月名を詠み込んだ歌(含詞書)


                      陽明文庫蔵「山家集」より
一月、睦月、正月
 1063
 正月元日に雨降りけるに
いつしかも 初春雨ぞ 降りにける 野辺の若菜 も生ひやしぬらん

二月、如月
 0077
願はくは 花のしたにて 春死なん そのきさらぎの 望月の頃

三月、弥生
 0171
 三月一日足らで暮れにけるによみける
春ゆゑに せめてもものを 思へとや みそかにだにも 足らで暮れぬる
 1132
 またの年の三月に、出羽の国に越えて、滝の山と申す山寺に侍りけるに、
 桜の常よりも薄紅の色濃き花にて、並み立てりけるを、寺の人々も見興じければ
たぐひなき 思ひいではの 桜かな 薄紅の 花のにほひは

四月、卯月
 0180
 たづねざるに郭公を聞くといふことを、賀茂社にて人々よみける
ほととぎす 卯月の忌に 忌こもるを 思ひ知りても 来鳴くなるかな
 0197
 雨中待郭公といふことを
ほととぎす しのぶ卯月も 過ぎにしを なほ声惜しむ 五月雨の空
 1445
 例ならぬ人の大事なりけるが、四月に梨の花の咲きたりけるを見て、
 梨の欲しき由を願ひけるに、もしやと人に尋ねければ、
 枯れたる柏につつみたる梨を、ただ一つ遣はして、
 こればかりなど申したりける
花のをり 柏に包む 信濃梨は 緑なれども あかしのみと見ゆ

五月、皐月
 0197
 雨中待郭公といふことを
ほととぎす しのぶ卯月も 過ぎにしを なほ声惜しむ 五月雨の空
 0184
ほととぎす 待つ心のみ 尽くさせて 声をば惜しむ 五月なりけり
 0198
 雨中郭公
五月雨の 晴れ間も見えぬ 雲路より 山ほととぎす 鳴きて過ぐなり
 0200
 五月つごもりに、山里にまかりてたち帰りけるを、
 郭公もすげなく聞き捨てて帰りしことなど、人の申し
 遣はしたりける返事に
ほととぎす 名残りあらせて 帰りしが 聞き捨つるにも なりにけるかな
 0201
 題知らず
空はれて 沼の水嵩を 落さずば あやめもふかぬ 五月なるべし
 0205
 五月五日、山寺へ人の今日いる物なればとて、しやうぶを遣はしたりける返事に
西にのみ 心ぞかかる あやめ草 このよばかりの 宿と思へば
 0207
 五月雨
水たたふ 岩間の真菰 刈りかねて むなでに過ぐる 五月雨の頃
 0208
五月雨に 水まさるらし うち橋や 蜘蛛手にかかる 波の白糸
 0209
五月雨は いはせく沼の 水深み わけし石間の 通ひどもなし
 0210
小笹しく ふるさと小野の 道のあとを また沢になす 五月雨の頃
 0211
つくづくと 軒の雫を ながめつつ 日をのみ暮らす 五月雨の頃
 0212
東屋の 小萱が軒の 糸水に 玉ぬきかくる 五月雨の頃
 0213
五月雨に 小田の早苗や いかならん 畔の〓土 あらひこされて
 *〓(泥/土)土:うきつち
 0214
五月雨の 頃にしなれば 荒小田に 人もまかせぬ 水たたひけり
 0215
 或る所に、五月雨の歌十五首よみ侍りしに、人に代りて
五月雨に 干すひまなくて 藻塩草 煙も立てぬ 浦のあま人
 0216
水無瀬川 をちの通路 水満ちて 舟渡りする 五月雨の頃
 0217
広瀬川 渡りの沖の みをじるし 水嵩ぞ深き 五月雨の頃
 0218
はやせ川 つなでの岸を 沖に見て のぼりわづらふ 五月雨の頃
 0219
水わくる 難波堀江の なかりせば いかにかせまし 五月雨の頃
 0220
舟すゑし みなとの蘆間 棹立てて 心ゆくらん 五月雨の頃
五月雨の 小止む晴れ間の なからめや 水の嵩ほせ 真菰刈る舟
 0223
五月雨に 佐野の舟橋 浮きぬれば 乗りてぞ人は さし渡るらん
 0224
五月雨の 晴れぬ日数の ふるままに 沼の真菰は 水隱れにけり
 0225
水なしと 聞きてふりにし 勝間田の 池あらたむる 五月雨の頃
 0226
五月雨は 行くべき道の あてもなし 小笹が原も うきにながれて
 0227
五月雨は 山田の畔の 滝まくら 数を重ねて 落つるなりけり
 0228
川ばたの 淀みにとまる 流れ木の 浮橋渡す 五月雨の頃
 0229
思はずに あなづりにくき 小川かな 五月の雨に 水まさりつつ
 1258
いかにせん その五月雨の 名残りより やがてを止まぬ 袖のしづくを
 1468
五月雨の 晴れ間たづねて ほととぎす 雲ゐに伝ふ 声聞ゆなり

六月、水無月
 0253
 六月祓
禊して 幣きりながす 河の瀬に やがて秋めく 風ぞ涼しき
 1162
 陰陽頭に侍りける者に、或る所の端者もの申しけり。
 いと思ふやうにもなかりければ、六月晦日に遣はしけるに代りて
わがために つらき心を みなつきの 手づからやがて 祓へ棄てなん
 1218
 承安元年六月一日、院、熊野へまゐらせ給ひける跡に、住吉に御幸ありけり。
 修行し廻りて、二日、かの社にまゐりたりけるに、
 住の江新しく仕立てたりけるを見て、
 後三条院の御幸、神、思ひ出で給ひけんとおぼえて、詠みける
絶えたりし 君が御幸を 待ちつけて 神いかばかり うれしかるらん

七月、文月
 0774
 七月十五夜、月明かかりけるに、船岡にまかりて
いかでわれ 今宵の月を 身にそへて 死出の山路の 人を照らさん

八月、葉月
 0329
 八月十五夜
山の端を 出づる宵より しるきかな 今宵しらする 秋の夜の月
 1042
 八月、月の頃、夜更けて北白川へまかりけり。
 由あるやうなる家の侍りけるに、もの音のしければ、
 立ちどまりて聞きけり。
 折あはれに秋風楽と申す楽なりけり。
 庭を見入れければ、浅茅の露に月の宿れる気色あはれなり。
 添ひたる荻の風身にしむらんとおぼえて、申し入れて通りける
秋風の ことに身にしむ 今宵かな 月さへすめる 庭のけしきに

九月、長月
 0379
 九月十三夜
今宵はと 心得顔に すむ月の 光もてなす 菊の白露
 0381
 後九月、月をもてあそぶといふことを
月見れば 秋加はれる 年はまた あかぬ心も そらにぞありける
 0467
 菊
幾秋に われあひぬらん 九月の 九日につむ 八重の白菊
 0613
 九月ふたつありける年、閏月を忌む恋といふことを人々詠みけるに
ながつきの あまりにつらき 心にて 忌むとは人の 言ふにやあるらん
 0793
 御あとに、三河の内侍候ひけるに、九月十三夜、人にかはりて
かくれにし 君が御影の 恋しさに 月にむかひて 音をや泣くらん
 1122
 塩湯にまかりたりけるに、具したりける人、九月晦日に、さきに上りければ、
 遣はしける人に代りて
秋は暮れ 君は都へ 帰りなば あはれなるべき 旅の空かな
 1526
ながつきの 力合はせに 勝ちにけり わがかたをかを 強く頼みて

十月、神無月
 0493
 十月はじめつかた、山里にまかりたりけるに、
 きりぎりすの声のわづかにしければよめる
霜うづむ 葎が下の きりぎりす あるかなきかの 声聞ゆなり
 0503
 時雨歌よみけるに
東屋の あまりにも降る 時雨かな 誰かは知らぬ 神無月とは
 0797
 十月中の頃、宝金剛院の紅葉見けるに、上西門院おはします由聞きて、
 侍賢門院の御時思ひ出でられて、兵衛殿の局にさし置かせける
紅葉見て 君がためとや 時雨るらん 昔の秋の 色をしたひて
 1095
 そのかみまゐり仕うまつりける慣ひに、世を遁れて後も、賀茂にまゐりけり。
 とし高くなりて、四国の方へ修行しけるに、また帰りまゐらぬこともやとて、
 仁安二年十月十日の夜まゐり、幣まゐらせけり。
 内へも入らぬことなれば、棚尾の社にとりつきて、まゐらせ給へとて、
 心ざしけるに、木の間の月ほのぼのに、常よりも神さび、あはれにおぼえて、
 詠みける
かしこまる 四手に涙の かかるかな またいつかはと 思ふあはれに
 1111
 東屋と申す所にて、時雨の後、月を見て
神無月 時雨晴るれば 東屋の 峯にぞ月は むねとすみける
 1112
神無月 谷にぞ雲は 時雨るめる 月澄む峯は 秋にかはらで
 1113
 古屋と申す宿にて
神無月 時雨ふるやに 澄む月は 曇らぬ影も たのまれぬかな
 1131
 十月十二日、平泉にまかり着きたりけるに、雪降り、嵐激しく、
 ことの外に荒れたりけり。
 いつしか衣河見まほしくて、まかりむかひて見けり。
 河の岸に着きて、衣河の城しまはしたる事柄、
 やう変りてものを見る心地しけり。
 汀凍りてとりわき冴えければ
とりわきて 心もしみて 冴えぞわたる 衣河見に きたる今日しも
 1450
 筑紫に、腹赤と申す魚の釣をば、十月一日に下ろすなり。
 師走に引き上げて、京へは上せ侍る、その釣の繩、
 遙かに遠く引きわたして、通る舟のその繩に当りぬるをば、
 かこちかかりて、高家がましく申して、むつかしく侍るなり。
 その心を詠める
腹赤釣る おほわださきの うけ繩に 心かけつつ 過ぎんとぞ思ふ

十一月、霜月
*みあたりません

十二月、師走
 1450
 筑紫に、腹赤と申す魚の釣をば、十月一日に下ろすなり。
 師走に引き上げて、京へは上せ侍る、その釣の繩、
 遙かに遠く引きわたして、通る舟のその繩に当りぬるをば、
 かこちかかりて、高家がましく申して、むつかしく侍るなり。
 その心を詠める
腹赤釣る おほわださきの うけ繩に 心かけつつ 過ぎんとぞ思ふ