絵葉書ギャラリー


     西行法師
雨しのく
 みのおの里の
   柴垣に
すたち
 はしむる
   鶯の聲

小野山の上より落つる瀧の名の
   音なしにのみぬるゝ袖かな
          (西行法師)
Otonashi water fall, Ohara. 大原音無瀧(高六丈巾二間半)

(4)(西行上人幽居)建久の昔西行法師俗塵をさけて三歳の星霜を幽邃閑寂なる此別天地に草庵をむすぶ鹿猿を友として幽棲せしも實
   にやと思はる、この邊の櫻を總稱して奧の千本と呼ぶ土地高ければ花の開くことおそく麓の方靑葉となりて後開くとぞ「吉野山花
   のさかりは限りなし靑葉の奧もなほさかりにて」「吉野山こぞのしをりの道かへてまだ見ぬ方の花を尋ねん」西行法師


第一回鯉洋画壇展覽會出品
西行 重光名樂作



後楽園内涵徳亭内福祿壽木像(龍山幸雄作)西行堂西行師木像(左甚五郎作)(東京神田平?製)




奥千本西行庵付近ノ櫻
THE OKU NO SENBON, YOSHINO.



開山圓位上人西行法師
七百五十年御遠忌紀念
文部省指定名勝地
京都東山眞葛ヶ原 西行庵絵葉書 西行菴

西行庵前面 (西行庵室)(御門)



名茶席皆如庵
浮田家公御息女遺愛之御茶室
勤王家潜庵先生學屋吟風弄月軒

蔡華園院之古額面
開祖西行法師御自筆御寫經
中興頓阿法師御歌

西行堂
開山西行法師中興頓阿法師御像安置
近興小文法師大納言爲世卿御像安置

西行法師御手植之櫻(山城名木記所載)
文部省指定 名勝地 昭和六年十月 ????



西行法師御墓
建久九年二月十五日於眞葛ヶ原西行庵御入滅
(西行法師一代記所傳)


西行法師像 什物の一(文覺上人作) 鴫立庵發行 (東京高尚堂製)




西行上人歌碑 河州 弘川寺
文學博士佐々木信綱先生書
(佛には櫻の 花をたてまつれ わか後の世を 人とふらはは 源信綱書)

西行法師遺蹟繪葉書
大阪府南河内郡河内村弘川
龍池山弘川寺發行

弘川寺西行堂



傳文覺上人作西行木像
(西行堂安置)


傳西行法師消息
(弘川寺藏)


弘川寺善成寺舊景觀
(弘川寺藏)


弘川寺西行法師墳
(弘川寺藏)


吉野山 子守宮 繪はがき



吉野山水分神社山門



吉野山水分神社子守ノ宮



吉野山水分神社寳物豐臣秀頼公奉納ノ御輿



大和吉野西行庵



東海唯一の名勝 西行岩の夜雨 (郁々堂發行)



円山公園 真葛ケ原
西行庵
 西行庵は、平安から鎌倉初期の名高い歌人・西行法師の遺跡である。
 法師は、藤原秀郷九世の孫に生まれ、俗姓を佐藤義清といい、文武両道に秀で、鳥羽上
皇に仕える北面の武士であった。後に、一日世間の無常に感じて出家。その足跡は。高野
山をはじめ東北地方は奥の細道の平泉にまでおよんでいる。
 京都、円山公園一帯は、およそ八百余年前のその頃は、真葛ケ原と呼び、法師は、晩年
をこの地に蔡華園院という寺を建て、修法と文学歌道にあけくれる日々をおくられた。
  ねがわくば花のもとにて春死なん
        その望月のきさらぎのころ
西行法師の絶唱とされているこの歌が、西行庵で詠まれたものであるところから、その終
焉の地も、この地だとする説が有力である。
 西行法師のあとを慕い、頓阿法師や俳聖芭蕉も来たり住んで庵室を営んだが、風雪のあ
と、明治のはじめには荒廃したままとなっていた。やがて、富岡鉄斉が主唱者となり、小
文法師を庵主に、西行庵は再興された。昭和四年、明治の再興者小文法師のなきあと、茶
道唯一の弟子牧野宗翠が継承し、現在に至っている。
 毎年、春の西行忌(四月第二日曜日)と秋の小文忌(十月第二日曜日)には、各地より
歌人が集って、西行桜のもとで花供養が修されている。

京都市東山区円山公園真葛ケ原 〒605
電話 五六一−二七五四番
西行庵

史跡・京都西行庵
推敲門(表門)


史跡・京都西行庵
西行庵 明治のはじめ大徳寺・真珠庵の浄妙庵室が移築された。


史跡・京都西行庵
西行堂 西行法師 頓阿法師 小文法師の木像が安置されている。
    手前の桜は西行桜。

史跡・京都西行庵
皆如庵 浄田秀家公遺愛の茶室。


史跡・京都西行庵
西行法師の御木像


史跡・京都西行庵
小文法師の御木像


【西行庵奥千本】閑寂にして一別天地をなす。研究の昔西行法師が俗塵をさけて幽棲せし地。
(吉野山去年のしをりの道かへてまだ見ぬ方の花を尋ねん)(西行法師)


吉野 奥千本西行庵
CHERRY TREES AT YOSHINO


傳俵屋宗達筆 西行物語(其一) 公爵 毛利元昭家所藏
讀賣新聞社主催 第二回日本名寶展覽會出品 畫報社發行


傳俵屋宗達筆 西行物語(其二) 公爵 毛利元昭家所藏
讀賣新聞社主催 第二回日本名寶展覽會出品 畫報社發行


傳俵屋宗達筆 西行物語(其三) 公爵 毛利元昭家所藏
讀賣新聞社主催 第二回日本名寶展覽會出品 畫報社發行


傳俵屋宗達筆 西行物語(其四) 公爵 毛利元昭家所藏
讀賣新聞社主催 第二回日本名寶展覽會出品 畫報社發行


奥千本西行庵



高野山西行櫻 SAIGYO-ZAKURA (A CHERRIES) MT. KOYA



(越前吉崎名勝)鹽越ノ松



北陸名所ノ髄 一ニシテ歌人 西行杖ヲ引ケ ルニ依テ殊ニ 名高シ昔ハ御 所松根上リ 松
膝付松千貫松 亂レ松等ノ名 木多カリシモ 今ハ僅カニ數 株ヲ存ス

松島の大觀
西行戻の松



(松島海岸)雄島渡月橋



(松島海岸)五大堂(特別保護建造物)



(松島大觀)西行戻の松より七福神島及桂島遠望(其一)



(松島大觀)西行戻の松より雄島双子島福浦島經ヶ島及大高森遙に金華山を望む(其二)



(松島大觀)西行戻の松より松島海岸及五大堂扇島及富山の遠望(其三)



(大井名所) 西行法師の塚 三桝屋****行
                【百貨店發?】


比叡山延暦寺 釋迦堂 (特別保護建造物) SHAKADO TEMPLE MT.HIEI



比叡山延暦寺 法華堂及常行堂 (両堂を合して二内堂といふ) NINAIDO TEMPLE MT.HIEI



比叡山延暦寺 浄土院全景 (開山堂) JODO TEMPLE MT.HIEI



比叡山延暦寺 根本中堂 (特別保護建造物) KONPONCHUDO MT.HIEI



比叡山延暦寺 横川中堂 YOKOKAWACHUDO MT.HIEI



比叡山延暦寺 戒壇院 (特別保護建造物) KAIDANIN MT.HIEI



比叡山延暦寺 大講堂 (特別保護建造物) DAIKODO TEMPLE MT.HIEI



比叡山延暦寺 相輪橖 (特別保護建造物) SORINTO MT.HIEI



高野山西行櫻 Saigyozakura on mt. Koya.



(高野山)大會堂並ニ西行櫻



(京都圓山)雙林寺西行堂正門



(京都圓山)雙林寺西行堂



吉野山奥千本 西行庵



大磯鴫立澤西行堂 View of OhiSo



大和吉野西行庵 吉水神社發行



大磯鴫立澤西行堂 SAIGYODO OHISO



高野山西行櫻



相州大磯名所 鴫立澤西行堂 Saigyodo Shigitatsuzawa, O-iso.




吉野山一巡り



  西行庵奥千本
吉野山去年のしをりの道かへて
   まだ見ぬ方の花を尋ねん

幽邃閑寂にして一別天地をなす建久の昔西行法師が俗
塵をさけて三年の星霜を猿鹿を友とし幽棲せしも實に
やと思はる庵内に在りし西行法師の木像は水分神社に
藏すこの邊の櫻を總稱して千本と云ふ

  銅の鳥居
夢さめて其の暁をまつ程の
   闇をもてらす法の燈

黒門より一丁ばかりの處にあり高二丈五尺柱周一丈餘
聖武天皇奈良東大寺大佛鋳造の餘剰を以て造る醍醐帝
の昌泰元年に建設せられしと云ふ額面の發心門の三大
字は聖武天皇の御宸筆とも弘法大師の筆ともいふ

  吉野分水神社
美よしのの分水山の瀧津瀬も
   末はひとつの流れなりけり

祭神 天萬栲蟠千々姫 瓊々杵命 玉依姫命 天水分神
高皇産靈神 少名彦命御子神。 水分山の峰にありて俗に
子守明神と稱す慶長五年秀頼奉行建部内匠頭光重に命じ神
殿以下一切の建物を改造同九年九月落成す
吉野黒門
 金峰山寺總門


金峰山寺の總門にしてこれより人家ならびつゞき維新
以前この門内は大名と雖伏槍下乘して通行せしと云ふ
物産には杉檜木材及共苗種子櫻花漬櫻細工吉野葛花籠
陀羅尼助法螺貝

  金峯神社 祭神金山毘古神
吉野川岩瀬の波によるや花
   青根が峰に消ゆる白雪

高城山より松並木の間をたどりて行くこと八丁にして巨杉
老檜晝尚暗きところ金峰神社あり又金精明神とも云ふ吉野
八大神祠に随一にして金峰總領の地主神なり金山毘古神は
枯惱の義にして生物の枯死を防ぐ神なり

  村上義光の墓
吉野山梢の花の色々に
   驚かれぬる雪の曙

村上義光は信濃の人彦四郎と稱す元弘の亂に大塔宮に
從ひ十津川に逃れ宮は自から敵に當り力戰し給ひしか
ど前後に敵をうけて及ばず遂に軍に敗し給ふ時に義光
宮の鎧裝を賜り宮に代り自刄す
  後醍醐天皇御陵(塔尾御陵)
吉野山みさゝきちかくなりるらん
   散りくる花も打しめりつゝ

如意輪寺より右石階をのぼれば松柏の亭々たる處塔尾御陵
あり後醍醐天皇當山に御遷幸後只管叡慮を朝敵征討に惱ま
せ給ひ御心の安ませ給ふ折もなく延元四年八月より御不豫
の御事あり十六夜の月と共に雲隱れ給ふ
  吉野皇居金輪王寺址
都だにさみしかりしを雲晴ぬ
   吉野の奧の五月雨の空

仁王門より右一丁許にして西の尾にあり域内櫻樹を植
ゆ延元々年(紀元一九九六年)後醍醐帝當山に遷幸し給
ひ先吉水神社に入らせられしがやがて當寺を以て皇居
とし給ひ金輪王寺御所と稱す

(山の内温泉名勝)角間川の對岸風光絶佳高燥の地 閑靜なる靈泉角間大湯
THE PLACE OF SCENIC BEAUTY IN THE YAMANOUCHI HOT SPRING, THE VIEW OF KAKUMA BATH ROOM.
紫の雲立つ身にしあらされは すめる月をそいつまてせみる 西行法師

吉野山 奥千本西行庵
OKUSENBON, YOSHINO.


(羽州干満寺名所) 西行法師ノ歌櫻及ビ猿丸太夫姿見ノ井戸 (大正堂發行)
象潟の櫻は浪にうづもれて 花の上漕ぐ海士の釣舟 西行法師
奥山に紅葉ふみわけなく鹿の 聲聞く時ぞ秋は悲しき 猿丸太夫

高野山 西行櫻と三昧堂
(西行法師此堂にて行法せしより西行堂とも稱す前庭の老二本は法師の愛樹)


(讃岐) 屋島名所其六 疊石(西行の詠歌あり) (複製不許)



相州大磯 鴫立澤西行堂 Shigitatsusawa at O-iso



相州 大磯海岸の景 Sea-coast of O-iso.



(有馬名所)有明櫻 Meisho Arima
花にとはいざ白雲の山のはに
       有明櫻盛りなる頃  西行法師

相州大磯名所 鴫立澤西行堂 View of Digitstsusawa, O-iso.



Saigyo, a Buddhist monk receives a gift of silver cat
from Shogun Yoritomo and tosses it away indifferently
to children of the street.(12 A.D)

西行法師像



吉野山去年のしほの道かへて
また見ぬ峯の花をたづねん
        西行法師
吉野山名所) 奥千本本西行庵

西行法師筆
(紀伊伊都郡 金剛寺蔵)

日前宮事自入道殿頭中将
許如此遣仰了返々神妙
候頭中将御返事書うつして
令進候入道殿安藝一宮
より御下向之後可進之由沙汰
人申候へハ本をは留候了
彼設他庄ニハふき被切へき
よし以外沙汰候歟是
大師明神令相構御事候
歟入道殿御料ニ百万
反尊勝タラ尼一山ニ可令
誦御何事又/\申候へし
蓮花乗院柱絵沙汰能々可
候住京聊存事候て于今
御山へ遅々仕候也能々可御
祈請候長日談義能々
可被入御心候也 謹言
    三月十五日 円位

大磯名所 鴫立庵西行堂 Saigyodo, O-iso



象潟の桜は浪にうづもれて
花の上漕ぐ海士の釣舟
       西行法師
(秋田県名所) 文化元年の象潟 (大正堂発行)
文部省第二十回美術展覧会出品
西行 矢澤弦月氏筆


非西行関係
複製不許 Chigogafuchi, Yenoshima. 江ノ島稚兒ヶ淵 (TSUYUSHA)



大正12.9.1. 東京大震災実况
(浅草仲見世通り)


大正12.9.1. 東京大震災実况
神田小川町通り





東京驛
建築大要
  基礎杭打    コンクリート
  側壁及間仕切  鐵骨煉瓦及石材
  床及鐵筋    コンクリート
  屋根鐵骨銅   石版葺
建物大サ
  長サ      百八十四間
  幅       十一間ヨリ二十二間
  普通建高    五十四尺
  塔最頂部    百五十二尺
  建延坪     二千三百四十一坪
  各階延坪    七千二百四十二坪
使用材料
  杭丸太     一万八百本
  コンクリート  千八百六十五坪
  鐵材 三千百五十頓 八百二万個
  石材      八万二千切
  セメント    二万五千樽
  木材尺〆    一万八千二百本
  鐵具      三百四十三頓
  銅板張     一万五千貫
  石版葺     二千三百面坪
  建具總數    千六百五十枚
  電燈數     千五百燈
進行程度
  基礎工事着手  四十一年三月
  竣工      四十二年六月
  鐵骨工事着手  四十三年四月
  竣工      四十四年九月
  壁及間仕切工事 四十四年四月
  竣工      大正二年三月
  屋根及内部工事 四十五年三月
  竣工      大正三年三月
工費概略
  二百七十万圓
使用職工人夫數
  七十四万人

非西行関係 おはなし屋所蔵
浦河町濱町ネオン街 (文昭堂發行)



浦河町大通リ三丁目 (文昭堂發行)



浦河測候所と燈臺 (文昭堂發行)



浦河港内の一部 (文昭堂發行)



浦河町全景の一部 (文昭堂發行)



浦河神社 (文昭堂發行)



北海道日高國浦河港ニ於ケル鮪冷藏船ニ積入ノ實况
鮪漁船ヨリ冷藏船ニ積入ノ實况ヲ遠望ス
冷藏船側ノ艀船ヨリ積入ノ實况

北海道日高國浦河港ノ實况
南防波堤附近ヨリ望ム
太子山ヨリ船入澗ヲ中心ニ港内ヲ望ム

北海道日高國浦河町浦河魚菜市塲目抜鯛糶【(出/米)+(躍-足):チョウ/せり】塲ノ状 况



北海道日高國浦河町浦河魚菜市塲鱒糶【(出/米)+(躍-足):チョウ/せり】塲ノ状况



北海道日高國浦河町 入船町より旭町 (浦河町上總屋店)



燈臺山ヨリ浦河港ヲ望ム



北海道日高浦河町全景ノ一部 (古市總屋書店發行)



北海道日高浦河町全景ノ一部 (古市總屋書店發行)



北海道日高浦河築港 (古市總屋書店發行)



北海道日高浦河測候所 (古市總屋書店發行)



北海道日高支廳 (古市總屋書店發行)



北海道日高國浦河町大通二丁目 (浦河町北辰館製)



日高國浦河港ノ一部 (浦河町北辰館撮影)
第四回日高國産馬共進会 明治四十三年八月自九日至十二日 記念 於 浦河


浦河測候所 (古市カヅサヤ書店發行)



浦河町前景の一部 (古市カヅサヤ書店發行)



浦河町前景の一部 (古市カヅサヤ書店發行)



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