Title  詠歌一体  詠歌一體  Author  藤原爲家  Note  【かっこ】は入力者(新渡戸)注。「国文学研究資料館」の「二十一代集の検索」及び「国際日本文化研究センター」の「和歌データベース」を使用。  Description  和歌を詠亊かならず才學によらず、たゞ心よりおこれる亊と申たれど、稽古なくては上手のおぼえ取がたし。をのづから秀逸をよみ出したれど、後に比興の亊などしつれば、さきの高名もけがれて、いかなる人にあつらへたりけるやらんと誹謗せらる也。さ樣になりぬれば、物うくて歌をすつる亊もあり。是則此道の荒廢なるべし。さればあるべきすぢをよく心得いれて、歌ごとにおもふ所を讀むべきなり。  Subtitle  一、題を能々心得べき亊。  Description  天象・地儀・植物・動物すべて其體あらむ物をば、其名をよむべし。三十一字の中に題の字ををとす亊は、ふかく是を難じたり。但おもはせてよみたるもあり。  0001:  落葉滿水 いかだしよまてこととはん水上はいかばかりふく山のあらしぞ 【国文研/新古今和歌集/新古今和歌集巻第六/冬歌】 【0554/後冷泉院御時、うへのをのことも大井河にまかりて、紅葉浮水といへるこゝろをよみ侍ける/藤原資宗朝臣】 【いかたしよ/まてことゝはむ/水上は/いかはかりふく/山のあらしそ】  0002:  月照水 すむ人もあるかなきかのやどならしあしのまのまの月のもるにまかせて 【国文研/新古今和歌集/新古今和歌集巻第十六/雑歌上】 【1530/家にて、月照水といへるこゝろを、人々よみ侍けるに/大納言経信】 【すむ人も/有かなきかの/宿ならし/芦まの月の/もるにまかせて】  此二首は、その所にのぞみて讀る歌なれば、題をばいだしたれど、只見るありさまにゆづりて、紅葉水などよまぬなり。  0003:  五月四日歌合に 五月雨にふりいでゝなけとおもへどあすのためにやねをのこすらん 【日文研/内裏歌合〔応和二年(962年〕//】 【0011//】 【さみたれに/ふりいててなけと/おもへとも/あすのためとや/ねをのこすらむ】  此歌は落題とて難じたり。  Description 詞の字の題をば、心をめぐらしてよむべしと申めり。戀題などはさま%\に侍めり。  0004:  臨期違戀 おもひきやしぢのはしがきかきつめてもゝよもおなじまろねせんとは 【国文研/千載和歌集/千載和歌集巻第十二/恋歌二】 【0778//皇太后宮大夫俊成】 【おもひきや/しちのはしかき/かきつめて/百夜もおなし/まろねせんとは】  0005:  等思兩人戀 つの國のいくたの河に鳥もゐば身をかぎりとやおもひなりなん 【日文研/寂蓮結題百首〔文治三年(1187年〕//】 【0078//寂蓮】 【つのくにの/いくたのかはに/とりもゐは/みをかきりとや/おもひなりなむ】  0006:  隔日戀 三日月のわれてあひみし面影の有明までになりにけるかな 【国文研/玉葉和歌集/玉葉和歌集巻第十/恋歌二】 【1481/六帖の題にて歌よみ侍けるに、日比へたてたるといふ事を/前大納言為家】 【みか月の/われてあひみし/面影の/有明まてに/なりにけるかな】  0007:  乍來不遇戀 我戀はきそのあさ衣きたれどもあはねばいとどむねぞくるしき 【日文研/新撰和歌六帖/第一/歳時】 【1590//光俊】 【わかこひは/きそのあさきぬ/きたれとも/あはねはいとと/むねそくるしき】  題の文字おほけれども、かならずしも字ごとによみいるまじきもあるべし。此題は、その字/\こそ詮にてあるべけれど、みわけてよみ入べし。心みの題とて、字ごとにすつまじきも有。難題は一字抄といふ物にしるせり。  0008:  池水半水 いけ水をいかにあらしの吹分てこほれるほどのこほらざるらん 【国文研/続古今和歌集/続古今和歌集巻第六/冬歌】 【0631/家に十首歌合し侍けるに、池水半氷と云事を/後京極摂政前太政大臣】 【池水を/いかにあらしの/吹わけて/こほれる程の/こほらさるらん】  半字の難題にてある也。難題をばいかやうにも讀つゞけんために、本歌にすがりて讀亊もあり。  風情のめぐりがたからん亊は證歌をもとめて詠ずべし。但古集には秋郭公をよみ、冬鹿をもなかせたり。か樣の亊、眼前ならずば、更/\よむべからず。文字もすくなくやす/\とある題をば、すこし樣ありげによみなすべし。假令朝霞などあらん題に、朝がすみと詠じ、野蟲を野べの蟲の音、曉鹿をあかつきのしか、夕時雨を夕しぐれ、夜千鳥をさよ千鳥など讀たらんは、無下に亊あさく侍べし。題のはじめの字に朝の何と出したらんに、やがて歌の初にけさのと讀たるだに、あながちにこひねがはぬ體にてあるべし。但難題にはかやうの亊まで嫌べからず。題を上句につくしつるはわろし。たゞ一句に讀たるもわろけれど、堀河院百首題は、一字づゝにてあれば、さ樣ならん題の歌にてもおほくよまんには、はじめの五字に讀たらんもくるしからず。但それも、一首もよまむ歌に、やがて初五字によみ入たらんは無念にきこゆべし。花の題に落花をよみ、月の題に曉の月をよむ亊、歌合にはしかるべからず。羇中と旅宿とのごとし。題にいできぬべき物の題には、いださぬをよみいるゝ亊詮なきにや。連歌の傍題のごとし。但これも亊により樣にしたがふべければ、一すぢにきらふべからず。春の題に秋の物をよみならへ、秋の題に春の景物を引よする亊、更/\要なし。  0009:  霞隔遠樹 からにしき秋のかたみをたちかへて春は霞のころもでのもり 【日文研/飛鳥井集/巻上/鳥羽百首】 【1056//】 【からにしき/あきのかたみを/たちかへて/はるはかすみの/ころもてのもり】  此歌は難ぜり。すべて歌がらもこひねがはず、衣手の森をしいださんと作りたる歌也。  昔は歌も對をとるなど申ければ、さる亊もあるべし  0010: 春がすみかすみていにし雁がねはいまぞなくなる秋ぎりのうへに 【国文研/古今和歌集/古今和歌集巻第四/秋歌上】 【0210//】 【春霞/かすみていにし/かりかねは/今そ鳴なる/秋霧の上に】  0011: ほとゝぎすなく五月雨にうへし田をかりがねさむみ秋ぞくれぬる 【国文研/新古今和歌集/新古今和歌集巻第五/秋歌下】 【0456//善滋為政朝臣】 【時鳥/なく五月雨に/うへし田を/雁かねさむみ/秋そ暮ぬる】  これらも強にこひねがはず。  泉を題にてのきのした水などよむ人々あり。たゞいづみの水とよみたる難なし。  春興、秋興、いづれもおかしき亊どもをつくさんとよむべし。朗詠の題に見えたり。  山居、山ずみ也、山里にはすこしかはるべし。  野亭、野の家。野徑、野のみち。海路、舟の道。水郷、水のさと也。  宇治、淀、吉野川、近江湖もよみならはしたり。  ことに名譽ある題を、わざと異名をもとめて、しかをすがると讀、草をさいたつまとよみ、萩を鹿鳴草とよまんと好亊、其詮なし。螢を夏蟲と詠亊は、うちまかせたる亊なれど、それも後撰に、  0012: 八重むぐらしげれる宿は夏むしのこゑよりほかにとふ人もなし 【日文研/後撰集/巻四/夏】 【0194/題しらす/読人不知】 【やへむくら/しけきやとには/夏虫の/声より外に/問ふ人もなし】  此歌は蠑(本ノマゝ)ときこえたり。されば、夜半の夏蟲とも思にもゆるなど讀也。たゞほたるとよむべきにこそ。  牡丹、ふかみ草。紫苑、鬼のしこ草。蘭、ふぢばかま。か樣にこゑのよみの物は、異名ならずばかなふべからず。歌にも聲のよみあまたあり。國名又所の名の中に、いひふるしてきゝよき亊などのあるは別儀也。六帖の題はかの歌どもを見て心得べし。名所をよむ亊常に聞なれたる所をよむべし。但其所にのぞみてよまんには、耳とをからんもくるしかるまじき也。  0013:  つくしにて、 そめかはをわたらん人のいかでかは色になるてふ亊のなからん 【国文研/拾遺和歌集/拾遺和歌集巻第十九/雑恋】 【1234//在原業平朝臣】 【そめ川を/わたらむ人の/いかてかは/色になるてふ/ことのなからむ】  0014:  つゝみのたきにて、 をとにきくつゝみの瀧をうちみればたゞ山川のなるにぞ有ける 【国文研/拾遺和歌集/拾遺和歌集巻第九/雑下】 【0556/清原元輔、肥後守に侍ける時、かのくにのつゝみのたきといふ所をみにまかりたりけるに、ことやうなるほうしのよみ侍ける/】 【をとにきく/つゝみの滝を/うちみれは/たゝ山川の/なるにそ有ける】  其所の當座の會などには、只今の景氣ありさまをよむべし。たとひ秀歌なれども、儀たがひぬれば正體なきなり。  大方題に名所をいだしたらんに、讀ならはしたる所ども、さらでは少よせありぬべからんをもとめて、案じつゞけて見るべし。花さかぬ山にも花をさかせ、紅葉なき所にも紅葉をさかせん亊、只今其所に望て歴覽せんに、花も紅葉もあらば景氣にしたがひてよむべし。さらではふるき亊をいくたびも案じつゞくべきなり。おほよどの浦にも今は松なし。住吉の松も浪かけず。かゝれどもなをいひふるしたるすぢをよむべし。ながらのはしなどは昔より絶にしかば、ことふりにけり。水無瀬川水あれども水なしとよむべき也。かくは思へども、今も又珍しき亊どもいできて、むかしのあとにかはり、一ふしにてもこのついでにいひ出づべからんには、樣にしたがひて必よむべきなり。ことひとつしだしたる歌は、作者一人のものにて、撰集などにも入なり。  Subtitle  一、歌も折によりてよむべき樣あるべき亊。  Description  百首をよまんには、地歌とて所/\にはさる體なるものゝいひしりたるさまなるをよみて、其中に透逸出來ぬべき題をよく/\案ずべし。さのみ心をくだく亊も、其詮あるべからず。よき歌のいでくる亊も自然の亊なれば、百首などにかすかすに沈作思する亊はせぬ也。  三十首二十首などは、歌ごとによくよみて、地歌まじるべからず。作者の身にとりては能々沈思すべし。歌合の歌はことに失錯なく、人の難じつべからん亊をかねて能々みるべし。たけもあり物にもうつ〔とカ〕ましからんすがたをよむべし。これをはれの歌と申めり。  0015: 山ざくらさきそめしより久かたの雲井に見ゆるたきのしら絲 【国文研/金葉和歌集/金葉和歌集巻第一/春歌】 【0050//源俊頼朝臣】 【山さくら/咲そめしより/久かたの/雲ゐにみゆる/滝のしら糸】  0016: 見わたせば波のしがらみかけてけり卯花さける玉川のさと 【国文研/後拾遺和歌集/後拾遺和歌集第三/夏】 【0175/正子内親王のゑあはせし侍けるに、かねのさうしにかき侍ける/さかみ】 【見わたせは/なみのしからみ/かけてけり/うの花さける/玉川の里】  0017: あすもこん野地の玉川はぎこえて色なる波に月やどりけり 【国文研/千載和歌集/千載和歌集巻第四/秋歌上】 【0280/権中納言俊忠かつらの家にて、水上月といへる心を読侍ける/源俊頼朝臣】 【あすもこむ/野路の玉川/萩こえて/色なる浪に/月やとりけり】  0018: 雪ふればみねのまさか木うづもれて月にみがけるあまのかぐ山 【国文研/新古今和歌集/新古今和歌集巻第六/冬歌】 【0677/守覚法親王五十首歌よませ侍けるに/皇太后宮大夫俊成】 【雪ふれは/嶺のまさかき/うつもれて/月にみかける/天のかく山】  四季の歌はかやうのすがたによむべきにや  0019:  戀の歌は天徳歌合に、 しのぶれど色に出にけりわが戀は物やおもふと人のとふまで 【国文研/拾遺和歌集/拾遺和歌集巻第十一/恋一】 【0622//平兼盛】 【忍ふれと/色に出にけり/我こひは/物やおもふと/人のとふまて】  0020:  新宮歌合に うらみわびまだし今はの身なれどもおもひなれにし夕ぐれの空 【国文研/新古今和歌集/新古今和歌集巻第十四/恋歌四】 【/寂蓮法師】 【1302恨わひ/またしいまはの/身なれとも/思ひなれにし/夕暮の空】  これらの秀歌にて褒美せられたり  0021:  歌合歌に ほとゝぎすきなかぬよひのしるからばぬる夜もひとよあらまし物を 【国文研/後拾遺和歌集/後拾遺和歌集第三/夏】 【0201/ほとゝきすほとときす/能因法師】 【郭公/きなかぬよひの/*しるからは/ぬる夜も一よ/あらまし物を/*3しるしにはイ】  此歌は百首の地歌とこそきこゆれ。歌合にいだすべき物にあらず。又よひも夜も同じなるよし、判者これを難じけれど、歌はあしからぬにや、後拾遺に入たり。かやうの亊を心えて讀べし。  Subtitle  一、歌のすがたの亊。  Description  詞なだらかにいひくだし、きよげなるはすがたのよきなり。おなじ風情なれど、わろくつゞけつれば、あはれよかりぬべき材木を、あたら亊かなと難ぜらるゝなり。されば案ぜんをり、上句を下になし、下句を上になしてことがらをみるべし。上手といふはおなじ亊をきよくつゞけなすなり。きゝにくき亊はたゞ一字二字も耳にたちて、卅一字ながらけがるゝ也。まして一句わろからんは、よき句まじりても更/\詮あるべからず。  0022: われがみはとかへる鷹となりにけり年はふれどもこひはわすれず 【国文研/後拾遺和歌集/後拾遺和歌集第十一/恋一】 【0661/関白前左大臣家に人++経年恋といふ心をよみ侍りけるに/左大臣】 【われか身は/と帰るたかと/成にけり/としはふれとも/もとは忘れす】  此歌はじめの五文字、なくてあらばやと昔より難じたり。尾きれにきこゆるもいたくこひねがはず。  0023: よしの川きしの山吹さきにけり峯のさくらはちりはてぬらん 【国文研/新古今和歌集/新古今和歌集巻第二/春歌下】 【0158//藤原家隆朝臣】 【吉野川/岸の山ふき/さきにけり/嶺の桜は/散はてぬらむ】  0024: 山人のむかしのあとをきてとへばむなしきゆかをはらふ谷風 【国文研/千載和歌集/千載和歌集巻第十六/雑歌上】 【1037/おなし竜門のこゝろをよめる/藤原清輔朝臣】 【仙人の/昔の跡を/きてみれは/むなしき床を/はらふ谷風】  0025: はし鷹のみよりのつばさ身にそへてなを雪はらふかたのみかりは 【国文研/続古今和歌集/続古今和歌集巻第六/冬歌】 【0649/寛喜女御入内屏風に、野外鷹狩を読侍ける/従二位家隆】 【はしたかの/みよりの翅/身にそへて/猶雪はらふ/宇多のみかりは】  いづれもよき歌と申をきて侍れど、このみ讀まじき體也。すこしの亊ゆへ、歌のすがたのはるかにかはりてきこゆるものあり。まして上下の句ゆへはことはり也。  0026: 日もくれぬ人もかへりぬ山ざとはみねのあらしの音ばかりして 【国文研/後拾遺和歌集/後拾遺和歌集第十九/雑五】 【1146/山里にまかりて日くれにけれは/源頼実】 【日もくれぬ/人も帰ぬ/山里は/みねの嵐の/をとはかりして】  0027: 日くるればあふ人もなしまさきちる峯のあらしのをとばかりして 【国文研/新古今和歌集/新古今和歌集巻第六/冬歌】 【0557/深山落葉といへるこゝろを/源俊頼朝臣】 【ひくるれは/あふ人もなし/まさきちる/嶺の嵐の/音はかりして】  奧は俊頼朝臣の歌也。上手のしわざにていますこしゆう/\ときこゆ。  はしもよき歌とてこそ後拾遺には入たるならめど、猶まさきのかづらは心ひくすぢにて侍にや。  0028: 河舟の上りわづらふつなでなはくるしくてのみ世をわたるかな 【国文研/新古今和歌集/新古今和歌集巻第十八/雑歌下】 【1775/入道前関白太政大臣家百首歌よませ侍りけるに/刑部卿頼輔】 【河舟の/のほりわつらふ/つなてなは/くるしくてのみ/世をわたる哉】  此歌はしなゝきよき歌仙たち申めり。かやうの歌にて心うべし。  近代よき歌と申あひたる歌ども、  0029: をしなべて花のさかりに成にけり山の葉ごとにかゝるしら雲 【国文研/千載和歌集/千載和歌集巻第一/春歌上】 【0069//円位法師】 【をしなへて/花のさかりに/成にけり/山のはことに/かゝるしら雲】  0030: 又やみんかたのゝ御野のさくらがり花の雪ちる春のあけぼの 【国文研/新古今和歌集/新古今和歌集巻第二/春歌下】 【0114/摂政太政大臣家に五首歌よみ侍けるに/皇太后宮大夫俊成】 【又やみん/かた野のみのゝ/桜かり/花の雪ちる/春のあけほの】  0031: よられつる野もせの草のかげろひてすゞしくゝもる夕立の空 【国文研/新古今和歌集/新古今和歌集巻第三/夏歌】 【0263//】 【よられつる/野もせの草の/かけろひて/涼しくくもる/夕立の空】  0032: 旅人の袖吹かへすあき風に夕日さびしき山のかけはし 【国文研/新古今和歌集/新古今和歌集巻第十/羇旅歌】 【0953/旅歌とてよめる/】 【旅人の/袖ふきかへす/秋風に/夕日さひしき/山のかけはし】  0033: うづらなくまのゝ入江のはまかぜにおばな波よる秋の夕ぐれ 【国文研/金葉和歌集/金葉和歌集巻第三/秋歌】 【2540/堀河院御時、御前にてをの++題をさくりて歌つかうまつりけるに、すゝきをとりてつかうまつれる/源俊頼朝臣】 【うつらなく/まのゝ入江の/はま風に/お花なみよる/あきの夕暮】  0034: かさゝぎの雲のかけはし秋くれてよはには霜やさえわたるらん 【国文研/新古今和歌集/新古今和歌集巻第五/秋歌下】 【0522/摂政太政大臣、大将に侍ける時、百首歌よませ侍けるに/寂蓮法師】 【かさゝきの/雲のかけはし/秋暮て/夜はには霜や/さえ渡るらん】  0035: 志賀のうらやとをさかり行波間よりこほりていづる有明の月 【国文研/新古今和歌集/新古今和歌集巻第六/冬歌】 【0639/摂政太政大臣家歌合に、湖上冬月/藤原家隆朝臣】 【志賀のうらや/遠さかり行/浪まより/氷て出る/あり明の月】  0036: うかりける人をはつせの山おろしはげしかれとはいのらぬものを 【国文研/千載和歌集/千載和歌集巻第十二/恋歌二】 【707/権中納言俊忠家に恋の十首歌読侍ける時、いのれともあはさる恋といへる心を/源俊頼朝臣】 【うかりける/人を初瀬の/山おろしよ/はけしかれとは/祈らぬ物を】  0037: 立かへり又もきてみん松しまやをしまのとまや浪にあらすな 【国文研/新古今和歌集/新古今和歌集巻第十/羇旅歌】 【0933//】 【立かへり/又もきてみむ/松島や/をしまのとまや/波にあらすな】  0038: 世中よ道こそなけれおもひ入山の奧にも鹿ぞなくなる 【国文研/千載和歌集/千載和歌集巻第十七/雑歌中】 【1149/述懐百首の歌読侍ける時、鹿の歌とてよめる/皇太后宮大夫俊成】 【世の中よ/道こそなけれ/おもひ入/山の奥にも/鹿そ鳴なる】  0039: さびしさにうき世をかへてしのばずばひとりきくべき松のかぜかは 【国文研/千載和歌集/千載和歌集巻第十七/雑歌中】 【1136//寂蓮法師】 【さひしさに/浮世をかへて/忍はすは/ひとり聞へき/松のかせかは】  是らになどか心えざらん。むかしの歌は時代かはりて今の亊にはかなふまじと思へり。大方のありさまはまことにさる亊なれど、よくよめる歌どもは、寛平以住にもにたく勝劣なしと申たり。  ちかき世にも、基俊・俊頼・顯輔・清輔・俊成などは、ふるきすがたをよまるゝよし申めり。其人人こそ上手のきこえは侍ば、猶そのすがたをこのみよむべきにこそ。此ごろ歌とて詞ばかりかざりて、させる亊なき物あり。和歌は詠てきゝにくき歌は、しみ%\ときこゆるよし申をきたり。  歌を讀いだして、歌がらを見んとおもはゞ、古歌に詠じくらべて見るべし。いかにも歌がらのぬけあがりてきよらかにきこゆるはよきなり。へつらひてきたなげに、やすくとをりぬべき中の道をよきすてゝ、あなたこなたへつたはんとしたるはわろき也。それを難じて、  うきかぜ、はつ雲。うき雲、はつかぜにてこそあるべきを、か樣によみたがるより先達申すめり。心のめづらしきをばえかまへいださぬまゝに、ゆゝしき亊案じいだしたりと、かやうのそゞなるひが亊をつゞくる亊、更/\詮なき亊也。これゆへ歌はわろくなる也。やさしからんとて、すゞろになへ/\と讀もわろし。したゝかならんとて、あまりにたしかによみたるもしなゝし。ふるき歌どものよきを常に見て、我心にかくこそ讀たけれ、此すがたこそよけれと案じとくべし。 歌を案ずるをりは、沈思したるにしたがひてよくもおぼえ、又のちによみたるはまさりたる心ちすれど、それにもよらずたゞ心詞かきあひたらんをよしとはしるべし。ふるく歌のしなをたてる九品十體などにも見えたり。  上  0040: 春たつといふばかりにやみよしのゝ山もかすみて今朝は見ゆらん 【国文研/拾遺和歌集/拾遺和歌集巻第一/春】 【0001/平さたふんか家歌合によみ侍ける/壬生忠岑】 【春たつと/いふはかりにや/みよし野の/山もかすみて/今朝はみゆらん】  0041: ほの%\とあかしのうらの朝霧にしまかくれ行船をしぞおもふ 【国文研/古今和歌集/古今和歌集巻第九/羇旅歌】 【0409//】 【ほの++と/明石の浦の/あさ霧に/島かくれゆく/舟をしそ思ふ】 【この歌は、ある人のいはくかきのもとの人丸か也】  すべてすぐれたる歌はおもしろき所なきよし申めり。  中  0042: 春きぬと人はいへどもうぐひすのなかぬかぎりはあらじとぞ思ふ 【国文研/古今和歌集/古今和歌集巻第一/春歌上】 【0011/春の始の歌/みふのたゝみね】 【春きぬと/人はいへとも/鶯の/なかぬかきりは/あらしとそ思ふ】  すぐれたる所もなく、だみたる所もなくてあるべきさまをしるは、このしなにてあるべきよし申。  下  0043: 世中のうきたびごとに身をなけば一日に千たびわれやしにせん 【日文研/和歌九品//】 【0017//】 【よのなかの/うきたひことに/みをなけは/ひとひにちたひ/われやしにせむ】  是にて心うべし。古今序に、田夫の花のかげにやすめるごとしとたとへたるは  0044: かゞみ山いざたちよりて見てゆかんとしへぬる身は老やしぬると 【国文研/古今和歌集/古今倭歌集巻第十七/雑歌上】 【0899//】 【鏡山/いさたちよりて/みてゆかん/年へぬる身は/おいやしぬると】 【このうたはある人のいわく、大伴のくろぬしか也】  0045: 思ひいでゝ戀しき時ははつかりのなきてわたると人はしらずや 【国文研/古今和歌集/古今和歌集巻第十四/恋歌四】 【0735/人を忍ひにあひしりて、あひかたく有けれは、その家のあたりをまかりありきけるおりに、かりのなくをきゝてよみてつかはしける/大伴くろぬし】 【思出て/恋しき時は/はつかりの/鳴てわたると/人しるらめや】  是も下品ときこえて侍めり。いかさまにも、品なき歌はわろきにて侍べし。披講の時ゆゝしげにきこえて、後にみればさせる亊なき歌あり。はじめはなにとしもなけれど、よくよくみればよき歌あり見ざめせぬやうによむべし。ゆら/\と讀ながしつべきに、物をいくらもいはんとすれば、あそこもこゝもひぢよりてわろき也。  すべて少さびしきやうなるがおもしろくて、よき歌ときこゆる也。詞すくなくいひたれど、心のふかければおほくの亊どもみなそのうちにきこえて、ながめたるもよき也。昔の歌は、一首のうちにも序のあるやうによみなして、をはりに其亊ときこゆるもあり。  0046: みかのはらわきてながるゝいづみ川いつみきとてかこひしかるらん 【国文研/新古今和歌集/新古今和歌集巻第十一/恋歌一】 【0996題しらす/中納言兼輔】 【みかの原/わきてなかるゝ/いつみ川/いつみきとてか/恋しかる覧】  0047: よしの川いはなみたかく行水のはやくぞ人をおもひそめてし 【国文研/古今和歌集/古今和歌集巻第十一/恋歌一】 【0471//紀貫之】 【よしの川/いはなみたかく/行水の/はやくそ人を/思ひそめてし】  近代の歌は、たゞひとへによむ也。但よせ戀などの中にはさる亊もありぬべけれども、いかさまにも上句の中にその亊ときこゆべきにや。  Subtitle  一、歌はよせいあるがよき亊。  Description  衣には、たつ、きる、うら。舟には、さす、わたる。橋には、わたす、たゆ。  かやうの亊のありたき也。その具足もなきはわろし。かくはいへども、事そぎたるがよき也。あながちにもとめあつめて、かずをつくさんとしたるはわろき也。たとへば、よるほそくたゆふしひくなど、みなを讀入たるは、秀句のうたとて見苦也。よせなき歌も有亊により、樣にしたがふべき也。  Subtitle  一、文字のあまる亊。  Description  させる要なく、あまらでもやすくやりぬべからん所に、わざとたゝみ入てあます亊はわろし。いかにもあまさでかなふまじき時は、あまりたるもきゝにくからぬはいくもじもくるしからず。  0048: 年ふればよはひは老ぬしかはあれど花をしみれば物思ひもなし 【国文研/古今和歌集/古今和歌集巻第一/春歌上】 【0052/そめとのゝきさきのおまへに、花かめに桜の花をさゝせたまへるをみてよめる/さきのおほきおほいまうちきみ】 【年ふれは/よはひはおいぬ/しかはあれと/花をしみれは/物思ひもなし】  0049: ほの%\とありあけ月の月かげに紅葉吹おろす山おろしの風 【国文研/新古今和歌集/新古今和歌集巻第六/冬歌】 【0591/題しらす/源信明朝臣】 【ほの++と/有明の月の/月影に/紅葉吹おろす/山おろしのかせ】  此字どもは何もすぐれたる歌なれば、字のあまりたるによりてわろく成ぬべきにあらず。しなしやうてづゝなる故にきゝにくき也。  Subtitle  一、かさね詞の亊。  Description  せんもなからんかさね句に、更/\にあるべからず。  0050: 足引の山の山もりもるやまももみぢせさする秋は來にけり 【国文研/後撰和歌集/後撰和歌集巻第七/秋歌下】 【0384/もる山をこゆとて/貫之】 【足曳の/山のやまもり/もる山も/もみちせさする/秋はきにけり】  0051: いかほのやいかほのぬまのいかにしてこひしき人をいまひとめみん 【国文研/拾遺和歌集/拾遺和歌集巻第十四/恋四】 【0859//よみ人しらす】 【いかほのや/いかほのぬまの/いかにして/恋しき人を/今ひとめみん】  0052: かくとだにえやはいぶきのさしも草さしもしらじなもゆるおもひを 【国文研/後拾遺和歌集/後拾遺和歌集第十一/恋一】 【0612/女にはしめてつかはしける/藤原実方朝臣】 【かくとたに/えやはいふきの/さしも草/さしもしらしな/もゆる思ひを】  これはあしからねど、すゞろにこのすぢをこのみよむ亊あるべからず。何亊もよりきたがるがよき也。すべていつもおなじ樣なる亊をすれば、あはその人のうたと覺て風情のなき樣にもみゆ、人に例の亊といはるゝもわろき也。  Subtitle  一、歌の詞亊。  Description  いかにも古歌にあらん程の詞を用べし。但聞よからん詞はいまはじめて讀いだしたらんもあしかるべきにあらず。上手の中にさる亊おほかり。又古集にあればとて、今は人もよまぬ亊どもつゞけたらん、物わらひにてあるべし。ほがらほがらつらなりかやうの亊はまねぶべからず。何亊も時にしたがふべき也。ちかき世の亊、まして此頃の人のよみいだしたらん詞は、一句も更によむべからず。  春   かすみかねたる、うつるもくもる、花のやどかせ   嵐にかすむ、  月にあまぎる、 霞におつる、   雪のした水、  空さへかけて、 むなしき枝に、   花露そふ、   花の雪ちる、  たえまになびく、   空さへにほふ、 浪にはなるゝ。  夏、   すゞしくくもる、あやめぞかほる、雨の夕ぐれ、  秋、   昨日はうすき、 ぬるともおらん、ぬれてやひとり、   かれなで鹿の、 お花浪よる、  露のそこなる、   月やをじまの、 色なき浪に、  きり立のぼる、   わたればにごる  冬、   月のかつらに、 木がらしの風、 わたらぬ水も、   こほりていづる、嵐にくもる、  やよしぐれ、   雪の夕ぐれ。  戀、   雲井の峯の、  われてすゑにも、身をこがらしの   袖さへ浪の、  ぬるとも袖の、 われのみしりて、   むすばぬ水に、 たゞあらましの、我身にけたぬ、   昨日雲の、   われのみけたぬ。  旅、   すゑの白雲、  月も旅ねの、  浪にあらすな。  か樣の詞はぬしある亊なればよむべからず。古歌なれども、ひとりよみいだしてわが物と持たるをばとらずと申めり。さくらちる木のしたかぜやうなる亊は、むかしの歌なればとて、とる亊ひが亊なるべしといましめたれば、かならずしもこの歌にかぎるべからず。あし引の山時鳥・玉鉾のみちゆき人、これていの詞はいくらもくるしかるまじ。それをのぞかむには歌あるべからず。させる詞の詮にてもなきゆへ也。  Subtitle  一、古歌をとる亊。  Description  五句の物を三句とらん亊あるべからずと申めり。但其も樣によるべし。古歌とりたる歌、  0053: むすぶてのいはまをせばみおく山のいはがきし水あかずもあるかな 【国文研/新千載和歌集/新千載和歌集巻第三/夏歌】 【0301/たいしらす/人丸】 【結ふ手の/*岩まをせはみ/おく山の/石垣清水/あかすも有哉/*2いしまをせはみイ】  0054: むすぶ手のしづくにゝごる山の井のあかでも人にわかれぬるかな 【国文研/古今和歌集/古今和歌集巻第八/離別歌】 【0404/しかの山こえにて、いし井のもとにて物いひける人の、わかれけるおりによめる/つらゆき】 【結ふ手の/しつくににこる/山の井の/あかても人に/わかれぬる哉】  0055: つゝめどもかくれぬ物は夏むしの身よりあまれる思ひなりけり 【国文研/後撰和歌集/後撰和歌集巻第四/夏歌】 【0209/かつらのみこの、ほたるをとらへて、といひ侍りけれは、わらはのかさみのそてにつゝみて/】 【つゝめとも/かくれぬものは/夏虫の/身よりあまれる/おもひなりけり】  0056: 思ひあれば袖にほたるをつゝみてもいはゞやものをとふ人はなし 【国文研/新古今和歌集/新古今和歌集巻第十一/恋歌一】 【1032//寂蓮法師】 【思ひあれは/袖に蛍を/つゝみても/いはゝや物を/とふ人はなし】  此歌は、かならずしもとるとなけれど、かのかざしの袖にすかされたる亊をおもひてよめる也。  0057: あし引の山さくら戸をあけをきてわが待つ君を誰かとどむる 【国文研/続後拾遺和歌集/続後拾遺倭歌集巻第十三/恋歌三】 【0802/題しらす/人麿】 【足引の/山桜戸を/あけをきて/わかまつ君を/誰かとゝむる】  0058: 名もしるしみねのあらしも雪とふる山さくら戸の〔をカ〕あけぼのゝ空 【国文研/新勅撰和歌集/新勅撰和歌集巻第二/春歌下】 【0094//権中納言定家】 【名もしるし/峰の嵐も/雪とふる/山桜戸を/明ほのゝ空】  0059: あかでこそおもはん中ははなれなめそをだにのちのわすれがたみに 【国文研/古今和歌集/古今和歌集巻第十四/恋歌四】 【0717//】 【あかてこそ/思はん中は/はなれなめ/そをたに後の/忘かたみに】  0060: ちる花のわすれがたみの峯の雲そをだにのこせ春の山かぜ 【国文研/新古今和歌集/新古今和歌集巻第二/春歌下】 【0144/千五百番歌合に/左近中将良平】 【ちるはなの/忘かたみの/嶺の雲/そをたにのこせ/春の山風】  0061: 風吹ばみねにわかるゝしら雲のたえてつれなき君がこころか 【国文研/古今和歌集/古今和歌集巻第十二/恋歌二】 【0601//たゝみね】 【風ふけは/嶺にわかるゝ/白雲の/たえてつれなき/君か心か】  0062: さくら花ゆめかうつゝかしら雲のたえてつれなき峰の春風 【国文研/新古今和歌集/新古今和歌集巻第二/春歌下】 【0139/五十首歌たてまつりし時/藤原家隆朝臣】 【桜花/夢かうつゝか/しら雲の/*たえて常なき/嶺の春かせ/*4たえてつれなきイ】  此歌の句のすへ所かはらぬは、戀の歌を春の歌にとりなして、めづらしきゆへにくるしからぬ也。常に古歌をとらんとたしなむはわろき也。いかにもわが物とみゆる亊なし。  たゞし其もおちきてよまれんおりにはとるべし。題もおなじ題、心もおなじ心、句のすへどころもかはらで、いさゝか詞をそへたるは、すこしもめづらしからねば、ふるものにてこそあれ、何の見所かあるべき。萬葉集のうたなどの中にこそ、うつくしかりぬべき亊の、なびやかにもくだして、よき詞わろき詞まじりて、きゝにくきをやさしくしなしたるも、めづらしき風情にきこゆれ。三代集よりは、人の心もおもひのこす亊なく案じくだきたるを、へつらひてもしさもありぬべきふし%\やあるとうかゞひたらん、なに許の亊かあらん。すべてあたらしく案じいだしたらんには、すぐべからず。凡歌よみの名をとり、上手のきこゑあらんとおもはゞ、散々の亊をしいだすまじき也。いくたびも執してよむべし。又このみそむるおりは、又ほめてゆゝしかるをたのみて、いまは我身は躬恆・貫之にもまさりにけりと、おほけなく案じてたゞ上手めかしき亊をのみこのみて、沈思する亊もなければ、まことの秀歌はいできがたし。さる程に人も心あれば、よみさがりたり、才學廢にけりといはれて、我歌はよきを人の僻亊にてこそあれなど、いどみあひたる更/\無益の亊也。老年にいたる迄も能々心をつくして、あしきすぢをのぞきよむべき也。歌はめづらしく案じ出して、わが物と持べしと申也。さのみあたらしからん亊はあるまじければ、おなじふる亊なれど、こと葉つゞきしなし樣などを、珍しくきゝなさるゝ體を斗べし。  此一帖、以祖父入道大納言爲家卿自筆本令書冩校合訖。尤可爲證本矣。                右近權中將爲秀判  此詠歌一體、以後小松院宸筆御本冩書校合畢。                前大納言入道榮雅判  此一册、亡父一位祖父榮雅以自筆本、安藤源左衞門尉依懇志書之遣也。    天正六年霜月十三日   重雅  Description  解題           【久松潛一】  藤原爲家の著で八雲口傳ともいふ。成立年代は未詳である。冩本も傳はつて居るが、刊本では古語深祕抄本及び群書類從本がある。群書類從本は極めて簡單であつて深祕抄本の詳細なのと頗る異なり、別本かとも思はれる。冩本で傳はるものは古語深祕抄本に近い。こゝには竹柏園藏冩本と古語深祕抄本とによつて校合した。本書は爲家の歌論を見る上に重要な文獻である。和歌は心から自然に詠まるべきではあるが、稽古が是非必要であるとして、先づ修業の方面を説いて居る。初めに歌の題に就いてのべ、次に歌をよむ揚合に就いての心得を述べ、更に歌の姿歌の詞等に就いて歌の本質的考察を行つて居る。爲家によれば「詞なだらかにいひくだし、清げなるは姿のよきなり。」としてゐる。即ち佶屈でなく流麗を愛し、かつ清楚を愛したのは彼が定家のやうな妖艷美よりも平淡美を重んじた亊が知られる。彼の擧げた例歌を見ても平淡な歌が多い。かういふ平淡美をとくとともに制禁の詞をとき、その詞を擧げている。制禁の詞がまとまつて稱へられたのは本書からである。  本書の所説は定家によつて一先づ完成された歌論上の見解に對しては殆ど新しいものを加へてゐないが、爲家によつて定家が僅かに歌の一體とした見樣の歌を平淡美として歌の中心とした所に爲家の意義もあるのである。さうして爲家は歌の傳統から言つて、その子が二條、京極、冷泉の三家に分れ、殊に最も社會的勢力のあつた二條家の立塲は爲家の見解を踏襲したのであるから、その影響は價値以上に大きい。  End  底本::   著名:  中世歌論集   編者:  久松 潛一 編   発行所: 岩波書店   初版:  昭和九年三月五日   発行:  昭和十三年七月三十日 第四刷  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年3月25日〜2003年3月31日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年06月20日 $ID$