Title
西行上人集
Note
親本:: 石川県立図書館李花亭文庫蔵本「西行上人集」
〔 〕:親本註釈
( ):編者註釈
【 】:入力者(新渡戸)註釈
【〇〇一右】
Subtitle
春
0001:新古
初春
岩間とちし氷も今朝はとけそめて 苔の下水みちらとむらん
0002:同
ふりつみし高ねのみ雪とけにけり 清滝川の水の白浪
0003:
立かはる春をしれとも見せかほに 年をへたつる霞なりけり
0004:
くる春は嶺の霞をさきたてゝ 谷のかけひをつたふなりけり
0005:
こせりつむ沢の水のひま見えて 春めきわたる桜井の里
0006:
〔すゝの〕
春あさみoまかきに風さえて また雪きえぬしからきの里
0007:
春になる桜かえたは何となく 花なけれ共むつましき哉
【〇〇一左】
0008:
〔よ〕
すきて行羽風なつかし鶯の なつさひけりな梅の立えに
〔〃〕
0009:
鶯はいなかの谷の巣なれとも 旅なる音をは嗚ぬなりけり
0010:
かすめとも春をはよその空にみて とけんともなき雪の下水
0011:
春しれと谷の細水もりそ行 岩間の水ひまたえにけり
0012:
鶯
鶯のこゑそ霞にもれてくる 人目ともしき春の山里
0013:
我なきて鹿秋なりと思ひけり 春をそさてや鶯のしる
0014:
霞
雲にまかふ花のさかりをおもはせて かつ/\かすむみ吉野ゝ山
0015:
社頭之霞と申事を伊勢にて読侍しに
【〇〇二右】
浪こすとふたみの松の見えつるは 梢にかゝる霞なりけり
0016:
子日
春ことに野辺の小松をひく人は いくらの千代のふへきなるらん
0017:
若菜はつねのあひたりしに人の許へ申遣はし侍し
若なつむけふははつねのあひぬれは まつにや人のこゝろひくらん
0018:続拾
雪中若菜を
けふはたゝおもひもよらて帰りなん 雪つむ野への若菜成けり
0019:
雨中若菜
春雨のふる野ゝ若菜おいぬらし ぬれ/\つまんかたみぬきいれ
【〇〇二左】
0020:
寄若菜述懐を
〔生る印本(朱)〕
若菜おふ春の野守に我なりて 浮世を人につみしらせはや
0021:
往侍し谷に鶯のこゑせす成にしかは何となく哀にて
ふるすうとく谷の鶯なりはては 我やかはりてなかんとすらん
0022:
梅に鶯の鳴侍しに
梅かゝにたくへて聞は鶯の こゑなつかしき春の明ほの
0023:
旅宿の梅を
ひとり〕
独ぬる草のまくらのうつり香は かきねの梅の匂ひなりけり
0024:
嵯峨に住侍しに道をへたてゝ隣の梅のちりこしを
ぬしいかに風わたるとていとふらん よそにうれしき梅の匂ひを
【〇〇三右】
0025:
きゝすを
おひかはる春の若草待わひて 原のかれ野にきゝすなくなり
0026:
もえ出る若菜あさるときこゆなり 雉子鳴のゝ春の明ほの
0027:
霞中かへる雁を
何となくおほつかなきは天の原 霞にきえて帰る雁かね
0028:
帰雁を長楽寺にて
玉つさのはしかきかとも見ゆるかな とひをくれつゝ帰るかりかね
0029:
帰雁
〔て〕
いかに我とこ世の花のさかりみて ことはりしらむ帰るかりかね
〔〃〕
0030:
燕
【〇〇三左】
帰る雁にちかふ雲路の燕め こまかにこれやかける玉章
0031:
梅
色よりも香はこきものを梅の花 かくれん物かうつむ白雪
0032:
〔手折(朱)〕
とめゆきてぬしなき宿の梅ならは 勅ならすともおりて帰らん
0033:
〔え(朱)〕
梅をのみ我垣ねには植置て 見に来ん人に跡しのはれん
0034:新古
とめこかし梅さかりなる我宿を うときも人はおりにこそよれ
0035:
柳風にしたかふ
見わたせはさほの川原にくりかけて 風によらるゝ青柳の糸
0036:新古
山家柳を
山かつのかたをかゝけてしむる野の さかひにたてる玉のを柳
【〇〇四右】
0037:
花
君こすは霞にけふも暮なまし 花待かぬる物かたりせよ
0038:新古
〔ふ(朱)〕
吉野山桜かえたに雪ちりて 花をそけなる年にも有数
0039:玉
〔に(朱)〕
山さむみ花さくへくもなかりけり あまりかねてそ尋きゝける
0040:
山人に花さきぬやと尋ぬれは いさ白雲とこたへてそ行
0041:新古
吉野山こそのしほりの道かへて またみぬかたの花を尋ねん
0042:
よしの山人にこゝろをつけかほに 花よりさきにかゝる白雲
0043:
咲やらぬ物ゆへかねて物そおもふ 花に心のたえぬならひに
0044:玉葉
花を待心こそなを昔なれ 春にはうとくなりにし物を
0045:
〔る(朱)〕
かたはかりつほむと花を思ふより 空また風の物になゝらん
〔〃〕
【〇〇四左】
0046:
またれつる吉野ゝ桜さきにけり 心をちらせ春の山風
0047:
さきそむる花を一えたまつ折て 昔の人のためとおもはん
0048:
あはれわかおほくの春の花をみて そめをく心誰にゆつらん
0049:
〔せよ〕
山人よ吉野ゝおくのしるへ 花もたつねんまた思ひあり
0050:千載
をしなへて花のさかりになりにけり 山の端ことにかゝる白雲
0051:
春をへて花のさかりにあひきつゝ 思ひておほき我身なりけり
(ママ)
0052:読古
ねかはくは花の下にて春しなん その着更衣のもち月のころ
0053:
花にそむ心のいかて残けん すてはてゝきと思ふ我みに
0054:新古
よしの山やかて出しとおもふみを 花ちりなはと人や待らん
0055:
ちらぬまはさかりに人もかよひつゝ 花に春あるみよしのゝ山
【〇〇五右】
0056:
あくかるゝ心はさても山桜 ちりなん後やみにかへるへき
0057:
仏には桜の花をたてまつれ 我後の世を人とふらはゝ
0058:
花さかり梢をさそふ風なくて のとかにちらん春にあはゝや
0059:
白河の木すゑをみてそなくさむる 古野ゝ山にかよふ心を
0060:続古
〔は(朱)〕
わきて見ん老木も花もあはれなり 今幾たひか春にあふへき
0061:
おひつとに何をかせましこの春の 花待つけぬ我みなりせは
0062:
よしの山花をのとかに見ましやは うきかうれしき我身なりけり
0063:
山路わけ花をたつねて日は暮ぬ 宿かし鳥の声もかすみて
0064:
鶯のこゑを山路のしるへにて 花みてつたふ岩のかけ道
0065:
ちらはまたなけきやそはん山桜 さかりになるはうれしけれとも
【〇〇五左】
0066:
白川の関路の桜咲にけり あつまよりくる人のまれなる
0067:
谷(朱)〕
浜風の花の波をし吹こせは ゐせきにたてる嶺の村まつ
0068:
〔けるに(朱)〕
那智に籠たりし時花のさかりに出ける人につけて遣ける
ちらてまてと都の花をおもはまし 春かへるへき我みなりせは
0069:
いにしへの人の心のなさけをは ふる木の花の梢にそしる
0070:
春といへは誰も吉野ゝ山とおもふ 心にふかきゆへやあるらん
0071:
〔な(朱)〕
あかつきとおもはまほしき音なれや 花に暮ぬる入あひのかね
0072:
今の我も昔の人も花みてん 心の色はかはらしものを
0073:
花いかに我を哀と思ふらん 見て過にけり春をかそへて
0074:
何となく春になりぬと聞日より 心にかゝるみよしのゝ山
【〇〇六右】
0075:
〔と(朱)〕
さかぬまの花には雲のまかふとも 雲には花のみえすもあらなん
0076:
今さらに春をわするゝ花もあらし おもひのとめてけふもくらさん
0077:続後拾
吉野山木すゑの花を見し日より 心は身にもそはすなりにき
0078:
〔いま(朱)〕〔にイ〕 (ママ)
勅とかやくたす御かとの今せかし さらはおそれて花やちりぬと
0079:
かさこしの嶺のつゝきにさく花は いつさかりともなくやちるらん
0080:
〔ゝ(朱)〕
(ママ) 〔さく花(朱)〕
芳野山風にすくきに花さけは 人のおるさへおしまれぬかな
0081:玉葉
散そむる花のはつ雪ふりぬれは ふみわけまうきしかの山こえ
0082:
春風の花の錦にうつもれて ゆきもやられぬしかの山道
0083:
吉野山たにへたなひく白雲は 嶺の桜のちるにやあるらん
0084:
たちまかふ嶺の雲をははらふとも 花を散さぬ嵐なりせは
【〇〇六左】
0085:
木のもとに旅ねをすれは芳野山 花の衾をきする春風
0086:
峯にちる花は谷なる木にそさく いたくいとはし春の山風
0087:
風あらみ木すゑの花のなかれ来て 庭に浪たつ白川の里
0088:
春ふかみえたもゆるかてちる花は 風のとかにはあらぬなるへし
0089:
おもへたゝ花のなからん木の本に なにをかけにて我みすみなん
0090:
風にちる花の行ゑはしらねとも おしむ心はみにとまりけり
0091:
何とかくあたなる花の色をしも 心にふかくおもひそめけん
0092:
花もちり人も都へかへりなは 山さひしくやならんとすらん
0093:
よしの山一村見ゆる白雲は 咲をくれたるさくらなるへし
0094:玉葉
ひきかへて花見る春はよるもなく 月みる秋はひるなからなん
【〇〇七右】
0095:
打はるゝ雲なかりけり吉野山 花もてわたる風と見ゆれは
0096:
初花のひらけはしむる梢より そはへて風のわたるなる哉
0097:
おなしくは月の折さけ山桜 花みるよひのたえまあらせし
0098:
木すゑふく風の心はいかゝせん したかふ花のうらめしきかな
0099:
いかてかはちらてあれともおもふへき しはしとしたふなさけしれ花
0100:
あなかちに庭をさへはく嵐かな さこそ心に花をまかせめ
0101:
おしむ人の心をさへにちらすかな 花をさそへる春の山風
0102:
浪もなく風をおさめし白川の きみのおりもや花はちりけん
0103:
おしまれぬ身たにも世にはある物を あなあやにくの花の心や
0104:玉葉
うき世にはとゝめをかしと春風の ちらすは花をおしむなりけり
【〇〇七左】
0105:新古
世中をおもへはなへてちる花の 我みをさてもいつちともせん
0106:
花さへに世をうき草になしにけり ちるをおしめはさそふ山水
0107:
風もよし花をもちらせいかゝせん おもひはつれはあらまうきよそ
0108:
鶯の声に桜そちりまかふ 花のこと葉を聞心ちして
0109:
もろともに我をもくしてちりね花 浮世をいとふ心あるみそ
0110:新古
なかむとて花にもいたくなれぬれは ちる別こそかなしかりけれ
0111:
ちる花をおしむこゝろやとゝまりて 又こんはるのたねとなるへき
0112:
花もちりなみたももろき春なれや またやはとおもふ夕暮の空
0113:
朝に花を尋ぬるといふことを
さらに又霞に暮ゝ山路哉 花をたつぬる春の明ほの
【〇〇八右】
0114:
独尋花
誰か又花をたつねて芳野山 こけふみわくる岩つたふらん
0115:
尋花心を
吉野山雲をはかりに尋いりて 心にかけし花をみるかな
0116:
熊野へまゐり侍しに屋かみの王子の花さかり
にておもしろかりしかは社に書付侍し
待きつる屋かみの桜さきにけり あらくおろすなみすの山かせ
0117:
上西門院の女房法勝寺の花見られしに雨の
降て暮にしかはかへられにき又の日兵衛の局の
もとへ花のみゆき思ひ出させ給ふらんとおほえて
【〇〇八左】
なと申さまほしかりしとて申おくり侍し
見る人に花も昔を思ひ出て 恋しかるらし雨にしほるゝ
0118:
返し
いにしへを忍ふる雨に誰か見ん 花もその夜のともしなけれは
0119:
花のしたにて月をみて
雲にまかふ花のしたにてなかむれは おほろに月のみゆるなりけり
0120:
書絶ことゝはすなりたりし人の花見に山里へ
まかりたりしに
〔れ〕
年をへておなし木すゑに匂へとも 花こそ人にあかれさりけ(り)
0121:千載
白川の花のさかりに人のいさなひ侍しかは見に
【〇〇九右】
まかりてかへりしに
ちるをみてかへる心や桜花 片にかはるしるしなるらん
0122:
すみれ
古郷の昔の庭を思出て すみれつみにとくる人もかな
0123:
杜若
いくりすてあらしはてたる沢を田に さかりにさけるうらわかみ哉
0124:
早蕨を
なをさりにやきすてしのゝさわらひは おる人なくてはとろとやなる
0125:
款冬
〔井〕
山ふきの花のさかりに成ぬれは こゝにもいてとおもほゆるかな
〔〃〕
【〇〇九左】
0126:
かはつ
ますけおふる荒田に水をまかすれは うれしかほにも鳴蛙哉
0127:
春の中に郭公を聞といふことを
うれしともおもひそはてぬ郭公 春きくことのならひなけれは
0128:
三月一日たらて暮侍しに
春ゆへにせめても物をおもへとや みそかにたにもたらて暮ぬる
0129:
暮春
春くれて人ちりぬめり芳野山 花のわかれをおもふのみかは
Subtitle
夏
0130:
卯月朔日になりて後花を思ふといふことを
【〇一〇右】
青葉さへみれは心のとまるかな ちりにし花の名残と思へは
0131:
夏歌よみ侍しに
草しけるみちかりあけて山甲は 花みし人の心をそ見る
0132:
社頭卯花
神かきのあたりに咲もたよりあれや 夕かけたりとみゆる卯花
0133:
無言し侍しころ郭公のはつ音を聞て
〔鳥〕 〔れ〕
時雨人にかたらぬ折にしも はつね聞こそかひなかりけり
〔〃〕
0134:玉葉
夕暮時鳥
里なるゝたそかれときの郭公 聞すかほにて又名のらせん
0135:
郭公をまちてむなしく明ぬといふことを
【〇一〇左】
時鳥なかて明ぬとつけかほに またれぬ鳥の音こそ聞ゆれ
0136:
時鳥の歌あまたよみ侍しに
郭公聞ぬものゆへまよはまし 花をたつねし山路ならねは
0137:
時鳥おもひもわかぬ一こゑを きゝつと人にいかゝかたらん
0138:
聞をくる心をくして郭公 たかまの山の嶺こえぬなり
0139:
雨中の郭公を
五月雨のはれまも見えぬ雲路より 山時鳥鳴て過なり
0140:
郭公
我宿に花橘をうへてこそ 山郭公待へかりけれ
0141:新古
聞すともこゝをせにせん時鳥 山田の原の杉の村立
【〇一一右】
0142:
世のうきをおもひし知れはやすきねを あまりこめたる郭公哉
0143:
うき身しりて我とはまたし時鳥 橘にほふとなりたのみて
0144:
橘のさかりしらなん郭公 ちりなん後にこゑはかるとも
0145:
待かねてねたらはいかにうからまし 山時鳥夜をのこしけり
0146:
郭公花橘になりにけり 梅にかほりし鶯のこゑ
0147:
鶯の古巣より立時鳥 あゐよりもこきこゑの色かな
0148:
時鳥こゑのさかりになりにけり たつねし人にさかりつくらし
0149:
浮世おもふわれかはあやな時鳥 あはれもこもるしのひねのこゑ
0150:
郭公いかなるゆへの契りにて かゝるこゑある鳥となるらん
0151:新古
時鳥ふかき嶺より出にけり 外山のすそにこゑのおちくる
【〇一一左】
0152:
高砂の尾上を行と人もあはす 山郭公里なれにけり
0153:
五月雨
早瀬川つなての岸をよそにみて のほりわつらふ五月雨の比
0154:
河はたのよとみにとまるなかれ木の うき橋になる五月雨の比
0155:
水なしときゝてふりにしかつまたの 池あらたむる五月雨のころ
0156:
五月雨に水まさるらしうち橋の くもてにかくるなみの白糸
0157:
花橘によせて懐旧といふことを
軒ちかき花橘に袖しめて 昔を忍ふ涙つゝまん
0158:
夕暮のすゝみをよみ侍しに
夏山の夕下風の涼しさに ならの木陰のたゝまうき哉
【〇一二右】
0159:
海辺夏月
露のほる蘆の若葉に月さえて 秋をあらそふ難波江のうら
0160:
雨後夏月
夕立のはるれは月そやとりける 玉ゆりすふる荷の上はに
0161:
対泉見月といふことを
むすふてに涼しき影をそふるかな しみつにやとる夏のよの月
0162:
夏野月
みまくさのはらのすゝきをしかふとて ふしとあせぬとしかおもふらん
0163:
旅行野草深といふことを
たひ人のわくる夏のゝ草しけみ はすゑにすけのをかさはつれて
【〇一二左】
〔撰(朱)〕
0164: 続後拾
〔〃〕
山家に秋を待といふことを
(ママ)
山郷は外面の真葛はをしけみ うらふかき返す秋を待哉
Subtitle
秋
0165:
山家の初秋を
さま/\にあはれを籠て木すゑふく 風に秋しる太山辺のさと
0166:
はしめの秋の比なるをと申所にて松風の音を聞て
つねよりもあきになるをの松風は わきてみにしむ物にそ有ける
0167:新古
をしなへて物をおもはぬ人にさへ 心をつくる秋のはつ風
0168:
七夕を
舟よする天の川瀬の夕暮は 涼しき風や吹わたすらん
【〇一三右】
0169:
七夕のなかき思ひもくるしきに この瀬をかきれ天川なみ
0170:
秋風
あはれいかに草葉の露のこほるらん 秋風立ぬ宮城野ゝ原
0171:
雑秋
たえぬみにあはれおもふもくるしきに 秋のこさらん山里もかな
0172:
鴫
心なきみにも哀はしられけり 鴫たつ沢の秋の夕暮
0173:
ひくらし
足引の山陰なれはとおもふまに 木すゑにつくる日くらしのこゑ
0174:
露
【〇一三左】
大かたの露には何のなるならん 袂にをくは涙なりけり
0175:
月
みにしみてあはれしらする風よりも 月にそ秋の色は見えける
0176:新古
山陰にすまぬこゝろのいかなれや おしまれて入月もある世に
0177:
待出てくまなきよひの月みれは 雲そ心にまつかゝりける
0178:
いかにそや残りおほかる心地して 雲にかくるゝ秋のよの月
0179:
打つけに又来む秋のこよひまて 月ゆへおしくなる命哉
0180:玉葉
人も見ぬよしなき山の末まても すむらん月のかけをこそ思へ
0181:
なか/\に心つくすもくるしきに 曇らはいりね秋のよの月
0182:新古
夜もすから月こそ袖にやとりけれ 昔の秋を思ひ出れは
【〇一四右】
0183:
播磨かたなたのみおきにこき出て にしに山なき月をみる哉
0184:玉葉
わたの原浪にも月はかくれけり 都の山を何いとひけん
0185:
あはれしる人見たらはとおもふかな 旅ねの袖にやとる月影
0186:新古
月見はとちきりをきてし古郷の 人もやこよひ袖ぬらすらん
0187:同
くまもなき折しも人をおもひ出て 心と月をやつしつる哉
0188:
物おもふ心のたけそしられける 夜な/\月をなかめ明して
0189:
月のためこゝろやすきは雲なれや 浮世にすめる影をかくせは
0190:
わひ人のすむ山里のとかならん くもらし物を秋のよの月
0191:玉葉
うきみこそいとひなからも哀なれ 月を詠て年をへぬれは
0192:続後撰
世のうさに一かたならすうかれゆく 心さためよ秋のよの月
【〇一四左】
0193:続拾
なにこともかはりのみ行世中に おなし影にもすめる月哉
0194:
いとふ世も月すむ秋になりぬれは なからへすはと思ひける哉
0195:玉葉
世中のうきをもしらてすむ月の 影は我みの心ちにそある
0196:
すつとならは浮世をいとふしるしあらん 我にはくもれ秋のよの月
0197:
いにしへのかた見に月そなれとなる さらてのことはあるは有かは
0198:
なかめつゝ月にこゝろそおひにける 今いくたひか世をもすさめん
0199:
いつくとてあはれならすはなけれとも あれたる宿そ月はさひしき
0200:
山里をとへかし人にあはれみせん 露しく庭にすめる月かけ
0201:
水の面にやとる月さへ入ぬれは 池の底にも山や有ける
0202:
有明の月のころにしなりぬれは 秋はよるなき心ちこそすれ
【〇一五右】
0203:
八月十五夜を
かそへねとこよひの月のけしきにて 秋のなかはを空にしるかな
0204:
秋はたゝこよひ一よの名なりけり おなし雲井に月はすめとも
0205:
さやかなる影にてしるし秋の月 とよにあまりていつか成けり
0206:
老もせぬ十五の年もあるものを こよひの月のかゝらましかは
0207:
八月十五夜くもりたるに
月まては影なく雲につゝまれて こよひならすはやみに見えまし
0208:
九月十三夜
雲きえし秋の中はの空よりも 月はこよひそ名に出にける
0209:
こよひはと心得かほにすむ月の ひかりもてなす菊の白露
【〇一五左】
0210:
後の九月に
月みれはあきくはゝれる年は又 あかぬ心もそふにそ有ける
0211:
月の歌あまたよみ侍しに
秋のよの空にいつてふ名のみして 影ほのかなる夕月よ哉
0212:
うれしとや待人ことにおもふらん 山の端出る秋のよの月
0213:
あつまには入ぬと人やおもふらん 都にいつる山のはの月
0214:
天のはらおなし岩とをいつれとも ひかりことなる秋のよの月
0215:
行末の月をはしらす過来ぬる 秋またかゝる影はなかりき
0216:
なかむるもまことしからぬこゝちして 世にあまりたる月の影哉
0217:
月のためひるとおもふはかひなきに しはしくもりてよるをしらせよ
【〇一六右】
0218:
さためなく鳥や鳴らん秋のよは 月のひかりを思ひまかへて
0219:玉葉
(ママ)
月さゆる石明のせとに風吹は 氷の上にたゝむしらなみ
0220:
清見かた沖の岩こす白浪に ひかりをかはす秋のよの月
0221:
なかむれはほかの影こそゆかしけれ かはらし物を秋のよの月
0222:
秋風やあまつ雲ゐをはらふらん ふけ行まゝに月のさやけき
0223:
中/\にくもると見えてはるゝ夜の 月は光のそふ心ちする
0224:
月を見て心うかれしいにしへの 秋にもさらにめくりあひぬる
0225:
ゆくゑなく月に心のすみ/\て はてはいかにかならんとすらん
0226:
野径秋風を
すゑはふく風は野もせにわたるとも あらくはわけし萩の下露
【〇一六左】
0227:
草花路をさいきるといふことを
夕露をはらへは袖に玉ちりて 道わけわふるをのゝ萩原
0228:
行路の草花を
おらて行袖にも露はかゝりけり 萩かえしけき野ちのほそ道
0229:
薄当路野滋といふことを
花すゝき心あてにそ分て行 ほの見し道のあとしなけれは
0230:
野萩似錦ということを
けふそしるそのえにあらふから錦 萩さく野へに有ける物を
0231:
月前野花
花の色を影にうつせは秋の夜の 月そ野守の鏡なりける
【〇一七右】
0232:
女郎花帯露といふことを
花かえに露の白玉ぬきかけて おる袖ぬらすをみなへし哉
0233:
池辺女郎花
たくひなき花のすかたををみなへし 池のかゝみにうつしてそみる
0234:
月前女郎花
庭さゆる月なりけりなをみなへし 霜にあひたる花とみたれは
0235:
野花虫
花をこそ野への物とは見にきつれ 暮れは虫の音をもきゝけり
0236:
田家虫
小萩さく山田のくろの虫の音に 庵もる人や袖ぬらすらん
【〇一七左】
0237:
独聞虫
ひとりねの友にはならてきり/\す 鳴音を聞は物おもひそふ
0238:
広沢にて人々月を翫こと侍しに
池にすむ月にかゝれる浮雲は はらひ残せる水さひなりけり
0239:
讃岐の善通寺の山にて海の月をみて
(ママ)
くもりなき山にて海の月見れは 島そ氷のたえま成けり
0240:
月前落葉
山おろし月に木の葉を吹ためて 光にまかふ影をみる哉
0241:玉葉
秋の歌ともよみ侍しに
鹿の音をかきねにこめて聞のみか 月もすみける秋の山里
【〇一八右】
0242:
庵にもる月の影こそさひしけれ 山田はひたの音はかりして
0243:
おもふにも過て哀に聞るは 荻のはわくる秋の夕風
0244:
なにとなく物かなしくそ見えわたる とはたの面の秋の夕くれ
0245:
山郷は秋のすゑにそ思ひしる かなしかりけり木からしの風
0246:
擣衣
独ねの夜さむになるにかさねはや 誰ためにうつ衣なるらん
0247:
山家紅葉
そめてけり紅葉の色のくれなゐを しくると見えし太山辺の里
0248:
寂然高野に参てふかき山の紅葉といふことを
宮法印の御庵室にて歌読へきよし
【〇一八左】
申侍しにまいりあひて
さま/\の錦有けるみやまかな 花見し峯を時雨そめつゝ
0249:続拾
虫歌あまたよみ侍しに
秋風に穂すゑなみよるかるかやの 下葉に虫のこゑみたるなり
0250:
夜もすから袂に虫の音をかけて はらひわつらふ袖の白露
0251:
虫の音にさのみぬるへき袂かは あやしや心物おもふへく
0252:新古
暁初雁を聞て
横雲の風にわかるゝしのゝめに 山とひこゆるはつかりのこゑ
0253:同
遠近に雁を聞といふことを
白雲をつはさにかけてとふかりの 門田の面の友したふなり
【〇一九右】
0254:
霧中鹿
晴やらぬ太山の霧のたえ/\に ほのかに鹿の声聞ゆなり
0255:
夕暮鹿
しの原やきりにまとひて鳴鹿の 声かすかなる秋の夕暮
0256:
暁鹿
夜をのこすねさめに聞そ哀なる 夢のゝ鹿もかくやなくらん
0257:
山家鹿
なにとなくすまゝほしくそおもほゆる 鹿あはれなる秋の山里
0258:
田家月
〔ゑ〕
夕露の玉しくを田の稲莚 かけほすすへに月そやとれる
【〇一九左】
0259:
菩提院の前の斎院にて月歌よみ侍しに
くもりなき月のひかりにさそはれて 幾雲ゐまて行心そも
0260:
老人翫月といふ心を
〔たけ〕
我なれや松の梢に月立て みとりの色に霜ふりにけり
〔〃〕
0261:
春日にまいりてつねよりも月あかく哀
なりしにみかさ山を見あけてかく覚侍し
ふりさけし人の心そしられける こよひ三笠の月をなかめて
0262:
雁
からす羽にかく玉つさの心地して 雁なきわたる夕やみの空
0263:
鹿
【〇二〇右】
三笠山月さしのほる影さえて 鹿鳴そむる春日のゝ原
0264:
〔ほ〕
かねてより心そいとゝすみのほる 月待嶺のさをしかのこゑ
〔〃〕
0265:
山里はあはれなりやと人とはゝ 鹿の鳴音をきけとこたへよ
0266:
小倉山ふもとをこむる秋霧に 立もらさるゝさほしかのこゑ
0267:新古
田家鹿
を山たの庵ちかく鳴鹿の音に おとろかされておとろかす哉
0268:
西忍入道西山にすみ侍けるに秋の花い
かにおもしろかるらんと床敷きよし申つかはし
たりける返事に色々の花を折てかく申ける
しかのねや心ならねはとまるらん さらては野へをみなみする哉
【〇二〇左】
0269:
返し
鹿のたつ野への錦のきりはしは 残おほかる心ちこそすれ
0270:新古
虫
きり/\す夜さむに秋のなるまゝに よはるかこゑのとをさかり行
0271:同
雑秋
誰すみてあはれしるらん山郷の 雨降すさむ夕暮の空
0272:
雲かゝる遠山はたの秋されは 思ひやるたにかなしき物を
0273:
秋の暮
なにとなく心をさへはつくすらん 我なけきにて暮ゝ秋かは
0274:
終夜秋をおしむといふことを北白川にて
【〇二一右】
人々よみ侍しに
おしめとも鐘の音さへかはるかな 霜にや露を結かふらん
Subtitle
冬
0275:
時雨
初時雨あはれしらせてすきぬなり をとに心の色をそめにし
0276:
かねてより木すゑの色をおもふかな 時雨はしむるみやまへのさと
0277:新古
月をまつ高ねの雲は晴にけり 心ありけるはつ時雨哉
0278:
十月のはしめの比山郷にまかりたりしに
すゝむしのこゑのわつかにし侍しに
霜うつむ葎かしたのきり/\す あるかなきかの声きこゆなり
【〇二一左】
0279:続後撰
暁落葉
時雨かとねさめの床にきこゆるは 嵐にたえぬ木のは成けり
0280:
水辺寒草
霜にあひて色あらたむる蘆のはの さひしくみゆる難波江の浦
0281:
山家寒草
かきこめしすそのゝ薄霜かれて さひしさまさる柴の庵哉
0282:千載
閑夜冬月
霜さゆる庭の木のはをふみ分て 月はみるやととふ人も哉
0283:
夕暮千鳥
あはち島せとの塩干の夕暮に すまよりかよふ千鳥鳴なり
【〇二二右】
0284:
寒夜千鳥
さゆれとも心やすくそ聞あかす 川瀬の干鳥友くしてけり
0285:
船中霰
(ママ)
せとわたるたななしを舟心せよ あられみたるゝしたきよこきり
0286:玉葉
落葉
木からしに木のはのおつる山郷は 涙さへこそもろく成ぬれ
0287:
くれなゐの木のはの色をおろしつゝ あくまて人にみゆる山風
0288:
瀬にたゝむ岩のしからみ浪かけて 錦をなかす山川のみつ
0289:
冬月
秋すきて庭のよもきのすゑみれは 月も昔になる心ちする
【〇二二左】
0290:
さひしさは秋見し空にかはりけり かれ野をてらす有明の月
0291:新古
小倉山ふもとの里に木のはちれは 梢にはるゝ月をみる哉
0292:
ひとりすむ片山陰の友なれや 嵐にはるゝ冬のよの月
0293:
まきの屋の時雨の音を聞袖に 月のもり来てやとりぬる哉
0294:
凍
水上に水や氷をむすふらん くるとも見えぬ滝の白糸
0295:玉葉
雪
雪うつむ園の呉竹おれ伏て ねくらもとむる村すゝめ哉
0296:
打返すをみの衣と見ゆるかな 竹の上葉にふれる白雪
0297:
道とちて人とはすなる山郷の あはれは雪にうつもれにけり
【〇二三右】
0298:
千鳥
千鳥鳴ふけゐのかたを見わたせは 月影さひし難波江のうら
0299:新古
山家の冬の心を
さひしさにたえたる人の又もあれな 庵ならへん冬の山郷
0300:
冬の歌ともよみ侍しに
花もかれ紅葉もちりぬ山里は さひしさを又とふ人もかな
0301:
玉かけし花のかつらもおとろへて 霜をいたゝく女郎花哉
0302:
つの国の蘆のまろ屋のさひしさは 冬こそわきてとふへかりけれ
0303:
山桜はつ雪ふれは咲にけり 芳野はさらに冬こもれとも
0304:
よもすから嵐の山に風さえて 大井のよとに氷をそしく
【〇二三左】
0305:
風さえてよすれはやかて氷つゝ かへるなみなき志賀のからさき
0306:
山郷は時雨し比のさひしさに あられの音はやゝまさりけり
0307:続千
芳野山ふもとにふらぬ雪ならは 花かとみてやたつね入まし
0308:
雪のあした霊山と申ところにて
立のほる朝日のかけのさすまゝに 都の雪はきえみきえすみ
0309:
山家雪深といふことを
とふ人も初雪をこそ分こしか 道たえにけりみやまへの里
0310:玉葉
世のかれて東山に侍しころ年の暮に人々
まうて来て述懐し侍しに
年くれしそのいとなみはわすられて あらぬさまなるいそきをそする
【〇二四右】
0311:
年之暮に高野より京へ申つかはしける
をしなへておなし月日の過ゆけは 都もかくや年は暮ぬる
0312:新古
歳暮
昔おもふ庭に浮木をつみをきて 見し世にもにぬ年のくれ哉
Subtitle
恋
0313:
弓はりの月にはつれて見しかけの やさしかりしはいつか忘れん
0314:千載
しらさりき雲井のよそに見し月の 影を袂にやとすへしとは
0315:
〔の〕
月待といひなされつるよひのまは 心の色を袖に見えぬる
〔〃〕
0316:玉葉
あはれとも見る人あらはおもはなん 月のおもてにやとす心を
0317:新古
数ならぬ心のとかになしはてゝ しらせてこそはみをもうらみめ
【〇二四左】
0318:
難波かた浪のみいとゝ数そひて うらみのひまや袖のかはかん
0319:
〔らイ〕 (ママ)
日をふれは袂の雨のあしそひて はれへくもなき我心哉
0320:
かきくらす涙の雨のあししけみ さかりにものゝなけかしき哉
0321:
いかゝせんその五月雨の名残より やかてをやまぬ袖のしつくを
0322:
さま/\におもひみたるゝ心をは 君かもとにそつかねあつむる
0323:新古
みをしれは人のとかとはおもはぬに うらみかほにもぬるゝ袖哉
0324:
(ママ)
かゝるみにおほしたてけんたらちねの おやさへくらき恋もする哉
0325:玉葉
とにかくにいとはまほしき世なれとも 君かすむにもひかれぬる哉
0326:
むかはらは我かなけきのむくひにて 誰ゆへ君か物をおもはん
0327:
あやめつゝ人しるとてもいかゝせん しのひはつへき袂ならねは
【〇二五右】
0328:
(ママ)
けふこそはけしきを人知られぬれ さてのみやはとおもふあまりに
0329:
物おもへは袖になかるゝ涙川 いかなるみをにあふせありなん
0330:
もらさしと袖にあまるをつゝまゝし 情を忍ふ涙なりせは
0331:
こと付て今朝の別はやすらはん 時雨をさへや袖にかくへき
0332:
きえかへり暮待袖そしほれぬる おきつる人は露ならねとも
0333:
なか/\にあはぬ思ひのまゝならは うらみはかりやみにつもらまし
0334:
さらに又むすほゝれ行心かな とけなはとこそおもひしかとも
0335:
昔より物おもふ人やなからまし 心にかなふなけきなりせは
0336:
夏草のしけりのみ行おもひかな またるゝ秋の思ひしられて
0337:
くれなゐの色に袂の時雨つゝ 袖に秋ある心地こそすれ
【〇二五左】
0338:新古
今そしるおもひ出よとちきりしは 忘れんとての情なりけり
0339:
日にそへてうらみはいとゝおほ海の ゆたかなりける我涙かな
0340:
わりなしや我も人目をつゝむまに しいてもいはぬ心つくしは
0341:
山かつのあら野をしめてすみそむる かたゝよりなき恋もする哉
0342:
うとかりし恋もしられぬいかにして 人をわするゝことをならはん
0343:新古
中/\に忍ふけしきやしるからん かゝる思ひにならひなきみは
0344:玉葉
いくほともなからふましき世中に 物をおもはてふるよしもかな
0345:
よしさらはたれかは世にもなからへんと 思ふおりにそ人はうからぬ
0346:新古
風になひく富士の煙の空にきえて 行ゑも知らぬ我思哉
0347:同
あはれとてとふ人のなとなかるらん 物おもふ宿の荻の上風
【〇二六右】
0348:
思ひ知る人あり明の世なりせは つきせすみをはうらみさらまし
0349:千載
あふと見しその夜の夢のさめてあれな なかきねふりはうかるへけれと
0350:
あはれ/\この世はよしやさもあらはあれ こんよもかくやくるしかるへき
0351:千載
物おもへとかゝらぬ人もある物を 哀なりける身のちきり哉
0352:
歎くとて月やは物をおもはする かこちかほなる我涙かな
0353:
七ゝ草にせりありけりとみるからに ぬれけん袖のつまれぬるかな
0354:
ときは山しゐの下柴かりすてん かくれておもふかひのなきかと
0355:
我おもふいもかりゆきて郭公 ね覚の袖のあはれつたへよ
0356:
人はうしなけきは露もなくさます さはこはいかゝすへき思ひそ
0357:続古
浮世にはあはれはあるにまかせつゝ 心にいたく物なおもひそ
【〇二六左】
0358:
今さらに何と人目をつゝむらん しほらは袖のかはくへきかは
0359:
うきみしる心にもにぬ涙かな うらみん年もおもはぬ物を
0360:
なとか我ことのほかなるなけきせて みさをなるみに生れさりけん
0361:続古
袖の上の人目しられし析まては みさをなりける我心かな
0362:同
とへかしななさけは人のみのためを うき我とても心やはなき
0363:
うらみしとおもふ我さへつらきかな とはて過ぬる心つよさを
0364:
なかめこそうき身のくせになりはてゝ 夕暮ならぬおりもわかれね
0365:
わりなしやいつを思ひのはてにして 月日を送る我みなるらん
0366:玉葉
心から心に物をおもはせて 身をくるしむる我みなりけり
0367:
かつすゝく沢のこせりのねをしろみ 清けに物をおもはすもかな
【〇二七右】
0368:玉葉
身のうさのおもひしらるゝことはりに おさへられぬる涙なりけり
0369:
みあれの比賀茂に参たりけるに精進に
はゝかる恋といふことをよみけり
ことつくるみあれのほとをすくしても なをや卯月の心なるへき
0370:
なをさりのなさけは人のある物を たゆるはつねのならひなれ共
0371:新古
何となくさすかにおしき命かな ありへは人や思ひしるとて
0372:
心さしありてのみやは人をとふ なさけはなとゝおもふはかりそ
0373:
あひみてはとはれぬうさそ忘れぬる うれしきをのみまつおもふまて
0374:
今朝よりそ人の心はつらからて 明はなれ行空をなかむる
0375:新古
あふまての命もかなとおもひしは くやしかりける我心かな
【〇二七左】
0376:新古
うとくなる人を何とてうらむらん しられすしらぬ折も有しを
Subtitle
雑
0377:
院熊野ゝ御幸の次に住吉に参らせ
給たりしに
かたそきのゆきあはぬまよりもる月や さえてみそての霜におくらん
0378:
伊勢にて
なかれたへぬ浪にや世をはおさむらん 神風涼しみもすその川
0379:
承安元年六月一日院熊野へ参せ
おはします次に住吉へ御幸ありけり修行
しまはりて二日かの社に参て見まはれは
【〇二八右】
すみのえの釣殿あたらしくしたてられたり
後三条院のみゆき神もおもひ出給ふらんと
おほえて釣殿に書付侍し
たえたりし君かみゆきを待つけて 神いかはかりうれしかるらん
0380:
(ママ) 〔は〕
松のしつえあらひそむ浪古にかはらすこそoとおほえて
いにしへの松のしつえをあらひけん 浪を心にかけてこそみれ
0381:続拾
俊恵天王寺に籠て住吉に参て歌よみ侍しに
住吉のまつの根あらふ浪のをとを 梢にかくるおきつしほ風
0382:玉葉
昔心さしつかまつりしならひに世のかれて後も
賀茂社へまいりまうてなんとしたかくなりて
【〇二八左】
四国之かたへ修行すとて又かへりまいらぬことにて
こそはとおほえて仁安三年十月十日夜まいりて
幣まいらせしに内へもいらぬ事なれはたなの
社に取付てたてまつれとて心さし侍しに木
のまの月ほの/\とつねより物哀に覚て
かしこまるしてに涙のかゝるかな またいつかはとおもふ哀に
0383:
(ママ)
寂超入道大原にて止観の談儀すと聞て遣しける
ひろむらん法にはあはぬみなりとも 名を聞数にいらさらめやは
0384:
〔経〕
阿闍梨勝命千人集て法花経に結縁
〔〃〕
せさせけるに露もかはらしと□つかはしける
【〇二九右】
つらなりし昔に露もかはらしと おもひしられし法の庭哉
0385:
法花経序品を
ちりまかふ花の匂ひをさきたてゝ 光を法の莚にそしく
0386:
法花経方便品の深着於五欲の心を
こりもせすうき世のやみにまとふかな みを思はぬは心なりけり
0387:
勧持品
あま雲のはるゝみ空の月影に うらみなくさむをはすての山
0388:千載
寿量品
鷲の山月を入ぬと見る人は くらきにまよふ心なりけり
0389:
観心
【〇二九左】
やみはれて心のうちにすむ月は 西の山辺やちかくなるらん
0390:
心経
なにこともむなしき法の心にて 罪ある身とも今はおもはし
0391:
美福門院の御骨高野の菩提心院へわた
されけるを見たてまつりて
けふや君おほふ五の雲はれて 心の月をみかきいつらん
0392:
無常の心を
なき人をかそふる秋のよもすから しほるゝ袖や鳥へのゝ露
0393:玉葉
道かはるみゆきかなしきこよひかな 限のたひと見るにつけても
0394:続古
かた/\にはかなかるへきこの世かな 有を思ふもなきを忍ふも
【〇三〇右】
0395:
ことゝなくけふ暮にけりあすも又 かはらすこそはひますくるかけ
0396:
世中のうきもうからす思ひとけは あさちにむすふ露の白玉
0397:
〔五十〕
鳥へ野を心のうちにわけ行は いそちの露に袖そそほつる
0398:新古
〔に〕
年月をいかて我身もをくりけん きのふの人もけふはなき世に
0399:
ちりたる桜にならひてさきそめし花を
ちるとみて又さく花の匂ひにも をくれさきたつためし有けり
0400:
暁無常を
つきはてんその入あひの程なきを このあかつきにおもひしりぬる
0401:
きり/\すの枕近なき侍しに
〔スミカイ〕
そのおりのよもきかもとの枕にも かくこそ虫の音にはむつれめ
【〇三〇左】
0402:
月前無常を
〔ちきりイ〕
月をみていつれの年の秋まてか この世中にたのみあるらん
0403:
哀とも心におもふ程はかり いはれぬへくはいひこそはせめ
0404:
世中を夢と見る/\はかなくも なをおとろかぬは我心哉
0405:
(ママ)
桜花ちり/\になる木のもとに 名残おしむ鶯のこゑ
0406:
〔ぬめりイ〕
きえにける本のしつくをおもふにも たれかは末の露のみならぬ
0407:新古
つの国の難波の春は夢なれや 蘆のかれはに風わたるなり
0408:玉葉
大炊御門右大臣大将と申侍しおり徳大与の
左大臣うせ給ひたりし服のうちに母はかなく
なり給ひぬと聞て高野よりとふらひ奉とて
【〇三一右】
〔に〕
かさねきる藤の衣をたよりとて 心の色をそめよとそおもふ
〔〃〕
0409:
親かくれて又憑たりける人はかなくなりて歎
ける程にむすめにさへをくれたりける人に
このたひはさきに見えけん夢よりもさめすや物はかなしかるらん
0410:
はかなくなりて年へにける人の文共を物の
中よりもとめ出てむすめに侍ける人のもとへ遣すとて
涙をやしのはん人はなかすへき 哀に見ゆる水くきの跡
0411:
鳥辺野にてとかくわさし侍し煙の中より
〔空イ〕
月を見て
とりへ野や鷲の高ねのすそならん 煙を分て出る月かけ
【〇三一左】
0412:続後撰
相空入道大原にてかくれ侍たりしをいつしか
とひ侍らすとて寂然申をくりたりしに
とへかしな別の袖に露ふかき よもきかもとの心ほそさを
0413:同
返し
よそにおもふ別ならねは誰をかは みよりほかにはとふへかりける
0414:千載
〔はりよく〕
同行に侍し上人を(くりて)てかくれぬと聞て
申遣したりし
みたれすとをはり聞こそうれしけれ さても別はなくさまねとも
0415:同
返し
この世にて又あふましきかなしさに すゝめし人そ心みたれし
【〇三二右】
0416:
跡のことともひろひて高野にまいりて
かへりたりしに又寂然
いるさにはひろふ形見も残りけり 帰る山路の友は涙か
0417:
返し
いかにともおもひわかてそ過にける 夢に山路を行心地して
0418:
ゆかりなりし人はかなく成てとかくのわさしに
鳥へ山へまかりて帰侍しに
かきりなくかなしかりけりとりへ山 なきを送てかへる心は
0419:新千載
紀伊局みまかりて跡の人々各々歌よみ侍しに
をくり置てかへりし野への朝露を 袖にうつすは涙なりけり
【〇三二左】
0420:玉葉
ふなをかのすそのゝつかの数そひて 昔の人に君をなしつる
0421:
後の世をとへと契しことのはや わすらるましきかた見なるらん
0422:
鳥羽院の御さうそうの夜高野よりくたりあひて
とははやと思ひよりてそなけかまし 昔なからの我みなりせは
0423:
待賢門院かくれさせ給ひたりける御跡に
人々又のとしの御はてまて候けるにしりたり
ける人のもとへ春花のさかりにつかはしける
たつぬとも風のつてにもきかしかし 花とちりにし君か行ゑは
0424:
返し
ふく風の行ゑしらする物ならは 花とちるともをくれさらまし
【〇三三右】
0425:玉葉
近衛院の御はかに人々くしてまいり侍り
たりけるに露いとふかゝりけれは
みかゝれし玉のうてなを露ふかき 野へにうつして見るそかなしき
0426:
前伊賀守為業ときはに堂供養し
けるにしたしき人々まうてくると聞て云遣しける
〔れ〕
いにしへにかはらぬ君か姿こそ けふはときはのかた見なりけり
〔〃〕
0427:
返し
色かへて独残れる常盤木は いつをまつとか人のみるらん
0428:
徳大寺の左大臣の堂に立入て見侍けるに
あらぬことになりて哀なり三条太政大臣歌
【〇三三左】
よみてもてなし給ひしことたゝいまとおほえて
しのはるゝ心地し侍り堂のあとあらためられ
たりけるさることのありと見えて哀なりけれは
なき人のかた見にたてし寺に入て 跡ありけりと見て帰りぬる
0429:
三昧堂のかたへわけ参けるに秋の草ふかゝり
けり鈴虫の音かすかにきこえけれはあはれにて
おもひをきしあさちか露をわけ入は たゝわつかなるすゝむしのこゑ
0430:
古郷の心を
野へに成てしけきあさちをわけ入は 君か住ける石すへの跡
0431:
寂然大原にてしたしき物にをくれて
【〇三四右】
なけき侍けるにつかはしける
露ふかき野辺になり行古郷は おもひやるたに袖しほれけり
0432:
遁世ののち山家にてよみ侍ける
山里は庭の木すゑのをとまても 世をすさみたるけしきなる哉
0433:
伊勢よりこかいをひろひて箱に入てつゝ
みこめて皇大后宮太夫のつほねへつかはす
とてかき付侍ける
浦島かこは何ものと人とはゝ あけてかいあるはことこたへよ
0434:
(ママ)
八島内府か松浦にむかへられて京へ又をくら
れ給ひけり武士の母のことはさることにて
【〇三四左】
右衛門督のことをおもふにそとてなき袷ひけると聞て
夜るの鶴の都のうちを出てあれな このおもひにはまとはさらまし
0435:
福原へ都うつりあるときこえし比伊勢にて
月歌よみ侍しに
雲のうへやふるき都に成にけり すむらん月の影はかはらて
0436:
月前懐旧
いにしへを何に付てか思ひ出ん 月さへかはる世ならましかは
0437:
遇友忍昔といふこヽろを
今よりは昔かたりは心せん あやしきまてに袖しほれけり
0438:
ふるさとのこゝろを
【〇三五右】
露しけくあさちしけれる野に成て ありし都は見し心地せぬ
0439:新古
これや見し昔すみけん跡ならん よもきか露に月のやとれる
0440:
月すみし宿も昔の宿ならて 我みもあらぬ我みなりけり
0441:新古
出家後よみ侍ける
身のうさを思ひしらてややみなまし そむくならひのなきよなりせは
0442:
(ママ)
世中をそむきはてぬといひをかん 思ひ知へき人なくとも
0443:続後撰
旅のこゝろを
程ふれはおなし都の中たにも おほつかなさはとはまほしきを
0444:
旅ねする嶺の嵐につたひきて 哀なりけるかねのをと哉
0445:
すてゝ出しうき世に月のすまてあれな さらは心のとまらさらまし
【〇三五左】
0446:新古
天王寺にまいりて雨のふりて江口と申
所にて宿をかり侍しにかさゝりけれは
世中をいとふまてこそかたからめ かりの宿をもおしむ君哉
0447:同
返し
遊女たへ
世をいとふ人とし聞はかりの宿に 心とむなと思ふはかりそ
かく申てやとしたりけり
0448:
伊勢にて菩提山上人対月述懐し侍しに
めくりあはて雲のよそにはなりぬとも 月に成行むつひ忘るな
0449:千載
西住上人れいならぬこと大事に煩侍けるに
とふらいに人々まうてきて叉かやうに行あはん事も
【〇三六右】
かたしなと申て月あかゝりける折節に述懐を
もろともになかめ/\て秋の月 ひとりにならんことそかなしき
0450:玉葉
世のかれて都を立はなれける人のある宮はらへ
たてまつりけるにかはりて
〔イ本〕
〔ある宮はらに侍ける女房の都をはなれてとをくまからんと思ひて〕
〔うたたてまつるにかはりてoうき世をは嵐の風に此歌のつゝきにあり〕
くやしきはよしなく人になれそめて いとふ都のしのはれぬへき
0451:
大原にて良暹法師のまたすみかまもなら
はねはと申けむ跡人々見けるにくして罷てよみ侍ける
大原やまたすみ釜もならはすと いひけん人を今あらせはや
0452:
奈良の僧とかのことによりてあまた陸奥国へ
【〇三六左】
つかはされしに中尊と申所にまかりあひて都の
物語すれは涙なかすいと哀なりかゝることはかたき
ことなり命あらは物かたりにもせんと申て遠国述
懐と申ことをよみ侍しに
涙をは衣川にそなかしつる ふるきみやこをおもひ出つゝ
0453:新古
年来あひしりたる人の陸奥国へまかるとて
とをき国の別と申ことをよみ侍しに
君いなは月まつとてもなかめやらん 東のかたの夕暮の空
0454:新古
みちの国にまかりたりしに野中につね
よりもとおほしきつかのみえ侍しを人にとひ侍しかは
【〇三七右】
(ママ)
中将のみはかとは是なりと申侍しかは実方
〔お〕
の御ことなりと申すいと哀にoほゆさらぬたに
物かなしく霜かれのすゝきほの/\見えわたりて
後にかたらんこと葉なき心地して
くちもせぬその名はかりをとゝめをきて かれのゝすゝきかたみにそみる
0455:
讃岐にまうてゝ松山の津と申所に新院の
おはしましけむ御跡を尋侍しにかたちもなかりしかは
松山の浪になかれてこし船の やかてむなしく成にけるかな
0456:
しろみねと申所の御はかにまいりて
(ママ)
よしや君昔の玉のゆかとても かゝらぬ後は何にかはせん
【〇三七左】
0457:玉葉
善通寺の山に住侍しに庵の前なりし松をみて
ひさにへて我か後の世をとへよ松 跡忍ふへき人もなきみそ
0458:
土佐のかたへやまからましと思ひ立事侍しに
こゝを又我すみかへてうかれなは 松やひとりにならんとすらん
0459:
大峯の笙窟にてもらぬいはやもと平等院
僧正よみ給ひけむこと思ひいたされて
露もらぬ窟も袖はぬれけりと きかすはいかにあやしからまし
0460:
深山紅葉を
名におひて紅葉の色のふかき山を 心にそむる秋も有哉
0461:
〔申〕
さゝとo宿にて
【〇三八右】
庵さす草のまくらにともなひて さゝの露にもやとる月哉
0462:
月を
ふかき山に住ける月を見さりせは 思ひてもなき我みならまし
0463:玉葉
月すめる谷にそ雲はしつみける 嶺吹はらふ風にしられて
0464:
(ママ)
をはか峯と河の見わたされて月ことに見侍しかは
をはすてはしなのならねといつくにも 月すむ峯の名にこそ有けれ
0465:
つゐちと申宿にて月を見侍しに梢の露
のたもとにかゝり侍しを
梢もる月もあはれを思ふへし 光にくして露もこほるゝ
0466:玉葉
夏熊野へ参侍しにいはたと申所にすゝみて
【〇三八左】
下向し侍人につけて京へ西住上人の許へ遣しける
〔岸イ〕
松かねのいはたの川の夕すゝみ 君かあれなとおもほゆる哉
0467:続後撰
はりまのしよしやへ参るとて野中のし水見
侍しこと一昔になりて後修行すとてとをり
侍しにおなしさまみなかはらさりしかは
昔見し野中の清水かはらねは 我影をもや思ひ出らん
0468:
なからをすき侍しに
つの国のなからの橋のかたもなし 名はとゝまりて聞へわたれと
0469:
みちの国へ修行しまはりしに白河の関に
とゝまりて月つねよりもくまなかりしに能因か
【〇三九右】
秋風そ吹と申けむおりいつなりけんとおもひ
出られて関屋の柱に書付たりし
白川のせきやを月のもる影は 人の心をとむる成けり
0470:玉葉
心さすことありて安芸の一宮へ参侍しに
たかとみの浦と申所にて風に吹とめられて
程へ侍しにとまより月のもりこしをみて
浪の音を心にかけてあかす哉 とまもる月の影を友にて
0471:新古
〔か〕
旅にまるとて
月のみやうはの空なるかた見にて 思ひも出は心かよはん
0472:
見しまゝに姿も影もかはらねは 月そ都のかた見なりける
【〇三九左】
0473:新古
都にて月を哀と思ひしは 数にもあらぬすまひ成けり
0474:
遠修行しけるに人々まうてきて餞しけるによみ侍ける
たのめをかむ君も心やなくさむと かへらんことはいつとなけれと
0475:新古
(ママ)
あつまのかたへあひしりたり人のもとへまかりけるに
さやの中山見しことの昔に成たりける思出られて
年たけて又こゆへしと思ひきや 命なりけりさやの中山
0476:
下野武蔵のさかひ川に舟わたりをしけるに霧ふか
ゝりけれは
霧ふかきけふのわたりのわたし守 岸の船つきおもひさためよ
0477:続拾
秋とをく修行し侍けるに道より侍従之
大納言成道の許へ申をくり侍ける
【〇四〇右】
嵐吹嶺の木の葉にさそはれて いつちうかるゝ心なるらん
0478:
返し
なにとなくおつる木のはも吹風に ちり行かたはしられやはせぬ
0479:
(ママ)
とをく修行し侍けるに菩提院の前に斎宮
にて人々別の歌つかうまつりけるに
さりともとなをあふことを憑む哉 しての山路をこえぬ別は
0480:
後の世の事思ひ知たる人のもとへ遣しける
世中に心有明の人はみな かくてやみにはまとはさらなん
0481:
返し
世をそむく心はかりは有明の つきせぬやみは君にはるけん
【〇四〇左】
0482:新古
行基菩薩の何処にか一身をかくさんと
かき給ひたること思出られて
いかゝせん世にあらはやは世をもすてゝ あなうの世やとさらにおもはん
0483:
内にかいあはせあるへしときこえ侍しに人にかはりて
かひありな君かみ袖におほはれて 心にあはぬこともなき哉
0484:
風吹は花さくなみのをるたひに 桜かひあるみしまへのうら
0485:
浪あらぬ衣のうらの袖かひを みきはに風のたゝみをく哉
0486:
宮法印高野にこもらせ給ひてことの外に
あれてさむかりし夜こそてたまはせたりし
又の朝にたてまつり侍し
【〇四一右】
こよひこそあはれみあつき心ちして 嵐の音はよそに聞つれ
0487:
阿闍梨兼賢世のかれて高野に籠て
〔仁〕
あからさまにo和寺へいてゝ僧綱に成てまいら
さりしかは申つかはし侍し
今朝の色やわかむらさきにそめてける こけの袂を思ひかへして
0488:
斎院おりさせ給ひて本院のまへすき侍しお
りしも人のうちへいりしにつきてゆかしう侍し
かはかゝらさりけんかしとかはりてけることから
あはれにおほえて宣旨のつほねのもとへ
申をくり侍し
【〇四一左】
君すまぬ御うちはあれてありすかは いむすかたをもうつしつる哉
0489:
返し
おもひきやいみこし人のつてにゝて なれし御うちをきかん物とは
0490:
ゆかりなりし人新院の御かしこまりなり
しをゆるし給ふへきよし申入たりし御返事に
もかみ川つなてひくらんいな舟の しはしか程はいかりおろさん
0491:
御返事たてまつり侍し
つよくひくつなてと見せよもかみ川 その稲舟のいかりおろさめ
かう申たりしかはゆるし侍てき
0492:
世中みたれて新院あらぬさまにならせおはしまして
【〇四二右】
御くしおろして仁和寺の北院におはしますと
聞て参たりしに兼賢阿闍梨の出あひた
〔さ〕
りしに月のあかくて何となく心もはき哀に覚て
〔を〕
かゝる世に影もかはらすすむ月の 見る我みさへうらめしき哉
〔〃〕
0493:新古
素覚かもとにて俊恵と罷合て述懐し侍しに
なにことにとまる心のありけれは さらにしも又世のいとはしき
0494:
秋のすゑに寂然高野に参て暮の秋思ひ
をのふといふことをよみ侍し
なれきにし都もうとくなりはてゝ かなしさそふる秋の山里
0495:
中院の右大臣出家おもひたつよしかたり
【〇四二左】
給ひしに月あかく哀にて明侍にしかはかへり侍き
そのゝちありしよの名残おほかるよしいひ送給ひて
夜もすから月をなかめて契置し そのむつことにやみははれにき
0496:
返し
すむと見し心の月しあらはれは このよのやみははれさらめやは
待賢門院の堀川局世のかれて西山にす
まると聞て尋まかりたれはすみあらしたる
さまにて人のかけもせさりしかはあたりの人に
かくと申をきたりしを聞ていひをくられたりし
0497:
しほなれしとまやもあれてうき浪に よるかたもなきあまとしらすや
【〇四三右】
0498:
とまの屋に浪立よらぬけしきにて あまり住うき程は見えにき
0499:
同院の中納言局世のかれて小倉山のふ
もとにすまれしことからいふに哀なり風のけしき
さへことにおほえて書付侍し
山おろす嵐のをとのはけしさは いつならひけん君かすみかそ
0500:
同院兵衛局かのをくら山のすみかへまかり
けるにこの歌をみてかき付られける
浮世をは嵐のかせにさそはれて 家をいてにしすみかとそみる
0501:
主なく成たりし泉をつたへゐたりし人の
もとにまかりたりしに対泉懐旧といふ
【〇四三左】
(ママ)
いふことをよみ侍しに
すむ人の心くまるゝ泉かな 昔をいかに思ひいつらん
0502:
十月はかりに法金剛院の紅葉見侍しに
上西門院おはしますよし聞て待賢門院の
〔を〕
御こと思出られて兵衛局のもとにさしおかせ侍し
〔〃〕
紅葉見て君か袂や時雨らん 昔の秋の風をしたひて
0503:
返し
色ふかき木すゑをみても時雨つゝ ふりにしことをかけぬまそなき
0504:
高倉のたき殿のいしとも閑院へうつされて
跡なくなりたりと聞て見にまかりて赤染か
【〇四四右】
いまたにかゝりとよみけんおりおもひ出られて
〔の〕
今たにもかゝりといひしたきつせを その折まては昔なりけん
〔〃〕
0505:
周防の内侍我さへのきのと書付られし
あとにて人々述懐し侍しに
いにしへはつかひしあともある物を 何をかけふのかた見にはせん
0506:新古
為業朝臣ときはにて古郷述懐といふ
ことをよみ侍しにまかりあひて
しけき野をいく一むらに分なして さらに昔をしのひかへさん
0507:
雪ふりつもりしに
(ママ)
なか/\に浜のほそ道うつめ雪 ありとて人のかよふへきかは
【〇四四左】
0508:玉葉
折しもあれうれしく雪のつもる哉 かきこもりなんとおもふ山路に
0509:
花まいらせしおしきにあられのふりかゝりしを
しきみをくあかのおしきのふちなくは なにゝ霰の玉とならまし
0510:続拾
五条三位歌あつめけると聞て歌つかはすとて
花ならぬことの葉なれとをのつから 色もやあると君ひろはなん
0511:
三位返し
世をすてゝ入にし道のことのはそ 哀もふかき色は見えける
0512:玉葉
昔申なれたりし人の世のかれて後伏見に
すみ侍しを尋てまかりて庭の草ふかゝりしを
分入侍しに虫のこゑあはれにて
【〇四五右】
分て入袖にあはれをかけよとて 露けき庭に虫さへそなく
0513:
覚雅僧都の六条房にて心さしふかき
ことによせて花の歌よみ侍けるに
花をおしむ心の色の匂ひをは 子を思ふおやの袖にかさねん
0514:
堀河の局のもとよりいひつかはされたりし
この世にてかたらひをかん郭公 しての山路のしるへともなれ
0515:
返し
〔らは〕
郭公鳴くこそはかたからめ しての山路に君しかゝらは
〔〃〃〕
0516:
仁和寺の宮山崎の紫金台寺に籠ゐ
させ給ひたりし比道心年をゝいてふかしと云ことをよませ給ひしに
【〇四五左】
あさく出し心の水や湛ふらん すみゆくまゝにふかくなる哉
0517:
暁仏を念すといふことを
夢さむる鐘のひゝきに打そへて 十たひのみなをとなへつる哉
0518:新古
世のかれて伊勢の方へまかるとてすゝか山にて
すゝか山うき世中をふりすてゝ いかになり行我身なるらん
0519:
中納言家成なきさの院したてゝ程なくこ
ほたれぬと聞て大王寺より下向しけるつゐてに
西住浄蓮なと申上人ともして見けるにいと
あはれにて各々述懐しけるに
折につけて人の心もかはりつゝ 世にあるかひもなきさなりけり
【〇四六右】
0520:
撫子のませにうりのつるのはひかゝりたりけるに
ちいさきうりとものなりたりけるをみて人の歌よめと申せは
撫子のませにそはへるあこたうり おなしつらなるなをしたひつゝ
0521:
五月会に熊野へまいりて下向しけるに日高に
宿にかつみを菖蒲にふきたりけるをみて
かつみふくくまのまうてのとまりをは こもくろめとやいふへかるらん
0522:
新院百首和歌めしけるにたてまつるとて右
大将見せにつかはしたりけるを返しつかはすとて
家の風吹つたへたるかひありて ちることの葉のめつらしき哉
0523:
祝を
【〇四六左】
千代ふへき物をさなからあつめてや 君かよはひの数にとるへき
0524:
わか葉さすひらのゝ松はさらに又 えたにや千代の数をそふらん
0525:
君か代のためしになにを思はまし かはらぬまつの色なかりせは
0526:
述懐の心を
なにことにつけてか世をはいとふへき うかりし人そけふはうれしき
0527:
よしさらは涙の池に袖なして 心のまゝに月をやとさん
0528:
くやしくもしつのふせやの戸をしめて 月のもるをもしらて過ぬる
0529:
とたえせていつまて人のかよひけん 嵐そわたる谷のかけはし
0530:
〔ぬる〕
人しらてつゐのすみかに憑へき 山のおくにもとまりそめにき
〔〃〃〕
0531:
うきふしをまつおもひしる涙かな さのみこそはとなくさむれとも
【〇四七右】
0532:
とふ人もおもひたえたる山郷の さひしさなくはすみうからまし
0533:
ときはなる太山にふかく入にしを 花咲なはとおもひける哉
0534:詞花
〔れ〕
世をすつる人はまことにすつるかは すてぬ人こそすつるなりけ(り)
0535:
時雨かは山めくりする心かな いつまてとなく打しほれつゝ
0536:
浮世とて月すますなることもあらは いかゝはすへき天の下人
0537:千載
来ん世には心のうちにあらはさん あかてやみぬる月のひかりを
0538:新古
ふけにける我世の影を思ふまに はるかに月のかたふきにける
0539:同
しほりせてなを山ふかく分入らん うきこときかぬ所ありやと
0540:千載
暁の嵐にたくふ鐘の音を 心のそこにこたへてそきく
0541:
あらはさぬ我心をそうらむへき 月やはうときをはすての山
【〇四七左】
0542:
たのもしな君/\にますおりにあひて 心の色を筆にそめつる
0543:
今よりはいとはし命あれはこそ かゝるすまひの哀をもしれ
0544:
身のうさのかくれかにせん山里は 心ありてそ住へかりける
0545:千載
いつくにかみをかくさましいとひ出て 浮世にふかき山なかりせは
0546:新古
山里にうき世いとはん人もかな くやしく過し昔かたらん
0547:
足引の山のあなたに君すまは 入とも月をおしまさらまし
0548:
浮世いとふ山のおくにもしたひ来て 月そ住家の哀をもしる
0549:
朝日まつ程はやみにやまよはまし 有明の月の影なかりせは
0550:
古郷は見し世にもにすあせにけり いつち昔の人は行けん
0551:新古
昔見し宿の小松に年ふりて 嵐の音を梢にそ聞
【〇四八右】
0552:
山郷は谷のかけ樋のたえ/\に 水こひとりのこゑ聞ゆなり
0553:新古
ふるはたのそはのたつ木にゐるはとの 友よふこゑのすこき夕暮
0554:
見れはけに心もそれになりそ行 かれのゝ薄有明の月
0555:新古
なさけありし昔のみなをしのはれて なからへまうき世にも有哉
0556:
世を出て渓に住けるうれしさは ふるすに残る鶯のこゑ
0557:
あはれ行しはのふたては山里に 心すむへきすまひなりけり
0558:新古
いつくにもすまれすはたゝすまてあらん 柴の庵のしはしなる世に
0559:同
いつなけきいつおもふへきことなれは のちのよしらて人のすくらん
0560:
さてもこはいかゝはすへき世中に 有にもあらすなきにしもなし
0561:
花ちらて月はくもらぬ世なりせは 物を思はぬ我みならまし
【〇四八左】
0562:
たのもしなよひあかつきの鐘の音に 物おもふつみはくしてつくらん
0563:
なにとなくせりと聞こそあはれなれ つみけん人の心しられて
0564:
はら/\とおつる涙も哀なり たまらは物のかなしかるへし
0565:
わひ人の涙ににたる桜哉 風みにしめはまつこほれつゝ
0566:新古
つく/\と物をおもふに打そへて おり哀なる鐘のをと哉
0567:同
谷の戸に独そ松もたてりける 我のみ友はなきかと思へは
0568:
松風のをとあはれなる山里に さひしさそふる日くらしのこゑ
0569:
みくまのゝはまゆふおふる浦さひて 人なみ/\に年そかさなる
0570:
いそのかみふるきをしたふ世なりせは あれたる宿に人すみなまし
0571:
風吹はあたにやれ行はせうはの あれはとみをもたのむへきかは
【〇四九右】
0572:新古
またれつる人あひの鐘の音すなり あすもやあらはきかんとすらん
0573:
入日さす山のあなたはしらねとも 心をかねてをくりをきつる
0574:
しはの庵はすみうきこともあらましを 友なふ月の影なかりせは
0575:
わつらはて月には夜るもかよひけり となりへつたふあせのほそ道
0576:
ひかりをはくもらぬ月そみかきける いなはにかへるあさひこのため
0577:
影きえては山の月はもりもこす 谷は木末の雪と見えつゝ
0578:
嵐こす嶺の木の間を分きつゝ 谷の清水にやとる月かけ
0579:
月を見るよそもさこそはいとふらめ 雲たゝこゝの空にたゝよへ
0580:
雲にたゝこよひは月をやとしてん いとふとてしも晴ぬものゆへ
0581:
打はなるゝ雲なかりけり吉野山 花もてわたる風とみたれは
【〇四九左】
0582:
なにとなく汲たひにすむ心かな 岩井の水に影うつしつゝ
0583:
谷風は戸を吹あけて入物を なにと嵐のまとたゝくらん
0584:
つかはねとうつれる影を友として をしすみけりな山川のみつ
0585:
をとはせて岩にたはしる霰こそ よもきか宿の友となりけれ
0586:
熊のすむこけの岩山おそろしや むへなりけりな人もかよはぬ
0587:
里人のおほぬさこぬさたてなめて むまかたむすふ野へになりけり
0588:
くれなゐの色なりなからたてのほの かよしや人のめにもたてねは
0589:
ひさ木おひてすゝめとなれるかけなれや 波うつ岸に風わたりつゝ
0590:
おりかくるなみの立かと見ゆるかな すさきにきゐるさきの村鳥
0591:
浦ちかみかれたる松の梢には 波の音をや風はかるらん
【〇五〇右】
0592:
〔ヲキ〕
しほ風にいせの浜萩ふけはまつ ほすゑを浪のあらたむる哉
0593:
ふもと行舟人いかにさむからん てま山たけをおろす嵐に
0594:
おほつかないふきおろしのかさゝきに あさつま舟はあひやしぬらん
0595:
いたちもるあまみかせきに成にけり えそかちしまを煙こめたり
0596:
ものゝふのならすすさみはをひたゝし あけそのしさりかもの入くひ
0597:新古
〔里は新古(朱)〕
山□□人こさせしとおもはねと とはるゝことそうとくなり行
Description
此集周嗣禅師不慮被相伝西行上人自筆処於法勝寺僧房
(一字分空白)
焼失間尋他本書写之料帋被 彼旧本数奇至勧感緒者也
【〇五〇左】
を
けふりたに跡なきうらのもしほ草 又かきおくおあはれとそみる
〃
頓阿
此西行上人集蔡花園上人此本巻始和歌十一銘奥書歌副
一首新所被灑翰墨也雖未消遺恨之心灰聊擬残芳之手沢
而已
順応弐年卯辛七月日 修行者周嗣判
西行上人集 号山家集
【〇五一右】
Subtitle
追而加書西行上人和歌次第不同
0598:玉葉
しつかならんとおもひ侍ける比花見に人々まうて来り
けれは
花見にとむれつゝ人のくるのみそ あたら桜のとかには有ける
0599:同
題不知
山ふかみ霞こめたる柴の戸に 友なふ物は谷の鶯
0600:新古
伊勢太神宮にて
宮はしらしたつ岩ねにしきたてゝ 露もくもらぬ日の御影哉
0601:同
神路山にて
神路山月さやかなるかひありて 天下をはてらすなりけり
【〇五一左】
0602:
さか木はに心をかけてゆふしての おもへは神も仏なりけり
二見の浦にて月のさやかなりけるに
0603:
おもひきやふた見のうらの月をみて 明暮袖に浪かけんとは
0604:
みもすそ川のほとりにて
岩戸あけしあまつみことのそのかみに 桜を誰か植姶けん
0605:
内宮のかたはらなる山陰に庵むすひて侍ける比
爰も又都のたつみ鹿そすむ 山こそかはれ名は宇治の里
0606:
風の宮にて
この春は花をおしまてよそならん 心を風の宮にまかせて
0607:
月よみのみやにて
【〇五二右】
梢見れは秋にかはらぬ名なりけり 花おもしろき月よみの宮
0608:続古
桜の御まへにちりつもり風にたはるゝを
神風に心やすくそまかせつる 桜の宮の花のさかりを
0609:
かみ路山みしめにこむる花さかり こはいかはかりうれしからまし
0610:続後撰
春の歌の中に
かすますは何をか春とおもはまし また雪きえぬみよしのゝ山
0611:新古
伊勢の月よみの杜に参て月をみてよめる
さやかなる鷲のたかねの雲ゐより 影やはらくる月よみの森
0612:続拾
寿量品
鷲の山くもる心のなかりせは 誰も見るへき有明の月
【〇五二左】
0613:同
題不知
年をへてまつもおしむも山桜 花に心をつくすなりけり
0614:続後撰
なにことをいかにおもふとなけれとも 袂かはかぬ秋の夕暮
0615:玉葉
秋ふかみよはるは虫のこゑのみか 聞我とてもたのみやはある
0616:同
秋の夜をひとりやなきてあかさまし 友なふ虫のこゑなかりせは
0617:新古
おほつかな秋はいかなるゆへのあれは すゝろにものゝかなしかるらん
0618:同
松にはふまさきのかつらちりぬなり 外山の秋は風すさむらん
0619:同
秋しのや外山のさとや時雨らん いこまのたけに雲のかゝれる
0620:続後撰
あつまやのあまりにもふる時雨哉 誰かはしらぬ神無月とは
0621:新古
道のへの清水なかるゝ柳影 しはしとてこそ立とまりつれ
【〇五三右】
0622:同
よられつる野もせのくさの影ろひて 涼しくくもる夕立の空
0623:玉葉
月照寒草
花にをく露にやとりし影よりも かれのゝ月はあはれなりけり
0624:同
山家冬月
冬かれのすさましけなる山里に 月のすむこそ哀なりけれ
0625:千載
高野山をすみうかれてのち伊勢国二見
浦の山寺に侍りけるに大神宮の御山をは
神千山と申大日の垂跡をおもひてよみ
侍りける
ふかく入て神路のおくを尋れは 又うへもなき峯のまつかせ
【〇五三左】
0626:玉葉
寂然大原に住けるに高野より
山ふかみといふことを上にをきて十首歌
よみてつかはしける中に
山ふかみなるゝかせきのけちかさに 世にとをさかる程そしらるゝ
0627:同
人のもとよりいとゝしくうきにつけても
たのむかなちきりし道のしるへたかふなと
申をこせて侍ける返事に
たのむらんしるへもいさやひとつ世の 別にたにもまとふ心は
0628:千載
世をそむきて後修行し侍けるに海路
にて月をみてよめる
【〇五四右】
わたの原はるかに浪をへたてきて 都に出し月をみる哉
0629:
さかみの国とかみかはらにて
しかまつのくすのしけみにつまこめて とかみ河原にをしか鳴也
0630:
みのゝくにゝて
郭公都へゆかはことつてん こえくらしたる山の哀を
0631:
立そめてかへる心は錦木の ちつか待へき心ちこそせね
0632:玉葉
旅の歌中に
風あらき柴の庵はつねよりも ねさめて物はかなしかりけり
0633:同
なけくこと侍ける人をとはさりけれはあや
しみて人にたつぬと聞て申遣しけり
【〇五四左】
なへて見る君か歎をとふ数に おもひなされぬ言のはも哉
0634:新古
人にをくれてなけきける人に遣しける
なき跡の面影をのみみにそへて さこそは人の恋しかるらめ
0635:玉葉
紀伊二位身まかりてけるあとにて
なかれ行水に玉なすうたかたの あはれあたなるこの世なりけり
0636:続後拾
〔を〕
なき人もあるもおもふも世中は ねふりのうちの夢とこそなれ
〔〃〕
0637:玉葉
鳥羽院に出家のいとま申とてよめる
おしむとておしまれぬへきこの世かは みをすてゝこそみをもたすけめ
0638:同
前大納言成通世をそむきぬときゝて遣しける
いとふへきかりのやとりはいてぬなり 今はまことの道を尋よ
【〇五五右】
0639:続後撰
前大僧正慈鎮無動寺に住侍けるに
申遣しける
いとゝいかに山を出てしとおもふらん 心の月を独すまして
0640:
返し
慈鎮
うきみこそなを山陰にしつめとも 心にうかふ月をみせはや
0641:玉葉
小侍従やまひをもくなりて月ころへに
けると聞てとふらひにまかりたりけるに
このほとすこしよろしきとて人にもきか
せぬ和琴のてひきならし侍けるを聞て
ことのねになみたをそへてなかす哉 たえなましかはとおもふあはれに
【〇五五左】
0642:
月歌中に
かくれなくもにすむ虫の見ゆれとも 我からくもる秋のよの月
0643:
したはるゝ心やゆくと山のはに しはしな入そ秋のよの月
0644:玉葉
恋歌中に
あま雲のわりなきひまをもる月の 影はかりたにあひみてし哉
0645:同
うらみてもなくさみてまし中/\に つらくて人のあはぬと思はゝ
0646:同
今よりはあはて物をはおもふとも 後うき人にみをはまかせし
0647:新古
はるかなる岩のはさまにひとりゐて 人目つゝまて物思はゝや
0648:同
(ママ)
面影のわするゝましき別かな 名残を人の月にとゝめて
0649:同
有明はおもひてあれやよこ雲の たゝよはれつるしのゝめの空
【〇五六右】
0650:続後撰
から衣立はなれにしまゝならは かさねて物はおもはさらまし
0651:同
我袖をたこのもすそにくらへはや いつれかいたくぬれはまさると
0652:新古
人はこて風のけしきのふけぬるに 哀に雁のをとつれて行
0653:同
たのめぬに君くやとまつよひのまは ふけゆかてたゝ明なまし物を
0654:同
あはれとて人の心の情あれや 数ならぬにはよらぬなけきを
0655:同
物おもひてなかむるころの月の色に いかはかりなる哀そふらん
0656:
みさほなる涙なりせはから衣 かけても人にしられさらまし
0657:
遠く修行し侍けるにきさかたと申所にて
まつしまやをしまの磯も何ならす たゝきさかたの秋のよの月
0658:
題不知
【〇五六左】
月の色に心をふかくそめましや 都を出ぬ我□なりせは
0659:
風さむみいせの浜荻分ゆけは 衣かりかね浪に鳴なり
0660:
月影のしらゝのはまのしろかいは なみもひとつに見えわたる哉
0661:内裏貝合
(ママ)
しほ煙ますほのおかいひろふとて いろのは浜とは云にやあるらん
0662:同
浪よする竹のとまりのすゝめ貝 うれしき世ゝにあひにける哉
0663:
なみよする吹上の浜のすたれかい 風もそをろすいそにひろはゝ
0664:
はしめをろかにしてすゑにまさる恋と云事を
我恋はほそ谷川の水なれや すゑにくはゝる音聞ゆ也
0665:
見我人不知恋を
よこの海の君をみしまにひくあみの めにもかゝらぬあちの村鳥
【〇五七右】
0666:
我恋はみしまか澳にこき出て なころわつらふあまのつり舟
0667:
なこの海かれたるあさの島かくれ 風にかたよるすかの村鳥
0668:
とりそむる氷をいかにいとふらん あちむらわたるすはの水うみ
0669:
波にちる紅葉の色をあらふゆへに 錦の島といふにやあるらん
0670:新古
山ふかくさこそ心はかよふとも すまて哀は知らん物かは
0671:同
数ならぬみをも心のもちかほに うかれても又帰りきにけり
0672:同
おろかなる心のひくにまかせても さてさはいかにつゐの住かは
0673:同
うけかたき人のすかたにうかひ出て こりすや誰も又しつむらん
0674:同
世をいとふ名をたにもさはとゝめをきて 数ならぬみの思出にせん
0675:同
としの暮に人につかはしける
【〇五七左】
をのつからいはぬをもとふ人やあると やすらふ程に年そ暮ぬる
0676:同
寂蓮人々すゝめて百首歌よませ
侍けるにいなひ侍て熊野にまうてつる道に
なに事もおとろへゆけと此みちこそ世のすゑ
にかはらぬ物はあれなをこの歌よむへき
よし別当湛快三位俊成に申と見
侍りておとろきなから此歌をいそきよみ
出してつかはしけるおくにかき付侍ける
すゑの世もこの情のみかはらすと 見し夢なくはよそに聞まし
0677:同
待賢門院堀河のもとよりよひ侍けるに
【〇五八右】
まかるへきよし申なからまからて月のあかゝ
りける夜そのかとをとをり侍ににしへゆく
しるへとおもふ月影の空たのめこそかひなかり
けれと申侍ける返事
たち入らて雲まを分し月影は またぬけしきや空に見えけん
0678:
春たつこゝろを
年くれぬ春くへしとはおもはねと まさしく見えてかなふはつ夢
0679:六花
とけそむるはつ若水の氷にて 春たつことのまつくまれぬる
0680:同
磯なつむあまのさをとめ心せよ おきふく風に浪たかくみゆ
0681:同
山桜かさしの花に折そへて かきりの春のいへつとにせん
【〇五八左】
0682:
おりならぬめくりのかきの卯花を うれしく雪のさかせける哉
0683:
郭公きゝにとてしもこもらねと はつせの山はたより有けり
0684:六花
むらさきの色なき程の野へなれや かた祭にてかけぬ葵は
0685:同
五月雨は野原の沢に水こえて いつれなるらんぬまの八橋
0686:同
〔かけ〕
山かつの折oかきのひまこえて となりにもさく夕かほの花
0687:同
露つゝむ池のはちすのまくりはに 衣の玉をおもひしる哉
0688:
月照滝水
雲きゆるなちの高嶺に月たけて 光をぬけるたきの白糸
0689:
熊野へまうて侍けるとて那智のたきをみて
みにつもることはの罪もあらはれて 心すみけり三かさねのたき
【〇五九右】
0690:
花山院の御庵室のほとりにて
木のもとにすみけるあとをみつる哉 なちの高根の花を尋て
0691:
三笠山春はこゑにて知られけり 氷をたゝく鶯のたき
0692:
浪にやとる月を汀にゆりよせて 鏡にかくる住よしの岸
0693:
はつ春をくまなくてらす影をみて 月にまつしるみもすその岸
0694:
千鳥鳴絵島の浦にすむ月を 浪にうつしてみるこよひ哉
0695:万代
すわの海に氷すらしも夜もすから きそのあさきぬさえわたる也
0696:
時雨そむる花苑山に秋暮て 錦の色をあらたむる哉
0697:
(ママ)
まさ木わるひものたくみや出つらん 村雨すきぬかさとりの山
0698:
谷あひのまきのすそ山石たては 杣人いかに涼しかるらん
【〇五九左】
0699:
青根山苔の莚の上にして 雪はしとねの心ちこそすれ
0700:
杣くたす伊吹か奥の川上に たつ木うつへし苔さなしちる
0701:
吹出て風はいふきの山の端に さそひて出る関の藤川
0702:
雁かねはかへる道にやまよふらん こしの中山霞へたてゝ
0703:
〔穂津山丹波ニアリ〕
こほりわる筏の棹のたゆけれは もちやこすらんほつの山をは
0704:
松上残雪
はこね山梢も又や冬ならん ふた見は松の雪の村きえ
0705:
〔紀州〕 〔嶽〕
わけて行道のみならす梢さへ ちくさのたけは心すみけり
0706:
すみれさくよこ野ゝつ花老ぬれは おもひ/\に人かよふなり
0707:
くらふ山かこふ柴やのうちまても 心おさめぬ所やはある
【〇六〇右】
0708:
さ夜ころも入野ゝ里に打ならし 遠く聞ゆるつちの音哉
0709:
我物と秋のこすゑを見つる哉 小倉の山に家ゐせしより
0710:
水の音はまくらにおつる心地して ねさめかちなる大原の里
0711:
雨しのくみのふの郷のかき柴に すたちはしむる鶯のこゑ
0712:
ふし見過ぬ岡の屋になをとゝまらし 日野まて行て駒心みん
0713:
(ママ)
みなそこの奥ゆかしくそおもほゆる つほのいしふみそとのはま風
0714:
からす崎の浜のこいしとおもふ哉 しろもましらぬすかしまのくろ
0715:
いらこ崎にかつほつる舟ならひうき はるけき浪にうかれてそよ□
0716:
杣人の真木のかり屋のあたふしに 音する物はあられなりけり
0717:
となりゐぬ畑のかり屋にあかす夜は 物哀なるものにそ有ける
【〇六〇左】
0718:
くみてこそ心すむらめしつのめか いたゝく水にやとる月かけ
0719:
そこすみて浪しつかなるさゝれみつ わたりやしらぬ山川のかけ
0720:
我もさそ庭の真砂の土あそひ さて老たてるみこそ有けれ
0721:
しはしこそ人目つゝみにせかれける さては涙やなる滝の川
0722:続古
誰とてもとまるへきかはあたしのゝ 草のはことにすかる白露
0723:
おほはらやひらの高根の近けれは 雪ふる戸ほそおもひこそやれ
0724:
大峯修行のとき屏風の嶽といふところにて
(ママ)
ひやうふにや心をたてゝおもふらん 行者はかへり鬼はとまりぬ
0725:
蟻の戸わたりといふ所にて
篠ふかみ霧たつ嶺を朝立て なひきわつらふありのとわたり
【〇六一右】
0726:
吉野にて
一すちにおもひ入なん吉野山 又あらはこそ人もさそはめ
0727:
心せんしつか垣ねの梅の花 よしなく過る人とゝめけり
0728:
東国修行のときある山寺にしはらく侍て
山たかみ岩ねをしむる柴の戸に しはしもさらは世をのかれはや
0729:
雲にまかふ花の本にてなかむれは おほろに月はみゆるなりけり
0730:
ゆふされやたはらかみねをこへ行は すこくきこゆる山はとのこゑ
0731:
さらぬたに世のはかなさを思ふ身に 鵺鳴わたるしのゝめの空
0732:
秋たつと人はつけねとしられけり 太山のすその風のけしきに
0733:
いかに我きよくくもらぬ身と成て 心の月の影を見るへき
【〇六一左】
0734:
君もとへ我もしのはん先たゝは 月を形見におもひ出つゝ
0735:続古
何ゆへに今日まて物をおもはまし 命にかへて逢世なりせ□
0736:同
うきをうしとおもはさるへき我みかは 何とて人の恋しかるらん
0737:続千
題不知
待つことははつ音まてかとおもひしに 聞ふるされぬ郭公哉
0738:同
法花勧持品の心を
いかにしてうらみし袖にやとりけん いてかたく見し有明の月
0739:同
無量寿経易往而無人の心を
西へ行月をやよそにおもふらん 心にいらぬ人のためには
0740:玉葉
(ママ)
四国のかた修行し侍けるに同かへるへきなと申けれは
【〇六二右】
柴の庵のしはし都へかへらしと 思はんたにも哀なるへし
0741:同
恋歌の中に
打たえて君にあふ人いかなれや 我みもおなし世にこそはふれ
0742:同
修行し侍けるとき花おもしろかりける所にてよみける
なかむるに花の名立のみならすは 木のもとにてや春ををくらん
0743:
(ママ)
後鳥院位におはしましけるときおり/\の
行幸なと思出られて隠岐国へ奉りける
おもひ出やかた野ゝ御狩かりくらし かへるみなせの山のはの月
0744:
見れはまつなみたなかるゝ水無瀬川 いつより月の独すむらん
0745:新千載
七月十五日の夜月あかゝりけるにふなをかにまかりて
【〇六二左】
いかて我今夜の月をみにそへて しての山路の人をてらさん
0746:夫木集内少々
浪たてる川原柳のあをみとり 涼しくわたる岸の夕風
0747:
山郷の外面の岡のたかかきに 心かましき秋せみのこゑ
0748:
あさてほすしつかはつ木をたよりにて まとはれてさく夕かほの花
0749:
しのにおるあたりも涼し川社 榊にかくる浪のしらゆふ
0750:
ひはりたつあら田におふる姫百合の 何につくともなき我み哉
0751:
五月雨に小田の早苗やいかならん あせのうきつちあらひこされて
0752:
五月雨に山たのあせの滝枕 数をかさねておつるなりけり
0753:
川わたのよとみにとまるなかれ木の うき橋わたる五月雨の比
0754:
みつ〕
氷なしときゝてふりぬるかつまたの 池あらたむる五月雨のころ
【〇六三右】
0755:
橘の匂ふ梢にさみたれて 山郭公こゑかほるなり
0756:
五月雨に水まさるらし宇治橋の くもてにかゝる浪の白糸
0757:
ひろせ川わたりのせきのみをしるし みかさそふへし五月雨の比
0758:
なかれやらてつたの入江にまく水は 舟をそもよふ五月雨の比
0759:
五月雨は行へき道のあてもなし 小篠か原も滝になかれて
0760:
郭公なきわたるなる浪の上に こゑたゝみをくしかのうらかせ
0761:
誰かたに心さすらん郭公 さかひの松のうれになくなり
0762:
あやめふく軒に匂へる橘に きてこゑくせよ山郭公
0763:
思ふことみあれのしめに引すゝの かなはすはよもならしとそおもふ
0764:
〔の〕
たつた川岸にまかりきを見わたせは ゐせきの波にまかふ卯の花
〔〃〕〔〃〕
【〇六三左】
0765:
思ひ出て古巣に帰る鶯は 旅のねくらやすみうかるらん
0766:
つゝし咲山の岩ねにゆふはへて 尾倉はよその名のみなりけり
0767:
たれならんあら田のくろにすみれつむ 人は心のわかなゝるへし
0768:
生かはる春のわか草待わひて 原のかれのにきゝす鳴なり
0769:
片山に柴うつりして鳴雉子 たつ羽音してたかゝらぬかは
0770:
梢うつ雨にしほれてちる花の おしき心を何にたとへん
0771:
ときはなる花もやあると吉野山 おくなく入てなを尋みん
0772:
くれなゐの雪は昔のことゝ聞に 花の匂ひのみつる今日哉
0773:
月みれは風に桜の枝たれて 花よとつくる心地こそすれ
0774:
つくりをきしこけのふすまに鶯の みにしむ花のかやうつすらん
【〇六四右】
0775:
年ははや月なみかけてこえてけり むへつみけらしゑくのわかたち
0776:
あはれみし袖の露をは結かへて 霜にしみゆく冬かれののヘ
0777:
霜かれてもろくくたくる荻のはを あらくわくなる風の音哉
0778:
紅葉よりあしろのぬのゝ色かへて ひをくゝるとはみゆるなりけり
0779:
川わたにをの/\つくるふし柴を ひとつにとつるあさ氷哉
0780:
しのはらやみかみのたけを見渡は 一夜の程に雪は降けり
0781:
たけのほる朝日の影のさま/\に 都に雪はきえみきえすみ
0782:
枯はつる萱かうはゝに降雪は さらに尾花の心ちこそすれ
0783:
うらかへすをみの衣とみゆる哉 竹の葉分にふれる白雪
0784:
雪とくるしみゝにしたく笠さきの 道ゆきにくきあしからの山
【〇六四左】
0785:
あはせつる恋のはしたかをきとらし 犬かひ人のこゑしきるなり
0786:
神人の庭火すゝむるみかけには まさきのかつらくりかへせと□
End
親本:: 石川県立図書館李花亭文庫蔵本「西行上人集」
底本::
書名: 新典社叢書5 西行全歌集下
編者: 桑原博史
発行所: 株式会社 新典社
発行日: 昭和57年07月01日 初版発行
ISBN4-7879-3005-2
入力::
入力者: 新渡戸 広明(nitobe@saigyo.net)
入力機: IBM ThinkPad X31 2672-CBJ
スキャナ: Canon CanoScan LiDE 600F
認識ソフト: LEAD Technologies, Inc. 読取革命Lite(Ver.1.06)
編集機: IBM ThinkPad X31 2672-CBJ
入力日: 2007年09月09日-09月10日
校正1::
校正者: 新渡戸 広明(nitobe@saigyo.net)
入力日:
校正 : (誤入力0字 / 全文約0字)* 100 = 0%
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