雙林寺 写真情報

金玉山雙林寺ホームページ

 0506
 野辺寒草と云ふ事を、双林寺にてよみけるに
さまざまに花さきけりと見しのべのおなじいろにもしもがれにける
          (新編国歌大観 第三巻 私歌集編Ⅰ 歌集)

撮影日:  2008/10/19
撮影場所: 京都市東山区下河原鷲尾町527
撮影者:  新渡戸 広明
撮影機:  Nikon D40X / AF-S DX Zoom-Nikkor 18-55mm f/3.5-5.6G ED II

「西行庵」 「西行庵」 「西行庵」 西行庵



「雙林寺」 「雙林寺」 「雙林寺」 「御朱印」 金玉山雙林寺


雙林寺
金玉山と号する天台宗の寺である。
 延暦年間(七八二〜八〇五)に尾張連定鑑が伝
教大師(最澄)を開基に招じて創建したのが当寺
の起こりと伝えられる。その後、鳥羽天皇の皇女
入寺などもあって栄え、広い境内と多くの塔頭子
院を有したが、中世になって衰微するに至った。
応永年間(一三九四〜一四二七)に国阿上人が再
興し、時宗一派の本山となり、東山道場と称した
が、応仁の乱後再び衰え、明治維新のとき天台宗
に改まった。更に、明治の中頃、丸山公園が設置
された際に多くの寺地を失い、現在は本堂の一宇
にその名残をとどめるのみである。
 本堂に安置する木像薬師如来坐像(重要文化財)
は平安時代の翻波式衣文はよく表現されている。
 この地には、かつて、西行、平康頼、頓阿など
が庵住したと伝えられ、本堂の南西境地境内地に
は今も西行堂が建つ。また、豊臣秀吉もここで花
見の宴を催したといわれる。
                   京都市


「供養塔」 供養塔 左から、頓阿法師、西行法師、平 康頼



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