Title  山家集  Book  山家集 上  Subtitle  春  0001:  立つ春の朝よみける 年暮れぬ 春来べしとは 思ひ寝に まさしく見えて かなふ初夢  0002: 山の端の 霞むけしきに しるきかな 今朝よりやさは 春の曙  0003: 春立つと 思ひもあへぬ 朝出でに いつしか霞む 音羽山かな  0004: たちかはる 春を知れとも 見せ顔に 年をへだつる 霞なりけり  0005:  家々翫春といふこと かどことに 立つる小松に 飾られて 宿てふ宿に 春は来にけり  0006:  元日子日にて侍りけるに 子日して 立てたる松に 植ゑそへん 千代重ぬべき 年のしるしに  0007:  山里に春立つといふこと 山里は 霞みわたれる けしきにて そらにや春の 立つを知るらん  0008:  難波わたりに年越しに侍りけるに、春立つ心をよみける いつしかと 春来にけりと 津の国の 難波の浦を 霞こめたり  0009:  春になりける方違へに、志賀の里へまかりける人に具してまかりけるに、逢坂山の霞みけるを見て わきて今日 逢坂山の 霞めるは たち遅れたる 春や越ゆらん  0010:  題しらず 春知れと 谷の細水 洩りぞくる 岩間の氷ひま 絶えにけり  0011: 霞まずば なにをか春と 思はまし まだ雪消えぬ み吉野の山  0012:  海辺霞といふことを 藻塩焼く 浦のあたりは たちのかで 煙立ちそふ 春霞かな  0013:  同じ心を、伊勢に二見といふ所にて 波越すと 二見の松の 見えつるは 梢にかかる 霞なりけり  0014:  子日 春ごとに 野辺の小松を ひく人は 幾らの千代を 経べきなるらん  0015: 子日する 人に霞は さきだちて 小松が原を たなびきてけり  0016: 子日しに 霞たなびく 野辺に出でて 初うぐひすの 声を聞きつる  0017:  若菜に初子のあひたりければ、人の許へ申し遣はしける 若菜摘む 今日に初子の あひぬれば まつにや人の 心ひくらん  0018:  雪中若菜 今日はただ 思ひもよらで 帰りなん 雪つむ野辺の 若菜なりけり  0019:  若菜 春日野は 年の内には 雪つみて 春は若菜の 生ふるなりけり  0020:  雨中若菜 春雨の ふるのの若菜 生ひぬらし ぬれぬれ摘まん かたみたぬきれ  0021:  若菜によせて旧きを懐ふといふことを 若菜摘む 野辺の霞ぞ あはれなる 昔を遠く へだつと思へば  0022:  老人の若菜といふことを 卯杖つき 七種にこそ 老いにけれ 年を重ねて つめる若菜に  0023:  寄若菜述懐といふことを 若菜生ふる 春の野守に われなりて 憂き世を人に つみ知らせばや  0024:  寄鶯述懐 憂き身にて 聞くも惜しきは 鶯の 霞にむせぶ あけぼのの山  0025:  閑中鶯 鶯の 声ぞ霞に もれてくる 人めともしき 春の山里  0026:  雨中鶯 鶯の はるさめざめと なきゐたる 竹のしづくや 涙なるらん  0027:  住みける谷に、鶯の声せずなりければ 古巣うとく 谷の鶯 なりはてば われやかはりて なかんとすらん  0028: 鶯は 谷の古巣を 出でぬとも わがゆくへをば 忘れざらなん  0029: 鶯は われを巣守に たのみてや 谷の岡辺は 出でてなくらん  0030: 春のほどは わが住む庵の 友になりて 古巣な出でそ 谷の鶯  0031:  雉子を 萌え出づる 若菜あさると 聞ゆなり 雉子なく野の 春の曙  0032: 生ひかはる 春の若草 待ちわびて 原の枯野に 雉子なくなり  0033: 春の霞 家たち出でて 行きにけん 雉子たつ野を 焼きてけるかな  0034: 片岡に しば移りして 鳴く雉子 たつ羽音とて 高からぬかは  0035:  山家梅 香をとめん 人にこそ待て 山里の 垣根の梅の 散らぬかぎりは  0036: 心せん 賎が垣根の 梅はあやな よしなく過ぐる 人とどめけり  0037: この春は 賎が垣根に ふればひて 梅が香とめん 人親しまん  0038:  嵯峨に住みけるに、道を隔てて房の侍りけるより、梅の風に散りけるを 主いかに 風わたるとて いとふらん よそにうれしき 梅の匂ひを  0039:  庵の前なりける梅を見てよみける 梅が香を 谷ふところに 吹きためて 入り来ん人に 染めよ春風  0040:  伊勢に、もりやまと申す所に侍りけるに、庵に梅のかうばしく匂ひけるを 柴の庵に とくとく梅の 匂ひ来て やさしきかたも あるすみかかな  0041:  梅に鶯鳴きけるを 梅が香に たぐへて聞けば うぐひすの 声なつかしき 春の山里  0042: つくりおきし 苔のふすまに うぐひすは 身にしむ梅の 香や匂ふらん  0043:  旅の泊の梅 ひとり寝る 草の枕の 移り香は 垣根の梅の 匂ひなりけり  0044:  古砌梅 なにとなく のきなつかしき 梅ゆゑに 住みけん人の 心をぞ知る  0045:  山家春雨といふことを、大原にてよみけるに 春雨の 軒たれこむる つれづれに 人に知られぬ 人のすみかか  0046:  霞中帰雁 なにとなく おぼつかなきは 天の原 霞に消えて 帰る雁がね  0047: 雁がねは 帰る道にや 迷ふらん こしの中山 霞隔てて  0048:  帰雁 玉章の はしがきかとも 見ゆるかな 飛び遅れつつ 帰る雁がね  0049:  山家喚子鳥 山里へ 誰をまたこは よぶこ鳥 ひとりのみこそ 住まんと思ふに  0050:  苗代 苗代の 水を霞は たなびきて 打樋のうへに かくるなりけり  0051:  霞に月の曇れるを見て 雲なくて 朧なりとも 見ゆるかな 霞かかれる 春の夜の月  0052:  山家柳 山賎の 片岡かけて しむる庵の さかひに見ゆる 玉の小柳  0053:  雨中柳 なかなかに 風のほすにぞ 乱れける 雨に濡れたる 青柳の糸  0054:  柳乱風 見わたせば 左保の河原に 繰りかけて 風に撚らるる 青柳の糸  0055:  水辺柳 水底に 深き緑の 色見えて 風になみ寄る 川柳かな  0056:  待花忘他 待つにより 散らぬ心を 山桜 咲きなば花の 思ひ知らなん  0057:  独尋山花 誰かまた 花を尋ねて 吉野山 苔踏み分くる 岩つたふらん  0058:  待花 いまさらに 春を忘るる 花もあらじ やすく待ちつつ 今日も暮らさん  0059: おぼつかな いづれの山の 峰よりか 待たるる花の 咲きはじむらん  0060: 空に出でて いづくともなく 尋ぬれば 雲とは花の 見ゆるなりけり  0061: 雪とぢし 谷の古巣を 思ひ出でて 花にむつるる うぐひすの声  0062:  花の歌あまたよみけるに 吉野山 雲をはかりに 尋ね入りて 心にかけし花 を見るかな  0063: 思ひやる 心や花に ゆかざらん 霞こめたる み吉野の山  0064: おしなべて 花の盛りに なりにけり 山の端ごとに かかる白雲  0065: まがふ色に 花咲きぬれば 吉野山 春は晴れせぬ 峯の白雲  0066: 吉野山 こずゑの花を 見し日より 心は身にも そはずなりにき  0067: あくがるる 心はさても やまざくら 散りなんのちや 身にかへるべき  0068: 花見れば そのいはれとは なけれども 心のうちぞ 苦しかりける  0069: 白川の こずゑを見てぞ なぐさむる 吉野の山に 通ふ心を  0070: 白川の 春のこずゑの うぐひすは 花のことばを 聞く心地する  0071: ひきかへて 花見る春は 夜はなく 月見る秋は 昼なからなん  0072: 花散らで 月は曇らぬ よなりせば ものを思はぬ わが身ならまし  0073: たぐひなき 花をし枝に 咲かすれば 桜にならぶ 木ぞなかりける  0074: 身をわけて 見ぬこずゑなく 尽くさばや よろづの山の 花の盛りを  0075: 桜咲く 四方の山辺を 兼ぬるまに のどかに花を 見ぬ心地する  0076: 花に染む 心のいかで 残りけん 捨て果ててきと 思ふわが身に  0077: 願はくは 花のしたにて 春死なん そのきさらぎの 望月の頃  0078: 仏には 桜の花を たてまつれ わが後の世を 人とぶらはば  0079: なにとかや よに有り難き 名を得たる 花も桜に まさりしもせじ  0080: 山桜 霞のころも あつく着て この春だにも 風つつまなん  0081: 思ひやる 高嶺の雲の 花ならば 散らぬ七日は 晴れじとぞ思ふ  0082: 長閑なれ 心をさらに 尽くしつつ 花ゆゑにこそ 春は待ちしか  0083: 風越の 峯のつづきに 咲く花は いつ盛りとも なくや散るらん  0084: ならひありて 風さそふとも 山桜 尋ぬるわれを 待ちつけて散れ  0085: 裾野焼く 煙ぞ春は よしの山 花をへだつる 霞なりける  0086: 今よりは 花見ん人に 伝へおかん 世を遁れつつ 山に住まへと  0087:  しづかならんと思ひける頃、花見に人々まうで来たりければ 花見にと 群れつつ人の 来るのみぞ あたら桜の とがにはありける  0088: 花も散り 人も来ざらん をりはまた 山のかひにて 長閑なるべし  0089:  かき絶えこととはずなりにける人の、花見に山里へまうで来たりと聞きて、よみける 年を経て 同じこずゑに 匂へども 花こそ人に あかれざりけれ  0090:  花の下にて、月を見てよみける 雲にまがふ 花の下にて ながむれば 朧に月は 見ゆるなりける  0091:  春の曙花見けるに、鶯のなきければ 花の色や 声に染むらん うぐひすの 鳴く音ことなる 春のあけぼの  0092:  春は花を友といふことを、せか院の斎院にて人々よみけるに おのづから 花なき年の 春もあらば 何につけてか 日を暮らすべき  0093:  老見花といふことを 思ひ出でに 何をかせまし この春の 花待ちつけぬ わが身なりせば  0094:  ふる木の桜の所々咲きたるを見て わきて見ん 老木は花も あはれなり 今いくたびか 春にあふべき  0095:  屏風の絵を人々よみけるに、春の宮人群れて花見ける所に、よそなる人の見やりて立てりけるを 木のもとは 見る人しげし 桜花 よそにながめて 香をば惜しまん  0096:  山寺の花盛りなりけるに、昔を思ひ出でて 吉野山 ほきぢ伝ひに たづね入りて 花見し春は ひと昔かも  0097:  修行し侍りけるに、花のおもしろかりける所にて ながむるに 花の名立の 身ならずは この里にてや 春を暮らさん  0098:  熊野へまゐりけるに、八上の王子の花面白かりければ、社に書きつけける 待ち来つる 八上の桜 咲きにけり あらくおろすな みすの山風  0099:  せか院の花盛りなりける頃、としたかのもとよりいひ送られける おのづから 来る人あらば もろともに ながめまほしき 山桜かな  0100:  返し ながむてふ 数に入るべき 身なりせば 君が宿にて 春は経ぬべし  0101:  上西門院の女房法勝寺の花見侍りけるに、雨の降りて暮れにければ帰られにけり。またの日、兵衛の局の許へ、花のみゆき思ひ出でさせ給ふらんとおぼえて、かくなん申さまほしかりしとて、遣はしける 見る人に 花も昔を 思ひ出でて 恋しかるべし 雨にしをるる  0102:  返し いにしへを しのぶる雨と 誰か見ん 花もその世の 友しなければ  若き人々ばかりなん。老いにける身は風のわづらわしさにいとはるることにて、とありける、やさしく聞えけり  0103:  雨の降りけるに、花の下にて車たててながめける人に 濡るともと かげをたのみて おもひけん 人のあとふむ 今日にもあるかな  0104:  世を遁れて東山に侍りける頃、白川の花ざかりに人さそひければ、まかりて、帰りて昔思ひ出でて 散るを見で 帰る心や 桜花 昔にかはる しるしなるらん  0105:  山路落花 散り初むる 花の初雪 降りぬれば 踏み分けま憂き 志賀の山越え  0106:  落花の歌あまたよみけるに 勅とかや 下す帝の いませかし さらばおそれて 花や散らぬと  0107: 波もなく 風ををさめし 白川の 君のをりもや 花は散りけん  0108: いかでわれ この世のほかの 思ひ出でに 風をいとはで 花をながめん  0109: 年を経て 待つも惜しむも 山桜 心を春は 尽くすなりけり  0110: 吉野山 谷へたなびく 白雲は 峯の桜の 散るにやあるらん  0111: 吉野山 峯なる花は いづかたの 谷にか分きて 散りつもるらん  0112: 山おろしの 木のもと埋む 春の雪は 岩井に浮くも 氷とぞ見る  0113: 春風の 花の吹雪に 埋まれて ゆきもやられぬ 志賀の山路  0114: 立ちまがふ 峯の雲をば はらふとも 花を散らさぬ 嵐なりせば  0115: 吉野山 花吹き具して 峯越ゆる 嵐は雲と よそに見ゆらん  0116: 惜しまれぬ 身だにも世には あるものを あなあやにくの 花の心や  0117: 憂き世には 留め置かじと 春風の 散らすは花を 惜しむなりけり  0118: もろともに われをも具して 散りね花 憂き世をいとふ 心ある身ぞ  0119: 思へただ 花の散りなん 木のもとに 何をかげにて わが身住みなん  0120: ながむとて 花にもいたく 馴れぬれば 散る別れこそ 悲しかりけれ  0121: 惜しめども 思ひげもなく あだに散る 花は心ぞ かしこかりける  0122: 梢ふく 風の心は いかがせん したがふ花の 恨めしきかな  0123: いかでかは 散らであれとも 思ふべき しばしと慕ふ 歎き知れ花  0124: 木のもとの 花に今宵は 埋もれて あかぬ梢を 思ひあかさん  0125: 木のもとに 旅寝をすれば 吉野山 花のふすまを 着する春風  0126: 雪と見えて 風に桜の 乱るれば 花の笠きる 春の夜の月  0127: 散る花を 惜しむ心や とどまりて また来ん春の たねになるべき  0128: 春ふかみ 枝もゆるがで 散る花は 風のとがには あらぬなるべし  0129: あながちに 庭をさへはく 嵐かな さこそ心に 花をまかせめ  0130: あだに散る さこそ梢の 花ならめ 少しは残せ 春の山風  0131: 心得つ ただ一筋に 今よりは 花を惜しまで 風をいとはん  0132: 吉野山 桜にまがふ 白雲の 散りなん後は 晴れずもあらなん  0133: 花と見ば さすが情を かけましを 雲とて風の はらふなるべし  0134: 風さそふ 花のゆくへは 知らねども 惜しむ心は 身にとまりけり  0135: 花ざかり 梢をさそふ 風なくて のどかに散らす 春にあはばや  0136:  庭花似波といふことを 風あらみ 梢の花の 流れ来て 庭に波立つ 白川の里  0137:  白川の花、庭おもしろかりけるを見て あだに散る 梢の花を ながむれば 庭には消えぬ 雪ぞつもれる  0138:  高野に籠りたりける頃、草の庵に花の散り積みければ 散る花の 庵の上を ふくならば 風入るまじく めぐりかこはん  0139:  夢中落花といふことを、せか院の斎院にて、人々よみけるに 春風の 花を散らすと 見る夢は さめても胸の さわぐなりけり  0140:  風前落花 山桜 枝きる風の 名残りなく 花をさながら わがものにする  0141:  雨中落花 梢うつ 雨にしをれて 散る花の 惜しき心を 何にたとへん  0142:  遠山残花 吉野山 ひとむら見ゆる 白雲は 咲き遅れたる 桜なるべし  0143:  花歌十五首よみけるに 吉野山 人に心を つけ顔に 花よりさきに かかる白雲  0144: 山寒み 花咲くべくも なかりけり あまりかねても たづね来にける  0145: かたばかり つぼむと花を 思ふより そそまた心 ものになるらん  0146: おぼつかな 谷は桜の いかならん 峯にはいまだ かけぬ白雲  0147: 花ときくは 誰もさこそは うれしけれ 思ひしづめぬ わが心かな  0148: 初花の ひらけはじむる 梢より そばへて風の わたるなりけり  0149: おぼつかな 花は心の 春にのみ いづれの年か うかれ初めけん  0150: いざ今年 散れと桜を 語らはん なかなかさらば 風や惜しむと  0151: 風吹くと 枝を離れて 落つまじく 花とぢつけよ 青柳の糸  0152: 吹く風の なめて梢に あたるかな かばかり人の 惜しむ桜に  0153: なにとかく あだなる春の 色をしも 心に深く 染めはじめけん  0154: 同じ身の 珍しからず 惜しめばや 花も変らず 咲けば散るらん  0155: 峯に散る 花は谷なる 木にぞ咲く いたくいとはじ 春の山風  0156: 山おろしに 乱れて花の 散りけるを 岩離れたる 滝と見たれば  0157: 花も散り 人も都へ 帰りなば 山さびしくや ならんとすらん  0158:  散りて後花を思ふといふことを 青葉さへ 見れば心の とまるかな 散りにし花の 名残り思へば  0159:  菫 跡たえて 浅茅しげれる 庭の面に 誰分け入りて すみれ摘みてん  0160: 誰ならん 荒田の畔に すみれ摘む 人は心の わりなかるべし  0161:  早蕨 なほざりに やき捨てし野の さわらびは 折る人なくて ほどろとやなる  0162:  燕子花 沼水に しげる真菰の わかれぬを 咲き隔てたる かきつばたかな  0163:  山路躑躅 岩伝ひ 折らでつつじを 手にぞ取る 嶮しき山の とりどころには  0164:  躑躅山の光たり つつじ咲く 山の岩かげ 夕映えて をぐらはよその 名のみなりけり  0165:  山吹 岸近み 植ゑけん人ぞ 恨めしき 波に折らるる 山吹の花  0166: 山吹の 花咲く里に なりぬれば ここにも井手と 思ほゆるかな  0167:  蛙 真菅生ふる 山田に水を まかすれば うれし顔にも 鳴くかはづかな  0168: みさびゐて 月も宿らぬ 濁江に われすまんとて かはづ鳴くなり  0169:  春のうちに郭公を聞くといふことを うれしとも 思ひぞわかぬ ほととぎす 春聞くことの ならひなければ  0170:  伊勢にまかりたりけるに、三津と申す所にて、海辺暮といふことを神主どもよみけるに 過ぐる春 しほのみつより 舟出して 波の花をや 先に立つらん  0171:  三月一日足らで暮れにけるによみける 春ゆゑに せめてもものを 思へとや みそかにだにも 足らで暮れぬる  0172: 今日のみと 思へばながき 春の日も 程なく暮るる 心地こそすれ  0173: ゆく春を 留めかねぬる 夕暮は 曙よりも あはれなりけり  Subtitle  夏  0174: かぎりあれば 衣ばかりは ぬぎかへて 心は春を 慕ふなりけり  0175:  夏歌中に 草しげる 道刈りあけて 山里は 花見し人の 心をぞ知る  0176:  水の辺の卯の花 立田河 岸の籬を 見わたせば 井堰の波に まがふ卯の花  0177:  夜の卯の花 まがふべき 月なき頃の 卯の花は 夜さへさらす 布かとぞ見る  0178:  社頭卯花 神垣の あたりに咲くも 便りあれや 木綿かけたりと 見ゆる卯の花  0179:  無言なりける頃、郭公の初声を聞きて ほととぎす 人に語らぬ 折にしも 初音聞くこそか ひなかりけれ  0180:  たづねざるに郭公を聞くといふことを、賀茂社にて人々よみける ほととぎす 卯月の忌に 忌こもるを 思ひ知りても 来鳴くなるかな  0181:  夕暮の郭公 里馴るる たそがれどきの ほととぎす 聞かず顔にて また名乗らせん  0182:  郭公 わが宿に 花橘を 植ゑてこそ 山ほととぎす 待つべかりけれ  0183: たづぬれば 聞きがたきかと ほととぎす 今宵ばかりは 待ちこころみん  0184: ほととぎす 待つ心のみ 尽くさせて 声をば惜しむ 五月なりけり  0185:  人に代りて 待つ人の 心を知らば ほととぎす たのもしくてや 夜をあかさまし  0186:  郭公を待ちて空しく明けぬといふことを ほととぎす 聞かで明けぬと 告げ顔に 待たれぬとりの 音ぞ聞ゆなる  0187: ほととぎす 聞かで明けぬる 夏の夜の 浦島の子は まことなりけり  0188:  郭公歌五首よみけるに ほととぎす 聞かぬものゆゑ 迷はまし 春をたづねぬ 山路なりせば  0189: 待つことは 初音までかと 思ひしに 聞きふるされぬ ほととぎすかな  0190: 聞き送る 心を具して 郭公 高間の山の 峯越えぬなり  0191: 大堰川 小倉の山の 郭公 井堰に声の とまらましかば  0192: ほととぎす そののち越えん 山路にも 語らふ声は 変らざらなん  0193:  郭公を ほととぎす 思ひもわかぬ ひと声を 聞きつといかが 人に語らん  0194: ほととぎす いかばかりなる 契りにて 心つくさで 人の聞くらん  0195: 語らひし その夜の声は ほととぎす いかなるよにも 忘れんものか  0196: 郭公 花橘は にほふとも 身をうの花の 垣根忘れな  0197:  雨中待郭公といふことを ほととぎす しのぶ卯月も 過ぎにしを なほ声惜しむ 五月雨の空  0198:  雨中郭公 五月雨の 晴れ間も見えぬ 雲路より 山ほととぎす 鳴きて過ぐなり  0199:  山寺郭公、人々よみける ほととぎす 聞くにとてしも 籠らねど 初瀬の山は たよりありけり  0200:  五月つごもりに、山里にまかりてたち帰りけるを、郭公もすげなく聞き捨てて帰りしことなど、人の申し遣はしたりける返事に ほととぎす 名残りあらせて 帰りしが 聞き捨つるにも なりにけるかな  0201:  題知らず 空はれて 沼の水嵩を 落さずば あやめもふかぬ 五月なるべし  0202:  高野の中院と申す所に、菖蒲ふきたる坊の侍りけるに、桜の散りけるが珍らしくおぼえて、よみける 桜散る 宿をかざれる あやめをば はなさうぶとや いふべかるらん  0203:  坊なる稚児これを聞きて 散る花を 今日のあやめの 根にかけて 薬玉ともや いふべかるらん  0204:  さる事ありて、人のもの申し遣はしたりける返事に、五日 折にあひて 人にわが身や ひかれまし 筑摩の沼の あやめなりせば  0205:  五月五日、山寺へ人の今日いる物なればとて、しやうぶを遣はしたりける返事に 西にのみ 心ぞかかる あやめ草 このよばかりの 宿と思へば  0206: みな人の 心のうきは あやめ草 西に思ひの ひかぬなりけり  0207:  五月雨 水たたふ 岩間の真菰 刈りかねて むなでに過ぐる 五月雨の頃  0208: 五月雨に 水まさるらし うち橋や 蜘蛛手にかかる 波の白糸  0209: 五月雨は いはせく沼の 水深み わけし石間の 通ひどもなし  0210: 小笹しく ふるさと小野の 道のあとを また沢になす 五月雨の頃  0211: つくづくと 軒の雫を ながめつつ 日をのみ暮らす 五月雨の頃  0212: 東屋の 小萱が軒の 糸水に 玉ぬきかくる 五月雨の頃  0213: 五月雨に 小田の早苗や いかならん 畔の〓土 あらひこされて  *〓(泥/土)土:うきつち  0214: 五月雨の 頃にしなれば 荒小田に 人もまかせぬ 水たたひけり  0215:  或る所に、五月雨の歌十五首よみ侍りしに、人に代りて 五月雨に 干すひまなくて 藻塩草 煙も立てぬ 浦のあま人  0216: 水無瀬川 をちの通路 水満ちて 舟渡りする 五月雨の頃  0217: 広瀬川 渡りの沖の みをじるし 水嵩ぞ深き 五月雨の頃  0218: はやせ川 つなでの岸を 沖に見て のぼりわづらふ 五月雨の頃  0219: 水わくる 難波堀江の なかりせば いかにかせまし 五月雨の頃  0220: 舟すゑし みなとの蘆間 棹立てて 心ゆくらん 五月雨の頃  0221: 水底に 敷かれにけりな さみだれて 御津の真菰を 刈りに来たれば  0222: 五月雨の 小止む晴れ間の なからめや 水の嵩ほせ 真菰刈る舟  0223: 五月雨に 佐野の舟橋 浮きぬれば 乗りてぞ人は さし渡るらん  0224: 五月雨の 晴れぬ日数の ふるままに 沼の真菰は 水隱れにけり  0225: 水なしと 聞きてふりにし 勝間田の 池あらたむる 五月雨の頃  0226: 五月雨は 行くべき道の あてもなし 小笹が原も うきにながれて  0227: 五月雨は 山田の畔の 滝まくら 数を重ねて 落つるなりけり  0228: 川ばたの 淀みにとまる 流れ木の 浮橋渡す 五月雨の頃  0229: 思はずに あなづりにくき 小川かな 五月の雨に 水まさりつつ  0230:  となりの泉 風をのみ 花なき宿は まちまちて 泉の末を また掬ぶかな  0231:  水辺納涼といふことを北白川にてよみける 水の音に 暑さ忘るる まとゐかな 梢の蝉の 声もまぎれて  0232:  深山水鶏 杣人の 暮に宿かる ここちして 庵をたたく 水鶏なりけり  0233:  題知らず 夏山の 夕下風の 涼しさに 楢の木蔭の たたま憂きかな  0234:  撫子 かき分けて 折れば露こそ こぼれけれ 浅茅にまじるなでしこの花  0235:  雨中撫子 露おもみ 園のなでしこ いかならん あらく見えつる 夕立の空  0236:  夏野草 みまくさに 原の小薄 しがふとて 臥所あせぬと 鹿思ふらん  0237:  旅行草深といふことを 旅人の 分くる夏野の 草しげみ 葉末に菅の 小笠はづれて  0238: 雲雀あがる 大野の茅原 夏来れば 涼む木蔭を たづねてぞ行く  0239:  照射 照射する 火串の松も かへなくに しかめあはせで あかす夏の夜  0240:  題知らず 夏の夜は 篠の小竹の 節近み そよやほどなく 明くるなりけり  0241: 夏の夜の 月見ることや なかるらん 蚊遣火たつる 賎の伏屋は  0242:  海辺夏月 露の散る 蘆の若葉に 月さえて 秋をあらそふ 難波江の浦  0243:  泉にむかひて月を見るといふことを 掬びあぐる 泉にすめる 月影は 手にもとられぬ 鏡なりけり  0244: 掬ぶ手に 涼しき影を 慕ふかな 清水に宿る 夏の夜の月  0245:  夏月歌よみけるに 夏の夜も 小笹が原に 霜ぞ置く 月の光の さえしわたれば  0246: 山川の 岩にせかれて 散る波を 霰と見する 夏の夜の月  0247:  池上夏月 かげさえて 月しもことに すみぬれば 夏の池にも つららゐにけり  0248:  蓮満池といふことを おのづから 月宿るべき ひまもなく 池に蓮の 花咲きにけり  0249:  雨中夏月 夕立の 晴るれば月ぞ 宿りける 玉ゆり据うる 蓮の浮葉に  0250:  涼風如秋 まだきより 身にしむ風の けしきかな 秋先立つる み山辺の里  0251:  松風如秋といふことを、北白川なる所にて人々よみて、また水声有秋と言ふことをかさねけるに 松風の 音のみならず 石走る 水にも秋は ありけるものを  0252:  山家待秋 山里は そとものまくさ 葉をしげみ 裏吹きかへす 秋を待つかな  0253:  六月祓 禊して 幣きりながす 河の瀬に やがて秋めく 風ぞ涼しき  Subtitle  秋  0254:  山家初秋 さまざまの あはれをこめて 梢ふく 風に秋知る み山辺の里  0255:  山居初秋 秋立つと 人は告げねど 知られけり み山のすその 風のけしきに  0256:  常盤の里にて、初秋月といふことを人々よみけるに 秋立つと 思ふに空も ただならで われて光を わけん三日月  0257:  初めの秋頃、鳴尾と申す所にて、松風の音を聞きて 常よりも 秋になるをの 松風は わきて身にしむ 心地こそすれ  0258:  七夕 急ぎ起きて 庭の小草の 露踏まん やさしき数に 人や思ふと  0259: 暮れぬめり 今日待ちつけて 七夕は うれしきにもや 露こぼるらん  0260: 天の川 今日の七日は ながき世の ためしにも引き 忌みもしつべし  0261: 船寄する 天の川辺の 夕暮は 涼しき風や 吹きわたるらん  0262: 待ちつけて うれしかるらん 七夕の 心のうちぞ 空に知らるる  0263:  蜘蛛のいかきけるを見て ささがにの 蜘蛛手にかけて 引く糸や けふ七夕に かささぎの橋  0264:  草花路を遮ぎるといふことを 夕露を 払へば袖に たま消えて 路分けかぬる 小野の萩原  0265:  野径 末葉吹く 風は野も狭に わたるとも 荒くは分けじ 萩の下露  0266:  草花得時といふことを いとすすき 縫はれて鹿の 臥す野辺に ほころびやすき 藤袴かな  0267:  行路草花 折らで行く 袖にも露ぞ こぼれける 萩の葉しげき 野辺の細道  0268:  霧中草花 穂に出づる み山がすその むらすすき 籬に籠めて かこふ秋霧  0269:  終日見野花 乱れ咲く 野辺の萩原 分け暮れて 露にも袖を 染めてけるかな  0270:  萩満野 咲きそはん 所の野辺に あらばやは 萩よりほかの 花も見るべき  0271:  萩満野亭 分けて入る 庭しもやがて 野辺なれば 萩の盛りを わがものに見る  0272:  野萩似錦 今日ぞ知る その江に洗ふ 唐錦 萩咲く野辺に 有りけるものを  0273:  草花を 茂りゆきし 原の下草 尾花出でて 招くは誰を 慕ふなるらん  0274:  薄当道繁 花薄 心あてにぞ 分けてゆく ほの見し道の 跡しなければ  0275:  古籬苅萱 籬荒れて 薄ならねど 苅萱も しげき野辺とも なりにけるものを  0276:  女郎花 をみなへし 分けつる野辺と 思はばや 同じ露にし 濡ると見てそは  0277: をみなへし 色めく野辺に ふればはん 袂に露や こぼれかかると  0278:  草花露重 今朝見れば 露のすがるに 折れ伏して 起きも上がらぬ をみなへしかな  0279: おほかたの 野辺の露には しをるれど わが涙なき をみなへしかな  0280:  女郎花帯露 花が枝に 露の白玉 貫きかけて 折る袖濡らす をみなへしかな  0281: 折らぬより 袖ぞ濡れぬる をみなへし 露むすぼれて 立てるけしきに  0282:  水辺女郎花 池の面に 影をさやかに うつしても 水鏡見る をみなへしかな  0283: たぐひなき 花の姿を をみなへし 池の鏡に うつしてぞ見る  0284:  女郎花水近 をみなへし 池のさなみに 枝ひぢて もの思ふ袖の 濡るる顔なる  0285:  荻 思ふにも 過ぎてあはれに 聞ゆるは 荻の葉乱る 秋の夕風  0286: おしなべて 木草の末の 原までに なびきて秋の あはれ見えけり  0287:  荻風払露 牡鹿伏す 萩咲く野辺の 夕露を しばしもためぬ 荻の上風  0288:  隣夕荻風 あたりまで あはれ知れとも 言ひ顔に 荻の音こす 秋の夕風  0289:  秋歌中に 吹きわたす 風にあはれを ひとしめて いづくもすごき 秋の夕暮  0290: おぼつかな 秋はいかなる ゆゑのあれば すずろにものの 悲しかるらん  0291: なにごとを いかに思ふと なけれども 袂かわかぬ 秋の夕暮  0292: なにとなく もの悲しくぞ 見えわたる 鳥羽田の面の 秋の夕暮  0293:  野亭秋夜 寝覚めつつ 長きよかなと いはれ野に 幾秋さても わが身経ぬらん  0294:  露を おほかたの 露には何の なるならん 袂に置くは 涙なりけり  0295:  山里に人々まかりて、秋の歌よみけるに 山里の そともの岡の 高き木に そぞろがましき 秋蝉の声  0296:  人々秋歌十首よみけるに 玉に貫く 露はこぼれて 武蔵野の 草の葉むすぶ 秋の初風  0297: 穂に出でて 篠のをすすき 招く野に たはれて立てる をみなへしかな  0298: 花をこそ 野辺のものとは 見に来つれ 暮るれば虫の 音をも聞きけり  0299: 荻の葉を 吹き過ぎて行く 風の音に 心乱るる 秋の夕暮  0300: はれやらぬ み山の霧の たえだえに ほのかに鹿の 声きこゆなり  0301: かねてより 梢の色を 思ふかな 時雨はじむる み山辺の里  0302: 鹿の音を 垣根にこめて 聞くのみか 月もすみけり 秋の山里  0303: 庵にもる 月の影こそ さびしけれ 山田は引板の 音ばかりして  0304: わづかなる 庭の小草の 白露を もとめて宿る 秋の夜の月  0305: なにとかく 心をさへは つくすらん わが歎きにて 暮るる秋かは  0306:  月 秋の夜の 空に出づてふ 名のみして 影ほのかなる 夕月夜かな  0307: 天の原 月たけのぼる 雲路をば わきても風の 吹きはらはなん  0308: うれしとや 待つ人ごとに 思ふらん 山の端出づる 秋の夜の月  0309: なかなかに 心つくすも 苦しきに 曇らば入りね 秋の夜の月  0310: いかばかり うれしからまし 秋の夜の 月すむ空に 雲なかりせば  0311: 播磨潟 灘の深沖に 漕ぎ出でて あたり思はぬ 月をながめん  0312: いさよはで 出づるは月の うれしくて 入る山の端は つらきなりけり  0313: 水の面に 宿る月さへ 入りぬるは 池の底にも 山やあるらん  0314: 慕はるる 心やゆくと 山の端に しばしな入りそ 秋の夜の月  0315: 明くるまで 宵より空に 雲なくて またこそかかる 月見ざりつれ  0316: 浅茅原 葉末の露の 玉ごとに 光つらぬく 秋の夜の月  0317: 秋の夜の 月を雪かと まがふれば 露も霰の 心地こそすれ  0318:  閑待月 月ならで さし入る影の なきままに 暮るるうれしき 秋の山里  0319:  海辺月 清見潟 月すむ空の 浮雲は 富士の高嶺の 煙なりけり  0320:  池上月 水銹ゐぬ 池の面の 清ければ 宿れる月も めやすかりけり  0321:  同じ心を、遍照寺にて、人々よみけるに 宿しもつ 月の光の ををしさは いかにいへども 広沢の池  0322: 池にすむ 月にかかれる 浮雲は 払ひ残せる 水銹なりけり  0323:  月似池氷 水なくて こほりぞしたる 勝間田の 池あらたむる 秋の夜の月  0324:  名所月 清見潟 沖の岩越す 白波に 光をかはす 秋の夜の月  0325: なべてなほ 所の名をや 惜しむらん 明石はわきて 月のさやけき  0326:  海辺明月 難波潟 月の光に うらさえて 波の面に 氷をぞ敷く  0327:  月前遠望 くまもなき 月の光に さそはれて 幾雲居まで ゆく心ぞも  0328:  終夜見月 誰来なん 月の光に さそはれて と思ふに夜半の 明けぬなるかな  0329:  八月十五夜 山の端を 出づる宵より しるきかな 今宵しらする 秋の夜の月  0330: 数へねど 今宵の月の けしきにて 秋のなかばを 空にしるかな  0331: 天の川 名に流れたる かひありて 今宵の月は ことに澄みけり  0332: さやかなる 影にてしるし 秋の月 十夜にあまれる 五日なりけり  0333: うちつけに また来ん秋の 今宵まで 月ゆゑ惜しく なる命かな  0334: 秋はただ 今宵一夜の 名なりけり 同じ雲居に 月はすめども  0335: 老いもせぬ 十五の年も あるものを 今宵の月の かからましかば  0336:  くもれる十五夜を 月見れば 影なく雲に つつまれて 今宵ならずば 闇に見えまし  0337:  月歌あまたよみけるに 入りぬとや あづまに人は 惜しむらん 都に出づる 山の端の月  0338: 待ち出でて 隈なき宵の 月見れば 雲ぞ心に まづかかりける  0339: 秋風や 天つ雲居を はらふらん 更けゆくままに 月のさやけき  0340: いづくとて あはれならずは なけれども 荒れたる宿ぞ 月はさびしき  0341: 蓬わけて 荒れたる庭の 月見れば 昔すみけん 人ぞ恋しき  0342: 身にしみて あはれ知らする 風よりも 月にぞ秋の 色はありける  0343: 虫の音に かれゆく野辺の 草むらに あはれをそへて すめる月かげ  0344: 人も見ぬ よしなき山の 末までに すむらん月の かげをこそ思へ  0345: 木の間洩る 有明の月を ながむれば さびしさそふる 峯の松風  0346: いかにせん かげをば袖に 宿せども 心の澄めば 月の曇るを  0347: くやしくも 賎の伏屋と おとしめて 月のもるをも 知らで過ぎける  0348: あばれたる 草の庵に もる月を 袖にうつして ながめつるかな  0349: 月を見て 心うかれし いにしへの 秋にもさらに めぐりあひぬる  0350: なにごとも 変りのみゆく 世の中に 同じ影にて すめる月かな  0351: 夜もすがら 月こそ袖に 宿りけれ 昔の秋を 思ひ出づれば  0352: ながむれば ほかの影こそ ゆかしけれ 変らじものを 秋の夜の月  0353: ゆくへなく 月に心の すみすみて 果はいかにか ならんとすらん  0354: 月影の かたぶく山を ながめつつ 惜しむしるしや 有明の空  0355: ながむるも まことしからぬ 心地して よにあまりたる 月の影かな  0356: 行末の 月をば知らず 過ぎ来つる 秋またかかる 影はなかりき  0357: まこととも 誰か思はん ひとり見て 後に今宵の 月を語らば  0358: 月のため 昼と思ふが かひなきに しばし曇りて 夜をしらせよ  0359: 天の原 あさひ山より 出づればや 月の光の 昼にまがへる  0360: 有明の 月の頃にし なりぬれば 秋は夜なき 心地こそすれ  0361: なかなかに 時々雲の かかるこそ 月をもてなす かざりなりけれ  0362: 雲はるる 嵐の音は 松にあれや 月もみどりの 色にはえつつ  0363: さだめなく 鳥や鳴くらん 秋の夜の 月の光を 思ひまがへて  0364: 誰もみな ことわりとこそ 定むらめ 昼をあらそふ 秋の夜の月  0365: 影さえて まことに月の あかき夜は 心も空に うかれてぞすむ  0366: くまもなき 月の面に 飛ぶ雁の 影を雲かと まがへつるかな  0367: ながむれば いなや心の 苦しきに いたくな澄みそ 秋の夜の月  0368: 雲も見ゆ 風もふくれば 荒くなる のどかなりつる 月の光を  0369: もろともに 影を並ぶる 人もあれや 月の洩りくる 笹の庵に  0370: なかなかに 曇ると見えて 晴るる夜の 月は光の そふ心地する  0371: うき雲の 月の面に かかれども はやく過ぐるは うれしかりけり  0372: 過ぎやらで 月近くゆく うき雲の ただよふ見るは わびしかりけり  0373: 厭へども さすがに雲の うち散りて 月のあたりを 離れざりけり  0374: 雲はらふ あらしに月の みがかれて 光得て澄む 秋の空かな  0375: くまもなき 月の光を ながむれば まづ姨捨の 山ぞ恋しき  0376: 月冴ゆる あかしの瀬戸に 風ふけば こほりの上に たたむ白波  0377: 天の原 おなじ岩戸を 出づれども 光ことなる 秋の夜の月  0378: かぎりなく 名残り惜しきは 秋の夜の 月にともなふ 曙の空  0379:  九月十三夜 今宵はと 心得顔に すむ月の 光もてなす 菊の白露  0380: 雲きえし 秋のなかばの 空よりも 月は今宵ぞ 名におへりける  0381:  後九月、月をもてあそぶといふことを 月見れば 秋加はれる 年はまた あかぬ心も そらにぞありける  0382:  月照滝 雲消ゆる 那智のたかねに 月たけて 光をぬける 滝の白糸  0383:  久待月 出でながら 雲にかくるる 月影を 重ねて待つや ふたむらの山  0384:  雲間待月 秋の夜の いさよふ山の 端のみかは 雲の絶え間も 待たれやはせぬ  0385:  月前薄 惜しむ夜の 月にならひて 有明の 入らぬをまねく 花薄かな  0386: 花薄 月の光に まがはまし 深きますほの 色に染めずば  0387:  月前荻 月すむと 荻植ゑざらん 宿ならば あはれすくなき 秋にやあらまし  0388:  月照野花 月なくば 暮は宿へや 帰らまし 野辺には花の 盛りなりとも  0389:  月前野花 花のころを 影にうつせば 秋の夜の 月も野守の 鏡なりけり  0390:  月前草花 月の色を 花に重ねて をみなへし うは裳の下に 露をかけたる  0391: 宵の間の 露にしをれて をみなへし 有明の月の 影にたはるる  0392:  月前女郎花 庭さゆる 月なりけりな をみなへし 霜にあひぬる 花と見たれば  0393:  月前虫 月のすむ 浅茅にすだく きりぎりす 露の置くにや 秋を知るらん  0394: 露ながら こぼさで折らん 月影に 小萩が枝の まつ虫の声  0395:  深夜聞蛬 わがよとや 更けゆく空を 思ふらん 声も休まぬ きりぎりすかな  0396:  田家月 夕露の 玉しく小田の いな筵 かぶす穂末に 月ぞすみける  0397:  月前鹿 たぐひなき 心地こそすれ 秋の夜の 月すむ峯の 小牡鹿の声  0398:  月前紅葉 木の間洩る 有明の月の さやけきに 紅葉をそへて ながめつるかな  0399:  霧隔月 立田山 月すむ峯の かひぞなき ふもとに霧の 晴れぬかぎりは  0400:  月前懐旧 いにしへを 何につけてか 思ひ出でん 月さへ曇る 夜ならましかば  0401:  寄月述懐 世の中の 憂きをも知らで すむ月の かげはわが身の 心地こそすれ  0402: 世の中は 曇りはてぬる 月なれや さりともと見し 影も待たれず  0403: いとふよも 月すむ秋に なりぬれば ながらへずばと 思ふなるかな  0404: さらぬだに うかれてものを 思ふ身の 心をさそふ 秋の夜の月  0405: 捨てて往にし 憂き世に月の すまであれな さらば心の 留らざらまし  0406: あながちに 山にのみすむ 心かな 誰かは月の 入るを惜しまぬ  0407:  春日にまゐりたりけるに、常よりも月あかくて、あはれなりければ ふりさけし 人の心ぞ 知られぬる 今宵三笠の 月をながめて  0408:  月明寺辺 昼と見ゆる 月に明くるを 知らましや 時つく鐘の 音せざりせば  0409:  人々住吉にまゐりて、月をもてあそびけるに かたそぎの ゆきあはぬ間より 洩る月や 冴えてみ袖の 霜に置くらん  0410: 波にやどる 月をみぎはに 揺り寄せて 鏡に懸くる 住吉の岸  0411:  旅まかりける泊りにて あかずのみ 都にて見し 影よりも 旅こそ月は あはれなりけれ  0412: 見しままに 姿も影も かはらねば 月ぞ都の かたみなりける  0413:  旅宿思月 月はなほ 夜な夜なごとに 宿るべし わが結びおく 草の庵に  0414:  心ざすことありて安芸の一宮へまゐりけるに、たかとみの浦と申す所に、風に吹きとめられて、程経にけり。苫葺きたる庵より月の洩りくるを見て 波の音を 心にかけて 明かすかな 苫洩る月の かげを友にて  0415:  まゐりつきて、月いと明かくて、あはれにおぼえければ もろともに 旅なる空に 月も出でて すめばや影の あはれなるらん  0416:  旅宿月 あはれしる 人見たらばと 思ふかな 旅寝の床に 宿る月影  0417: 月宿る 同じうき寝の 波にしも 袖しをるべき ちぎり有りける  0418: 都にて 月をあはれと 思ひしは 数よりほかの すさびなりけり  0419:  船中初雁 沖かけて 八重の潮路を ゆく船は ほのかにぞ聞く 初雁の声  0420:  朝聞雁 横雲の 風にわかるる しののめに 山飛び越ゆる 初雁の声  0421:  入夜聞雁 烏羽に 書く玉章の 心地して 雁なきわたる 夕闇の空  0422:  雁声遠近 白雲を つばさにかけて ゆく雁の かど田の面の 友慕ふなり  0423:  霧中雁 玉章の つづきは見えで 雁がねの 声こそ霧に 消たれざりけれ  0424:  霧上雁 空色の こなたをうらに たつ霧の おもてに雁の かける玉章  0425:  霧 うづら鳴く をりにしなれば 霧こめて あはれさびしき 深草の里  0426:  霧隔行客 名残り多き むつごと尽きで 帰り行く 人をば霧も たち隔てけり  0427:  山家霧 たちこむる 霧の下に もうづもれて 心晴れせぬ み山辺の里  0428: よをこめて 竹の編戸に たつ霧の 晴ればやがてや あけんとすらん  0429:  鹿 しだり咲く 萩の古枝に 風かけて すがひすがひに 牡鹿なくなり  0430: 萩が枝の 露ためず吹く 秋風に 牡鹿なくなり 宮城野の原  0431: 夜もすがら 妻恋ひかねて なく鹿の 涙や野辺の 露となるらん  0432: さらぬだに 秋はもののみ 悲しきを 涙もよほす 小牡鹿の声  0433: 山颪に 鹿の音たぐふ 夕暮に もの悲しとは 言ふにやあるらん  0434: 鹿もわぶ 空のけしきも しぐるめり 悲しかれとも なれる秋かな  0435: なにとなく 住ままほしくぞ 思ほゆる しかあはれなる 秋の山里  0436:  小倉の麓に住み侍りけるに、鹿のなきけるを聞きて 牡鹿なく 小倉の山の すそ近み ただひとりすむ わが心かな  0437:  暁鹿 夜を残す 寝覚に聞くぞ あはれなる 夢野の鹿も かくやなくらん  0438:  夕聞鹿 篠原や 霧にまがひて なく鹿の 声かすかなる 秋の夕暮  0439:  幽居聞鹿 隣ゐぬ 原の仮屋に あかす夜は しかあはれなる ものにぞありける  0440:  田庵鹿 小山田の 庵近くなく 鹿の音に おどろかされて おどろかすかな  0441:  人を尋ねて、小野にまかりたりけるに、鹿の鳴きければ 鹿の音を 聞くにつけても すむ人の 心知らるる 小野の山里  0442:  独聞擣衣 ひとり寝の 夜寒になるに かさねばや 誰がために擣つ 衣なるらん  0443:  隔里擣衣 小夜衣 いづくの里に 擣つならん 遠く聞ゆる 槌の音かな  0444:  年頃申しなれたる人の、伏見に住むと聞きて、尋ねまかりたりけるに、庭の草、道も見えぬほどに茂りて、虫の鳴きければ 分けて入る 袖にあはれを かけよとて 露けき庭に 虫さへぞなく  0445:  虫の歌よみ侍りけるに 夕されや 玉おく露の 小笹生に 声はつならす きりぎりすかな  0446: 秋風に 穂末なみよる 刈萱の 下葉に虫の 声乱るなり  0447: きりぎりす なくなる野辺は よそなるを 思はぬ袖に 露のこぼるる  0448: 秋風の ふけゆく野辺の 虫の音に はしたなきまで 濡るる袖かな  0449: 虫の音を よそに思ひて 明かさねば 袂も露は 野辺にかはらじ  0450: 野辺になく 虫もやものは 悲しきに 答へましかば 問ひて聞かまし  0451: 秋の夜を ひとりやなきて 明かさまし ともなふ虫の 声なかりせば  0452: 秋の夜に 声も休まず なく虫を つゆまどろまで 聞きあかすかな  0453: 秋の野の 尾花が袖に 招かせて いかなる人を まつ虫の声  0454: よもすがら 袂に虫の 音をかけて 払ひわづらふ 袖の白露  0455: きりぎりす 夜寒になるを 告げ顔に 枕のもとに 来つつなくなり  0456: 虫の音を よわりゆくかと 聞くからに 心に秋の 日数をぞ経る  0457: 秋深み よわるは虫の 声のみか 聞くわれとても 頼みやはある  0458: 虫の音に 露けかるべき 袂かは あやしや心 もの思ふべし  0459:  独聞虫 ひとり寝の 友には馴れて きりぎりす なく音を聞けば もの思ひ添ふ  0460:  故郷虫 草深み 分け入りてとふ 人もあれや ふりゆく跡の 鈴虫の声  0461:  雨中虫 壁に生ふる 小草にわぶる きりぎりす しぐるる庭の 露いとふべし  0462:  田庵聞虫 小萩咲く 山田の畔の 虫の音に 庵守る人や 袖濡らすらん  0463:  暮路虫 うちすぐる 人なき路の 夕されは 声にて送る くつわ虫かな  0464:  田家秋夕 ながむれば 袖にも露ぞ こぼれける そともの小田の 秋の夕暮  0465: 吹き過ぐる 風さへことに 身にぞしむ 山田の庵の 秋の夕暮  0466:  京極太政大臣、中納言と申しける折り、菊をおびただしきほどに仕立てて、鳥羽院に参らせ給ひたりけり。鳥羽の南殿の東面の坪に、所無きほどに植ゑさせ給ひたりけり。公重の少将、人々すすめて菊もてなされけるに、加はるべき由ありければ 君が住む 宿の坪をば 菊ぞかざる 仙の宮とや いふべかるらん  0467:  菊 幾秋に われあひぬらん 九月の 九日につむ 八重の白菊  0468: 秋深み ならぶ花なき 菊なれば 所を霜の おけとこそ思へ  0469:  月前菊 ませなくば 何をしるしに 思はまし 月にまがよふ 白菊の花  0470:  秋、ものへまかりける道にて 心なき 身にもあはれは しられけり 鴫たつ沢の 秋の夕暮  0471:  嵯峨に住みける頃、隣の坊に申すべきことありて、まかりけるに、道もなく葎の茂りければ たちよりて 隣とふべき 垣に添ひて ひまなく這へる 八重葎かな  0472:  題知らず いつよりか 紅葉の色は 染むべきと 時雨にくもる 空にとはばや  0473:  紅葉未遍 糸鹿山 時雨に色を 染めさせて かつがつ織れる 錦なりけり  0474:  山家紅葉 染めてけり 紅葉の色の くれなゐを 時雨ると見えし み山辺の里  0475:  秋の末に松虫を聞きて さらぬだに 声弱かりし 松虫の 秋の末には 聞きもわかれず  0476: 梢あれば 枯れゆく野辺は いかがせん 虫の音残せ 秋の山里  0477:  寂然、高野にまゐりて、深秋紅葉といふことをよみけるに さまざまの 錦ありける み山かな 花見し峯を 時雨染めつつ  0478:  紅葉色深 かぎりあれば いかがは色の まさるべき あかず時雨るる 小倉山かな  0479: もみぢ葉の 散らで時雨の 日数経ば いかばかりなる 色にはあらまし  0480:  霧中紅葉 錦はる 秋のこずゑを 見せぬかな へだつる霧の 闇をつくりて  0481:  いやしかりける家に、蔦の紅葉のおもしろかりけるを見て 思はずに よしある賎の すみかかな 蔦の紅葉を 軒に這はせて  0482:  東へまかりけるに、信夫の奥に侍りける社の紅葉を 常磐なる 松の緑に 神さびて 紅葉ぞ秋は 朱の玉垣  0483:  草花の野路の紅葉 紅葉散る 野原を分けて 行く人は 花ならぬまた 錦きるべし  0484:  秋の末に、法輪にこもりてよめる おほゐ川 井堰によどむ 水の色に 秋深くなる 程ぞしらるる  0485: 小倉山 麓に秋の 色はあれや 梢の錦 風にたたれて  0486: わがものと 秋の梢を 思ふかな 小倉の里に 家居せしより  0487: 山里は 秋の末にぞ 思ひしる 悲しかりけり 木枯の風  0488:  暮秋 暮れはつる 秋の形見に しばし見ん 紅葉散らすな 木枯の風  0489: 秋暮るる 月なみ分くる やまがつの 心うらやむ 今日の夕暮  0490:  夜すがら秋を惜しむ 惜しめども 鐘の音さへ かはるかな 霜にや露を 結びかふらん  Subtile  冬  0491:  長楽寺にて、夜紅葉を思ふといふことを、人々よみけるに 夜もすがら 惜しげなく吹く 嵐かな わざと時雨の 染むる梢を  0492:  題知らず 寝覚する 人の心を 侘びしめて 時雨るる音は 悲しかりけり  0493:  十月はじめつかた、山里にまかりたりけるに、きりぎりすの声のわづかにしければよめる 霜うづむ 葎が下の きりぎりす あるかなきかの 声聞ゆなり  0494:  山家落葉 道もなし 宿は木の葉に 埋もれて まだきせさする 冬籠りかな  0495:  暁落葉 木の葉散れば 月に心ぞ あらはるる み山隠れに 住まんと思ふに  0496: 時雨かと 寝覚の床に 聞ゆるは 嵐に絶えぬ 木の葉なりけり  0497:  水上落葉 立田姫 染めし梢の 散るをりは くれなゐあらふ 山川の水  0498:  落葉 嵐掃く 庭の木の葉の 惜しきかな まことの塵に なりぬと思へば  0499:  月前落葉 山颪の 月に木の葉を 吹きかけて 光にまがふ 影を見るかな  0500:  滝上落葉 木枯に 峯の木の葉や たぐふらん むら濃に見ゆる 滝の白糸  0501:  山家時雨 宿かこふ ははその柴の 時雨さへ 慕ひて染むる 初時雨かな  0502:  閑中時雨 おのづから おとする人ぞ なかりける 山めぐりする 時雨ならでは  0503:  時雨歌よみけるに 東屋の あまりにも降る 時雨かな 誰かは知らぬ 神無月とは  0504:  落葉留網代 紅葉よる 網代の布の 色染めて ひをくくりとは 見えぬなりけり  0505:  山家枯草といふことを、覚範僧都の房にて人々よみけるに かきこめし 裾野の薄 霜枯れて さびしさまさる 柴の庵かな  0506:  野辺寒草といふことを、雙林寺にてよみけるに さまざまに 花咲きけりと 見し野辺の 同じ色にも 霜枯れにける  0507:  枯野草 分けかねし 袖に露をば 留め置きて 霜に朽ちぬる 真野の萩原  0508: 霜かづく 枯野の草の さびしきに いづくは人の 心とむらん  0509: 霜枯れて もろくくだくる 荻の葉を あらく分くなる 風の音かな  0510:  冬歌よみけるに 難波江の 汀の葦に 霜冴えて 浦風寒き 朝ぼらけかな  0511: 玉かけし 花の姿も おとろへて 霜をいただく をみなへしかな  0512: やまざくら 初雪降れば 咲きにけり 吉野は里に 冬ごもれども  0513: さびしさに たへたる人の またもあれな 庵ならべん 冬の山里  0514:  水辺寒草 霜にあひて 色あらたむる 葦の穂の さびしく見ゆる 難波江の浦  0515:  山家冬 玉まきし 垣根の真葛 霜枯れて さびしく見ゆる 冬の山里  0516:  寒夜旅宿 旅寝する 草のまくらに 霜冴えて 有明の月の かげぞ待たるる  0517:  山家冬月 冬枯れの すさまじげなる 山里に 月のすむこそ あはれなりけれ  0518: 月出づる 峯の木の葉も 散りはてて 麓の里は うれしかるらん  0519:  月照寒草 花に置く 露に宿りし かげよりも 枯野の月は あはれなりけり  0520: 氷しく 沼の葦原 風さえて 月も光ぞ さびしかりける  0521:  閑夜冬月 霜さゆる 庭の木の葉を 踏みわけて 月は見るやと 訪ふ人もがな  0522:  庭上冬月 さゆと見えて 冬深くなる 月影は 水なき庭に 氷をぞしく  0523:  鷹狩 あはせつる 木居のはし鷹 すばえかし 犬飼人の 声しきりなり  0524:  雪中鷹狩 かきくらす 雪に雉子は 見えねども 羽音に鈴を くはへてぞやる  0525: ふる雪に 鳥立も見えず うづもれて とりどころなき み狩野の原  0526:  庭雪似月 木の間洩る 月のかげとも 見ゆるかな はだらに降れる 庭の白雪  0527:  雪の朝、霊山と申す所にて、眺望を人々よみけるに たちのぼる 朝日の影の さすままに 都の雪は 消えみ消えずみ  0528:  枯野に雪の降りたりけるを 枯れはつる 茅が上葉に ふる雪は さらに尾花の 心地こそすれ  0529:  雪の歌よみけるに たゆみつつ 橇の早緒も つけなくに 積りにけりな 越の白雪  0530:  雪埋路 降る雪に 枝折りし柴も うづもれて 思はぬ山に 冬ごもりぬる  0531:  秋頃、高野へまゐるべき由たのめてまゐらざりける人の許へ、雪降りてのち、申し遣はしける 雪深く うづみてけりな 君来やと 紅葉のにしき しきし山路を  0532:  雪朝待人 わが宿に 庭よりほかの 道もがな 訪ひこん人の 跡つけで見ん  0533:  雪に庵埋みて、せんかたなくおもしろかりけり。いまも来たらばと詠みけんこと思ひ出でて、見けるほどに、鹿の分けて通りけるを見て 人来ばと 思ひて雪を 見るほどに しか跡つくる こともありけり  0534:  雪朝会友 跡とむる 駒のゆくへは さもあらば あれうれしく君に ゆきにあひぬる  0535:  雪埋竹といふこと 雪うづむ 園の呉竹 折れ伏して ねぐら求むる むらすずめかな  0536:  賀茂臨時祭返立の御神楽、土御門内裏にて侍りけるに、竹のつぼに雪の降りたりけるを見て うらかへす 小忌の衣と 見ゆるかな 竹の末葉に 降れる白雪  0537:  社頭雪 玉垣は 朱も緑も うづもれて 雪おもしろき 松尾の山  0538:  雪歌よみけるに なにとなく 暮るるしづりの 音までも 雪あはれなる 深草の里  0539: 雪ふれば 野路も山路も うづもれて をちこちしらぬ 旅の空かな  0540: 青根山 苔のむしろの 上に敷く 雪は白根の ここちこそすれ  0541: 卯の花の ここちこそすれ 山里の 垣根の柴を うづむ白雪  0542: をりならぬ めぐりの垣の 卯の花を うれしく雪の 咲かせつるかな  0543: 訪へな君 夕暮になる 庭の雪を 跡なきよりは あはれならまし  0544:  舟中霰 瀬戸わたる たななしをぶね 心せよ 霰みだるる しまき横ぎる  0545:  深山霰 杣人の まきの仮屋の あだ臥に 音するものは 霰なりけり  0546:  桜の木に霰のたばしりけるを見て ただはおちで 枝をつたへる 霰かな つぼめる花の 散る心地して  0547:  月前炭竈 かぎりあらん 雲こそあらめ 炭竈の 煙に月の すすけぬるかな  0548:  千鳥 淡路島 いそわの千鳥 声しげみ 瀬戸の潮風 さえわたる夜は  0549: 淡路島 瀬戸の潮干の 夕暮に 須磨よりかよふ 千鳥鳴くなり  0550: 霜さえて みぎはふけゆく 浦風を 思ひ知りげに 鳴く千鳥かな  0551: さゆれども 心やすくぞ ききあかす 河瀬の千鳥 友具してけり  0552: 八瀬わたる みなとの風に 月ふけて 潮干るかたに 千鳥鳴くなり  0553:  題知らず 千鳥鳴く 絵島の浦に すむ月を 波にうつして 見る今宵かな  0554:  氷留山水 岩間ゆく 木の葉わけ来し 山水を つゆ洩らさぬは 氷なりけり  0555:  滝上氷 水上に 水やこほりを むすぶらん くるとも見えぬ 滝の白糸  0556:  氷筏を閉づといふことを 氷わる 筏のさをの たゆければ 持ちやこさまし 保津の山越  0557:  冬歌十首 花も枯れ 紅葉も散らぬ 山里は さびしさをまた 訪ふ人もがな  0558: ひとり住む 片山かげの 友なれや あらしに晴るる 冬の山里  0559: 津の国の 葦の丸屋の さびしさは 冬こそわけて 訪ふべかりけれ  0560: さゆる夜は よその空にぞ 鴛鴦も鳴く 氷りにけりな 昆陽の池水  0561: よもすがら あらしの山に 風さえて おほゐの淀に 氷をぞしく  0562: さえわたる 浦風いかに 寒からん 千鳥群れゐる ゆふさきの浦  0563: 山里は しぐれし頃の さびしさに 嵐の音は ややまさりけり  0564: 風さえて 寄すればやがて 氷りつつ かへる波なき 志賀の唐崎  0565: 吉野山 麓にふらぬ 雪ならば 花かと見てや たづね入らまし  0566: 山ごとに さびしからじと はげむべし 煙こめたり 小野の山里  0567:  題知らず 山桜 思ひよそへて ながむれば 木ごとの花は ゆきまさりけり  0568:  仁和寺の御室にて、山家閑居見雪といふことをよませ給ひけるに 降りうづむ 雪を友にて 春来ては 日を送るべき み山辺の里  0569:  山家冬深 訪ふ人は 初雪をこそ 分け来しか 路とぢてけり み山辺の里  0570:  山居雪 年のうちは 訪ふ人さらに あらじかし 雪も山路も 深き住処を  0571:  世を遁れて、鞍馬の奥に侍りけるに、筧氷りて、水まうで来ざりけり。春になるまでかく侍るなりと申しけるを聞きて、よめる わりなしや 氷る筧の 水ゆゑに 思ひ捨ててし 春の待たるる  0572:  みちのくににて、年の暮によめる つねよりも 心細くぞ 思ほゆる 旅の空にて 年の暮れぬる  0573:  山家歳暮 あたらしき 柴の編戸を たてかへて 年のあくるを 待ちわたるかな  0574:  東山にて歳暮述懐 年暮れて その営みは 忘られて あらぬさまなる いそぎをぞする  0575:  年の暮に、高野より都なる人の許に遣はしける おしなべて 同じ月日の 過ぎゆけば 都もかくや 年は暮れぬる  0576:  年の暮に、人の許へ遣はしける おのづから 言はぬを慕ふ 人やあると やすらふほどに 年の暮れぬる  0577:  常無きことに寄せて いつかわれ 昔の人と 言はるべき 重なる年を 送り迎へて  Subtitle  恋  0578:  聞名尋恋 逢はざらん ことをば知らで 帚木の 伏屋と聞きて たづね来にけり  0579:  自門帰恋 立て初めて かへる心は 錦木の 千束待つべき ここちこそせね  0580:  涙顕恋 おぼつかな いかにと人の くれはとり あやむるまでに 濡るる袖かな  0581:  夢会恋 なかなかに 夢にうれしき あふことは 現にものを 思ふなりけり  0582: あふとみる ことを限れる 夢路にて さむる別れの なからましかば  0583: 夢とのみ 思ひなさるる 現こそ あひ見しことの かひなかりけれ  0584:  後朝 今朝よりぞ 人の心は つらからで 明けはなれゆく 空を恨むる  0585: あふことを 忍ばざりせば 道芝の 露より先に おきて来ましや  0586:  後朝郭公 さらぬだに 帰りやられぬ しののめに 添へて語らふ ほととぎすかな  0587:  後朝花橘 かさねては 乞ひえまほしき 移り香を 花橘に 今朝たぐへつつ  0588:  後朝霧 やすらはん おほかたの夜は 明けぬとも 闇とか言へる 霧に籠りて  0589:  かへる朝の時雨 ことづけて 今朝の別れを やすらはん 時雨をさへや 袖にかくべき  0590:  逢不遭恋 つらくとも 逢はずばなにの 習ひにか 身のぼど知らず 人を恨みん  0591: さらばただ さらでぞ人の やみなまし さて後もさは さもあらじとや  0592:  恨 漏らさじと 袖にあまるを つつままし なさけを忍ぶ 涙なりせば  0593:  再絶恋 からころも たち離れにし ままならば 重ねてものは 思はざらまし  0594:  寄糸恋 賤の女が 裾とる糸に 露そひて 思ひにたがふ 恋もするかな  0595:  寄梅恋 折らばやと なに思はまし 梅の花 なつかしからぬ 匂ひなりせば  0596: ゆきずりに 一枝折りし 梅が香の ふかくも袖に 染みにけるかな  0597:  寄花恋 つれもなき 人に見せばや 桜花 風にしたがふ 心よわさを  0598: 花を見る 心はよそに 隔たりて 身につきたるは 君がおもかげ  0599:  寄残花恋 葉隠れに 散りとどまれる 花のみぞ 忍びし人に 逢ふ心地する  0600:  寄帰雁恋 つれもなく 絶えにし人を 雁がねの 帰る心と 思はましかば  0601:  寄草花恋 朽ちてただ しをればよしや わが袖も 萩の下枝の 露によそへて  0602:  寄鹿恋 つま恋ひて 人目つつまぬ 鹿の音も 羨む袖の みさをなるかは  0603:  寄苅萱恋 ひとかたに 乱るともなき わが恋や 風さだまらぬ 野辺の苅萱  0604:  寄霧恋 夕霧の へだてなくこそ 思ほゆれ かくれて君が 逢はぬなりけり  0605:  寄紅葉恋 わがなみだ しぐれの雨に たぐへばや 紅葉の色の 袖にまがへる  0606:  寄落葉恋 朝ごとに 声をとどむる 風の音は 夜をへてかかる 人の心か  0607:  寄氷恋 春を待つ 諏訪のわたりも あるものを いつを限りに すべきつららぞ  0608:  寄水鳥恋 わが袖の 涙かかると 濡れであれな うらやましきは 池の鴛鴦鳥  0609:  賀茂の方にささきと申す里に、冬ふかく侍りけるに、隆信など詣できて、山家恋と言ふことを詠みけるに 筧にも 君がつららや 結ぶらん 心細くも 絶えぬなるかな  0610:  売人に付文恋といふことを 思ひかね 市の中には 人多み ゆかりたづねて 付くるたまづさ  0611:  海路恋 波しのぐ ことをも何か わづらはん 君に逢ふべき 路と思はば  0612:  松風増恋 いはしろの 松風聞けば もの思ふ 人もこころぞ むすぼほれける  0613:  九月ふたつありける年、閏月を忌む恋といふことを人々詠みけるに ながつきの あまりにつらき 心にて 忌むとは人の 言ふにやあるらん  0614:  御生の頃、賀茂に詣りたりけるに、精進憚恋を人々詠みけるに ことづくる 御生のほどを 過しても なほやうづきの 心なるべき  0615:  同社にて祈神恋といふことを、神主ども詠みけるに 天降る 神のしるしの 有り無しを つれなき人の ゆくへにて見ん  0616:  月 月待つと いひなされつる よひの間の 心の色を 袖に見えぬる  0617: 知らざりき 雲居のよそに 見し月の かげを袂に 宿すべしとは  0618: あはれとも 見る人あらば 思ひなん 月のおもてに やどる心は  0619: 月見れば いでやと世のみ 思ほえて 持たりにくくも なる心かな  0620: 弓張の 月に外れて 見し影の やさしかりしは いつか忘れん  0621: おもかげの 忘らるまじき 別れかな 名残りを人の 月にとどめて  0622: 秋の夜の 月や涙を かこつらん 雲なきかげを もてやつすとて  0623: 天の原 さゆるみ空は 晴れながら なみだぞ月の 雲になりける  0624: もの思ふ 心のたけぞ 知られぬる 夜な夜な月を ながめあかして  0625: 月を見る 心の節を とがにして たより得顔に 濡るる袖かな  0626: 思ひ出づる ことは何時とも いひながら 月にはたへぬ 心なりけり  0627: あしひきの 山のあなたに 君すまば 入るとも月を 惜しまざらまし  0628: 歎けとて 月やはものを 思はする かこち顔なる わが涙かな  0629: 君にいかで 月にあらそふ ほどばかり めぐり逢ひつつ かげを並べん  0630: 白妙の ころもかさぬる 月かげの さゆる真袖に かかる白露  0631: 忍び音の 涙たたふる 袖のうらに なづまずやどる 秋の夜の月  0632: もの思ふ 袖にも月は 宿りけり にごらで澄める 水ならねども  0633: 恋しさを もよほす月の かげなれば こぼれかかりて かこつ涙か  0634: よしさらば 涙の池に 袖ふれて 心のままに 月を宿さん  0635: うちたえて なげく涙に わが袖の 朽ちなば何に 月を宿さん  0636: 世々経とも 忘れがたみの 思ひ出は たもとに月の 宿るばかりか  0637: 涙ゆゑ くまなき月ぞ 曇りぬる 天のはらはら とのみ泣かれて  0638: あやにくに しるくも月の 宿るかな 夜にまぎれてと 思ふ袂に  0639: おもかげに 君が姿を 見つるより にはかに月の 曇りぬるかな  0640: よもすがら 月を見顔に もてなして 心の闇に まよふ頃かな  0641: 秋の月 もの思ふ人の ためとてや 憂きおもかげに そへて出づらん  0642: へだてたる 人の心の くまにより 月をさやかに 見ぬがかなしさ  0643: 涙ゆゑ 月はくもれる 月なれば ながれぬ折ぞ 晴れ間なりける  0644: くまもなき をりしも人を 思ひ出でて 心と月を やつしつるかな  0645: もの思ふ 心のくまを 拭ひうてて 曇らぬ月を 見るよしもがな  0646: 恋しさや 思ひ弱ると ながむれば いとど心を くだく月影  0647: ともすれば 月すむ空に あくがるる 心の果てを 知るよしもがな  0648: ながむるに 慰むことは なけれども 月を友にて あかす頃かな  0649: もの思ひて ながむる頃の 月の色に いかばかりなる あはれ染むらん  0650: 雨雲の わりなき隙を 洩る月の かげばかりだに 逢ひ見てしがな  0651: 秋の月 信田の社の 千枝よりも 繁きなげきや くまなかるらん  0652: 思ひしる 人あり明けの 夜なりせば つきせず身をば 恨みざらまし  0653:  恋 数ならぬ 心の咎に なし果てじ 知らせてこそは 身をも恨みめ  0654: うちむかふ そのあらましの 面影を まことになして 見るよしもがな  0655: 山賤の 荒野をしめて 住みそむる かただよりなる 恋もするかな  0656: 常盤山 しひの下柴 刈り捨てん かくれて思ふ かひのなきかと  0657: 歎くとも 知らばや人の おのづから あはれと思ふ こともあるべき  0658: なにとなく さすがに惜しき 命かな あり経ば人や 思ひ知るとて  0659: なにゆゑか 今日までものを 思はまし 命にかへて 逢ふ世なりせば  0660: あやめつつ 人知るとても いかがせん 忍びはつべき 袂ならねば  0661: 涙川 深く流るる 水脈ならば 浅き人目に つつまざらまし  0662: しばしこそ 人目つつみに 堰かれけれ 果ては涙や 鳴滝の川  0663: もの思へば 袖に流るる 涙川 いかなる水脈に 逢ふ瀬なりなん  0664: 憂きにだに などなど人を 思へども かなはで年の 積りぬるかな  0665: なかなかに 馴れぬ思ひの ままならば 恨みばかりや 身に積らまし  0666: なにせんに つれなかりしを 恨みけん 逢はずばかかる 思ひせましや  0667: むかはらば われが歎きの 報いにて 誰ゆゑ君が ものを思はん  0668: 身の憂さの 思ひ知らるる ことわりに おさへられぬは 涙なりけり  0669: 日を経れば 袂の雨の 脚そひて 晴るべくもなき わが心かな  0670: かきくらす 涙の雨の 脚しげみ さかりにものの 歎かしきかな  0671: もの思へども かからぬ人も あるものを あはれなりける 身の契りかな  0672: なほざりの 情は人の あるものを 絶ゆるは常の 習ひなれども  0673: なにとこは 数まへられぬ 身のほどに 人を恨むる 心なりけん  0674: 憂きふしを まづ思ひ知る 涙かな さのみこそはと 慰むれども  0675: さまざまに 思ひ乱るる 心をば 君がもとにぞ 束ねあつむる  0676: もの思へば 千々に心ぞ くだけぬる 信田の社の 千枝ならねども  0677: かかる身に 生したてけん たらちねの 親さへつらき 恋もするかな  0678: おぼつかな 何の報いの かへりきて 心せたむる あたとなるらん  0679: かき乱る 心やすめぬ ことぐさは あはれあはれと 歎くばかりか  0680: 身を知れば 人のとがには 思はぬに うらみ顔にも 濡るる袖かな  0681: なかなかに 馴るるつらさに くらぶれば 疎き恨みは みさをなりけり  0682: 人は憂し 歎きはつゆも 慰まず さはこはいかに すべき心ぞ  0683: 日にそへて 恨みはいとど 大海の ゆたかなりける わが思ひかな  0684: さることの あるなりけりと 思ひ出でて 忍ぶ心を しのべとぞ思ふ  0685: 今日ぞ知る 思ひ出でよと ちぎりしは 忘れんとての 情なりけり  0686: 難波潟 波のみいとど 数そひて うらみのひまや 袖の乾かん  0687: こころざし 有りてのみやは 人を訪ふ 情はなどと 思ふばかりぞ  0688: なかなかに 思ひ知るてふ 言の葉は 問はぬにすぎて 恨めしきかな  0689: などか我 ことのほかなる 歎きせで みさをなる身に 生れざりけん  0690: 汲みて知る 人もあらなん おのづから ほりかねの井の 底の心を  0691: けぶり立つ 富士におもひの 争ひて よだけき恋を するがへぞ行く  0692: 涙川 さかまく水脈の 底ふかみ みなぎりあへぬ わが心かな  0693: 磯のまに 波あらげなる 折々は うらみをかづく 里のあま人  0694: 瀬戸口に たけるうしほの 大淀み 淀むとしひの なき涙かな  0695: あづまぢや あひの中山 ほどせばみ 心の奥の 見えばこそあらめ  0696: いつとなく おもひに燃ゆる わが身かな 浅間の煙 しめる世もなく  0697: 播磨路や 心のすまに 関据ゑて いかでわが身の 恋をとどめん  0698: あはれてふ 情に恋の 慰まば 問ふ言の葉や うれしからまし  0699: もの思へば まだ夕暮の ままなるに 明けぬと告ぐる しば鳥の声  0700: 夢をなど 夜ごろたのまで 過ぎ来けん さらで逢ふべき 君ならなくに  0701: さはと言ひて 衣かへして うち臥せど 目の合はばやは 夢も見るべき  0702: 恋ひらるる うき名を人に 立てじとて 忍ぶわりなき わが袂かな  0703: 夏草の しげりのみゆく 思ひかな 待たるる秋の あはれ知られて  0704: くれなゐの 色に袂の 時雨れつつ 袖にあきある 心地こそすれ  0705: あはれとて 訪ふ人のなど なかるらん もの思ふ宿の 荻の上風  0706: わりなしや さこそもの思ふ 袖ならめ あきに逢ひても おける露かな  0707: 秋ふかき 野辺の草葉に くらべばや もの思ふ頃の 袖の白露  0708: いかにせん 来ん世の海人と なるほども みるめ難くて 過ぐるうらみを  0709: もの思ふと 涙ややがて みつ瀬川 人をしづむる 淵となるらん  0710: あはれあはれ この世はよしや さもあらばあれ 来ん世もかくや 苦しかるべき  0711: たのもしな よひあかつきの 鐘の音 もの思ふ罪も つきざらめやは  Subtitle  雑  0712: つくづくと ものを思ふに うちそへて 折あはれなる 鐘の音かな  0713: なさけありし 昔のみなほ しのばれて ながらへま憂き 世にもあるかな  0714: 軒近き 花橘に 袖しめて 昔をしのぶ 涙つつまん  0715: なにごとも 昔を聞くは なさけありて ゆゑあるさまに しのばるるかな  0716: わが宿は 山のあなたに あるものを なにに憂き世を 知らぬ心ぞ  0717: 曇りなう 鏡の上に ゐる塵を 眼に立てて見る 世と思はばや  0718: ながらへんと 思ふ心ぞ つゆもなき いとふにだにも たへぬ憂き身は  0719: 思ひ出づる 過ぎにし方を はづかしみ あるにもの憂き この世なりけり  0720:  世に仕ふべかりける人の、籠りゐたりける許へ遣はしける 世の中に すまぬもよしや 秋の月 にごれる水の たたふさかりに  0721:  五日、菖蒲を人の遣はしたりける返事に 世のうきに ひかるる人は あやめ草 心の根なき 心地こそすれ  0722:  寄花橘述懐 世の憂さを 昔語りに なしはてて 花たちばなに 思ひ出でめや  0723:  世にあらじと思ひ立ちける頃、東山にて、人々、寄霞述懐といふことを詠める そらになる 心は春の かすみにて 世にあらじとも 思ひ立つかな  0724:  同心を 世をいとふ 名をだにもさは 留め置きて 数ならぬ身の 思ひ出にせん  0725:  いにしへ頃、東山に阿弥陀房と申しける上人の庵室にまかりて見けるに、なにとなくあはれにおぼえて詠める 柴の庵と 聞くはくやしき 名なれども 世に好もしき 住居なりけり  0726:  世を遁れける折、ゆかりありける人の許へ言ひ送りける 世の中を 背きはてぬと 言ひ置かん 思ひしるべき 人はなくとも  0727:  遙かなる所に籠りて、都なる人の許へ、月の頃遣はしける 月のみや うはの空なる かたみにて 思ひも出でば 心かよはん  0728:  世を遁れて、伊勢の方へまかりけるに、鈴鹿山にて 鈴鹿山 うき世をよそに ふり捨てて いかになりゆく わが身なるらん  0729:  述懐 なにごとに とまる心の ありければ 更にしもまた 世のいとはしき  0730:  侍従大納言成通の許へ、後の世のことおどろかし申したりける返事に おどろかす 君によりてぞ 長きよの 久しき夢は 覚むべかりける  0731:  返事 おどろかぬ 心なりせば 世の中を 夢ぞと語る 甲斐なからまし  0732:  中院右大臣、出家思ひ立つ由のこと語り給ひけるに、月いとあかくて、夜もすがらあはれにて、明けにければ帰りにけり。その後、その夜の名残り多かりし由言ひ送り給ふとて 夜もすがら 月をながめて 契り置きし その睦言に 闇は晴れにき  0733:  返し 澄むといひし 心の月し 現れば この世も闇の 晴れざらめやは  0734:  為業、常盤に堂供養しける、世を遁れて山寺に住み侍りける親しき人々、まうできたると聞きて、言ひ遣はしける いにしへに かはらぬ君が 姿こそ 今日はときはの 形見なりけれ  0735:  返し 色かへで ひとり残れる 常磐木は いつをまつとか 人は見るらん  0736:  ある人、様変へて仁和寺の奥なる所に住むと聞きて、まかりてたづねければ、あからさまに京にと聞きて帰りにけり。その後人遣はして、かくなんまゐりたりしと申したりける返事に 立ち寄りて 柴の煙の あはれさを いかが思ひし 冬の山里  0737:  返事 山里に 心は深く 入りながら 柴のけぶりの 立ちかへりにし  0738:  この歌も添へられたりける 惜しからぬ 身を捨てやらで 経るほどに 長き闇にや また迷ひなん  0739:  返し 世を捨てぬ 心のうちに 闇こめて 迷はんことは 君ひとりかは  0740:  親しき人々あまたありければ、同じ心に誰も御覧ぜよとて遣はしたりける返事にまた なべてみな 晴れせぬ闇の 悲しさを 君しるべせよ 光見ゆやと  0741:  また返し 思ふとも いかにしてかは しるべせん 教ふる道に 入らばこそあらめ  0742:  後の世のこと、むげに思はずしもなしと見えける人の許へ遣はしける 世の中に 心ありあけの 人はみな かくて闇には 迷はぬものを  0743:  返し 世を背く 心ばかりは ありあけの つきせぬ闇は 君に晴るけん  0744:  ある所の女房、世を遁れて西山に住むと聞きて、たづねければ、住み荒らしたる様して、人の影もせざりけり。あたりの人にかくと申し置きたりけるを聞きて、言ひ送れりける 潮なれし 苫屋も荒れて うき波に 寄る方もなき あまと知らずや  0745:  返し 苫の屋に 波立ち寄らぬ けしきにて あまり住み憂き ほどは見えにき  0746:  侍賢門院中納言の局、世を背きて、小倉山の麓に住まれける頃、まかりたりけるに、事柄まことにいうにあはれなりけり。風のけしきさへことに悲しかりければ、書きつけける 山おろす 嵐の音の はげしさを いつならひける 君がすみかぞ  0747:  あはれなるすみか訪ひにまかりたりけるに、この歌を見て書きつけける                     同じ院の兵衛の局 うき世をば あらしの風に 誘はれて 家を出でにし すみかとぞ見る  0748:  小倉を住み捨てて、高野の麓天野と申す山に住まれけり。同じ院の帥の局、都のほかのすみか訪ひ申さでいかでかとて、分けおはしたりける、ありがたくなん。帰るさに粉河へまゐられけるに、御山より出であひたりけるを、しるべせよとありければ、具し申して粉河へまゐりたりけり。かかるついでは、今はあるまじきことなり。吹上見んといふこと、具せられたりける人々申し出でて、吹上へおはしけり。道より大雨風吹きて、興なくなりにけり。さりとては吹上に行きつきたりけれども、見所なきやうにて、社に輿かきすゑて、思ふにも似りけり。能因が「苗代水に堰き下せ」と詠みて、言ひ伝へられたるものをと思ひて、社に書きつけける 天降る 名を吹上の 神ならば 雲晴れ退きて 光あらはせ  0749: 苗代に 堰き下されし 天の川 とむるも神の 心なるべし  かく書きつけたりければ、やがて西の風吹きかはりて、忽ちに雲晴れてうらうらと日になりにけり。末のよなれど、志いたりぬることには、しるしあらたなりけることを人々申しつつ、信おこして、吹上和歌の浦思ふやうに見て帰られにけり  0750:  侍賢門院の女房堀河の局許より言ひ送られける この世にて 語らひ置かん ほととぎす 死出の山路の しるべともなれ  0751:  返し ほととぎす なくなくこそは 語らはめ 死出の山路に 君しかからば  0752:  天王寺へまゐりけるに、雨の降りければ、江口と申す所に宿を借りけるに、貸さざりければ 世の中を いとふまでこそ かたからめ 仮りの宿りを 惜しむ君かな  0753:  返し 家を出づる 人とし聞けば 仮りの宿 心とむなと 思ふばかりぞ  0754:  ある人世を遁れて、北山寺に籠りゐたりと聞きて、訪ねまかりたりけるに、月のあかかりければ 世を捨てて 谷底にすむ 人見よと 峯の木の間を 分くる月影  0755:  ある宮腹につけ仕うまつりける女房、世を背きて、都離れて遠くまからんと思ひ立ちて、まゐらせけるに代りて くやしきは よしなき君に 馴れそめて いとふ都の しのばれぬべき  0756:  題知らず さらぬだに 世のはかなさを 思ふ身に 〓なきわたる あけぼのの空  *〓:空+鳥(ぬえ)鵺  0757: 鳥辺野を 心のうちに 分け行けば いぶきの露に 袖ぞそぼつる  0758: いつの世に 長きねぶりの 夢さめて おどろくことの あらんとすらん  0759: 世の中を 夢と見る見る はかなくも なほおどろかぬ わが心かな  0760: 亡き人も あるを思ふも 世の中は ねぶりのうちの 夢とこそ見れ  0761: 来し方の 見しよの夢に かはらねば 今も現の 心地やはする  0762: 事と無く 今日暮れぬめり 明日もまた 変らずこそは 隙すぐる影  0763: 越えぬれば またもこの世に 帰り来ぬ 死出の山こそ 悲しかりけれ  0764: はかなしや あだに命の 露消えて 野辺にわが身や 送り置くらん  0765: 露の玉は 消ゆればまたも 置くものを 頼みもなきは わが身なりけり  0766: あればとて 頼まれぬかな 明日はまた 昨日と今日を 言はるべければ  0767: 秋の色は 枯野ながらも あるものを 世のはかなさや 浅茅生の露  0768: 年月を いかでわが身に おくりけん 昨日の人も 今日はなき世に  0769:  范蠡長男の心を 捨てやらで 命をこふる 人はみな 千々の黄金を もて帰るなり  0770:  暁無常を つきはてし その入相の ほどなさを この暁に 思ひ知りぬる  0771:  寄霞無常を なき人を 霞める空に まがふるは 道を隔つる 心なるべし  0772:  花の散りたりけるに並びて咲きはじめける桜を見て 散ると見れば また咲く花の 匂ひにも 後れ先だつ ためしありけり  0773:  月前述懐 月を見て いづれの年の 秋までか この世にわれが 契りあるらん  0774:  七月十五夜、月明かかりけるに、船岡にまかりて いかでわれ 今宵の月を 身にそへて 死出の山路の 人を照らさん  0775:  もの心細くあはれなりける折しも、きりぎりすの声の枕に近く聞えければ その折の 蓬がもとの 枕にも かくこそ虫の 音には睦れめ  0776:  鳥辺山にてとかくのわざしける煙なかより、夜更けて出でける月のあはれに見えければ 鳥辺野や 鷲の高嶺の 末ならん 煙を分けて 出づる月影  0777:  諸行無常の心を はかなくて 過ぎにし方を 思ふにも 今もさこそは 朝顔の露  0778:  同行に侍りける上人、例ならぬこと大事に侍りけるに、月の明かくてあはれなりければ、詠みける もろともに 眺め眺めて 秋の月 ひとりにならん ことぞ悲しき  0779:  侍賢門院かくれさせおはしましにける御あとに、人々またの年の御はてまで候はれけるに、南面の花散りける頃、堀河の局の許へ申し送りける たづぬとも 風のつてにも 聞かじかし 花と散りにし 君がゆくへを  0780:  返し 吹く風の ゆくへ知らする ものならば 花と散るにも おくれざらまし  0781:  近衛院の御墓に人々具してまゐりたりけるに、露の深かりければ みがかれし 玉のすみかを 露深き 野辺にうつして 見るぞ悲しき  0782:  一院崩れさせおはしまして、やがての御所へ渡しまゐらせける夜、高野より出であひてまゐりあひたりける、いと悲しかりけり。この、後おはしますべき所御覧じ初めけるそのかみの御供に、右大臣実能、大納言と申しける候はれけり。忍ばせおはしますことにて、また人候はざりけり。その御供に候ひけることの思ひ出でられて、折しも今宵にまゐりあひたる、昔今のこと思ひつづけられて詠みける 今宵こそ 思ひ知らるれ 浅からぬ 君に契りの ある身なりけり  0783:  納めまゐらせける所へ渡しまゐらせけるに 道かはる 御幸悲しき 今宵かな かぎりの旅と 見るにつけても  0784:  納めまゐらせて後、御供に候はれける人々、たとへん方なく悲しながら、かぎりあることなれば帰られにけり。はじめたる事ありて、明くるまで候ひて詠める とはばやと 思ひよらでぞ 歎かまし 昔ながらの わが身なりせば  0785:  右大将公能父の服のうちに母亡くなりぬと聞きて、高野よりとぶらひ申しける かさね着る 藤の衣を たよりにて 心の色を 染めよとぞ思ふ  0786:  返し 藤衣 かさぬる色は 深けれど 浅き心の 染まぬはかなさ  0787:  同じ歎きし侍りける人の許へ 君がため 秋はよに憂き 折なれや 去年も今年も もの思ひにて  0788:  返し 晴れやらぬ 去年の時雨の うへにまた かきくらさるる 山めぐりかな  0789:  母亡くなりて山里に籠りゐたりける人を、程経て思ひ出でて人のとひたりければ、かはりて 思ひ出づる 情を人の 同じくは その折とへな うれしからまし  0790:  縁ありける人はかなくなりにけり。とかくのわざに鳥辺山へまかりて帰りけるに かぎりなく 悲しかりけり 鳥辺山 亡きを送りて 帰る心は  0791:  親かくれ、頼みたりける婿など失せて、歎きしける人の、また程なく女にさへおくれにけりと聞きて、とぶらひけるに このたびは さきざき見けん 夢よりも 覚めずやものは 悲しかるらん  0792:  五十日の果てつ方に、二条院の御墓に御仏供養しける人に具してまゐりたりけるに、月明かくてあはれなりければ こよひ君 死出の山路の 月を見て 雲の上をや 思ひ出づらん  0793:  御あとに、三河の内侍候ひけるに、九月十三夜、人にかはりて かくれにし 君が御影の 恋しさに 月にむかひて 音をや泣くらん  0794:  返し わが君の 光かくれし 夕より 闇にぞまよふ 月は澄めども  0795:  寄紅葉懐旧といふことを、宝金剛院にて詠みける いにしへを 恋ふる涙の 色に似て 袂に散るは 紅葉なりけり  0796:  故郷述懐といふことを、常盤の家にて為業詠みけるに、まかりあひて しげき野を 幾ひと群に 分けなして さらに昔を しのびかへさん  0797:  十月中の頃、宝金剛院の紅葉見けるに、上西門院おはします由聞きて、侍賢門院の御時思ひ出でられて、兵衛殿の局にさし置かせける 紅葉見て 君がためとや 時雨るらん 昔の秋の 色をしたひて  0798:  返し 色深き 梢を見ても 時雨れつつ ふりにしことを かけぬ日ぞなき  0799:  周防内侍、「われさへのきの」と書きつけける古里にて、人々思ひを述べける いにしへは ついゐし宿も あるものを 何をか今日の しるしにはせん  0800:  陸奥の国にまかりたりけるに、野の中に常よりもとおぼしき塚の見えけるを、人に問ひければ、中将の御墓と申すはこれがことなりと申しければ、中将とは誰がことぞと、また問ひければ、実方の御ことなりと申しける、いと悲しかりけり。さらぬだにものあはれに覚えけるに、霜枯れ枯れの薄ほのぼの見えわたりて、後に語らんも言葉なきやうにおぼえて 朽ちもせぬ その名ばかりを とどめ置きて 枯野の薄 形見にぞ見る  0801:  ゆかりなくなりて、住みうかれにける古郷へ帰りゐける人の許へ 住み捨てし その古郷を あらためて 昔にかへる 心地もやする  0802:  親におくれて歎きける人を、五十日過ぐるまでとはざりければ、とふべき人のとはぬことをあやしみて、人にたづぬと聞きて、かく思ひて今まで申さざりつる由申して遣はしける人にかはりて なべてみな 君が歎きを とふ数に 思ひなされぬ 言の葉もがな  かく思ひて程経侍りにけりと申して、返事かくなん。  0803:  ゆかりにつけてもの思ひける人の許より、などかとはざらんと、恨み遣はしたりける返事に あはれとも 心に思ふ ほどばかり 言はれぬべくは とひこそはせめ  0804:  はかなくなりて年経にける人の文を、ものの中より見出だして、女に侍りける人の許へ見せに遣はすとて 涙をや しのばん人は ながすべき あはれに見ゆる 水茎の跡  0805:  同行に侍りける上人、終りよく思ふさまなりと聞きて、申し送りける                     寂然 乱れずと 終り聞くこそ うれしけれ さても別れは 慰まねども  0806:  返し この世にて また逢ふまじき 悲しさに 勧めし人ぞ 心乱れし  0807:  とかくのわざ果てて、後の事ども拾ひて、高野へまゐりて帰りたりけるに                     寂然 入るさには 拾ふ形見も 残りけり 帰る山路の 友はなみだか  0808:  返し いかにとも 思ひ分かずぞ 過ぎにける 夢に山路を 行く心地して  0809:  侍従大納言入道はかなくなりて、宵暁につとめする僧各々帰りける日、申し送りける 行き散らん 今日の別れを 思ふにも さらに歎きや そふ心地する  0810:  返し ふししづむ 身には心の あらばこそ さらに歎きも そふ心地せめ  0811:  この歌も返しのほかに具せられたりける たぐひなき 昔の人の 形見には 君をのみこそ 頼みましけれ  0812:  返し いにしへの 形見になると 聞くからに いとど露けき 墨染の袖  0813:  同じ日、のりつなが許へ遣はしける 亡き跡も 今日まではなほ 残りけるを 明日や別れを そへてしのばん  0814:  返し 思へただ 今日の別れの 悲しさに 姿を変へて しのぶ心を  やがてその日、様変へてのち、この返事かく申したりけり。いとあはれなり。  0815:  同じ様に世遁れて大原に住み侍りける妹の、はかなくなりにけるあはれとぶらひけるに いかばかり 君思はまし 道に入らで 頼もしからぬ 別れなりせば  0816:  返し                     寂然 頼もしき 道には入りて 行きしかど わが身をつめば いかがとぞ思ふ  0817:  院の二位の局みまかりける後に、十首歌人々詠みけるに 流れ行く 水に玉なす うたかたの あはれあだなる この世なりけり  0818: 消えぬめる もとの雫を 思ふにも 誰かは末の 露の身ならぬ  0819: 送りおきて 帰りし野辺の 朝露を 袖に移すは 涙なりけり  0820: 船岡の 裾野の塚の 数添へて むかしの人に 君をなしつる  0821: あらぬ世の 別れは今日ぞ 憂かりける 浅茅が原を 見るにつけても  0822: 後の世を とへと契りし 言の葉や 忘らるまじき 形見なるべき  0823: 後れゐて 涙に沈む ふるさとを 魂のかげにも あはれとや見ん  0824: あとをとふ 道にや君は 入りぬらん 苦しき死出の 山へかからで  0825: 名残りさへ ほどなく過ぎば かなし世に 七日の数を 重ねずもがな  0826: あとしのぶ 人にさへまた 別るべき その日をかねて 散る涙かな  0827:  後の事ども果てて、散り散りになりけるに、成範、脩憲涙流して、今日にさへまたと申しけるほどに、南面の桜に鶯のなきけるを聞きて詠みける 桜花 散り散りになる 木の下に 名残りを惜しむ うぐひすの声  0828:  返し                     少将脩憲 散る花は また来ん春も 咲きぬべし 別れはいつか 巡りあふべき  0829:  同じ日、暮れけるままに、雨のかきくらし降りければ あはれしる 空も心の ありければ 涙に雨を そふるなりけり  0830:  返し                     院の少納言の局 あはれしる 空にはあらじ わび人の 涙ぞ今日は 雨と降るらん  0831:  行き散りて、またの朝遣はしける 今朝いかに 思ひの色の まさるらん 昨日にさへも また別れつつ  0832:  返し                     少将脩憲 君にさへ 立ち別れつつ 今日よりぞ 慰む方は げになかりける  0833:  兄の入道想空はかなくなりにけるを、とはざりければ言ひ遣はしける                     寂然 とへかしな 別れの袖に 露しげき 蓬がもとの 心細さを  0834: 待ちわびぬ 後れ先立つ あはれをも 君ならでさは 誰かとふべき  0835: 別れにし 人をふたたび あとを見ば 恨みやせまし とはぬ心を  0836: いかがせん あとのあはれは とはずとも 別れし人の 行方たづねよ  0837: なかなかに とはぬは深き 方もあらん 心浅くも 恨みつるかな  0838:  返し 分け入りて 蓬が露を こぼさじと 思ふも人を とふにあらずや  0839: よそに思ふ 別れならねば 誰をかは 身よりほかには とふべかりける  0840: 隔てなき 法の言葉に たより得て 蓮の露に あはれかくらん  0841: 亡き人を しのぶ思ひの 慰まば あとをも千度 とひこそはせめ  0842: 御法をば 言葉なけれど 説くと聞けば 深きあはれは とはでこそ思へ  0843:  これは具して遣はしける 露深き 野辺になりゆく ふるさとは 思ひやるにも 袖しをれけり  0844:  無常の歌あまた詠みける中に いづくにか 眠り眠りて たふれ伏さん と思ふ悲しき 道芝の露  0845: おどろかんと 思ふ心の あらばやは 長き眠りの 夢も覚むべき  0846: 風荒き 磯にかかれる 蜑人は つながぬ舟の 心地こそすれ  0847: 大波に 引かれ出でたる 心地して 助け舟なき 沖に揺らるる  0848: なきあとを 誰と知らねど 鳥辺山 おのおのすごき 塚の夕暮  0849: 波高き 世を漕ぎ漕ぎて 人はみな 船岡山を とまりにぞする  0850: 死にて伏さん 苔の筵を 思ふより かねて知らるる 岩陰の露  0851: 露と消えば 蓮台野にを 送りおけ 願ふ心を 名にあらはさん  0852:  那智に籠りて滝に入堂し侍りけるに、この上に一二の滝おはします。それへまゐるなりと申す常住の僧の侍りけるに、具してまゐりけり。花や咲きぬらんとたづねまほしかりける折節にて、たよりある心地して分けまゐりたり。二の滝のもとへまゐりつきたる。如意輪の滝となん申すと聞きて、拝みければ、まことに少しうち傾きたるやうに流れ下りて、尊く覚えけり。花山院の御庵室の跡の侍りける前に、年旧りたりける桜の木の侍りけるを見て、「すみかとすれば」と詠ませ給ひけんこと思ひ出でられて 木のもとに すみけるあとを 見つるかな 那智の高嶺の 花を尋ねて  0853:  同行に侍りける上人、月の頃天王寺に籠りたりと聞きて言ひ遣はしける いとどいかに 西へかたぶく 月影を 常よりもけに 君慕ふらん  0854:  堀河の局仁和寺に住みけるに、まゐるべき由申したりけれども、まぎるることありて程経にけり。月の頃、前を過ぎけるを聞きて言ひ送りける 西へ行く しるべとたのむ 月影の そらだのめこそ かひなかりけれ  0855:  返し さし入らで 雲路をよぎし 月影は 待たぬ心ぞ 空に見えける  0856:  寂超入道談義すと聞きて遣はしける 弘むらん 法にはあはぬ 身なりとも 名を聞く数に 入らざらめやは  0857:  返し つたへ聞く 流れなりとも 法の水 汲む人からや 深くなるらん  0858:  定信の入道観音寺に堂造るに、結縁すべき由申し遣はすとて                     観音寺入道生光 寺造る このわが谷に 土埋めよ 君ばかりこそ 山も崩さめ  0859:  返し 山崩す そのちからねは 難くとも 心だくみを 添へこそはせめ  0860:  阿闍梨勝命千人集めて法華経結縁せさせけるに、またの日遣はしける つらなりし 昔につゆも 変らじと 思ひ知られし 法の庭かな  0861:  人に代りて、これも遣はしける いにしへに 洩れけんことの 悲しさは 昨日の庭に 心ゆきにき  0862:  六波羅太政入道持経者千人集めて、津の国和田と申す所にて供養侍りけり。やがてそのついでに万燈会しけり。夜更くるままに、燈火の消えけるを、各々点 しつぎけるを見て 消えぬべき 法の光の 燈火を かかぐる和田の 泊なりけり  0863:  天王寺へまゐりて、亀井の水を見て詠みける あさからぬ 契りのほどぞ 汲まれぬる 亀井の水に 影うつしつつ  0864:  こころざすことありて、扇を仏にまゐらせけるに、院より賜はりけるに、女房うけたまはりて、包紙に書きつけられける ありがたき 法にあふぎの 風ならば 心の塵を 払へとぞ思ふ  0865:  御返事奉りける ちりばかり 疑ふ心 なからなん 法をあふぎて 頼むとならば  0866:  心性定まらずといふことを題にて、人々詠みけるに 雲雀たつ 荒野に生ふる ひめゆりの 何につくとも なき心かな  0867:  懺悔業障といふことを まどひつつ 過ぎける方の 悔しさに 泣く泣く身をぞ 今日はうらむる  0868:  遇教待龍花といふことを 朝日待つ ほどは闇にや 迷はまし 有明の月の 影なかりせば  0869:  寄藤花述懐 西を待つ 心に藤を かけてこそ その紫の 雲を思はめ  0870:  見月思西といふことを 山の端に 隠るる月を ながむれば われと心の 西に入るかな  0871:  暁念仏といふことを 夢さむる 鐘の響きに うち添へて 十度の御名を となへつるかな  0872:  易往無人の文の心を 西へ行く 月をやよそに 思ふらん 心に入らぬ 人のためには  0873:  人命不停速於山水の文の心を 山川の みなぎる水の 音聞けば 迫むる命ぞ 思ひ知らるる  0874:  菩提心論に乃至身命而不悋惜の文を あだならぬ やがて悟りに 返りけり 人のためにも 捨つる命は  0875:  疏の文に悟心証心々 まどひ来て 悟り得べくも なかりつる 心を知るは 心なりけり  0876:  観心 闇晴れて 心の空に すむ月は 西の山辺や 近くなるらん  0877:  序品 散りまがふ 花の匂ひを 先立てて 光を法の むしろにぞ敷く  0878: 花の香を つらなる袖に 吹き染めて 悟れと風の 散らすなりけり  0879:  深着五欲の文 懲りもせず うき世の闇に まがふかな 身を思はぬは 心なりけり  0880:  譬喩品 のり知らぬ 人をぞ今日は うしと見る 三つの車に 心かけねば  0881:  はかなくなりにける人のあとに、五十日のうちに一品経供養しけるに、化城喩品 やすむべき 宿を思へば 中空の 旅もなににか 苦しかるべき  0882:  五百弟子品 おのづから 清き心に 磨かれて 玉解きかくる 法を知りぬる  0883:  提婆品 いさぎよき 玉を心に 磨き出でて いはけなき身に 悟りをぞ得し  0884: これやさは 年積るまで こりつめし 法にあふこの 薪なりける  0885: いかにして 聞くことのかく やすからん あだに思ひて 得ける法かは  0886:  勧持品 あま雲の 晴るるみ空の 月影に うらみ慰む をばすての山  0887: いかにして うらみし袖に 宿りけん 出で難く見し 有明の月  0888:  寿量品 鷲の山 月を入りぬと 見る人は 暗きに迷ふ 心なりけり  0889: 悟り得し 心の月の あらはれて 鷲の高嶺に すむにぞありける  0890:  亡き人のあとに一品経供養しけるに、寿量品を人にかはりて 雲晴るる 鷲のみ山の 月影を 心澄みてや 君ながむらん  0891:  一心欲見仏の文を人々詠みけるに 鷲の山 誰かは月を 見ざるべき 心にかかる 雲し晴れなば  0892:  神力品 行末の ためにと説かぬ 法ならば なにかわが身に 頼みあらまし  0893:  普賢品 散り敷きし 花の匂ひの 名残り多み 立たま憂かりし 法の庭かな  0894:  心経 なにごとも 空しき法の 心にて 罪ある身とは つゆも思はじ  0895:  無上菩提の心を詠みける 鷲の山 うへ暗からぬ 嶺なれば あたりを払ふ 有明の月  0896:  和光同塵結縁始といふことを いかなれば 塵にまじりて ますかがみ つかふる人は きよまはるらん  0897:  六道歌詠みけるに、地獄 罪人の しぬる世もなく 燃ゆる火の 薪なるらん ことぞ悲しき  0898:  餓鬼 朝夕の 子をやしなひに すと聞けば くにすぐれても 悲しかるらん  0899:  畜生 神楽歌に 草取り飼ふは いたけれど なほその駒に なることは憂し  0900:  修羅 よしなしな 争ふことを たてにして いかりをのみも 結ぶ心は  0901:  人 ありがたき 人になりける かひ有りて 悟り求むる 心あらなん  0902:  天 雲の上の 楽しみとても かひぞなき さてしもやがて 住みし果てねば  0903:  心に思ひけることを 濁りたる 心の水の すくなきに なにかは月の 影宿るべき  0904: いかでわれ 清く曇らぬ 身になりて 心の月の 影を磨かん  0905: 逃れなく つひに行くべき 道をさは 知らではいかが 過ぐべかりける  0906: 愚かなる 心にのみや まかすべき 師となることも あるなるものを  0907: 野に立てる 枝なき木にも おとりけり 後の世知らぬ 人の心は  0908:  五首述懐 身の憂さを 思ひ知らでや やみなまし 背く習ひの なき世なりせば  0909: いづくにか 身を隠さまし 厭ひても 憂き世に深き 山なかりせば  0910: 身の憂さの 隠家にせん 山里は 心ありてぞ 住むべかりける  0911: あはれ知る 涙の露ぞ こぼれける 草の庵を むすぶ契りは  0912: うかれ出づる 心は身にも かなはねば いかなりとても いかにかはせん  0913:  高野より京なる人に遣はしける すむことは 所がらぞと いひながら 高野はものの あはれなるかな  0914:  仁和寺御室にて、道心逐年深といふことを詠まさせ給ひけるに 浅く出でし 心の水や たたふらん すみゆくままに 深くなるかな  0915:  閑中暁 嵐のみ ときどき窓に おとづれて 明けぬる空の 名残りをぞ思ふ  0916:  ことのほかに荒れ寒かりける頃、宮の法印高野に籠らせ給ひて、この程の寒さはいかがとて、小袖給はせたりけるまたのあした申しける 今宵こそ あはれみ厚き 心地して 嵐の音を よそに聞きつれ  0917:  みたけより笙のいはやへまゐりけるに、「もらぬいはやも」とありけん折思ひ出でられて 露もらぬ いはやも袖は 濡れけりと 聞かずばいかが 怪しからまし  0918:  小篠の泊と申す所にて、露のしげかりければ 分け来つる 小篠の露に そぼちつつ 干しぞわづらふ 墨染の袖  0919:  阿闍梨源賢、世を遁れて高野に住み侍りける、あからさまに仁和寺へ出でて、帰りも参らぬことにて、僧都になりぬと聞きて、いひ遣はしける 袈裟の色や 若紫に 染めてける 苔の袂を 思ひかへして  0920:  秋頃、風わづらひける人をとぶらひたりける返事に 消えぬべき 露の命も 君がとふ 言の葉にこそ おきゐられけれ  0921:  返し 吹き過ぐる 風しやみなば たのもしみ 秋の野も狭の 露の白玉  0922:  院の小侍従、例ならぬこと大事に臥し沈みて、年月経にけりと聞えて、とぶらひにまかりたりけるに、この程少しよろしき由申して、人にも聞かせぬ和琴の手弾きならしけるを聞きて 琴の音に 涙を添へて ながすかな 絶えなましかばと 思ふあはれに  0923:  返し 頼むべき こともなき身を 今日までも 何にかかれる 玉の緒ならん  0924:  風わづらひて山寺に帰りけるに、人々とぶらひて、よろしくなりなばまた疾く、と申し侍りけるに、各々のこころざしを思ひて さだめなし 風わづらはぬ 折だにも また来んことを たのむべき世か  0925: あだに散る 木の葉につけて 思ふかな 風さそふめる 露の命を  0926: 我なくば この里人や 秋深き 露を袂に かけてしのばん  0927: さまざまに あはれ多かる 別れかな 心を君が 宿にとどめて  0928: 帰れども 人の情に したはれて 心は身にも 添はずなりぬる  返しどもありけり、聞き及ばぬは書かず  0929:  新院、歌集めさせおはしますと聞きて、常盤に為忠が歌の侍りけるを、書き集めてまゐらせけるを、大原より見せに遣はすとて                     寂超 もろともに 散る言の葉を かくほどに やがても袖の そぼちぬるかな  0930:  返し 年経れど 朽ちぬときはの 言の葉を さぞしのぶらん 大原の里  0931:  寂超、為忠が歌にわが歌書き具し、また弟の寂然が歌など取り具して、新院へまゐらせけるを、人にとり伝へてまゐらせさせけりと聞きて、兄に侍りける想空がもとより 家の風 伝ふばかりは なけれども などか散らさぬ 無げの言の葉  0932:  返し 家の風 むねと吹くべき 木の下は 今散りなんと 思ふ言の葉  0933:  新院百首歌召しけるに、奉るとて、右大将公能のもとより見せに遣はしたりける、返し申すとて 家の風 吹き伝へける かひありて 散る言の葉の めづらしきかな  0934:  返し 家の風 吹き伝ふとも 和歌の浦に かひある言の 葉にてこそ知れ  0935:  題しらず 木枯に 木の葉の落つる 山里は 涙こそさへ もろくなりけれ  0936: 峯わたる 嵐はげしき 山里に 添へて聞ゆる 滝川の水  0937: とふ人も 思ひ絶えたる 山里の さびしさなくば 住み憂からまし  0938: 暁の 嵐にたぐふ 鐘の音を 心のそこに こたへてぞ聞く  0939: 待たれつる 入相の鐘の 音すなり 明日もやあらば 聞かんとすらん  0940: 松風の 音あはれなる 山里に さびしさ添ふる ひぐらしの声  0941: 谷の間に ひとりぞ松も 立てりける われのみ友は なきかと思へば  0942: 入日さす 山のあなたは 知らねども 心をかねて 送りおきつる  0943: なにとなく 汲むたびに澄む 心かな 岩井の水に 影うつしつつ  0944: 水の音は さびしき庵の 友なれや 峯の嵐の 絶え間絶え間に  0945: 鶉ふす 刈田のひつぢ 生ひ出でて ほのかに照らす 三日月の影  0946: 嵐越す 峯の木の間を 分け来つつ 谷の清水に 宿る月影  0947: 濁るべき 岩井の水に あらねども 汲まば宿れる 月やさわがん  0948: ひとり住む 庵に月の さしこずば なにか山辺の 友にならまし  0949: たづね来て 言問ふ人の なき宿に 木の間の月の 影ぞさしくる  0950: 柴の庵は 住み憂きことも あらましを ともなふ月の 影なかりせば  0951: かげ消えて 端山の月は 洩りもこず 谷は梢の 雪と見えつつ  0952: 雲にただ 今宵の月を まかせてん 厭ふとてしも 晴れぬものゆゑ  0953: 月を見る ほかもさこそは 厭ふらめ 雲ただ此処の 空に漂へ  0954: 晴れ間なく 雲こそ空に 満ちにけれ 月見ることは 思ひ絶えなん  0955: 濡るれども 雨洩る宿の うれしきは 入り来ん月を 思ふなりけり  0956: 分け入りて 誰かは人を たづぬべき 岩かげ草の しげる山路を  0957: 山里は 谷の筧の 絶え絶えに みづこひどりの 声聞ゆなり  0958: 番はねど うつればかげを 友として 鴛鴦住みけりな 山川の水  0959: つらならで 風に乱れて 鳴く雁の しどろに声の 聞ゆなるかな  0960: 晴れがたき 山路の雲に 埋もれて 苔の袂は 霧朽ちにけり  0961: 葛這ふ 端山は下も しげければ 住む人いかに 木暗かるらん  0962: 熊の住む 苔の岩山 おそろしみ むべなりけりな 人も通はぬ  0963: 音はせで 岩にたばしる 霰こそ 蓬の窓の 友となりけれ  0964: あはれにぞ ものめかしくは 聞えける 枯れたる楢 の柴の落葉は  0965: 柴囲ふ 庵のうちは 旅だちて すどほる風も とまらざりけり  0966: 谷風は 戸を吹きあけて 入るものを なにと嵐の 窓たたくらん  0967: 春あさき すずの籬に 風さえて まだ雪消えぬ 信楽のさと  0968: 水脈よどむ 天の川岸 波立たで 月をば見るや さへさみの神  0969: 光をば 曇らぬ月ぞ みがきける 稲葉にかかる 朝日子の玉  0970: 磐余野の 萩が絶え間の ひまひまに 児手柏の 花咲きにけり  0971: 衣手に うつりし花の 色かれて 袖ほころぶる 萩が花摺  0972: 小笹原 葉末の露は 玉に似て 石なき山を 行くここちする  0973: まさき割る ひなの匠や 出でぬらん 村雨過ぐる 笠取の山  0974: 河合や 真木の裾山 石立てて 杣人いかに 涼しかるらん  0975: 雪解くる しみみに拉く かざさきの 道行きにくき 足柄の山  0976: 嶺渡しに しるしのさをや 立てつらん 木挽待ちつる 越のなか山  0977: 雲取や 志古の山路は さておきて 小口が原の さびしからぬか  0978: ふもと行く 舟人いかに 寒からん くま山岳を おろす嵐に  0979: 折りかくる 波の立つかと 見ゆるかな さすがに来ゐる 鷺のむら鳥  0980: わづらはで 月には夜も 通ひけり となりへつたふ 畦の細道  0981: 荒れにける 沢田の畦に くらら生ひて 秋待つべくも なきわたりかな  0982: 伝ひくる 打樋を絶えず まかすれば 山田は水も 思はざりけり  0983: 身にしみし 荻の音には かはれども しぶく風こそ げにはもの憂き  0984: 小芹摘む 沢のこほりの ひまたえて 春めきそむる 桜井の里  0985: 来る春は 峯に霞を さきだてて 谷の筧を 伝ふなりけり  0986: 春になる 桜の枝は なにとなく 花なけれども むつまじきかな  0987: 空わたる 雲なりけりな 吉野山 花もてわたる 風と見たれば  0988: さらにまた 霞に暮るる 山路かな 春をたづぬる 花の曙  0989: 雲もかかれ 花とを春は 見て過ぎん いづれの山も あだに思はで  0990: 雲かかる 山見ばわれも 思ひ出でに 花ゆゑなれし むつび忘れず  0991: 山深み 霞こめたる 柴の庵に 言問ふものは うぐひすの声  0992: うぐひすは ゐなかの谷の 巣なれども だびたる音をば 鳴かぬなりけり  0993: うぐひすの 声に悟りを 得べきかは 聞くうれしきも はかなかりけり  0994: 過ぎて行く 羽風なつかし うぐひすの なづさひけりな 梅の立枝に  0995: 山もなき 海のおもてに たなびきて 波の花にも まがふ白雲  0996: 同じくは 月のをり咲け 山桜 花見る夜半の 絶え間あらせじ  0997: ふるはたの 岨の立つ木に ゐる鳩の 友呼ぶ声の すごき夕暮  0998: 波に漬きて 磯回にいます 荒神は 潮踏む巫覡を 待つにやあるらん  0999: 潮風に 伊勢の浜荻 伏せばまづ ほずゑに波の あらたむるかな  1000: 荒磯の 波に磯馴れて 這ふ松は みさごのゐるぞ たよりなりける  1001: 浦近み 枯れたる松の こずゑには 波の音をや 風は借るらん  1002: 淡路島 瀬戸のなごろは 高くとも このしほにだに おし渡らばや  1003: 潮路行く かこみの艫艪 心せよ また渦早き 瀬戸わたるほど  1004: 磯にをる 波の険しく 見ゆるかな 沖になごろや 高く行くらん  1005: おぼつかな 伊吹颪の かざさきに 朝妻舟は あひやしぬらん  1006: 榑舟よ 朝妻わたり 今朝なせそ 伊吹の嶽に 雪しまくめり  1007: 近江路や 野路の旅人 いそがなん 野州が原とて 遠からぬかは  1008: さと人の 大幣小弊 立て並めて 馬形結ぶ 野辺になりけり  1009: いたけもる あまみが時に なりにけり えぞかけしまを 煙こめたり  1010: もののふの 馴らすすさみは 面立たし あちその退り 鴨の入首  1011: 陸奥の おくゆかしくぞ おもほゆる 壺のいしぶみ 外の浜風  1012: あさかへる かりゐうなこの むらともは 原のをか山 越えやしぬらん  1013: すがる臥す 木ぐれが下の 葛まきを 吹き裏がへす 秋の初風  1014: もろ声に もりがきみがぞ 聞ゆなる 言ひ合はせてや 妻を恋ふらん  1015: すみれ咲く 横野の茅花 咲きぬれば 思ひ思ひに 人通ふなり  1016: くれなゐの 色なりながら 蓼の穂の からしや人の 眼にも立てぬは  1017: 蓬生は さまことなりや 庭の面に からすあふぎの なぞ茂るらん  1018: 刈り残す みづの真菰に 隠ろへて かげもち顔に 鳴くかはづかな  1019: やなぎ原 川風吹かぬ かげならば 暑くや蝉の 声にならまし  1020: ひさぎ生ひて 涼めとなれる 蔭なれや 波うつ岸に 風わたりつつ  1021: 月のため 水銹すゑじと 思ひしに 緑にも敷く 池の浮草  1022: 思ふこと 御生の標に 引く鈴の かなはずばよも ならじとぞ思ふ  1023: み熊野の 浜木綿生ふる うらさびて 人なみなみに 年ぞ重なる  1024: 石上 ふるき住家へ 分け入れば 庭の浅茅に 露のこぼるる  1025: とをちさす ひたのおもてに ひく潮に 沈む心ぞ かなしかりける  1026: ませに咲く 花に睦れて 飛ぶ蝶の うらやましくも はかなかりけり  1027: うつり行く 色をば知らず 言の葉の 名さへあだなる 露草の花  1028: 風吹けば あだに破れゆく 芭蕉葉の あればと身をも たのむべきかは  1029: ふるさとの 蓬は宿の 何なれば 荒れゆく庭に まづ茂るらん  1030: ふるさとは 見し世にも似ず 褪せにけり いづち昔の 人往きにけん  1031: しぐるれば 山巡りする 心かな いつまでとのみ うちしをれつつ  1032: はらはらと 落つる涙ぞ あはれなる たまらずものの 悲しかるべし  1033: なにとなく 芹と聞くこそ あはれなれ 摘みけん人の 心知られて  1034: やま人よ 吉野の奥の しるべせよ 花もたづねん また思ひあり  1035: わび人の 涙に似たる 桜かな 風身にしめば まづこぼれつつ  1036: 吉野山 やがて出でじと 思ふ身を 花散りなばと 人や待つらん  1037: 人も来ず 心も散らで 山かげは 花を見るにも たよりありけり  1038: 風の音に もの思ふわれか 色染めて 身にしみわたる 秋の夕暮  1039: われなれや 風をわづらふ 篠竹は おきふしものの 心細くて  1040: 来ん世にも かかる月をし 見るべくば 命を惜しむ 人なからまし  1041: この世にて ながめられぬる 月なれば 迷はん闇も 照らさざらめや  Subtitle  雑下  1042:  八月、月の頃、夜更けて北白川へまかりけり。由あるやうなる家の侍りけるに、もの音のしければ、立ちどまりて聞きけり。折あはれに秋風楽と申す楽なりけり。庭を見入れければ、浅茅の露に月の宿れる気色あはれなり。添ひたる荻の風身にしむらんとおぼえて、申し入れて通りける 秋風の ことに身にしむ 今宵かな 月さへすめる 庭のけしきに  1043:  泉の主隠れて、あと伝へたりける人の許にまかりて、泉にむかひて旧きを思ふといふことを、人々詠みけるに すむ人の 心汲まるる 泉かな 昔をいかに 思ひ出づらん  1044:  逢友恋昔といふことも 今よりは 昔語りは 心せん あやしきまでに 袖しをれけり  1045:  秋の末に、寂然高野にまゐりて、暮の秋に寄せて思ひを述べけるに 馴れ来にし 都もうとく なり果てて 悲しさ添ふる 秋の暮かな  1046:  相知りたりける人の、みちの国へまかりけるに、別れの歌詠みけるに 君往なば 月待つとても ながめやらん 東のかたの 夕暮の空  1047:  大原に良暹が住みける所に、人々まかりて、述懐歌詠みて、妻戸に書き付けける 大原や まだ炭竈も ならはずと 言ひけん人を 今あらせばや  1048:  大覚寺の滝殿の石ども、閑院に移されて、跡も無くなりたりと聞きて、見にまかりたりけるに、赤染が「今だにかかり」と詠みけん思ひ出でられて、あはれにおぼえければ 今だにも かかりと言ひし 滝つ瀬の その折までは 昔なりけん  1049:  深夜水声といふことを、高野にて人々詠みけるに まぎれつる 窓の嵐の 声とめて 更くるを告ぐる 水の音かな  1050:  竹風驚夢 玉みがく 露ぞ枕に 散りかかる 夢おどろかす 竹のあらしに  1051:  山家夕といふことを、人々詠みけるに 峯おろす 松の嵐の 音にまた ひびきを添ふる 入相の鐘  1052:  暮山路 夕されや 桧原の峯を 越え行けば すごく聞ゆる 山鳩の声  1053:  海辺重旅宿 波近き 磯の松が根 枕にて うらがなしきは 今宵のみかは  1054:  俊恵天王寺に籠りて、人々具して住吉にまゐりて、歌詠みけるに具して 住吉の 松が根あらふ 波の音を こずゑに懸くる 沖つ潮風  1055:  寂然高野にまゐりて、たちかへりて、大原より遣はしける 隔て来し その年月も あるものを 名残りおほかる 峯の秋霧  1056:  返し したはれし 名残りをこそは ながめつれ たちかへりにし 峯の秋霧  1057:  常よりも道辿らるるほどに雪深かりける頃、高野へまゐると聞きて、中宮大夫の許より、かかる雪にはいかに思ひ立つぞ、都へはいつ出づべきぞ、と申したりける返事に 雪分けて 深き山路に 籠りなば 年かへりてや 君に逢ふべき  1058:  返し 分けて行く 山路の雪は 深くとも 疾くたち帰れ 年にたぐへて  1059:  山ごもりして侍りけるに、年をこめて春になりぬと聞きけるからに、霞みわたりて、山河の音日ごろにも似ず聞えければ 霞めども 年の内はと 分かぬまに 春を告ぐなる 山河の水  1060:  年の内に春立ちて、雨の降りければ 春としも なほ思はれぬ 心かな 雨ふる年の ここちのみして  1061:  野に人のあまた侍りけるを、何する人にかと問ひければ、菜摘む者なりと答へければ、年の内にたちかはる春のしるしの若菜か、さは、と思ひて詠める 年ははや 月なみかけて 越えにけり むべつみ延へし しばの若立  1062:  春立つ日詠みける なにとなく 春になりぬと 聞く日より 心にかかる み吉野の山  1063:  正月元日に雨降りけるに いつしかも 初春雨ぞ 降りにける 野辺の若菜も 生ひやしぬらん  1064:  山深く住み侍りける、春立ちぬと聞きて 山路こそ 雪の下水 解けざらめ 都の空は 春めきぬらん  1065:  深山不知春 雪分けて 外山が谷の 鶯は 麓の里に 春や告ぐらん  1066:  嵯峨にまかりたりけるに、雪深かりけるを見おきて出でし、となど申し遣はすとて おぼつかな 春の日数の ふるままに 嵯峨野の雪は 消えやしぬらん  1067:  返し                     静忍法師 たちかへり 君や訪ひ来と 待つほどに まだ消えやらず 野辺の淡雪  1068:  鳴き絶えたりける鶯の、住み侍りける谷に声のしければ おもひ果てて 古巣に帰る 鶯は 旅のねぐらや 住み憂かりつる  1069:  春の月明かかりけるに、花まだしき桜の枝を、風の揺がしけるを見て 月見れば 風に桜の 枝なえて 花よと告ぐる 心地こそすれ  1070:  国々巡り回りて、春帰りて、吉野の方へまゐらんとしけるに、人の、このほどは何処にか跡とむべきと申しければ 花を見し 昔の心 あらためて 吉野の里に 住まんとぞ思ふ  1071:  みやたてと申しける端者の、とし高くなりて、さまかへなどして、ゆかりにつきて、吉野に住み侍りけり。思ひかけぬやうなれども、供養をのべん料にとて、くだものを遣はしたりけるに、花と申すものの侍りけるを見て遣はしける 思ひつつ 花のくだもの つみてけり 吉野の人の みやたてにして  1072:  かへし                     みやたて こころざし 深くはこべる みやたてを さとりひらけん 春にたぐへよ  1073:  桜に並びて立てりける柳に、花の散りかかりけるを見て 吹きみだる 風になびくと 見るほどに 春をむすべる 青柳の糸  1074:  寂然、紅葉の盛りに高野にまゐりて出でにけり。またの年の花の折に申し遣はしける 紅葉見し 高野の峯の 花ざかり たのめぬ人の 待たるるやなに  1075:  かへし                     寂然 ともに見し 峯の紅葉の かひなれや 花のをりにも 思ひ出でける  1076:  天王寺へまゐりたりけるに、松に鷺の居たりけるを、月の光に見て詠める 庭よりは 鷺ゐる松の こずゑにぞ 雪は積もれる 夏の夜の月  1077:  夏、熊野へまゐりけるに、岩田と申す所に涼みて、下向しける人につけて、京へ、西住上人の許へ遣はしける 松が根の 岩田の岸の 夕涼み 君があれなと おもほゆるかな  1078:  葛城を過ぎ侍りけるに、をりにもあらぬ紅葉の見えけるを、何ぞと問ひければ、まさきなりと申しけるを聞きて かづらきや まさきの色は 秋に似て よそのこずゑは 緑なるかな  1079:  高野より出でたりけるに、覚堅阿闍梨聞かぬさまなりければ、菊を遣はすとて 汲みてなど 心通はば とはざらん 出でたるものを きくの下水  1080:  返し                     覚堅 谷深く すむかと思ひて とはぬまに 恨みをむすぶ 菊の下水  1081:  旅まかりけるに、入相を聞きて 思へただ 暮れぬと聞きし 鐘の音は 都にてだに 悲しかりしを  1082:  秋、遠く修行し侍りけるに、ほど経ける所より、侍従大納言成通の許へ申し送りける あらし吹く 峯の木の葉に ともなひて いづち浮かるる 心なるらん  1083:  返し なにとなく 落つる木の葉も 吹く風に 散りゆく方は 知られやはせぬ  1084:  宮の法印、高野に籠らせ給ひて、おぼろけにては出でじと思ふに、修行のせまほしき由語らせ給ひけり。千日果てて、御嶽にまゐらせ給ひて、言ひ遣はしける あくがれし 心を道の しるべにて 雲にともなふ 身とぞなりぬる  1085:  返し 山の端に 月すむまじと 知られにき 心の空に なると見しより  1086:  年頃申しなれたりける人に、遠く修行する由申してまかりたりけり。名残り多くてたちけるに、紅葉のしたりけるを見せまほしくて、待ちつる甲斐なく、いかに、と申しければ、木の下に立ち寄りて詠みける 心をば 深き紅葉の 色に染めて 別れて行くや 散るになるらん  1087:  駿河の国久能の山寺にて、月を見て詠みける 涙のみ かきくらさるる 旅なれや さやかに見よと 月は澄めども  1088:  題知らず 身にもしみ ものあはれなる けしきさへ あはれを責むる 風の音かな  1089: いかでかは 音に心の 澄まざらん 草木もなびく 嵐なりけり  1090: 松風は いつもときはに 身にしめど わきて寂しき 夕暮の空  1091:  遠く修行に思ひ立ち侍りけるに、遠行の別れといふことを、人々詣で来て詠み侍りしに ほど経れば 同じ都の 内だにも おぼつかなさは 問はまほしきを  1092:  年久しく相たのみたりける同行に離れて、遠く修行して、帰らずもや、と思ひける、何となくあはれにて さだめなし 幾年君に 馴れ馴れて 別れを今日は 思ふなるらん  1093:  年頃聞きわたりける人に、初めて対面申して帰りける朝に 別るとも 馴るる思ひや 重ねまし 過ぎにし方の 今宵なりせば  1094:  修行して、伊勢にまかりけるに、月の頃、都思ひ出でられて 都にも 旅なる月の 影をこそ 同じ雲居の 空に見るらめ  1095:  そのかみまゐり仕うまつりける慣ひに、世を遁れて後も、賀茂にまゐりけり。とし高くなりて、四国の方へ修行しけるに、また帰りまゐらぬこともやとて、仁安二年十月十日の夜まゐり、幣まゐらせけり。内へも入らぬことなれば、棚尾の社にとりつきて、まゐらせ給へとて、心ざしけるに、木の間の月ほのぼのに、常よりも神さび、あはれにおぼえて、詠みける かしこまる 四手に涙の かかるかな またいつかはと 思ふあはれに  1096:  播磨の書写へまゐるとて、野中の清水を見けること、一昔になりにけり。年経て後、修行すとて通りけるに、同じ様にて変らざりければ 昔見し 野中の清水 かはらねば わが影をもや 思ひ出づらん  1097:  四国の方へ具してまかりたりける同行、都へ帰りけるに 帰り行く 人の心を 思ふにも 離れ難きは 都なりけり  1098:  ひとり見おきて帰りまかりなんずるこそ、あはれに、いつか都へは帰るべき、など申しければ 柴の庵の しばし都へ 帰らじと 思はんだにも あはれなるべし  1099:  旅の歌詠みけるに 草枕 旅なる袖に 置く露を 都の人や 夢に見ゆらん  1100: 越え来つる 都隔つる 山さへに はては霞に 消えぬめるかな  1101: わたの原 遙かに波を 隔て来て 都に出でし 月を見るかは  1102: わたの原 波にも月は 隠れけり 都の山を 何いとひけん  1103:  西の国の方へ修行してまかり侍りけるに、美豆野と申す所に、具しならひたる同行の侍りけるが、親しき者の例ならぬこと侍るとて、具せざりければ 山城の 美豆のみ草に つながれて 駒もの憂げに 見ゆる旅かな  1104:  大峰の深仙と申す所にて、月を見て詠みける 深き山に すみける月を 見ざりせば 思ひ出もなき わが身ならまし  1105: 峯の上も 同じ月こそ 照らすらめ 所柄なる あはれなるべし  1106: 月澄めば 谷にぞ雲は しづむめる 峯吹きはらふ 風に敷かれて  1107:  をばすての峯と申す所の見渡されて、思ひなしにや、月異に見えければ をばすては 信濃ならねど 何処にも 月澄む峯の 名にこそありけれ  1108:  小池と申す宿にて いかにして こずゑの隙もを 求め得て 小池に今宵 月のすむらん  1109:  篠の宿にて 庵さす 草の枕に ともなひて 篠の露にも 宿る月かな  1110:  平地と申す宿にて、月を見けるに、こずゑの露の袂にかかりければ こずゑ洩る 月もあはれを 思ふべし 光に具して 露のこぼるる  1111:  東屋と申す所にて、時雨の後、月を見て 神無月 時雨晴るれば 東屋の 峯にぞ月は むねとすみける  1112: 神無月 谷にぞ雲は 時雨るめる 月澄む峯は 秋にかはらで  1113:  古屋と申す宿にて 神無月 時雨ふるやに 澄む月は 曇らぬ影も たのまれぬかな  1114:  平等院の名書かれたる卒塔婆に、紅葉の散りかかりけるを見て、「花よりほかの」とありける、ひとむかしとあはれにおぼえて詠める あはれとて 花見し峯に 名を留めて 紅葉ぞ今日は 共にふりける  1115:  千種の嶽にて 分けて行く 色のみならず こずゑさへ 千種の嶽は 心染みけり  1116:  蟻の門渡りと申す所にて 笹深み 霧越す岫を 朝立ちて なびきわづらふ 蟻の門渡り  1117:  行者還・稚児泊、続きたる宿なり。春の山伏は屏風立と申す所を平らかに過ぎんことをただ思ひて、行者・稚児泊にて、思ひわづらふなるべし 屏風にや 心を立てて 思ひけん 行者は還り 稚児は泊りぬ  1118:  三重の滝を拝みけるに、ことに尊くおぼえて、三業の罪もすすがるる心地しければ 身に積る 言葉の罪も 洗はれて 心澄みぬる 三重の滝  1119:  転法輪の岳と申す所にて、釈迦の説法の座の石と申す所拝みて 此処こそは 法説かれける 所よと 聞く悟りをも 得つる今日かな  1120:  修行して、遠くまかりける折、人の思ひ隔てたるやうなることの侍りければ よしさらば 幾重ともなく 山越えて やがても人に 隔てられなん  1121:  思はずなること思ひ立つ由、聞えける人の許へ、高野より言ひ遣はしける 枝折せじ なほ山深く 分け入らん 憂きこと聞かぬ 所ありやと  1122:  塩湯にまかりたりけるに、具したりける人、九月晦日に、さきに上りければ、遣はしける人に代りて 秋は暮れ 君は都へ 帰りなば あはれなるべき 旅の空かな  1123:  返し                     大宮の女房加賀 君をおきて 立ち出づる空の 露けさに 秋さへ暮るる 旅の悲しさ  1124:  塩湯出でて、京へ帰りまで来て、故郷の花霜枯れける、あはれなりけり。急ぎ帰りし人の許へ、また代りて 露置きし 庭の小萩も 枯れにけり いづら都に 秋留まるらん  1125:  かへし                     おなじ人 慕ふ秋は 露も留まらぬ 都へと などて急ぎし 舟出なるらん  1126:  みちの国へ修行してまかりけるに、白川の関に留まりて、所柄にや、常よりも月おもしろくあはれにて、能因が「秋風ぞ吹く」と申しけん折、何時なりけんと思ひ出でられて、名残り多くおぼえければ、関屋の柱に書きつけける 白川の 関屋を月の もる影は 人の心を 留むるなりけり  1127:  関に入りて、信夫と申すわたり、あらぬ世のことにおぼえてあはれなり。都出でし日数思ひ続けられて、「霞とともに」と侍ることの跡、辿りまで来にける心一つに思ひ知られて詠みける 都出でて 逢坂越えし をりまでは 心かすめし 白川の関  1128:  武隈の松も昔になりたりけれども、跡をだにとて見にまかりて詠みける 枯れにける 松なき跡の 武隈は みきと言ひても かひなかるべし  1129:  旧りたる棚橋を紅葉の埋みたりける、渡りにくくて、やすらはれて、人に尋ねければ、おもはくの橋と申すはこれなりと申しけるを聞きて 踏まま憂き 紅葉の錦 散りしきて 人も通はぬ おもはくの橋  信夫の里より奥へ二日ばかり入りてある橋なり  1130:  名取河を渡りけるに、岸の紅葉の影を見て 名取河 岸の紅葉の うつる影は おなじ錦を 底にさへ敷く  1131:  十月十二日、平泉にまかり着きたりけるに、雪降り、嵐激しく、ことの外に荒れたりけり。いつしか衣河見まほしくて、まかりむかひて見けり。河の岸に着きて、衣河の城しまはしたる事柄、やう変りてものを見る心地しけり。汀凍りてとりわき冴えければ とりわきて 心もしみて 冴えぞわたる 衣河見に きたる今日しも  1132:  またの年の三月に、出羽の国に越えて、滝の山と申す山寺に侍りけるに、桜の常よりも薄紅の色濃き花にて、並み立てりけるを、寺の人々も見興じければ たぐひなき 思ひいではの 桜かな 薄紅の 花のにほひは  1133:  下野の国にて、柴の煙を見て 都近き 小野大原を 思ひ出づる 柴の煙の あはれなるかな  1134:  同じ旅にて 風荒き 柴の庵は 常よりも 寝覚ぞものは 悲しかりける  1135:  津の国に、やまもとと申す所にて、人を待ちて日数経ければ なにとなく 都の方を 聞く空は むつまじくてぞ ながめられける  1136:  新院讃岐におはしましけるに、便りにつけて、女房の許より みづぐきの 書き流すべき かたぞなき 心のうちは 汲みて知らなん  1137:  かへし ほど遠み 通ふ心の ゆくばかり なほ書き流せ みづぐきの跡  1138:  また、女房遣はしける いとどしく 憂きにつけても たのむかな 契りし道の しるべたがふな  1139: かかりける 涙にしづむ 身の憂さを 君ならでまた 誰か浮かべん  1140:  かへし たのむらん しるべもいさや ひとつ世の 別れにだにも まどふ心は  1141: ながれ出づる 涙に今日は 沈むとも 浮かばん末を なほ思はなん  1142:  遠く修行することありけるに、菩提院の前の斎宮にまゐりたりけるに、人々別れの歌仕うまつりけるに さりともと なほ逢ふことを たのむかな 死出の山路を 越えぬ別れは  1143:  同じ折、坪の桜の散りけるを見て、かくなんおぼえ侍ると申しける この春は 君に別れの 惜しきかな 花のゆくへを 思ひ忘れて  1144:  かへしせよと承りて、桧扇に書きてさし出でける                     女房六角の局 君が往なん 形見にすべき 桜さへ 名残りあらせず 風誘ふなり  1145:  西国へ修行してまかりける折、児島と申す所に、八幡の斎はれ給ひたりけるに、籠りたりけり。年経てまたその社を見けるに、松どもの古木になりたりけるを見て 昔見し 松は老木に なりにけり わが年経たる ほども知られて  1146:  山里へまかりて侍りけるに、竹の風の荻に紛へて聞えければ 竹の音も 荻吹く風の 少なきに たぐへて聞けば やさしかりけり  1147:  世遁れて嵯峨に住みける人の許にまかりて、後の世のこと怠らず勤むべき由、申して帰りけるに、竹の柱を立てたりけるを見て 世々経とも 竹の柱の 一筋に 立てたるふしは 変らざらなん  1148:  題知らず あばれたる 草の庵の さびしさは 風よりほかに 訪ふ人ぞなき  1149: あはれなり よりより知らぬ 野の末に かせぎを友に 馴るるすみかは  1150:  高野に籠りたりける人を、京より、何事かまたいつか出づべきと申したる由聞きて、その人にかはりて 山水の いつ出づべしと 思はねば 心細くて すむと知らずや  1151:  松の絶え間より、わづかに月のかげろひて見えけるを見て 影うすみ 松の絶え間を 洩り来つつ 心細しや 三日月の空  1152:  木蔭納涼といふことを、人々詠みけるに 今日もまた まつの風吹く 岡へ行かん 昨日涼みし 友に逢ふやと  1153:  入り日のかげ隠れけるままに、月の窓にさし入りければ さし来つる 窓の入り日を あらためて 光を変ふる 夕月夜かな  1154:  月蝕を題にて歌詠みけるに 忌むといひて かげに当らぬ 今宵しも われて月見る 名や立ちぬらん  1155:  寂然入道、大原に住みけるに遣はしける 大原は 比良の高嶺の 近ければ 雪降るほどを 思ひこそやれ  1156:  かへし おもへただ 都にてだに 袖さえし 比良の高嶺の 雪のけしきを  1157:  高野の奥の院の橋の上にて、月明かかりければ、もろともにながめ明かして、その頃、西住上人京へ出でにけり。その夜の月忘れ難くて、また同じ橋の月の頃、西住上人の許へ言ひ遣はしける こととなく 君恋ひわたる 橋の上に あらそふものは 月の影のみ  1158:  かへし                     西住 思ひやる 心は見えで 橋の上に あらそひけりな 月の影のみ  1159:  忍西入道、吉野山の麓に住みける、秋の花いかにおもしろかるらんとゆかしう、と申し遣はしたりける返事に、いろいろの花を折り集めて 鹿の音や 心ならねば とまるらん さらでは野辺を みな見するかな  1160:  かへし 鹿のたつ 野辺の錦の 切り端は 残り多かる 心地こそすれ  1161:  人数多して、一人に隠して、あらぬさまに言ひなしけることの侍りけるを聞きて、詠みける 一筋に いかで杣木の 揃ひけん いつはりつくる 心だくみに  1162:  陰陽頭に侍りける者に、或る所の端者もの申しけり。いと思ふやうにもなかりければ、六月晦日に遣はしけるに代りて わがために つらき心を みなつきの 手づからやがて 祓へ棄てなん  1163:  縁有りける人の、新院の勘当なりけるを、許し給ぶべき由、申し入れたりける御返事に 最上川 なべて引くらん いな舟の しばしがほどは いかりおろさん  1164:  御返奉りける 強く引く 綱手と見せよ 最上川 そのいな舟の いかりをさめて  かく申したりければ、許し給びてけり  1165:  屏風の絵を人々詠みけるに、海の際に、幼く賎しき者のある所を 磯菜摘む 海人のさ乙女 心せよ 沖吹く風に 波高くなる  1166:  同じ絵に、苫のうちに人の子おどろきたるところを 磯に寄る 波に心の 洗はれて 寝覚めがちなる 苫屋形かな  1167:  庚申の夜、孔子配りをして、歌詠みけるに、古今・後撰・拾遺、これを、梅・桜・山吹に寄せたる題をとりて、詠みける  古今、梅に寄す くれなゐの 色濃き梅を 折る人の 袖には深き 香や留るらん  1168:  後撰、桜を寄す 春風の 吹きおこせんに 桜花 となり苦しく 主や思はん  1169:  拾遺に山吹を寄す 山吹の 花咲く井手の 里こそは やしうゐたりと 思はざらなん  1170:  祝 隙もなく 降り来る雨の 脚よりも 数限りなき 君が御代かな  1171: 千代経べき ものをさながら 集むとも 君が齢を 知らんものかは  1172: 苔埋む 揺がぬ岩の 深き根は 君が千歳を 固めたるべし  1173: 群れ立ちて 雲居に鶴の 声すなり 君が千歳や 空に見ゆらん  1174: 沢辺より 巣立ち始むる 鶴の子は 松の枝にや 移り初むらん  1175: 大海の 潮干て山に なるまでに 君は変らぬ 君にましませ  1176: 君が代の ためしに何を 思はまし 変らぬ松の 色なかりせば  1177: 君が代は 天つ空なる 星なれや 数も知られぬ 心地のみして  1178: 光さす 三笠の山の 朝日こそ げに萬代の ためしなりけれ  1179: 萬代の ためしに引かん 龜山の 裾野の原に 茂る小松を  1180: 数かくる 波に下枝の 色染めて 神さびまさる 住吉の松  1181: 若葉さす 平野の松は さらにまた 枝に八千代の 数を添ふらん  1182: 竹の色も 君がみどりに 染められて いくよともなく 久しかるべし  1183:  孫儲けて喜びける人の許へ言ひ遣はしける 千代経べき 二葉の松の 生ひ先を 見る人いかに うれしかるらん  1184:  五葉の下に、二葉なる小松どもの侍りけるを、子日に当りける日、折櫃にひき植ゑて、京へ遣はすとて 君がため 五葉の子日 しつるかな たびたび千代を 経べきしるしに  1185:  ただの松をひきそへて、この松の思ひ合はすること申すべくなんとて 子日する 野辺のわれこそ 主なるを ごえふなしとて ひく人のなき  1186:  世につかへぬべき縁数多有りける人の、さもなかりけることを思ひて、清水に年越に籠りたりけるに、遣はしける この春は 枝々までに 栄ゆべし 枯れたる木だに 花は咲くめり  1187:  これも具して あはれにぞ 深き誓ひの たのもしき 清き流れの 底汲まれつつ  1188:  八条院、宮と申しける折、白河殿にて、女房虫合はせられけるに、人に代りて、虫具して、取り出だしけるものに、水に月のうつりたるよしを作りて、その心を詠みける 行末の 名にや流れん 常よりも 月澄みわたる 白川の水  1189:  内に、貝合せんとせさせ給ひけるに、人に代りて 風立たで 波ををさむる うらうらに 小貝を群れて 拾ふなりけり  1190: 難波潟 潮干ば群れて 出でたたん 白洲の崎の 小貝拾ひに  1191: 風吹けば 花咲く波の 折るたびに 桜貝寄る 三島江の浦  1192: 波洗ふ 衣のうらの 袖貝を みぎはに風の たたみ置くかな  1193: 波かくる 吹上の浜の 簾貝 風もぞおろす いそぎ拾はん  1194: 潮染むる ますほの小貝 拾ふとて 色の浜とは 言ふにやあるらん  1195: 波臥する 竹の泊りの 雀貝 うれしきよにも 遭ひにけるかな  1196: 波寄する 白良の浜の 烏貝 拾ひやすくも 思ほゆるかな  1197: かひありな 君がみ袖に 蔽はれて 心に合はぬ ことも無き世は  1198:  入道寂然、大原に住み侍りけるに、高野より遣はしける 山深み さこそあらめと 聞えつつ 音あはれなる 谷の川水  1199: 山深み 真木の葉分くる 月影は はげしきものの すごきなりけり  1200: 山深み 窓のつれづれ 訪ふものは 色づきそむる 黄櫨のたちえだ  1201: 山深み 苔のむしろの 上に居て 何心なく 啼く猿かな  1202: 山深み 岩にしだるる 水溜めん かつがつ落つる 橡拾ふほど  1203: 山深み け近き鳥の 音はせで ものおそろしき ふくろふの声  1204: 山深み 木暗き峯の こずゑより ものものしくも わたる嵐か  1205: 山深み 榾伐るなりと 聞えつつ 所にぎはふ 斧の音かな  1206: 山深み 入りて見と見る ものはみな あはれもよほす けしきなるかな  1207: 山深み 馴るるかせぎの け近さに 世に遠ざかる ほどぞ知らるる  1208:  かへし                     寂然 あはれさは かうやと君も 思ひやれ 秋暮れがたの 大原の里  1209: ひとりすむ おぼろの清水 友とては 月をぞすます 大原の里  1210: 炭竈の たなびくけぶり ひとすぢに 心ぼそきは 大原の里  1211: なにとなく 露ぞこぼるる 秋の田に 引板引き鳴らす 大原の里  1212: 水の音は 枕に落つる ここちして 寝覚めがちなる 大原の里  1213: あだにふく 草の庵の あはれより 袖に露置く 大原の里  1214: 山風に 峯のささ栗 はらはらと 庭に落ち敷く 大原の里  1215: ますらをが 爪木にあけび さし添へて 暮るれば帰る 大原の里  1216: 葎這ふ 門は木の葉に うづもれて 人もさしこぬ 大原の里  1217: もろともに 秋も山路も深ければ しかぞ悲しき 大原の里  1218:  承安元年六月一日、院、熊野へまゐらせ給ひける跡に、住吉に御幸ありけり。修行し廻りて、二日、かの社にまゐりたりけるに、住の江新しく仕立てたりけるを見て、後三条院の御幸、神、思ひ出で給ひけんとおぼえて、詠みける 絶えたりし 君が御幸を 待ちつけて 神いかばかり うれしかるらん  1219:  松の下枝を洗ひけん波、古に変らずやとおぼえて いにしへの 松の下枝を 洗ひけん 波を心に かけてこそ見れ  1220:  斎院おはしまさぬ頃にて、祭の帰さもなかりければ、柴野もとほるとて むらさきの 色なきころの 野辺なれや 片祭にて かけぬ葵は  1221:  北祭の頃、賀茂にまゐりたりけるに、折嬉しくて、待たるるほどぞ使まゐりたり。橋殿に着きて、つい伏し拝まるるまではさることにて、舞人の気色振舞、見し世のことともおぼえず、東遊に琴うつ陪従もなかりけり。さこそ末の世ならめ、神いかに見給ふらんと、恥づかしき心地して、詠み侍りける 神の代も 変りにけりと 見ゆるかな そのことわざの あらずなるにも  1222:  更けけるままに、御手洗の音神さびて聞えければ 御手洗の 流れはいつも 変らじを 末にしなれば あさましの世や  1223:  伊勢にまかりたりけるに、大神宮にまゐりて詠みける 榊葉に 心をかけん 木綿垂でて 思へば神も 仏なりけり  1224:  斎院おりさせ給ひて、本院の前を過ぎけるに、人の内へ入りければ、ゆかしくおぼえて、具して見侍りけるに、かうやはありけんとあはれにおぼえて、おりておはしましけるところへ、宣旨の局の許へ申し遣はしける 君住まぬ 御内はあれて ありす川 いむ姿をも うつしつるかな  1225:  かへし 思ひきや いみ来し人の つてにして 馴れし御内を 聞かんものとは  1226:  伊勢に斎王おはしまさで、年経にけり。斎宮、木立ばかりさかと見えて、築垣もなきやうになりたりけるを見て いつかまた 斎の宮の 斎かれて 注連の御内に 塵を払はん  1227:  世の中に大事出で来て、新院あらぬ様にならせおはしまして、御髪おろして、仁和寺の北院におはしましけるにまゐりて、兼賢阿闍梨出であひたり。月明かくて詠みける かかる世に かげも変らず すむ月を 見るわが身さへ 恨めしきかな  1228:  讃岐におはしまして後、歌といふことの世にいと聞えざりければ、寂然が許へ言ひ遣はしける 言の葉の 情絶えにし 折節に あり逢ふ身こそ 悲しかりけれ  1229:  かへし                     寂然 敷島や 絶えぬる道に 泣く泣くも 君とのみこそ 跡をしのばめ  1230:  讃岐にて、御心ひきかへて、後の世の御勤め暇なくせさせおはしますと聞きて、女房の許へ申しける。この文を書き具して、「若人不嗔打、以修忍辱」 世の中を 背く便りや なからまし 憂き折節に 君逢はずして  1231:  これもついでに具してまゐらせける あさましや いかなるゆゑの 報いにて かかることしも 有る世なるらん  1232: ながらへて つひに住むべき 都かは この世はよしや とてもかくても  1233: まぼろしの 夢を現に 見る人は 目も合はせでや よを明かすらん  1234:  かくて後、人のまゐりけるに付けて、まゐらせける その日より 落つる涙を 形見にて 思ひ忘るる 時の間もなし  1235:  かへし                     女房 目の前に かはり果てにし 世の憂さに 涙を君に 流しけるかな  1236: 松山の 涙は海に 深くなりて 蓮の池に 入れよとぞ思ふ  1237: 波の立つ 心の水を しづめつつ 咲かん蓮を 今は待つかな  1238:  老人述懐といふことを、人々詠みけるに 山深み 杖にすがりて 入る人の 心の奥の 恥づかしきかな  1239:  左京大夫俊成、歌集めらるると聞きて、歌遣はすとて 花ならぬ 言の葉なれど おのづから 色もやあると 君拾はなん  1240:  かへし                     俊成 世を捨てて 入りにし道の 言の葉ぞ あはれも深き 色も見えける  1241:  恋百十首 思ひ余り 言ひ出でしこそ 池水の 深き心の ほどは知られめ  1242: 無き名こそ 飾磨の市に 立ちにけれ まだあひそめぬ 恋するものを  1243: つつめども 涙の色に あらはれて 忍ぶ思ひは 袖よりも散る  1244: わりなしや われも人目を つつむ間に しひても言はぬ 心尽くしは  1245: なかなかに 忍ぶ気色や しるからん かはる思ひに ならひなき身は  1246: 気色をば あやめて人の 咎むとも うち任せては 言はじとぞ思ふ  1247: 心には 忍ぶと思ふ かひもなく しるきは恋の 涙なりけり  1248: 色に出でて いつよりものは 思ふぞと問ふ人あらば いかが答へん  1249: 逢ふことの なくてやみぬる ものならば 今見よ世にも 有りや果つると  1250: 憂き身とて 忍ばば恋の しのばれて 人の名立に なりもこそすれ  1251: みさをなる 涙なりせば 唐衣 かけても人に 知られましやは  1252: 歎きあまり 筆のすさみに 尽くせども 思ふばかりは 書かれざりけり  1253: わが歎く 心のうちの 苦しさも 何にたとへて 君に知られん  1254: 今はただ 忍ぶ心ぞ つつまれぬ 歎かば人や 思ひ知るとて  1255: 心には 深くしめども 梅の花 折らぬ匂ひは かひなかりけり  1256: さりとよと ほのかに人を 見つれども おぼえぬ夢の 心地こそすれ  1257: 消えかへり 暮待つ袖ぞ しをれぬる おきつる人は 露ならねども  1258: いかにせん その五月雨の 名残りより やがてを止まぬ 袖のしづくを  1259: さるほどの 契りは君に 有りながら 行かぬ心の 苦しきやなぞ  1260: 今はさは おぼえぬ夢に なし果てて 人に語らで やみねとぞ思ふ  1261: 折る人の 手には留まらで 梅の花 誰が移り香に ならんとすらん  1262: うたたねの 夢をいとひし 床の上に 今朝いかばかり 起き憂かるらん  1263: ひきかへて うれしかるらん 心にも 憂かりしことは 忘れざらなん  1264: 七夕は 逢ふをうれしと 思ふらん われは別れの 憂き今宵かな  1265: 同じくは 咲き初めしより しめおきて 人に折られぬ 花と思はん  1266: 朝露に 濡れにし袖を 乾すほどに やがて夕立つ わが袂かな  1267: 待ちかねて 夢に見ゆやと まどろめば 寝覚すすむる 荻の上風  1268: つつめども 人知る恋や おほゐ川 井堰の隙を くぐる白波  1269: 逢ふまでの 命もがなと 思ひしに くやしかりける わが心かな  1270: 今よりは 逢はでものをば 思ふとも 後憂き人に 身をばまかせじ  1271: いつかはと こたへんことの 妬きかな 思ひ知らずと 恨み聞かせば  1272: 袖の上の 人目知られし 折までは みさをなりける わが涙かな  1273: あやにくに 人目も知らぬ 涙かな たへぬ心に 忍ぶかひなく  1274: 荻の音は もの思ふわれか 何なれば こぼるる露の 袖に置くらん  1275: 草しげみ 沢に縫はれて 伏す鴫の いかによそだつ 人の心ぞ  1276: あはれとて 人の心の なさけあれな 数ならぬには よらぬ歎きを  1277: いかにせん うき名をば世に 立て果てて 思ひも知らぬ 人の心を  1278: 忘られん ことをばかねて 思ひにき 何おどろかす 涙なるらん  1279: とはれぬも とはぬ心の つれなさも 憂きは変らぬ 心地こそすれ  1280: つらからん 人ゆゑ身をば 恨みじと 思ひしことも かなはざりけり  1281: 今さらに なにかは人も 咎むべき はじめて濡るる 袂ならねば  1282: わりなしな 袖になげきの 満つままに 命をのみも いとふ心は  1283: 色ふかき 涙の川の 水上は 人を忘れぬ 心なりけり  1284: 待ちかねて ひとりは臥せど 敷妙の 枕並ぶる あらましぞする  1285: とへかしな 情は人の 身のためを 憂きわれとても 心やはなき  1286: 言の葉の 霜がれにしに 思ひにき 露の情も かからましとは  1287: 夜もすがら うらみを袖に たたふれば 枕に波の 音ぞ聞ゆる  1288: ながらへて 人のまことを 見るべきに 恋に命の 絶えんものかは  1289: たのめおきし その言ひごとや あだなりし 波越えぬべき 末の松山  1290: 川の瀬に よに消えやすき うたかたの 命をなぞや 君がたのむる  1291: かりそめに 置く露とこそ 思ひしか あきにあひぬる わが袂かな  1292: おのづから あり経ばとこそ 思ひつれ たのみなくなる わが命かな  1293: 身をも厭ひ 人のつらさも 歎かれて 思ひ数ある 頃にもあるかな  1294: 菅の根の 長くものをば 思はじと 手向けし神に 祈りしものを  1295: うちとけて まどろまばやは 唐衣 夜な夜なかへす かひも有るべき  1296: わがつらき ことにをなさん おのづから 人目を思ふ 心ありやと  1297: ことと言へば もて離れたる 気色かな うららかなれや 人の心の  1298: もの思ふ 袖に歎きの たけ見えて 忍ぶ知らぬは 涙なりけり  1299: 草の葉に あらぬ袂も もの思へば 袖に露置く 秋の夕暮  1300: 逢ふことの 無き病にて 恋死なば さすがに人や あはれと思はん  1301: いかにぞや 言ひ遣りたりし 方もなく ものを思ひて 過ぐる頃かな  1302: わればかり もの思ふ人や またもあると 唐土までも たづねてしがな  1303: 君にわれ いかばかりなる 契りありて 二なくものを 思ひそめけん  1304: さらぬだに もとの思ひの 絶えぬ身に 歎きを人の 添ふるなりけり  1305: われのみぞ わが心をば いとほしむ あはれぶ人の なきにつけても  1306: 恨みじと 思ふわれさへ つらきかな とはで過ぎぬる 心づよさを  1307: いつとなき 思ひは富士の けぶりにて うち臥す床や 浮島が原  1308: これもみな 昔のことと 言ひながら などもの思ふ 契りなりけん  1309: などかわれ つらき人ゆゑ ものを思ふ 契りをしもは 結びおきけん  1310: くれなゐに あらふ袂の 濃き色は こがれてものを 思ふなりけり  1311: せきかねて さはとて流す たきつ瀬に 湧く白玉は 涙なりけり  1312: 歎かじと つつみし頃の 涙だに うち任せたる 心地やはせし  1313: 今はわれ 恋せん人を とぶらはん よに憂きことと 思ひ知られぬ  1314: ながめこそ 憂き身のくせに なり果てて 夕暮ならぬ 折もせらるれ  1315: 思へども 思ふかひこそ なかりけれ 思ひも知らぬ 人を思へば  1316: 綾ひねる ささめの小蓑 衣に着ん 涙の雨も しのぎがてらに  1317: なぞもかく ことあたらしく 人の問ふ われもの思ふ 古りにしものを  1318: 死なばやと 何思ふらん 後の世も 恋はよに憂き こととこそ聞け  1319: わりなしや いつを思ひの 果にして 月日を送る わが身なるらん  1320: いとほしや さらに心の をさなびて 魂切れらるる 恋もするかな  1321: 君慕ふ 心のうちは ちごめきて 涙もろくも なるわが身かな  1322: なつかしき 君が心の 色をいかで つゆも散らさで 袖につつまん  1323: いくほども ながらふまじき 世の中に ものを思はで 経るよしもがな  1324: いつかわれ 塵積む床を 払ひ上げて 来んとたのめん 人を待つべき  1325: よたけたつ 袖にたたへて 忍ぶかな 袂の滝に 落つる涙を  1326: 憂きにより つひに朽ちぬる わが袖を 心尽くしに 何しのびけん  1327: 心から 心にものを 思はせて 身を苦しむる わが身なりけり  1328: ひとり着て わが身にまとふ 唐衣 しほしほとこそ 泣き濡らさるれ  1329: 言ひ立てて 恨みばいかに つらからん 思へば憂しや 人の心は  1330: 歎かるる 心のうちの 苦しさを 人の知らばや 君に語らん  1331: 人知れぬ 涙にむせぶ 夕暮は ひきかづきてぞ うち臥されける  1332: 思ひきや かかる恋路に 入りそめて よく方もなき 歎きせんとは  1333: あやふさに 人目ぞつねに よがれける 岩のかど踏む ほきの桟道  1334: 知らざりき 身にあまりたる 歎きして ひまなく袖を しぼるべしとは  1335: 吹く風に 露もたまらぬ 葛の葉の うらがへれとは 君をこそ思へ  1336: われからと 藻に住む虫の 名にし負へば 人をばさらに 恨みやはする  1337: むなしくて やみぬべきかな 空蝉の この身からにて 思ふ歎きは  1338: つつめども 袖よりほかに こぼれ出でて うしろめたきは 涙なりけり  1339: われながら 疑はれぬる 心かな ゆゑなく袖を しぼるべきかは  1340: さることの あるべきかはと 忍ばれて 心いつまで みさをなるらん  1341: とり残し 思ひもかけぬ 露払ひ あなくらたかの われが心や  1342: 君に染む 心の色の 深さには 匂ひもさらに 見えぬなりけり  1343: さもこそは 人目思はず なり果てて あなさま憎の 袖の雫や  1344: かつすすぐ 沢の小芹の 根を白み きよげにものを 思はずもがな  1345: いかさまに 思ひ続けて 恨みまし ひとへにつらき 君ならなくに  1346: 恨みても 慰めてまし なかなかに つらくて人の 逢はぬと思へば  1347: うち絶えで 君に逢ふ人 いかなれや わが身も同じ 世にこそは経れ  1348: とにかくに 厭はまほしき 世なれども 君が住むにも ひかれぬるかな  1349: 何事に つけてか世をば 厭はまし うかりし人ぞ 今日はうれしき  1350: 逢ふと見し その夜の夢の 覚めであれな 長き眠りは 憂かるべけれど  この歌、題もまた人にかはりたることどもも、ありげなれども、書かず  この歌ども、山里なる人の語るにしたがひて、書きたるなり。されば僻事どもや、むかしいまの事とり集めたれば、時折節たがひたることども  1351:  この集を見て、返しけるに                     院の少納言の局 巻毎に 玉の声せし 玉章の たぐひはまたも 有りけるものを  1352:  かへし よしさらば 光なくとも 玉といひて 言葉の塵は 君みがかなん  1353:  讃岐に詣でて、松山の津と申す所に、院おはしましけん御跡たづねけれど、かたも無かりければ 松山の 波に流れて 来し舟の やがて空しく なりにけるかな  1354: 松山の 波の景色は 変らじを かたなく君は なりましにけり  1355:  白峯と申しける所に、御墓の侍りけるに、まゐりて よしや君 昔の玉の ゆかとても かからん後は 何にかはせん  1356:  同じ国に、大師のおはしましける御辺りの山に、庵結びて住みけるに、月いと明かくて、海の方曇りなく見えければ 曇りなき 山にて海の 月見れば 島ぞこほりの 絶え間なりける  1357:  住みけるままに、庵いとあはれにおぼえて 今よりは いとはじ命 あればこそ かかるすまひの あはれをも知れ  1358:  庵の前に、松の立てりけるを見て 久に経て わが後の世を とへよ松 跡しのぶべき 人もなき身ぞ  1359: ここをまた われ住み憂くて 浮かれなば 松はひとりに ならんとすらん  1360:  雪の降りけるに 松の下は 雪降る折の 色なれや みな白妙に 見ゆる山路に  1361: 雪積みて 木も分かず咲く 花なれや ときはの松も 見えぬなりけり  1362: 花と見る こずゑの雪に 月さえて たとへん方も なき心地する  1363: まがふ色は 梅とのみ見て 過ぎゆくに 雪の花には 香ぞなかりける  1364: 折しもあれ うれしく雪の 埋むかな かき籠りなんと 思ふ山路を  1365: なかなかに 谷の細道 埋め雪 ありとて人の 通ふべきかは  1366: 谷の庵に 玉の簾を かけましや すがる垂氷の 軒を閉ぢずば  1367:  花まゐらせける折しも、折敷に霰の散りけるを 樒おく 閼伽の折敷の ふち無くば 何にあられの 玉と散らまし  1368: 岩に堰く 閼伽井の水の わりなきに 心すめとも 宿る月かな  1369:  大師の生まれさせ給ひたる所とて、廻りの仕廻して、そのしるしに、松の立てりけるを見て あはれなり 同じ野山に 立てる木の かかるしるしの 契りありける  1370:  またある本に曼荼羅寺の行道所へ登るは、世の大事にて、手を立てたるやうなり。大師の、御経書きて埋ませおはしましたる山の峯なり。坊の外は、一丈ばかりなる壇築きて建てられたり。それへ日毎に登らせおはしまして、行道しおはしましけると、申し伝へたり。巡り行道すべきやうに、壇も二重に築き廻されたり。登るほどの危ふさ、ことに大事なり。構へて這ひまはり着きて めぐり逢はん ことの契りぞ ありがたき 厳しき山の 誓ひ見るにも  1371:  やがてそれが上は、大師の御師に逢ひまゐらせさせおはしましたる峯なり。「わがはいしさ」と、その山をば申すなり。その辺の人は「わがはいし」とぞ申しならひたる。山も字をば捨てて申さず。また筆の山とも名付けたり。遠くて見れば、筆に似て、まろまろと山の峯の先のとがりたるやうなるを、申し慣はしたるなめり。行道所より、構へてかきつき登りて、峯にまゐりたれば、師にあはせおはしましたる所のしるしに、塔を建ておはしましたりけり。塔の礎はかりなく大きなり。高野の大塔などばかりなりける塔の跡と見ゆ。苔は深く埋みたれども、石大きにして、あらはに見ゆ。筆の山と申す名につきて 筆の山に かき登りても 見つるかな 苔の下なる 岩の気色を  善通寺の大師の御影には、そばにさしあげて、大師の御師書き具せられたりき。大師の御手などもおはしましき。四の門の額少々われて、おほかたは違はずして侍りき。末にこそいかがなりなんずらんと、おぼつかなくおぼえ侍りしか  1372:  備前の国に、小嶋と申す島に渡りたりけるに、あみと申すものとる所は、各々我々占めて、長き竿に袋を付けて、立てわたすなり。その竿の立て始めをば、一の竿とぞ名付けたる。中に齢高き海士人の立て初むるなり。立つるとて申すなる詞聞き侍りしこそ、涙こぼれて、申すばかりなくおぼえて、詠みける 立て初むる あみ採る浦の 初竿は 罪のなかにも すぐれたるかな  1373:  日比・渋川と申す方へまはりて、四国の方へ渡らんとしけるに、風あしくて、ほど経けり。渋川の浦と申す所に、幼き者どもの数多物を拾ひけるを、問ひければ、つみと申すもの拾ふなりと申しけるを聞きて 下り立ちて 浦田に拾ふ 海士の子は つみより罪を 習ふなりけり  1374:  真鍋と申す島に、京より商人どもの下りて、やうやうのつみの物ども商ひて、また塩飽の島に渡り、商はんずる由申しけるを聞きて 真鍋より 塩飽へ通ふ あき人は つみをかひにて 渡るなりけり  1375:  串に刺したる物を商ひけるを、何ぞと問ひければ、蛤を乾して侍るなりと申しけるを聞きて おなしくは かきをぞ刺して 乾しもすべき 蛤よりは 名もたよりあり  1376:  牛窓の瀬戸に、海士の出で入りて、さだえと申すものを採りて、舟に入れ入れしけるを見て さだえ棲む 瀬戸の岩壺 求め出でて いそぎし海士の 気色なるかな  1377:  沖なる岩につきて、海士どもの鮑採りける所にて 岩の根に かたおもむきに 並み浮きて 鮑を潜く 海士のむらぎみ  1378:  題知らず 小鯛引く 綱のうけ繩 寄り来めり 憂き仕業ある 塩崎の浦  1379: 霞敷く 波の初花 をりかけて 桜鯛釣る 沖の海士舟  1380: 海士人の いそしく帰る ひしきものは こにし蛤 がうなしただみ  1381: 磯菜摘まん 今生ひ初むる 若布海苔 海松布神馬草 鹿尾菜石花菜  1382:  伊勢の答志と申す島には、小石の白の限り侍る浜にて、黒はひとつもまじらず、むかひて菅島と申すは、黒の限り侍るなり 菅島や 答志の小石 分け替へて 黒白まぜよ 浦の浜風  1383: 崎志摩の 小石の白を 高波の 答志の浜に うち寄せてける  1384: 香良洲崎の 浜の小石と 思ふかな 白もまじらぬ 菅島の黒  1385: 合はせばや 鷺と烏と 碁を打たば 答志菅島 黒白の浜  1386:  伊勢の二見の浦に、さるやうなる女の童どもの集まりて、わざとのこととおぼしく、蛤をとり集めけるを、いふ甲斐なき海士人こそあらめ、うたてきことなりと申しければ、貝合に京より人の申させ給ひたれば、選りつつ採るなりと申しけるに 今ぞ知る 二見の浦の 蛤を 貝合とて おほふなりけり  1387:  伊良胡へ渡りたりけるに、いがひと申す蛤に、阿古屋のむねと侍るなり。それを取りたる殻を高く積みおきたりけるを見て 阿古屋とる いがひの殻を 積みおきて 宝の跡を 見するなりけり  1388:  沖の方より、風のあしきとて、鰹と申す魚釣りける舟どもの帰りけるに 伊良胡崎に 鰹釣り舟 並び浮きて 西北風の波に 浮かびつつぞ寄る  1389:  二つありける鷹の、伊良胡渡りをすると申しけるが、一つの鷹は留まりて、木の末にかかりて侍ると申しけるを聞きて 巣鷹わたる 伊良胡が崎を 疑ひて なほ木に帰る 山帰りかな  1390: はし鷹の すずろがさでも 古るさせて 据ゑたる人の ありがたの世や  1391:  宇治川を下りける舟の、金突と申す物をもて、鯉の下るを突きけるを見て 宇治川の 早瀬落ち舞ふ 漁舟の かづきにちがふ 鯉のむらまけ  1392: 小鮠つどふ 沼の入江の 藻の下は 人漬けおかぬ 柴にぞありける  1393: 種漬くる 壺井の水の 引く末に 江鮒集まる 落合のわだ  1394: しらなはに 小鮎引かれて 下る瀬に もち設けたる 小目の敷網  1395: 見るも憂きは 鵜繩に逃ぐる いろくづを のがらかさでも したむ持網  1396: 秋風に すずき釣り舟 走るめり そのひとはしの 名残り慕ひて  1397:  新宮より伊勢の方へまかりけるに、みき島に舟の沙汰しける浦人の、黒き髪は一筋もなかりけるを呼び寄せて 年経たる 浦の海士人 言問はん 波をかづきて 幾世過ぎにき  1398: 黒髪は 過ぐると見えし 白波を かづき果てたる 身には知れ海士  1399:  小鳥どもの歌詠みける中に 声せずば 色濃くなると おもはまし 柳の芽食む 鶸の群鳥  1400: 桃園の 花にまがへる 照鷽の 群れ立つをりは 散る心地する  1401: 並びゐて 友を離れぬ こがらめの 塒にたのむ 椎の下枝  1402:  月の夜、賀茂にまゐりて、詠み侍りける 月のすむ 御祖川原に 霜さえて 千鳥とほ立つ 声聞ゆなり  1403:  熊野へまゐりけるに、七越の峯の月を見て、詠みける たちのぼる 月の辺りに 雲消えて 光重ぬる ななこしの峯  1404:  讃岐の国へまかりて、みのつと申す津に着きて、月明かくて、ひびの手も通はぬほどに、遠く見えわたりたりけるに、水鳥のひびの手に付きて飛びわたりけるを 敷きわたす 月のこほりを 疑ひて ひびの手まはる 味鴨の群鳥  1405: いかでわれ 心の雲に 塵据ゑで 見るかひありて 月をながめん  1406: ながめをりて 月のかげにぞ 世をば見る すむもすまぬも さなりけりとは  1407: 雲晴れて 身にうれへなき 人の身ぞ さやかに月の かげは見るべき  1408: さのみやは 袂にかげを 宿すべき 弱し心よ 月なながめそ  1409: 月に恥ぢて さし出でられぬ 心かな ながむか袖に かげの宿れば  1410: 心をば 見る人ごとに 苦しめて なにかは月の 取りどころなる  1411: 露けさは 憂き身の袖の 癖なるを 月見る咎に おほせつるかな  1412: ながめ来て 月いかばかり しのばれん この世し雲の 外になりなば  1413: いつかわれ この世の空を 隔たらん あはれあはれと 月を思ひて  1414: 露もありつ かへすがへすも 思ひ知りて ひとりぞ見つる 朝顔の花  1415: ひときれは 都を捨てて 出づれども 巡りてはなほ きその桟橋  1416: 捨てたれど 隠れて住まぬ 人になれば なほ世にあるに 似たるなりけり  1417: 世の中を 捨てて捨て得ぬ 心地して 都離れぬ わが身なりけり  1418: 捨てしをりの 心をさらに 改めて 見る世の人に 別れ果てなん  1419: 思へ心 人のあらばや 世にも恥ぢん さりとてやはと 勇むばかりぞ  1420: 呉竹の ふし繁からぬ よなりせば この君はとて さし出でなまし  1421: 悪し善しを 思ひ分くこそ 苦しけれ ただあらざれば あられける身を  1422: 深く入るは 月ゆゑとしも なきものを 憂き世しのばん み吉野の山  1423:  嵯峨野の、見し世にも変りてあらぬやうになりて、人往なんとしたりけるを見て この里や 嵯峨の御狩の 跡ならん 野山も果ては 褪せかはりけり  1424:  大覚寺の金岡が立てたる石を見て 庭の岩に 目立つる人も なからまし かどある様に 立てしおかずば  1425:  滝のわたりの木立あらぬことになりて、松ばかり並み立ちたりけるを見て 流れ見し 岸の木立も あせ果てて 松のみこそは 昔なるらめ  1426:  龍門にまゐるとて 瀬を早み 宮滝川を 渡り行けば 心の底の 澄むここちする  1427: 思ひ出でて 誰かはとめて 分けも来ん 入る山道の 露の深さを  1428: 呉竹の いま幾よかは 起きふして 庵の窓を 上げ下ろすべき  1429: その筋に 入りなば心 なにしかも 人目思ひて 世につつむらん  1430: 緑なる 松にかさなる 白雪は 柳の衣を 山におほへる  1431: さかりならぬ 木もなく花の 咲きにけると 思へば雪を 分くる山道  1432: 波と見ゆる 雪を分けてぞ 漕ぎわたる 木曽の桟橋 底も見えねば  1433: まな鶴は 沢のこほりの 鏡にて 千歳のかげを もてやなすらん  1434: 沢も解けず 摘めどかたみに 留まらで 目にもたまらぬ ゑぐの草茎  1435: 君が住む 岸の岩より 出づる水の 絶えぬ末をぞ 人も汲みける  1436: 田代見ゆる 池の堤の 嵩添へて たたふる水や 春の夜のため  1437: 庭に流す 清水の末を 堰きとめて 門田養ふ 心にもあるかな  1438: 伏見過ぎぬ 岡屋になほ とどまらじ 日野まで行きて 駒試みん  1439: 秋の色は 風ぞ野も狭に 敷きわたす 時雨は音を 袂にぞ聞く  1440: しぐれ初むる 花園山に 秋暮れて 錦の色を 改むるかな  1441:  伊勢の磯のへぢの錦の島に、磯回の紅葉の散りけるを 波に敷く 紅葉の色を 洗ふゆゑに 錦の島と 言ふにやあるらん  1442:  陸奥の国に平泉にむかひて、束稲と申す山の侍るに、異木は少なきやうに桜の限り見えて、花の咲きたりけるを見て、詠める 聞きもせず 束稲山の 桜花 吉野のほかに かかるべしとは  1443: 奥になほ 人見ぬ花の 散らぬあれや たづねを入らん 山ほととぎす  1444: つばな抜く 北野の茅原 褪せゆけば 心すみれぞ 生ひかはりける  1445:  例ならぬ人の大事なりけるが、四月に梨の花の咲きたりけるを見て、梨の欲しき由を願ひけるに、もしやと人に尋ねければ、枯れたる柏につつみたる梨を、ただ一つ遣はして、こればかりなど申したりける 花のをり 柏に包む 信濃梨は 緑なれども あかしのみと見ゆ  1446:  讃岐の院におはしましける折の、みゆきの鈴の奏を聞きて、詠みける ふりにけり 君がみゆきの 鈴の奏は いかなる世にも 絶えず聞えて  1447:  日の入る、鼓のごとし 波のうつ 音を鼓に まがふれば 入日のかげの 打ちて揺らるる  1448:  題知らず 山里の 人もこずゑの まつが末に あはれに来居る ほととぎすかな  1449: 並べける 心はわれか ほととぎす 君待ち得たる 宵の枕に  1450:  筑紫に、腹赤と申す魚の釣をば、十月一日に下ろすなり。師走に引き上げて、京へは上せ侍る、その釣の繩、遙かに遠く引きわたして、通る舟のその繩に当りぬるをば、かこちかかりて、高家がましく申して、むつかしく侍るなり。その心を詠める 腹赤釣る おほわださきの うけ繩に 心かけつつ 過ぎんとぞ思ふ  1451: 伊勢島や いるるつきてす まふ波に けことおぼゆる いりとりの海士  1452: 磯菜摘みて 波かけられて 過ぎにける わにの住みける 大磯の根を  Subtitle  百首  1453:  花 十首 吉野山 花の散りにし 木の下に とめし心は われを待つらん  1454: 吉野山 高嶺の桜 咲き初めば かからんものか 花の薄雲  1455: 人はみな 吉野の山へ 入りぬめり 都の花に われはとまらん  1456: たづね入る 人には見せじ 山桜 われ疾う花に あはんと思へば  1457: 山桜 咲きぬと聞きて 見に行かん 人をあらそふ 心とどめて  1458: 山桜 ほどなく見ゆる にほひかな さかりを人に 待たれ待たれて  1459: 花の雪の 庭につもるに 跡つけじ 門なき宿と 言ひ散らさせて  1460: ながめつる あしたの雨の 庭の面に 花の雪敷く 春の夕暮  1461: 吉野山 ふもとの滝に 流す花や 峯につもりし 雪の下水  1462: 根にかへる 花を送りて 吉野山 夏のさかひに 入りて出でぬる  1463:  郭公 十首 鳴かん声や 散りぬる花の 名残りなる やがて待たるる ほととぎすかな  1464: 春暮れて 声に花咲く ほととぎす たづぬることも 待つも変らぬ  1465: 聞かで待つ 人思ひ知れ ほととぎす 聞きても人は なほぞ待つめる  1466: ところから 聞きがたきかと ほととぎす 里を変へても 待たんとぞ思ふ  1467: はつごゑを 聞きての後は ほととぎす 待つも心の たのもしきかな  1468: 五月雨の 晴れ間たづねて ほととぎす 雲ゐに伝ふ 声聞ゆなり  1469: ほととぎす なべて聞くには 似ざりけり 古き山辺の あかつきの声  1470: ほととぎす 深き山辺に 住むかひは こずゑに続く 声を聞くかな  1471: 夜の床を 泣き浮かさなん ほととぎす もの思ふ袖を とひに来たらば  1472: ほととぎす 月のかたぶく 山の端に 出でつる声の かへり入るかな  1473:  月 十首 伊勢島や 月の光の さひか浦は あかしには似ぬ かげぞすみける  1474: 池水に 底清くすむ 月かげは 波にこほりを しきわたすかな  1475: 月を見て あかしの浦を 出づる舟は 波のよるとや 思はざるらん  1476: はなれたる 白良の浜の 沖の石を くだかで洗ふ 月の白波  1477: 思ひとけば 千里のかげも 数ならず いたらぬ隈も 月にあらせじ  1478: おほかたの 秋をば月に つつませて 吹きほころばす 風の音かな  1479: 何事か この世に経たる 思ひ出を 問へかし人に 月を数へん  1480: 思ひ知るを 世には隈なき かげならず わが目に曇る 月の光は  1481: 憂き世とも 思ひとほさじ かしかへて 月のすみける 久方の空  1482: 月の夜やがて 友とをなりて 何処にも 人知らざらん すみか数へよ  1483:  雪 十首 信楽の 杣のおほぢは とどめてよ 初雪降りぬ むこの山人  1484: いそがずば 雪にわが身や とめられて 山辺の里に 春を待たまし  1485: あはれ知りて 誰か分け来ん 山里の 雪降り埋む 庭の夕暮  1486: 湊川 苫に雪ふく 友舟は むやひつつこそ 夜を明かしけれ  1487: 筏士の 波の沈むと 見えつるは 雪を積みつつ 下るなりけり  1488: たまりをる こずゑの雪の 春ならば 山里いかに もてなされまし  1489: 大原は 芹生を雪の 道にあけて 四方には人も 通はざりけり  1490: 晴れやらで 二村山に 立つ雲は 比良の吹雪の 名残りなりけり  1491: 雪しのぐ 庵のつまを さしそへて 跡とめて来ん 人をとどめん  1492: くやしくも 雪の深山へ 分け入らで 麓にのみも 年を積みける  1493:  恋 十首 ふるき妹が 園に植ゑたる 唐なづな 誰なづさへと おほしたるらん  1494: くれなゐの よそなる色は 知られねば 筆にこそまづ 染めはじめつれ  1495: さまざまの なげきを身には 積みおきて 何時しめるべき 思ひなるらん  1496: 君をいかで 細かに結へる しげめ結ひ たちも離れず 並びつつ見ん  1497: 恋すとも みさをに人に 言はればや 身にしたがはぬ 心やはある  1498: 思ひ出でよ 御津の浜松 よそだつと 志賀の浦波 ただん袂を  1499: うとくなる 人は心の 変るとも われとは人に 心おかれじ  1500: 月を憂しと ながめながらも 思ふかな その夜ばかりの かげとやは見し  1501: われはただ かへさでを着ん 小夜衣 着て寝しことを 思ひ出でつつ  1502: 川風に 千鳥鳴きけん 冬の夜は わが思ひにて ありけるものを  1503:  述懐 十首 いざさらば 盛り思ふも ほどもあらじ 藐姑射が峯の 花にむつれし  1504: 山深く 心はかねて おくりてき 身こそ憂き世を 出でやらねども  1505: 月にいかで 昔のことを 語らせて かげに添ひつつ 立ちも離れじ  1506: 憂き世とし 思はでも身の 過ぎにける 月のかげにも なづさはりつつ  1507: 雲につきて うかれのみゆく 心をば 山にかけてを とめんとぞ思ふ  1508: 捨てて後は まぎれし方は おぼえぬを 心のみをば 世にあらせける  1509: 塵つかで ゆがめる道を なほくなして ゆくゆく人を 世に継がへばや  1510: ひとしまんと 思ひも見えぬ 世にあれば 末にさこそは 大幣のそら  1511: 深き山は 苔むす岩を たたみ上げて ふりにし方を 納めたるかな  1512: ふりにける 心こそなほ あはれなり およばぬ身にも 世を思はする  1513:  無常 十首 はかなしな 千世思ひし 昔をも 夢のうちにて 過ぎにける代は  1514: ささがにの 糸に貫ぬく 露の玉を かけて飾れる 世にこそありけれ  1515: 現をも 現とさらに 思へねば 夢をも夢と なにか思はん  1516: さらぬことも あとかたなきを 分きてなど 露をあだにも 言ひもおきけん  1517: ともし火の 掲げ力も なくなりて とまる光を 待つわが身かな  1518: 水干たる 池にうるほふ したたりを 命にたのむ 魚くづや誰  1519: みぎは近く 引き寄せらるる 大網に 幾せのものの 命籠れり  1520: うらうらと 死なんずるなと 思ひ解けば 心のやがて さぞと答ふる  1521: 言ひ捨てて 後のゆくへを 思ひ出でば さてさはいかに 浦島の筥  1522: 世の中に なくなる人を 聞くたびに 思ひは知るを おろかなる身に  1523:  神祇 十首  神楽二首 めづらしな 朝倉山の 雲ゐより したひ出でたる 明星のかげ  1524: 名残りいかに かへすがへすも 惜しからし その駒に立つ 神楽舎人は  1525:  賀茂二首 御手洗に 若菜すすぎて 宮人の まてに捧げて 御戸開くめる  1526: ながつきの 力合はせに 勝ちにけり わがかたをかを 強く頼みて  1527:  男山二首 今日の駒は 美豆のさうぶを おひてこそ 敵をらちに かけて通らめ  1528:  放生会 御輿長の 声先立てて 下ります をとかしこまる 神の宮人  1529:  熊野二首 み熊野の むなしきことは あらじかし むしたれいたの 運ぶ歩みは  1530: あらたなる 熊野詣の しるしをば 氷の垢離に 得べきなりけり  1531:  御裳濯二首 初春を くまなく照らす かげを見て 月にまづ知る 御裳濯の岸  1532: 御裳濯の 岸の岩ねに 代をこめて 固め立てたる 宮柱かな  1533:  釋教 十首  訖栗枳王の夢の中に三首 まどひてし 心を誰も 忘れつつ ひかへらるなる ことの憂きかな  1534: ひきひきに わが棄てつると 思ひける 人の心や せばまくの衣  1535: 末の世の 人の心も みがくべき 玉をも塵に まぜてけるかな  1536:  無量義経三首 悟りひろき この法をまづ 説きおきて 二つなしとは 言ひきはめける  1537: 山桜 つぼみはじむる 花の枝に 春をば籠めて 霞むなりけり  1538: 身につきて 燃ゆる思ひの 消えましや 涼しき風の あふがざりせば  1539:  千手経三首 花までは 身に似ざるべし 朽ち果てて 枝もなき木の 根をな枯らしそ  1540: 誓ひありて 願はん国へ 行くべくは 西の門より 悟りひらかん  1541: さまざまに たなごころなる 誓ひをば 南無の言葉に ふさねたるかな  1542:  また一首この心を  楊梅の春の匂ひ遍吉の功徳なり  紫蘭の秋の色は普賢菩薩の真相なり 野辺の色も 春の匂ひも おしなべて 心染めける 悟りにぞなる  1543:  雑 十首 沢の面に 更けたる鶴の 一声に おどろかされて 千鳥鳴くなり  1544: 友になりて おなじ湊を 出舟の ゆくへも知らず 漕ぎ別れぬる  1545: 滝落つる 吉野の奥の 宮川の 昔を見けん あと慕はばや  1546: わが園の 岡辺に立てる 一つ松を 友と見つつも 老いにけるかな  1547: さまざまの あはれありつる 山里を 人に伝へて 秋の暮れぬる  1548: 山賎の 住みぬと見ゆる わたりかな 冬に褪せゆく 静原の里  1549: 山里の 心の夢に まどひをれば 吹き白まかす 風の音かな  1550: 月をこそ ながめば心 浮かれ出でめ 闇なる空に ただよふやなぞ  1551: 波高き 蘆屋の沖を かくる舟の ことなくて世を 過ぎんとぞ思ふ  1552: ささがにの いと世をかくて 過ぎにける 人の人なる 手にもかからで  以上歌数千五百五十三首  本云一千五百七十二首云々  凡此書本落字僻字太多之、又不審歌  繁多也。=1可授語本。  今山家集之外又有山家心中抄、被畧抜  此集内書出者也  *=1:二/心(したしく)  End  親本::  陽明文庫蔵「山家集」  底本::   著名:  新潮日本古典集成(第四九回)        「山家集」   校注:  後藤 重郎   発行者: 佐藤 隆信   発行所: 株式会社 新潮社   初版:  昭和57年(1982)04月10日 第 1刷発行   発行:  平成10年(1998)09月10日 第 7刷  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: Apple Macintosh Performa 5280   入力日: 2001年01月11日-2001年02月14日  校正::   校正者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   校正日: 2001年05月22日-