Title
長明發心集 卷六 西行女子出家亊
Description
西行法師出家シタル時跡ヲバ弟成ケル男ニ云付タリケルニ幼キ女子ノ殊ニカナシウシケルヲ、サスガニ見捨ガタクイカサマニセント思ヘドモ、ウシロヤスカルベキ人モ覺エザリケレバ、猶コノ弟ノヌシノ子ニシテ、イトホシミスベキ由念比ニ云ヒオキケル。カクテ爰カシコ修行シテアリク程ニ、ハカナクテ二三年ニナリヌ。亊ノタヨリ有テ京ノ方ヘメグリ來リケル次ニ在シ此弟ガ家ヲスギケルニ、キト思出テ扨モアリシ子ハ五ツ計ニハナリヌラン。イカヤウニカ生ナリタルラント覺束ナクオボエテ、カクトハイハネド門ノホトリニテ見入ケルヲリフシ此娘イトアヤシゲナル帷スガタニテ、ゲスノ子ドモニマジリテ土ニヲリテ、タテジトミノ際ニテアソブ。髮ハユフ/\ト肩ノ程ニ帶テ、カタチモスグレ、タノモシキ樣ナルヲ其ヨト見ルニ、キト胸ツブレテイト惜ク見タテル程ニ、此子ノ我ガ方ヲ見オコセテ、イザナン聖ノアルオソロシキニトテ内ヘ入ニケリ。此亊思ハジト思ヘドサスガニ心ニカゝリ日來フル程ニ若シカヤウノ亊ヲヤシリキカレケン。九條ノ民部卿ノ御女ニ冷泉殿ト聞エケル人ハ母ニユカリアリテ、我子ニシテ、イトホシミセント、ネムゴロニイハレケレバ、人ガラモ賤シカラズ、イトヨキ亊トテ急ギワタシテケリ。本意ノ如ク、マタナキモノニカナシウセラレケレバ、心安テ年月ヲ送ル間ニ此子十五六計ニ成テ後、此トリ母ノ弟ノムカヘバラノ姫君ニ、播磨三位家明トキコエシ人ヲムコニトラレケルニ、若キ女房ナド尋モトムルニ、ヤガテ此アネ君モ上臈ニテヒトツ所ナルベケレバ、便リモアルベシ。親ナドモサルモノナリトテ、此子ヲトリ出テ、ワラハナムセサセケル。西行コノ亊ヲモレ聞テ、本意ナラズ覺エケルニヤ。此家チカク行テカタハラナル小家ニ立入テ人ヲカタラヒテ忍ビツゝ呼セケル。娘イトアヤシクハ覺エケレド、コトザマヲ聞ニ我親コソ聖ニ成テ有トキゝシカ、サラデハ誰カハ我ヲヨビ出ント思フニ、日比見デヤ止ナント心ウカリツルヲ、若サラバイミジカラント覺エテ軈テ使ニグシテ、人ニモシラレズ出ニケリ。力シコニ行テ見レバアヤシゲナル法師ノ痩クロミタル麻ノ墨染ノ衣ケサナド誠ニアハレニ覺エテ涙グミツゝ、コマヤカニ打トケカタラフ。西行ハアリシ土遊ノ時キト見シニ、アラヌ物ニ生マサリテ、イト清ゲナルヲ見ニモサコソト思ヒ捨ル世ナレド、サスガニ是計ヲバエ見スゴサズ、亊ノ有樣ナド聞テ、ムスメニ云フ樣、年來ハ行へモシラズ、姿ヲダニ今日コソ初テ見ルラメ。サレドモ親子ト成ハ深キ契リナリ。我申ス亊聞テムヤ。違ヘラルマジクバ云ント云フ。娘ノイフ樣、マコトニ親ニテオハシマサバイカデカ違ヘ奉ルベキト云。シカアラバ申サント云フ。ソコヲ生レ落ショリ心計ハハグゝミシ亊ハ、オトナニ成ナン時ハ、御門ノ后ニモ奉リ、若ハサルベキ宮バラサブラへヲモセサセントコソ思ヒシカ。力ヤウノツギノ所ニマカナヒセサセテ聞ントハ夢ニモ思ヨラザリキ。假令メデタキ幸アリトテモ世中ノカリナル樣トニカクニ心ヤスキ亊モナ力ンメルヲ、尼ニナリテ母ガカタハラニ居テ、佛ノミヤヅカへ打シテ心ニクゝテアレカシ思フナリト云フ。良久打アンジテ承リヌ。ハカラヒ給ハセムコト爭カタガヘ奉ラン。サラバイツト定メ給ヘ、其時イヅクへモ參リアハント云。若キ心ニ難有モアルカナト、返々ヨロコビテシカ%\其日メノトノ許ヘ行アフベキ亊ヨク/\定メ契リテ歸ヌ。此亊又シル人モナケレバ誰モ思モヨラヌ程ニ明日ニナリテ此髮ヲ洗バヤト云フ。冷泉殿ノキゝテ、チカウ洗夕ル物ヲケシカラズヤナド云ハレケレバ只コトサラニイへバ、物詣ヤウノ亊ナメリト思テ洗ハセツ。明ル朝ニ急ギテメノトノ許ヘ行べキ亊ノアルト云ヘバ、車ナド沙汰シテ送ル。今スデニ車ニ乘ムトスル人ノシバシトテ歸來テ冷泉殿ニムカヒテ、ツク%\ト顏ウチ見テ云コトモ無テ立歸リキ。車ニ乘テイヌ。アヤシク覺ユレドカゝル亊有べシトハイカデカシラン。カクテ久クカヘラネバ覺束ナクテ尋ケルヲ、シバシハトカク云ヤリケレド、日來フレバカクレナク聞エヌ。冷泉殿ハ五ツヨリヒトへニ我子ノヤウニシテ、片時カタハラ離ルゝ亊ナクテナラハシハグクミ立夕ルウチニモ、オトナビユクマゝニ、心バヘモハカ%\シウ亊ニアヒテ有難樣ナリケレバ、深ク相タノミテ過ケルニ、カク思ハズシテ永ク別ヌレバ、ウラメシカリケル心ヅヨサカナ。武キ者ノスヂト云モノ女子マデウタテユゝシキ物ナリケリト云ヒツゞケテゾ恨ミナカレケル。但シ少シ罪ユルサルゝ亊トテハ既ニ車ニノリシ時又見マジキゾカシト、サスガニ心ボソク思ケルニコソ、サセル云ベキ亊モナキニ、シバシ立歸リテ我顏ヲツク%\トマモリテ出ニシ計ヲウラメシキ中ニイサゝカ哀レナルトゾイハレケル。サテ/\比娘尼ニ成テ、高野ノフモトニ天野ト云所ニ、サイダチテ母ガ尼ニナリテ居夕ル所ニ行キテ、同ジ心ニ行ヒテナムアリケル。イミジカリケル心ナルゾカシ。彼養母冷泉殿モ後ニタフトク行テ本ヨリ繪カク人ナリケレバ、日々所作ニテ丈六ノ阿彌陀佛ト書夕テマツラレケル。命ヲハリケル時ニハ其佛ノ御形空ニアラハレテ見エ給ヒケルトゾ。
かも-のちょうめい —ちやうめい 【鴨長明】
(1155頃-1216) 鎌倉初期の歌人・随筆作者。下鴨神社の禰宜(ねぎ)長継の次男。俗名、長明(ながあきら)。法名、蓮胤。和歌を俊恵に学び、和歌所寄人となる。父祖の務めた河合社(かわいしや)の神官を望んでかなわず、五〇歳頃出家。著「方丈記」「無名抄」「発心集」など。
大辞林 第二版
鴨長明 かものちょうめい 1155 ?‐1216 (久寿 2 ?‐建保 4)
鎌倉初期の歌人,文人。 中世隠者の代表的人物の一人。 法名蓮胤(れんいん)。 京都下鴨神社の衝⊿宜鴨長継の次男。 7 歳で従五位下となり二条天皇中宮高松院の北面に伺候するなど恵まれた幼少期を過ごしたが, 1173 年 (承安 3) 19 歳のころ父 (35 歳) を失って以後曲折多い生涯を送った。 芸術的才能に富み,和歌は若くより俊恵主宰の結社〈歌林苑〉最末期の会衆に加わり, 琵琶は楽所預中原有安に学び,ともに熱心に指導をうけた。 81 年 (養和 1) 《鴨長明集》を自斤⊿。 1200 年 (正治 2) 後鳥羽院主催の〈正治二年院第二度百首〉の作者に加えられ, 翌年《新古今集》斤⊿進のため院が再興した和歌所 (わかどころ) の寄人 (よりうど) に選ばれて諸歌合に活躍, 精勤ぶりに好意を抱いた院は亡父の旧職たる下鴨神社末社の河合社の衝⊿宜に長明を任じようとしたが, 下鴨神社惣官鴨祐兼の反対により成らず,04 年 (元久 1) 50 歳で失踪筒⊿世した。 洛東大原で 5 年を送った後,08 年ごろ洛南の日野に方丈の草庵を構え数寄を愛する生活を送った。 11 年鎌倉へ下向,源実朝に謁する。 この年,歌論書《無名 (むみよう) 抄》, 翌年随筆《方丈記》を執筆。 説話集《発心 (ほつしん) 集》の完成は 14 年ごろ。 《方丈記》《発心集》を通じて強烈な意志に支えられた筒⊿世者の生きざまに憧憬を抱きながら, それに徹底しえないみずからの心の弱さを凝視告白している点が彼の魅力となっている。 《新古今集》に 10 首入集。
村上 学
『ネットで百科@Home』
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底本::
著名: 西行全集 第二巻
校訂: 久曾神 昇
発行者: 井上 了貞
発行所: ひたく書房
初版: 1981年02月16日 第 1刷発行
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入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)
入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A
編集機: Apple Macintosh Performa 5280
入力日: 2001年03月28日
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