秋の梢を見せぬかな隔つる霧の宿を造りて  0491:0481  賤しかりける家に、蔦の紅葉面白かりけるを見て     よし1しづ1   つた1    は1      あ1  すみか2 思はずよ由有る賤が住處かな蔦の紅葉を軒に匍はせて  0492:XXXX  寄紅葉戀  二 一         たぐ1        まが1 我が涙時雨の雨に比へばや紅葉の色の袖に紛へる  0493:0482           しのぶ2     やしろ1  東へまかりけるに、信夫の奧に侍りける社の紅葉を                  あけ1                    たまがき2 常磐なる松の緑も神さびて紅葉ぞ秋は朱の玉垣  0494:0483   (ママ)     ノ  草花野路落葉                      き1 紅葉散る野原を分けて行く人は花ならぬまで錦着るべし  0495:0484      ほふりん2  秋の末に法輪に籠りて詠める    ゐせき2 大井川井堰に淀む水の色に秋深く成る程ぞ知らるる  0496:0485                  た1 小倉山麓に秋の色は有れや梢の錦風に裁たれて  0497:0486:ツ 我物と秋の梢を思ふかな小倉の里に家居せしより       〔見つる:ツ〕  0498:0487:イ                   こがらし2 山里は秋の末にぞ思ひ知る悲しかりけり木枯の風                 〔る:大〕  0499:0488 暮れ果つる秋の形見に暫し見ん紅葉散らすな木枯の風  0500:0489     つきなみ2やまがつ2 秋暮るる月次分かぬ山賤の心羨む今日の夕暮  0501:0490:イ  終夜、秋を惜む 惜めども鐘の音さへ變るかな霜にや露の結び代ふらん                 〔を:イ〕  Subtitle  冬  0502:0491:イ  長樂寺にて、夜紅葉を思ふと云ふ亊を、人人詠みけるに 夜もすがら惜しげ無く吹く嵐かなわざと時雨の染むる紅葉を                        〔木末を:宮〕                        〔木末に:カ〕  0503:XXXX かんなづき3 神無月木の葉の落つる度毎に心浮かるるみ山邊の里  0504:0492  題知らず         わび1 寢覺する人の心を佗しめて時雨るる音は悲しかりけり  0505:0493:イ                      きりぎりす1  十月の初めつ方、山里にまかりたりけるに、蛬の聲                 〔しに、鈴虫:イ〕 【わづ】                     纔かにしければ詠みける    〔し侍りしに:イ〕    むぐら1 霜埋む葎が下のきりぎりす有るか無きかに聲聞ゆなり                  〔の:イ宮カ〕  0506:0494    ノ  山家落葉                  せ1  ふゆごもり2 路も無し宿は木の葉に埋もれぬまだき爲さする冬籠かな  0507:0495           あくが2 木の葉散れば月に心ぞ漫行るるみ山隱れに住まんと思ふに  0508:0496:イ  ノ  曉落葉        とこ1 時雨かと寢覺の床に聞ゆるは嵐に堪へぬ木の葉なりけり               〔絶え:宮カ〕  0509:0497   ノ  水上落葉             くれなゐ1 立田姫染めし梢の散る折は紅洗ふ山川の水  0510:0498  落葉  は1          まこと1 嵐掃く庭の落葉の惜しきかな眞の塵に成りぬと思へば     〔木の:宮カ〕  0511:0499:イ   ノ  月前落葉                   まが1 山おろしの月に木の葉を吹きかけて光に紛ふ影を見るかな             〔溜め:イ〕  0512:0500   ノ  瀧上落葉         たぐ2  むらご2 木枯に峰の紅葉や混合ふらん村濃に見ゆる瀧の白糸  0513:0501   ノ  山家時雨  かこ1    ははそ1 宿圍ふ柞の柴の色をさへ慕ひて染むる初時雨かな  0514:0502   ノ  閑中時雨と云ふ亊を おのづか1              めぐ1 自ら音する人も無かりけり山廻りする時雨ならでは   〔なふ:カ〕  0515:0503:ツ  時雨の歌詠みけるに あづまや2 東屋の餘りにも降る時雨かな誰れかは知らぬ神無月とは  0516:0504:ツ        とど1  落葉、綱代に留まる 紅葉寄る綱代の布の色染めてひをくるるとは見ゆるなりけり           か1(緋、氷魚)   〔り:イ〕   〔更へ:イ〕               〔くくる:イ〕  0517:0505:イ   ノ  山家枯草と云ふ亊を、覺雅僧都の坊にて人々詠みけ  るに            〔範:カ〕    ノ  〔山家寒草:イ〕   こ1    すすき1 かき籠めし裾野の薄霜枯れて寂しさ増さる柴の庵かな  0518:0506    わた1  野の邊りの枯れたる草と云ふ亊を、雙林寺にて詠み  けるに さまざまに花咲きたりと見し野邊の同じ色にも霜枯れにけり  0519:0507  枯野の草を詠める           と1 分けかねし袖に露をば留め置きて霜に朽ちぬる眞野の萩原  0520:0508  かづ1        いづく2  と1 霜被く枯野の草は寂しきに何處は人の心留むらん  0521:0509:ツ     もろ1 霜枯れて脆く碎くる萩の葉を荒く吹くなる風の音かな               〔分:ツ〕  0522:0510  冬の歌詠みけるに 難波江の入江の蘆に霜冴えて浦風寒き朝ぼらけかな  0523:0511:イ       かつら1   いただ1 玉掛けし花の蔓も衰へて霜を戴く女郎花かな  0524:0512:イ 山櫻初雪降れば咲きにけり吉野は里に冬籠れども              〔の:カ〕                〔は:カ〕  0525:0513:イ  〔山家の冬の心を:イ〕                いほり1                 なら1 寂しさに堪へたる人の又も有れな庵並べん冬の山里  0526:0514:イ   ノ  水邊寒草 霜に逢ひて色改むる蘆の穗の寂しく見ゆる難波江の浦           〔葉:イ〕  0527:0515  山里の冬と云ふ亊を人人詠みけるに  ま1    まくず2 玉卷きし垣根の眞葛霜枯れて寂しく見ゆる冬の山里  0528:0516   ノ  寒夜旅宿 旅寢する草の枕に霜冱えて有明の月の影ぞ待たるる  0529:0517:ツ   ノ  山家冬月 冬枯のすさまじげなる山里に月の澄むこそ哀なりけれ               (住)  0530:0518 月出づる嶺の木の葉も散り果てて麓の里は嬉しかるらん  0531:0519:ツ  月枯れたる草を照す 花に置く露に宿りし影よりも枯野の月は哀れなりけり  0532:0520 氷敷く沼の蘆原風冴えて月も光ぞ寂しかりける  0533:0521:イ  靜かなる夜の冬月  さ1 霜冱ゆる庭の木の葉を踏み分けて月は見るやと訪ふ人もがな  0534:0522   ノ  庭上冬月と云ふ亊を さ1 冱ゆと見えて冬深くなる月影は水無き庭に氷をぞ敷く  0535:0523:ツ  鷹狩     (ママ)  (ママ)         はしたか2        しき1 合はせたる木ゐの敏鷹をきととし犬飼ひ人の聲頻るなり   〔つ:ツ〕      〔ら:ツ〕  0536:0524   ノ  雪中鷹狩   くら1 きぎす2         たぐ2 かき暗す雪に雉子は見えねども羽音に鈴を混合へてぞ遣る  0537:0525     とだち2        どころ1 降る雪に鳥立も見えず埋もれて取り所無き御狩野の原              (鳥)  0538:XXXX  ノ  夜初雪                  しる1 月出づる軒にも有らぬ山の端の白むも著し夜はの白雪  0539:0526  ノ  庭雪似月    レ                はだ1 木の間洩る月の影とも見ゆるかな斑らに降れる庭の白雪  0540:0527:ツ  雪の朝、靈山と申す所にて、眺望を人人詠みけるに た1 闌け昇る朝日の影のさすままに都の雪は消えみ消えずみ         〔さまざま:ツ〕               〔に:ツ〕  0541:0528:ツ  枯野に雪の降りたるを      かや1        うはば2 枯れ果つる萱が上葉に降る雪は更に尾花の心地こそすれ  0542:XXXX  雪の歌詠みけるに     さか1くだ1   かじき1 あらち山嶮しく下る谷も無く〓の道を造る白雪             【木+(晶/糸):かんじき】  0543:0529 たゆ1 そり1             こし1       はやを2 怠みつつ橇の早諸も付けなくに積りにけりな越の白雪  0544:0530  雪、道を埋む                   ふゆごもり2 降る雪に栞りし柴も埋もれて思はぬ山に冬籠する  0545:0531  秋の頃、野へ參るべき由頼めて、參らざりける人の  許へ、雪降りて後申し遣はしける           く1 雪深く埋みてけりな君來やと紅葉の錦敷きし山路を  0546:0532  ノ  雪朝待人と云ふ亊を    レ 我宿に庭より外の路もがな訪ひ來ん人の跡付けで見ん  0547:0533  雪に庵埋もれて、せん方無く面白かりけり。今も來  たらばと詠みけん亊を思ひ出でて見ける程に、鹿の  分けて通りけるを見て  こ1 人來ばと思ひて雪を見る程に然か跡付くる亊も有りけり             (鹿 )  0548:0534  ノ  雪朝會友と云ふ亊を    レ  と1      さ1 跡留むる駒の行方は然も有らば有れ嬉しく君に行も逢ひぬる  0549:0535:イ  雪埋竹と云ふ亊を   レ             ねぐら1むらすずめ2 雪埋む園の呉竹折れ伏して塒求むる群雀かな  0550:0536:イ          かへりだち2    だいり2             みかぐら3                   ノ  賀茂の臨時の祭、還立の御神樂、土御門内裏にて侍         つぼ1  りけるに、竹の坪に雪の降りたりけるを見て  〔題ナシ:イ〕 うらがへ2 ころも1     うらは2    をみ2 裏返す小忌の衣と見ゆるかな竹の裏葉に降れる白雪 〔打返:イ〕         〔上:イ〕  0551:0537   ノ  社頭雪    あけ1      みどり1 玉垣は朱も緑も埋もれて雪おもしろき松の尾の山  0552:0538  雪の歌ども詠みけるに 何と無く暮るる雫の音までも山邊は雪ぞ哀れなりける    〔落つる:カ〕  0553:0539               をちこち2 雪降れば野路も山路も埋もれて遠近知らぬ旅の空かな  0554:0540:ツ あおね2 むしろ1    しとね1   やま1    こけ1 青根山莓の莚の上にして雪は茵の心地こそすれ  0555:0541 卯花の心地こそすれ山里の垣根の柴を埋む白雪  0556:0542:ツ     めぐ1 折ならぬ圍りの垣の卯花を嬉しく雪の咲かせつるかな                    〔け:ツ〕  0557:0543 問へな君夕暮に成る庭の雪を跡無きよりは哀れならまし  0558:0544:イ   ノ  舟中霰 せと2 たな1をぶね2     しまき2 迫門渡る棚無し小舟心せよ霰亂るる風卷横ぎる  0559:0545:ツ   ノ  深山霰 そまびと2    した2    まき2    ぶし1 杣人の眞木の假屋の下臥に音する物は霰なりけり          あだ1         〔徒:ツカ〕  0560:0546  櫻の木に霰のたばしるを見て 唯だは落ちで枝を傳へる霰かな蕾める花の散る心地して  0561:0547  月前炭竈と云へる亊を                   すす1 限り有らん雲こそ有らめ炭竈の煙に月に煤けぬるかな                 〔の:カ宮〕  0562:0548  千鳥          しげ1            せと2 淡路潟磯わの千鳥聲繁し迫門の汐風冴え増さる夜は  〔嶋:宮〕  0563:0549:イ    ノ  〔夕暮千鳥:イ〕 淡路潟迫門の汐干の夕暮に須磨より通ふ千鳥鳴くなり  〔嶋:宮カ〕  0564:0551:イ    ノ  〔寒夜千鳥:イ〕                    ぐ1 冴ゆれども心安くぞ聞き明す川瀬の千鳥友具してけり  0565:0550     みぎは1 霜冴えて汀更け行く浦風を思ひ知りげに鳴く千鳥かな  0566:0552 やせ2          ひ1かた1 八瀬渡る湊の風に月更けて汐干る方に千鳥鳴くなり  0567:0553:ツ  題知らず                うつ1 千鳥鳴く繪島の浦に澄む月を波に映して見る今宵かな  0568:0554  氷留山水   二 一   せ1     こ1やまみづ2 岩間塞く木の葉分け來し山水をつゆ洩さぬは氷なりけり              (露)  0569:0555:イ   ノ  瀧上氷   〔凍:イ〕 みなかみ2 水上に水や氷を結ぶらん繰るとも見えぬ瀧の白糸  0570:0556:ツ  ノ  氷筏を閉づと云ふ亊を  わ1                ほづ2 ごえ1 氷割る筏の竿のたゆければ持ちや越さまし保津の山越            〔徒歩:カ〕               〔越すらん:ツ〕  0571:0557:イ  冬の歌十首詠みけるに 花も枯れ紅葉も散らぬ山里は寂しさをまた訪ふ人もがな        〔り:カ〕  0572:0558:イ 獨り住む片山蔭の友なれや嵐に晴るる冬の夜の月  0573:0559:イ       まろや2 津の國の蘆の丸屋の寂しさは冬こそ分きて訪ふべかりけれ  0574:0560      よそ1             こや2 冴ゆる夜は外の空にぞ鴛鴦も鳴く氷りにけりな昆陽の池水  0575:0561:イ 夜もすがら嵐の山に風冴えて大井の淀に氷をぞ敷く  0576:0562 冴え渡る浦風如何に寒からん千鳥群れゐるゆふ崎の浦  0577:0563:イ 山里は時雨れし頃の寂しきに霰の音はやや増さりけり                  た1           〔さ:イ〕  〔溜まらざりけり:大〕  0578:0564:イ 風冴えて寄すればやがて氷りつつ返る波無き志賀の唐崎                   〔し:イ〕  0579:0565:イ 吉野山麓に降らぬ雪ならば花かと見てや尋ね入らまし  0580:0566:イ          はげ1 宿毎に寂しからじと勵むべし煙籠めたる小野の山里  0581:0567  題知らず     よそ1 山櫻思ひ比へて眺むれば木毎の花は雪増さりけり  0582:0568      おむろ2            ノ  仁和寺の御室にて、山家閑居見雪と云ふ亊を詠ませ               レ  給ひけるに 降り積る雪を友にて春までは日を送るべきみ山邊の里  0583:0569:イ  山里に冬深しと云ふ亊を    〔雪:イ〕            こ1  と1 訪ふ人も初雪をこそ分け來しか路閉ぢてけりみ山邊の里  0584:0570   ノ  山居雪と云ふ亊を                      すみか2 年の内は訪ふ人更に有らじかし雪も山路も深き住所を  0585:0571  世を遁れて鞍馬の奧に侍りけるに、縣樋の氷りて、  水まで來ざりけるに、春に成るまでは斯く侍るなり  と申しけるを聞きて詠める わりな2  かけひ1 理無しや氷る筧の水故に思ひ捨ててし春の待たるる  0586:0572   ノ  陸奧國にて年の暮に詠める 常よりも心細くぞ思ほゆる旅の空にて年の暮れぬる  0587:0573   ノ  山家歳暮      あみど2 新しき柴の編戸をたち替へて年の明くるを待ち渡るかな  0588:0574:イ  東山にて、人人年の暮に思を述べけるに  〔世を遁山て、東山に侍りし頃、年の暮に、人々參〕  〔うで來て、述懷し侍りしに:イ〕                 さま1 年暮れし其の營みは忘られて有らぬ樣なる急ぎをぞする  0589:0575:イ       あがた1  年の暮に、縣より都なる人の許へ申し遣しける      〔高野より京へ申し遣しける:イ〕 押並べて同じ月日の過ぎ行けば都も斯くや年は暮れぬる                       〔行く:大〕  0590:XXXX               くれなゐ1 山里に家居をせずば見ましやは紅深き秋の木末を  0591:0576:ツ  歳暮に人の許へ遣はしける おのづか1 自ら云はぬを慕ふ人や有ると休らふ程に年の暮れぬる     〔も問ふ:ツ〕        〔ぞ:ツ〕  0592:0577  常無き亊を寄せて               かさ1 何時か我れ昔の人と云はるべき重なる年を送り迎へて  Subtitle  戀  0593:0578  名を聞きて尋ぬる戀            ははきぎ2               ふせや2 逢はざらん亊をば知らず帚木の伏屋と聞きて尋ね行くかな                      〔來にけり:宮カ〕  0594:0579:ツ  自門歸戀  レ          にしきぎ2             ちづか2 立て初めて歸る心は錦木の千束待つべき心地こそすれ                      〔せね:ツ宮カ〕  0595:0580  涙顯戀            くれはとり2 おぼつかな如何にも人の呉織あやむるまでに濡るる袖かな  0596:0581  夢會戀               うつつ1 なかなかに夢に嬉しき逢ふ亊は現に物を思ふなりけり  0597:XXXX             わ1 逢ふ亊を夢なりけりと思ひ分く心の今朝は恨めしきかな  0598:0582 逢ふと見る亊を限りの夢路にて覺むる別れの無からましかば  0599:0583           うつつ1     かひ2 夢とのみ思ひなさるる現こそ逢ひ見る亊の甲斐無かりけれ  0600:0584:イ  後朝 今朝よりぞ人の心はつらからで明け離れ行く空を恨むる                      〔眺:イ〕  0601:0585           みちしば2 逢ふ亊を忍ばざりせば道芝の露より先きに起きて來ましや  0602:0586   ノ  後朝郭公 さ1         しののめ2 然らぬだに歸り遣られぬ晨明に添へて語らふ郭公かな  0603:0587   ノ  後鳥花橘  (朝ノ誤リ)     こ1              たぐ1 重ねては濃からまほしき移り香を花橘に今朝比へつつ  0604:0588   ノ  後朝霧 やす1             かこ1  こも1 休らはん大方の夜は明けぬとも闇と圍へる霧に籠りて  0605:0589:イ    あした1  歸る朝の時雨 ことづ2      やすら1 言託けて今朝の別れは休はん時雨をさへや袖に掛くべき  0606:0590:イ  逢ひて遇はぬ戀 つらくとも遇はずば何の習ひにか身の程知らず人を恨みん  0607:0591 さ1   さ1         さ1   さ1 然らば唯だ然らでぞ人の止みなまし然て後も又然もや有らじと                      さ1                     〔然は:宮〕                       さ1                      〔然も有らじとや:宮カ〕  0608:0592:イ  恨              なさけ1 洩さじと袖に餘るを包ままし情を忍ぶ涙なりせば  0609:0593:ツ  ふたたび2  二度絶ゆる戀 からごろも2 唐衣たち離れにしままならば重ねて物は思はざらまし  0610:0594  寄絲戀  レ しづ1       ゆづ1     たが1 賤の女がすすぐる絲に讓り置きて思ふに違ふ戀もするかな    〔裾取る :宮カ〕          〔露添ひて :宮カ〕  0611:0595  寄梅戀  レ 折らばやと何思はまし梅の花珍らしからぬ匂ひなりせば  0612:0596      ひとえだ2 行きずりに一技折りし梅が香の深くも袖に沁みにけるかな  0613:0597  寄花戀  レ つれもなき人に見せばや櫻花風に從ふ心弱さを  0614:0598       よそ1 花を見る心は外に隔たりて身に附きたるは君が面影  0615:0599  寄殘花戀  二 一       とど1 葉隱れに散り留まれる花のみぞ忍びし人に逢ふ心地する  0616:0600  寄歸雁戀  二 一 つれもなく絶えにし人を雁がねの歸る心と思はましかば  0617:0601  寄草花戀  二 一      しを1        しづえ2 よそ1 朽ちて唯だ萎れば好しや我袖も萩の下枝の露に比へて  0618:0602  寄鹿戀  レ                  みさを1 妻戀ひて人目包まぬ鹿の音を羨む袖の操なるかな  0619:0603  寄苅萱戀  二 一 ひとかた2 一方に亂るとも無き我戀や風定まらぬ野邊の苅宣  0620:0604  寄霧戀  レ 夕霧の隔て無くこそ思ひつれ隱れて君が逢はぬなりけり         〔思ほゆれ:宮カ〕  0621:0605  寄紅葉戀  二 一         たぐ1        まが1 我が涙時雨の雨の比へばや紅葉の色の袖に紛へる  0622:0606  寄落葉戀  二 一      をさ1        か1 朝毎に聲を收むる風の音は夜を經て離るる人の心か  0623:0607  寄氷戀  レ                         つらら2 春を待つ諏訪の渡りも有るものを何時を限りにすべき氷柱ぞ  0624:0608  寄水鳥戀  二 一                     をしどり2 我袖の涙掛かると濡れて有れな羨しきは池の鴛鴦  0625:0609  賀茂の方に、ささきと申す里に、冬深く侍りけるに、    ま1  人人參うで來て、山里の戀と云ふ亊を かけひ1 つらら2 筧にも君が氷柱や結ぶらん心細くも絶えぬなるかな  0626:0610  あきびと2  商人に文を附くる戀と云ふ亊を       なか1            たまづさ2 思ひかね市の中には人多みゆかり尋ねて附くる玉章  0627:0611   ノ  海路戀 波の敷く亊をも何か煩はん君が逢ふべき道と思はば 〔凌ぐ :宮カ〕  0628:0613  九月二つ有りける年、閏月を忌む戀と云ふ亊を、人  人詠みけるに 長月の餘りにつらき心にて忌むとは人の云ふにや有るらん  0629:0614:イ  みあれ2           さうじ2  御生の頃、賀茂に參りたりけるに精進に憚る戀と云  ふ亊を、人人詠みけるに こと1 みあれ2        うづき2 言づくる御生の程を過ぐしても猶や卯月の心なるべき                (憂)  0630:0615  ジ  同社にて、神に祈る戀と云ふ亊を神主ども詠みけるに      しるし1         ゆくへ2 天降る神の驗の有り無しをつれなき人の行方にて見ん  0631:0616:イ  月  (以下、寄月戀カ)      レ 月待つと云ひなされつる宵の間の心の色の袖に見えぬる               〔人:カ〕                  〔を:イ〕  0632:0617:イ         よそ1 知らざりき雲居の外に見し月の影を袂に宿すべしとは  0633:0618                 おもて1 哀れとも見る人有らば思はなん月の面に宿す心を  0634:0619                も1 にく1 月見ればいでやとよのみ思ほえて持たり憎くも成る心かな    〔いでばはやとのみ:カ〕  0635:0620:イ      はづ1    やさ1 弓張の月に外れて見し影の優しかりしは何時か忘れん  0636:0621:ツ                     とど1 面影の忘らるまじき別れかな名殘を人の月に留めて  0637:0622         かこ1      も1やつ1 秋の夜の月や涙を歎つらん雲無き影を持て窶すとて  0638:0623                   くま1 天の原冴ゆる御空は晴れながら涙ぞ月の隈に成るらん  0639:0624:イ 物思ふ心のたけぞ知られぬる夜な夜な月を眺め明して           〔け:イ〕  0640:0625       ふし1   たよ1         とが1 月を見る心の節を咎にして便り得顏に濡るる袖かな  0641:0626 思ひ出づる亊は何時もと云ひながら月には堪へぬ心なりけり  0642:0627:イ        あなた2 あしびきの山の彼方に君住まば入るとも月を惜まざらまし  0643:0628:イ              かこ1 歎けとて月やは物を思はする歎ち顏なる我が涙かな  0644:0629        あらそ1  めぐ1 君に如何で月に競ふ程ばかり廻り逢ひつつ影を並べん  0645:0630 しろたへ2        ま1    ころも1 白栲の衣重ぬる月影の冴ゆる眞袖に掛かる白露  0646:0631      たた1  うら1             なづ1 忍び寢の涙湛ふる袖の裏に泥まず宿る秋の夜の月  0647:0632 物思ふ袖にも月は宿りけり濁らで澄める水ならねども  0648:0633                    かこ1 戀しさを催す月の影なればこぼれ掛かりて歎つ涙か  0649:0634:イ   さ1 よし然らば涙の池に身を成して心のままに月を宿さん         〔袖馴れて :宮カ〕  0650:0635                な1 打絶えて歎く涙に我袖の朽ちなば何どか月を宿さん  0651:0636   ふ1   がた1 世世經とも忘れ難みの思出は袂に月の宿るばかりぞ  0652:0637                   ね1 涙ゆゑ隈無き月ぞ曇りぬる天のはらはら音のみ泣かれて              (原)  0653:0638      しる1        まぎ1 あやにくに著くも月の宿るかな夜に紛れてと思ふ袂に  0654:0639 面影に君が姿を見つるより俄かに月の曇りぬるかな  0655:0640        みがほ2 夜もすがら月を見顏にもてなして心の闇に迷ふ頃かな  0656:0641 秋の月物想ふ人の爲めとてや影に哀れを添へて出づらん             〔憂きにも影に:宮カ〕  0657:0642         くま1   さやか2 隔てたる人の心の隈に由り月を分明に見ぬが悲しさ  0658:0643                   はれま2 涙ゆゑ常は曇れる月なれば泣かれぬ折ぞ晴間なりける  0659:0644:イ                   やつ1 隈も無き折しも人を思ひ出でて心と月を窶しつるかな  0660:0645        のご1 物思ふ心の隈を拭ひ捨てて曇らぬ月を見る由もがな  0661:0646 戀しさや思ひ弱ると眺むればいとど心を碎く月かな  0662:0647           あくが2 ともすれば月澄む空に漫行るる心の果てを知る由もがな  0663:0648 眺むるに慰む亊は無けれども月を友にて明す頃かな  0664:0649:ツ 物想ひて眺むる頃の月の色に如何ばかりなる哀れ添ふらん  0665:0650:ツ    わり1ひま1     な1 雨雲の理無き隙を洩る月の影ばかりだに逢ひ見てしがな  0666:0651    しのだ2 ちえ2       くま1 秋の月信太の森の千技よりも繁き歎きや隈に成るらん  0667:0652:イ 思ひ知る人有り明の夜なりせば盡きせず身をば恨みざらまし         (世)  0668:0653:イ  戀       とが1 數ならぬ心の咎に成し果てじ知らせてこそは身をも恨みめ            〔て:イ〕  0669:0654              まこと1 打向ふ其のあらましの面影を眞に成して見る由もがな  0670:0655:イ やまがつ2      そ1 かただよ2 山賤の荒野を占めて住み初むる片便りなる戀もするかな  やまかげ2 〔山影:内大〕          〔無き:イ〕  0671:0656    しひ1      したしば2 常磐山椎の下柴刈り捨てん隱れて思ふ甲斐の無きかと           〔ね:大〕        〔な:大〕  0672:0657           おのづか1 歎くとも知らばや人の自ら哀れと思ふ亊も有るべき  0673:0658:イ                 へ1 何と無くさすがに惜しき命かな有り經ば人や思ひ知るとて  0674:0659:ツ 何故か今日まで物を思はまし命に替へて逢ふせなりせば                     よ1  〔に:ツ〕              〔世:ツ〕  0675:0660:イ あや1 怪めつつ人知るとても如何がせん忍び果つべき袂ならねば  0676:0661        みを2 涙川深く流るる水脈ならば淺き人目に包まざらまし  0677:0662:ツ           せ1        なるたき2 暫しこそ人目づつみに塞かれけれ果ては涙や鳴瀧の川      (包)       さ1  (成)      (堤)     〔る然て:ツ〕  0678:0663:イ                みを2 物思へば袖に流るる涙川如何なる水脈に逢瀬ありなん  0679:0664 う1たび1 な1      かな1     な1 憂き度に何ど何ど人を思へども恊はで年の積りぬるかな  0680:0665:イ なかなかに馴れぬ思のままならば恨みばかりや身に積らまし     〔逢は:イ〕  0681:0666 何せんにつれなかりしを恨みけん逢はずば斯かる思せましや  0682:0667:イ (ママ)       むく1 むかはらば我れが歎きの報いにて誰れ故君が物を思はん  0683:0668:イ            ことわ1               おさ1 身の憂さの思ひ知らるる理りに抑へられぬは涙なりけり                   〔る:イ〕  0684:0669:イ 日を經れば袂の雨の足添ひて晴るべくも無き我が心かな  0685:0670:イ   くら1 かき暗す涙の雨の足繁み盛りに物の歎かしきかな         〔早:大〕  0686:0671:イ 物思へど斯からぬ人も有るものを哀れなりける身の契りかな  0687:XXXX いはしろ2           むす1 石代の松風聞けば物を思ふ人も心は結ぼほれけり  0688:0672:イ なほざり2    なさけ1 等閑の情は人の有るものを絶ゆるは常の習ひなれども  0689:0673   こ1かず1 何と此は數まへられぬ身の程に人を恨むる心ありけん  0690:0674:イ   ふし1        さ1 憂き節を先づ思ひ知る涙かな然のみこそはと慰むれども  0691:0675:イ                もと1つか1 さまざまに思ひ亂るる心をば君が許にぞ束ね集むる  0692:0676              しのだ2 物思へば千千に心ぞ碎けぬる信太の森の技ならねども  0693:0677:イ 斯かる身に生ふし立てけんたらちねの親さへつらき戀もするかな                    〔暗 :イ〕  0694:0678                せた1あだ1 おぼつかな何の報いの歸り來て心責むる仇と成るらん  0695:0679         ことぐさ2 かき亂る心安めの言草は哀れ哀れと歎くばかりぞ  0696:0680:イ        とが1 身を知れば人の咎とは思はぬに恨み顏にも濡るる袖かな        〔に:大〕        〔にも:内〕  0697:0681      な1     くら1 うと1 みさを1 なかなかに慣るるつらさに比ぶれば踈き恨は操なりけり  0698:0682:イ              こ1さ1 人は憂し歎きはつゆも慰まず此は然に如何にすべき心ぞ             〔然は此は如何が:イ〕                       〔思ひぞ:イ〕  0699:0683:イ 日に添へて恨はいとど大海のゆたかなりける我が涙かな      〔ぞ:大〕  0700:0684 さ1              しの1 然る亊の有るなりけりと思ひ出でて偲ぶ心を偲べとぞ思ふ  0701:0685:イ                     なさけ1 今ぞ知る思ひ出でよと契りしは忘れんとての情なりけり  0702:0686:イ                 ひま1 かわ1 難波潟波のみいとど數添ひて恨みの隙や袖の乾かん  0703:0687:イ                なさけ1                  な1 心ざしの有りてのみやは人を訪ふ情は何どと思ふばかりぞ             〔思ふ:内〕  0704:0688 なかなかに思ひ知るてふ言の葉は問はぬに過ぎて恨めしきかな  0705:0689:イ な1            みさを1 うま1 何どか我れ亊の外なる歎きせで操なる身に生まれざりけん  0706:0690            おのづか1              ほりかね2 汲みて知る人も有りけん自ら掘兼の井の底の心を       〔有らなん:宮カ〕  0707:0691          あらそ1             よだけ2 す1 煙立つ富士の思ひの競ひて世猛き戀を爲るがへぞ行く          (火)    (駿河 )  0708:0692      みを2   みなぎ1 涙川逆卷く水脈の底深み漲り合へぬ我が心かな  0709:0694 せとぐち3  うしほ1   としひ2 瀬戸口に立てる潮の大淀み淀む年日も無き涙かな  0710:0693   ま1           かづ1 あまびと2 磯の間に波荒らげなる折折は恨を潛く里の海人  0711:0695 あづまぢ2  ほど1    あひ1  せば1 東路や間の中山程狹み心の奧の見えばこそ有らめ  0712:0696                    し1 何時と無く思ひに燃ゆる我身かな淺間の煙濕める世もなく  0713:0697 はりまぢ3     す1         とど1 播磨路や心の須磨に關居えて如何で我身の戀を止めん  0714:0698     なさけ1 哀れてふ情に戀の慰まば問ふ言の葉や嬉しからまし  0715:0699                      しばどり2 物思ひはまだ夕暮のままなるに明けぬと告ぐる柴鳥の聲  0716:0700   な1          さ1 夢を何ど夜頃頼まで過ぎ來けん然らで逢ふべき君ならなくに  0717:0701 さ1    ころも1 然はと云ひて衣返して打臥せど目の合はばやは夢も見るべき               め1              (女の逢は)  0718:0702                   わり1                    な1 戀ひらるる憂き名を人に立てじとて忍ぶ理無き我が袂かな  0719:0703:イ 夏草の茂りのみ行く思ひかな待たるる秋の哀れ知られて  0720:0704:イ くれなゐ1 紅の色に袂の時雨れつつ袖に秋ある心地こそすれ  0721:0705:イ     な1                うはかぜ2 哀れとて何ど訪ふ人の無かるらん物思ふ宿の荻の上風  0722:0706 わり1 さ1  な1 理無しや然こそ物思ふ袖ならめ秋に逢ひても置ける露かな  0723:0708          あま2 如何にせん來ん世の海人と成る程にみるめ難くて過ぐる恨を                (海松)                (海布)                (見目)  0724:0707          くら1 秋深き野邊の草葉に比べばや物想ふ頃の袖の白露  0725:0709 物想ふ涙ややがて三つ瀬川人を沈むる淵と成るらん  0726:0710:イ        よ1 さ1 哀れ哀れ此世は好しや然も有らば有れ來ん世も斯くや苦しかるべき  0727:0711:イ      あかつき1          おと1 頼もしな宵曉の鐘の音に物思ふ罪は盡きざらめやは                 ぐ1                〔具して盡くらん:イ〕  Book  山家和歌集  卷下(上)  Subtitle  雜  0728:0712:イ  題知らず つくづくと物を思ふに打添へて折哀れなる鐘の音かな  0729:0713:イ なさけ1    しの1 情ありし昔のみ猶偲ばれて長らへま憂き世にも有るかな  0730:0714:イ  〔花橘に寄せて懷舊と云ふ亊を:イ〕        し1   しの1 軒近き花橘に袖沁めて昔を偲ぶ涙包まん  0731:0715         なさけ1      しの1 何亊も昔を聞くは情ありて故あるさまに偲ばるるかな  0732:0716      あなた2 我宿は山の彼方に有るものを何と憂き世を知らぬ心ぞ  0733:0717         ゐ1 曇り無き鏡の上に居る塵を目に立てて見る世と思はばや  0734:0718 長らへんと思ふ心ぞ露もなき厭ふにだにも足らぬ憂き身は  0735:0719 思ひ出づる過ぎにし方を恥かしみ在るに物憂き此世なりけり  0736:0720                     もと1  世に仕ふべかりける人の、籠り居たりける許へ遣はしける                    たた1 世の中に住まぬも好しや秋の月濁れる水の湛ふ盛に  0737:0721     さうぶ2        かへりごと2  五日、菖蒲を人の遣はしたりける返亊に            あやめ2              ぐさ1 世の憂きに引かるる人は菖蒲草心の根なき心地こそすれ   うき2  (水域)  0738:0722  花橘に寄せて思を述べけるに 世の憂きを昔語りに成し果てて花橘に思ひ出でばや  0739:0723              ひがしやま2  世に在らじと思ひける頃、東山にて、人人霞に寄せ  て思を述べけるに 空に成る心は春の霞にて世に在らじとも思ひ立つかな  0740:0724  同じ心を詠みける          さ1とど1  かず1 世を厭ふ名をだにも然は留め置きて數ならぬ身の思出にせん  0741:0725  いにしへ頃、東山に阿彌陀房と申しける上人の庵室  にまかりて見けるに、哀れと覺えて詠みける                  この1 柴の庵と聞くは賤しき名なれども世に好もしき住まひなりけり  0742:0726:イ  世を遁れける折、ゆかりなりける人の許へ云ひ贈り  ける  〔出家後、詠み侍りける:イ〕 世の中を背き果てぬと云ひ置かん思ひ知るべき人は無くとも  0743:0727:イ  遙かなる所に籠りて、都なりける人の許へ、月の頃  遣はしける  〔旅にまかりて:イ〕     うは1 月のみや上の空なる形見にて思ひも出でば心通はん  0744:0728:イ  世を遁れて、伊勢の方へまかりけるに、鈴鹿山にて        よそ1 鈴鹿山憂き世を外に振り捨てて如何に成り行く我身なるらん        なか1      (鳴)      〔の中を:イ〕  0745:0729:イ  述懷    と1 何亊に留まる心の有りければ更にしも又世の厭はしき  0746:0730  侍從大納言成道の許へ、後の世の亊驚かし申したり  ける返亊に 驚かす君に由りてぞ長き夜の久しき夢は覺むべかりける  0747:0731  返し 驚かぬ心なりせば世の中を夢ぞと語る甲斐無からまし  0748:0732:イ        ずけ2  中院右大臣、出家思ひ立つ由語り給ひけるに、月の                  〔し :イ〕  いと明く、夜もすがら哀れにて明けにければ歸りけ  り。其後、其夜の名殘多かりし由、云ひ送り給ふと  て  〔中院右大臣、出家思ひ立つ由語り給ひけるに、月〕  〔明く哀れにて明け侍りにしかば歸り侍りき。其後、〕  〔有りし夜の名殘多かる由云ひ送り給ひて:イ〕                  むつごと2 夜もすがら月を眺めて契り置きしその睦言に闇は晴れにし  0749:0733:イ  返し          あらは1 澄むと見し心の月し顯れば此世も闇は晴れざらめやは              〔の:イ〕  0750:0734:イ     ときは2  爲業、常磐に堂供養しけるに、世を遁れて山寺に住            ま1  み侍りける親しき人人參うで來たりと聞きて、云ひ  違はしける     ノ  〔前伊賀守爲業、常磐に堂供養しけるに、親しき人〕       く  〔人參うで來ると聞きて、云ひ遣はしける:イ〕 いにしへ1        ときは2 古に變らぬ君が姿こそ今日は常磐の形見なるらめ                  〔なりけれ:イ〕  0751:0735:イ  返し (爲業) 色變へで獨り殘れる常磐木は何時を待つとか人の見るらん 〔添へて:内〕  0752:0736  或人、さま變へて、仁和寺の奧なる所に住むと聞き              あからさま2  て、まかりて尋ねければ、假初に京にと聞きて歸り  にけり。其後人遣はして斯くなん參りたりしと申し  たる返亊に 立ち寄りて柴の煙の哀れさを如何が思ひし冬の山里  0753:0737  返し 山里に心は深く住みながら柴の煙の立ち歸りにし  0754:0738  此歌も添へられたりける          や1 ふ1 惜しからぬ身を捨て遺らで經る程に長き闇にや又迷ひなん  0755:0739  返し        うち1こ1 世を捨てぬ心の中に闇籠めて迷はん亊は君獨りかは  0756:0740  親しき人人あまた有りければ、同じ心に誰も御覽ぜ  よと遣はしたりける、返亊に、又 なべて皆晴れせぬ闇の悲しさを君知るべせよ光見ゆやと  0757:0741  又返し 思ふとも如何にしてかは知るべせん教ふる道に入らばこそ有らめ  0758:0742:イ       むげ2  後の世の亊無下に思はずしも無しと見えける人の許         〔思ひ知りたる :イ〕  へ云ひ遣はしける      ありあけ2 世の中に心有明の人は皆斯くて闇には迷はぬものを                 〔迷はざらなん:イ〕  0759:0743:イ  返し (某) 世を背く心ばかりは有り明の盡きせぬ闇は君に晴るけん             (月 )  0760:0744:イ  或る所の女房、世を遁れて西山に住むと聞きて、尋  ねければ、住み荒したるさまして人の影もせざりけ    あた1  り。邊りの人に斯くと申し置きたりけるを聞きて云  ひ送りける          つぼね  〔待賢門院堀川の局、世を遁れて西山に住まると聞〕  〔きて、尋ねまかりたれば、住み荒したるさまにて〕  〔人の影もせざりしかば、邊りの人に斯くと申し置〕  〔きたりけりしを聞きて云ひ送られたりし:イ〕                     あま2 潮馴れし苦屋も荒れて憂き波に寄る方も無き海人と知らずや          (浮)       (尼)  0761:0745:イ  返し           けしき2 苫の屋に波立ち寄らぬ氣色にて餘り住み憂き程は見えけり                        〔にき:イ〕  0762:0746:イ  待賢門院の中納言の局、世を背きて小倉山の麓に住                     まこと1  み侍りける頃、まかりたりけるに、亊がら眞に幽に  哀れなりけり。風の氣色さへ殊に悲しかりければ、  書き付けける   ジキ  〔同院の中納言の局、世遁れて、小倉の麓に住まれ〕        いう1  〔し、亊がら幽に哀れなり。風の氣色さへ殊に覺え〕  〔て、書き付け侍りし:イ〕                      すみか2 山おろす嵐の音のはげしきを何時習ひける君が住所ぞ           〔さは:イ〕  〔ん:イ〕  0763:0747:イ      すみか2  哀れなる住所を訪ひにまかりたりけるに、此歌を見  て書き付けける   ジキ ノ       すみか2    ノ  〔同院兵衞局、彼の小倉の住所へまかりけるに、此〕  〔歌を見て書き付けられける:イ〕                ジキ ノ                 ノ                同院兵衞局          さそ1       すみか2 憂き世をば嵐の風に誘はれて家を出でぬる住所とぞ見る                 〔にし:イ〕  0764:0748  小倉を捨てて、高野の麓に、あまのと申す山に住ま          そち1     すみか2  れけり。同じ院の帥の局、都の外の住所訪ひ申さで  は如何がとて分けおはしたりける、有難くなん。歸  るさに粉川へ參られけるに、御山より出で合ひたり                  ぐ1  けるを、知るべせよと有りければ、具し申して粉川             つ1  へ參りたりけり。斯かる次いでは今は有るまじき亊    ふきあげ2  なり。吹上見んと云ふ亊、具せられたりける人人申  し出でて、吹上へおはしけり。道より大雨風吹きて、           さ1  興無く成りにけり。然りとてはとて、吹上に行き着          みどころ2         す1  きたりけれども、見所無きやうにて、社に輿かき居                       せ1  ゑて、「思ふにも似ざりけり、能因が苗代水に塞き  くだせと詠み云ひ傳へられたるものを」、と思ひて  社に書き附けける。 あまくだ2ふきあげ2     の1  あら1 天降る名を吹上の神ならば雲晴れ退きて光現はせ  0765:0749 なはしろ2        と1    せ1 苗代に塞きくだされし天の川留むるも神の心なるべし  斯く書きたりければ、やがて西の風吹き變りて、忽  ちに雲晴れて、うらうらと日成りにけり。末の代な            しるし1             あらた2  れど志至りぬる亊には驗顯著なる亊を、人人申しつ    しん1     おこ1    ノ  つ、信起して、吹上、若浦思ふやうに見て歸られに             ノ           (和歌浦)  けり。  0766:0750:イ  待賢門院の女房堀川の局の許より、云ひ送られける  〔堀川の局の許より云ひ遣はされたりし:イ〕                   しるべ1 此世にて語らひ置かん郭公死出の山路の導とも成れ  0767:0751:イ  返し 時鳥鳴く鳴くこそは語らはめ死出の山路に君し掛からば  0768:0752:イ                    えぐち2  天王寺に參りけるに、雨の降りければ、江口と申す  所に、宿を借りけるに、借さざりければ           かた1 世の中を厭ふまでこそ難からめ假の宿りを惜む君かな                〔宿をも:イ〕  0769:0753:イ  返し                (江口の君)                 と1 家を出づる人とし聞けば假の宿に心留むなと思ふばかりぞ  斯く申して宿したりけり。  0770:0754           ノ  或人世を遁れて、北山寺に籠り居たりと聞きて、尋  ねまかりたりけるに、月明かりければ 世を捨てて谷底に住む人見よと嶺の木の間を出づる月影  0771:0755:イ  或宮ばらに付け仕へ侍りける女房、世を背きて、都  離れて遠くまからんと思ひ立ちて、參らせけるに代  りて  〔世遁れて都を離れける人の、或る宮ばらへ奉りけ〕  〔るに代りて:イ〕  〔或る宮ばらに侍りける女房の、都を離れて遠くま〕  〔からんと思ひて、歌奉るに代りてトシテ、前ニアル〕  〔「憂き世をば嵐の風に云云」ノ歌ノ次ニアリ:イ一本〕            そ1 悔しくも由無く君に馴れ初めて厭ふ都の偲ばれぬべき  〔きは:イ〕       〔人:イ〕  0772:0756:イ  題知らず さ1              ぬえ1 然らぬだに世のはかなさを思ふ身に鵺鳴き渡る曙の空                      しののめ                     〔晨明:イ〕  0773:0757:イ とりべの3 うち1            そぼ1 鳥部野を心の中に分け行けばいまきの露に袖ぞ濡つる              いそ2             〔五十ぢ:イ〕  0774:0758        ねぶ 何時の世に長き眠りの夢覺めて驚く亊の有らんとすらん  0775:0759:イ 世の中を夢と見る見るはかなくも猶驚かぬ我が心かな          〔哀れにも :内大〕  0776:0760:ツ               ねぶ1うち1 無き人も有るを思ふに世の中は眠りの中の夢とこそ知れ         〔も:ツ〕          〔成:ツ〕  0777:0761 き1かた1           うつつ1 來し方の見し夜の夢に變らねば今も現の心地やはする  0778:0762:イ                       ひま1 亊と無く今日暮れぬめり明日もまた變らずこそは隙過ぐる影        〔にけ:イ〕  0779:0763             こ1 越えぬれば又も此世に歸り來ぬ死出の山こそ悲しかりけれ  0780:0764      あだ2 はかなしや徒に命の露消えて野邊に我身の送り置かれん  0781:0765 霜の玉消ゆれば又も置くものを頼みも無きは我身なりけり  0782:0766 有ればとて頼まれぬかな明日はまた昨日と今日は云はるべければ  0783:0767                       あさぢふ3 秋の色は枯野ながらも有るものを世のはかなさや淺茅生の露  0784:0768:イ 年月を如何で我身に送りけん昨日の人も今日は無き世に  0785:0769     ちやうなん2  范蠡が長男の心を        を1    ちぢ2こがね2 捨て遣らで命を終ふる人は皆千千の黄金を持て歸るなり  0786:0770:イ  ノ  曉無常を つ1は1 撞き果てし其の入相の程無さを此の曉に思ひ知りぬる            〔き:イ〕  0787:0771  霞に寄せて常無き亊を          まが1 無き人を霞める空に紛ふるは道を隔つる心なるべし  0788:0772:イ  花の散りたりけるに、並びて咲き始めける櫻を見て                 おく1  ためし1 散ると見れば、又咲く花の匂ひにも後れ先だつ例ありけり  0789:0773:イ   ノ  月前述懷 月を見て何れの年の秋までか此世に我れが契あるらん             〔此世の中に頼み:イ〕  0790:0774:ツ  七月十五日、月明かりけるに、舟岡と申す所にて                 〔にまかりて:ツ〕 如何で我れ今宵の月を身に添へて死出の山路の人を照さん  0791:0775:イ  物心細う哀れなる折しも、庵の枕近う虫の音聞えければ    よもぎ1            むつ      もと1 其折の蓬が下の枕にも斯くこそ虫の音には睦れめ        すみか2       〔住所:イ〕  0792:0776/0777                  うち1  鳥邊山にて、とかくの亊しける煙の中より分けて出  づる月影、諸行無常の心を                  さ1 はかなくて行きにし方を思ふにも今も然こそは朝顏の露  0793:0778:イ  どうぎやう2  同行にて侍りける上人、例ならぬこと大亊に侍りけ  るに、月の明くて哀れなるを見ける                 わづら1  〔西住上人、例ならぬこと大亊に病ひ侍りけるに、〕   とぶ1   ま1      かやう2  〔問らひに人人參うで來て、また斯樣に行き合はん〕  〔亊も難しなど申して、月明かりける折哀れに、述〕  〔懷を:イ〕 諸共に眺め眺めて秋の月獨りに成らん亊ぞ悲しき  0794:0779:イ      かく1  待賢門院崩れさせおはしましにける御跡に、人人又         さぶ1      おもて1  の年の御果てまで侍らはれけるに、南面の花散りけ  る頃、掘川の房の許へ申送りける      【局】  〔待賢門院崩れさせ給ひたりける御跡に、人人又の〕  〔年の果てまで侍らひ給ひけるに、知りたる人の許〕  〔へ、春、花の盛りに遣はしける:イ〕       つ1 尋ぬとも風の傳てにも聞かじかし花と散りにし君が行方を                         〔は:イ〕  0795:0780:イ  返し                (堀川)                     おく1 吹く風の行方知らする物ならば花と散るにも後れざらまし  0796:0781:イ  近衞院の御墓に、人に具して參りたりけるに露の深                〔侍りたり :イ〕  かりければ みが1   すみか2 磨かれし玉の住所を露深き野邊に移して見るぞ悲しき       うてな1      〔臺:イ〕  0797:0782    かく1  一院崩れさせおはしまして、やがて御所へ渡し參ら  せける夜、高野より出で合ひて參りたりける、いと  悲しかりけり。此後おはしますべき所御覽じ始めけ               さねよし2  るそのかみの御供に、右大臣實能、大納言と申しけ   さぶ1  る侍らはれけり。忍ばせおはします亊にて、また人  さぶ1  侍らはざりけり、其折の御供に侍らひける亊の思ひ  出でられて、折しも今宵に參り逢ひたる、昔今の亊  思ひ續けられて詠みける 今宵こそ思ひ知らるれ淺からぬ君に契の有る身なりけり             〔ず:カ〕  0798:0783:イ  納め參らせける所へ渡し參らせけるに    みゆき2 道變る御幸悲しき今宵かな限りの旅と見るに付けても  0799:0784:イ             さぶ1  納め參らせて後、御供に侍らはれ(し脱カ)人人譬  へん方無く悲しながら、限りある亊なりければ、歸  られにけり。始めたる亊ありて、明日まで待らひて  詠める  〔鳥羽院の御葬送の夜、高野より下り逢ひて:イ〕 問はばやと思ひ寄りてぞ歎かまし昔ながらの我身なりせば  0800:0785:イ     きんよし2ぷく1            うち1  右大將公能、父の服の中に母亡く成りぬと聞きて、  高野より弔らひ申しける      ノ  〔大炊御門右大臣、大將と申し待りし折、徳大寺の〕             ぶく1               うち1  〔左大臣亡せ給ひたりし服の中に、母はかなく成り〕  〔給ひぬと聞きて、高野より弔らひ奉るとて:イ〕 重ね着る藤の衣を便りにて心の色を染めよとぞ思ふ  0801:0786  返し                (公能) 藤衣重ぬる色は深けれど淺き心の沁まぬばかりぞ  0802:0787  同じ歎きし侍りける人の許へ               こぞ2 君が爲め秋は世の憂き折なれや去年も今年も物を思ひて  0803:0788  返し                (某)                 くら1  めぐ1 晴れやらぬ去年の時雨の上に又かき暗さるる山廻りかな  0804:0789  母亡く成りて山寺に籠り居たりける人を、程經て思  ひ出でて、人の訪ひたりければ、代りて      なさけ1 思ひ出づる情を人の同じくは其折訪へな嬉しからまし  0805:0790:イ  ゆかり有りける人、はかなく成りにける、とかくの  わざに、鳥邊山へまかりて、歸るに              な1 限り無く悲しかりけり鳥部山亡きを送りて歸る心は                      〔に:大〕  0806:XXXX             そとば3  父のはかなく成りにける卒塔婆を見て歸りける人に     そ1 亡き跡を其とばかり見て歸るらん人の心を思ひこそ遣れ    (卒塔婆)  0807:0791:イ   かく1  親歿れ、頼みたりける壻失せなどして歎きける人の、           おく1  また程無く娘にさへ後れけりと聞きて、弔らひける  に  〔親かくれて、又契りたりける人はかなく成りて歎〕  〔きける程に、娘にさへ後れたりける人に:イ〕 此度はさきざき見けん夢よりも覺めずや物は悲しかるらん     〔に見え:イ〕  0808:0792  い1か1            みはか2                     みほとけ2  五十日の果てつ方に、此の二條院の御墓に御佛供養  しける人に具して參りたりけるに、月明くて哀れな  りければ、 今宵君死出の山路の月を見て雲の上をや思ひ出づらん  0809:0793  おんあと2ノ  さぶ【ら脱カ】1  御跡に、三河内侍侍ひけるに、九月十三夜、  人に代りて       みかげ2        ね1 隱れにし君が御影の戀しさに月に向ひて音をや泣くらん  0810:0794  返し               内侍       【ゆふべ1】 我君の光隱れし夕より闇にぞ迷ふ月は澄めども  0811:0795  寄紅葉懷舊と云ふ亊を、法金剛院にて詠みけるに  二 一 古を戀ふる涙の色に似て袂に散るは紅葉なりけり  0812:0796:イ   ノ        ときは2  故郷述懷と云ふ亊を、常磐の家にて爲業詠みけるに  まかり逢ひて              ノ  〔爲業朝臣、常磐にて、古郷述懷と云ふ亊を詠み侍〕  〔りしにまかり逢ひて:イ〕                    しの1 繁き野を幾ひとむらに分け成して更に昔を偲び返さん  0813:0797:イ    なか1  十月中の十日頃、法金剛院の紅葉見けるに、上西門  院おはします由聞きて、待賢門院の御時思ひ出でら         つぼね1  れて、兵衞殿の局にさし置かせける 紅葉見て君が袂や時雨るらん昔の秋の色を慕ひて                 〔風:イ〕                    しの1                   〔偲び:イ〕  0814:0798:イ  返し                (兵衞) 色深き木末を見ても時雨つつ古りにし亊を掛けぬ日ぞ無き             (降)       ま1                      〔間:イ〕  0815:0799:イ   ノ  周防内侍、「我さへ軒の」と書き付けける古郷にて、                 〔られし宿:イ〕  人人思ひを述べけるに 古はついゐし宿も有るものを何をか偲ぶしるしにはせん   〔かひ:イ〕        〔今日の形見:イ〕  0816:0800:イ  みち2  陸奧の國にまかりたりけるに、野中に常よりもとお  ぼしき塚の見えけるを、人に問ひければ、中將の御  墓と申すは是れが亊なり、と申しければ、中將とは              さねかた2  誰が亊ぞと又問ひければ、實方の御亊なりと申しけ             さ1  る、いと悲しかりけり。然らぬだに物哀れに覺えけ  るに、霜枯の薄ほのほの見え渡りて、後に語らん詞  無きやうに覺えて            とど2     すすき1 朽ちもせぬ其名ばかりを留め置きて枯野の薄形見にぞ見る                        〔成:大〕  0817:0801  ゆかり無く成りて、住み浮かれにける古郷へ、歸り  居ける人の許へ 住み捨てし其の古郷を改めて昔に歸る心地もやする  0818:0802:ツ    おく1       い1か1  親に後れて歎きける人を、五十日過ぐるまで訪はざ  りければ、問ふべき人の訪はぬ亊を怪みて、人に尋  ぬと聞きて、斯く思ひて今まで申さざりつる由申し  て遣はしける人に代りて  〔歎く亊侍りける人を問はざりければ、怪みて人に〕  〔尋ぬと聞きて、申し遣はしけり:イ〕 なべて皆君がなさけを問ふ數に思ひ成されぬ言の葉もがな   〔見る:ツ〕      〔歎き:ツ〕  0819:0803:イ                      な1  ゆかりに付けて、物を思ひける人の許より、何どか  訪はざらんと恨み遣はしたりける、返亊に 哀れとも心に思ふ程ばかり云はれぬべくは訪ひもこそせめ                   〔云ひこそは:イ〕  0820:0804:イ  はかなく成りて年經にける人の文を、物の中より見  出でて、娘に侍りける人の許へ見せに遣はすとて  〔はかなく成りて年經にける人の文どもを、物の中〕  〔より求め出でて、娘に侍りける人の許へ遣はすと〕  〔て:イ〕                   みづぐき2 涙をや偲ばん人は流すべき哀れに見ける水莖の跡  0821:0805:イ  どうぎやう2  同行に侍りける上人、終り善く思ふさまなりと聞き                 かく1      〔し :イ〕  〔善くて歿れぬ  :イ〕  て、申し送りける     〔遣はしたりし:イ〕                寂然     をは1       さ1 亂れずと終り聞くこそ嬉しけれ然ても別れは慰まねども  0822:0806:イ  返し 此世にて又逢ふまじき悲しさに勸めし人ぞ心亂れし  0823:0807:イ  とかくのわざ果てて、跡の亊ども拾ひて、高野へ參  りて、歸りたりけるに                寂然 入るさには拾ふ形見も殘りけり歸る山路の友は涙か                      〔に:大〕  0824:0808:イ  返し 如何でとも思ひ分かでぞ過ぎにける夢に山路を行く心地して  0825:0809                     よひあかつき2  侍從大納言入道(成通)はかなく成りて、宵曉に勤  めする僧おのおの歸りける日、申し送りける 行き散らん今日の別れを思ふにも更に歎きは添ふ心地する  0826:0810  返し                (成通の子) 伏し沈む身には心の有らばこそ更に歎きも添ふ心地せめ  0827:0811  此歌も返しの外に具せられたりける 類ひ無き昔の人の形見には君をのみこそ頼み増しけれ  0828:0812  返し 古の形見に成ると聞くからにいとど露けき墨染の袖  0829:0813  同じ日、のりつなが許へ遣はしける 亡き跡も今日までは猶名殘あるを明日や別れを添へて忍ばん  0830:0814  返し                (のりつな) 思へ唯だ今日の別れの悲しさに姿を變へて偲ぶ心を  やがて其日さま變へて後、此の返亊斯く申したりけり。いと哀れなり。  0831:0815  同じさまに世を遁れて、大原に住み侍りける妹の、はかなく成りにける、哀れ弔らひけるに 如何ばかり君思はまし道に入らで頼もしからぬ別れなりせば  0832:0816  返し                (のりつな) 頼もしき道には入りて行きしかど我が身を摘めば如何がとぞ思ふ  0833:0817:ツ  院の二位の局、身まかりける跡に、十の歌、人人詠みけるに        な1うたかた2あだ1 流れ行く水に玉如す泡沫の哀れ徒なる此世なりける  0834:0818:イ 消えぬめる本の雫を思ふにも誰れかは末の露の身ならぬ  〔にけ:イ〕  0835:0819:イ 送り置きて歸りし道の朝露を袖に移すは涙なりけり  0836:0820:イ ふなをか2 船岡の裾野の塚の數添へて昔の人に君を成しつる  0837:0821:イ 有らぬ世の別れはげにぞ憂かりける淺茅が原を見るに付けても  0838:0822:イ 後の世を問へと契りし言の葉や忘らるまじき形見なるらん  0839:0823 おく1        たま1              かげ1 後れ居て涙に沈む古郷を魂の陰にも哀れとや見る  0840:0824 跡を問ふ道にや君は入りぬらん苦しき死出の山へ掛からで  0841:0825 名殘さへ程無く過ぎば悲しきに七日の數を重ねずもがな  0842:0826 跡偲ぶ人にさへ又別るべき其日をかねて知る涙かな  0843:0827:イ                      しげのり2  跡の亊ども果てて散り散りに成りにけるに、重憲、  なかのり2  脩憲など涙流して、今日にさへ又と申しける程に、  みなみおもて2  南面の櫻に鶯の鳴きけるを聞きて詠みける          こ1もと1 櫻花ちりぢりに成る木の下に名殘を惜む鶯の聲  0844:0828  返し                少將脩憲 散る花は又來ん春も咲きぬべし別れは何時か廻り逢ふべき  0845:0829  ジ  同日、暮れけるままに雨のかき暗し降りければ 哀れ知る空も心の有りければ涙に雨を添ふるなりけり   〔り:カ〕  0846:0830  返し                ノ  ノ                院少納言局 哀れ知る空には有らじ佗び人の涙ぞ今日は雨と降るらん  0847:0831  行き散りて、又の朝遣はしける 今朝は如何に思の色の増さるらん昨日にさへも又別れつつ  0848:0832  返し                少將脩憲 君にさへ立ち別れつつ今日よりぞ慰む方はげに無かりける  0849:0833:イ  兄の入道想空、はかなく成りけるを訪はざりければ  (西行の許に)云ひ遣はしける【以下五首】                寂然              よもぎ1                もと1 訪へかしな別れの袖に露繁き蓬が下の心細さを  0850:0834                   さ1 待ち佗びぬ後れ先立つ哀れをも君ならで然は誰か問ふべき  0851:0835       ふたたび2 別れにし人の二度跡を見ば恨みやせまし問はぬ心を  0852:0836 如何がせん跡の哀れは問はずとも別れし人の行方尋ねよ  0853:0837 なかなかに問はぬは深き方も有らん心淺くも恨みつるかな  0854:0838  返し【以下五首】 分け入りて蓬が露をこぼさじと思ふも人を問ふに有らずや  0855:0839:イ よそ1 外に思ふ別れならねば誰れをかは身より外には問ふべかりける  0856:0840     のり1      はちす1 隔て無き法の言葉に便り得て蓮の露に哀れ掛くらん  0857:0841                ちたび2   せ1 無き人を偲ぶ思ひの慰まば跡をも千度訪ひこそは爲め  0858:0842 みのり2 御法をば詞無けれど説くと聞けば深き哀れは云はでこそ思へ  0859:0843:イ  是れは具して遣はしける 露深き野邊に成りゆく故郷は思ひ遣るにも袖萎れけり                   〔袖は濡れけり:大〕  0860:0844  無常の歌あまた詠みける中に いづく2ねぶ1 何處にか眠り眠りて倒れ臥さんと思ふ悲しき路芝の露  0861:0845 驚かんと思ふ心の有らばやは長き眠りの夢も覺むべく  0862:0846          あまびと2           (のカ) 風荒き磯に掛かれる漁人は繋がぬ舟の心地こそすれ  0863:0847 大波に引かれ出でたる心地して助け舟無き沖に搖らるる  0864:0848            とりべやま3 すご2 亡き跡を誰れと知らねど鳥部山おのおの荒涼き塚の夕暮  0865:0849                  とま1 波高き世を漕ぎ漕ぎて人は皆舟岡山を泊りにぞする  0866:0850 死にて臥さん苔の莚を思ふよりかねて知らるる岩陰の露  0867:0851      はすうてなの3 露と消えば蓮臺野に送り置け願ふ心を名に現はさん  0868:0852:ツ           にうだう2  那智に籠りて、瀧に入堂し侍りけるに、此上に一二  の瀧おはします、其れへ參るなり、と申す住僧の待  りけるに具して參りけり。花や咲きぬらんと尋ねま  ほしかりける折節にて、便りある心地して分け參り  たり。二の瀧のもとへ參り著きたり。如意輪の瀧と                まこと1  なん申すと聞きて拜みければ、眞に少し打傾きたる  やうに流れ下りて、尊く覺えけり。花山院の御庵室  の跡の侍りける前に、年古りたる櫻の木の侍りける       すみか2  を見て、「住所とすれば」と詠ませ給ひけん亊、思  ひ出でられて こ1もと1             たかね2 木の下に住みけん跡を見つるかな那智の高嶺の花を尋ねて  0869:0852  どうぎやう2  同行に侍りける上人、月の頃天王寺に籠りたりと聞  きて、云ひ遣はしける いとど如何に西に傾く月影を常よりもけに君慕ふらん  0870:0854:ツ   ノ  堀河局、仁和寺に住み侍りけるに、參るべき由申し         まぎ1  たりけれども、紛るる亊ありて程經にけり。月の頃  前を過ぎけるを聞きて、云ひ送られける 西へ行く知るべと頼む月影の空頼めこそ甲斐無かりけれ  〔待賢門院堀河の許より呼び侍りけるに、まかるべ〕  〔き由申しながら、まからで、月の明かりける夜、〕  〔其門を通りけるに〕 〔西へ行く知るべと思ふ月影の空頼めこそ甲斐無かりけれ〕  〔と申し侍りける:ツ〕  0871:0855:ツ  返し  〔返亊:ツ〕         よ1 さし入らで雲路を過ぎし月影は待たぬ心や空に見えけん 〔立ち:ツ〕           〔氣色:ツ〕     〔雲間を分けし:ツ〕  0872:0856:イ  寂超入道〔大原にて止觀の:イ〕談議すと聞きて遣  はしける     のり1 弘むらん法には遇はぬ身なりとも名を聞く數に入らざらめやは  0873:0857  返し                (寂超) 傳へ聞く流れなりとも法の水汲む人からや深く成るらん  0874:0858  さだのぶ2         けちえん2  定信入道、觀音寺に堂造りに、結縁すべき由申し遣  はすとて                     しやうくわう2                觀音寺入道生光          つち1         くづ1           う1 寺造る此の我が谷に土埋めよ君ばかりこそ山も崩さめ            〔ば:カ〕  0875:0859  返し              だく1     せ1 山崩す其の力ねは難くとも心巧みを添へこそは爲め             (工匠)  0876:0860:イ  阿闍梨勝命、千人集めて法花經結縁せさせけるに參  りて、又の日遣はしける    〔つゆも變らじとて遣はしける:イ〕 つら1 列なりし昔に露も變らじと思ひ知られし法の庭かな  0877:0861  人に代りて、是れも遣はしける 古に洩れけん亊の悲しさは昨日の庭に心行きにき  0878:0862    ノ     ぢきやうしや3  ノ  六波羅太政入道、持經者千人集めて、津國和田と申  す所にて供養侍りける。やがて其の次いでに、萬燈  會しけり。夜更くるままに灯の消えけるを、おのお  のともし次ぎけるを見て          ともしび2    みさき1             かか1 消えぬべき法の光の燈火を掲ぐる和田の岬なりけり  0879:0863          かめゐ2  天王寺へ參りて、龜井の水を見て詠める                    うつ1 淺からぬ契の程ぞ汲まれぬる龜井の水に影映しつつ  0880:0864  心ざす亊ありて、扇を佛に參らせけるに、新院より  賜ひけるに、女房承りて包み紙に書き付けられける                (崇徳上皇) 有り難き法に扇の風ならば心の塵を沸ふとぞ思ふ      (遇ふ)  0881:0865  御返し奉りける 塵ばかり疑ふ心無からなん法を仰ぎて頼むとならば  0882:0866:ツ  しんしやう2  心性定まらずと云ふ亊を題にて、人人詠みけるに 雲雀立つ荒野に生ふる姫百合の何に付くとも無き心かな                      〔我身かな:ツ〕  0883:0867  懺悔業障と云ふ亊を 惑ひつつ過ぎける方の悔しさに泣く泣く身をぞ今日は恨むる  0884:0868:イ  遇教待龍花と云ふ亊を 朝日侍つ程は闇にて迷はまし有明の月の影無かりせば  〔さす:内〕 〔や:イ〕  0885:0869  寄藤花述懷  二 一 西を待つ心に藤を掛けてこそ其の紫の雲を思はめ  0886:0870  見月思西と云ふ亊を  レ レ 山の端に隱るる月を眺むれば我れも心の西に入るかな  0887:0871:イ  ノ  曉念佛と云ふ亊を              とたび2  とな1                 みな2 夢覺むる鐘の響に打ち添へて十度の御名を稱へつるかな  0888:0872:ツ  易住無人の文を  〔無量壽經:イ〕        よそ1 西へ行く月をや外に思ふらん心に入らぬ人の爲めには  0889:0873  人命不停、速於山水の文の心を    みなぎ1    せ1 山川の漲る水の音聞けば促むる命ぞ思ひ知らるる  0890:0874            【悋】            〔捨カ〕  菩薩心論に乃至身命而不怪惜文を あだ1 徒ならぬやがて悟りに歸りけり人の爲めにも捨つる命は   〔ず:カ〕  0891:0875  疏文に心自悟、心自證心 惑ひ來て悟り得べくも無かりつる心を知るは心なりけり  0892:0876:イ  觀心 やみ1 闇晴れて心の空に澄む月は西の山邊や近く成るらん       うち1      〔中:イ〕  0893:0877:イ  序品   まが1          のり1                  むしろ1 散り紛ふ花の匂ひを先立てて光を法の莚にぞ敷く  0894:0878     つら1    し1 花の香を連なる軒に吹き沁めて悟れと風の散らすなりけり       〔袖:宮カ〕  0895:0879:イ  〔法花經:イ〕方便品、深着於五欲の文を こ1 懲りもせず浮世の闇に迷ふかな身を思はぬは心なりけり          〔惑ふ:大〕  0896:0880  譬喩品 のり1 法知らぬ人をぞげには憂しと見る三つの車に心掛けねば          (牛 )  0897:0881               い1か1うち1  はかなく成りける人の跡に、五十日の中に一品經供  養しけるに、化城喩品 休むべき宿をば思へ中空の旅も何かは苦しかるべき  0898:0882  五百弟子品 おのづか2 みが1       のり1 自ら清き心に磨かれて玉説き掛くる法を知るかな           (解)  0899:0884  提婆品    さ1     こ1つ1     ご1たきぎ1 是れや然は年積るまで凝り集めし法に逢ふ期の薪なるらん                  あふこ1          (樵)    (朸)  0900:0885                あだ1 如何にして聞く亊の斯く易からん徒に思ひて得つる法かは  0901:0883          みが1 いさぎよき玉を心に磨き出でていはけなき身に悟をぞ得し  0902:0886:イ  觀持品 あまぐも2 雨雲の晴るる御空の月影に恨み慰む姨捨の山  0903:0888:イ  壽量品 鷲の山月を入りぬと見る人は暗きに迷ふ心なりけり  0904:0889         あらは1 悟り得し心の月の顯れて鷲の高嶺に澄むにぞ有りける  0905:0890  亡き人の跡に、一品經供養しけるに、壽量品を人に  代りて 雲晴るる鷲の御山の月影を心澄みてや君眺むらん  0906:0891  一心欲見佛の文を人人詠みけるに 鷲の山誰れかは月を見ざるべき心に掛かる雲し無ければ  0907:0892  神力品、於我滅度後の文を       とど1 行末の爲めに留めぬ法ならば何か我身に頼み有らまし      〔と説かぬ:宮カ〕  0908:0893  普賢品 散り敷きし花の匂ひの名殘多み立たま憂かりし法の庭かな              〔立ち去り難き :カ〕  0909:0894:イ  心經 何亊も空しき法の心にて罪ある身とはつゆも思はず  0910:0895    (提カ)  無上菩薩の心を詠みける    うへ1      あた1 鷲の山上暗からぬ嶺なれば邊りを沸ふ有明の月  0911:0896  和光同塵は結縁の始と云ふ亊を詠みけるに        まじ1ま1       きよ1 如何なれば塵に混りて在す神に仕ふる人は清まはるらん  0912:0897  六道の歌詠みけるに、地獄    しめ1        たきぎ1 罪人の濕る世も無く燃ゆる火の薪と成らん亊ぞ悲しき  0913:0898  餓鬼               すぐ1 朝夕の子を養ひにすと聞けば國勝れても悲しかるらん  0914:0899  畜生 かぐらうた3    いた1 神樂歌に草取り飼ふは痛けれど猶其駒に成る亊は憂し  0915:0900  修羅         たて1 由無しな爭ふ亊を楯にして怒りをのみも結ぶ心は        (經)  0916:0901  人 有り難き人に成りける甲斐ありて悟り求むる心あらなん  0917:0902  天               さ1 雲の上の樂みとても甲斐ぞ無き然てしもやがて住みし果てねば  0918:0903  心に思ひける亊を 濁りたる心の水の少なきに何かは月の影宿るべき  0919:0904                      みが1 如何で我れ清く曇らぬ身と成りて心の月の影を磨かん  0920:0905 のが1         さ1 免れ無く終に行くべき道を然は知らでは如何が過ぐべかりける  0921:0906          まか1 し1 愚かなる心にのみや任すべき師と成る亊も有るなるものを  0922:0907 野に立てる枝無き木にも劣りけり後の世知らぬ人の心は  0923:0908:イ  五首述懷 身の憂さを思ひ知らでや止みなまし背く習ひの無き世なりせば   〔き:イ〕  0924:0909:イ いづく2 何處にか身を隱さまし厭ひても憂き世に深き山無かりせば          〔出でて:イ〕  0925:0910:イ        が1 身の憂さの隱れ所にせん山里は心ありてぞ住むべかりける  0926:0911 哀れ知る涙の露ぞこぼれける草の庵を結ぶ契りは                     〔に:カ〕  0927:0912            かな1             せ1 浮かれ出づる心は身にも恊はねば如何なりとても如何にかは爲ん  0928:0913  高野より京なる人の許へ云ひ遣はしける               たかの2 住む亊は所がらぞと云ひながら高野は物の哀れなるべき                       〔かな:カ〕  0929:0914:イ  仁和寺の宮にて、道心逐年深と云ふ亊を詠ませ給ひ            レ  けるに  〔仁和寺の宮、山崎の紫金臺に籠り居させ給ひたり〕  〔し頃、道心年を逐ひて深しと云ふ亊を詠ませ給ひ〕  〔しに:イ〕          たた1 淺く出でし心の水や湛ふらん住み行くままに深く成るかな             (澄)  0930:0915    ノ       ジ  閑中曉心と云ふ亊を、同夜    ときどき2 嵐のみ時時窓に音づれて明けぬる空の名殘をぞ思ふ  0931:0916:イ                ノ  亊の外に荒れ、寒かりける頃、宮法印、高野に籠ら  せ給ひて、此程の寒さは如何がするとて、小袖賜は  せたりける、又の朝申しける  〔宮の法印高野に籠らせ給ひて、殊の外荒れて寒か〕  〔りし夜、小袖賜はせたりし、ヌの朝に奉り侍りし:イ〕                  よそ1 今宵こそ憐れみ厚き心地して嵐の音を外に聞きつれ      〔ぞ:内〕      〔は:イ〕  0932:0917:イ  みたけ2さう1  御嶽より笙の岩屋へ參りたりけるに、「漏らぬ岩屋  も」と有りけん折、思ひ出でられて                       ノ  〔大峰の笙の窟にて、「洩らぬ岩屋も」と平等院僧〕  〔正詠み給ひけん亊思ひ出だされて:イ〕 露漏らぬ岩屋も袖は濡れけりと聞かずば如何に怪しからまし  0933:0918  小笹の泊りと申す所にて、露の繁かりければ      をざさ2 そぼ1 分け來つる小笹が露に濡ちつつ干しぞ煩ふ墨染の袖  0934:0919:イ  阿闍梨兼堅世を遁れて高野に住み侍りけり。あから  さまに仁和寺に出でて、歸りも參らぬ亊にて、僧綱  に成りぬと聞きて、云ひ遣はしける                    あからさま2  〔阿闍梨兼賢、世遁れて、高野に籠りて假初に仁和〕  〔寺に出でて、僧綱に成りて參らざりしかば、申し〕  〔遣はし侍りし:イ〕 けさ2          こけ1 袈裟の色や若紫に染めてける莓の袂を思ひ返して  0935:0920  秋頃、風煩ひける人を問ひたりける返亊に                      ゐ1 消えぬべき露の命も君が問ふ言の葉にこそ起き居られけれ                   (置)  0936:0921  返し 吹き過ぐる風し止みなば頼もしき秋の野もせの露の白玉  0937:0922:ツ  院の小侍從、例ならぬこと、大亊に臥し沈みて、年            とぶ1  月經にけりと聞きて、問らひにまかりたりけるに、  此程少し宜しき由申して、人にも聞かせぬ和琴の手  彈き鳴らしけるを聞きて  〔異本ニ異同アレド、活字十五六モ消エタレバ略ス〕 琴の音に涙を添へて流すかな絶えなましかばと思ふ哀れに  0938:0923  返し                (小侍從) 頼むべき亊も無き身を今日までも何に掛かれる玉の緒ならん  0939:0924  風煩ひて山寺に歸り入りけるに、人人訪ひて、宜し  く成りなば又と申し侍りけるに、各心ざしを思ひ知  りて 定め無し風煩はぬ折だにも又來ん亊を頼むべき世に                      〔か:宮カ〕  0940:0925 あだ1             さそ1 徒に散る木の葉に付けて思ふかな風誘ふめる露の命を  0941:0926 我れ無くば此の里人や秋深き露を袂に掛けて偲ばん  0942:0927                     とど1 さまざまに哀れ多かる別れかな心を君が宿に留めて  0943:0928       なさけ1 歸れども人の情に慕はれて心は身にも添はず成りぬる  返しども有りける、聞き及ばねば書かず。  0944:0929                       ためただ2  新院、歌集召させおはしますと聞きて、常磐に爲忠  が歌の侍りけるを、書き集めて參らせける、大原よ  り見せに遣はすとて                寂超(長門入道)   もと1               そぼ1 木の下に散る言の葉をかく程にやがても袖の濡ちぬるかな          (掻)          (書)  0945:0930  返し               さ1 年經れど朽ちぬ常磐の言の葉を然ぞ偲ぶらん大原の里  0946:0931  寂超、爲忠が歌に我が歌書き具し、また弟の寂然が  歌など取り具して、新院へ參らせけるを、人取り傳  へ參らせけりと聞きて、兄に侍りける想空が許より               な1     な1 家の風傳ふばかりは無けれども何どか散らさぬ無げの言の葉  0947:0932  返し           こ1もと1 家の風むねと吹くべき木の下は今散りなんと思ふ言の葉             もと1          (子の許)  0948:0933:イ                      きんよし2  新院、百首の歌召しけるに奉るとて、右大將公能の  許より見せに遣はしたりける、返し申すとて 家の風吹き傳へける甲斐ありて散る言の葉の珍らしきかな       〔た:イ〕  0949:0934  返し                (公能) 家の風吹き傳ふとも和歌の浦に甲斐ある言の葉にてこそ知れ              (貝 )  0950:0935:イ  題しらず 木枯に木の葉の落つる山里は涙さへこそ脆く成りけれ                      〔ぬ:イ〕  0951:0936 嶺渡る嵐はげしき山里に添へて聞ゆる瀧川の水  0952:0937:イ 訪ふ人も思ひ絶えたる山里の寂しさ無くば住み憂からまし  0953:0938:イ     たぐ2  おと1   こた1 曉の嵐に混合ふ鐘の音を心の底に應へてぞ聞く  0954:0939:イ 待たれつる入相の鐘の音すなり明日もや有らば聞かんとすらん  0955:0940:イ 松風の音哀れなる山里に寂しさ添ふる日ぐらしの聲  0956:0941:イ 谷の間に獨りぞ松は立てりけり我れのみ友は無きと思へば  〔戸:イ〕       〔る:宮〕   〔無しと思へば:カ〕                    〔無きかと思へば:宮イ〕  0957:0942:イ       あなた2 入日さす山の彼方は知らねども心をぞかねて送り置きつる              〔心をかねて:イ〕  0958:0943:イ                    うつ1 何と無く汲む度に澄む心かな岩井の水に影映しつつ  0959:0944   おと1 水の音は寂しき庵の友なれや嶺の嵐の絶え間絶え間に  0960:0946:イ 嵐吹く嶺の木の間を分け來つる谷の清水に宿る月影 〔越す:イ〕       〔つ:イ〕  0961:0945        ひつぢ1  ほの1 鶉伏す刈り田の〓思ひ出でて微かに照す三日月の影       【禾+魯】        〔生ひ出でて:宮〕        〔生ひ出でば:カ〕  0962:0947 濁るべき岩井の水に有らねども汲まば宿れる月や騒がん  0963:0948     いほり1 獨り住む庵に月のさし來ずば何か山邊の友と成らまし  0964:0949 尋ね來て言問ふ人も無き宿に木の間の月の影ぞさし入る  0965:0950:イ 柴の庵は住み憂き亊も有らましを伴ふ月の影無かりせば  0966:0951:イ 影消えて端山の月は洩りも來ず谷は梢の雪と見えつつ 〔清き :内〕  0967:0952:イ          まか1 雲に唯だ今宵の月を任せてん厭ふとてしも晴れぬものゆゑ      〔は:イ〕         〔宿し:イ〕  0968:0953:イ       さ1         ここ2  ただよ1 月を見る外も然こそは厭ふらめ雲唯だ此處の空に漂へ    〔よそ:イ〕  0969:0954 晴間無く雲こそ空に滿ちにけれ月見る亊は思ひ斷たなん  0970:0955 濡るれども雨漏る宿の嬉しきは入り來ん月を思ふなりけり  0971:0956               いはかげぐさ3 分け入りて誰かは人の尋ぬべき岩陰草の茂る山路を  0972:0957:イ      かけひ1 山里は谷の筧の絶え絶えに水乞ひ鳥の聲聞ゆなり  0973:0958:イ つが1 うつ1 番はねど映れる影を友として鴛鴦住みけりな山川の水  0974:0959 つらなりて風に亂れて鳴く雁のしどろに聲の聞ゆなるかな   〔らで:宮カ〕  0975:0960 晴れ難き山路の雲に埋もれて苔の袂は霧朽ちにけり  0976:0961    は1   した1         こぐら2 つづら匍ふ端山は下も茂ければ住む人如何に木暗かるらん  0977:0962:イ            【むべ】             うべ1 熊の住む苔の岩山恐ろしみ宜なりけりな人も通はず           〔や:イ〕       〔ぬ:イ〕  0978:0963:イ              よもぎ1 音もせで岩間たばしる霰こそ蓬の宿の友に成りけれ 〔は:イ〕         〔が:イ〕     〔に:イ〕         〔と:イ〕  0979:0964 霰にぞ物めかしくは聞えける枯れたる楢の柴の落葉は  0980:0965  かこ1 うち1   すどほ2 と1    いほり1 紫圍ふ庵の中は旅立ちて素通る風も留まらざりけり  0981:0966:イ 谷風は戸を吹き明けて入るものを何と嵐の窓叩くらん  0982:0967:イ    すず1            しがらき2      まがき2 春淺み篶の眞垣に風冴えてまだ雪消えぬ信樂の里  0983:0968 みを2   かはぎし2 水脈淀む天の河岸波掛けて月をば見るやさぐさみの神                   〔へ:イ〕  0984:0969:イ                   あさひこ3 光をば曇らぬ月ぞ磨きける稻葉に掛かる朝日子の玉                かへ1               〔返 :イ〕  〔爲め:イ〕  0985:0970 いはれの3         このてがしは3 磐余野の萩が絶間のひまひまに兒手柏の花咲きにけり  0986:0971 ころもで2        ほころ1  ずり1 衣手に移りし花の色なれや袖綻ぶる萩が花摺  0987:0972 小笹原葉末の露の玉に似てはしなき山を行く心地する  0988:0973:ツ まさき2   たくみ1        かさどり2 柾木割る飛騨の工や出でぬらん村雨過ぎぬ笠取りの山    〔ひものたつみや:ツ〕  0989:0974:ツ かはあひ2      そまびと2    まき1 河合や牧の裾山石立てる杣人如何に涼しかるらん 〔谷合:ツ〕    〔て:イ〕  0990:XXXX:ツ そま1       かみ1  くだ1         (ママ) 杣下すまくにが奧の河上にたつきうつべしこけさ浪よる   〔いぶき:ツ〕        〔らし:ツ〕                   〔こけさなし散る:ツ〕  0991:0975:ツ 雪解くるしみみにしだくからさきの道行きにくき足柄の山            かささぎ1           〔鵲   :ツ〕  0992:0976 ね1  しるし1            こし1 嶺渡しに標の竿や立てつらんこひの待ちつる越の中山               〔き:イ〕              ごびき2             (木引 カ)  0993:0977:イ くもとり2       (ママ) 雲鳥やしこき山路はさて置きををちる原の寂しからぬは     〔の:宮イ〕   〔をくちが:宮〕  0994:0978:イ    ふなびと2       たけ1                  お1 麓行く舟人如何に寒からんくま山嶽を下ろす嵐に            〔て:イ〕  0995:0979 折り返る波の立つかと見ゆるかな洲崎に來ゐる鷺の村鳥 〔織り掛くる:内カ〕  0996:0980               つた1                 あぜ1 煩はで月には夜も通ひけり隣へ傳ふ畦の細道  0997:0981         あぜ1 荒れにける澤田の畦にくら生ひて秋待つべくも鳴き渡るかな          〔くらら:イ〕  0998:0982 傳ひ來る懸樋を絶えずまかすれば山田は水も思はざりけり  0999:0983 身に沁みし荻の音には變れども柴吹く風も哀れなりけり              〔しぶく風にぞ今日は物憂き:カ〕              〔柴吹く風ぞけには物憂き:宮〕  1000:0984:イ こぜり2    ひま1 小芹摘む澤の氷の隙絶えて春めき初むる櫻井の里               〔にけり:イ〕  1001:0985:イ         さき 來る春は嶺の霞を先だてて谷の筧を傳ふなりけり        〔先づ:イ〕  1002:0986:イ         なに1 春に成る櫻の枝は何と無く花無けれども睦じきかな     〔が:イ〕  1003:0987:イ 空晴るる雲なりけりな吉野山花もて渡る風と見たれば  1004:0988:イ  〔朝に花を尋ぬると云ふ亊を:イ〕 更にまた霞に暮るる山路かな花を尋ぬる春の曙  1005:0989                     あだ1 雲も掛かれ花とを春は見て過ぎん何れの山も徒に思はで  1006:0990 雲掛かる山とは我れも思ひ出でよ花ゆゑ馴れし睦び忘れず  1007:0991:ツ     こ1    いほ1 山深み霞籠めたる柴の庵に言問ふものは谷の鶯          〔戸:ツ〕  1008:0994:イ              なづ2      たちえ2 過ぎて行く羽風なつかし鶯の親眤さひけりな梅の立枝を            〔よ:イ〕        〔に:イ〕  1009:0992:イ   ゐなか2      だ1 鶯は田舎の谷の巣なれども訛みたる聲は嗚かぬなりけり            〔旅なる音をば:イ〕  1010:0993 鶯の聲に悟りを得べきかは聞く嬉しさもはかなかりけり           〔な:カ〕  1011:0995       おもて1        まが1 山も無き海の面にたなびきて波の花にも紛ふ白雲  1012:0996:イ 同じくば月の折咲け山櫻花見る折の絶え間有らせじ              〔夜は:宮〕               よひ1              〔宵:イ〕  1013:0997:イ           ゐ1       すご2 古畑のそば立つ木にを居る鳩の友呼ぶ聲の荒涼き夕暮   〔そばに立つ木に:イ〕  1014:0998         いま1     きね2 浪に付きて磯わに座す荒神は潮踏む宜禰を待つにや有るらん  1015:0999:イ              ほずゑ2 潮風に伊勢の濱荻伏せば先づ穗末に波のあらたむるかな        〔吹け:イ〕  〔を:イ〕  1016:1000      そな2     みさご2                 ゐ1 荒磯の波に磯馴れて匍ふ松は雎鳩の居るぞ便りなりける  1017:1001:イ 浦近み枯れたる松の梢には波の音をや風は借るらん                   〔掛く:イ〕  1018:1002 あはぢ2  なごろ2    せと2 淡路島瀬門の餘波は高くとも此の潮わたにおし渡らばや  1019:1003     かこ2 ともろ2   うづ1せと2 潮路行く船夫みの艫櫓心せよまた渦早き瀬門渡るなり      (そカ)  1020:1004   を1  けは1       なごろ2 磯に居る浪の嶮しく見ゆるかな沖に餘彼や高く行くらん  1021:1005:イ    いぶき2  かぜさき2             あさづまふね3 覺束な瞻吹おろしの風先に朝妻舟は逢ひやしぬらん                    〔つ:内〕  1022:1006 くれぶね2        いぶき2  しま2    あさづま2        たけ1 榑舟よ朝妻渡り今朝な寄せそ瞻吹の嶽に雪風卷くなり  1023:1007              やす2 近江路や野路の旅人急がなん野洲が原とて遠からぬかは  1024:XXXX    いくのべ3 からひつ2             をさ1 錦をば幾野邊越ゆる唐櫃に收めて秋は行くにぞ有るらん  1025:1008:イ    おほぬさ2 な1 むなかた2      こぬさ2 里人の大幤小幤立て並めて宗像結ぶ野邊に成りけり  1026:1009:イ                 えぞ2    こ1 いたけもるあまみが時に成りにけり蝦夷が千島を煙籠めたり  〔ち:イ〕 〔さ:内〕          せき1         〔關:イ〕  1027:1010:イ もののふ2         (ママ) 武夫の鳴らすすさびはおびただしあけとのしさりかもの入くひ        〔み:イ〕  1028:1011                  いしぶみ2                    そと1 むつのくの奧ゆかしくぞ思ほゆる壺の碑文外の濱風  みなぞこ2 〔水底:イ〕           〔此の:内〕  みちのく2 〔陸奧:カ〕  1029:1012   (ママ)         をがや2 朝歸るかりゐうなこの村鳥は原の小萱に聲やしぬらん  1030:1013 すがる1   した1    こ1    くず1 鹿臥す木くれが下の葛まきを吹き裏返す秋の初風  1031:1014 もろごゑ2   (ママ) 諸聲にもりかきみかぞ聞ゆなる云ひ合せてや妻を戀ふらん  1032:1015:ツ        つばな2 菫咲くよこ野の茅花生ひぬれば思ひ思ひに人通ふなり  1033:1016:イ くれなゐ1   たで1 から1 紅の色なりながら蓼の穗の辛しや人の目にも立てぬは            〔かよ:イ〕     〔ねば:イ〕  1034:1017 よもぎふ2      おも1  な1    さ1        からすあふぎ2 蓬生は然る亊なれや庭の面に烏扇の何ぞ茂るらん  1035:1018     みつ2まこも2   かげ1 刈り殘す御津の眞菰に隱ろひて蔭持ち顏に嗚く蛙かな  1036:1019            あつ1 柳原河風吹かぬ蔭ならば暑くや蝉の聲に成らまし  1037:1020:イ ひさぎ1 楸生ひて涼めと成れる蔭なれや波打つ岸に風渡りつつ               〔立:イ〕  1038:1021     みさび2       す1 月の爲め水銹居ゑじと思ひしに緑にも敷く池の浮草  1039:1022:ツ    みあれ2       しめ2 思ふ亊神生の注繩に引く鈴の協はずばよも成らじとぞ思ふ                   (鳴)  1040:1023:イ  くまの2                 かさ1     はまゆふ3 み熊野の濱木綿生ふる浦さびて人なみなみに年ぞ重なる  1041:1024 いそ1  すみか2      あさぢ2   かみ1 石の上古き住所へ分け入れば庭の淺茅に露ぞこぼるる   (布留)  1042:1025 とほくだ2 おもて1 遠下すひたの面に引く汐は沈む心ぞ悲しかりける  とほ1 〔遠ちさ:カ〕   (干田カ)  1043:1026 ませ1   むつ1 籬に咲く花に睦れて飛ぶ蝶の羨しきもはかなかりけり  1044:1027                  あだ1 移り行く色をば知らず言の葉の名さへ徒なる露草の花  1045:1028:イ     あだ1   ばせをは3 風吹けば徒に成り行く芭蕉葉の在ればと身をも頼むべき世か       や1      〔破れ:イ〕              〔かは:イ〕  1046:1029 ふるさと2 古郷の蓬は宿の何なれば荒れ行く庭に先づ茂るらん  1047:1030:イ           あ1 古郷は見し世にも無く廢せにけりいづち昔の人行きにけん        〔似ず:イ宮カ〕     〔人は行きけん:イ〕  1048:1031:イ             いつ2 時雨かは山廻りする心かな何時までとのみ打萎れつつ                 〔無く:イ〕  1049:1032:イ はらはらと落つる涙ぞ哀れなるたまらず物の悲しかるべし         〔も:イ〕           〔らん:内〕             〔り:イ〕  1050:1033:イ 何と無く芹と聞くこそ哀なれ摘みけん人の心知られて  1051:1034:イ やまびと2 山人よ吉野の奧に知るべせよ花も尋ねん又思ひ有り  1052:1035:イ 佗び人の涙に似たる櫻かな風身に沁めば先づこぼれつつ  1053:1036:イ 吉野山やがて出でじと思ふ身を花散りなばと人や待つらん  1054:1037 人も來ず心も散らで山里は花を見るにも便り有りけり  1055:1038   おと1 風の音に物思ふ我が色染めて身に沁み渡る秋の夕暮  1056:1039         しのたけ2 我なれや風を煩ふ篠竹は起き臥し物の心細くて  1057:1040 來ん世にも斯かる月をし見るべくば命を惜む人無からまし  1058:1041 此世にて眺め馴れぬる月なれば迷はん闇も照さざらめや  1059:1042  八月、月の頃、夜更けて北白川へまかりけり。由有   さま1  る樣なる家の侍りけるに、琴の音のしければ、立ち               しうふうらく3                     がく1  留まりて聞きけり。折哀れに秋風樂と申す樂なりけ  り。庭を見入れければ、淺茅の露に月の宿れる氣色  哀れなり。垣に添ひたる荻の風、身に沁むらんと覺  えて申し入れて通りけり        し1            けしき2 秋風の殊に身に沁む今宵かな月さへ澄める宿の氣色に  1060:1043:イ    ぬし1     かく1  泉の主歿れて、跡傳へたる人の許にまかりて、泉に     ふる1  向ひて舊きを思ふと云ふ亊を人人詠みけるに   ぬし1  〔主無くなりたりし泉を傳へ居たりし人の許にまか〕  〔りたりしに、對泉懷舊と云ふ亊を詠み侍りしに:イ〕         レ 住む人の心汲まるる泉かな昔を如何に思ひ出づらん  1061:1044:イ  友に逢ひて昔を戀ふると云ふ亊を                  しを1 今よりは昔語は心せん怪しきまでに袖萎れけり  1062:1045:イ  秋の末に、寂然、高野に參りて、暮の秋に寄せて思  ひを述べけるに 馴れ來にし都も疎く成り果てて悲しさ添ふる秋の暮かな      〔に:カ〕          〔秋の山里:イ〕  1063:1046:イ            みちのくに3  相知りたりける人の、陸奧國へまかりけるに、別れ  の歌詠むとて  い1            あづま1 君往なば月待つとても眺め遣らん東の方の夕暮の空  1064:1047:イ  大原に良暹が住みける所に、人人まかりて、述懷の  歌詠みて妻戸に書き付けける  〔大原にて、良暹法師の「まだ炭竈も習はねば」と〕  〔申しけん跡、人人見けるに、具して罷りて詠み侍〕  〔りける:イ〕 大原やまだ炭竈も習はずと云ひけん人を今在らせばや  1065:1048:イ  大覺寺の瀧殿の石ども、閑院に移されて跡も無くな  たかくら2 〔高倉 :イ〕  りたりと聞きて、見にまかりたりけるに、赤染が  「今に斯かり」と詠みけん折思ひ出でられて、哀れ  と覺えければ詠みける〔哀れ以下無シ:イ〕 今だにも斯かりと云ひし瀧つ瀬の其折までは昔なりけり                        〔ん:イ宮カ〕  1066:1049   ノ  深夜水聲と云ふ亊を、高野にて人人詠みけるに まぎ1      と1 紛れつる窓の嵐の聲覓めて更くると告ぐる水の音かな             〔けぬ:カ〕  1067:1050  竹風驚夢    レ 玉磨く露ぞ枕に散り掛かる夢驚かす竹の嵐に  1068:1051  山寺の夕暮と云ふ亊を、人人詠みけるに  お1 嶺下ろす松の嵐の音にまた響を添ふる入相の鐘  1069:1052:ツ   ノ  夕暮山路               すご2 夕されや檜原の嶺を越え行けば荒涼く聞ゆる山鳩の聲    〔田原が:ツ〕  1070:1053  海邊重旅宿と云へる亊を    二 一 波近き磯の松が根枕にてうら悲しきは今宵のみかは  1071:1054:イ  俊惠、天王寺に籠りて、人人具して住吉に參りて歌  詠みけるに具して           おと1 住吉の松が根洗ふ波の音を梢に掛くる沖つ白浪    〔の:イ〕  1072:1055  寂然、高野に詣でて、立ち歸りて、大原より遣はしける   こ1 隔て來し其の年月も有るものを名殘多かる嶺の朝霧  1073:1056  返し 慕はれし名殘をこそは眺めつれ立ち歸りにし嶺の朝霧  1074:1057  常よりも道たどらるる程に、雪深かりける頃、高野           ノ   ノ  へ參ると聞きて、中宮大夫(平時忠)の許より「何  時か都へは出づべき、斯かる雪には如何に」と申し  たりければ、返亊に 雪分けて深き山路に籠りなば年返りてや君に逢ふべき  1075:1058  返し                 ノ                時忠卿               と1      たぐ1 分けて行く山路の雪は深くとも疾く立ち歸れ年に伴へて  1076:1059  山籠りして侍りけるに、年をこめて春に成りぬと聞  きけるからに、霞渡りて、山河の音日頃にも似ず聞  えければ 霞めども年の内とは分かぬまに春を告ぐなる山川の水  1077:1060  年の内に春立ちて、雨の降りければ 春としも猶思はれぬ心かな雨ふる年の心地のみして             (降 )             (舊 )  1078:1061:ツ  野に人あまた侍りけるを、何する人ぞと聞きければ、  菜摘む者なりと答へけるに、年の内に立ち變る春の          さ1  しるしの若莱か、然はと思ひて     つきなみ2     う1     ゑぐ2わかだち2 年は早や月次掛けて越えにけり宜べ摘みけらし〓芋の若立     (波)   〔て:ツ〕      【酉+僉】  1079:1062:イ  春立つ日詠みける 何と無く春になりぬと聞く日より心に掛かるみ吉野の山  1080:1063  正月元日雨降りけるに      はつ1 何時しかも初春雨ぞ降りにける野邊の若菜も生ひやしぬらん  1081:1064  山深く住み侍りけるに、春立ちぬと聞きて       したみづ2 山路こそ雪の下水解けざらめ都の空は春めきぬらん  1082:1065  深山不知春と云ふ亊を    レレ     とやま2 雪分けて外山が谷の鶯は麓の里に春や告ぐらん  1083:1066  嵯峨にまかりたりけるに、雪降りかかりけるを見置きて出でし亊など、申し遣はすとて 覺束な春の日數の經るままに嵯峨野の雪は消えやしぬらん  1084:1067  返し               靜忍法師         く1 立ち歸り君や訪ひ來と待つ程にまだ消えやらず野邊のあわ雪  1085:1068:ツ  鳴き絶えたりける鶯の、住み侍りける谷に聲のしければ               ねぐら1 思ひ出でて古巣に歸る鶯は旅の塒や住み憂かるらん                    〔りつる:宮カ〕  1086:1069:ツ                        ゆ1  春の月明かりけるに、花まだしき櫻の枝を、風の搖  るがしけるを見て          な1 月見れば風に櫻の枝萎えて花かと告ぐる心地こそすれ         〔埀れて:ツ〕         〔ならで:宮カ〕             〔よ:ツカ〕  1087:1070:ツ  國國廻りまはりて、春歸りて吉野の方へまからんと             いづく2 と1  しけるに、人の「此程は何處にか跡留むべき」と申  しければ 花を見し昔の心改めて吉野の里に住まんとぞ思ふ  1088:1071                       さま1  みやたてと申しけるはした者の、年高く成りて樣變  へなどして、ゆかりに付きて吉野に住み侍りけり。  思ひ掛けぬやうなれども、供養を述べん料にとて、  くだもの2 みやま2          くだもの2  菓物を高野の御山へ遣はしけるに、花と申す菓物侍  りけるを見て申し遣はしける をりびつ2くだもの2 折櫃に花の菓物積みてけり吉野の人のみやたてにして 〔思ひつつ:宮カ〕  1089:1072  返し                みやたて      はこ1            たぐ1 心ざし深く運べるみやたてを悟り開けん花に比へて  1090:1073  櫻に並びて立てりける柳に、花の散り掛かりけるを見て 吹き亂る風に靡くと見し程は花ぞ結べる青柳の糸  1091:1074  寂然、紅葉の盛りに、高野に詣でて出でにける。又  の年の花の折に申し遣はしける                       な1 紅葉見し高野の嶺の花盛り頼めし人の待たるるや何ぞ  1092:1075  返し                寂然 共に見し嶺の紅葉の甲斐なれや花の折にも思ひ出でけり         (峽)  1093:1077:イ  夏、熊野へ參りけるに、岩田と申す所に涼みて、下  向しける人に付けて京へ、同行に侍りける上人の許              〔西住上人の許へ遣はし〕  へ遣はしける  〔ける:イ〕 松が根の岩田の岸の夕涼み君が有れなと思ほゆるかな       〔河:イ〕  1094:1078  葛城を尋ね侍りけるに、折にも有らぬ紅葉の見えけ              まさき2  るを、何ぞと問ひければ、正木なりと申すを聞きて かづらき2       よそ1    まさき2 葛城や正木の色は秋に似て外の梢の緑なるかな  1095:1076  天王寺へ參りたりけるに、松に鷺の居たりけるを、  月の光に見て 庭よりも鷺ゐる松の梢にぞ雪は積れる夏の夜の月  1096:1079  高野より出でたりけると、覺堅阿闍梨聞かぬさまな  りければ、菊を遣はすとて    な1 汲みて何ど心通はば訪はざらん出でたるものを菊の下水  1097:1080  返し                (覺堅) 谷深く住むかと思ひて訪はぬ間に恨みを結ぶ菊の下水  1098:1081  旅にまかりけるに、入相を聞きて 思へ唯だ暮れぬと聞きし鐘の音は都にてだに悲しきものを  1099:1082:イ  秋遠く修行し侍りける程に、程經ける所より、侍從  大納言成通の許へ遣はしける          ともな1 嵐吹く嶺の木の葉に伴ひていづち浮かるる心なるらん         〔誘はれて:イ〕  1100:1083:イ  返し                (成通) 何と無く落つる木の葉も吹く風に散り行く方は知られやはせぬ  1101:1084  宮の法印、高野に籠らせ給ひて、朧ろげにては出で  じと思ふに、修行せまほしき由語らせ給ひけり。千  日果てて御嶽に參らせ給ひて、云ひ遣はしける                 ともな1 あくがれし心を道の知るべにて雲に伴ふ身とぞ成りぬる  1102:1085  返し 山の端に月澄むまじと知られにき心の空に成ると見しより  1103:1086  年頃申し馴れたりける人に、遠く修行する由申して  罷りたりける、名殘多くて立ちけるに、紅葉のした  りけるを見せまほしく侍ひつる甲斐無く、如何にと           【待ち:有朋】          もと1  申しければ、木の下に立ち寄りて詠みける 心をば深き紅葉の色に染めて別れて行くや散るに成るらん  1104:1087  駿河の國久能の山寺にて、月を見て詠みける              さやか2 涙のみかき暗さるる旅なれや明徹に見よと月は澄めども  1105:1088  題知らず           けしき2  せ1 身にも沁み物荒げなる氣色さへ哀を促むる風の音かな  1106:1089 如何でかは音に心の澄まざらん草木も靡く嵐なりけり                       〔る:カ〕  1107:1090 松風は何時も常磐に身に沁めど分きて寂しき夕暮の空  1108:1091:イ                 クク  遠く修行に思ひ立ち侍りけるに、遠行別と云ふ亊を、    ま1  人人參で來て詠み侍りしに  〔旅の心をトノミアリ:イ〕 程經れば同じ都の内だにも覺束なさは問はまほしきに                       〔を:イ宮カ〕  1109:1092             どうぎやう2  年久しく相頼みたりける同行に離れて、遠く修行し  て歸らずもやと思ひけるに、何と無く哀れにて詠み  ける     いくとせ2 定め無し幾年君に馴れ馴れて別れを今日は思ふなるらん  1110:1093  年頃聞き渡りける人に、初めて對面申して、歸る朝に          かさ1 別るとも馴るる思を重ねまし過ぎにし方の今宵なりせば        〔や:宮カ〕  1111:1094  修行して伊勢にまかりたりけるに、月の頃、都思ひ  出でられて詠みける 都にも旅なる月の影をこそ同じ雲居の空に見るらめ  Book  山家和歌集  卷下(下)  Subtitle  雜  1112:1095:イ  そのかみ2  往時、心ざし仕うまつりける習ひに、世を遁れて後  も、賀茂に參りけり。年高く成りて、四國の方修行  しけるに、又歸り參らぬ亊もやとて、仁和二年十月         ぬさ1  十日の夜參りて幤まゐらせけり。内へも參らぬ亊な    (ママ)  れば、たなうの社に取り次ぎて參らせ給へとて、心  ざしけるに、木の間の月ほのぼのと常よりも神さび  哀れに覺えて詠みける  〔昔、心ざし仕うまつりし習ひに、世遁れて後も、〕    ノ  〔賀茂社へ詣でてなん、四國の方へ修行すとて、ま〕  〔た歸り參らぬ亊にてこそは覺えて、仁安三年十日〕          ぬさ1  〔十日夜參りて、幤參らせしに、内へも入らぬ亊な〕     (ママ)  〔れば、たなの社に取次ぎて奉れとて、心ざし侍り〕      こ1ま1  〔しに、木の間の月ほのぼのと常より物哀れにて:イ〕      しで2 かしこまる埀幤に涙の掛かるかな又いつかはと思ふ心に 〔心にも涙の月に  :内〕          〔哀に:イ宮〕                       〔哀れさ:大〕  1113:1096:イ   ノ  播磨書冩へ參るとて、野中の清水を見ける亊、一昔  に成りにける。年經て後修行すとて通りけるに、同  じさまにて變らざりければ 昔見し野中の清水變らねば我影をもや思ひ出づらん  1114:XXXX           かたの2  わた1  天王寺へ參りけるに交野など申す邊り過ぎて、見は  るかされたる所の侍りけるを、問ひければ、天の川  と申すを聞きて、「宿からん」と云ひけん亊思ひ出  だされて詠みける あくがれし天の河原と聞くからに昔の波の袖に掛かれる  1115:1097          まか1  四國の方へ具して罷りたりける同行の、都へ歸りけるに 歸り行く人の心を思ふにも離れ難きは都なりけり  1116:1098:ツ  獨り見置きて、歸りまかりなんずるこそ哀れに、何  時か都へは歸るべきなど申しければ 柴の庵の暫し都へ歸らじと思はんだにも哀なるべし  1117:1099  旅の歌詠みけるに 草枕旅なる袖に置く露を都の人や夢に見るらん  1118:1100 聞えつる都隔つる山さへに果ては霞に消えにけるかな 〔越え來:宮力〕  1119:1101:ツ  〔世を背きて後、修行し侍りけるに、海路にて月を〕  〔見て詠める:イ〕 和田の原遙かに波を隔て來て都に出でし月を見るかな  1120:1102:イ 和田の原波にも月は隱れけり都の山を何厭ひけん  1121:1103  西の國の方へ、修行してまかり侍るとて、御津野と  申す所に具し習ひたる同行の侍りけるに、親しき者  の例ならぬ亊侍るとて、具せざりければ    みつ2みくさ2          つな1 山城の御津の水草に繋がれて駒物憂げに見ゆる旅かな  1122:1104:イ  大峰のしんせんと申す所にて、月を見て詠みけるを 深き山に澄みける月を見ざりせば思出も無き我身ならまし  1123:1105 嶺の上も同じ月こそ照すらめ所がらなる哀れなるべし  1124:1106:イ 月澄めば谷こそ雲は沈むめる嶺吹き拂ふ風に敷かれて   〔る:イ〕   〔みけ:イ〕     〔にぞ:宮一イ〕     〔こそ:宮〕  1125:1107:イ  姨捨の嶺と申す所の見渡されて、思ひ成しにや、月  殊に見えければ          いづく2 姨捨は信濃ならねど何處にも月澄む嶺の名にこそ有りけれ  1126:1108       すく1  小池と申す宿にて               こいけ2 如何にして木末の隙を求め得て小池に今宵月の澄むらん  1127:1109:イ  ささ1    すく1  篠の宿にて いほり1   ともな1           ささ1 庵さす草の枕に伴ひて篠の露にも宿る月かな  1128:1110:イ        すく1  へいちと申す宿にて、月を見けるに、梢の露の袖に  掛かりければ                ぐ 木末なる月も哀れを思ふべし光に具して露のこぼるる  〔洩:イ〕  〔と:内大〕      〔も:イ〕                   〔ぞ:内大〕  1129:1111  あづまやと申す所にて、時雨の後、月を見て          あづま1    むね1 神無月時雨晴るれば東やの嶺にぞ月は宗と澄みける  1130:1112 神無月谷にぞ雲は時雨るめる月澄む嶺は秋に變らで  1131:1113        すく1  ふるやと申す宿にて 神無月時雨降る屋に澄む月は曇らぬ影も頼まれぬかな     (ふるや)  1132:1114 〔行尊僧正なり:傍注〕           【卒】  平等院の名書かれたる率塔婆に、紅葉の散り掛か  りけるを見て、「花より外の」と有りけん人ぞか  しと哀れに覺えて詠みける            と1 哀れとも花見し嶺に名を留めて紅葉ぞ今日は共に散りける  1133:1115:ツ      たけ1  ちくさの嶽にて               ちくさ2                  たけ1 分けて行く色のみならず梢さへ千種の嶽は心染みけり     〔路:ツ〕  1134:1116:ツ  蟻のとわたりと申す所にて ささ1   くき1  【なび1】  とわたり2 笹深み霧越す岫を朝立ちて靡き煩ふ蟻の門渡    〔立つ峰:ツ〕  1135:1117:ツ                  すく1  行者がへり、ちごの泊りに續きたる宿なり。春の山    びやうぶだて3  伏は屏風立と申す所を、平らかに過ぎん亊を難く思  ひて、行者、ちごの泊りにても思ひ煩ふなるべし              ぎやうじや2  と1                   ちご2 屏風にや心を立てて思ひけん行者は歸り稚兒は留まりぬ          〔ふら:ツ〕  1136:1118:ツ  みかさね2             さんごふ2  三重の瀧拜みけるに、殊に尊く覺えて、三業の罪も  すす1  滌がるる心地してければ 身に積る言葉の罪も洗はれて心澄みぬる三重ねの瀧                〔ける:ツ〕  1137:1119      たけ1  轉法輪の嶽と申す所にて、釋迦の説法の座の石と申  す所を拜みて ここ2  のり1 此處こそは法説かれたる所よと聞く悟りをも得つる今日かな  1138:1120  修行して遠くまかりける折、人の思ひ隔てたるやう  なる亊の侍りければ   さ1 よし然らば幾重とも無く山越えてやがても人に隔てられなん  1139:1121:イ  思はずなる亊思ひ立つ由聞えける人の許へ、高野よ  り遣はしける しをり1 栞せで猶山深く分け入らん憂き亊聞かぬ所ありやと  1140:1122                        つごもり2  鹽湯にまかりたりけるに、具したりける人、九月晦日     のぼ1  にさへ上りければ遣しける、人に代りて 秋は暮れ君は都へ歸りなば哀れなるべき旅の空かな  1141:1123  返し                大宮の女房加賀 君を置きて立ち出づる空の露けさは秋さへ暮るる旅の悲しさ              〔き:カ〕               〔に:宮〕  1142:1124            ま  鹽湯出でて、京へ歸り參うで來て、古郷の花霜枯れに  ける哀れなりけり。急ぎ歸りし人の許へ、又代りて                     と1 露置きし庭の小萩も枯れにけりいづち都に秋留まるらん  1143:1125  返し                同じ人              な1    ふなで2 慕ふ秋は露も留まらぬ都へと何どて急ぎし舟出なるらん  1144:1126:イ  みちのくに3  陸奧國へ修行してまかりけるに、白川の關に留まり  て、所がらにや、常よりも月面白く哀れにて、能因                いつ2  が「秋風ぞ吹く」と申しけん折何時なりけんと思ひ  出でられて、名殘多く覺えければ、關屋の柱に書き  付けける                 と1 白川の關屋を月の漏る影は人の心を留むるなりけり        (守)  1145:1127  さき1  しのぶ2 わた1  前に入りて信夫と申す邊り、在らぬ世のことに覺え  て哀れなり。都出でし日數思ひ續けければ、「霞と  共に」と侍る亊の跡たどるまで來にける、心一つに  思ひ知られて詠みける               かす2 都出でて逢坂越えし折までは心微觸めし白河の關  1146:1128  たけくま2  武隈の松は、昔に成りたりけれども、跡をだにとて、  見にまかりて詠みける 枯れにける松無き宿の武隈は見きと云ひても甲斐無からまし        〔跡:宮カ〕  1147:1129  古りたる棚橋を、紅葉の埋みたりける、渡りにくく   やす1  て休らはれて、人に尋ねければ、思はくの橋と申す  は是れなりと申しけるを聞きて                    おも1 踏まま憂き紅葉の錦散り敷きて人も通はぬ思はくの橋  信夫の里より奧に二日ばかリ入りて有り。                  〔る橋なり:宮カ〕  1148:1133  下野國にて、柴の煙を見て詠みける    をの2 都近き小野大原を思ひ出づる柴の煙の哀れなるかな  1149:1130  名取河を渡りけるに、岸の紅葉の影を見て         うつ1 名取川岸の紅葉の映る影は同じ錦を底にさへ敷く  1150:1131        ひらいづみ2  十月十二日、平泉にまかり着きたりけるに、雪降り  嵐はげしく、亊の外に荒れたりけり。いつしか衣河  見まほしくて、まかり向ひて見けり。河の岸に附き       しまは2     やう1  て衣河の城爲廻したる亊がら、樣變りて、物を見る        みぎは1    さ1  心地しけり。汀氷りて取り分き寂びしければ                ころもがは2                  み1 取り分きて心も沁みて冴えぞ渡る衣河見に來たる今日しも  1151:1132  又の年の三月に、出羽國に越えて、たきの山と申す  山寺に侍りける。櫻の常よりも薄紅の色濃き花にて  な1  並み立てりけるを、寺の人人も見興じければ       いでは2  うすくれなゐ2 類ひなき思ひ出羽の櫻かな薄紅の花の匂ひは  1152:1134:ツ  同じ旅にて 風荒き柴の庵は常よりも寢覺ぞ物は悲しかりける             〔て:ツ〕    〔り:ツ〕  1153:1135  明石に人を侍ちて日數經にけるに             むつま1 何と無く都の方と聞く空は睦しくてぞ眺められける  1154:1136  新院讚岐におはしましけるに、便りに付けて女房の (崇徳天皇)  許より                うち1 水莖の書き流すべき方ぞ無き心の中は汲みて知るらん  1155:1137  返し 程遠み通ふ心の行くばかり猶書き流せ水莖の跡  1156:1138  又女房遣はしける いとどしく憂きに付けても頼むかな契りし道の知るべ違ふな  1157:1139 斯かりける涙に沈む身の憂さを君ならで又誰か浮べん (掛)  1158:1140:ツ  返し 頼むらん知るべもいさや一つ世の別にだにも迷ふ心は  1159:1141:カニテ補フ 流れ出づる涙に今日は沈むとも浮ばん末を猶思はなん  1160:1142:イ  遠く修行する亊ありけるに、菩薩院の前齋宮に參り  たりけるに人人別れの歌仕うまつりけるに さ1 然りともと猶逢ふ亊を頼むかな死出の山路を越えぬ別〔は脱カ〕                        〔は:宮カ〕  1161:1143  同じ折、壺の櫻の散りけるを見て、斯くなん覺え侍  ると申しける             【はな】 此春は君に別れの惜しきかな春の行方は思ひ忘れて  1162:1144  返しせよと承りて、扇に書きて、さし出でける                   ノ ノ                【女】房六角局   い1                 さそ1 君が往なん形見にすべき櫻さへ名殘あらせず風誘ふなり  1163:1145  さいこく2  西國へ修行してまかりける折、小島と申す所に八幡               (備前國兒島)   いは1  の齋はれ給ひたりけるに籠りたりけり。年經てまた              ふるき2  其社を見けるに、松どもの古木に成りたりけるを見  て 昔見し松は老木に成りにけり我が年經たる程も知られて  1164:1146                     まが1  山里にまかりて侍りけるに、竹の風の荻に紛ひて聞  えければ   おと1 竹の音も荻吹く風の少なきに加へて聞けば優しかりけり  1165:1147  世を遁れて、嵯峨に住みける人の許にまかりて、後  世の亊怠らず勤むべき由申して歸りけるに、竹の柱  を立てたりけるを見て   ふ1 世世經とも竹の柱の一筋に立てたる節は變らざらなん  1166:1148  題しらず 哀れ唯だ草の庵の寂しきは風より外に訪ふ人ぞ無き  1167:1149                かせぎ1   すみか2 哀れなりよりより知らぬ野の末に鹿を友に馴るる住所は  1168:1150  高野に籠りたる人を、京より何亊か、また何時か出  づべきと申したる由聞きて、其人に代りて やまみづ2 山水の何時出づべしと思はねば心細くて住むと知らずや                  (澄)  1169:1151  松の絶間より、僅かに月のかげろひて見えけるを見て  うす1 影薄み松の絶間を洩り來つつ心細くや三日月の空  〔く:カ〕           (見)  1170:XXXX:ツ  松の木の間より僅かに月のかげろひけるを見て  (以上は前ノ歌ノ詞書ヲ誤冩シテ重出セシナラン)    いただ1  月を載きて道を行くと云ふ亊を             め1いただ1 汲みてこそ心澄むらめ賤の女が載く水に宿る月影  1171:1152  こかげ2  木陰の納涼と云ふ亊を、人人詠みけるに 今日もまた松の風吹く岡へ行かん昨日涼みし友に逢ふやと  1172:1153  入日影隱れけるままに、月の窓にさし入りければ                か1 さし來つる窓の入日を改めて光を更ふる夕月夜かな  1173:1154  月蝕を題にて歌詠みけるに                わ1 忌むと云ひて影に當らぬ今宵しも割れて月見る名や立ちぬらん  1174:1155:ツ  寂然入道、大原に住みけるに遣はしける    ひら2 大原は比良の高嶺の近ければ雪降る程を思ひこそ遣れ  〔や:ツ〕          〔とぼそ:ツ〕  1175:1156  返し                (寂然) 思へ唯だ都にてだに袖冴えし比良の高嶺の雪の氣色は                       〔を:宮カ〕  1176:1157  高野の奧の院の橋の上にて、月明かりければ諸共に  眺め明して、其頃西住上人京へ出でにけり。其の夜  の月忘れ難くて、又同じ橋の月の頃、西住上人の許  へ云ひ遣はしける              あらそ1 亊と無く君戀ひ渡る橋の上に競ふ物は月の影のみ  1177:1158  返し                西住上人 思ひ遣る心は見えで橋の上にあらそひけりな月の影のみ  1178:1159  忍西入道、西山の麓に住みけるに、「秋の花如何に 〔西忍:イ〕  面白からんとゆかしう」と申し遣はしける返亊に、  色色の花を折り集めて          と1   さ1 鹿の音や心ならねば留まるらん然らでは野邊を皆見するかな  1179:1160:イ  返し            はし1 鹿の立つ野邊の錦の切り端は殘り多かる心地こそすれ  1180:1161  人あまたして、一人に隱して、有らぬさまに云ひ成  しける亊の侍りけるを聞きて詠める       そまぎ2   いつ2   こころだく2          そろ1 一筋に如何で杣木の揃ひけん何時より造る心巧みに  1181:1162   ノ  陰陽頭に侍りける者に或所のはしたもの、物申しけ                     つごもり2  り。いと思ふやうにも無かりければ、六月晦日に遣  はしけるに代りて          みなつき3 我が爲につらき心を水無月の手づからやがて祓ひ捨てなん  1182:1163  ゆかり有りける人の、新院の勘當なりけるを、宥る                 おんかしこ2                〔御畏まりなりしを:イ〕                 おんかへりごと3  し給ふべき由申し入れたりける、御返亊に                (崇徳天皇) もがみがは3   いな1     いかり1                   お1 最上川綱手引くとも稻舟の暫しが程は錨下ろさん                 (怒)  1183:1164:イ  御返亊奉りけり                    をさ1 強く引く綱手と見せよ最上川その稻舟の錨收めて                  (怒)                   〔下ろさめ:イ〕  斯く申したりければ、宥るし給ひてけり。  1184:1165:ツ                 きは1  屏風の繪を人人詠みけるに、海の際に幼なき賤しき  者の有る所を     あま2さをとめ3 磯菜摘む海人の小少女心せよ沖吹く風に波高くなる                     〔見ゆ:ツ〕  1185:1166         うち1  同じ繪に、苫の中に人の寢驚きたる所に                    とまやかた3 磯に寄る波に心の洗はれて寢覺めがちなる苫屋形かな  1186:1167       くじ1        くば1  庚申の夜、串配りて歌詠みけるに、古今、後撰、拾  遺、是れを梅、櫻、山吹に寄せたる題を取りて詠み  ける。  古今、梅に寄す くれなゐ1むめ1    こ1             と1 紅の色濃き梅を折る人の袖には深き香や留まるらん    こきん2   (古今)  1187:1168  後撰、櫻に寄す             とな1  ぬし1 春風の吹きおこせんに櫻花隣り苦しく主や思はん       こせん2      (後撰)  1188:1169  拾遺、山吹に寄す 山吹の花咲く井手の里こそはやしう居たりと思はざらなん              や1             (野しうカ)              (拾遺)  1189:1170  祝 ひま1 隙もなく降り來る雨の足よりも數限り無き君が御代かな  1190:1171:イ        さ1 千代經べき物を然ながら集むとも君が齡を知らんものかは            〔めてや:イ〕 〔數に取るべき:イ〕  1191:1172 こけ1ゆ1          ちとせ2                   かた1 莓埋む搖るがぬ岩の深き根は君が千年を固めたるべし  1192:1173         たづ1 群れ立ちて雲居に鶴の聲すなり君が千年や空に見ゆらん  1193:1174                 した1  そ1 澤邊より巣立ち始むる鶴の子は松の下にや移り初むらん  1194:1175 大海の汐干て山に成るまでに君は變らぬ君にましませ  1195:1176:イ     ためし1 君が代の例に何を思はまし變らぬ松の色無かりせば  1196:1177 君が代は天つ空なる星なれや數も知られぬ心地のみして  1197:1178                   ためし1 光さす三笠の山の朝日こそげに萬づ代の例なりけれ  1198:1179     ためし1 萬づ代の例に引かん龜山の裾野の原に茂る小松を  1199:1180       しづえ2 數掛くる波に下枝の色染めて神さび増さる住の江の松  1200:1181:イ             えだ1 若葉さす平野の松は更に又枝に八千代の數を添ふらん  1201:1182 竹の色も君が緑に染められて幾世とも無く久しかるべし  1202:1183  うまご1  孫設けて喜びける人の許へ云ひ遣しける      ふたば2 千代經べき二葉の松の生ひ先を見る人如何に嬉しかるらん  1203:1184  ごえふ2 ふたば2     もと1  五葉の下に二葉なる小松どもの侍りけるを、子日に        をりびつ2  當りける日、折櫃に引き植ゑて遣はすとて     ごえふ2           ふ1 しるし1        ねのひ2 君が爲め五葉の子日しつるかな度度千代を經べき兆に  1204:1185  ただ2  尋常の松引き添へて、此松の思ふ亊申すべくなんとて            ぬし1 ごえふ2 子日する野邊の我れこそ主なるを五葉無しとて引く人の無き  1205:1186  世に仕へぬべきやうなるゆかり、あまた有りける人    さ1           きよみづ2                    としこし2  の、然も無かりける亊を思ひて、清水に年越に籠り  けるに遣はしける 此春は枝枝ごとに榮ゆべし枯れたる木だに花は咲くめり     〔まで:宮イ〕  1206:1187    ぐ1  是も具して 隣れびの深き誓に頼もしき清き流れの底汲まれつつ           〔な:カ〕  1207:1188  八條院の、宮と申しける折、白河殿にて虫合せられ (烏羽天皇の皇女、=子内親王)         【日+章】  けるに、代りて、虫入れて取り出だしける物に、水     うつ1  に月の映りたる由を造りて、其心を詠みける 行末の名にや流れん常よりも月澄み渡る白川の水  1208:1189         せ1  内に貝合せんと爲させ給ひけるに、人に代りて  〔傍注、二條院〕             こがひ2  ひろ1 風立たで波を治むる浦浦に小貝を群れて拾ふなりけり  1209:1190 難波潟汐干に群れて出で立たん白洲の崎の小貝拾ひに  1210:1191:イ          を1 風吹けば花咲く波の折る度に櫻貝寄る三島江の浦  1211:1192:イ    ころも1そでがひ2  たた1           みぎは1 波洗ふ衣の浦の袖貝を汀に風の疊み置くかな  1212:1193:ツ     ふきあげ2すだれがひ2               お1 波掛くる吹上の濱の箔貝風もぞ下ろす磯に拾はん 〔寄す:ツ〕               〔ば:ツ〕  1213:1194:ツ     ますほ3 汐染むる眞蘇枋の小貝拾ふとて色の濱とは云ふにや有るらん  1214:1195:ツ       とまり1         すずめがひ2 波寄する竹の泊の雀貝嬉しき世にも逢ひにけるかな  1215:1196           からすがひ2 波寄するしららの濱の烏貝拾ひ易くも思ほゆるかな  1216:1197:イ        み1 甲斐ありな君が御袖に蔽はれて心に合はぬ亊し無き世は (貝)                〔も:イ〕                       〔かな:イ〕  1217:1198  入道寂然、大原に住み侍りけるに、高野より遣はし  ける    さ1 山深み然こそ有らめと聞えつつ音哀れなる谷川の水  1218:1199                   すご2 山深み槇の葉分くる月影ははげしき物の荒涼きなりけり  1219:1200                 そ1 はじ1                      たちえ2 山深み窓のつれづれ訪ふ物は色づき初むる櫨の立枝ぞ  1220:1201    こけ1           ましら1 山深み莓の莚の上に居て何心無く鳴く猿かな  1221:1202      したた1         とち1ほど1         と1 山深み岩に滴る水覓めんかつがつ落つる橡拾ふ程  1222:1203    け1            ふくろふ1 山深み氣近き鳥の音はせで物恐ろしき梟の聲  1223:1204    こぐら2 山深み木暗き嶺の梢よりものものしくも渡る嵐か  1224:1205    ほた1        にぎは1 山深み榾切るなりと聞えつつ所賑ふ斧の音かな  1225:1206 山深み入りて見と見る物は皆哀れ催す氣色なるかな  1226:1207:ツ       かせぎ 山深み馴るる鹿の氣近さに世に遠ざかる程ぞ知らるる  1227:1208  返し                寂然 哀れさは斯うやと君も思ひ知れ秋暮れ方の大原の里     かうや2    (高野 )  1228:1209 獨り住む朧ろの清水友とては月をぞ住ます大原の里                (澄)  1229:1210 炭竈のたなびく煙一すぢに心細きは大原の里  1230:1211               ひだ2 何と無く露ぞこぼるる秋の田の引板引き嗚らす大原の里  1231:1212:ツ   おと1 水の音は枕に落つる心地して寢覺がちなる大原の里  1232:1213 あだ1   いほり1   ふ1 徒に葺く草の庵の哀れより袖に露置く大原の里  1233:1214 山風に峰のささ栗はらはらと庭に落ち敷く大原の里  1234:1215          あけび2 ますら男がつま木に通草さし添へて暮るれば歸る大原の里  1235:1216 むぐら1             こ1    かど1 葎匍ふ門は木の葉に埋もれて人もさし來ぬ大原の里  1236:1217 諸共に秋も山路も深ければ然かぞ悲しき大原の里            (鹿 )  1237:XXXX  神樂に星を            あかぼし2 更けて出づるみ山も峰の明星は月待ち得たる心地こそすれ  1238:1218:イ  承和元年六月一日、院、熊野へ參らせ給ひける次い  〔安:宮イ〕                  めぐ1  でに、住吉に御幸ありけり。修行し廻りて三日の                    〔ニ日彼の:イ〕  社に詣でたりけるに、すみの江新しく建てたりける            つりどの2           〔釣殿:イ〕  を見て、後三條院の御幸、神も思ひ出で給ふらんと  覺えて詠める    〔釣殿に書き付け侍りし:イ〕        みゆき2 絶えたりし君が御幸を侍ち付けて神如何ばかり嬉しかるらん  1239:1219:イ    しづえ2  松の下枝を洗ひけん浪、古に變らずやと覺えて     しづえ2 古の松の下枝を洗ひけん波を心に掛けてこそ見れ  1240:1220:ツ  齋院おはしまさぬ頃にて、祭の歸さも無かりければ、  紫野を通るとて                       あふひ1 紫の色無き頃の野邊なれやかたまほりにて掛けぬ葵は               〔つ:宮ツカ〕             かたまつり2            (片祭カ)             かたまほり3            (片凝視カ)  1241:1221  きたまつり2  北祭の頃、加茂に參りたりけるに、折嬉しくて侍た             はしどの2 へいふ2  るる程に、使參りたり。橋殿に付きて平伏し拜まる      さ1  るまでは然る亊にて、舞人の氣色振舞、見し世の亊        あづまあそび2              べいじう2  とも覺えず。東遊に琴打つ陪從も無かりけり。然こ  そ末の世ならめ、神如何に見給ふらんと、恥かしき  心地して詠み侍りける 神の代も變りにけりと見ゆるかな其の亊わざの有らず成るにも  1242:1222  ふ1      みたらし3  更け行くままに、御手洗の音、神さびて聞えければ みたらし3 御手洗の流は何時も變らぬを末にし成ればあさましの世や  1243:1223:ツ  伊勢にまかりたりけるに、太神宮に參りて詠みける さかきば2   ゆふしで4 榊葉に心を掛けん木綿埀幤て思へば神も佛なりけり            〔の:ツ〕  1244:1224:イ    お1  齋院下りさせ給ひて、本院の前を過ぎけるに、人の、  内へ入りければ、ゆかしう覺えて、具して見廻りけ                    お1  るに、斯くや有りけんと哀れに覺えて、下りておは  します所へ、宣旨の局の許へ、申し遣はしける     みうち2  ありす2    うつ1              い1 君住まぬ御内は荒れて有栖川忌む姿をも映しつるかな  1245:1225:イ  返し                (宣旨の局)       こ1  つて1 思ひきや忌み來し人の傳にして馴れし御内を聞かんものとは  1246:1226     さいわう2  伊勢に齋王おはしまさで年經にけり。齋宮、木立ば    さ1     ついがき2  かり然りと見えて、築垣も無きやうに成りたりける  を見て いつ2  いつき1いつ1 しめ2みうち2 何時かまた齋の宮の齋かれて注連の御内に塵を拂はん  1247:1227:イ  世の中に大亊出で來て、新院有らぬさまに成らせお     〔亂れて    :イ〕            (崇徳天皇)        みぐし2       ノ  はしまして、御髮下ろして、仁和寺の北院におはし  ましけるに參りて、げんけん阿闍梨出でて逢ひたり、 〔ますと聞きて:イ〕  月明くて詠みける     〔何と無く心も騒ぎて、哀れに覺えて詠みける:イ〕 斯かる世に影も變らず澄む月を見る我身さへ恨めしきかな  1248:1228  讚岐へ(崇徳天皇)おはしまして後、歌と云ふ亊の世  にいと聞えざりければ、寂然が許へ云ひ遣はしける     なさけ1 言の葉の情絶えにし折ふしに有り逢ふ身こそ悲しかりけれ  1249:1229  返し                寂然 敷島や絶えぬる道に泣く泣くも君とのみこそ跡を忍ばめ  1250:1230             み1  讚岐にて、(崇徳天皇)御心引き更へて、後の世の       ひま1せ1  亊、御勤め隙無く爲させおはしますと聞きて、女房  の許へ申しける。  此文を書きて 若人不嗔打、以何修忍辱。           二 一 レ 二 一                 をりふし2 世の中を背く便りや無からまし憂き折節に君が逢はずは  1251:1231  是れも次いでに具して參らせける            むくい1 あさましや如何なる故の報にて斯かる亊しも有る世なるらん  1252:1232 長らへて終に住むべき都かは此世はよしやとても斯くても  1253:1233 まぼろし1     うつつ1 幻の夢を現に見る人は目も合はせでや夜を明すらん  1254:1234  斯くて後、人の參りけるに 其日より落つる涙を形見にて思ひ忘るる時の間ぞ無き  1255:1235  返し                女房 目の前に變り果てにし世の憂きに涙を君も流しけるかな  1256:1236             はちす1 松山の涙は海に深く成りて蓮の池に入れよとぞ思ふ  1257:1237 波の立つ心の水を靜めつつ咲かん蓮を今は待つかな  1258:1238  老人述懷と云ふ亊を人人詠みけるに      すが1 山深み杖に縋りて入る人の心の底の耻かしきかな  1259:1239:イ    ノ  ノ  左(右衍)京大夫俊成歌集めらるると聞きて、歌遣  〔五條三位     :イ〕  はすとて           おのづか1 花ならぬ言の葉なれど自ら色もや有ると君拾はなん  1260:1240:イ  返し                俊成 世を捨てて入りにし道の言の葉ぞ哀れも深き色は見えける              〔に:内〕  1261:1241  戀百十首 思ひ餘り云ひ出でてこそ池水の深き心の色は知られめ  1262:1242      しかま2 無き名こそ飾磨の市に立ちにけれまだ逢ひ初めぬ戀するものを  1263:1243         あらは1 包めども涙の色に顯れて忍ぶ思ひは袖よりぞ散る  1264:1244:イ わりな2 理無しや我も人目を包む間に強ひても云はぬ心盡しは  〔くて:大〕         〔は:大〕  1265:1245:イ        けしき2           しる1 なかなかに忍ぶ氣色や著からん斯かる思に習ひ無き身は  1266:1246 けしき2あや1       まか1 氣色をば怪めて人の咎むとも打任せては云はじとぞ思ふ  1267:1247              しる1 心には忍ぶと思ふ甲斐も無く著きは戀の涙なりけり  1268:1248                         こた1 色に出でて何時より物は思ふぞと問ふ人あらば如何が答へん  1269:1249 逢ふ亊の無くて止みぬる物ならば今見よ世にも在りや果つると  1270:1250                 なたて2 憂き身とて忍ばば戀の忍ばれて人の名立に成りもこそすれ  1271:1251:ツ みさを1    からころも2 操なる涙なりせば唐衣掛けても人に知られましやは                   〔ざらまし:ツ〕  1272:1252 歎き餘り筆のすさびに盡せども思ふばかりは書かれざりけり  1273:1253       うち1 我が歎く心の中の苦しきを何と譬へて君に知られん  1274:1254 今は唯だ忍ぶ心ぞ包まれぬ歎かば人や思ひ知るとて  1275:1255      し1 心には深く沁めども梅の花折らぬ匂ひは甲斐無かりけり  1276:1256 さ1   ほの1 然りとよと微かに人を見つれども覺めぬは夢心地こそすれ  1277:1257:イ          しを1 消え返り暮待つ袖ぞ萎れぬる起きつる人は露ならねども             (置)  1278:1258:イ                   をや2 如何にせん其の五月雨の名殘よりやがて小休まぬ袖の雫を  1279:1259 さ1                    な1 然る程の契は何に有りながら行かぬ心の苦しきや何ぞ      〔君:宮カ〕  1280:1260   さ1 今は然は覺めぬを夢に成し果てて人に語らで止みねとぞ思ふ  1281:1261        たま1 折る人の手には堪らで梅の花誰が移り香に成らんとすらん  1282:1262 うたたね2   とこ1 轉寢の夢を厭ひし床の上の今朝如何ばかり起き憂かるらん  1283:1263 引き替へて嬉しかるらん心にも憂かりし亊を忘れざらなん  1284:1264 たなばた2 織女は逢ふを嬉しと思ふらん我れは別れの憂き今宵かな  1285:1265 同じくは咲き初めしより占め置きて人に折られぬ花と思はん  1286:1266          ほ1     ゆふ2 朝露に濡れにし袖を干す程にやがて木綿だつ我が涙かな  1287:1267            まどろ2  すす1 待ちかねて夢に見ゆやと睡眠めば寢覺進むる荻の上風  1288:1268             ゐせき2 くぐ1                ひま1 包めども人知る戀や大井川井堰の隙を潛る白波  1289:1269:イ 逢ふまでの命もがなと思ひしは悔しかりける我が心かな  1290:1270:ツ               のち1 今よりは逢はで物をば思ふとも後憂き人に身をば任せじ  1291:1271 いつ2       ねた1 何時かはと答へん亊の嫉きかな思ひも知らず恨み聞かせよ                         〔は:カ〕  1292:1272:イ               みさを1 袖の上の人目知られし折までは操なりける我が涙かな                     〔心:イ〕  1293:1273 あやにくに人目も知らぬ涙かな絶えぬ心に忍ぶ甲斐無く  1294:1274   おと1                しを1 荻の音は物思ふ我に何なればこぼるる露に袖の萎るる                  〔の袖に置くらん:宮カ〕  1295:1275     (ママ)   しぎ1  よそ1 草茂み澤にぬはれて臥す鴫の如何に外だつ人の心ぞ  1296:1276:ツ         なさけ1     【よ1】なさけ1 哀れとて人の心の情あれな數ならぬには由らぬ情を           〔や:ツ〕      〔歎きを:ツ宮カ〕  1297:1277 如何にせん憂き名を世世に立て果てて思ひも知らぬ人の心を  1298:1278              な1 忘られん亊を重ねて思ひにき何ど驚かす涙なるらん        か1    〔亊をば豫ねて:宮カ〕  1299:1279 問はれぬも問はぬ心のつれなさも憂きは變らぬ心地こそすれ  1300:1280                      かな1 つらからん人ゆゑ身をば恨みじと思ひしかども恊はざりけり  1301:1281 今更に何かは人も咎むべき初めて濡るる袂ならねば  1302:1282 わりな2     み1まま1 理無しな袖に歎きの滿つ盡に命をのみも厭ふ心は  1303:1283        みなかみ2 色深き涙の河の水上は人を忘れぬ心なりけり  1304:1284            しきたへ2                なら1あらまし2 待ちかねて獨りは臥せど敷栲の枕雙ぶる豫想ぞする  1305:1285      なさけ1 問へかしな情は人の身の爲めを憂き物とても心やは有る  1306:1286                 なさけ1 言の葉の霜枯れにしに思ひにき露の情も斯からましかば                  (掛)   〔と:カ〕  1307:1287           たた1 夜もすがら恨みを袖に湛ふれば枕に波の音ぞ聞ゆる  1308:1288 長らへて人の誠を見るべきに戀に命の斷えんものかは  1309:1289            あだ1 頼め置きし其の云ひ亊や徒に成りし波越えぬべき末の松山  1310:1290            うたかた2な1 河の頼に世に消えぬべき泡沫の命を何ぞや君が頼むる         やす1        〔易 :宮カ〕  1311:1291 かりそめ2 假初に置く露とこそ思ひしか秋に逢ひぬる我が袂かな  1312:1292 おのづから1 自ら有り經ばとこそ思ひつれ頼み無く成る我が命かな  1313:1293 身をも厭ひ人のつらさを歎かれて思ひ數ある頃にも有るかな          〔も:宮〕  1314:1294 すが1          たむけ1 菅の根の長く物をば思はじと手向けし神に祈りしものを  1315:1295     まどろ2  からころも2 打解けて睡眠まばやは唐衣夜な夜な返す甲斐も有るべき  1316:1296            おのづか1 我がつらき亊をや成さん自ら人目を思ふ心ありやと      〔にを:宮カ〕  1317:1297 こと1 言問へばもて離れたる氣色かなうららかなれや人の心の  1318:1298         たけ1 物思ふ袖に歎きの丈見えて忍ぶ知らぬは涙なりけり  1319:1299 草の葉に有らぬ袂に物思へば袖に露置く秋の夕暮        〔を:宮カ〕  1320:1300 逢ふ亊の無き病にて戀ひ死なばさすがに人や哀れと思はん  1321:1301 如何にぞや云ひ遣りたりし方も無く物を思ひて過ぐる頃かな  1322:1302                もろこし2 我ればかり物思ふ人や又もあると唐土までも尋ねてしがな  1323:1303 君に我れ如何ばかりなる契ありて間無くも物を思ひ初めけん  1324:1304 さ1   もと1 然らぬだに本の思ひの絶えぬ間に歎きを人の添ふるなりけり  1325:1305           いと1 我れのみぞ我が心をば愛ほしむ憐む人の無きに付けても  1326:1306:イ 恨みじと思ふ我さへつらきかな問はで過ぎぬる心強さを  1327:1307                   とこ1 何時と無き思ひは富士の煙にて起き臥す床や浮島が原      (火)      うち2              〔打 :宮カ〕  1328:1308              な1 是れも皆昔の亊と云ひながら何ど物思ふ契なりけん  1329:1309 な1 何どか我つらき人ゆゑ物を思ふ契をしもは結び置きけん                (霜 )  1330:1310 くれなゐ1 紅に有らぬ袂の濃き色はこがれて物を思ふ涙か  1331:1311 せ1   さ1 塞きかねて然はとて流す瀧つ瀬に湧く白玉は涙なりけり  1332:1312             うちまか2 歎かじと包みし頃は涙だに打任せたる心地やはせし  1333:1314:イ 眺めこそ憂き身の癖と成り果てて夕暮ならぬ折も分かれね         〔に:イ〕  1334:1313 今は我れ戀せん人を問ぶらはん世に憂き亊と思ひ知られぬ  1335:1315 思へども思ふ甲斐こそ無かりけれ思ひも知らぬ人を思へば  1336:1316 あや2     こみの2き1    しの1  ひ1       きぬ1 綾捻ねるささめの小蓑衣に着ん涙の雨を凌ぎがてらに  1337:1317 な1 何ぞも斯く亊新しく人の問ふ我が物思ひは古りにしものを  1338:1318 死なばやな何思ふらん後の世も戀は世に憂き亊とこそ聞け  1339:1319:イ わり1  な1 理無しや何時を思ひの果てにして月日を送る我身なるらん  1340:1320      さ1        たま1 いとほしや然らば心のをまなびて魂ぎれらるる戀もするかな     〔更に :イ〕           〔さ:イ〕  1341:1321      うち1     もろ1        ちご2 君慕ふ心の中は稚兒めきて涙脆にも成る我身かな  1342:1322 なつか1 懷しき君が心の色を如何で露も散らさで袖に包まん  1343:1323:イ                   ふ1 幾程も長らふまじき世の中に物を思はで經る由もがな  1344:1324         とこ1 何時か我れ塵積む床を拂ひ上げて來んと頼めん人を待つべき  1345:1325        たぐ1 よだけたつ袖に類へて忍ぶかな袂の瀧に落つる涙を  1346:1326      つひ1 憂きに由り終に朽ちぬる我袖を心盡しに何忍びけん  1347:1327:イ 心から心に物を思はせて身を苦むる我身なりけり                  〔何なり :カ〕  1348:1328        まと1          からころも2 獨り着て我身に纏ふ唐衣しほしほとこそ泣き濡らさるれ  1349:1329 云ひ立てて恨みば如何につらからん思へば憂しや人の心は  1350:1330       うち1 歎かるる心の中の苦しさを人の知らばや君に語らん  1351:1331              かづ1 人知れぬ涙に咽ぶ夕暮は引き被きてぞ打臥されける  1352:1332                よ1 思ひきや斯かる戀路に入り初めて避く方も無き歎きせんとは  1353:1333 あやふ1    よ1     かど1ほき2かげみち2 危さに人目ぞ常に避がれける岩の角踏む險岸の陰道  1354:1334                ひま1  しぼ1 知らざりき身に餘りたる歎きして隙無く袖を絞るべしとは  1355:1335           くず1 うらがへ2 吹く風に露も溜まらぬ葛の葉の裏返れとは君をこそ思へ  1356:1336               お1 我れからと藻に住む虫の名にし負へば人をば更に恨みやはする  1357:1337            うつせみ2 空しくて止みぬべきかな現身の我身からにて思ふ歎きは           (空蝉) (虚 )              〔此:宮〕  1358:1338 包めども袖より外にこぼれ出でてうしろめたきは涙なりけり  1359:1339                しを1 我涙疑はれぬる心かな故無く袖の萎るべきかは  1360:1340 さ1              いつ2 みさを1 然る亊の有るべきかはと忍ばれて心何時まで操なるらん  1361:1341 (ママ)           (ママ) とりのくし思ひも掛けぬ露拂ひあなくしたかの我が心かな                 〔ら:イ〕  1362:1342 君に染む心の色の深さには匂ひも更に見えぬなりけり  1363:1343 さ1               さまにく2 然もこそは人目思はず成り果てめあな樣憎の袖の氣色や  1364:1344:イ   すす1 且つ滌ぐ澤の小芹の根を白み清げに物を思はするかな                    〔ずもがな:イ宮カ〕  1365:1345              【ひとへ1】 如何さまに思ひ續けて恨みまし偏につらき君ならなくに  1366:1346 恨みても慰めてましなかなかにつらくて人の逢はぬと思へば  1367:1347:ツ 打絶えて君に逢ふ人如何なれや我身も同じ世にこそは經れ  1368:1348:イ とにかくに厭はきほしき世なれども君が住むにも引かれぬるかな  1369:1349:イ 何亊に付けてか世をば厭はまし憂かりし人ぞ今は嬉しき           〔ふべき:イ〕   〔今日:イ〕  1370:1350:イ           さ1      ねぶり1 逢ふと見し其夜の夢の覺めで有れな長き眠は憂かるべけれど  此歌、題も、亦人に代りたる亊どもも有りけれど書  かず。此歌ども、山里なる人の語るに隨ひて書きた         ひがごと2  るなり。されば僻亊どもや。昔今の亊取り集めたれ         たが1  ば、時をりふし違ひたる亊どもも。  1371:1351  此集(前掲ノ戀百十首)を見て返しけるに                ノ  ノ                院少納言局 まきごと2   たまづさ2       卷毎に玉の聲せし玉章の類ひは又も有りけるものを  1372:1352  返し   さ1                みが1 よし然らば光無くとも玉と云ひて詞の塵は君磨かなん  1373:1353:イ     ま1  讚岐に參うでて、松山〔の津:イ〕と申す所に〔新:イ〕院(崇徳天皇)         ふるあと2    かた1  おはしましけん古跡尋ねけれども、形も無かりければ         こ1 松山の波に流れて來し舟のやがて空しく成りにけるかな  1374:1354             かた1 松山の波の氣色は變らじを形無く君は成りましにけり  1375:1355:イ  しらみね2          おんはか2  白峰と申す所に、(崇徳天皇ノ)御墓の侍りけるに參りて         とこ1     のち1   せ1 よしや君昔の玉の床とても斯からん後は何にかは爲ん  1376:1356:イ  同じ國に、大師(弘法大師)のおはしましける御あたりの山に、  庵結びて住みけるに、月いと明くて、海の方曇り無  く見え侍りければ  〔讚岐の善通寺の山にて、海の月を見て:イ〕 曇り無き山にて海の月見れば島ぞ氷の絶間なりける  1377:1357:イ  住みけるままに、庵いと哀れに覺えて 今よりは厭はじ命あればこそ斯かる住まひの哀れをも知れ  1378:1358:イ  〔善通寺の山に住み侍りしに:イ〕庵の前に松の立てり  けるを見て                した1 久に經て我が後の世を問へよ松跡慕ふべき人も無き身ぞ               〔偲ぶ:イ〕  1379:1359:イ         まか1  〔土佐の方へや罷らましと思ひ立つ亊侍りしに:イ〕 ここ2 此處を又我れ住み憂くて浮かれなば松は獨りに成らんとすらん  1380:1360  雪の降りけるに   した1         しろたへ2 松の下は雪降る折の色なれや皆白栲に見ゆる山路に                      〔か:カ〕  1381:1361 雪積みて木も分かず咲く花なれば常磐の松も見えぬなりけり  1382:1362 花と見る梢の雪に月冴えて譬へん方も無き心地する  1383:1363 まが1 紛ふ色は梅とのみ見て過ぎ行くに雪の花には香ぞ無かりける  1384:1364:イ               き1                こも1 折しも有れ嬉しく雪の埋むかな來籠りなんと思ふ山路を          〔積る:イ〕         〔に:イ〕              〔かき:イ〕  1385:1365:イ なかなかに谷の細道埋め雪有りとて人の通ふべきかは     〔濱:イ〕  1386:1366              すが1    と1                たるひ2 谷の庵に玉の簾を掛けましや縋る埀氷の軒を閉ぢずは  1387:1367:イ                   をしき2  花(弘法大師ニ)參らせける折しも、折敷に霰の降  りかかりければ しきみ1  をしき2        と1    あか2   ふち1 樒置く阿伽の折敷に縁無くば何に霰の玉留まらまし        〔の:イ〕      〔と成:イ〕  1388:1369                       めぐり2  大師(弘法大師)の生れさせ給ひたる所とて、周圍  しまは2 しるし1  爲廻して其標の松の立てりけるを見て                  しるし1 哀れなり同じ野山に立てる木の斯かる標の契ありけり  1389:1368   せ1あかゐ3  わりな2 岩に塞く阿伽井の水の理無きは心澄めとも宿る月かな             〔に:カ宮〕  1390:1370  又或本に       ぎやうだう2  曼陀羅寺の行道どころへ登るは、世の大亊にて、手  を立てたるやうなり。大師の御經書きて埋ませおは             ばう1  しましたる山の嶺なり。坊の卒塔婆一丈ばかりなる   つ1  壇築きて建てられたり。其れへ日毎に登らせおはし                        めぐ1  まして、行道しおはしましけると申し傳へたり。廻                つ1まは1  り行道すべきやうに壇も二重に築き廻されたり。登  る程の危さ殊に大亊なり。構へて匍ひまはり付きて めぐ1          きび1  ちかひ1 廻り逢はん言の契ぞ頼もしき嚴しき山の誓見るにも  1391:1371  やがて其れが上は、大師の御師に逢ひ參ゐらせおは         (ママ)  しましたる嶺なり。わかはいしさと其山をば申すな                     ノ  り。其邊の人は、わかいしとぞ申し習ひたる。山文  字をば捨てて申さず。又筆の山とも名づけたり。遠  くて見れば筆に似て、まろまろと山の嶺のさきの尖  りたるやうなるを、申し習はしたるなめり。行道所  より構へてかきつき登りて嶺に參りたれば、師に逢           しるし1  はせおはしましたる所の標に、塔を建ておはしまし       いしずゑ1  たりけり。塔の礎、量り無く大きなり。高野の大塔              こけ1  ばかりなりける塔の跡と見ゆ。莓は深く埋みたれど  も、石大きにして顯はに見ゆ。筆の山と申す名に付  きて                こけ1                  した1 筆の山にかき登りても見つるかな莓の下なる岩の氣色を    (書)         みえい2 そば1       おん1  善通寺の大師の御影には、側にさし上げて大師の御  し1            おんて2  師書き具せられたりき。大師の御手などもおはしま         がく1  しき。四の門の額少少割れて大方は違はずして侍り  き。末にこそ如何が成りけんずらんと覺束なく覺え  侍りしか  1392:1372  備前國に、(兒島)小島と申す島に渡りけるに、あ  みと申す物を取る所は、おのおの我我占めて、長き  竿に袋を付けて、立て渡すなり。其竿の立て始めを                  あまびと2  ば、一の竿とぞ名付けたる。中に年高き漁人の立て  そ1  初むるなり。立つるとて申すなる詞聞き侍りしこそ、  涙こぼれて申すばかり無く覺えて詠みける   そ1 あみ2   はつさを2なか1すぐ1 立て初むる醤蝦取る浦の初竿は罪の中にも勝れたるかな  1393:1373 【ひひ】  日頃、澁川と申す方へまかりて、四國の方へ渡らん  としけるに、風惡しくて程經けり。澁川の浦田と申  す所に、幼なき者どものあまた物を捨ひけるを問ひ       つみ2  ければ、「木屑と申す物拾ふなり」と申しけるを聞  きて お1   うらた1 あま2 下り立ちて浦田に拾ふ海人の子はつみより罪を習ふなりけり  1394:1374  まなべ2       あきびと2くだ1  眞鍋と申す島に、京より商人どもの下りて、やうや               しはく2  うの罪の物ども商ひて、また鹽飽の島に渡りて、商  はんずる由申しけるを聞きて まなべ2しはく2 あきびと2             つみ2 眞鍋より鹽飽へ通ふ商人は木屑を買ひにて渡るなりけり            (罪)(甲斐)  1395:1375    さ1  串に插したる物を商ひけるを、何ぞと問ひければ、  蛤を干して侍るなりと申しけるを聞きて     かき2    ほ1    はまぐり1 同じくば牡蠣をぞさして干しもすべき蛤よりは名も便り有り    (柿)          (栗)  1396:1376  うしまど2     せと2          さだえ2  牛窓の迫門に、海人の出で入りて、蠑螺と申す物を  取りて舟に入れ具しけるを見て さだえ2せと2           あま2 蠑螺住む迫門の岩つぼ求め出でて急ぎし海人の氣色なるかな  1397:1377                あはび1  沖なる岩に付きて、海人どもの鮑取りける所にて     かた1       あはび1   むらぎみ2                 かづ1 岩の根に片おもむきも浪浮きて鮑を潛く海人の村君  1398:1378  題知らず こだひ2  うけなは3めぐ1 しねざ2          よ1 小鯛引く網の泛子繩縒り廻り憂き仕業ある鹽崎の浦                 〔す:カ〕  1399:1379                   あまぶね3 霞敷く波の初花折り掛けて櫻鯛釣る沖の海人舟  1400:1380 あまびと2         こにし2  しただみ3    いそ1          はまぐり1                  がうな3 漁人の勤しく歸るひじきものは小螺蛤寄居虫小羸子  1401:1381                  【銀波藻:ぎばさ】         はじ1わかふのり4    ひしき3                みるめ3     こころふと3 磯菜摘まんと思ひ初むる若布海苔海松布きはさ鹿尾菜石花菜  1402:1382     たふし2  伊勢の答志と申す島には、小石の白の限り侍る濱に  て、黒は一つも交らず。向ひて菅島と申すは、黒限  り侍るなり すがしま2        くるしろ2    たふし2        ま1 菅島や答志の小石分け更へて黒白混ぜよ浦の濱風  1403:1383    こいし2 鷺島の小石の白を高浪の答志の濱に打ち寄せてける  1404:1384:ツ からすざき2      しろ1 烏崎の濱の小石と思ふかな白も交らぬ菅島の黒  1405:1385              たふし2                すがじま2 合せばや鷺を烏と碁を打たば答志菅島黒白の濱  1406:1386           さ1    め1わらは1  伊勢の二見の浦に、然るやうなる女の童どもの集ま               はまぐり1  りて、わざとの亊と思しく、蛤を取り集めけるを、         あまびと2  「云ふ甲斐無き漁人こそ有らめ、うたてき亊なり」  と申しければ「貝合に京より人の申させ給ひたれば、  え1  選りつつ取るなり」と申しけるに                おほ1 今ぞ知る二見の浦の蛤を貝合とて覆ふなりけり  1407:1387  いしこ2       いかひ2    あこや3  石子へ渡りたりけるに、胎貝と申す蛤に、阿古屋の  むねと侍るなり。其れを取りたる殼を高く積み置き  たりけるを見て あこや3 いがひ2         から1 阿古屋取る胎貝の殼を積み置きて寶の跡を見するなりけり  1408:1388:ツ               かつを2  沖の方より風の惡しきとて、堅魚と申す魚釣りける  船どもの歸りけるを見て いらこざき4      かつを2 伊良胡崎に堅魚釣り舟並び浮きて〔てナシ:ツ〕はかちの浪に浮びてぞ寄る        〔る:ツ〕         〔遙けき:ツ〕 〔浮かれ:ツ〕  1409:1389           いらこ3  二つ有りける鷹の、伊良胡渡りすると申しけるが、       とど1  一つの鷹は留まりて木の末に掛かりて侍りと申しけ  るを聞きて すだか2              やまがへり2 巣鷹渡る伊良胡が崎を疑ひて猶木に歸る山歸かな  1410:1390 はしだか2          す1      がた1 敏鷹のすずろかさでも古るさせて居ゑたる人の有り難の世や   (鈴 )   (振 )  1411:1391      くだ1    かなつき1  宇治川を下りける舟の、鍍と申すものをもて、鯉の  くだ1  下るを突きけるを見て           れふぶね2 ちが1 (ママ)              かづ1 宇治川の早瀬落ち舞ふ獵舟の潛きに異ふ鯉のむらまけ                       〔せ:カ〕  1412:1392 こばえ2       した1つ1お1 ふし1   つど1 小鮠集ふ沼の入江の藻の下は人漬け置かぬ柴にぞ有りける  1413:1393 たね1           えふな2    はた1  つ1 種漬くるつぼ井の水の引く末に江鮒集まる落合の側              〔小:カ〕  1414:1394 しらなは2          まう1 こめ2しきあみ2    こあゆ2 白繩に小鮎引かれて下る瀬に持ち設けたる小目の敷網  1415:1395       うなは2  いろくづ1   した1               のが1 見るも憂きは鵜繩に遁ぐる魚を遁らかさでも〓む持ち網                    【酉+麗】  1416:1396    すずき1     ひとはし2した1     つりぶね2       はし1 秋風に鱸釣舟走るめり鵜の一嘴の名殘慕ひて            〔はら:カ〕  1417:1397  しんぐう2  かた1  新宮より伊勢の方へまかりけるに、みき嶋にふれの                     〔舟 :宮〕                     〔ふれ:宮一〕  沙汰しける浦人の、黒き髮は一筋も無かりけるを呼  び寄せて       あまびと2   かづ1 年經たる浦の漁人言問はん浪を潛きて幾世過ぎにき  1418:1398              かづ1        あま2 黒髮は過ぐると見えし白波を潛き果てたる身には知る海人               〔出で:カ〕  1419:1399  小鳥どもの歌詠みける中に      こ1          は1ひわ1                      むらどり2 聲せずと色濃く成ると思はまし柳の芽食む鶸の群鳥   〔ば:カ〕  1420:1400 ももぞの2まが1てりうそ2    桃園の花に紛へる照鷽の群れ立つ折は散る心地する  1421:1401 なら1      こがらめ3     したえだ2              ねぐら1 雙び居て友を離れぬ小雀女の塒に頼む椎の下技  1422:1402  月の夜、賀茂に參りて詠み侍りける     みおやがはら4    とほだ2 月の澄む御祖河原に霜冴えて千鳥遠立つ聲聞ゆなり  1423:1403  熊野へ參りけるに、七越の嶺の月を見て詠みける       あた1        ななこし2 立ち昇る月の邊りに雲消えて光重ぬる七越の峰  1424:1404  讚岐の國へまかりて、みのつと申す津に着きて、月      ひび2  の明くて粗朶のても通はぬ程に遠く見え渡りたりけ        ひび2  るに、水鳥の粗朶のてに付きて飛び渡りけるを                まは1                  あぢ1 敷き渡す月の氷を疑ひてひびのて廻る味鳧の村鳥  1425:1405 如何で我が心の雲に塵すべき見る甲斐ありて月を眺めん  1426:1406                       さ1 眺め居りて月の影にぞ世をば見る住むも住まぬも然なりけりとは               (澄)  1427:1407 雲晴れて身に愁無き人のみぞさやかに月の影は見るべき  1428:1408 さ1 然のみやは袂に影を宿すべき夜はし心に月な眺めそ  1429:1409  【は1】 月に耻ぢてさし出でられぬ心かな眺むる袖に影の宿れば  1430:1410 心をば見る人毎に苦めて何かは月の取り所なる  1431:1411                  とが1                    おふ1 露けさは憂き身の袖の癖なるを月見る咎に負せつるかな  1432:1412           しの1 眺め來て月如何ばかり偲ばれん此世し雲の外に成りなば  1433:1413 何時か我れ此世の空を隔たらん哀れ哀れと月を思ひて  1434:1414 露も有りつ返す返すも思ひ出でて獨りぞ見るつる朝顏の花            〔知りて:宮一〕            〔出でて:宮〕  1435:1415 ひときれ2        めぐ1  きそ2かけはし1 一旦は都を捨てて出づれども廻りて花を木曾の梯                  (來)  1436:1416 捨てたれど隱れて住まぬ人に成れば猶世に在るに似たるなりけり  1437:1417 世の中を捨てて捨て得ぬ心地して都離れぬ我身なりけり  1438:1418 捨てし折の心を更に改めて見る世の人に別れ果てなん  1439:1419                さ1 思へ心人の有らばや世にも恥ぢん然りとてやはと諫むばかりぞ  1440:1420    ふし1 呉竹の節繁からぬ世なりせば此君はとてさし出でなまし  1441:1421 惡し善しを思ひ分くこそ苦しけれ唯だ在らるれば在られける身を  1442:1422                   しの1 深く入るは月故としも無きものを憂き世偲ばんみ吉野の山  1443:1423  嵯峨野の、見し世にも變りて、有らぬやうに成りて、   い1  人往なんとしたりけるを見て       みかり2         あ1 此里や嵯峨の御狩の跡ならん野山も果ては褪せ變りけり  1444:1424       かなをか2  大覺寺の、金岡が立てたる石を見て                かど1さま1 庭の石に目立つる人も無からまし角ある樣に建てし置かねば                かど1      〔ず:宮カ〕               (才)  1445:1425    わた1  瀧の邊りの木立、有らぬ亊に成りて、松ばかり並み  立ちたりけるを見て          あ1 流れ見し岸の木立も褪せ果てて松のみこそは昔なるらめ  1446:1426  りうもん2  龍門に參るとて     みやたきがは2 瀬を早み宮瀧河を渡り行けば心の底の澄む心地する  1447:1427         と1 思ひ出でて誰かは覓めて分けも來ん入る山道の露の深さを  1448:1428     いくよ2     いほり1  お1 呉竹の今幾夜かは起き臥して庵の窓を開け下ろすべき     (節)  1449:1429 其すぢに入りなば心何しかも人目思ひて世に包むらん  1450:1430              きぬ1 おほ1 緑なる松に重なる白雪は柳の衣を山に覆つる                  (へナラン)  1451:1431 盛りならぬ木も無く花の咲きにけり思へば雪を分くる山道  1452:1432                   かけはし1 波と見ゆる雪を分けてぞ漕ぎ渡る木曾の梯底も見えねば  1453:1433   つる1      ちとせ2 も1 みな鶴は澤の氷の鏡にて千年の影を持てや成すらん 〔眞:宮カ〕  1454:1434         かたみ1     たま1ゑぐ2くさぐき2           とど1 澤も解けず摘めど籠に留まらで目にも溜らぬ〓芋の草莖                    【酉+僉】  1455:1435 君が住む岸の岩より出づる水の絶えぬ末をぞ人も汲みける  1456:1436 たしろ2   つつみ1  たた1          かさ1 田代見ゆる池の堤の層添へて湛ふる水や春の夜の爲め 〔たしわける:力〕  1457:1437 庭に流す清水の末を塞き留めて門田養ふ頃にも有るかな  1458:1438:ツ           とど1 伏見過ぎぬ岡の屋に猶留まらじ日野まで行きて駒試みん  1459:1439 秋の色は風ぞ野もせに敷き渡す時雨は音を袂にぞ聞く  1460:1440:ツ    そ1 時雨れ初むる花園山に秋暮れて錦の色も改むるかな  1461:1441:ツ     いそ1       いそわ2      (ママ)  伊勢の磯のへちの錦の島に、磯曲の紅葉の散りけるを 浪に敷く紅葉の色を洗ふ故に錦の島と云ふにや有るらん  〔散る:ツ〕  1462:1442  みちのくに3      たわしねやま5  陸奧國に、平泉に向ひて、多和志根山と申す山の侍     ことき2  るに、異木は少なきやうに、櫻の限り見えて、花の  咲きたるを見て詠める      たわしねやま5    ほか1 聞きもせず多和志根山の櫻花吉野の外に斯かるべしとは  1463:1443 奧に猶人見ぬ花の散らぬ有れや尋ねを入らん山郭公  1464:1444 つばな2   ちはら2    すみれ1   ぬ1     あ1 茅花拔く北野の茅原褪せ行けば心菫ぞ生ひ變りける               (住)  1465:1445  例ならぬ人の、大亊なりけるが、四月に梨の花の咲  きたりけるを見て、梨の欲しき由を願ひけるに、若                 かしは1  しやと人に尋ねければ、枯れたる柏に包みたる梨を  唯だ一つ遣はして、是ればかりなど申したる、返亊  に    かしは1しなのなし3       み1 花の析柏に包む信濃梨は一つ成れども在りの實と見ゆ             (生)    (三)  1466:1446               おはしま1 みゆき2  讚岐の、(崇徳天皇ノ)位に座しける折、御幸の鈴  のろうをを聞きて詠みける  (奏カ)        みゆき2 古りにける君が御幸の鈴のろうは如何なる世にも絶えず聞えん             そう1            〔奏:宮〕  1467:1447       つづみ1  日の入る、皷の如し         まが1 波の打つ音を皷に紛ふれば入日の影の打ちて搖らるる  1468:1448  題知らず            うれ1  きゐ2 山里の人もこずゑの松が末に哀れに來居る郭公かな     (木末)     (來ず)  1469:1449 なら1 並べける心は我れか郭公君待ち得たる宵の枕に  1470:1450      はらか2 いを1             つり1  筑紫に、腹赤と申す魚の釣をば、十月一日に下ろす                 のぼ1    つり1  なり。師走に引き上げて、京へは上せ侍る。其の釣  の繩遙かに遠く引き渡して、通る船の此繩に當りぬ     かこ2    がうけ2  るをば歎ち掛かりて、豪家がましく申して、むつか  しく侍るなり。其の心を詠める はらか2おほわたさき4 腹赤釣る大和田崎の浮け繩に心掛けつつ過ぎんとぞ思ふ  1471:1451     (ママ)     なみ1    (ママ)  あま2 伊勢島やいるるつきてすまう浪にけこと覺ゆるいりとりの海人  1472:1452 いそな2            わに1      ね1 磯菜摘みて波掛けられて過ぎにける鰐の住みける大磯の根を  Subtitle  百首  1473:1453  花十首          こ1もと1              と1 吉野山花の散りにし木の下に留めし心は我れを待つらん  1474:1454          そ1 吉野山高嶺の櫻咲き初めば掛からんものか花の薄雲  1475:1455 人は皆吉野の山へ入りぬめり都の花に我れは留まらん  1476:1456 尋ね入る人には見せじ山櫻我れとを花に逢はんと思へば               と1              (疾うナラン)  1477:1457                 あらそ1                    とど1 山櫻咲きぬと聞きて見に行かん人を競ふ心止めて  1478:1458 山櫻程無く見ゆる匂ひかな盛りを人に待たれ待たれて  1479:1459              かど1 花の雪の庭に積ると跡付けじ門無き宿と云ひ散らされて        〔に:宮カ〕  1480:1460     あした1  おも1 眺めつる朝の雨の庭の面に花の雪敷く春の夕暮  1481:1461 吉野山麓の瀧に流す花や嶺に積りし雪の下水  1482:1462               さかひ1 根に歸る花を送りて吉野山夏の境に入りて出でぬる  1483:1463  郭公十首 鳴かん聲や散りぬる花の名殘なるやがて待たるる郭公かな  1484:1464 春暮れて聲に花咲く郭公尋ぬる亊も待つも變らぬ  1485:1465 聞かで待つ人思ひ知れ郭公聞きても人は猶ぞ待つめる  1486:1466 所がら聞き難きかと郭公里を變へても待たんとぞ思ふ  1487:1467 はつこゑ2 初聲を聞きての後は郭公待つも心の頼もしきかな  1488:1468 さみだれ3 五月雨の晴れ間尋ねて郭公雲居に傳ふ聲聞ゆなり  1489:1469 ほととぎす2 時鳥なべて聞くには似ざりけり深き山邊の曉の聲  1490:1470 時鳥深き山邊に住む甲斐は木末に續く聲を聞くなり  1491:1471 よる1   とこ1 夜の床を泣き浮かされん時鳥物思ふ袖を問ひに來たらば  1492:1472 時鳥月の傾く山の端に出でつる聲の歸り入るかな  1493:1473  月十首              あかし2 伊勢島や月の光のさびる浦は明石には似ぬ影ぞ澄みける        (錆)        〔さひが:宮力〕  1494:1474                  わた1 池水に底清く澄む月影は波に氷を敷き亙すかな  1495:1475 月を見て明石の浦を出づる舟は波の寄るとや思はざるらん                (夜)  1496:1476     しらら2 離れたる白良の濱の沖の石を碎かで洗ふ月の白波  1497:1477      ちさと1        くま1 思ひ解けば千里の影も數ならず到らぬ隈も月は有らせじ  1498:1478               ほころ1 大方の秋をば月に包ませて吹き綻ばす風の音かな  1499:1479 何亊か此世に經たる思出を問へかし人に月を教へん           〔ぞ:カ〕  1500:1480         くま1 思ひ知るを世には隈無き影ならず我が目に曇る月の光は  1501:1481        とほ1おしかへ2 憂き世とも思ひ通さじ押返し月の澄みける久方の空  1502:1482           いづく2      すみか2 月の夜や友とを成りて何處にも人知らざらん住所教へよ  1503:1483  雪十首 しがらき2おほぢ2           やまびと2    そま1  とど1 信樂の杣の老翁は留めてよ初雪降りぬむその山人  1504:1484          とど1 急がずば雪に我身や留められて山邊の里に春を待たまし  1505:1485 哀れ知りて誰か分け來ん山里の雪降り埋む庭の夕暮  1506:1486   とま1ふ1   むや1 湊川苫に雪葺く友船は舫ひつつこそ夜を明しけれ  1507:1487 いかだし2              くだ1 筏士の波の沈むと見えつるは雪を積みつつ下すなりけり  1508:1488   を1 溜り居る梢の雪の春ならば山里如何にもて成されまし  1509:1489               よも2 大原はせれうを雪の道に明けて四方には人の通はざりけり    せりふ2   (芹生カ)  1510:1490      ふたむらやま3 ひら2ふぶき2 晴れやらで二群山に立つ雲は比良の吹雪の名殘なりけり  1511:1491    いほり1  そ1  と1     とど1      つま1 雪凌ぐ庵の端をさし添へて跡覓めて來ん人を留めん  1512:1492       み1 悔しくも雪の御山へ分け入らで麓にのみも年を積みける  1513:1493  戀十首           からなづな2  おほ1              なづ2 古き妹が園に植ゑたる唐薺誰親眤さへと生し立つらん 〔わが:カ〕  1514:1494 くれなゐ1                はじ1   よそ1 紅の外なる色は知られねば吹くにこそ先づ染め初めけれ  1515:1495                 いつ2                   しめ1 さまざまの歎きを身には積み置きて何時濕るべき思なるらん  1516:1496      こま1ゆ1 しげめゆひ3 君を如何に細かに結へる繁目結立ちも離れず並びつつ見ん  1517:1497     みさを1 戀すとも操に人に云はればや身に從はぬ心やは有る  1518:1498          (ママ) 思ひ出でよ三津の濱松よそたつる志賀の浦波立たん袂を              〔と:宮カ〕  た1                    (裁)  1519:1499 うと1 疎く成る人は心の變るとも我れとは人に心置かれじ  1520:1500 月を憂しと眺めながらも思ふかな其夜ばかりの影とやは見し  1521:1501     かへ1    よごろも2 我は唯だ反さでを着んさ夜衣着て寢し亊を思ひ出でつつ  1522:1502 河風に千鳥鳴くらん冬の夜は我が思にて有りけるものを  1523:1503  述懷十首(一首不足)                はこや3    むつ1 いざさらば盛り思ふも程も有らじ藐姑射が嶺の春に睦れて  1524:1504 山深く心はかねて送りてき身こそ憂き身を出でやられども  1525:1505 月に如何で昔の亊を語らせて影に添ひつつ立ちも離れん  1526:1506                      なづ2 憂き世とし思はでも身の過ぎにけり月の影にも親眤さはりつつ               〔る:宮宮一〕  1527:1507                      と1 雲に付きて浮かれのみ行く心をば山に掛けてを留めんとぞ思ふ  1528:1508      まぎ1 捨てて後は紛れし方は覺えぬを心のみをば世に在らせける  1529:1509     ゆが1  なほ1 塵付かで歪める道を直く成して行く行く人を世に繼がんとや                      〔仕へば:宮カ〕  1530:1510 (ママ)                さ1  おほぬさ2                            そら1 はとしまんと思ひも見えぬ世にし有れば末に然こそは大幤の空  1531:1512 古りにける心こそ猶哀れなれ及ばぬ身にも世を思はする  1532:1511:(此一首宮カ二本ニテ補足ス)                     をさ1 深き山は苔むす岩を疊み上げて古りにし方を收めつるかな  1533:1513  無常十首      ちとせ2      うち1 はかなしな千年思ひし昔をも夢の中にて過ぎにけるには  1534:1514 ささがに2つらぬ1 蜘蛛の糸に貫く露の玉を掛けて飾れる世にこそ在りけれ  1535:1515 うつつ1    うつつ1 現をも現と更に思はねば夢をも夢と何か思はん  1536:1516 さ1           な1  あだ1 然らぬ亊も跡方無きを分きて何ど露を徒にも云ひも置きけん  1537:1517 ともしび2ちから1   と1    かか1 燈火の掲げ力も無く成りて留まる光を待つ我身かな  1538:1518  ひ1   うるほ1     いろくづ1         したた1 水干たる池に潤ふ滴りを命に頼む魚や誰れ  1539:1519 みぎは1               こも1 汀近く引き寄せらるる大網に幾瀬の物の命籠れり                     〔る:カ〕  1540:1520                       さ1 うらうらと死なんずるなと思ひ解けば心のやがて然ぞと答ふる  1541:1521        ゆくへ2 は1 さ1さ1 云ひ捨てて後の行方を思ひ果てば然て然は如何に浦島の箱  1542:1522     な1 世の中に亡くなる人を聞く度に思ひは知るを愚かなる身に  1543:1523  神祇十首  神樂二首 めづら1             あかぼし2 珍しな朝倉山の雲居より慕ひ出でたる明星の影  1544:1524                    かぐら2                      とねり2 名殘如何に返す返すも惜からん其駒に立つ神樂舎人は  1545:1525  賀茂二首 みたらし3 すす1   まて2ささ1みとひら3 御手洗に若菜滌ぎて宮人の眞手に捧げて御扉開くなり    〔我身:カ〕  1546:1526 長月の力合せに勝にける我が片岡を強く頼みて  1547:1527  男山二首      みつ2 (ママ)    かたき1                    らち1 今日の駒は御津のさそふを追ひてこそ敵を埓に掛けて通らめ  1548:1528  放生會 みこしをさ3   くだ1 おとかしこ2みやびと2      さき1 御輿長の聲先だてて下ります音畏まる神の宮人  1549:1529  熊野二首               むしたれいた3 み熊野の空しき亊は有らじかし苧埀板の運ぶ歩みは  1550:1530      くまのまうで3  こり2          しるし1 あらたなる熊野詣の驗をば氷の垢離に得べきなりけり  1551:1531  御裳裾二首    くま1            みもすそ3 初春を隈無く照す影を見て月に先づ知る御裳裾の岸  1552:1532 みもすそ3      こ1 御裳裾の岸の岩根に世を籠めて固め建てたる宮柱かな  1553:1533  釋教十首  きりきわうの夢の中に三首 惑ひてし心を誰も忘れつつ引代へらるなる亊の憂きかな  1554:1534                     せば1 きぬ1 引き引きに我がそてつると思ひける人の心や狹まくの衣       〔愛で:カ〕           〔は:カ〕  1555:1535 末の世の人の心を麿くべき玉をも塵に交ぜてけるかな  1556:1536  無量義經三首 さと1  のり1 と1           きは1 悟り廣き此法を先づ説き置きて二つ無しとは云ひ極めけり  1557:1537   つぼ1    え1   こ1     はじ1 山櫻蕾み初むる花の枝に春をば籠めて霞むなりけり  1558:1538                      あふ1 身に付きて燃ゆる思ひの消えましや涼しき風の扇がざりせば         (火)  1559:1539  千手經三首 花までは身に似ざるべし朽ち果てて枝も無き木の根をな枯らしそ  1560:1540                     ふさ1 誓ひ有りて願はん國へ行くべくは西の言葉に總ねたるかな  1561:1541      たなごころ1 なも2   ふさ1 さまざまに掌なる誓ひをば南無の言葉に總ねたるかな  1562:1542  又一首、此心を、楊梅の春の匂は、へんきちの功徳  なり。紫蘭の秋の色は、普賢菩薩の眞相なり           お1な1 野邊の色も春の匂ひも押し並べて心染めたる悟りにぞ成る  1563:1543  雜十首   おも1   たづ1           ひとこゑ2 澤の面に伏せたる鶴の一聲に驚かされて千鳥鳴くなり     〔し:カ〕  1564:1544 友に成りて同じ湊を出づる舟の行方も知らず漕ぎ別れぬる  1565:1545 瀧落つる吉野の奧の宮川の昔を見けん跡慕はばや  1566:1546 我園の岡邊に立てる一つ松を友と見つつ(も脱カ)老いにけるかな  1567:1547 さまざまの哀れ有りつる山里を人に傳へて秋の暮れける  1568:1548 やまがつ2     わた1   あ1  しづはら2 山賤の住みぬと見ゆる邊りかな冬に褪せ行く靜原の里  1569:1549               しら1 山里の心の夢に惑ひ居れば吹き白まかす風の音かな  1570:1550                    ただよ1                       な1 月をこそ眺めば心浮かれ出でめ闇なる空に漂ふや何ぞ  1571:1551 波高き蘆屋の沖を歸る船の亊無くて世を過ぎんとぞ思ふ  1572:1552 ささがに2 蜘蛛のいと世を斯くて過ぎにける人の人なる手にも掛からで   (糸)   (最)  End  親本::   書名:「流布本」元祿三年(1690)板行「六家集本」  底本::   書名:  日本古典全集第一回        長秋詠藻        山家和歌集   編纂者: 与謝野 寛        正宗 敦夫        与謝野 晶子   發行所: 日本古典全集刊行會   發行日: 昭和二年四月二十日  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P10-S   編集機: IBM ThinkPad s30 2639-42J   入力日: 2002年09月01日-2002年12月08日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2002年09月17日(0001〜0190)   校正日: 2002年10月02日(0191〜0360)   校正日: 2002年12月15日(0361〜0635)   校正日: 2003年01月21日(0635〜1572)