Title
纂校山家集(六家集本山家集近衛本)
Data
底本:六家集本山家集近衛本
校合1:平井卓郎氏藏松屋本書入本
校合2:流布板本
校合3:温故堂舊藏本
校合4:神宮文庫本
注:記号はつぎの通り
連番(4):国歌大観番号(4):欠落記号(T:底本/M:松本/R:流布本に欠落)
Subtitle
春
0001:0001:M
たつはるのあしたよみける
としくれぬ春くべしとはおもひねにまさしく見えてかなふ初夢
0002:0002:M
山のはのかすむけしきにしるきかなけさよりやさは春のあけぼの
0003:0003
はるたつとおひもあへぬあさいでにいつしかかすむおとは山かな
0004:0004
たちかはる春をしれとも見せがほにとしをへだつる霞なりけり
0005:xxxx:TM
とけ初むるはつ若水の氣色にて春立つことのくまれぬるかな
0006:0005
家々翫春と云亊
門ごとにたつる小松にかざされてやどてふ宿に春はきにけり
0007:xxxx:TR
春立心を人々五首よみけるに
音羽山いつしかみねのかすむかなまたるる春は關こえにけり
0008:xxxx:TR
春たつをあづまよりくる人さへにせきのしみづのおとにしるかな
0009:xxxx:TR
春たちて音羽のさとのかげの雪にしたの清水のとくるまちける
0010:xxxx:TR
いつしかにおとはの瀧のうぐひすぞまづみやこにははつねなくべき
0011:xxxx:TR
春たちぬかすみがさねの衣きてうめがかちらせうぐひすのこゑ
0012:0006
元日子日にて侍りけるに
ねのひしてたてたる松にうゑそへむちよかさぬべきとしのしるしに
0013:0007
山ざとに春立つと云亊
山ざとはかすみわたれるけしきにて空にやはるの立つを知るらむ
0014:0008
なにはわたりにとしこしに侍りけるに、春たつこころをよみける
いつしかとはるきにけりと津のくにの難波のうらを霞こめたり
0015:0009
春になりけるかたたがへに、しがのさとへまかりける人にぐしてまかりけるに、あふさか山のかすみけるを見て
わきてけふあふさか山のかすめるはたちおくれたるはるやこゆらむ
0016:xxxx:TM
はるきて猶雪
かすめども春をばよその空にみてとけんともなき雪の下水
0017:0010
だいしらず
はるしれと谷のほそみづもりぞくるいはまの氷ひまたえにけり
0018:0011
かすまずはなにをか春とおもはましまだゆききえぬみよしのの山
0019:0012
海邊霞と云亊を
もしほやくうらのあたりは立ちのかでけぶりたちそふはるがすみかな
0020:0013
同じ心を、伊勢にふたみと云所にて
浪こすとふたみのまつの見えつるはこずゑにかかる霞なりけり
0021:0014
子日
はるごとにのべの小松をひく人はいくらのちよをふべきなるらむ
0022:0015
子日する人にかすみはさきだちてこまつがはらをたなびきてけり
0023:0016:M
ねのひしにかすみたなびくのべに出てはつ鶯のこゑをききつる
0024:0017
わかなにはつねのあひたりければ、人のもとへ申しつかはしける
わかなつむけふにはつねのあひぬればまつにや人のこころひくらむ
0025:0018
雪中若菜
けふはただおもひもよらでかへりなむゆきつむのべのわかななりけり
0026:xxxx:TR
野べごとに雪をかしらにいただきてわかなを人のつむにざりける
0027:0019
わかな
かすがのはとしのうちにはゆきつみてはるはわかなのおふるなりけり
0028:0020
雨中若菜
春雨のふるののわかなおひぬらしぬれぬれつまむかたみたぬきれ
0029:0021
わかなによせてふるきをおもふと云亊を
わかなつむのべのかすみぞあはれなるむかしをとほくへだつとおもへば
0030:0022
老人のわかなと云亊を
うづえつきななくさにこそおひにけれとしをかさねてつめるわかなに
0031:0023
寄若菜述懷と云亊を
わかなおふるはるののもりに我なりてうき世を人につみしらせばや
0032:0024
寄鶯述懷
うき身にてきくもをしきはうぐひすの霞にむせぶあけぼのの山
0033:0025
閑中鶯
鶯のこゑぞかすみにもれてくる人めともしき春の山ざと
0034:0026
雨中鶯
鶯のはるさめざめとなきゐたるたけのしづくやなみだなるらむ
0035:0027
すみけるたにに、うぐひすのこゑせずなりければ
ふるすうとくたにの鶯なりはてば我やかはりてなかむとすらむ
0036:0028
鶯はたにのふるすを出ぬともわがゆくへをばわすれざらなむ
0037:0029
うぐひすは我をすもりにたのみてやたにのをかへはいでてなくらむ
0038:xxxx:TR
鶯の歌二首よみける、當座
うぐひすはふるすにこもるこゑのうちに春をばもちてつぐるなりけり
0039:0030
はるのほどはわがすむいほのともになりてふるすないでそ谷の鶯
0040:0031
きぎすを
もえいづるわかなあさるときこゆなりきぎすなくのの春の明ぼの
0041:0032
おひかはるはるのわかくさまちわびてはらのかれのにきぎすなくなり
0042:0033
春の霞いへたちいでてゆきにけんきぎすたつ野をやきてけるかな
0043:0034
かた岡にしばうつりしてなくきぎすたつはおととてたかからぬかは
0044:xxxx:TM
梅を
香にぞまづ心しめおく梅のはな色はあだにもちりぬべければ
0045:0035
山家梅
かをとめむ人にこそまて山ざとの垣ねに梅のちらぬかぎりは
0046:0036:M
心せむしづがかきねの梅はあやなよしなくすぐる人とどめけり
0047:0037:M
このはるはしづが垣ねにふれわびてうめがかとめむ人したしまむ
0048:0038
嵯峨にすみけるに、みちをへだてて坊の侍りけるより、梅の風にちりけるを
ぬしいかに風わたるとていとふらむよそにうれしき梅のにほひを
0049:0039
いほりのまへなりける梅をみてよみける
梅が香をたてふところにふきためていりこむ人にしめよ春風
0050:0040
伊勢にもりやまと申す所に侍りけるに、いほりにうめのかうばしくにほひけるを
しばのいほにとくとくうめのにほひきてやさしきかたもあるすまひかな
0051:0041
梅に鶯なきけるを
うめがかにたぐへてきけばうぐひすのこゑなつかしき春の山ざと
0052:0042
つくりおきしこけのふすまに鶯は身にしむ梅のかやにほふらむ
0053:0043
たびのとまりのうめ
ひとりぬるくさのまくらのうつりがは垣ねの梅のかやにほふらむ
0054:0044
古砌梅
なにとなくのきなつかしきうめゆゑにすみけむ人の心をぞしる
0055:0045
山家春雨と云亊を、大原にてよみけるに
はるさめののきたれこむるつれづれにひとにしられぬひとのすみかか
0056:0046
霞中歸鴈
なにとなくおぼつかなきはあまのはらかすみにきえてかへるかりがね
0057:0047
かりがねはかへるみちにやまよふらむこしのなかやま霞へだてて
0058:0048
歸鴈
たまづさのはしがきかとも見ゆるかなとびおくれつつかへるかりがね
0059:0049:M
山家喚子鳥
山ざとへたれをまたこはよぶことりひとりのみこそすまむとおもふに
0060:0050:M
苗代
なはしろのみづをかすみはたなびきてうちひのうへにかくるなりけり
0061:0051
かすみに月のくもれるをみて
くもなくておぼろなりともみゆるかな霞かかれる春のよの月
0062:0052
山家柳
山がつのかたをかかけてしむるいほのさかひにみゆるたまのをやなぎ
0063:xxxx:TR
庵の前なる柳に鶯のなきけるに
青柳のいとをしきけのしたるかなむすぼほれたるうぐひすの聲
0064:0053
雨中柳
なかなかに風のほすにぞみだれける雨にぬれたる青柳のいと
0065:0054
柳亂風
見わたせばさほのかはらにくりかけてかぜによらるるあをやぎのいと
0066:0055
水邊柳
みなそこにふかきみどりの色みえて風になみよるかはやなぎかな
0067:0056
待花忘他
まつによりちらぬこころをやまざくらさきなば花のおもひしらなむ
0068:0057:M
獨尋山花
たれかまた花をたづねてよしの山こけふみわくるいはつたふらむ
0069:0058
待花
いまさらに春をわするる花もあらじやすくまちつつけふもくらさむ
0070:0059
おぼつかないづれのやまのみねよりかまたるる花のさきはじむらむ
0071:0060
そらにいでていづくともなくたづぬればくもとははなの見ゆるなりけり
0072:0061:M
ゆきとぢしたにのふるすを思ひいでてはなにむつるる鶯のこゑ
0073:0062
花の歌あまたよみけるに
よしの山くもをはかりにたづねいりてこころにかけし花をみるかな
0074:0063
おもひやる心やはなにゆかざらむかすみこめたるみよしののやま
0075:0064
おしなべてはなのさかりになりにけりやまのはごとにかかるしらくも
0076:0065
まがふいろに花さきぬればよしの山はるははれせぬみねのしら雲
0077:0066
よし野山こずゑの花を見し日より心は身にもそはずなりにき
0078:0067
あくがるるこころはさてもやまざくらちりなむのちやみにかへるべき
0079:0068
花みればそのいはれとはなけれども心のうちぞくるしかりける
0080:0069
しらかはのこずゑをみてぞなぐさむるよしのの山にかよふ心を
0081:0070:M
しらかはの春のこずゑの鶯ははなのことばをきくここちする
0082:0071:M
ひきかへてはなみる春はよるはなく月見るあきはひるなからなむ
0083:0072:M
花ちらで月はくもらぬよなりせば物をおもはぬわが身ならまし
0084:0073:M
たぐひなきはなをしえだにさかすれば櫻にならぶ木ぞなかりける
0085:0074:M
身をわけて見ぬこずゑなくつくさばやよろづのやまの花のさかりを
0086:0075:M
さくらさくよものやまべをかぬるまにのどかにはなを見ぬここちする
0087:0076:M
はなにそむこころのいかでのこりけむすてはててきと思ふ我身に
0088:0077:M
ねがはくは花のしたにて春しなむそのきさらぎのもちづきのころ
0089:0078:M
ほとけにはさくらの花をたてまつれわがのちのよを人とぶらはば
0090:0079:M
なにとかやよにありがたき名をえたる花もさくらにまさりしもせじ
0091:0080:M
山ざくらかすみのころもあつくきてこの春だにも風つつまなむ
0092:0081:M
おもひやるたかねのくものはなならばちらぬなぬかははれじとぞ思ふ
0093:0082:M
長閑なれこころをさらにつくしつつはなゆゑにこそ春はまちしか
0094:0073:M
かざごしのみねのつづきにさく花はいつさかりともなくやちりなむ
0095:0084:M
ならひありて風さそふとも山ざくらたづぬるわれをまちつけてちれ
0096:0085
すそのやくけぶりぞ春はよしの山花をへだつる霞なりける
0097:0086
いまよりは花みん人につたへおかむよをのがれつつやまにすまへと
0098:0087
しづかならんと思ひけるころ、花見に人々まうできたりければ
花見にとむれつつ人のくるのみぞあたらさくらのとがには有りける
0099:0088
花もちり人もこざらむをりはまたやまのかひにてのどかなるべし
0100:0089
かきたえ、こととはずなりにける人の、花みに山ざとへまうできたり、とききてよみける
年をへておなじこずゑににほへども花こそ人にあかれざりけれ
0101:0090
花のしたにて月をみてよみける
くもにまがふ花のしたにてながむればおぼろに月は見ゆるなりけり
0102:0091
春のあけぼの花みけるに鶯のなきければ
花の色や聲にそむらむ鶯のなくねことなる春のあけぼの
0103:0092
春は花をともと云亊を、せか院の齋院にて人々よみけるに
おのづから花なきとしの春もあらばなににつけてか日をくらすべき
0104:0093
老見花と云亊を
老づとになにをかせましこの春の花まちつけぬ我が身なりせば
0105:0094
ふる木のさくらの、ところどころさきたるをみて
わきてみむおい木は花もあはれなりいまいくたびか春にあふべき
0106:0095
屏風の繪を人々よみけるに、春の宮人むれて花みける所に、よそなる人の見やりてたてりけるを
このもとは見る人しげしさくらばなよそにながめてかをばをしまむ
0107:0096
山寺の花さかりなりけるに、昔を思ひ出でて
よしの山ほきぢつたひにたづね入りて花見しはるはひとむかしかも
0108:0097
修行し侍りけるに、花のおもしろかりける所にて
ながむるにはなのなだての身ならずばこのもとにてや春をくらさむ
0109:0098
くまのへまゐりけるに、やがみの王子の花おもしろかりければ、社に書きつけける
まちきつるやがみのさくらさきにけりあらくおろすなみすの山かぜ
0110:0099
せか院の花ざかりなりけるころ、としたかのもとよりいひおくられける
おのづからくる人あらばもろともにながめまほしき山ざくらかな
0111:0100
返し
ながむてふかずにいるべき身なりせばきみがやどにて春はへぬべし
0112:0101
上西門院の女房、法勝寺の花見侍りけるに、雨のふりてくれにければかへられにけり。又の日、兵衞のつぼねのもとへ、花のみゆき思ひ出させ給ふらむとおぼえて、かくなむ申さまほしかりしとてつかはしける
見るひとに花もむかしをおもひいでてこひしかるべしあめにしをるる
0113:0102
返し
いにしへをしのぶるあめとたれかみんはなもそのよのともしなければ
わかき人々ばかりなむ、おいにける身は、かぜのわづらはしさににとはるゝ亊にてとありける、やさしくきこえけり。
0114:0103
雨のふりけるに、花のしたにて車たててながめける人に
ぬるともとかげをたのみておもひけむ人のあとふむけふにもあるかな
0115:0104
世をのがれて東山に侍りけるころ、白川の花ざかりに人さそひければ、まかりてかへりてむかし思ひ出でて
ちるをみでかへるこころやさくらばなむかしにかはるしるしなるらむ
0116:0105:M
山路落花
ちりそむるはなのはつゆきふりぬればふみわけまうきしがの山ごえ
0117:0106
落花の歌あまたよみけるに
ちよくとかやくだすみかどのいませかしさらばおそれてはなやちらぬと
0118:0107
浪もなく風ををさめし白川のきみのをりもや花はちりけむ
0119:0108
いかで我このよのほかのおもひでにかぜをいとはで花をながめむ
0120:0109:M
年をへてまつもをしむもやまざくら心を春はつくすなりけり
0121:0110
よしの山たにへたなびくしらくもはみねのさくらのちるにやあるらむ
0122:0111:MR
吉野山みねなる花はいづかたのたににかわきてちりつもるらむ
0123:0112
山おろしのこのもとうづむ花の雪はいはゐにうくもこほりとぞみる
0124:0113
はる風の花のふぶきにうづもれてゆきもやられぬしがのやまみち
0125:0114
立ちまがふみねの雲をばはらふとも花をちらさぬあらしなりせば
0126:0115
よしの山花ふきぐしてみねこゆるあらしはくもとよそにみゆらむ
0127:0116
をしまれぬ身だにもよにはあるものをあなあやにくの花の心や
0128:0117
うきよにはとどめおかじとはるかぜのちらすは花ををしむなりけり
0129:0118
もろともにわれをもぐしてちりね花うきよをいとふ心ある身ぞ
0130:0119
おもへただはなのちりなむこのもとになにをかげにて我身すみなむ
0131:0120
ながむとてはなにもいたくなれぬればちるわかれこそかなしかりけれ
0132:0121
をしめどもおもひげもなくあだにちるはなは心ぞかしこかりける
0133:0122
こずゑふく風のこころはいかにせんしたがふはなのうらめしきかな
0134:0123
いかでかはちらであれともおもふべきしばしとしたふなげきしれはな
0135:0124
このもとの花にこよひはうづもれてあかぬこずゑをおもひあかさむ
0136:0125
このもとにたびねをすればよしの山はなのふすまをきするはるかぜ
0137:0126:M
ゆきとみえて風にさくらのみだるればはなのかさきる春のよの月
0138:0127:M
ちる花ををしむこころやとどまりてまたこむはるのたねになるべき
0139:0128:M
はるふかみえだもゆるがでちる花は風のとがにはあらぬなるべし
0140:0129:M
あながちに庭をさへはくあらしかなさそふ心にはなをまかせめ
0141:0130:M
あだにちるさこそこずゑの花ならめすこしはのこせ春の山風
0142:0131:M
こころえつただひとすぢに今よりは花ををしまで風をいとはむ
0143:0132:M
吉野山さくらにまがふしら雲のちりなむのちははれずもあらなむ
0144:0133:M
花とみばさすがなさけをかけましをくもとて風のはらふなるべし
0145:0134:M
風さそふ花のゆくへはしらねどもをしむ心は身にとまりけり
0146:0135:M
花ざかりこずゑをさそふ風なくてのどかにちらむはるのあらばや
0147:0136:M
庭花似波と云亊を
風あらみこずゑのはなのながれきてにはになみたつしらかはのさと
0148:0137
しらかはの花にはおもしろかりけるをみて
あだにちるこずゑの花をながむれば庭にはきえぬゆきぞつもれる
0149:0138
高野にこもりたりけるころ、草のいほりに花のちりつみければ
ちる花のいほりのうへをふくならばかぜいるまじくめぐりかこはむ
0150:0139
夢中落花と云亊を、せか院の齋院にて人々よみけるに
春風のはなをちらすと見るゆめはさめてもむねのさわぐなりけり
0151:0140
風前落花
山ざくらえだきる風のなごりなく花をさながらわがものにする
0152:0141
雨中落花
こずゑうつあめにしをれてちる花のをしき心をなににたとへむ
0153:0142
遠山殘花
よしの山ひとむら見ゆるしらくもはさきおくれたるさくらなるべし
0154:0143
花歌十五首よみけるに
よしの山人に心をつけがほにはなよりさきにかかるしら雲
0155:0144
山さむみ花さくべくもなかりけりあまりかねてもたづねきにけり
0156:0145
かたばかりつぼむとはなをおもふよりそらまたこゝろものになるらむ
0157:0146
おぼつかなたにはさくらのいかならむみねにはいまだかけぬしら雲
0158:0147
はなときくはたれもさこそはうれしけれおもひしづめぬ我こころかな
0159:0148
はつはなのひらけはじむるこずゑよりそばへてかぜのわたるなりけり
0160:0149
おぼつかなはるは心の花にのみいづれのとしかうかれそめけむ
0161:0150
いざことしちれとさくらをかたらはむなかなかさらば風やをしむと
0162:0151
風ふくとえだをはなれておつまじくはなとぢつけよあおやぎのいと
0163:0152
ふく風のなべてこずゑにわたるかなかばかり人のをしむさくらに
0164:0153
なにとかくあだなるはるのいろをしも心にふかくそめはじめけむ
0165:0154:M
おなじみのめずらしからずをしめばや花もかはらずさけばちるらむ
0166:0155
みねにちる花はたになる木にぞさくいたくいとはじ春の山風
0167:0156
山おろしにみだれて花のちりけるをいははなれたるたきとみたれば
0168:0157
花もちり人もみやこへかへりなばやまさびしくやならんとすらむ
0169:0158
ちりてのち花を思ふと云亊を
青葉さへ見ればこゝろのとまるかなちりにし花のなごりとおもへば
0170:xxxx:TR
花の歌十首當座會しけるに
心ありてひるはをやめとおもふかな花まつころのはるの夜の雨
0171:xxxx:TR
さかぬまの雨にも花のすすめられてとかれとおもふはるの山ざと
0172:xxxx:TR
たづねゆくをごしに花の梢見ていそぐこころをさきにたてつる
0173:xxxx:TR
うぐひすはさくらに梅のかをるをりは庭の小竹に夜がれをぞする
0174:xxxx:TR
さかりみる花の梢にほととぎすはつこゑならすみやまべのさと
0175:xxxx:TR
ほどもなき花の盛を待ちけりとおもひしりぬるかひもあらばや
0176:xxxx:TR
さかりなりし梢の盛を待ちけりとおもひしりぬるかひもあらばや
0177:xxxx:TR
みねの花ちるをさながらやどに見て白雲見よと人にいはばや
0178:xxxx:TR
春は猶よし野のおくへ入りにけりちるめる花ぞ根にはかへれる
0179:xxxx:TR
はるくれぬその大かたはいかがせむ花をかたみととどめましかば
0180:0159:M
すみれ
あとたえてあさぢしげれる庭のおもに誰わけいりてすみれつみけむ
0181:0160
誰ならむあらたのくろにすみれつむ人は心のわりなかるべし
0182:0161
さわらび
なほざりにやきすてし野のさわらびはをる人なくてほどろとやなる
0183:0162
かきつばた
ぬまみづにしげるまこものわかれぬをさきへだてたるかきつばたかな
0184:0163
山路躑躅
いはつたひをらでつつじをてにぞとるさかしきやまのとりどころには
0185:0164
つつじ山のひかりたり
つつじさく山のいはかげゆふばえてをぐらはよそのなのみなりけり
0186:0165
山ぶき
きしちかみうゑけむ人ぞうらめしきなみにをらるるやまぶきの花
0187:0166
山ぶきのはなさくさとになりぬればここにも井でとおもほゆるかな
0188:0167
かはづ
ますげおふるやまたにみづをまかすればうれしがほにもなくかはづかな
0189:0168
みさびゐて月もやどらぬにごりえにわれすまむとてかはづなくなり
0190:0169
春のうちに郭公をきくと云亊を
うれしともおもひぞわかぬ郭公はるきくことのならひなければ
0191:0170
伊勢にまかりたりけるに、みつと申すところにて、海邊の春の暮と云亊を神主どもよみけるに
すぐるはるしほのみつよりふなでしてなみのはなをやさきにたつらむ
0192:0171
三月一日たらでくれにけるによみける
春ゆゑにせめてもものをおもへとやみそかにだにもたらでくれぬる
0193:0172
三月晦日に
けふのみとおもへばながき春の日もほどなくくるるここちこそすれ
0194:0173:M
ゆく春をとどめかねぬるゆふぐれはあけぼのよりもあはれなりけり
Subtit1e
夏
0195:0174
かぎりあればころもばかりはぬぎかへてこころははなをしたふなりけり
0196:0175
夏歌中に
くさしげるみちかりあけてやまざとははな見し人の心をぞしる
0197:0176:M
みづのうへのうの花
たつた河きしのまがきを見わたせば井ぜきの浪にまがふうの花
0198:xxxx:TM
山川のなみにまがへる卯の花をたちかへりてや人はをるらむ
0199:0177
よるのうのはな
まがふべき月なきころのうのはなはよるさへさらすぬのかとぞ見る
0200:0178
社頭卯花
神がきのあたりにさくもたよりあれやゆふかけたりとみゆるうの花
0201:0179:M
無言なりけるころ、郭公のはつこゑをききて
郭公ひとにかたらぬをりにしもはつねきくこそかひなかりけれ
0202:0180:M
たづねざるに郭公をきくと云亊を賀茂社にて人々よみける
ほととぎすうづきのいみにいみめるをおもひしりても來なくなるかな
0203:0181
ゆふぐれの郭公といふことを
さとなるるたそがれどきのほととぎすきかずかほにてまたなのらせむ
0204:0182
郭公
我やどにはなたちばなをうゑてこそ山ほととぎすまつべかりけれ
0205:0183
たづぬればききがたきかとほととぎすこよひばかりはまちこころみむ
0206:0184
郭公まつこころのみつくさせてこゑをばをしむさ月なりけり
0207:0185:M
人にかはりて
まつ人の心をしらばほととぎすたのもしくてやよをあかさまし
0208:0186
郭公をまちてむなしくあけぬと云亊を
ほととぎすきかであけぬとつげがほにまたれぬとりのねぞきこゆなる
0209:0187:M
郭公きかであけぬるなつのよのうらしまのこはまことなりけり
0210:0188:M
郭公歌五首よみけるに
ほととぎすきかぬものゆゑまよはまし春をたづねぬ山路なりせば
0211:0189:M
まつことははつねまでかとおもひしにききふるされぬほととぎすかな
0212:0190:M
ききおくるこころをぐしてほととぎすたかまのやまのみねこえぬなり
0213:0191:M
おほゐ川をぐらの山のほととぎす井ぜきにこゑのとまらましかば
0214:0192:M
ほととぎすそののちこえむやまぢにもかたらふこゑはかはらざらなむ
0215:xxxx:TM
ほととぎすを
ほととぎすきく折にこそ夏山の青葉は花におとらざりけり
0216:0193
郭公おもひもわかぬひと聲をききつといかに人にかたらむ
0217:0194
ほととぎすいかばかりなる契にてこころつくさで人のきくらむ
0218:0195
かたらひしそのよのこゑはほととぎすいかなるよにもわすれむものか
0219:0196
ほととぎすはなたちばなはにほふとも身をうの花のかきねわするな
0220:0197
雨中待郭公と云亊を
郭公しのぶうづきもすぎにしを猶こゑをしむさみだれの空
0221:0198
雨中郭公
さみだれのはれまも見えぬ雲ぢよより山ほととぎすなきてすぐなり
0222:0199
山寺郭公といふことを人々よみけるに
郭公ききにとてしもこもらねどはつせのやまはたよりありけり
0223:0200
五月つごもりに、山ざとにまかりてたちかへりけるを、郭公もすげなくききすててかへりし亊など、人の申しつかはしたりける返亊に
ほととぎすなごりあらせでかへりしがききすつるにもなりにけるかな
0224:xxxx:TR
時鳥の歌五首よみけるに
ほととぎすただ一こゑのしのびねをきくあはれなるあかつきの空
0225:xxxx:TR
時鳥しのだのもりの一こゑは夜だにあけばとおもはれぬかな
0226:xxxx:TR
あやめふく宿のしるしに郭公一こゑなろとねをもかけなむ
0227:xxxx:TR
ほととぎすいそぐさなへを取りさしてなきつるかたへこころをぞやる
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ひるはいでてすがたの池にかげうつせ聲をのみきくやま時鳥
0229:0201:M
題不知
空はれてぬまのみかさをおとさずばあやめもふかぬさ月なるべし
0230:0202:M
高野の中院と申す所に、あやめふきたる房の侍りけるにさくらのちりけるがめづらしくおぼえてよみける
櫻ちるやどをかざれるあやめをばはなさうぶとやいふべかるらむ
0231:0203:M
坊なるちごこれをききて
ちるはなをけふのあやめのねにかけてくすだまともやいふべかるらむ
0232:0204
さる亊ありて、人のもの申しつかはしたりける返亊に、五日
をりにあひて人にわが身やひかれましつくまのぬまのあやめなりせば
0233:0205
五月五日、山寺へ人のけふいる物なればとて、しやうぶをつかはしたりける返亊に
にしにのみこころぞかかるあやめ草このよばかりのやどと思へば
0234:0206
みな人のこころのうきはあやめ草にしにおもひのひかぬなりけり
0235:xxxx:TM
五月雨の軒の雫に玉かけてやどをかざれるあやめぐさかな
0236:0207
さみだれ
みづたたふいはまのまこもかりかねてむなでにすぐるさみだれのころ
0237:0208:M
さみだれにみづまさるらしうち橋やくもでにかかるなみのしらいと
0238:0209:R
五月雨はいはせくぬまのみづふかみわけしいしまのかよひぢもなし
0239:0210:M
こささしくふるさとをののみちのあとをまたさはになすさみだれのころ
0240:0211
つくづくと軒のしづくをながめつつ日をのみくらちさみだれのころ
0241:0212
あづまやのをがやがのきのいとみづにたまぬきかくるさみだれのころ
0242:0213:M
さみだれにをだのさなえやいかならむあぜのうきひぢあらひこされて
0243:0214
さみだれのころにしなればあらをだに人もまかせぬみづたたへけり
0244:0215:M
あるところにさみだれの歌十五首よみ侍りしに、人にかはりて
さみだれにほすひまなくてもしほ草けぶりもたてぬうらのあま人
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五雨はいささ小川の橋もなしいづくともなくみをにながれて
0246:0216:M
みなせ河をちのかよひぢみづみちてふなわたりするさみだれのころ
0247:0217:M
ひろせがはわたりのおきのみをじるしみかさぞふかきさみだれのころ
0248:0218:M
はやせ河つなでのきしをおきにみてのぼりわづらふさみだれのころ
0249:0219:M
みづわくるなにはほりえのなかりせばいかにかせましさみだれのころ
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ふねすゑしみなとのあしまさをたてて心ゆくらむさみだれのころ
0251:0221:M
みなそこにしかれにけりなさみだれてみつのまこもをかりにきたれば
0252:0222:M
さみだれのをやむはれまのなからめやみづのかさほせまこもかるふね
0253:0223:M
さみだれにさののふなはしうきみればのりてぞ人はさしわたるらむ
0254:0224:M
五月雨のはれぬ日かずのふるま夫にぬまのまこもはみがくれにけり
0255:0225:M
みづなしとききてふりにしかつまたのいけあらたむるさみだれのころ
0256:0226:M
さみだれはゆくべきみちのあてもなしをざさかはらもうきにながれて
0257:0227:M
五月雨はやまだのあぜのたきまくらかずをかさねておつるなりけり
0258:0228:M
かはわだのよどみにとまるながれぎのうきはしわたすさみだれのころ
0259:0229:M
おもはずにあなづりにきくこがはかなさつきの雨に水まさりつつ
0260:0230
となりのいづみ
風をのみはななきやどはまちまちていづみのすゑをまたむすぶかな
0261:0231
水邊納涼と云亊をし北白川にてよみける
水の音にあつさわするるまとゐかなこずゑのせみの聲もまぎれて
0262:0232
深山水鷄
杣人のくれにやどかるここちして庵をたたく水鷄なりけり
0263:0233
題不知
夏山のゆふしたかぜのすずしさにならのこかげのたたまうきかな
0264:0234
なでしこ
かきわけてをればつゆこそこぼれけれあさぢにまじるなでしこの花
0265:0235
雨中撫子
露おもみそののなでしこいかならんあらく見えつるゆふだちの空
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夏野草
みまくさにはら野のすすきかりにきて鹿のふしどをみおきつるかな
0267:0236:M
みまくさにはらのをすすきしがふとてふしどあせぬとしかおもふらむ
0268:0237
旅行草深と云亊を
旅人のわくるなつのの草しげみはずゑにすげのをかさはづれて
0269:0238:M
行路夏といふことを
ひばりあがるおほののちはらなつくればすずむこかげをたづねてぞ行く
0270:0239
ともし
ともしするほぐしのまつもかへなくにしかめあはせであかすなつのよ
0271:0240
題不知
夏のよはしののこたけのふしちかみそよやほどなくあくるなりけり
0272:0241
なつの夜の月みることやなかるらむかやりびたつるしづのふせやは
0273:0242
海邊夏月
つゆのぼるあしのわか葉に月さえてあきをあらそふなにはえのうら
0274:0243:M
泉にむかひて月をみると云亊を
むすびあぐるいづみにすめる月影はてにもとられぬかがみなりけり
0275:0244
むすぶてにすずしきかげをしたふかなしみづにやどるなつのよの月
0276:0245
夏月歌よみけるに
夏のよもをざさがはらにしもぞおく月のひかりのさえしわたれば
0277:0246
山川のいはにせかれてちる浪をあられと見する夏の夜の月
0278:0247
池上夏月
かげさえて月しもことにすみぬれば夏のいけにもつららゐにけり
0279:0248
蓮滿池と云亊
おのづから月やどるべきひまもなくいけにはちすの花さきにけり
0280:0249:M
雨後夏月
ゆふだちのはるれば月ぞやどりけるたまゆりすうるはすのうきはに
0281:0250
涼風如秋
まだきより身にしむ風のけしきかな秋さきだつるみやまべのさと
0282:0251
松風如秋と云亊を北白川なる所にて人々よみて、又水聲有秋と云亊を、かさねけるに
松風のおとのみならずいしばしる水にも秋はありけるものを
0283:0252
山家待秋
山ざとはそとものまくずはをしげみそらふきかへす秋をまつかな
0284:0253
みなづきはらへ
みそぎしてぬさきりながす河のせにやがてあきめく風ぞすずしき
Subtitle
秋
0285:0254
山家初秋
さまざまのあはれをこめてこずゑふく風に秋しるみやまべのさと
0286:0255
山居初秋
秋たつと人はつげねどしられけりみ山のすその風のけしきに
0287:0256
ときはのさとにて、初秋月と云亊を人々よみけるに
秋たつとおもふにそらもただならでわれてひかりをわけむ三日月
0288:0257
はじめの秋ころ、なるをと申す所にて松風の音をききて
つねよりも秋になるをの松風はわきて身にしむここちこそすれ
0289:0258
七夕
いそぎおきてにはのこぐさのつゆふまむやさしきかずに人やおもふと
0290:0259:M
くれぬめりけふまちつけてたなばたはうれしきにもやつゆこぼるらむ
0291:0260
あまの川けふのなぬかはながきよのためしにもひきいみもしつべし
0292:0261
船よするあまの河邊のゆふ暮はすずしき風やふきわたるらむ
0293:0262
まちつけてうれしかるらむたなばたの心のうちぞ空にしらるる
0294:0263
くものいがきけるをみて
ささがにのくもでにかけてひくいとやけふたなばたにかささぎのはし
0295:0264
草花みちをさへぎると云亊を
ゆふ露をはらへばそでにたまきえてみちわけかぬるをののはぎはら
0296:0265
野徑秋風
すゑ葉ふく風はのもせにわたるともあらくはわけじはぎのしたつゆ
0287:0266:M
草花得時と云亊を
いとすすきぬはれてしかのふすのべにほころびやすきふぢばかまかな
0298:0267:M
行路草花
をらで行くそでにも露ぞしをれけるはぎのはしげきのべのほそみち
0299:0268:M
霧中草花
ほにいづるみやまがすそのむらすすきまがきにこめてかこふ秋ぎり
0300:0269
終月見野花
みだれさくのべのはぎれらわけくれて露にも袖をそめてけるかな
0301:0270
萩滿野
さきそはむ所の野べにあらばやは萩よりほかのはなも見るべき
0302:0271
萩滿野亭
わけているにはしもやがてのべなれは萩のさかりをわがものにみる
0303:0272
秋野似錦
けふぞしるそのえにあらふからにしきはぎさくのべにありけるものを
0304:0273:M
草花を
しげりゆきしはらの下草をばないでて招くは誰をしたふなるらむ
0305:0274
薄當道繁
はなすすきこころあてにぞわけてゆくほのみしみちのあとしなければ
0306:0175
古籬苅萱
まがきあれてすすきならねどかるかやもしげきのべともなりにける物を
0307:0276:M
女郎花
をみなへしわけつる袖とおもはばやおなじつゆにしぬるとみてそは
0308:0277
をみなへしいろめくのべにふれはらむたもとにつゆやこぼれかかると
0309:0278
草花露重
けさみればつゆのすがるにをれふしておきもあがらぬをみなへしかな
0310:0279:M
おほかたの野べの露にはしをるれどれがなみだなきをみなへしかな
0311:0280:M
女郎花帶露
はながえに露のしらたまぬきかけてをる袖ぬらすをみなへしかな
0312:0281:M
をらぬよりそでぞぬれぬる女郎花露むすぼれてたてるけしきに
0313:0282
水邊女郎花
いけのおもにかげをさやかにうつしてもみづかがみ見るをみなへしかな
0314:0283
たぐひなきはなのすがたを女郎花いけのかがみにうつしてぞみる
0315:0284
女郎花水近
女郎花いけのさなみにえだひぢてものおもふそでのぬるるがほなる
0316:0285
萩
おもふにもすぎてあはれにきこゆるは萩のはみだるあきのゆふ風
0317:0286:M
おしなべて木草のすゑのはらまでになびきて秋のあはれ見えけり
0318:0287
萩風拂露
をじかふすはぎさくのべの夕露をしばしもためぬ萩のうはかぜ
0319:0288
隣夕萩風
あたりまであはれしれともいひかほにをぎのおとこすあきの夕風
0320:0289
秋歌中
ふきわたす風にあはれをひとしめていづくもすごき秋の夕ぐれ
0321:0290
おぼつかな秋はいかなるゆゑのあればすゞろにもののかなしかるらん
0322:0291
なにごとをいかにおもふとなけれどもたもとかわかぬ秋のゆふぐれ
0323:0292
なにとなくものがなしくぞ見えわたるとばたのおもの秋の夕ぐれ
0324:0293
野亭秋夜
ねざめつつながきよかなといはれのにいく秋までもわが身へぬらん
0325:0294
秋の歌に露をよむとて
おほかたの露にはなにのなるならんたもとにおくはなみだなりけり
0326:0295
やまざとに人々まかりてあきの歌よみけるに
山ざとのそとものをかのたかき木にそぞろがましきあきぜみのこゑ
0327:0296
人々秋歌十首よみけるに
たまにぬく露はこぼれてむさしののくさのはむすぶ秋のはつかぜ
0328:0297
ほにいでてしののをすすきまねくのにたはふてたてるをみなへしかな
0329:0298
はなをこそのべのものとは見にきつれくるればむしのねをもききけり
0330:0299
をぎのはをふきすぎてゆく風の音に心みだるる秋のゆふぐれ
0331:0300
はれやらぬみやまのきりのたえだえにほのかにしかのこゑきこゆなり
0332:0301
かねてよりこずゑのいろをおもふかなしぐれはじむるみやまべのさと
0333:0302
しかのねをかきねにこめてきくのみか月もすみけりあきの山ざと
0334:0303
いほりもる月の影こそさびしけれやまだはひたのおとばかりして
0335:0304
わづかなるにはのこ草のしら露をもとめてやどる秋のよの月
0336:0305
なにとなくこころをさへはつくすらむわがなげきにてくるるあきかは
0337:0306
月
秋のよの空にいづてふ名のみしてかげほのかなるゆふづくよかな
0338:0307
あまのはらつきたけのぼるくもぢをばわきても風のふきはらはなむ
0339:0308:M
うれしとやまつ人ごとにおもふらむ山のはいづる秋のよの月
0340:0309
なかなかに心つくすもくるしきにくもらばいりね秋の夜の月
0341:0310
いかばかりうれしからまし秋のよの月すむ空にくもなかりせば
0342:0311
はりまがたなだのみおきにこぎいでてあたりおもはぬ月をながめむ
0343:XXXX:TM
月すみてなぎたる海のおもてかな雲の波さへたちもかからで
0344:0312
いざよはでいづるは月のうれしくているやまのははつらきなりけり
0345:0313
水のおもにやどる月さへいりぬるはいけのそこにもやまやあるらむ
0346:0314
したはるるこころやゆくとやまのはにしばしないりそ秋のよの月
0347:0315
あくるまでよひよりそらにくもなくてまたこそかかる月みざりつれ
0348:0316:M
あさぢはら葉ずゑの露のたまごとにひかりつらぬく秋のよの月
0349:0317:M
秋のよの月をゆきかとまがふれば露もあられのここちこそすれ
0250:0318
閑待月
月ならでさしいるかげのなきままにくるるうれしき秋の山ざと
0351:0319
海邊月
きよみがた月すむ空のうきぐもは富士のたかねのけぶりなりけり
0352:0320
池上月
みさびゐぬいけのおもてのきよければやどれる月もめやすかりけり
0353:0321
同心を遍照寺にて人々よみけるに
やどしもつ月のひかりのをかしさはいかにいへどもひろさはのいけ
0354:0322
いけにすむ月にかかれるうきぐもははらひのこせるみさびなりけり
0355:0323:M
月似池氷
水なくてこほりぞしたるかつまだの池あらたむる秋のよの月
0356:0324
名所月
きよみがたおきのいはこすしら浪にひかりをかはす秋のよの月
0357:0325:M
なべてなを所のなをやをしむらむあかしはわきて月のさやけき
0358:XXXX:TR
海の上の月と申すことを三首よみけるに
おなじ月のきよする浪にゆられきてみほがさきにもやどるなりけり
0359:XXXX:TR
ちどりなくをりたるさきをめぐる舟の月を心にかけてすぐらむ
0360:XXXX:TR
たたへおくこころの水にすむ月をあかしのなみにうつしてぞ見る
0361:0326:M
海邊明月
なにはがた月のひかりにそらさえてなみのおもてにこほりをぞしく
0362:0327
月前遠望
くまもなき月のひかりにさそはれていくくもゐまでゆく心ぞも
0363:0328
終夜見月
たれきなん月のひかりにさそはれてとおもふによはのあけぬなるかな
0364:0329:M
八月十五夜
山のはをいづるよひよりしるきかなこよひしらする秋のよの月
0365:0330
かぞへねどこよひの月のけしきにて秋のなかばを空にしるかな
0366:0331
あまのがはなにながれたるかひありてこよひの月はことにすみけり
0367:0332:M
さやかなるかげにてしるき秋の月十夜にあまれるいつかなりけり
0368:0333
うちつけにまたこむ秋のこよひまで月すゑをしくなるいのちかな
0369:0334
秋はただこよひひとよのななりけりおなじくもゐに月はすめども
0370:0335:M
おいもせぬ十五のとしもあるものをこよひの月のかからましかば
0371:XXXX:TR
八月十五夜、五首の歌人々よみ侍りけるに
こよひしもあまのいはとをいづるよりかげくまもなくみゆる月かな
0372:XXXX:TR
山のはにいでつる月を見つるかななにごとをかはいひくらぶべき
0373:XXXX:TR
おもひわく心なかりしむかしだに月をあはれと見てぞ過ぎこし
0374:XXXX:TR
おしなべて秋の野てらす月影は花なる露を玉にみがける
0375:XXXX:TR
きくたびにいつもはつねと思ひけむこころに我は月を見るかな
0376:0336:M
くもれる十五夜を
月見ればかげなくくもにつつまれてこよひならずばやみに見えまし
0377:0337
月あまたよみけるに
いりぬとやあづまに人はをしむらんみやこにいづる山のはの月
0378:0338
まちいでてくまなきよひの月みれば雲ぞ心にまづかかりける
0379:0339
秋風やあまつ雲井をはらふらむふけゆくままに月のさやけき
0380:0340
いづくとてあはれならずはなけれどもあれたるやどぞ月はさびしき
0381:0341:M
よもぎわけてあれたる庭の月みればむかしすみけむ人ぞ戀しき
0382:0342:M
身にしみてあはれしらする風よりも月にぞ秋のいろはありける
0383:0343
むしのねにかれゆく野べの草むらにあはれをそへてすめる月かげ
0384:0344
ひとも見ぬよしなき山のすゑまでにすむらむ月のかげをこそおもへ
0385:0345
このまもる有明の月をながむればさびしさそふるみねのまつ風
0386:0346
いかにせむかげをばそでにやどせども心のすめば月のくもるを
0387:0347
くやしくもしづのふせやとおとしめて月のもるをもしらですぎける
0388:0348
あばれたる草の庵にもる月を袖にうつしてながめつるかな
0389:0349
月をみて心うかれしいにしへのあきにもさらにめぐりあひぬる
0390:0350
なにごともかはりのみゆく世の中におなじかげにてすめる月かな
0391:0351
夜もすがら月こそ袖にやどりけれむかしの秋をおもひいづれば
0392:0352
ながむればほかのかげこそゆかしけれかはらじものをあきのよの月
0393:0353
ゆくへなく月に心のすみすみてはてはいかにかならんとすらむ
0394:0354
月影のかたぶく山をながめつつをしむしるしや有明の空
0395:0355
ながむるもまことしからぬ心ちしてよにあまりたる月の影かな
0396:0356
ゆくすゑの月をばしらずすぎきつるあきまたかかるかげはなかりき
0397:0357
まことともたれかおもはむひとり見てのちにこよひの月をかたらば
0398:0358
月のためひるとおもふがかひなきにしばしくもりてよるをしらせよ
0399:0359:M
あまのはら朝日山よりいづればや月のひかりのひるにまがへる
0400:0360:M
有明の月のころにしなりぬればあきはよるなき心ちこそすれ
0401:0361
なかなかにときどきくものかかるこそ月をもてなすかざりなりけれ
0402:0362
雲はるるあらしのおとは松にあれや月もみどりの色にはえつつ
0403:0363
さだめなく鳥やなくらむあきのよの月のひかりをおもひまがえて
0404:0364
誰もみなことわりとこそさだむらめひるをあらそふ秋のよの月
0405:0365
かげさえてまことに月のあかき夜は心も空にうかれてぞすむ
0406:0366
くまもなき月のおもてにとぶ鴈のかげをくもかとまがへつるかな
0407:0367
ながむればいなや心のくるしきにいたくなすみそ秋のよの月
0408:0368
雲も見ゆ風もふくればあらくなるのどかなりつる月のひかりを
0409:0369
もろともにかげをならぶるひともあれや月のもりくるささのいほりに
0410:0370
なかなかにくもると見えてはるるよの月はひかりのそふここちする
0411:0371
うき雲の月のおもてにかかれどもはやくすぐるはうれしかりけり
0412:0372
すぎやらで月ちかくゆくうき雲のただよふみるはわびしかりけり
0413:0373
いとへどもさすがにくものうちちりて月のあたりをはなれざりけり
0414:0374
雲はらふあらしに月のみがかれてひかりえてすむあきの空かな
0415:0375
くまもなき月のひかりをながむればまづをばすてのやまぞこひしき
0416:0376
月さゆるあかしのせとに風ふけばこほりのうへにたたむしらなみ
0417:0377
あまのはらおなじいはとをいづれどもひかりことなる秋のよの月
0418:XXXX:TR
雲さえてさとごとにしく秋の夜の氷は月のひかりなりけり
0419:0378
かぎりなくなごりをしきは秋のよの月にともなふあけぼのの空
0420:0379
九月十三夜
こよひはと心えがほにすむ月のひかりもてなすきくのしらつゆ
0421:0380:M
雲きえし秋のなかばの空よりも月はこよひぞなにおへりける
0422:0381:M
後九月、月をもてあそぶと云亊を
月みればあきくははれるとしはまたあかぬ心もそふにもありける
0423:0382:M
月照瀧
雲きゆるなちのたかねに月たけてひかりをぬけるたきのしらいと
0424:0383
久待月
いでながらくもにかくるる月かげをかさねてまつやふたむらの山
0425:0384:M
雲間侍月
秋の月いさよふ山のはのみかは雲のたえまもまたれやはせぬ
0426:0385
月前薄
をしむよの月にならひて有明のにらぬをまねくはなすすきかな
0427:0386:M
はなすすき月のひかりにまがはましふかきますほのいろにそめずば
0428:0387
月前荻
月すむとをぎうゑざらむやどならばあはれすくなき秋にやあらまし
0429:0388
月照野花
月なくばく小ばやどへやかへらましのべには花のさかりなりとも
0430:0389:M
月前野花
はなのいろをかげにうつせば秋のよの月ぞ野もりのかがみなりける
0431:0390:M
月前草花
月の色をはなにかさねてをみなへしうはものしたにつゆをかけたる
0432:0391:M
よひのまの露にしをれて女郎花ありあけの月のかげにたはるる
0433:0392:M
月前女郎花
庭さゆる月なりけりなをみなへししもにあひぬるはなとみたれば
0434:0393
月前蟲
月のすむあさぢにすだくきりぎりす露のおくにや秋をしるらむ
0435:0394
露ながらこぼさでをらむ月かげにこはぎがえだのまつむしのこゑ
0436:0395:M
深夜聞蛬
わがよとやふけゆく月をおもふらむこゑもやすまぬきりぎりすかな
0436:0395:M
田家月
夕露のたましくをだのはなむしろかぶすほずゑに月ぞすみける
0438:0397
月前鹿
たぐひなき心ちこそすれ秋のよの月すむみねのさをしかの聲
0439:0398
月前紅葉
このまもる有あけの月のさやけきに紅葉をそへてながめつるかな
0440:0399
霧隔月
たつた山月すむみねのかひぞなきふもとにきりのはれぬかぎりは
0441:0400
月前懷舊
いにしへをなににつけてかおもひいでむ月さへくもるよならましかば
0442:0401
寄月述懷
世の中のうきをもしらですむ月のかげはわが身のここちこそすれ
0443:0402:M
よの中はくもりはてぬる月なれやさりともとみしかげもまたれず
0444:0403
いとふよも月すむ秋になりぬればなからへずばとおもふなるかな
0445:0404:M
さらぬだにうかれてものをおもふ身の心をさそふあきのよの月
0446:0405
すてていにしうきよに月のすまであれなさらば心のとまらざらまし
0447:0406:M
あながちに山にのみすむこころかなたふかは月のいるををしまぬ
0448:0407
春日にまゐりたりけるに、つねよりも月あかくてあはれなりければ
ふりさけし人の心ぞしられぬるこよひみかさの月をながめて
0449:0408
月明寺邊
ひるとみゆる月にあくるをしらましやときつくかねのおとせざりせば
0450:0409:M
人々すみよしにまゐりて、月をもてあそびけるに
かたそぎのゆきあはぬまよりもる月やさえてみそでの霜におくらむ
0451:0410:M
浪にやどる月をみぎはにゆりよせてかがみにかくるすみよしのきし
0451:0411
たびなりけるとまりにて
あかずのみみやこにてみしかげよりも旅こそ月はあはれなりけれ
0453:0412
見しままにすがたにかげもかはらねば月ぞみやこのかたみなりける
0454:0413:M
旅宿思月
月はなほよなよなごとにやどるべしれがむすびおくくさのいほりに
0455:----:TM
月の前にたにあふと云亊
うれしきは君にあふべきちぎりありて月に心のさそはれにけり
0456:0414
心ざすことありて、あきの一宮へまゐりけるにたかとみのうらと申す所に、風にふきとめられて程へにけり。とまふきたるいほりより月のもりくるをみて
なみのおとを心にかけてあかすかなとまもる月のかげをともにて
0457:0415
まゐりつきて、月いとあかくてあはれにおぼえければ
もろともにたびなる空の月もいでてすめばやかげのあはれなるらむ
0458:0416
旅宿月
あはれしる人みたらばとおもふかなたびねのとこにやどる月影
0459:0417:M
月やどるおなじうきねのなみにしもそでしぼるべき契ありける
0460:0418:M
みやこにて月をあはれとおもひしはかずよりほかのすさびなりけり
0461:0419
船中初鴈
おきかけてやへのしほぢをゆくふねはほかにぞききしはつかりの聲
0462:0420
朝聞初鴈
よこ雲の風にわかるるしののめにやまとびこゆるはつかりのこゑ
0463:0421
入夜聞鴈
からすはにかくたまづさの心ちして鴈なきわたる夕やみの空
0464:0422:M
鴈聲遠近
しら雲をつばさにかにかけてゆく鴈のかど田のおものともしたふなり
0465:0423
霧中鴈
玉章のつゞきは見えで鴈がねのこゑこそきりにけたれざりけれ
0466:0424
霧上鴈
空いろのこなたをうらにたつきりのおもてにかりのかけるたまづさ
0467:0425
霧
うづらなくをりにしなればきりこめてあはれさびしきふかくさのさと
0468:0426:M
霧隔行客
なごりおほきむつごとつきでかへりゆく人をばきりも立ちへだてけり
0469:0427
山家霧
たちこむるきりのしたにもうづもれて心はれせぬみやまべのさと
0470:0428:M
よをこめてたけのあみどにたつきりのはればやがてやあけむとすらむ
0471:0429
鹿
しだりさくはぎのふるえに風かけてすがひすがひにをじかなくなり
0472:0430
はぎがえのつゆためずふく秋風にをじかなくなりみやぎののはら
0473:0431
夜もすがらつまこひかねてなくしかのなみだやのべの露となるらむ
0474:0432
さらぬだに秋はもののみかなしきをなみだもよほすさをしかのこゑ
0475:0433
やまおろしにしかのねたぐふ夕暮をものがなしとはいふにやあるらむ
0476:0434:M
しかもわぶ空のけしきもしぐるめりかなしかれともなれる秋かな
0477:0435
なにとなくすままほしくぞおもほゆるしかあはれなる秋の山ざと
0478:0436
をぐらのふもとにすみ待りけるにしかのなきけるをききて
をじかなくをぐらの山のすそちかみただひとりすむ我が心かな
0479:0437
曉鹿
よをのこすねざめに聞くぞあはれなるゆめののしかもかくやなくらむ
0480:0438
夕暮聞鹿
しのはらやきりにまがひてなく鹿の聲かすかなる秋の夕ぐれ
0481:0439
幽居聞鹿
となりゐぬはらのかりやにあかすよはしかあはれなるものにぞ有りける
0482:0440
田菴鹿
をやまだの庵ちかくなく鹿の音におどろかされておどろかすかな
0483:0441
人を尋ねてをのの山里にまかりたりけるに、鹿のなきければ
鹿のねをきくにつけてもすむ人の心しらるるをのの山ざと
0484:0442:M
獨聞擣衣
ひとりねのよざむになるにかさねばやたがためにうつころもなるらん
0485:0443
隔里擣衣
さよ衣いづくのさとにうつならむとほくきこゆるつちのおとかな
0486:0444
としごろ申しなれたる人のふしみにすむとききてたづねまかりたりけるに、にはのくさ道見えぬほどにしげりてむしのなきければ
わけているそでにあはれをかけよとて露けきにはにむしさへぞなく
0487:0445
むしの歌よみ侍りけるに
ゆふされやたまおく露のこざさふに聲はつならすきりぎりすかな
0488:0446
秋風にほずゑなみよるかるかやのしたはにむしのこゑみだるなり
0489:0447:M
きりぎりすなくなるのべはよそなるをおもはぬそでに露のこぼるる
0490:0448:M
秋風のふけゆくのべのむしのねにはしたなきまでぬるるそでかな
0491:0449
むしのねをよそにおもひてあかさねばたもとも露はのべにかはらじ
0492:0450
野べになく蟲もやものはかなしきとこたへましかばとひてきかまし
0493:0451
秋のよをひとりやなきてあかさましともなふむしの聲なかりせば
0494:0452
秋のよにこゑもやすまずなく蟲を露まどろまでききあかすかな
0495:0453
秋の野のをばなが袖にまねかせていかなる人をまつむしのこゑ
0496:0454:M
よもすがらたもとに虫のねをかけてはらひわづらふ袖のしらつゆ
0497:XXXX:TM
ひとりねのねざめのとこのさむしろに涙もよほすきりぎりすかな
0498:0455:M
きりぎりす夜ざむになるをつげがほにまくらのもとにきつつなくなり
0499:0456:M
虫の音をよわりゆくかときくからに心の秋のひかずをぞふる
0500:0457:M
秋ふかみよわるはむしのこゑのみかきくわれとてもたのみやはある
0501:0458:M
むしの音につゆけかるべきたもとかはあやしやこころものおもふべし
0502:XXXX:TM
物をおもふねざめとぶらふきりぎりす人よりもけに露けかるらむ
0503:0459:M
獨聞虫
ひとりねのともにはならできりぎりすなくねをきけばもの思ひそふ
0504:0460
故郷虫
草ふかみれけいりてとふ人もあれやふりゆく跡のすずむしのこゑ
0505:0461
雨中蟲
かべにおふるこぐさにわぶるきりざりすしぐるるにはのつゆいとふべし
0506:0462
田庵聞蟲
こはぎさく山田のくろのむしのねにいほもる人や袖ぬらすらむ
0507:0463:
暮路蟲
うちすぐる人なきみちのゆふさればこゑにておくるくつわむしかな
0508:0464:M
田家秋夕
ながむれば袖にも露ぞこぼれけるそとものをだの秋の夕ぐれ
0509:0465
ふきすぐる風さへことに身にぞしむ山田の庵のあきの夕ぐれ
0510:0466
京極太政大臣中納言と申しけるをり、きくをおびただしき程にしたてて鳥羽院にまゐらせ給ひたりけり。鳥羽の南殿の東面のつぼに、ところなきほどにうゑさせ給ひたりけり。公重の少將人々すすめてきくもてなされけるに、くははるべきよしありければ
君がすむやどのつぼをばきくぞかざる仙のみやといふべかるらむ
0511:XXXX:TR
とくうつろひたる菊をみて
はつ霜の見えもわかれでおきてけるうつろひやすきしら菊の花
0512:0467
菊
いくあきにわれあひぬらむながつきのここぬかにつむやへのしらぎく
0513:0468
秋ふかみならぶはななき菊なればところをしものおけとこそおもへ
0514:0469
月前菊
ませなくばなにをしるしに思はまし月にまがよふしら菊の花
0515:0470
あき、ものへまかりけるみちにて
こころなき身にもあはれはしられけりしぎたつさはの秋の夕ぐれ
0516:0471
さがにすみけるころ、となりの坊に申すべきことありてまかりけるに、みちもなくむぐらのしげりければ
立よりてとなりとふべきかきにそひてひまなくはへるやへむぐらかな
0517:0472
題不知
いつよりかもみぢの色はそむべきとしぐれにくもるそらにとはばや
0518:0473
紅葉未遍
いとか山しぐれに色をそめさせてかつかつおれるにしきなりけり
0519:0474:M
山家紅葉
そめてけり紅葉のいろのくれなゐをしぐると見えしみやまべのさと
0520:0475
秋のすゑにまつむしをききて
さらぬだにこゑよわかりしまつむしの秋のすゑにはききもわかれず
0521:0476
かぎりあればかれゆくのべはいかがせむむしのねのこせ秋のやまざと
0522:0477:M
寂然高野にまゐりて深秋紅葉と云亊をよみけるに
さまざまのにしきありける深山かなはなみしみねをしぐれそめつつ
0523:0478
紅葉色深
かぎりあればいかがは色のまさるべきあかずしぐるるをぐらやまかな
0524:0479
もみぢばのちらでしぐれのひかずへばいかばかりなる色にはあらまし
0525:0480
霧中紅葉
にしきはる秋のこずゑを見せぬかなへだつる霧のやみをつくりて
0526:0481
いやしかりける家に、つたの紅葉のおもしろかりけるをみて
おもはずによしあるしづのすみかかなつたのもみぢを軒にはせて
0527:0482
あづまへまかりけるに、しのぶのおくに侍りけるやしろの紅葉を
ときはなるまつのみどりに神さびてもみぢぞ秋はあけのたまがき
0528:0483:M
草花野路紅葉
もみぢちるのはらをわけてゆく人ははなならぬまでにしききるべし
0529:0484
秋のすゑに法輪にこもりてよめる
おほゐ河井ぜきによどむみづの色にあきふかくなるほどぞしらるる
0530:0485
小倉山ふもとに秋の色はあれやこずゑのにしきかぜにたたれて
0531:0486:M
わがものとあきのこずゑをおもふかなをぐらのせとににへゐせしより
0532:0487
山ざとは秋のすゑにぞおもひしるかなしかりけりこがらしのかぜ
0533:0488
暮秋
くれはつる秋のかたみにしばしみむもみぢちらすなこがらしのかぜ
0534:0489
秋くるる月なみわくるやまがつの心うらやむけふのゆふぐれ
0535:0490:M
夜すがら秋ををしむ
をしめどもかねのおとさへかはるかなしもにやつゆをむすびかふらむ
Snbtitle
冬
0536:0491:M
長樂寺にて、よるもみぢを思ふと云亊を人人よみけるに
夜もすがらをしげなくふくあらしかなわざとしぐれのそむるこずゑを
0537:XXXX:TM
神無月木葉の落つるたびごとに心うかるるみ山べのさと
0538:0492:M
題不知
ねざめする人のこころをわびしめてしぐるるおとはかなしかりけり
0539:0493:M
十月はじめつかた、やまざとにまかりたりけるにきりぎりすのこゑわづかにしければよめる
しもうづむむぐらがしたのきりぎりすあるかなきかのこゑきこゆなり
0540:0494:M
山家落葉
みちもなしやどはこのはにうづもれてまたきせさするふゆごもりかな
0541:0495:M
このはちれば月に心ぞあらはるるみやまがくれにすまむとおもふに
0542:0496:M
曉落葉
時雨かとねざめのとこにきこゆるは嵐にたへぬこのはなりけり
0543:0497
水上落花
たつたひめそめし木ずゑのちるをりはくれなおあらふやまがはの水
0544:0498
落葉
あらしはくにはのこのはのをしきかなまことのちりになりぬとおもへば
0545:0499
月前落葉
山おろしの月にこのはをふきかけてひかりにまがふかげを見るかな
0546:0500
瀧上落葉
こがらしにみねの木のはやたぐふらむむらごに見ゆる瀧のしらいと
0547:XXXX:TR
いはくらにまかりてやしほの紅葉見侍りけるに、あやなく河の色に染みうつしけるを見て
いはくらややしほそめたるくれなゐをながたに川におしひたしつる
0548:0501
山家時雨
やどかこふははそのしばの時雨さへしたひてそむるはつしぐれかな
0549:0502
閑中時雨
おのづからおとする人ぞなかりけるやまめぐりする時雨ならでは
0550:0503
時雨歌よみけるに
あづまやのあまりにもふる時雨かなたれかはしらぬかみなづきとは
0551:0504
落葉留網代
もみぢよりあじろのぬのの色そめてひをくくりとは見えぬなりけり
0552:0505
山家枯草と云亊を覺雅僧都の房にて人々よみけるに
かきこめしすそののすすきcもがれてさびしさまさるしばのいほかな
0553:0506
野邊寒草と云亊を雙林寺にてよみけるに
さまざまに花さきけりと見しのべのおなじいろにろにもしもがれにける
0554:0507:M
枯野草
わけかねしそでに露をばとどぬおきてしもにくちぬるまののはぎはら
0555:0508:M
霜かづくかれのの草のさびしきにいつかは人のこころとむらむ
0556:0509
しもがれてもろくくだくるをぎのはをあらくわくなるかぜのおとかな
0557:0510
冬歌よみけるに
なにはえのみぎはのあしにしもさえてうら風さむきあさぼらけかな
0558:0511
たまかけしはなのすがたもおとろへてしもをいただくをみなへしかな
0559:0512
山ざくらはつゆきふればさきにけりよしののtとにふゆごもれども
0560:0513
さびしさにたへたる人のまたもあれないほりならべむ冬の山ざと
0561:0514
水邊寒草
しもにあひていろあらたむるあしのほのさびしく見ゆるなにはえのうら
0562:0515
山里の冬といふことを人々よみけるに
たままきしかきねのまくず霜がれてさびしく見ゆる冬の山ざと
0563:0516
寒夜旅宿
旅ねするくさのまくらにしもさえてあり明の月のかげぞまたるる
0564:0517
山家冬月
ふゆがれのすさまじげなるやまざとに月のすむこそあはれなりけれ
0565:0518
月いづるみねのこのはもちりはててふもとのさとはうれしかるらむ
0566:0519
月照寒草
はなにおくつゆにやどりしかげよりもかれのの月はあはれなりけり
0567:0520
こほりしくぬまのあしはら風さえて月もひかりぞさびしかりける
0568:0521
閑月冬月
霜さゆる庭の木のはをふみわけて月は見るやととふ人もがな
0569:0522
庭上冬月
さゆと見えて冬ふかくなる月影はみづなき庭にこほりをぞしく
0570:0523
鷹狩
あはせつるこゐのはしたかすはえかしいぬかひ人のこゑしきるなり
0571:0524
雪中鷹狩
かきくらす雪にきぎすは見えねどもはおとにすずをくはへてぞやる
0572:0525
と
ふる雪に鳥だちも見えずうづもれてとりどころなきみかりのの原
0573:XXXX:TM
夜初雪
月出づる軒にもあらぬ山のはのしらむもしるしよはの白雪
0574:0526
庭雪似月
このまもる月のかげとも見ゆるかなはだらにふれる庭のしらゆき
0575:0527
雪のあした靈山と申す所にて眺望を人々よみけるに
たちのぼる朝日の影のさすままに都の雪はきえみきえずみ
0576:0528
かれのに雪のふりたりけるを
かれはつるかやがうははにふる雪はさらにをばなのここちこそすれ
0577:XXXX:TM
雪の歌よみけるに
あらち山さかしくくだるたにもなくかじきの道をつくるしら雪
0578:0529
たゆみつつそりのはやをもつけなくにつもりにけりなこしのしらゆき
0579:0530
雪埋路
ふる雪にしをりししばもうづもれておもはぬやまに冬ごもりぬる
0580:0531:M
あきのころ高野へまゐるべきよしたのめてまゐらざりける人のもとへ、ゆきふりてのち申しつかはしける
雪ふかくうづみてけりなきみくやともみじのにしきしきし山ぢを
0581:0532
雪朝待人
わがやどに庭よりほかのみちもがなとひこむ人のあとつけでみむ
0582:0533
雪にいほりうづみて、せんかたなくおもしろかりけり。いまもきたらばとよみけむことおもひいでて見けるほどに、しかのわけてとほりけるを見て
人こばとおもひて雪をみる程にしかあとつくることもありけり
0583:0534
雪朝會友
あととむるこまのゆくへはさもあらばあれうれしく君にゆきもあひぬる
0584:0535
雪埋竹と云亊
雪うづむそののくれ竹をれふしてねぐらもとむるむらすずめかな
0585:0536
賀茂臨時祭返立の御神樂、土御門内裏にて侍りけるに、竹のつぼに雪のふりたりけるを見て
うらかへすをみのころもと見ゆるかなたけのうれはにふれるしらゆき
0586:0537
社頭雪
たまがきはあけもみどりもうづもれてゆきおもしろきまつのをの山
0587:0538
雪歌よみけるに
なにとなくくるるしづりのおとまでも雪あはれなるふかくさのさと
0588:0539
雪ふればのぢも山ぢもうづもれてをちこちしらぬたびのそらかな
0589:0540
あをねやまこけのむしろの上にしく雪はしとねのここちこそすれ
0590:0541
うの花のここちこそすれ山ざとのかきねのしばをうづむしらゆき
0591:0542
をりならめめぐりのかきのうの花をうれしく雪のさかせつるかな
0592:XXXX:TR
雪歌五首讀みけるに
庭の雪に跡つけじとてかへりなばとはぬ恨をかさぬべきかな
0593:0543
とへな君夕ぐれになるにはの雪をあとなきよりはあはれならまし
0594:XXXX:TR
いかなれば雪しく野べのささのしたを分けゆく水のこほらざるらむ
0595:0544
舟中霰
せとわたるたななしをぶねこころせよあられみだるるしまきよこぎる
0596:0545
深山霰
杣人のまきのかりやのあだぶしにおとするものはあられなりけり
0597:0546
さくらの木にあられのたばしりけるを見て
ただはおちでえだをつたへるあられかなつぼめる花のちるここちして
0598:0547
月前炭竈
かぎりあらむくもこそあらめすみがまのけぶりに月のすすけぬるかな
0599:0548
千鳥
あはぢ島いそわの千鳥こゑしげしせとのしほかぜさえわたるよは
0600:0549
あはぢ島せとのしほひのゆふぐれにすまよりかよふちどりなくなり
0601:0550
しもさへて汀ふけゆくうらかぜをおもひしりげになくちどりかな
0602:XXXX:TR
夜をさむみ聲こそしげく聞ゆなれ河せの千鳥友具してけり
0603:0551:M
さゆれどもこころやすくぞききあかすかはせの千鳥ともぐしてけり
0604:0552
やせわたるみなとのかぜに月ふけてしほひるかたに千鳥なくなり
0605:0553
題不知
千鳥なくゑじまのうらにすむ月をなみにうつして見るこよひかな
0606:0554
氷留山水
いはませくこのはわけこし山水をつゆもらさぬはこほりなりけり
0607:0555
瀧上氷
みなかみに水や氷をむすぶらむくもると見えぬ瀧のしらいと
0608:0556
氷いかだをとづと云亊を
こほりわるいかだのさほのたゆければもちやこさましほつの山ごえ
0609:0557
冬十首
はなもかれもみぢもちりぬ山ざとはさびしさをまたとふ人もがな
0610:0558
ひとりすむかた山かげのともなれやあらしにはるる冬のやまざと
0611:0559
つのくにのあしのまろやのさびしさは冬こそわけてとふべかりけれ
0612:0560
さゆる夜はよそのそらにぞをしもなくこほりにけりなこやの池みづ
0613:0561
よもすがらあらしの山に風さえておほ井のよどにこほりをぞしく
0614:0562
さえわたるうらかぜいかにさむからむちどりむれゐるゆふさきの浦
0615:0563
山ざとはしぐれしころのさびしさにあらしのおとはややまさりけり
0616:0564
かぜさえてよすればやがてこほりつつかへるなみなきしがのからさき
0617:0565
よしの山ふもとにふらぬ雪ならばはなかとみてやたづれいらまし
0618:0566
やどごとにさびしからじとはげむべしけぶりこめたりをののやまざと
0619:0567
題不知
山ざくらおもひよそへてながむれば木ごとのはなはゆきまさりけり
0620:0568
仁和寺の御室にて、山家閑居見雪と云亊をよませ給ひけるに
ふりうづむ雪をともにて春まてば日をおくるべきみ山べの里
0621:0569
山家冬深
とふ人ははつ雪をこそわけこしかみちとぢてけりみやまべのさと
0622:0570
山居雪
としのうちはとふ人さらにあらじかし雪も山ぢもふかきすみかを
0623:0571
よをのがれてくらまのおくに侍りけるに、かけひこほりて水まうでこざりけり。はるになるまでかく侍るなりと申しけるをききてよめる
わりなしやこほるかけひの水ゆゑにおもひすててしはるのまたるる
0624:0572
みちのくににてとしのくれによめる
つねよりも心ぼそくぞおもほゆるたびのそらにてとしのくれぬる
0625:0573:M
山家歳暮
あたらしきしばのあみどをたてかへてとしのあくるをまちわたるかな
0626:0574
東山にて人々歳暮に懷を述べけるに
としくれてそのいとなみはわすられであらぬさまなるいそぎをぞする
0627:0575:M
としのくれに、高野よりみやこなる人のもとにつかはしける
おしなべておなじ月日のすぎゆけばみやこもかくやとしのくれぬる
0628:XXXX:TM
山ざとに家ゐをせずばみましやは紅ふかき秋のこずゑを
0629:0576:M
としのくれに人のもとへつかはしける
おのづからいはぬをしたふ人やあるとやすらふほどにとしのくれぬる
0630:0577
つねなきことによせて
いつかわれむかしの人といはるべきかさなるとしをおくりむかへて
Subtitle
戀
0631:0578
聞名尋戀
あはざらむことをばしらでははきぎのふせやとききて尋ねきにけり
0632:0579
自聞歸戀
たてそめてかへる心はにしきぎのちづかまつべき心ちこそせぬ
0633:0580
涙顯戀
おぼつかないかにと人のくれはとりあやむるまでにぬるる袖かな
0634:0581
夢會戀
なかなかに夢のうれしきあふことはうつつに物をおもふなりけり
0635:XXXX:TM
あふことを夢なりけりと思ひわく心の今朝はうらめしきかな
0636:0582
あふと見ることをかぎれる夢ぢにてさむる別のなからましかば
0637:0583:M
夢とのみおもひなさるるうつつこそあひみしことのかひなかりけれ
0638:0584
後朝
けさよりぞ人の心はつらからであけはなれ行く空をうらむる
0639:0585:M
あふことをしのばざりせばみちしばの露よりさきにおきてこましや
0640:0586
後朝郭公
さらぬだにかへりやられぬしののめにそへてかたらふ郭公かな
0641:0587:M
後朝花橘
かさねてはこひえまほしきうつりがを花たちばなにけさたぐへつつ
0642:0588
後朝霧
やすらはむおほかたのよはあけぬともやみとかこへる霧にこもりて
0642:0589
かへるあしたの時雨
ことづけてけさの別をやすらはむしぐれをさへや袖にかくべき
0644:0590
逢不遭戀
つらくともあはずばなにのならひにか身の程しらず人をうらみむ
0654:0591:M
さらばたださらでぞ人のやみなましさてのちもさはさもあらじとや
0655:0592:M
恨
もらさじとそでにあまるをつつまましなさけを忍ぶなみだなりせば
0647:0593
再絶戀
から衣たちはなれにしままならばかさねてものはおもはざらまし
0648:0594
寄糸戀
しづのめがすそとるいとにつゆそひておもひにたがふ戀もするかな
0649:0595
寄梅戀
をらばやとなにおもはまし梅のはななつかしからぬにほひなりせば
0650:0596
ゆきずりにひとえだをりしうめがかのふかくも袖にしみにけるかな
0651:0597
寄花戀
つれもなき人にみせばやさくらばなかぜにしたがふ心よわさを
0652:0598
はなをみる心はよそにへだたりて身につきたるは君がおもかげ
0653:0599
寄殘花戀
はがくれにちりとどまれるはなのみぞしのびし人にあふ心ちする
0654:0600
寄歸鴈戀
つれもなくたえにし人をかりがねのかへる心とおもはましかば
0655:0601
寄草花戀
くちてただしをればよしや我袖もはぎのしたえの露によそへて
0656:0602:M
寄鹿戀
つまこひて人めつつまぬしかのねもうらやむ袖のみさをなるかな
0657:0603
寄苅萱戀
ひとかたにみだるともなき我戀や風さだまらぬのべのかるかや
0658:0604:M
寄霧戀
夕ぎりのへだてなくこそおもほゆれかくれて君があはぬなりけり
0659:0605:M
寄紅葉戀
わがなみだしぐれの雨にたぐへばやもみぢの色の袖にまがへる
0660:0606
寄落葉戀
朝ごとにこゑををさむる風の音はよをへてかかる人のこころか
0661:0607
寄氷戀
春をまつすはのわたりもある物をいつをかぎりにすべきつららぞ
0662:0608
寄水鳥戀
わがそでのなみだかかるとぬれであれなうらやましきは池のをしどり
0663:0609
賀茂のかたにささきと申すさとに、冬ふかく侍りけるに、隆信などまできて山家戀と云ふ亊をよみけるに
かけひにも君がつららやむすぶらむ心ぼそくもたえぬなるかな
0664:610
商人に付文戀と云亊を
おもひかねいちのなかには人おほみゆかりたづねてつくるたまづさ
0665:0611:M
海路戀
なみしのぐことをもなにかわづらはむ君にあふべきみちとおもはば
0666:0612:M
松風増戀
いはしろの松かぜきけば物をおもふ人も心ぞむすぼほれける
0667:0613
九月ふたつありけるとし、閏月をいむ戀と云亊を人々よみけるに
ながつきのあまりにつらき心にていむとは人のいふにやあるらむ
0668:0614
みあれのころかもにまゐりたりけるに、精進に憚る戀といふことを人々よみけるに
ことづくるみあれのほどをすぐしてもなほやうづきの心なるべき
0669:0615
同社にて祈神戀と云亊を神主どもよみけるに
あまくだるかみのしるしのありなしをつれなき人の行へにてみむ
0670:XXXX:TR
戀によりて後の世を思ふといふことを人よみけるに
物おもふ涙を玉にみがきかへてころものそでにかけてつつまむ
0671:XXXX:TR
戀の歌五首よみけるに
契れどもながき心はにざやきみさりとてはさはと思ふばかりぞ
0672:XXXX:TR
おもひきやよそになるみのうらみして涙に袖をあらふべしとは
0673:XXXX:TR
うきをうしと思はざるべき我身にはなにとて人の戀しかるらむ
0674:XXXX:TR
そめ草をさのみはいかがもたるべきげにとおぼゆる袖のうへかな
0675:XXXX:TR
君に染みし心の色のうらまでもしぼりはてねるむらさきのそで
0676:XXXX:TR
こひ三首よみけるに
けふぞしるあらぬおもひのうさよりはさて後つらき色まさるとは
0677:XXXX:TR
河にながす涙たたはむみなと川あしわけなして舟をとほさむ
0678:XXXX:TR
ばしカ
きかせおかむせめて心のしかねなばあたりにし■■つきてなづまむ
0679:0616:M
月によする戀
月まつといひなされつるよひのまの心のにろをそでにみえぬる
0680:0617
しらざりき雲井のよそにみし月のかげをたもとにやどすべしとは
0681:0618
あはれとも見る人あらばおもひなむ月のおもてにやどる心は
0682:0619
月みればいでやとよのみおもほえてもたりにくくもなる心かな
0683:0620
ゆみはりの月にはづれて見しかげのやさしかりしはいつか忘れむ
0684:0621:M
おもかげのわすらるまじき別かな名殘を人の月にとどめて
0685:0622
秋のよの月やなみだをかこつらむ雲なきかげをもてやつすとて
0686:0623
あまのはらさゆるみそらははれながらなみだぞ月の雲になりける
0687:0624
ものおもふ心のたけぞしられぬるよなよな月をながめあかして
0688:0625
月をみる心のふしをとがにしてたよりえがほにぬるる袖かな
0689:0626
おもひいづることはいつともいひながら月にはたへぬ心なりけり
0690:0627
あしひきのやまのあなたに君すまばいるとも月ををしまざらまし
0691:0628
なげけとて月やは物をおもはするかこちがほなるわがなみだかな
0692:0629
きみにいかで月にあらそふ程ばかりめぐりあひつつかげをならべむ
0693:0630
しろたへのころもかさぬる月かげのさゆるまそでにかかる白露
0694:0631
忍びねのなみだたたふる袖のうらになづまずやどる秋の夜の月
0695:0632
ものおもふそでにも月はやどりけりにごらですめるみづならねども
0696:0633
こひしさをもよほす月のかげなればこぼれかかりてかこつなりけり
0697:0634:M
よしさらばなみだのいけにそでふれて心のままに月をやどさむ
0698:0635
うちたえてなげくなみだに我袖のくちなばなにに月をやどさむ
0699:0636
よよふともれすれがたみのおもひ出はたもとに月のやどるばかりぞ
0700:0637
なみだゆゑくまなき月ぞくもりぬるあまのはらはらとのみながれて
0701:0638
あやにくにしるくも月のやどるかなよにまぎれてとおもふたもとに
0702:0639
おもかげに君がすがたをみつるよりにはかに月のくもりぬるかな
0703:0640
よもすがら月をみがほにもてなして心のやみにまよふころかな
0704:0641
あきの月ものおもふ人のためとてやうきおもかげにそへていづらむ
0705:0642
へだてたる人の心のくまにより月をさやかにみぬがかなしき
0706:0643
なみだゆゑつねはくもれる月なればながれぬをりぞはれまなりける
0707:0644
くまもなきをりしも人をおもひいでて心と月をやつしつるかな
0708:0645
物おもふ心のくまをのごひすててくもらぬ月をみるよしもがな
0709:0646
こひしさやおもひよわるとながむればいとど心をくたす月影
0710:0647
ともすれば月すむ空にあくがるる心のはてをしるよしもがな
0711:0648
ながむるになぐさむことはなけれども月をともにてあかすころかな
0712:0649
ものおもひてながむるころの月の色にいかばかりなるあはれそふらむ
0713:0650
あま雲のわりなきひまをもる月のかげばかりだにあひみてしがな
0714:0651
あきの月しのだのもりの千えよりもしげきなげきやくまなかるらむ
0715:0652
おもひしる人ありあけのよなりせばつきせず身をばうらみざらまし
0716;0653
戀
かずならぬ心のとがになしはててしらせでこそは身をもうらみめ
0717:0654
うちむかふそのあらましのおもかげをまことになしてみるよしもがな
0718:0655:M
やまがつのあらのをしめてすみそむるかただよりなき戀もするかな
0719:0656
ときは山しひのしたしばかりすてむかくれておもふかひのなきかと
0720:0657:M
なげくともしらばやひとのおのづからあはれとおもふこともあるべき
0721:0658
なにとなくさすがにをしき命かなありへは人やおもひしるとて
0722:0659
なにゆゑかけふまでものをおもはまし命にかへてあふよなりせば
0723:0660
あやめつつ人しるとてもいかがせむしのびはつべきたもとならねば
0724:0661:M
なみだがはふかくながるるみをならばあさき人めにつつまざらまし
0725:0662
しばしこそ人めつつみにせかれけれはてはなみだやなるたきの川
0726:0663:M
ものおもへば袖にながるるなみだがはいかなるみをにあふせなりなむ
0727:0664:M
うきにだになどなど人をおもへどもかなはでとしのつもりぬるかな
0728:0665:M
なかなかになれぬおもひのままならばうらみばかりや身につもらまし
0729:0666:M
なにせんにつれなかりしを恨みけむあはずばかかるおもひせましや
0730:0667
むかはらばわれがなげきのむくいにて誰ゆゑ君が物をおもはむ
0731:0668
身のうさのおもひしらるることわりにおさへられぬはなみだなりけり
0732:0669
日をふればたもとのあめのあしそひてはるべくもなき我が心かな
0733:0670
かきくらすなみだのあめのあししげみさかりにもののなげかしきかな
0734:0671
ものおもへどかからぬ人もある物をあはれなりける身のちぎりかな
0735:0672
なほざりのなさけは人のあるものをたゆるはつねのならひなれども
0736:0673:M
なにとこはかずまへられぬ身の程に人をうらむるこころなりけむ
0737:0674:M
うきふしをまづおもひしるなみだかなさのみこそはとなぐさむれども
0738:0675
さまざまにおもひみだるる心をば君がもとにぞつかねあつむる
0739:0676:M
ものおもへばちぢに心ぞくだけぬるしのだのもりの千枝ならねども
0740:0677
かかる身におほしたてけむたらちねのおやさへつらき戀もするかな
0741:0678
おぼつかななにのむくいのかへりきて心せたむるあたとなるらむ
0742:0679
かきみだる心やすめのことぐさはあ以れあはれとなげくばかりぞ
0743:0680
身をしれば人のとがにはおもはぬにうらみがほにもぬるる袖かな
0744:0681:M
なかなかになるるつらさにくらぶればうときうらみはみさをなりけり
0745:0682
人はうしなげきはつゆもなぐさまずさはこはいかにすべき心ぞ
0746:0683
ひにそへてうらみはいとどおほうみのゆたかなりけるわがおもひかな
0747:0684
さることのあるなりけりとおもひ出でて忍ぶ心をしのべとぞ思ふ
0748:0685
いまぞしるおもひいでよとちぎりしはわすれむとてのなさけなりけり
0749:0686
なにはがたなみのみいとどかずそひてうらみのひはや袖のかわかむ
0750:0687
心ざしありてのみやは人をとふなさけはなどとおもふばかりぞ
0751:0688
なかなかにおもひしるてふことのははとはぬにすぎてうらめしきかな
0752:0689
などかわれことのほかなるなげきせでみさをなる身にうまれざりけむ
0753:0690
くみてしる人もあらなむおのづからほりかねの井のそこの心を
0754:0691
けぶりたつふじにおもひのあらそひてよだけきこひをするがへぞ行く
0755:0692
なみだがはさかまくみをのそこふかみみなぎりあへぬわが心かな
0756:0693
いそのまになみあらげなるをりをりはうらみをかづく里のあま人
0757:0694
せとぐちにたけるうしほのおほよどみよどむととひのなき涙かな
0758:0695
あづまぢやあひのなか山ほどせばみ心のおくのみえばこそあらめ
0759:0696
いつとなくおもひにもゆる我身かなあさまのけぶりしめるよもなく
0760:0697
はりまぢやこころのすまにせきすゑていかで我身の戀をとどめむ
0761:0698
あはれてふなさけに戀のなぐさまばとふことのはやうれしからまし
0762:0699
ものおもへばまだゆふぐれのままなるにあけぬとつぐるしばとりのこゑ
0763:0700
夢をなどよごろたのまですぎきけむさらであふべき君ならなくに
0764:0701
さはといひて衣かへしてうちふせどめのあはばやはゆめもみるべき
0765:0702
こひらるるうき名を人にたてじとてしのぶわりなき我袂かな
0766:0703:M
なつぐさのしげりのみゆくおもひかなまたるる秋のあはれしられて
0767:0704
くれなゐの色にたもとのしぐれつつそでにあきある心ちこそすれ
0768:0705
あはれとてとふ人ろなどなかるらむものおもふやどの萩のうはかぜ
0769:0706:M
わりなしやさこそものおもふ袖ならめあきにあひてもおける露かな
0770:0707:M
秋ふかき野べの草はにくらべばやものおもふころの袖の白露
0771:0708
いかにせむこむよのあまとなるほどもみるめかたくてすぐるうらみを
0772:0709
ものおもふとなみだややがてみつせがは人をしづむるふちとなるらむ
0773:0710
あはれあはれこのよはよしやさもあらばあれこむよもかくや苦しかるべき
0774:0711
たのもしなよひあかつきのかねのおとものおもふつみもつきざらめやは
Subtitle
雜
0775:0712
つくづくとものをおもふにうちそへてをりあはれなるかねの音かな
0776:0713
なさけありしむかしのみなほしのばれてながらへまうき世にも有るかな
0777:0714
のきちかきはなたちばなに袖しめてむかしをしのぶなみだつつまむ
0778:0715
なにごともむかしをきくはなさけ有りてゆゑあるさまにしのばるるかな
0779:0716
わが宿は山のあなたにある物をなににうきよをしらぬこころぞ
0780:0717:M
くもりなきかがみのうへにゐるちりをめにたててみるよとおもはばや
0781:0718
ながらへむとおもふ心ぞつゆもなきいとふにだにもたへぬ浮世は
0782:0719:M
おもひいづるすぎにしかたをはづかしみあるに物うきこの世なりけり
0783:0720
世につかふべかりける人の、こもりゐたりけるもとへつかはしける
よの中にすまぬもよしやあきの月にごれるみづのたたふさかりに
0784:0721
五日菖蒲を人のつかはしたりける返亊に
よのうきにひかるる人はあやめぐさ心のねなき心ちこそすれ
0785:0722
寄花橘述懷
よのうさをむかしがたりになしはててはなたちばなにおもひいでばや
0786:0723
世にあらじと思ひたちけるころ東山にて人々寄霞述懷と云亊をよめる
そらになる心は春のかすみにてよにあらじともおもひたつかな
0787:0724
同心を
世をいとふ名をだにもさはとどめおきてかずならぬ身のおもひでにせむ
0788:0725
いにしへころ、ひがしやまに、あみだ房とまをしける上人のあんしちにまかりてみけるに、なにとなくあはれにおぼえてよめる
しばのいほときくはくやしきななれどもよにこのましきすまひなりけり
0789:0726
よをのがれけるをり、ゆかりありける人のもとへにひおくりける
世のなかをそむきはてぬといひおかむおもひしるべき人はなくとも
0790:XXXX:TR
思をのぶる心五首人々よみけるに
さてもあらじいま見よ心思ひとりて我身は身かと我もうかれむ
0791:XXXX:TR
いざ心花をたづぬといひなしてよし野のおくへふかくりりなむ
0792:XXXX:TR
こけふかき谷の庵にすみしよりいはのかげふみ人もとひこず
0793:XXXX:TR
ふかき山は人もとひこゐすまひなるにおびただしきはむらざるの聲
0794:XXXX:TR
ふかくいりてすむかひあれと山道を心やすくもうづむこけかな
0795:0727
はるかなる所にこもりて、みやこなる人のもとへ月の比つかはしける
月のみやうはのそらなるかたみにておもひもいでば心かよはむ
0796:0728
世をのがれて伊勢のかたへまかりけるにすずか山にて
すずか山うき世をよそにふりすてていかになり行くわが身なるらむ
0797:0729:M
述懷
なにごとにとまる心のありければさらにしもまたよのいとはしき
0798:0730
侍從大納言成通のもとへのちの世の亊おどろかし申したりける返亊
おどろかすきみによりてぞながき世のひさしきゆめはさむべかりける
0799:0731
返亊
おどろかぬ心なりせば世の中を夢ぞとかたるかひなからまし
0800:0732
中院右大臣、出家おもひたつよしの亊かたり給ひけるに、月いとあかくて、よもすがらあはれにてあけにければかへりにけり。そののち、その夜のなごりおほかりしよしにひおくりたまふとて
よもすがら月をながめてちぎりおきしそのむつごとにやみははれにき
0801:0733
返し
すむといひし心の月のしあらはればこの世もやみのはれざらめやは
0802:0734
ためなりときはにだう供養しける。よをのがれて山寺にすみ侍りけるしたしき人々まうできたるとききて、いひつかはしける
いにしへにかはらぬ君がすがたこそけふはときはのかたみなるらめ
0803:0735
返し
色かへでひとりのこれるときはぎはいつをまつとか人はみるらむ
0804:0736
ある人さまかへて仁和寺のおくなるところにすむとききて、まかりてたづねければ、あからさまに京にとききてかへりにけり。そののち人つかはしてかくなむまゐりたりしと申したりける返亊に
たちよりてしばのけぶりのあはれさをいかがおもひし冬の山ざと
0805:0737
返亊
山里にこころはふかくいりながらしばのけぶりのたちかへりにし
0806:0738
この歌もそへられたりける
をしからぬ身をすてやらでふる程にながきやみにや又まよひなむ
0807:0739
返亊
よをすてぬ心のうちにやみこめてまよはむことは君ひとりかは
0808:0740
したしき人々あまたありければ、おなじ心に誰も御覽ぜよとてつかはしたりける返亊に又
なべてみなはれせぬやみのかなしさをきみしるべせよひかりみゆやと
0809:0741
又かへし
おもふともいかにしてかはしるべせむをしふるみちにいらばこそあらめ
0810:0742
のちの世のこと、むげにおもはずしもなしとみえける人のもとへいひつかはしける
よのなかに心ありあけの人はみなかくてやみにはまよはぬ物を
0811:0743
返し
世をそむく心ばかりはありあけのつきせぬやみは君にはるけむ
0812:0744
ある所の女房よをのがれて、西山にすむとききてたづねければ、すみあらしたるさまして、人のかげもせざりけり。あたりの人にかくと申しおきたりけるをききて、いひおくれける
しほなれしとまやもあれてうき浪による方もなきあまとしらずや
0813:0745
返し
とまのやになみたちよらぬけしきにてあまりすみうきほどはみえにき
0814:0746
待賢門院中納言のつぼね世をそむきてをぐら山のふもとにすまれけるころ、まかりたりけるに、ことがらまことにいうにあはれなり。風のけしきさへことにかなしかりければかきつけける。
やまおろすあらしのおとのはげしさをいつならひける君がすみかぞ
0815:0747
あはれなるすみかとひにまかりたりけるに、この歌をよみてかきつけける。 おなじ院の兵衞のつぼね
うき世をばあらしのかぜにさそはれて家をいでにしすみかとぞみる
0816:0748
をぐらをすみすてて高野のふもとあまのと申す山にすまれけり。おなじ院の帥のつぼねみやこのほかのすみかとひ申さで、いかでかとてわけおはしたりける。ありがたくなむ。かへるさにこがはへまゐられけるに、御山よりいであひたりけるを、しるべせよとありければ、ぐし申してこがはへまゐりたりけり。かかるついではいまはあるまじき亊なり。ふきあげみむといふこと、ぐせられたりける人々申しいでてふきあげへおはしけり。道よりおほあめ風ふきてけうなくなりにけり。さりとてはふきあげにゆきつきたれども、見所なきやうにて、やしろにこしかきすゑて、おもふにもにざりけり。能因がなはしろ水にせきくだせとよみていひつたへられたるものをとおもひてやしろにかきつける
あまくだるなをふきあげの神ならば雲はれのきてひかりあらはせ
0817:0749
なはしろにせきくだされしあまの川とむるもかみのこころなるべし
かきつけたりければやがてにしのかぜにふきかはりてたちまちにくもはれて、うらうらと日なりにけり。すゑのよなれどこころざしいたりぬる亊にはしるしあらたなることを人々申しつつしんおこしてふきあげわかのうらおもふやうにみてかへられにけり
0818:0750
待賢門院の女房堀河のつぼねのもとよりいひ送られける
この世にてかたらひおかむほととぎすしでのやまぢのしるべともなれ
0819:0751
返し
ほととぎすなくなくこそはかたらはめしでの山路に君しかからば
0820:0752
天王寺へまゐりけるにあめのふりければ、江口と申す所にやどかりけるにかさざりければ
よのなかをいとふまでこそかたからめかりのやどりををしむ君かな
0821:0753
返し 遊女妙
いへをいづる人としきけばかりのやどに心とむなとおもふばかりぞ
0822:0754
ある人よをのがれてきた山でらにこもりゐたりとききて、たづねまかりたりけるに月のあかかりければ
よをすててたにそこにすむ人みよとみねのこのまをわくる月影
0823:0755
あるみやばらにつけつかうまつりける女房、よをそむきて、みやこはなれてとほくまからむとおもひたちて、まゐらせけるにかはりて
くやしきはよしなき君になれそめていとふみやこのしのばれぬべき
0824:0756
だいしらず
さらぬだに世のはかなさをおもふ身にぬえなきわたるあけぼのの空
0825:0757
とりべのを心のうちにわけゆけばいぶきの霧にそでぞそぼつる
0826:0758
いつのよにながきねぶりの夢さめておどろくことのあらむとするらむ
0827:0759
世中を夢とみるみるはかなくも猶おどろかぬわがこころかな
0828:0760:M
なき人もあるをおもふもよの中はねぶりのうちの夢とこそみれ
0829:0761
きしかたの見しよのゆめにかはらねばいまもうつつのここちやはする
0830:0762:M
こととなくけふくれねめりあすもまたかはらずこそはひますぐるかげ
0831:0763
こえぬればまたもこの世にかへりこぬしでの山こそかなしかりけれ
0832:0764:M
はかなしやあだにいのちのつゆきえて野べに我身やおくりおかれむ
0833:0765
つゆの玉はきゆればまたもおくものをたのみもなきは我身なりけり
0834:0766:M
あればとてたのまれぬかなあすはまた昨日とけふをいはるべければ
0835:0767:M
秋の色はかれ野ながらもあるものをよのはかなさやあさぢふのつゆ
0836:0768:M
とし月をいかでわが身におくりけむきのふの人もけふはなき世に
0837:XXXX:TR
大原に侍りけるすみやきのまうで來けるが、うせにければ、子にてはべりけるものの、かはりてまうで來けり。それもなくなりて、まごにてはべりけるものの、かはらずまうで來けるを
つづきつつあるもなくなるあとの人のまたくる人につづくなりけり
0838:XXXX:TR
熊野へまかりけるに、宿とりける所のあるじ、夜もすがら火をたきてあたりけり。あたりさえてさむきに柴をたかせよかしとおもひけれども、人には露もたかせずして、たきあかしけり。下向しけるに、猶そのくろめに宿とらむと申しけるに、あるじはやうなくなり侍りにき。ないり給ひそと申しければ柴たき侍りし亊おもひいでられて、いとあはれにて
宿のぬしや野べのけぶりに成りにける柴たく亊をこのみこのみて
0839:XXXX:TR
のべの露草のはごとにすがれるは世にある人のいのちなりけり
0840:0769
范蠡長男の心を
すてやらでいのちをこふる人はみなちぢのこがねをもてかへるなり
0841:0770
曉無常を
つきはてしそのいりあひのほどなさをこのあかつきにおもひしりぬる
0842:0771
寄霞無常を
なき人をかすめる空にまがふるは道をへだつるこころなるべし
0843:0772
花のちりたりけるにならびてさきはじめる櫻をみて
ちると見ればまたさくはなのにほひにもおくれさきだつためしありけり
0844:0773
月前述惜
月をみていづれのとしの秋までかこの世にわれがちぎりあるらむ
0845:0774
七月十五日夜月あかかりけるにふなをかにまかりて
いかでわれこよひの月を身にそへてしでの山路の人をてらさむ
0846:0775
物ごころぼそくあはれなりけるをりしも、きりぎりすのこゑの枕にちかくきこえければ
そのおりのよもぎがもとの枕にもかくこそむしのねにはむつれめ
0847:0776:MR
とりべ山にてとかくのわざしけるけぶりなかより、よふけていでける月のあはれに見えければ
とりべのやわしのたかねのすゑならむけぶりを分けていづる月かげ
0848:0777
諸行無情の心を
はかなくてすぎにしかたをおもふにもいまもさこそはあさがほの露
0849:0778
同行に侍りける上人、例ならぬ亊大亊に侍りけるに、月のあかくてあはれなりければよみける
もろともにながめながめてあきの月ひとりにならむことぞかなしき
0850:0779
待賢門院かくれさせおはしましける御あとに、人々またの年しの御はてまで候はれけるに、みなみおもての花ちりけるころ堀川の局のもとへ申しおくりける
たづぬともかぜのつてにもきかじかし花とちりにし君が行へを
0851:0780
返し
ふくかぜの行へしらするものならばはなとちるにもおくれざらまし
0852:0781
近衞院の御はかに人々ぐしてまゐりたりけるに、つゆのふかかりければ
みがかれし玉のすみかを露ふかき野べにうつして見るぞかなしき
0853:0782
一院かくれさせおはしまして、やがての御所へわたりまゐらせける夜、高野よりいであひてまゐりあひたりける、いとかなしかりけり。こののちおはしますべき所御覽じはじめけるそのかみの御もとに、右大臣さねよし、大納言と申しける候はれけり。しのばせおはしますことにて、又人さぶらはざりけり。その御ともにさぶらひけることのおもひいでられて、をりしもこよひにまゐりあひたる、むかしいまの亊おもひつづけられてよみける
こよひこそおもひしらるれあさからぬ若にちぎりのあるみなりけり
0854:0783
をさめまゐらせける所へわたしまゐらせけるに
みちかはるみゆきかなしきこよひかなかぎりのたびと見るにつけても
0855:0784
をさめまゐらせてのち、御ともにさぶらはれける人々、たとへむかたなくかなしながら、かぎりある亊なれば歸られにけり。はじめたる亊ありて、あくるまでさぶらひてよめる
とはばやとおもひよらでぞなげかましむかしながらの我身なりせば
0856:0785
右大將公能父の服のうちに、母なくなりぬとききて、高野よりとぶらひ申しける
かさねきるふぢのころもをたよりにて心の色をそめよとぞ思ふ
0857:0786
返し
ふぢ衣かさぬる色はふかけれどあさき心のしまぬはかなさ
0858:0787
おなじなげきし侍りける人のもとへ
君がためあきはよにうきをりなれどこぞもことしも物思ひにて
0859:0788
返し
はれやらぬこぞのしぐれのうへにまたかきくらさるる山めぐりかな
0860:0789
ははなくなりて山ざとにこもりゐたりける人を、程へておもひいでて人のとひたりければかはりて
おもひいづるなさけを人のおなじくはそのをりとへなうれしからまし
0861:0790
ゆかりありける人はかなくなりにけり。とかくのわざにとりべ山へまかりてかへりけるに
かぎりなくかなしかりけりとりべ山なきをおくりてかへる心は
0862:0790:TR
父のはかなくなりける、そとばをみてかへりける人に
なきあとをそとばかりみてかへるらむ人の心を思ひこそやれ
0863:0791:R
おやかくれ、たのみたりけるむこなどうせてなげきしける人の、又ほどなくむすめにさへおくれにけりとききてとぶらひけるに
このたびはさきざきみけむ夢よりもさめずやものはかなしかるらむ
0864:0792
五十日のはてつかたに、二條院の御はかに御佛供養しける人にぐしてまゐりたりけるに、月あかくしてあはれなりければ
こよひ君しでの山ぢの月をみてくものうへをやおもひいづらむ
0865:0793
御あとにみかはの内侍侍りけるに、九月十三夜、人にかはりて
かくれにし君がみかげの戀しさに月にむかひてねをやなくらむ
0866:0794
返し 内侍
わがきみのひかりかくれし夕べよりやみにぞまよふ月はすめども
0867:0795
寄紅葉懷舊と云亊を寶全剛院にてよみける
いにしへをこふるなみだの色ににてたもとにちるはもみぢなりけり
0868:0796
故里述懷と云亊を、ときはの家にてためなりよみけるにまかりあひて
しげきのをいくひとむらに分けなしてさらにむかしをしのびかへさむ
0869:0797
十月なかのころ、寶金剛院もみじみけるに、上西門院おはしますよしききて待賢門院の御時思ひいでられて、兵衞殿の局にさしおかせける
もみぢみてきみかたもとやしぐるらむむかしのあきの色をしたひて
0870:0798
かへし
色ふかきこずゑをみてもしぐれつつふりにしことをかけぬ日ぞなき
0871:0799
周防内侍、われさへのきのとかきつけけるふるさとにて人々思ひのべける
いにしへはついゐしやどもあるものをなにをかけふのしるしにはせむ
0872:0800
みちのくににまかりたりけるに、野の中につねよりもとおぼしきつかのみえけるを、人にとひければ、中將のみはかと申すはこれがことなりと申しければ、中將とは誰がことぞと又とひければ、さねかたの御亊なりと申しける。いとかなしかりけり。さらぬだにものあはれにおぼえけるに、しもかれがれのすすき、ほのぼの見えわたりてのちにかたらむも、ことばなきやうにおぼえて
くちもせぬその名ばかりをとどめ置きてかれ野のすすき形見にぞみる
0873:0801
ゆかりなくなりて、すみうかれにける古里へかへりゐける人のもとへ
すみすてしそのふるさとをあらためてむかしにかへる心ちもやする
0874:0802
おやにおくれてなげきける人を、五十日すぐるまでとはざりければ、とふべき人のとはぬ亊をあやしみて、人にたづぬとききてかくおもひていままで申さざりつるよし申して、つかはしける人にかはりて
なべてみな君がなげきをとふかずにおもひなされぬことのはもがな
かくおもひて程へ侍りにけりと申して返亊かくなむ
0875:0803
ゆかりにつけてものおもひける人のもとより、などかとはざらむとうらみつかはしたりける返亊に
あはれとも心におもふほどばかりいはれぬべくはとひこそはせめ
0876:0804
はかなくなりてとしへにける人の文を、もののなかよりみいだして、むすめに侍りける人のもとへ見せにつかはすとて
なみだをやしのばむ人はながすべきあはれにみゆるみづぐきのあと
0877:0805
同行に待りける上人、をはりよく思ふさまなりとききて申しおくりける 寂然
みだれずとをはりきくこそうれしけれさてもわかれはなぐさまねども
0878:0806
かへし
この世にてまたあふまじきかなしさにすすめし人ぞ心みだれし
0879:0807
とかくのわざはてて、あとのことどもひろひて、かうやへまゐりてかへりたりけるに 寂然
いるさにはひろふかたみものこりけりかへる山路の友はなみだか
0880:0808
返し
いかにともおもひわかずぞすぎにける夢に山路を行く心ちして
0881:0809
侍從大納言入道はかなくなりて、宵あかつきにつとめする僧おのおのかへりける日、申しおくりける
ゆきちらむけふのわかれをおもふにもさらになげきやそふ心ちする
0882:0810
返し
ふししづむ身には心のあらばこそさらになげきもそふ心ちせめ
0883:0811
この歌もかへしのほかにぐせられたりける
たぐひなきむかしの人のかたみには君をのみこそたのみましけれ
0884:0812
返し
いにしへのかたみになるときくからにいとどつゆけきすみ染の袖
0885:0813
おなじ日のりつながもとへつかはしける
なきあともけふまではなほのこりけるをあすや別をそへて忍ばむ
0886:0814
かへし
おもへただけふのわかれのかなしさにすがたをかへて忍ぶ心を
やがてその日、さまかへてのち、この返亊かく申したりけり。いとあはれなり
0887:0815
おなじさまに世のがれて大原にすみ侍りけるいもうとの、はかなくなりにける、あはれとぶらひけるに
いかばかりきみおもはましみちにいらでたのもしからぬ別なりせば
0888:0816
返し 寂然
たのもしきみちにはいりてゆきしかどわか身をつめばいかがとぞおもふ
0889:0817
院の二位のつぼねみまかりけるあとに十首歌人々よみけるに
ながれ行くみづにたまなすうたかたのあはれあたなるこの世なりけり
0890:0818
きえぬめるもとのしづくをおもふにも誰かはすゑの露の身ならぬ
0891:0819
おくりきてかへりしのべのあさ露を袖にうつすは涙なりけり
0892:0820
ふなおかのすそののつかのかずそへてむかしの人に君をなしつる
0893:0821
あらぬ世の別はげにぞうかりけるあさぢがはらをみるにつけても
0894:0822
のちのよをとへとちぎりしことのはやわすらるまじきかたみなるべき
0895:0823
おくれゐてなみだにしづむ古里をたまのかげにもあはれとやみむ
0896:0824
あとをとふみちにやきみはいりぬらむくるしきしでの山へかからで
0897:0825:M
名殘さへほどなくすぎしかなし世になぬかのかずをかさねずもがな
0898:0826:M
あとしのぶ人にさへまたわかるべきその日をかねて知るなみだかな
0899:0827
あとのことどもはてて、ちりぢりになりけるに、成範脩憲なみだながして、けふにさへ又と申しけるほどに、みなみおもてのさくらにうぐひすのなきけるをききてよみける
さくら花ちりぢりになるこのもとになごりをおしむうぐひすのこゑ
0900:0828
返し 少將ながのり
ちるはなはまたこむ春もさきぬべしわかれはいつかぬぐりあふべき
0901:0829
おなじ日、暮れけるままに雨のかきくらしふりければ
あはれしる空も心のありければなみだに雨をそふるなりけり
0902:0830
返し 院少納言の局
あはれしるそらにはあらじわび人のなみだぞけふは雨とふるらむ
0903:0831
行きちりて又のあしたつかはしける
けさいかにおもひの色のまさるらむ昨日にさへもまたわかれつつ
0904:0832
返し 少將ながのり
君にさへたち別れつつけふよりぞなぐさむかたはげになかりける
0905:0833
あにの入道はかなくなりにけるをとはざりければいひつかはしける 寂然
とへかしな別の袖につゆしげきよもぎがもとの心ぼそさを
0906:0834
まちわびぬおくれさきだつあはれをも君ならでさは誰かとふべき
0907:0835
わかれにし人をふたたびあとを見ばうらみやせましとはぬ心を
0908:0836
いかがせむあとのあはれはとはずとも別れし人のゆくへたづねよ
0909:0837
中々にとはぬはふかきかたもあらむ心あさくもうらみつるかな
0910:0838
返し
分けいりてよもきがつゆをこぼさじとおもふも人をとふにあらずや
0911:0839
よそにおもふわかれならねばたれをかは身より外にはとふべかりける
0912:0840
へだてなきのりのことばにたよりえてはちすの露にあはれかくらむ
0913:0841
なき人を忍ぶおもひのなぐさまばあとをもちたびとひこそはせめ
0914:0842
みのりをばことばなけれどとくときけばふかきあはれはとはでこそ思へ
0915:0843
これはぐしてつかはしける
つゆふかきのべになり行くふるさとはおもひやるにも袖しをれけり
0916:0844
無常の歌あまたよみける中に
いづくにかねぶりねぶりてたふれふさむとおもふかなしきみちしばのつゆ
0917:0845
おどろかむとおもふ心のあらばやはながきねぶりの夢も覺むべき
0918:0846
かぜあらきいそにかかれるあま人はつながぬふねの心ちこそすれ
0919:0847
おほなみにひかれいでたる心ちしてたすけぶねなきおきにゆらるる
0920:0848
なきあとをたれとしらねどとりべ山おのおのすごきつかの夕暮
0921:0849
なみたかきよをこぎこぎて人はみなふなをか山をとまりにぞする
0922:0850
死にてふさむこけのむしろを思ふよりかねてしらるるいはかげの露
0923:0851
つゆときえばれんだいのにをおくりおけねがふ心をなにあらはさむ
0924:0852:M
なちにこもりて、たきに入堂し侍りけるにこのうへに一二のたきおはします。それへまぬるなりと申す常住の僧侍りけるにぐしてまゐりけり。はなや咲きぬらむとたづねまほしかりけるをりふしにて、たよりあるここちして、わけまゐりたり。二のたきのもとへまゐりつきたり。如意輪のたきとなむ申すとききてをがみければ、まことにすこしうちかたぶきたるやうにながれくだりてたふとくおぼえけり。花山院の御庵室のあとの待りけるまへに、としふりたりける櫻の木の侍りけるをみて、すみかとすればとよませ給ひけむことおもひいでられて
このもとにすみけるあとをみつるかななちのたかねの花を尋ねて
0925:0853
同行に侍りける上人、月のころ天王寺にこもりたろとききていひつかはしける
いとどいかににしにかたぶく月かげをつねよりもけに君したふらむ
0926:0854
堀川の局仁和寺にすみけるにまゐるべきよし申したりけれども、まぎるる亊ありて程へにけり。月の比まへをすぎけるをききていひおくられける
にしへ行くしるべとたのむ月かげのそらだのめこそかひなかりけれ
0927:0855
かへし
さしいらでくもぢをよぎし月かげはまたぬ心ぞそらにみえける
0928:0856
寂超入道談義すとききてつかはしける
ひろむらむのりにはあはぬ身なりともなをきくかずにいらざらめやは
0929:0857
返し
つたへきくながれなりとものりの水くむ人からやふかくなるらむ
0930:0858
宮内大輔定のぶの入道、觀音寺にだうつくるに結縁すべきより申しつかはすとて 觀音寺入道生光
てらつくるこのわがたににつちうめぷ君ばかりこそ山もくづさめ
0931:0859
かへし
やまくづすそのちからねはかたくとも心だくみをそへこそはせめ
0932:0860
あざり勝命千人あつめて法花經結縁させけるに、又の日つかはしける
つらなりしむかしにつゆもかはらじとおもひしられし法のにはかな
0933:0861
人にかはりてこれもつかはしける
いにしへにもれけむことのかなしさはきのふのにはに心ゆきにき
0934:0862:M
六波羅太政入道持經者千人あつめて津國わだと申す所にて供養侍りけり。やがてそのついでに萬燈會しけり。よふくるままに燈火のきえけるを、おのおのともしつぎけるを見て
きえぬべきのりのひかりのともしびをかかぐるわたのとまりなりけり
0935:0863:M
天王寺へまゐりてかめ井の水をみてよみける
あさからぬちぎりの程ぞくまれぬるかめ井の水にかげうつしつつ
0936:0864
心ざす亊ありて、扇を佛にまゐらせけるに、新院より給はりけるに、女房うけ給はりてつつみにかきつけられる
ありがたきのりにあふぎのかぜならば心のちりをはらへとぞ思ふ
0937:0865
御返亊たてまつりける
ちりばかりうたがふ心なからなむのりをあふぎてたのむとならば
0938:0866
心性さだまらずと云ふ亊を題にて、人々よみけるに
ひばりたつあらのにおふるひめゆりのなににつくともなき心かな
0939:0867
懴悔業障と云亊を
まどひつつすぎけるかたのくやしさになくなく身をぞけふはうらむる
0940:0868
遇教待龍花と云ふ亊を
あさひまつほどはやみにやまよはまし有明の月のかげなかりせば
0941:0869
寄藤花述懷
にしをまつ心にふぢをかけてこそそのむらさきの雲をおもはめ
0942:0870
見月思西と云亊を
山端にかくるる月をながむればわれも心のにしにいるかな
0943:0871
曉念佛と云亊を
夢さむるかねのひびきにうちそへてとたびのみなをとなへつるかな
0944:0872
無量壽經易住無人の文の心を
西へ行く月をやよそにおもふらむ心にいらぬ人のためには
0945:0873
人命不停速於山水の文の心を
山川のみなぎる水の音きけばせむるいのちぞおもひしらるる
0946:0874
菩提心論に乃至身命而不恍惜文を
あだならぬやがてさとりにかへりけり人のためにもすつる命は
0947:0875
疏文に心自悟心自證心
まどひきてさとりうべくもなかりつる心をしるは心なりけり
0948:0876
觀心
やみはれて心のそらにすむ月はにしの山べやちかくなるらむ
0949:XXXX:TR
天地
そのかどにいでての後ぞしられけるねをはなれたる草木やはある
0950:XXXX:TR
水
谷川のにごれるそこをすましつつおしてる波にながしいでつる
0951:XXXX:TR
火
ひかりそへむくるしみもゆるつみの火におもひけつべきゆゑなかりけり
0952:XXXX:TR
風
ふるき木のねをも何かは思ふべきそこにとほれる風にまかせて
0953:XXXX:TR
空
ちりもなき心のそらにとめつればむなしきかげもむなしからぬを
0954:XXXX:TR
識
おなじさとにおのおの宿をしめおきてわがかきねとはおもふなりけり
0955:XXXX:TR
四種曼多羅
大
さまざまにそめつつきけるきぬの色をやがてさとりにかへりつるかな
0956:XXXX:TR
三
かげかたちよろずのことはいろひ草さてひやうとうといふにぞありける
0957:XXXX:TR
法
書もおかずよみもたらねばいかにしてこのもとにだに心めぐらむ
0958:XXXX:TR
かつま
たらちねのおふしたてたるすがたにてさとりはやがてありける物を
0959:0877:M
序品
ちりまがふはなのにほひをさきだててひかりを法のむしろにぞしく
0960:0878
はなのかをつらなるそでにふきしめてさとれと風のちらすなりけり
0961:0879
方便品深着五欲の文
こりもせずうき世のやみにまがふかな身をおもはぬは心なりけり
0962:0880:M
譬喩品
のりしらぬをぞ人けふはうしと見るみつのくるまに心かけねば
0963:0881
はかなくなりにける人のあとに五十日のうちに一品經供養しけるに、化城喩品
やすむべきやどをおもへばなかぞらのたびもなにかはくるしかるべき
0964:0882
五百弟子品
おのづからきよき心にみがかれてたまとぎかくるのりをしりぬる
0965:0883:M
提婆品
いさぎよきたまを心にみがき出でていはけなき身にさとりをぞえし
0966:0884
これやさはとしつもるまでこりつめし法にあふごのたきぎなりける
0967:0885
いかにしてきくことのかくやすからむあだにおもひてえける法かは
0968:0886
觀持品
あまぐものはるるみそらの月影にうらみなぐさむをばすての山
0969:0887:R
いかにしてうらみしそでにやどりけむいでがたくみし有明の月
0970:0888
壽量品
わしの山月をいりぬとみる人はくらきにまよふ心なりけり
0971:0889
さとりえし心の月のあらはれてわしのたかねにすむにぞ有りける
0972:0890
なき人のあとに一品經くやうしけるに壽量品を人にかはりて
雲はるるわしのみやまの月影を心すみてや君ながむらむ
0973:0891
一心欲見佛の文を人々よみけるに
わしの山誰かは月をみざるべき心にかかる雲しはれなば
0974:0892
神力品於我滅度後の文を
行すゑのためにとかかぬのりならばなにか我身にたのみあらまし
0975:0893
普賢品
ちりしきしはなのにほひの名殘おほみたたまうかりし法のにはかな
0976:0894
心經
なにごともむなしきのりの心にてつみある身とはつゆもおもはじ
0977:0895
無上菩提の心をよみける
わしの山うへくらからぬみねならばあたりをはらふ有明の月
0978:0896
和光同塵結縁如と云亊を
いかなればちりにまじりてますかがみつかふる人はきよまはるらむ
0979:0897
六歌道よみけるに地獄
つみ人のしぬるよもなくもゆるひのたきぎにならむことぞかなしき
0980:0898
餓鬼
あさ夕のこをやしなひにすときけばくにすぐれてもかなしかるらむ
0981:0899
畜生
かぐらうたにくさとりかふはいたけれど猶そのこまになることはうし
0982:0900
修羅
よしなしなあらそふことをたてにしていかりをのみもむすぶ心は
0983:0901
人
ありがたき人になりけるかひありてさとりもとむる心あらなむ
0984:0902
天
くものうへのたのしみとてもかひぞなきさてしもやがてすみしはてねば
0985:0903
心におもひける亊を
にごりたる心の水のすくなきになにかは月の影やどるべき
0986:0904
いかでわれきよくくもらぬ身になりて心の月のかげをみがかむ
0987:0905
のがれなくつひにゆくべきみちをさはしらではいかがすぐべかりける
0988:0906
おろかなるこころにのみやまかすべきしとなることもあるなる物を
0989:0907
のにたてるえだなき木にもおとりけりのちの世しらぬ人の心は
0990:0908:M
五首述懷
身のうさをおもひしらでややみなましそむくならひのなき世なりせば
0991:0909:M
いづくにか身をかくさましいとひてもうき世にふかき山なかりせば
0992:0910:M
身のうさのかくれがにせむ山ざとは心ありてぞすむべかりける
0993:0911:M
あはれしるなみだの露ぞこぼれけるくさのいほりをむすぶちぎりは
0994:0912:M
うかれいづる心は身にもかなはねばいかなりとてもいかにかはせむ
0995:0913
高野より京なる人につかはしける
すむことは所がらぞといひながらたかのはもののあはれなるかな
0996:0914
仁和寺御室にて、道心逐年深と云亊をよませさせ給ひけるに
あさくいでし心のみづやたたふらむすみゆくままにふかくなるかな
0997:0915
閑中曉
あらしのみときどきまどにおとづれてあけぬる空の名殘をぞ思ふ
0998:0916:M
ことのほかにあれさむかりけるころ、宮の法印高野へこもらせ給ひて、この程のさむさはいかがとて、こそで給はせたりける又のあした申しける
こよひこそあはれみあつき心ちしてあらしのおとをよそにききつれ
0999:0917
みたけより笙のいはやへまゐりけるに、もらぬいはやもとありけむをりおもひいでられて
露もらぬいはやもそではぬれけりときかずばいかにあやしからまし
1000:0918
をざさのとまりと申す所にて、つゆのしげかりければ
分けきつるをざさのつゆにそぼちつつほしぞれづらふすみぞめの袖
1001:0919
あざり兼賢、よをのがれて高野へすみ侍りける、あからさまに仁和寺へいでてかへりもまゐらぬことにて、僧都になりぬとききていひつかはしける
けさの色やわかむらさきにそめてけるこけのたもとをおもひかへして
1002:0920
秋ころ、風わづらひける人をとぶらひたりける返亊に
きえぬべき露の命もきみがとふことのはにこそおきゐられけれ
1003:0921
かへし
ふきすぐる風しやみなばたのもしみあきののもせの露の白玉
1004:0922:M
院の小侍從、例ならぬ亊大亊にふししづみてとし月へにけりときこえてとぶらひにまかりたりけるに、この程すこしよろしきよし申して、人にもきかせぬ和琴のてひきならしけるをききて
ことのねになみだをそへてながすかなたえなましかばと思ふあはれに
1005:0923:M
返し
たのむべきこともなき身をけふまでもなににかかれる玉のをならむ
1006:0924:M
かぜわづらひて山でらにかへりけるに、人々とぶらひてよろしくなりなばまたとくと申し侍りけるに、おのおのの心ざしをおもひて
さだめなし風わづらはぬをりだにもまたこむことをたのむべきよに
1007:0925:M
あだにちるこのはにつけておもふかなかぜさそふめる露の命を
1008:0926:M
われなくばこのさと人やあきふかきつゆをたもとにかけて忍ばむ
1009:0927:M
さまざまにあはれおほかるわかれかな心を君がやどにとどめて
1010:0928:M
かへれども人のなさけにしたはれて心は身にもそはずなりぬる
かへしどもありけり。ききおよばねばかかず
1011:0929
新院歌あつめさせおはしますとききて、ときはに、ためただが歌の侍りけるをかきあつめてまゐらせけるを、おほはらよりみせにつかはすとて 寂超
もろともにちることのはをかくほどにやがてもそでのそぼちぬるかな
1012:0930
かへし
としふれどくちぬときはのことの葉をさぞしのぶらむおほはらのさと
1013:0931
寂超ためただが歌に我歌かきぐし、又弟が寂然が歌などとりぐして、新院へまゐらせけるを、人にとりつたへてまゐらせさせけりとききて、あにに侍りける想空がもとより
いへのかぜつたふばかりはなけれどもなどか散らさぬなげのことのは
1014:0932
返し
いへのかぜむねとふくべきこのもとはいまちりなむとおもふことのは
1015:0933
新院百首歌めしけるにたてまつるとて、右大將きんよしのもとよりみせにつかはしたりける、返し申すとて
いへのかぜふきつたへけるかひありてちることのはのめづらしきかな
1016:0934
返し
いへのかぜふきつたふともわかのうらにかひあることのはにてこそしれ
1017:0935
題しらず
こがらしにこの葉のおつるやまざとはなみだこそさへもろくなりけれ
1018:0936
みねわたるあらしはしげき山ざとにそへてきこゆる瀧川の水
1019:0937
とふ人もおもひたえたる山ざとのさびしさなくばすみうからまし
1020:0938
あかつきのあらしにたぐふかねのおとを心のそこにこたへてぞきく
1021:0939
またれつるいりあひのかねのおとすなりあすもやあらばきかむとすらむ
1022:0940
松かぜの音あはれなる山ざとにさびしさそふるひぐらしのこゑ
1023:0941
たにのまにひとりぞまつも立てりけるわれのみともはなきかとおもへば
1024:0942
いり日さすやまのあなたはしらねども心をかねておくりおきつる
1025:0943
なにとなくくむたびにすむ心かないはゐの水にかげうつしつつ
1026:0944
みづのおとはさびしきいほのともなれやみねのあらしのたえまたえまに
1027:0945:M
うづらふすかりたのひづちおひいでてほのかにてらすみか月のかげ
1028:0946
あらしこすみねのこのまを分けきつつ谷のしみづにやどる月影
1029:0947
にごるべきいは井の水にあらねどもくまばやどれる月やさわがむ
1030:0948
ひとりすむいほりに月のさしこずはなにか山べの友にならまし
1031:0949
尋ねきてこととふ人のなきやどにこのまの月の影ぞさしくる
1032:0950
しばのいほはすみうきこともあらましを友なふ月の影なかりせば
1033:0951
かげきえてはやまの月はもりもこず谷はこずゑの雪とみえつつ
1034:0952
雲にただこよひの月をまかせてむいとふとてしもはれぬ物ゆゑ
1035:0953
月を見るほかもさこそはいとふらめくもただここの空にただよへ
1036:0954
はれまなく雲こそ空にみちにけれ月みることはおもひたえなむ
1037:0955
ぬるれども雨もる山のうれしきはいりこむ月をおもふなりけり
1038:0956
分けいりて誰かは人をたづぬべきいはかげ草のしげる山路を
1039:0957
山ざとは谷のかけひのたえだえにみづこひどりのこゑきこゆなり
1040:0958
つがはねばうつればかげをともとしてをしすみけりな山川の水
1041:0959
つらなりてかぜにみだれてなくかりのしどろにこゑのきこゆなるかな
1042:0960
はれがたき山路の雲にうづもれてこけのたもとはきりくちにけり
1043:0961
つづらはふはやまはしたもしげければすむ人いかにこぐらかるらむ
1044:0962
くまのすむこけのいはやまおそろしみうべなりけりな人もかよはぬ
1045:0963
おとはせでいはにたばしるあられこそよもぎのまどの友となりけれ
1046:0964
あはれにぞものめかしくはきこえけるかれたるならはのしばのおちばは
1047:0965
しばかこふいほりのうちはたびだちてすとほるかぜもとまらざりけり
1047:0965
しばかこふいほりのうちはたびだちてすとほるかぜもとまらざりけり
1048:0966
谷風はとをふきあげているものをなにとあらしのまどたたくらむ
1049:0967
春あさきすずのまがきにかぜさえてまだ雪きえぬしがらきのさと
1050:0968
みをよどむあまのかはぎしなみたたで月をばみるやさへさみのかみ
1051:0969
ひかりをばくもらぬ月ぞみがきけるいなばにかかるあさひこのたま
1052:0970
いはれののはぎがたえまのひきひまにこのでかしはのはなさきにけり
1053:0971
衣でにうつりしはなの色かれてそでほころぶるはぎが色ずり
1054:0972
をざさはらはずゑの露はたまににていしなき山を行く心ちする
1055:0973:M
まさきわるひなのたくみやいでぬらむ村雨廠ぐるかさとりの山
1056:0974
かはあひやまきのすそやまいしたててそま人いかにすずしかるらむ
1057:XXXX:TM
杣くだすまくにが奧の河上にたつきうつべしこけさ浪よる
1058:0975
ゆきとくるしみみにしだくからさきのみちゆきにくきあしがらの山
1059:0976
ねわたしにしるしのさほやたてつらむこびきまちつるこしのなかやま
1060:0977
くもとりやしこの山路はさておきてをぐらかはらのさびしからぬか
1061:0978
ふもとゆくふな人いかにさむからむくま山だけをおろす嵐に
1062:0979
をりかくるなみのたつかとみゆるかなさすがにきゐるさぎの村とり
1063:0980
わづらはで月にはよるもかよひけりとなりへつたふあぜのほそみち
1064:0981
あれにけるさはだのあぜにくらら生ひて秋まつべくもなき渡るかな
1065:0982
つたひくるうちひをたえずまかすれば山田は水もおもはざりけり
1066:0983
身にしみしをきのおとにはかはれどもしぶく風こそけには物うき
1067:0984
こぜりつむさはのこほりのひまたえて春めきそむるさくらゐのさと
1068:0985
くる春はみねにかすみをさきだてて谷のかけひをつたふなりけり
1069:0986
はるになるさくらのえだはなにとなくはななけれどもむつまじきかな
1070:0987
空わたる雲なりけりなよしの山はなもてわたる風とみたれば
1071:0988
さらに又かすみに暮るる山路かな春をたづぬるはなのあけぼの
1072:0989
雲もかかれはなとをはるはみてすぎむいづれの山もあだにおもはで
1073:0990
雲かかるやまみばわれもおもひいでに花ゆゑなれしむつび忘れず
1074:0991
山ふかみかすみこめたるしばの庵にこととふ物はうぐひすのこゑ
1075:0992
うぐひすはゐなかの谷のすなれどもだみたるねをばなかぬなりけり
1076:0993
うぐひすのこゑにさとりをうべきかはきくうれしきもはかなかりけり
1077:0994:M
すぎて行くはかぜなつかしうぐひすになづさひけりな梅の立枝に
1078:0995:M
山もなきうみのおもてにたなびきてなみのはなにもまがふしら雲
1079:0996
おなじくは月のおりさけ山ざくらはなみるよはのたえまあらせじ
1080:0997
ふるはたのそばのたつきにゐるはとの友よぶこゑのすごき夕暮
1081:0998
なみにつきていそわにいますあら神はしほふむきねをまつにや有るらむ
1082:0999
しほかぜにいせのはまをぎふせばまづほずゑをなみのあらたむるかな
1083:1000
あらいそのなみにそなれてはふまつはみさごのゐるぞたよりなりける
1084:1001
うらちかみかれたる松のこずゑにはなみのおとをや風はかくらむ
1085:1002
あはぢしませとのなごろはたかくともこのしほにだにおしわたらばや
1086:1003
しほぢ行くかとみのともろ心せよまだうづはやきせとわたるなり
1087:1004
いそにをるなみのけはしくみゆるかなおきになごろやたかく行くらむ
1088:1005
おぼつかないぶきおろしのかざさきにあさづまぶねはあひやしぬらむ
1089:XXXX:TR
ふなぞこにみづりしぬべし心せよのみのさせるをたのまざらなむ
1090:1006
くれふねよあさづまわたりけさなせそいぶきのたけに雪しまくめり
1091:1007
あふみぢやのぢのたび人いそがなむやすがはらとてとほからぬかは
1092:XXXX:TM
錦をばいくのへこゆるからびつにをさめて秋は行くにかあるらむ
1093:1008
さと人のおほぬさこぬさたてなめてむまかたむすぶのべになりけり
1094:1009
いたけもるあまみがときになりにけりえぞがちしまを烟こめたり
1095:1010
もののふのならすすさみはおびただしあけそのしさりかものいれくび
1096:1011
むつのくのおくゆかしくぞおもほゆるつぼのいしぶみそとのはまかぜ
1097:1012
あさかへるかりゐうなこのむらとりははらのをか山こえやしぬらむ
1098:1013
すがるふす木ぐれがしたのくずまきを吹きうらがへす秋の初かぜ
1099:1014
もろごゑにもりかきみかぞきこゆなるいひあはせてやつまをこふらむ
1100:1015
すみれさくよこののつばなさきぬればおもひおもひに人かよふなり
1101:1016
くれなゐの色なりながらたでのほのからしや人のめにもたてぬは
1102:1017
よもぎふはさまことなりや庭のおもにからすあふぎのなぞしげるらむ
1103:1018
かりのこすみづのまこもにかくろへてかけもちがほになくかはづかな
1104:1019
やなぎはらかはかぜふかぬかげならばあつくやせみのこゑにならまし
1105:1020
ひさぎおひてすずめとなれるかげなれやなみうつきしに風わたりつつ
1106:1021
月のためみさびすゑじとおもひしにみどりにもしく池のうき草
1107:1022
おもふことみあれのしめにひくすずのかなはずばよもあらじとぞ思ふ
1108:1023
みくまののはまゆふおふるうらさびて人なみなみにとしぞかさなる
1109:1024:M
いそのかみふるきすみかへ分けいれば庭のあさぢに露のこぼるる
1110:XXXX:TR
いそのかみあれたる宿をとひに來てたもとに雨ぞさらにふりぬる
1111:1025
とほぢさすひだのおもてにひくしほにしづむ心ぞかなしかりける
1112:1026
ふるさとはみし世にもにずあせにけりいづちむかしの人ゆきにけむ
1113:1027
うつり行く色をばしらずことのはのなさへあだなるつゆくさのはな
1114:1028
かぜふけばあだにやれ行くばせをばのあればと身をもたのむべきかは
1115:1029
古里のよもぎはやどのなになればあれ行く庭にまづしげるらむ
1116:1030
ふるさとはみし世にもにずあせにけりいづちむかしの人ゆきにけむ
1117:1031
しぐるれば山めぐりする心かないつまでとのみうちしをれつつ
1118:1032
はらはらとおつるなみだぞあはれなるたまらずもののかなしかるべし
1119:1033
なにとなくせりときくこそあはれなれつみけむ人の心しられて
1120:1034
やま人よ吉野のおくのしるべせよはなもたずねむまたおもひあり
1121:1035
わび人のなみだににたるさくらかなかぜみににしめばまづこぼれつつ
1122:1036
よしの山やがていでじとおもふ身をはなちりなばと人やまつらむ
1123:1037
人もこず心もちらで山かぜははなを見るにもたよりありけり
1124:1038
かぜの音にものおもふわが色そめて身にしみれたる秋の夕暮
1125:1039
われなれやかぜをわずらふしのたけはおきふしものの心ぼそくて
1126:1040
こむ夜にもかかる月をし見るべくはいのちををしむ人なからまし
1127:1041
この世にてながめなれぬる月なればまよはむやみもてらさざらめや
Subtitle
雜(下)
1128:1042
八月、月のころよふけて、きたしらかはへまかりけり。よしあるやうなる家の侍りけるに、ものおとのしければ、たちどまりてききけり。をりあはれに、秋風樂と申すがくなりけり。庭を見いれければ、あさぢのつゆに月のやどれるけしきあはれなり。そひたるをぎの風身にしむらむとおぼえて、申しいれてとほりける
秋風のことに身にしむこよひかな月さへすめる庭のけしきに
1129:1043:M
いづみのぬしかくれて、あとつたへたりける人のもとにまかりて、いづみにむかひてふるきを思ふと云亊を、人々よみけるに
すむ人の心くまるるいづみかなむかしをいかにおもひいづらむ
1130:1044
逢友戀昔と云亊を
いまよりはむかしがたりはこころせむあやしきまでに袖しをれけり
1131:1045:M
あきのすゑに寂然高野にまゐりて、くれの秋によせて思ひをのべけるに
なれきにし都もうとく成りはててかなしさそふる秋のくれかな
1132:1046:M
あひしりたりける人のみちの國へまかりけるに、別歌よみけるに
君いなば月まつとてもながめやらむあづまのかたの夕ぐれの空
1133:1047
大原に良暹がすみける所に、人々まかりて、述懷歌よみて扉戸に書付ける
おほはらやまだすみがまもならはずといひけむ人を今あらせばや
1134:1048:M
大覺寺の瀧殿の石ども、閑院にうつされてあともなくなりたりとききて、見にまかりたりけるに、赤染が、いまだにかかりとよみけむ思出られて、あはれに覺えければ
いまだにもかかりといひしたぎつせのそのをりまでは昔なりけむ
1135:1049
深夜水聲と云亊を、高野にて人々よみけるに
まぎれつるまどのあらしの聲とめてふくるをつぐる水の音かな
1136:1050:M
竹風驚夢
たまみがく露ぞまくらにちりかかる夢おどろかす竹の嵐に
1137:1051:M
山家夕と云亊を人々よみけるに
みねおろすまつのあらしの音に又ひびきをそふる入あひのかね
1138:1052
暮山路
ゆふされやひばらのみねをこえゆけばすごくきこゆるやまばとのこゑ
1139:1053
海邊重旅宿
なみちかき磯の松がねまくらにてうらがなしきはこよひのみかは
1140:1054:M
俊惠天王寺にこもりて、人々ぐして住吉にまゐりて歌よみけるにぐして
すみよしの松がねあらふなみのおとをこずゑにかくるおきつしほかぜ
1141:1055:M
寂然、かうやにまゐりて、たちかへりて、大原よりつかはしける
へだてこしそのとし月もあるものをなごりおほかる峯の秋ぎり
1142:1056:M
返し
したはれしなごりをこそはながめつれ立かへりにし峯の秋霧
1143:1057:M
つねよりも、道たどらるる程に、雪ふかかりける比、高野へまゐるとききて、中宮太夫のもとより、かかる雪にはいかに思ひたつぞ、みやこへはいつ出づべきぞ、と申したりける返亊に
ゆきわけてふかき山路にこもりなばとしかへりてや君にあふべき
1144:1058:M
返し 時忠卿
わけてゆく山ぢの雪はふかくともとく立ちかへれとしにたぐへて
1145:1059
やまごもりして侍りけるに、としをこめてはるになりぬとききけるからに、かすみわたりて、山河のおとひごろにもにずきこえければ
かすめどもとしのうちはとわかぬまに春をつぐなる山河の水
1146:1060
としのうちにはるたちて、あめのふりければ
はるとしもなほおもはれぬ心かなあめふるとしのここちのみして
1147:1061
野に人のあまた侍りけるを、なにする人にかとひければ菜つむものなりとこたへければ、としのうちにたちかはるはるのしるしのわかなか、さはと思ひてよめる
としははや月なみかけてこえにけりうべつみはへししばのわかたち
1148:1062
はるたつ日よみける
なにとなく春になりぬときく日より心にかかるみよしののやま
1149:1063
正月元月にあめふりけるに
いつしかもはつ春さめぞふりにけるのべのわかなもおひやしぬらむ
1150:1064:M
山ふかくすみ侍りける春たちぬとききて
山路こそゆきのした水とけざらめ都のそらは春めきぬらむ
1151:1065:M
深山不知春
雪分けて外山がたにの鶯はふもとの里に春やつぐらむ
1152:1066:M
さがにまかりたりけるに、ゆきふかかりけるをみおきていでしことなど、申しつかはすとて
おぼつかな春の日かずのふるままにさがのの雪はきえやしぬらむ
1153:1067:M
返し 靜忍法師
立ちかへり君やとひくと待つほどにまだきえやらずのべのあわ雪
1154:1068
なきたえたりけるうぐひすの、すみ侍りけるたににこゑのしければ
おもひいでてふるすにかへる鶯はたびのねぐらやすみうかりつる
1155:1069
はるの月あかかりけるに、花まだしきさくらの枝をかぜのゆるがしけるをみて
月みればかぜに櫻のえだなえてはなよとつぐる心ちこそすれ
1156:1070
くにぐにめぐりまはりて、春かへりて、よしののかたへまゐらむとしけるに、人の、このほどはいづくにかあととむべきと申しければ
花をみしむかしの心あらためてよしのの里にすまむとぞ思ふ
1157:1071:M
みやたてと申しけるはした者の、としたかくなりてさまかへなどして、ゆかりにつきて、よしのにすみ侍りけり。おもひかけぬやうなれども、供養をのべんれうにとて、くだ物をつかはしたりけるに、花と申すものの侍りけるをみてつかはしける
おもひつつはなのくだ物つみてけり吉野のひとのみやたてにして
1158:1072:M
かへし みやたて
こころざしふかくはこべるみやたてをさとりひらけむ春にたぐへよ
1159:1073
さくらにならびてたてりける柳に花のちりかかりけるを見て
吹きみだる風になびくとみる程に春をむすべる青柳の糸
1160:1074:M
寂然もみぢのさかり仁、高野にまゐりていでにけり。またのとしの花のをりに申しつかはしける
もみぢみしたかののみねの花ざかりたのめぬ人のまたるるやなに
1161:1075:M
かへし 寂然
ともにみし嶺のもみぢのかひなれや花のをりにも思ひ出でける
1162:1076:M
天王寺へまゐりたりけるに、松にさぎのゐたりけるを月のひかりにみてよめる
にはよりはさぎゐる松のごずゑにぞ雪はつもれる夏の夜の月
1163:1077
夏熊野へまゐりけるに、いはたと申す所にすずみて下向しけるに人につけて、京へ、西住上人のもとへつかはしける
まつがねのいはたの岸の夕すずみ君があれなとおもほゆるかな
1164:1078
かづらきをすぎはべりけるに、をりにもあらぬもみぢの見えけるを、なにぞといひければ、まさきなりとまをしけるを聞きて
かづらきやまさきの色は秋ににてよそのこずゑはみどりなるかな
1165:1079
高野よりいでたりけるに、かくくゑん阿闍梨きかぬさまなりければ、きくをつかはすとて
くみてなど心かよはばとはざらむいでたるものをきくの下水
1166:1080
返し かくくゑん
たにふかくすむかとおもひてとはぬまに恨をむすぶ菊の下水
1167:1081
たびにまかりけるに、入あひをききて
おもへただ暮れぬとききし鐘のおとは都にてだにかなしかりしを
1168:1082
秋とほく修行し侍りけるにほどへけるところより、侍從大納言成通のもとへ申送りける
あらし吹くみねのこのはにともなひていづちうかるる心なるらむ
1169:1083:M
返し
なにとなくおつるこのはも吹くかぜにちりゆくかたはしられやはせぬ
1170:1084:M
宮の法印、高野にこもらせ給ひて、おぼろげにてはにてじし思ふに、修行のせまほしきよしかたらせ給ひけり。千日はてて、みたけにまゐらせ給ひて、いひつかはしける
あくがれしこころを道のしるべにて雲にともなふ身とぞ成りぬる
1171:1085:M
返し
やまのはに月すむまじとしられにき心のそらになるとみしより
1172:1086
としごろ申しなれたりける人に、とほく修行するよし申してまかりたりけり。なごりおほくてたちけるに、もみぢのしだりけるをみせまほしくて、まちつるかひなく、いかにと申しければ、このもとにたちよりてよみける
こころをばふかきもみぢの色にそめてわかれてゆくやちるになるらむ
1173:1087
するがのくに久能の山でらにて、月をみてよみける
なみだのみかきくらさるるたびなれやさやかにみよと月はすめども
1174:1088
題不知
身にもしみ物あはれなるけしきさへあはれをせむる風のおとかな
1175:1089
いかでかはおとに心のすまざらむくさきもなびくあらしなりけり
1176:1090
松風はいつもときはに身をしめどれきてさびしきゆふぐれのそら
1177:1091:M
とほく修行に思ひたち侍りけるに、遠行の別と云亊を、人々まできてよみ侍りしに
ほどふればおなじみやこのうちだにもおぼつかなさはとはまほしきを
1178:1092
としひさしくあひたのみたる同行にはなれて、とほく修行してかへらずもやと思ひける、なにとなくあはれにて
さだめなしいくとせ君になれなれしわかれをけふはおもふなるらむ
1179:1093:M
としごろききわたりける人に、はじめて對面申してかへりけるあしたに
わかるともなるるおもひやかさねましすぎにしかたのこよひなりせば
1180:1094:M
修行して伊勢にまかりけるに、月のころみやこ思ひ出られて
みやこにも旅なる月のかげをこそおなじくもゐの空にみるらめ
1181:1095:M
そのかみまゐりつかうまつりけるならひに、世をのがれてのちもかもにまゐりけり。としたかくなりて、四國のかたへ修行しけるに、またかへりまゐらぬこともやとて、仁安三年十月十日の夜まゐり、幤まゐらせけり。うちへもいらぬ亊なれば、たなうのやしろにとりつきてまゐらせ給へとて、心ざしけるに、このまの月ほのぼのに、つねよりも神さびあはれにおぼえてよみける
かしこまるしでになみだのかかるかな又いつかはとおもふあはれに
1182:1096:M
はりまの書冩へまゐるとて、野中のしみづをみける亊ひとむかしなりにけり。としへてのち修行すとてとほりけるに、おなじさまにてかはらざりければ
むかし見しのなかのしみづかはらねばわがかげをもや思ひ出づらむ
1183:XXXX:TM
天王寺へまゐりけるに、かた野など申す渡り過ぎて、みはるかされたる所の侍りけるを問ひければ、あまの川と申すをききて、宿からむといひけむことを思ひ出だされてよみける
あくがれしあまのかはらと聞くからに昔の波の袖にかかれる
1184:1097
四國のかたへぐしてまかりたりける同行、みやこへかへりけるに
かへりゆく人のこころを思ふにもはなれがたきは都なりけり
1185:1098
ひとりみおきて、かへりまかりなむずるこそあはれに、いつかみやこへはかへるべき、など申しければ
柴のいほのしばしみやこへかへらじとおもはむだにもあはれなるべし
1186:1099
たびの歌よみけるに
草枕たびなる袖におく露をみやこの人や夢にみゆらむ
1187:1100
こえきつる都へだつる山さへにはてはかすみに消えぬめるかな
1188:1101:M
わたのはらはるかに波をへだてきて都にいでし月をみるかな
1189:1102:M
わたの原波にも月はかくれけりみやこの山を何いとひけむ
1190:1103
西の國の方へ修行してまかり待りけるに、みづのと申す所にぐしならひたる同行の侍りけるが、したしきものの例ならぬ亊侍りとてぐせざりければ
やましろのみづのみくさにつながれてこまものうげにみゆる旅かな
1191:1104:M
大みねのしむせんと申す所にて
ふかき山にすみける月を見ざりせば思ひ出もなき我身ならまし
1192:1105:M
みねのうへもおなじ月こそてらすらめ所がらなるあはれなるべし
1193:1106:M
月すめばたににぞくもはしづむめるみね吹きはらふ風にしかれて
1194:1107:M
をばすてのみねと申す所の、みわたされて思なしにや月ことに見えければ
をばすてはしなのならねどいづくにも月すむみねの名にこそ有りけれ
1195:1108:M
こいけと申すすくにて
いかにしてこずゑのひまをもとめえてこいけにこよひ月のすむらむ
1196:1109:M
ささのすくにて
いほりさすくさのまくらにともなひてささの露にもやどる月かな
1197:1110:M
へいちと申すすくにて、月をみけるに、こずゑの露のたもとにかかりければ
こずゑもる月もあはれをおもふべしひかりにぐして露のこぼるる
1198:1111:M
あづまやと申す所にてしぐれののち月をみて
神無月しぐれはるればあづまやの峯にぞ月はむねとすみける
1199:1112:M
かみな月たににぞ雲はしぐるめる月すむ峯はあきにかはらで
1200:1113:M
ふるやと申すすくにて
神無月しぐれふるやにすむ月はくもらぬかげもたのまれぬかな
1201:1114:M
平等院の名かかれたるそとばに、もみぢのちりかかりけるをみて、はなよりほかのとありける、ひとむかしとあはれにおぼえてよめる
あはれとてはなみしみねになをとめてもみぢぞけふはともにふりける
1202:1115:M
千ぐさのたけにて
わけて行く色のみならずこずゑさへ千ぐさのたけは心そみけり
1203:1116:M
ありのとわたりと申す所にて
ささふかみきりこすくきをあさたちてなびきわづらふありのとわたり
1204:1117:M
行者がへり、ちごのとまりつづきたるすくなり。春の山ぶしはびやうぶだてと申す所をたひらかにすぎむことをかたく思ひて、行者ちごのとまりにて思ひわづらふなるべし
びやうぶにや心をたてておもひけむ行者はかへりちごはとまりぬ
1205:1118:M
三重のたきををがみけるに、ことにたふとくおぼえて、三業のつみもすすがるるここちしければ
身につもることばのつみもあらはれて心すみぬるみかさねのたき
1206:1119:M
天ほうれんのたけと申す所にて、釋迦の説法の座のいしと申す所をがみて
こここそはのりとかれける所よときくさとりをもえつるけふかな
1207:1120
修行して遠くまかりけるをり、人の思ひへだてたるやうなる亊の侍りければ
よしさらばいくへともなく山こえてやがても人にへだてられなむ
1208:1121:M
おもはずなる亊おもひたつよし、きこえける人のもとへ高野よりいひつかはしける
しをりせでなほ山ふかくわけいらむうき亊きかぬ所ありやと
1209:1122
しほゆにまかりたりけるに、ぐしたりけるひと、九月つごもりにさきにのぼりければつかはしける人にかはりて
あきはくれ君はみやこへかへりなばあはれなるべき旅の空かな
1210:1123
返し 大宮の女房 加賀
君をおきてたち出づる空の露けさに秋さへくるる旅のかなしさ
1211:1124
しほゆいでて、京へかへりきてふるさとのはな霜がれけるあはれなりけり。いそぎかへりし人のもとへ又かはりて
露おきし庭のこはぎもかれにけりいづく都に秋とまるらむ
1212:1125
かへし おなじ人
したふ秋は露もとまらぬ都へとなどていそぎしふなでなるらむ
1213:1126
みちのくにへ修行してまかりけるに、白川のせきにとまりてところがらにやつねよりもおもしろくあはれにて、能因が秋かぜぞふくと申しけむをりいつなりけむと思ひいでられて、なごりおほくおぼえければ、せきやの柱にかきつけける
しらかはのせきやを月のもるかげは人の心をとむるなりけり
1214:1127
せきにいりて、しのぶと申すわたり、あらぬよのことにおぼえてあはれなり。みやこいでし日かずおもひつづけられて、かすみとともにと侍ることのあとたどまりまできにける心ひとつに思ひしられてよみける
みやこいでてあふさかこえしをりまでは心かすめし白川のせき
1215:1128
たけくまのまつもむかしになりたりけれども、あとをだにとてみにまかりてよみける
かれにける松なきあとにたけくまはみきといひてもかひなかるべし
1216:1129
ふりたるたなはしをもみぢのうづみたりける、わたりにくくてやすらはれて、人にたづねければおもはくのはしと申すはこれなりと申しけるとききて
ふままうきもみぢのにしきちりしきて人もかよはぬおもはくのはし
しのぶの里より奧へ二日ばかりいりてある橋なり
1217:1130
なとり河をわたりけるににしきのもみぢのかげを見て
なとり河きしのもみぢのうつるかげはおなじにしきをそこにさへしく
1218:1131
十月十二日ひらいづみにまかりつきたりけるに、ゆきふり、あらしはげしく、ことのほかにあれたりけり。いつしか衣河みまほしくてまかりむかひてみけり。かはのきしにつきて、衣河の城しまはしたることからやうかはりてものを見る心ちしけり。みぎはこほりてとりわきさえければ
とりわきて心もしみてさえぞわたる衣何みにきたるけふしも
1219:1132
又のとしの三月に出羽國にこえて、たきの山と申す山寺に侍りけるに、さくらのつねよりもうすくれなゐの色こき花にてなみたてりけるを、てらの人々も見、けうじければ
たぐひなきおもひいでばのさくらかなうすくれなゐの花のにほひは
1220:1133
下野國にてしばのけぶりをみて
みやこちかきをのおほはらを思出づるしばのけぶりのあはれなるかな
1221:1134
おなじたびにて
かぜあらきしばの庵はつねよりもねざめぞものはかなしかりける
1222:1135
津の國にやまもとと申す所にて、人をまちて日かずへければ
なにとなくみやこのかたをきくそらはむつまじくてぞながめられける
1223:1136
新院さぬきにおはしましけるに、たよりにつけて、女房のもとより
みづぐきのかきながすべきかたぞなき心のうちはくみてしらなむ
1224:1137
かへし
ほどとほみかよふ心のゆくばかりなほかきながせみづぐきのあと
1225:1138:M
又女房つかはしける
いとどしくうきにつけてもたのむかな契りし道のしるべたがふな
1226:1139:M
かかりける涙にしづむ身のうさを君ならで又誰かうからむ
1227:1140:M
かへし
たのむらむしるべもいさやひとつよの別にだにもまどふ心は
1228:1141:MR
ながれ出づる涙にけふはしづむともうかばむすゑを猶思はなむ
1229:1142
とほく修行する亊ありけるに、菩提院のさきの齋宮にまゐりたりけるに、人々わかれの歌つかうまつりけるに
さりともと猶あふことをたのむかなしでの山ぢをこえぬわかれは
1230:1143
おなじをりつぼのさくらのちりけるをみて、かくなむおぼえ侍ると申しける
この春は君にわかれのをしきかな花のゆくへを思ひ忘れて
1231:1144
かへしせよとうけ給はりて、ひあふぎにかきてさしいでける 女房六角のつぼね
君がいなむかたみにすべき櫻さへ名殘あらせず風さそふなり
1232:1145
西國へ修行してまかりけるをり、こじまと申す所に、八幡のいはれたまひたりけるにこもりたりけり。としへて又その社を見けるに、松どものふる木になりたりけるをみて
むかし見し松はおい木に成りにけり我がとしへたるほどもしられて
1233:1146
山里へまかりて侍りけるに、竹の風のをぎにまがへてきこえければ
竹のおとも荻ふくかぜのすくなきにたぐへて聞けばやさしかりけり
1234:1147
世のがれてさがにすみける人のもとにまかりて、のちのよの亊おこたらずつとむべきよし申してかへりけるに、竹のはしらを立てたりけるをみて
よよふとも竹のはしらの一すぢに立てたるふしはかはらざらなむ
1235:1148
題不知
あばれたる草のいほりのさびしさは風よりほかにとふ人ぞなき
1236:1149
あはれなりよもよもしらぬのの末にかせぎを友になるるすみかは
1237:1150:M
高野にこもりたりける人を、京よりなにごとか又いつかいづべきと申したるよしききて、其人にかはりて
山水のいついづべしとおもはねば心ぼそくてすむとしらずや
1238:1151
松のたえまよりわづかに月のかげろひて見えけるをみて
かげうすみ松のたえまをもりきつつ心ぼそしやみかづきのそら
1239:XXXX:TM
松の木のまよりわづかに月のかげろひけるを見て、月をいただきて道を行くといふことを
くみてこそ心すむらめしづのめがいただく水にやどる月影
1240:1152
木陰納涼と云亊を人々よみけるに
けふもまた松のかぜふくをかへゆかむきのふすずみしともにあふやと
1241:1153
いりひのかげかくれけるままに、月のまどにさしいりければ
さしきつるまどのいり日をあらためてひかりをかふる夕づくよかな
1242:1154
月蝕を題にて歌よみけるに
いむといひてかげにあたらぬこよひしもわれて月みるなやたちぬらむ
1243:1155
寂然入道大原にすみけるにつかはしける
大原はひらのたかねのちかければゆきふるほどをおもひこそやれ
1244:1156
かへし
おもへただみやこにてだに袖さえしひらのたかねの雪のけしきを
1245:1157
高野のおくの院のはしのうへにて、月あかかりければ、もろともにながめあかして、そのころ西住上人京へいでにけり。その夜の月わすれがたくて、又おなじはしの月のころ、西住上人のもとへいひつかはしける
こととなく君こひわたるはしのうへにあらそふものは月の影のみ
1246:1158
みかへし 西住
おもひやるこころはみえではしの上にあらそいけりな月の影のみ
1247:1159
西忍入道にしやまのふもとにすみける、あきの花いかにおもしろかるらむと、ゆかしうと、申しつかはしたりける返亊に、いろいろの花ををりあつめて
しかのねや心ならねばとまるらむさらではのべをみなみするかな
1248:1160
かへし
しかのたつのべのにしきのきりはしはのこりおほかる心ちこそすれ
1249:1161
人あまたして、ひとりにかくして、あらぬさまにいひなしけることの侍りけるをききてよみける
ひとすぢにいかでそま木のそろひけむいつはりつくる心だくみに
1250:1162
陰陽頭に侍りけるものに、ある所のはした物もの申しけり。いとおもふやうにもなかりければ、六月つごもりにつかはしけるにかはりて
わがためにつらき心をみなづきのてづからやがてはらへうてなむ
1251:1163
ゆかりありける人の、新院のかんだうなりけるを、ゆるしたぶべきよし申しいれたりける御返亊に
もがみ川つなでひくらむいなぶねのしばしがほどはいかりおろさむ
1252:1164
御返ごとたてまつりける
つよくひくつなでとみせよもがみ川そのいなぶねのいかりをさめて
かく申したりければゆるしたびてけり
1253:1165
屏風の繪を人々よみけるに、うみのきはに、をさなくいやしきもののある所を
いそなつむあまのさをとめ心せよおき吹く風になみたかくなる
1254:1166
同繪にとまのうちに人の子おどろきたる所を
いそによるなみに心のあらはれてねざめがちなるとまやかたかな
1255:1167
庚申の夜くじくばりをして歌よみけるに、古今、後撰、拾遺これを、むめ、さくら、やまぶきによせたる題をとりてよみける。
古今梅によす
くれなゐのいろこきむめををる人の袖にはふかきかやとまるらむ
1256:1168
後撰さくらをよす
春風の吹きおこせむに櫻花となりくるしくぬしやおもはむ
1257:1169
拾遺にやまぶきをよす
やまぶきのはなさく井でのさとこそはやしうゐたりとおもはざらなむ
1258:1170:M
いはひ
ひまもなくふりくる雨のあしよりも數かぎりなき君がみよかな
1259:1171
ち世ふべき物をさながらあつむとも君がよはひをしらむものかは
1260:1172
こけうづむゆるがめいはのふかきねは君がちとせをかためたるべし
1261:1173
むれたちてくもゐにたづのこゑすなり君がちとせや空にみゆらむ
1262:1174:M
さはべよりすだちはじむるつるのこは松のえだにやうつりそむらむ
1263:1175
おほうみのしほひてやまになるまでに君はかはらぬ君にましませ
1264:1176
君が世のためしになにをおもはましかはらぬ松の色なかりせば
1265:1177
君かよはあまつそらなるほしなれや數もしられぬここちのみして
1266:1178
ひかりさす三笠の山の朝日こそげによろづよのためしなりけれ
1267:1179
よろづよのためしにひかむかめ山のすそのの原にしげる小松を
1268:1180
かずかくる波にしづえのいろ染めて社さびまさるすみよしの松
1269:1181
若葉さすひらのの松はさらにまた枝にやちよの數をそふらむ
1270:1182
竹の色もきみがみどりにそめられていくよともなくひさしかるべし
1271:1183
むまごまうけてよろこびける人のもとへいひつかはしける
千世ふべきふたばの松のおひさきをみる人いかにうれしかるらむ
1272:1184:M
五葉のしたにふたばなる小松どもの侍りけるを、ねの日にあたりける日、をりびつにひきそへて京へつかはすとて
きみがためごえふのねの日しつるかなたびたびちよをふべきしるしに
1273:1185:M
ただのまつをひきそへて、このまつの思ひ合す亊申すべくなむとて
ねのひするのべのわれこそぬしなるをごえふなしとてひく人のなき
1274:1186:M
世につかへぬべきゆかりあまたにありける人の、さもなかりけることを思ひて、きよみづにとしこしにこもりたりけるにつかはしける
このはるはえだえだまでにさかゆべしかれたる木だに花はさくめり
1275:1187:M
これもぐして
あはれにぞふかきちかひのたのもしききよきながれのそこくまれつつ
1276:1188:M
八條院宮と申しけるをり、しらかはどのにて、女房むしあはせられけるに、人にかはりてむしぐしてとりいだしける物に水に月のうつりたるよしをつくりて、その心をよみける
ゆくすゑの名にやながれむつねよりも月すみわたる白川の水
1277:1189
二條院の内に、かひあはせせむとせさせ給ひけるに人にかはりて
かぜたたで波ををさむるうらうらにこがひをむれてひろふなりけり
1278:1190
なにはがたしほひにむれて出でたたむしらすのさきのこがひひろひに
1279:1191
かぜふけばはなさくなみのをるたびに櫻がひよるみしまえのうら
1280:1192
なみあらふ衣のうらの袖がひをみぎはに風のたたみおくかな
1281:1193
なみかくるふきあげのはまのすだれかひ風もぞおろすいそぎひろはむ
1282:1194
しほそむるますほのこがひひろふとていろのはまとはいふにやあるらむ
1283:1195
なみふするたけのとまりのすずめがひうれしきよにもあひにけるかな
1284:1196
なみよするしららのはまのからすがひひろひやすくもおもほゆるかな
1285:1197
かひありなきみがみそでにおほはれて心にあはぬこともなきよは
1286:1198
入道寂然大原に住み侍りけるに、高野よりつかはしける
やまふかみさこそあらめときこえつつおとあはれなる谷の川水
1287:1199
山ふかみまきのはわくる月かげははげしき物のすごきなりけり
1288:1200
山ふかみまどのつれづれとふものはいろづきそむるはじのたちえだ
1289:1201
山ふかみこけのむしろのうへにゐて何心なくなくましらかな
1290:1202
山ふかみいはにしたたる水とめむかつかつおつるとちひろふほど
1291:1203
山ふかみけぢかきとりのおとはせで物おそろしきふくろふのこゑ
1292:1204
やまふかみこぐらきみねのこずゑよりものものしくもわたる嵐か
1293:1205
山ふかみほだきるなりと聞えつつところにぎはふをののおとかな
1294:1206
やまふかみいりてみと見るものはみなあはれもよほすけしきなるかな
1295:1207
山ふかみなるるかせぎのけぢかさによにとほざかるほどぞしらるる
1296:1208
返し 寂然
あはれさはかうやときみもおもひやれ秋くれがたのおほはらのさと
1297:1209
ひとりすむおぼろのしみづともとては月をぞすますおほはらのさと
1298:1210
すみがまのたなびくけぶり一すぢに心ぼそきは大原のさと
1299:1211
なにとなくつゆぞこぼるるあきの田にひたひきならす大原のさと
1300:1212
水のおとはまくらにおつるここちしてねざめがちなる大原のさと
1301:1213
あだにふく草のいほりのあはれよりそでに露おく大原のさと
1302:1214
やまかぜにみねのささぐりはらはらと庭におちしく大原の里
1303:1215
ますらをがつまぎにあけびさしそへて暮るればかへる大原のさと
1304:1216
むぐらはふかどはこのはにうづもれて人もさしこぬ大原の里
1305:1217
もろともに秋もやまぢもふかければしかぞかなしき大原の里
1306:XXXX:TM
神樂に星を
ふけて出づるみ山もみねのあか星は月まちえたる心ちこそすれ
1307:1218:M
承安元年六月一日、院熊野へまゐらせ給ひける跡に、すみよしに御幸ありけり。修業しまはりて、二日、かの社にまゐりたりけるに、すみのえあたらしくしたてたりけるを見て、後三條院のみゆき神思出で給ひけむとおぼえてよみける
たえたりし君が御幸をまちつけてかみいかばかりうれしかるらむ
1308:1219:M
松のしづえをあらひけむなみ、いにしへにかはらずやとおぼえて
いにしへの松のしづえをあらひけむ波を心にかけてこそみれ
1309:1220
齋院おはしまさぬ比にて、まつりのかへさもなかりければ、むらさき野もとほるとて
むらさきの色なき比の野べなれやかたまつりにてかけぬあふひは
1310:1221:M
きたまつりのころ、かもにまゐりたりけるに、をりうれしくて、またるるほどにつかひまゐりたり。はし殿につきてついぶしをがまるるまではさる亊にて、舞人のけしきふるまひみしよのことともおぼえず。あづまあそびにことうつ倍從もなかりけり。さこそすゑのよならめ、神にかにみたまふらむとはづかしきここちしてよみ侍りける
神のよもかはりにけりと見ゆるかなそのことわざのあらずなるにも
1311:1222
ふけたるままにみたらしのおとかみさびてきこえければ
みたらしのながれはいつもかはらじをすゑにしなればあさましのよや
1312:1223
伊勢にまかりたりけるに太神宮にまゐりてよみける
さかきばに心をかけむゆふしでておもへは神もほとけなりけり
1313:1224
齋院おりさせ給ひて本院のまへをすぎけるに、人のうちへいりければゆかしくおぼえて、ぐして見侍りけるに、かくやはありけむとあはれにおぼえて、おりておはしましける所へ、せんじのつぼねのもとへ申しつかはしける
君すまぬみうちはあれてありすがはいむすがたをもうつしつるかな
1314:1225
かへし
おもひきやいみこし人のつてにしてなれしみうちにきかむ物とは
1315:1226:M
伊勢の齋王おはしまさでとしへにけり。齋宮こだちばかりさはと見えて、ついがきもなきやうなりたりけるを見て
いつかまたいつきのみやのいつかれてしめのちうちにちりをはらはむ
1316:1227
世中に大亊いできて、新院あらぬさまにならせおはしまして御ぐしおろして仁和寺の北院におはしましけるにまゐりて、けんげんあざりいであひたり。月あかくてよみける。
かかるよにかげもかはらずすむ月をみる我がみさへうらめしきかな
1317:1228
さぬきにおはしましてのち、歌と云ふ亊の世にいときこえざりければ、寂然がもとよりいひつかはしける
ことのはのなさけたえたる折節にありあふ身こそかなしかりけれ
1318:1229
かへし 寂然
しきしまのたえぬる道になくなくも君とのみこそ跡を忍ばめ
1319:1230
さぬきにて、御こころひきかへて、のちのよの御つとめひまなくせさせおはしますとききて、女房のもとへ申しける。この文をかきぐして、若人不嗔打、以何修忍辱
世の中をそむくたよりやなからましうき折ふしに君あはずして
1320:1231:M
これもついでにぐしてまゐらせける
あさましやいかなるゆゑのむくいにてかかることしも有る世なるらむ
1321:1232:M
ながらへてつひにすむべき都かは此の世はよしやとてもかくても
1322:1233:M
まぼろしの夢をうつつにみる人はめもあはせでや世をあかすらむ
1323:1234:M
かくてのち、人のまゐりけるにつけてまゐらせける
其の日よりおつる涙をかたみにておもひ忘るる時のまもなし
1324:1235:M
かへし 女房
目の前にかはりはてにし世のうさに涙を君もながしけるかな
1325:1236:M
松山の涙はうみにふかくなりてはちすの池にいれよとぞ思ふ
1326:1237:M
波のたつ心のみづをしづめつつさかむはちすを今はまつかな
1327:1238
老人述懷と云ふ亊を人々よみけるに
山深みつゑにすがりている人の心のおくのはづかしきかな
山里なる人のかたるにしたがひて書きたるなり。さればひがごとどもや
1328:1239
左京大夫俊成、歌あつめらるると聞きて、歌つかはすとて
はなならぬことのはなれどおのづから色もやあると君ひろはなむ
1329:1240
かへし 俊成
世をすてて入りにし道のことのはぞあはれも深き色はみえける
1330:1241
戀百十首
おもひあまりいひ出でてこそ池水の深き心のほどはしられめ
1331:1242
なき名こそしかまのいちにたちにけれまだあひそめぬ戀する物を
1332:XXXX:TR
しら玉をつつみあつむるわが袖をくちなむときやちらむとすらむ
1333:1243:M
つつめども涙の色にあらはれてしのぶ思は袖よりぞちる
1334:1244
わりなしや我も人めをつつむまにしひてもいはぬ心づくしは
1335:1245:M
なかなかにしのぶけしきやしるからむかかる思にならひなき身は
1336:1246
けしきをばあやめて人のとがむとも打ちまかせてはいはじとぞ思ふ
1337:1247
心にはしのぶとおもふかひもなくしるきは戀の涙なりけり
1338:1248
色に出でていつより物はおもふぞととふ人あらばいかがこたへむ
1339:1249:M
あふ亊のなくてやみぬる物ならば今みよ世にもありやはつると
1340:1250:M
うき身とてしのばばこひのしのばれて人のなだてになりもこそすれ
1341:1251
みさをなる涙なりせばから衣かけても人にしられましやは
1342:1252
なげきあまり筆のすさみにつくせども思ふばかりはかかれざりけり
1343:1253:M
わがなげく心のうちのくるしさも何にたとへて君にしられむ
1344:1254
いまはただしのぶ心ぞつつまれぬなげかば人や思ひしるとて
1345:1255
こころには深くしめども梅の花をらぬにほひはかひたかりけり
1346:1256
さりとよとほのかに人をみつれじもおぼえぬ夢のここちこそすれ
1347:1257
きえかへりくれまつ袖ぞしぼれぬるおきつる人は露ならねども
1348:1258
いかにせむそのさみだれのなごりよりやがてをやまぬ袖のしづくを
1349:1259
さるほどの契りは君に有りながらゆかぬ心のくるしきやなぞ
1350:1260:M
いまはさはおぼえぬ夢になしはてて人にかたらでやみねとぞ思ふ
1351:1261
をる人のてにはとまらで梅の花たがうつりがにならむとすらむ
1352:1262
うたたねの夢をいとひし床の上にけさいかばかりおきうかるらん
1353:1263
ひきかへてうれしかるらむ心にもうかりしことは忘れざらなむ
1354:1264:M
七夕はあふをうれしとおもふらむ我は別れのうきこよひかな
1355:1265
おなじくはさきそめしよりしめおきて人にをられぬ花と思はで
1356:1266
朝露にぬれにし袖をほす程にやがてゆふだつ我が袂かな
1357:1267
まちかねて夢にみゆやとまどろめばねざめすずむる荻のうはかぜ
1358:1268
つつめども人しる戀やおほ井がはゐぜきのひまをくぐる白波
1359:1269
あふまでの命もがなとおもひしはくやしかりける我が心かな
1360:1270
いまよりはあはで物をばおもふとものちうき人に身をばまかせじ
1361:XXXX:TR
おさふれど涙ぞさらにとどまらぬころものせきにあらぬたもとは
1362:1271:M
いつかはとこたへむことのねたきかな思ひしらずとうらみきかせよ
1363:1272
袖の上の人めしられしをりまではみさをなりける我涙かな
1364:1273:M
あやにくに人めもしらぬ涙かなたえぬ心にしのぶかひなく
1365:1274
荻のおとは物おもふわれか何なればこぼるる露の袖におくらむ
1366:1275
草しげみさはにぬはれてふすしぎのいかによそだつ人の心ぞ
1367:1276
あはれとて人の心のなさけあれな數ならぬにはよらぬなげきを
1368:1277
いかにせむうき名をばよにたてはてて思もしらぬ人の心を
1369:1278
わすられむことをばかねて思ひにき何おどろかす涙なるらむ
1370:1279
とはれぬもとはぬ心のつれなさもうきはかはらぬここちこそすれ
1371:1280
つらからむ人ゆゑ身をばうらみじと思ひしことも叶はざりけり
1372:1281
今さらに何かは人もとがむべきはじめてぬるる袂ならねば
1373:1282
れりなしな袖になげきのみつままに命をのみもいとふ心は
1374:1283
色ふかき涙の川のみなかみは人を忘れぬここちなりけり
1375:1284
待ちかねてひとりはふせどしきたへの枕ならぶるあらましぞする
1376:1285
とへかしななさけは人の身のためをうき我とても心やはなき
1377:1286
ことのはのしもがれにしにおもひにき露のなさけもかからましとは
1378:1287
よもすがらうらみを袖にたたふれば枕に波の音ぞきこゆる
1379:1288
ながらへて人のまことを見るべきに戀に命のたえむ物かは
1380:1289
たのめおきしそのいひごとやあだなりし波こえぬべき末の松山
1381:1290
かはのせによにきえやすきうたかたの命をなぞや君がたのむる
1382:1291
かりそめにおく露とこそ思ひしか秋にあひぬる我が袂かな
1383:1292:M
おのづからありへばとこそおもひつれ頼みなくなる我が命かな
1384:1293
身をもいとひ人のつらさもなげかれて思ひ數あるころにもあるかな
1385:1294
すがのねのながく物をばおもはじとたむけし神にいのりし物を
1386:1295
うちとけてまどろまばやはから衣よなよなかへすかひも有るべき
1387:1296
我がつらきことにをなさむおのづから人めをおもふ心ありやと
1388:1297
ことといへばもてはなれたるけしきかなうららかなれや人のこころの
1389:1298
物思ふ袖になげきのたけみえてしのぶしらぬは涙なりけり
1390:1299
草のはにあらぬたもとも物思へば袖に露おく秋の夕暮
1391:1300
あふことのなきやまひにて戀ひしなばさすがに人やあはれと思はむ
1392:1301
いかにぞやいひやりたりしかたもなく物をおもひて過ぐる比かな
1393:1302
わればかり物おもふ人や又もあるともろこしまでも尋ねてしがな
1394:1303
君にわれいかばかりなる契ありて二なくものを思ひそめけむ
1395:1304
さらぬだにもとの思ひのたえぬみになげきを人のそふるなりけり
1396:1305
我のみぞわが心をばいとほしむあはれむ人のなきにつけても
1397:1306
恨みじとおもふ我さへつらきかなとはで過ぎぬる心づよさを
1398:1307
いつとなきおもひはふじのけぶりにて打ふす床やうき嶋がはら
1399:1308
これもみな昔のことといひながらなど物おもふ契りなりけむ
1400:1309:M
などかわれつらき人ゆゑ物をおもふ契りを霜はむすびおきけむ
1401:1310:M
くれなゐにあらふ袂のこき色はこがれて物をおもふなりけり
1402:1311
せきかねてさはとてながす瀧つせにわくしら玉は涙なりけり
1403:1312
なげかじとつつみし比の涙だにうちまかせたるここちやはせし
1404:1313
今はわれ戀せむ人をとぶらはん世にうきこととおもひしられぬ
1405:1314
ながめこそうき身のくせに成りなてて夕ぐれならぬをりもせらるれ
1406:1315
おもへどもおもふかひこそなかりけれ思ひもしらぬ人もおもへは
1407:1316
あやひねるささめのこみのきぬにきむ涙の雨もしのぎがてらに
1408:1317
なぞもかくことあたらしく人のとふ我が物おもひふりにしものを
1409:1318
しなばやと何おもふらむのちの世も戀はよにうきこともこそきけ
1410:1319
わりなしやいつをおもひのはてにして月日を送る我がみなるらむ
1411:1320
いとほしやさらに心のをさなびてたまぎれらるる戀もするかな
1412:1321
君したふ心のうちはちごめきて涙もろくもなるわが身かな
1413:1322
なつかしき君が心のいろをいかで露もちらさで袖につつまむ
1414:1323
いくほどもながらふまじき世の中に物をおもはでふるよしもがな
1415:1324
いつかわれちりつむ床をはらひあげてこむと頼めむ人をまつべき
1416:1325
よだけたつ袖にたぐへて忍ぶかな袂のたきにおつる涙を
1417:1326
うきによりつひに朽ちぬる我が袖を心づくしに何しのびけむ
1418:1327
こころから心に物を思はせて身をくるしむる我が身なりけり
1419:1328
ひとりきてわが身にまとふから衣しほしほとこそなきぬらさるれ
1420:1329
いひたててうらみばにかにつらからむおもへばうしや人の心は
1421:1330
なげかるる心のうちのくるしさを人のしらばや君にかたらむ
1422:1331
人しれぬ涙にむせぶゆふぐれはひきかづきてぞ打ふされける
1423:1332
おもひきやかかる戀路に入りそめてよぐがたもなき歎せむとは
1424:1333
あやふさに人めぞつねによがれける岩のかどふむほきのがけ道
1425:1334:M
しらざりき身にあまりたる嘆きしてひまなく袖をしぼるべしとは
1426:1335
吹く風に露もたまらぬくずのはのうらがへれとは君をこそ思へ
1427:1336
われからともにすむむしのなにしをへば人をばさらに恨みやはする
1428:1337
むなしくてやみぬべきかなうつせみのこの身ながらぞ思ふ歎は
1429:1338
つつめども袖よりほかにこぼれいでてうしろめたきは涙なりけり
1430:1339:M
われながらうたがはれぬる心かなゆゑなく袖をしぼるべきかは
1431:1340:M
さることのあるべきかはとしのばれて心いつまでみさを成りけむ
1432:1341
とりのくしおもひもかけぬ露はらひあなくらしたのわれが心や
1433:1342
君にそむ心の色のふかさにはにほひもさらにみえぬなりけり
1434:1343
さもこそは人めおもはず成りはててあなさまにくの袖のしづくや
1435:1344
かつすすぐ澤のこぜりのねをしろみきよげに物をおもはずもがな
1436:1345
いかさまにおもひつづけてうらみましひとへにつらき君ならなくに
1437:1346
うらみてもなぐさめてまし中々につらくて人のあはぬと思へば
1438:1347
うちたえて君にあふ人ひかなれやわが身もおなじよにこそはふれ
1439:1348
とにかくにいとはまほしきよなれども君がすむにもひかれぬるかな
1440:1349:M
なにごとにつけてかよをばいとはましうるはし人ぞけふはうれしき
1441:1350
あふとみしそのよの夢のさめであれなながきねぶりはうかるべけれど
この歌、題も又人にかはりたることどももありげなれどもかかず
この歌どもやまとなる人のかたるにしたがひてかきたるなり。さればひがごとどもや、むかしいまのこととりあつめたればときをりふしたがひたることどもも
1442:1351
このしうをみてかへしけるに 院の少納言のつぼね
まきごとにたまのこゑせしたまづさのたぐひは又も有りけるものを
1443:1352
かへし
よしさらばひかりなくともたまといひてことばのちりは君みがかなむ
1444:1353
さぬきにまうでて、まつやまのつと申す所に、院おはしましけむ御あとたづねけれどかたもなかりければ
まつ山のなみにながれてこしふねのやがてむなしく成りにけるかな
1445:1354
まつ山のなみのけしきはかはらじをかたなく君はなりましにけり
1446:1355
しろみねと申しける所に御はかの侍りけるにまゐりて
よしやきみむかしのたまのゆかとてもかからむ後は何にかはせむ
1447:1356
おなじくにに、大師のおはしましける御あたりの山に、いほりむすびてすみけるに、月いとあかくて、うみのかたくもりなく見えければ
くもりなき山にてうみの月みればしまぞこほりのたえまなりける
1448:1357
すみけるままに、いほりいとあはれにおぼえて
いまよりはいとはじ命あればこそかかるすまひのあはれをもしれ
1449:1358
いほりのまへにまつのたてりけるをみて
ひさにへてわが後のよをとへよまつ跡しのぶべき人もなき身ぞ
1450:1359
ここをまたれれすみうくてうかれなばまつはひとりにならむとすらむ
1451:1360
ゆきのふりけるに
まつのしたはゆきふるをりの色なれや皆白妙にみゆる山ぢに
1452:1361
雪つみて木もわかずさく花なれやときはの松もみえぬなりけり
1453:1362
はなとみるこずゑの雪に月さえてたとへむかたもなきここちする
1454:1363
まがふいろはむめとのみみてすぎゆくに雪のはなにはかぞなかりける
1455:1364
をりしもあれうれしく雪のうづむかなかきこもりなむとおもふ山ぢを
1456:1365
中々にたにのほそみちうづめゆきありとて人のかよふべきかは
1457:1366
谷の庵にたまのすだれをかけましやすがるたるひののきをとぢずば
1458:1367
はなまゐらせけるをりしも、をしきにあられのちりけるを
しきみおくあかのをしきのふちなくば何にあられの玉とまらまし
1459:1368
いはにせくあかゐの水のわりなきに心すめともやどる月かな
1460:1369
大師のむまれさせ給ひたる所とて、めぐりのしまはして、そのしるしにまつのたてりけるをみて
あはれなりおなじ野山にたてる木のかかるしるしの契りありける
1461:1370
又ある本に
まんだらじの行だうのところへのぼるはよの大亊にて、手をたてたるやうなり。大師の御經かきてうづませおはしましたるやまのみねなり。ばうのそとは一丈ばかりなるだんつきてたてられたり。それへ日ごとにのぼらせおはしまして行道しおはしましけると申しつたへたり。めぐり行道すべきやうに、だんも二重につきまはされたり。のぼるほどのあやふさことに大亊なり。かまへてはひまはりつきて
めぐりあはむことのちぎりぞ有がたききびしき山のちかひみるにも
1462:1371
やがて、それが上は大師の御師にあひまゐらせさせおはしましたるみねなり。わかはいし山とその山をば申すなり。そのあたりの人はわかはいしとぞ申しならひたる、山もじをばすてて申さず。又ふでの山ともなづけたり。とほくてみればふでに似て、まろまろと山のみねのさきのとがりたるやうなるを申しならはしたるなめり。行道どころより、かまへてかきつきのぼりて、みねにまゐりたれば、師にあはせおはしましたるところのしるしに、たふをたておはしましたりけり。たふのいしずゑはかりなくおほきかり。高野の大たふなどばかりなりけるたふのあととみゆ。こけはふかくうづみたれどもいしおほきにして、あらはに見ゆ。ふでのやまと申すなにつきて
ふでの山にかきのぼりてもみつるかなこけのしたなる岩のけしきを
善通寺の大師の御影には、そばにさしあげて、大師の御師かき具せられたりき。大師の御てなどもおはしましき。四の門のがく少くれれておほかたはたがはずして侍りき。すゑにこそいかがなりなむずらむとおぼつかなくおぼえ侍りしか
1463:1372
備前國に小島と申す島にわたりたりけるに、あみと申す物とる所は、おのおのわれわれしめてながきさほに袋をつけてたてわたすなり。そのさほのたてはじめをば一のさほとぞなづけたる。なかにとしたかきあま人のたてそむるなり。たつると申すなることはきき侍りしこそ、なみだこぼれて申すばかりなくおぼえてよみける
たてそむるあみとるうらのはつさほはつみのなかにもすぐれたるらむ
1464:1373
ひびしぶかはと申す方へまかりて、四國のかたへわたらむとしけるに、風あしくてほどへけり。しぶかはのうらと申す所に、をさなきものどものあまたものをひろひけるをとひければ、つみと申す物ひろふなりと申しけるをききて
おりたちてうらたにひろふあまのこはつみよりつみをならふなりけり
1465:1374
まなべと申す島に、京よりあき人どものくだりて、やうやうのつみのものどもあきなひて、又しはくの島にわたりたり。あきなはむずるよし申しけるをききて
まなべよりしはくへかよふあき人はつみをかひにて渡るなりけり
1466:1375
くしにさしたる物をあきなひけるを、なにぞととひければはまぐりをほして侍るなりと申しけるをききて
おなじくはかきをぞさしてほしもすべきはまぐりよりはなもたよりあり
1467:1376
うしまどのせとにあまのいでいりて、さだえと申すものをとりてふねにいれいれしけるをみて
さだえすむせとの岩つぼもとめいでていそぎしあまのけしきなるかな
1468:1377
おきなるいはにつきて、あまどものあはびとりけるところにて
いはのねにかたおもむきになみうきてあはびをかづくあまのむらぎみ
1469:1378
題不知
こだいひくあまのうけなはよりくめりうきしわざなるしほさきのうら
1470:1379
かすみしくなみのはつはなをりかけて櫻だひつる沖のあま舟
1471:1380
あま人のいそしてかへるひじきものはこにしはまぐりがうなしただみ
1472:1381
いそなつまむいまおひそむる若ふのりみるめきはさひじきこころぶと
1473:1382
いせのたうしと申す島には、こいしのしろのかぎり侍る濱にてくろはひとつもまじらず。むかひてすがしまと申すはくろのかぎり侍るなり
すがしまやたうしのこいしわけかへてくろしろまぜよ浦の濱かぜ
1474:1383
さぎしまのこいしのしろをたか波のたうしの濱に打ちよせてける
1475:1384
からすざきのはまのこいしと思ふかなしろもまじらめすが島のくろ
1476:1385:M
あはせばやさぎとからすとごをうたばたうしすが島くろしろのはま
1477:1386
いせのふたみのうらに、さるやうなるめのわらはどものあつまりて、わざとのこととおぼしく、はまぐりをとりあつめけるをにふかひなきあま人こそあらめ、うたてきことなりと申しければ、かひあはせに京より人の申させ給ひたれば、えりつつとるなりと申しけるに
いまぞしるふた見の浦のはまぐりをかひあはせとておほふなりけり
1478:1387
いらごへわたりたりけるに、ゐがひと申すはまぐりに、あこやのむねと侍るなり。それをとりたるからをたかくつみおきたりけるをみて
あこやとるゐがひのからをつみおきてたからのあとをみするなりけり
1479:1388
おきのかたより風のあしきとて、かつをと申すいをつりけるふねどものかへりけるに
いらござきかつをつりふねならびうきてはがちの波にうかびてぞよる
1480:1389
ふたつありけるたかの、いらごわたりをすると申しけるが、ひとつのたかはとどまりて、きのすゑにかかりて侍ると申しけるをききて
すたかわたるいらごがさきをうたがひてなほきにかへる山がへりかな
1481:1390:M
はしたかのすずろかさでもふるさせてすゑたる人のありがたのよや
1482:1391:M
うぢがはをくだりけるふねの、かなつきと申す物をもて、こひのくだるをつきけるをみて
うぢ川のはやせおちまふれうふねのかづきにちがふこひのむらまけ
1483:1392:M
こばへつどふぬまのいりえのもの下は人つけおかぬふしにぞありける
1484:1393:M
たねつくるつぼゐの水のひくすゑにえふなあつまるおちあひのはた
1485:1394:M
しらなわにこあゆひかれてくだるせにもちまうけたるこめのしきあみ
1486:1395:M
みるもうきはうなはににぐるいろくづをのがらかさでもしたむもちあみ
1487:1396:M
秋かぜにすずきつりぶねはしるめりうのひとはしのなごりしたひて
1488:1397:M
新宮より伊勢のかたへまかりけるに、みきしまにふねのさたしける浦人の、くろきかみはひとすぢもなかりけるをよびよせて
としへたるうらのあま人こととはむ波をかづきていくよ過ぎにき
1489:1398:M
くろかみはすぐるとみえし白波をかづきはてたる身にはしれあま
1490:1399:M
ことりどものうたよみける中に
こゑせずばいろこくなるとおもはまし柳のめはむひわのむらとり
1491:1400:M
ももぞのの花にまがへるてりうそのむれたつをりはちるここちする
1492:1401:M
ならびゐてともをはなれぬこがらめのねぐらに頼むしひの下枝
1493:1402:M
月のよ、かもにまゐりてよみ侍りける
月のすむみおやが原に霜さえて千鳥とほだつ聲きこゆなり
1494:1403:M
くまのへまゐりけるに、ななこしのみねの月をみてよみける
立ちのぼる月のあたりに雲きえて光かさなるななこしのみね
1495:1404:M
さぬきのくにへまかりてみのつと申すつにつきて、月あかくてひびのてもかよはぬほどに、とほくみえわたりけるにみづとりのひびのでにつきてとびわたりけるを
しきわたす月のこほりをうたがひてひびのてまはるあぢのむらとり
1496:1405:M
いかでわれ心の雲にちりすゑでみるかひありて月をながめむ
1497:1406:M
ながめをりて月のかげにぞよをばみる住むもすまぬもさなりけりとは
1498:1407:M
雲はれて身にうれへなき人の身ぞさやかに月のかげはみるべき
1499:1408:M
さのみやはたもとにかげをやどすべきよわし心よ月なながめそ
1500:1409:M
月にはぢてさし出られぬ心かなながむる袖にかげのやどれる
1501:1410:M
心をばみる人ごとにくるしめて何かは月のとりどころなる
1502:1411:M
つゆけさはうき身の袖のくせなるを月みるとがにおふせつるかな
1503:1412:M
ながめきて月いかばかりしのばれむこのよしくものほのかになりなば
1504:1413:M
いつかわれこのよのそらをへだたらむあはれあはれと月をおもひて
1505:1414:M
露もありつかへすがへすも思ひしりてひとりぞみつるあさがほのはな
1506:1415:M
ひときれはみやこをすてていづれどもめぐりてはなほきそのかけはし
1507:1416:M
すてたれどかくれてすまぬ人になればなほよにあるににたるなりけり
1508:1417:M
世中をすててすてえぬここちしてみやこはなれめ我が身なりけり
1509:1418:M
すてしをりのこころをさらにあらためてみるよの人に別れはてなむ
1510:1419:M
おもへこころ人のあらばや世にもはぢむさりとてやはといさむばかりぞ
1511:1420:M
くれ竹のふししげからぬよなりせばこの君はとてさしいでなまし
1512:1421:M
あしよしをおもひわくこそくるしけれただあらざればあられけるみを
1513:1422:M
ふかく入らば月ゆゑとしもなきものをうきよしのばむみよしのの山
1514:1423:M
さがののみしよにもかはりて、あらぬやうになりて、人いなんとしたりけるをみて
この里やさがのみかりのあとならむ野山もはてはあせかはりけり
1515:1424:M
大覺寺の金岡がたてたるいしをみて
庭のいはにめたつる人もなからましかどあるさまに立てしをかずば
1516:1425:M
たきのわたりのこだちあらぬことになりて、松ばかりなみたちたりけるをみて
ながれみしきしのこだちもあせはてて松のみこそは昔なるらめ
1517:1426:M
りゆうもんにまゐるとて
せをはやみみやたきがはをれたり行けば心のそこのすむここちする
1518:1427:M
おもひ出でてたれかはとめてわけもこむいるやまみちの露の深さを
1519:1428:M
呉竹の今いくよかはおきふしていほりのまどをあげおろすべき
1520:1429:M
そのすぢにいりなば心なにしかも人めおもひてよにつつむらむ
1521:1430:M
みどりなるまつにかさなる白雪は柳のきぬを山におほへる
1522:1431:M
さかりならぬ木もなく花のさきにけるとおもへば雪を今る山みち
1523:1432:M
波とみゆるゆきをわけてぞこぎ渡るきそのかけはしそこもみえねば
1524:1433:M
まなづるはさはの氷のかがみにてちとせのかげをみてやなすらむ
1525:1434:M
さはも解けずつめどかたみにとどまらでめにもたまらゐゑぐのくさぐき
1526:1435:M
きみがすむきしのいはよりいづる水のたえぬ末をぞ人もくみける
1527:1436:M
たしろみゆるいけのつつみのかさそへてたたふる水や春のよのため
1528:1437:M
にはにながすしみづの末をせきとめてかどだやしなふころにもあるかな
1529:1438:M
ふしみすぎぬをかのやになほとどまらじ日野までゆきてこまこころみむ
1530:1439:M
秋のいろはかせぞのもせにしきわたすしぐれは音を袂にぞきく
1531:1440:M
しぐれそむるはなぞのやまに秋暮れてにしきのいろをあらたむるかな
1532:1441:M
いせのいそのへぢのにしきの島に、いそわのもみぢのちりけるを
なみにしくもみぢの色をあらふゆゑににしきのしまといふにやあるらむ
1533:1442:M
みちのくにに、ひらいづみにむかひて、たばしねと申す山の侍るに、こと木はすくなきやうに、さくらのかぎりみえて、はなのさきたりけるをみてよめる
ききもせずたばしねやまのさくら花よしののほかにかかるべしとは
1534:1443:M
おくに猶人みぬ花のちらぬあれやたづねをいらむ山ほととぎす
1535:1444:M
つばなぬくきたののちはらあせゆけば心すみれぞ生ひかはりける
1536:1445:M
れいならぬ人の大亊なりけるが、四月になしのはなのさきたりけるを見て、なしのほしきよしをねがひけるに、もしやと人にたづねければ、かれたるかしはにつつみたる梨を、ただひとつつかはして、こればかりなど申したりける
はなのおりかしはにつつむしなのなしはひとつなれどもありのみとみゆ
1537:1446:M
さぬきの院、位におはしましけるをりの、みゆきのすずのそうをききてよみける
ふりにけり君がみゆきのすずのそうはいかなる世にもたえずきこえて
1538:1447:M
日のいるつづみのごとし
浪のうつおとをつづみにまがふれば入日のかげのうちてゆらるる
1539:1448:M
題不知
山里の人もこずゑのまつがうれにあはれにきゐるほととぎすかな
1540:1449:M
ならべける心はわれかほととぎす君まちえたるよひの枕に
1541:1450:M
つくしに、はらかと申すいをのつりをば、十月ついたちにおろすなり。しはすにひきあげて、京へはのぼせ侍る、そのつりのなは、はるかにとほくひきわたして、とほるふねのそのなはにあたりめるをば、かこちかかりてがうけがましく申してむづかしく侍るなり。その心をよめる。
はらかつるおほわださきのうけなはに心かけつつすぎむとぞ思ふ
1542:1451:M
いせしまやいるるつきてすまうなみにけことおぼゆるいりとりのあま
1543:1452:M
いそなつみて波かけられてすぎにけりわにのすみけるおほいそのねを
Subtitle
百首
1544:1453
花十首
よしの山花のちりにしこのもとにとめし心はわれをまつらむ
1545:1454
吉野山たかねの櫻さきそめばかからむものかはなのうすぐも
1546:1455
人はみなよしのの山へ入りぬめり都の花にわれはとまらむ
1547:1456
たづねいる人にはみせじ山櫻われとを花にあはむと思へば
1548:1457
山櫻さきぬとききてみにゆかむ人をあらそふこころとどめて
1549:1458
やま櫻ほどなくみゆるにほひかなさかりを人にまたれまたれて
1550:1459
花のゆきのにはにつもるにあとつけじかどなきやどといひちらさせて
1551:1460
ながめつるあしたの雨の庭のおもに花のゆきしく春の夕ぐれ
1552:1461
よしの山ふもとのたきにながす花や峯につもりし雪のした水
1553:1462:M
ねにかへる花をおくりてよしの山夏のさかひに入りて出でぬる
1554:1463
郭公十首
なかむこゑやちりぬる花の名殘なるやがてまたるるほととぎすかな
1555:1464
はるくれてこゑにはなさくほととぎす尋ぬることもまつもかはらぬ
1556:1465
きかでまつ人おもひしれ郭公ききても人は猶ぞまつめる
1557:1466
ところがらききがたきかとほととぎすさとをかへても待たむとぞ思ふ
1558:1467
はつこゑをききてののちはほととぎす待つも心のたのもしきかな
1559:1468
さみだれのはれまたづねてほととぎす雲井につたふ聲きこゆなり
1560:1469
ほととぎすなべてきくにはにざりけりふるき山べのあかつきのこゑ
1561:1470
ほととぎすふかき山べにすむかひはこずゑにつづくこゑをきくかな
1562:1471
よるのとこをなきうかさなむ郭公物おもふ袖をとひにきたらば
1563:1472
ほととぎす月のかたぶく山のはにいでつるこゑのかへりいるかな
1564:1473
月十首
いせじまや月の光のさひが浦はあかしにはにぬかげぞすみける
1565:1474
いけ水に底きよくすむ月影はなみにこほりをしきわたすかな
1566:1475
月をみてあかしのうらを出づる舟はなみのよるとやおもはざるらむ
1567:1476
はなれたるしららのはまのおきのいしをくだかであらふ月の白波
1568:1477
おもひとけばちさとのかげもかずならずいたらぬくまも月にあらせじ
1569:1478
おほかたのあきをば月につつませて吹きほころばす風の音かな
1570:1479
なにごとかこのよにへたるおもひ出をとへかし人に月ををしへむ
1571:1480
おもひしるをよにはくまなきかげならずわがめにくもる月の光は
1572:1481
うき世ともおもひとほさじおしかへし月のすみけるひさかたのそら
1573:1482
月のよやともとをなりていづくにも人しらざらむすみかをしへよ
1574:1483
雪十首
しがかきのそまのおほてはとどめてよ初雪ふりぬむこの山人
1575:1484
いそがずば雪にわか身やとめられて山べの里に春をまたまし
1576:1485
あはれしりて誰かわけこむ山里の雪ふりうづむ庭の夕暮
1577:1486
みなと川とまにゆきふく友舟はむやひつつこそよをあかしけれ
1578:1487
いかだしのなみのしづむと見えつるは雪をつみつつくだるなりけり
1579:1488
たまりをるこずゑの雪の春ならば山里いかにもてなされまし
1580:1489
おほはらはせれうを雪の道にあけてよもには人もかよはざりけり
1581:1490
はれやらでふたむら山にたつ雲はひらのふぶきのなごりなりけり
1582:1491
ゆきしのぐいほりのつまをさしそへて跡とめてこむ人をとどめむ
1583:1492
くやしくもゆきのみやまへわけいらでふもとにのみもとしをつみける
1584:1493
戀十首
ふるきいもがそのにうゑたるからなづなたれなづさへとおふしたつらむ
1585:1494
くれなゐのよそなる色はしられねばふでにこそまづそめはじめつれ
1586:1495
さまざまのなげきを身にはつみおきていつしめるべきおもひなるらむ
1587:1496
きみをいかでこまかにゆへるしげめゆひたちもはなれずならびつつみむ
1588:1497
こひすともみさをに人にいはればや身にしたがはぬ心やはある
1589:1498
おもひいでよみつのはままつよそだつとしがのうら波たたむたもとを
1590:1499
うとくなる人は心のかはるともわれとは人に心おかれじ
1591:1500
月をうしとながめながらもおもふかなそのよばかりのかげとやはみし
1592:1501
我はただかへさでをきむさよ衣きてねしことをおもひいでつつ
1593:1502
川かぜにちどりなきけむふゆのよはわがおもひにてありける物を
1594:1503
述懷十首
いざさらばさかりおもふもほどもあらじはこやがみねの花にむつれし
1595:1504
山ふかくこころはかねておくりてき身こそうきよを出でやらねども
1596:1505
月にいかでむかしのことをかたらせてかげにそひつつ立ちもはなれじ
1597:1506
うき世としおもはでも身のすぎにける月の影にもなづさはりつつ
1598:1507
雲につきてうかれのみゆく心をば山にかけてをとめむとぞ思ふ
1599:1508
すててのちはまぎれしかたはおぼえぬを心のみをば世にあらせける
1600:1509
ちりつかでゆがめるみちをなをくなしてゆくゆく人をよにつがへばや
1601:1510
ひとしまむとおもひも見えぬ世にあれば末にさこそはおほぬさのはら
1602:1511:R
深き山はこけむすいはをたたみあげてふりにしかたををさめたるかな
1603:1512
ふりにける心こそなほあはれなれおよばぬ身にもよをおもはする
1604:1513
無常十首
はかなしな千年おもひしむかしをもゆめのうちにて過ぎにける代は
1605:1514
ささがにのいとにつらぬく露のたまをかけてかざれる世にこそありけれ
1606:1515
うつつをもうつつとさらにおもえねば夢をも夢と何かおもはむ
1607:1516
さらぬこともあとかたなきをわきてなど露もあだにもいひもおきけむ
1608:1517
ともしびのかかげぢからもなくなりてとまるひかりを待つわが身かな
1609:1518
みづ干たるいけにうるほふしたたりを命にたのむいろくづやたれ
1610:1519
みぎはちかくひきよせらるるおほあみにいくせのものの命こもれり
1611:1520
うらうらとしなむずるなどおもひとげば心のやがてさぞとこたふる
1612:1521:M
いひすてて後のゆくへをおもひ出ばさてさはいかにうらしまのはこ
1613:1522:M
よの中になくなる人をきくたびにおもひはしるをおろかなる身に
1614:1523
神祇十首 神樂二首
めづらしなあさくら山の雲井よりしたひ出でたるあかぼしのかげ
1615:1524
なごりいかにかへすがへすもをしからじそのこまにたつかぐらどねりは
1616:1525
賀茂二首
みたらしに若なすすぎて宮人のまでにささげてみとひらくめる
1617:1526:M
ながつきのちからあはせにかちにけりわがかたをかをつよくたのみて
1618:1527
男山二首 こま日
けふのこまはみつのさうぶをおひてこそかたきをらちにかけてとほらめ
1619:1528
放生會
みこしをさのこゑさきだててくだりますおとかしこまる神のみや人
1620:1529
熊野二首
みくまののむなしきことはあらじかしむしたれいたのはこぶ歩みは
1621:1530
あらたなるくまのまうでのしるしをばこほりの垢離にうべきなりけり
1622:1531
みもすそ二首
はつ春をくまなくてらすかげをみて月にみづしるみもすそのきし
1623:1532
みもすそのきしの岩ねによをこめてかためたてたる宮ばしらかな
1624:1533
釋教十首 きりきわうのゆめのうちに三首
まどひてし心をたれもわすれつつひかへらるなることのうきかな
1625:1534
ひきひきにれがたてつるとおもひける人のこころやせばまくのきぬ
1626:1535
末の世の人の心もみがくべき玉をもちりにまぜてけるかな
1627:1536
無量義經三首
さとりひろきこの法をまづとき置きてふたつなしとはいひきはめける
1628:1537
山櫻つぼみはじむる花の枝に春をばこめてかすむなりけり
1629:1538
身につきてもゆるおもひのきえましや涼しき風のあふがさりせば
1630:1539
千手經三首
花まてば身ににざるべし朽ちはてて枝もなき木のねをなからしそ
1631:1540
ちかひありてねがはむくにへ行くべくはにしのかどよりさとりひらかむ
1632:1541:M
さまざまにたな心なるちかひをばなものことばにふさねたるかな
1633:1542
又一首この心をやうばいのはるのにほひへんきちのくどくなり。しらんの秋の色は普賢菩薩のしんさうなり
野邊の色も春のにほひもおしなべて心そめけるさとりにぞなる
1634:1543
雜十首
さはのおもにふけたるたづの一こゑにおどろかされて千鳥なくなり
1635:1544
ともになりておなじみなとを出る舟のゆくへもしらずこぎわかれぬる
1636:1545
たきおつるよしののおくの宮川の昔をみけむ跡したはばや
1637:1546
わがそののをかべにたてる一つ松をともとみつつもおいにけるかな
1638:1547
さまざまのあはれありつる山里を人につたへて秋の暮ぬる
1639:1548
山がつの住みぬとみゆるわたりかなふゆにあせゆくしづはらの里
1640:1549
やま里の心の夢にまどひをれば吹きしらまかす風の音かな
1641:1550
月をこそながめば心うかれ出でめやみなる空にただよふやなぞ
1642:1551
波たかきあしやのおきをかくるふねのことなくてよをすぎむとぞおもふ
1643:1552
ささがにのいとよをかくてすぎにける人のひとなるてにもかからで
以上歌數千五百五十三首 本云一千五百七十二首云々 凡此書本落字僻字太多之 又不審歌繁多也 尤可校諸本 今山家集之外又有山家心中抄 被略拔此集内書出者也 〔底本奧書〕
本書本云。山家集歌三千百十二首也。其中より三重集をばえらびいでられたるなり。但百首をのぞかれたり。此山家集本歌の次第もしどけなく亂れ侍り。歌の數も三十一首たらず、正本はなら伊勢にぞ侍なる。たづねとりてかかるべし 〔竹柏園舊藏本古鈔本・松屋本奧書〕
以上歌數千五百五十三首 本云一千五百七十二首云々 凡此書本落字僻字大多之 又不審歌繁多也 尤可校諸本 今山家集之外又有山家心中抄被略拔此集内書者也 西行法師俗名範清號佐藤兵衞尉 建久元年二月十五日入滅之由隆信朝臣集也此山家集密々申出禁裏御本遂書冩校合畢 尤可爲證本乎 干時文祿三年季春上澣 玄旨判 〔温古堂本・神宮文庫本奧書〕
End
親本:: 六家集本山家集近衞本
底本::
著名: 西行全集 第一巻
纂校山家集
校訂: 伊藤 嘉夫
発行者: 井上 了貞
発行所: ひたく書房
初版: 1981年02月16日 第 1刷発行
入力::
入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)
入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A
編集機: Apple Macintosh Performa 5280
入力日: 2000年12月10日-2001年03月10日
校正1::
校正者:vol
校正日:2005年02月07日
0181:0160
誰ならむあらたのくろにすみれつむ人は心のねりなかるべし
0181:0160
誰ならむあらたのくろにすみれつむ人は心のわりなかるべし
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