Title 北国 Author 新渡戸 流木
句集 北国 新渡戸 流木 ------ 目次 ------ 序 加藤楸邨 青浜抄 218句 浜薔薇抄 12句 雪嶺抄 112句 海峡抄 120句 落葉松抄 80句 雪原抄 36句 砂浜抄 183句 あとがき --------------------
この貧しき句集を亡き父母に捧ぐ
Subtitle 序 加藤楸邨 ---- 「寒雷」反芻より ---- 冬の丸太積みあらあらと日暮の馬車 流木 冬の日暮はしづかだ。そこを丸太を積んだ馬車がゆく。荒けづりの膚の生々しいごつごつの丸太は、まことに冬の感じそのものといつてよい。あたりの黄昏の空気までが、あらあらしい感触を帯びてくる。 作り馴れた俳句的な情趣を一度拒否して、自分の生れて初めての一度きりの初々しい目で物に接してゆくとき、いろいろ今まで詠まれていない美しさが見えてくるのだ。 麦熟れし北上の辺の父の国 流木 「岩手にて従兄自殺」と前書した「亡き兄と航く海峡の明易き」「はまなすの故郷に着く遺骨手に」といふ一連の作品の一つである。極度に単純化された一句の慟哭の溢れた作だ。 寒灯下赴任地壁の地図に探る 流木 学業を卒へて新たに赴任地がきまった。しかし、そこは未知の地だ。新渡戸君は壁の地図に向ふ。指でめざす土地を探つていくと、寒灯によつてその影が従う。 僻地教師として新しい情熱をたゝへる心、暗い室に目を光らせているその姿。 『夕張の深雪の底や母眠る』『北斗の柄雪嶺の穂に触れて沈む』…………いづれも北海道らしい郷土色があり表現も鮮明で濁りがない。 Subtitle 青浜抄 0001 (昭和二十一年)十五歳 牛の尻吹いては風のあたたかき 0002 田を植える乙女に低き夕つばめ 0003 残菊の香のたちており今朝も雨 0004 行く秋の柿二つ三つ日に照りぬ 0005 この年も今宵限りの粉雪降る 0006 (昭和二十二年)十六歳 谷川の音ばかりなり今朝の雪 0007 芽を出した水仙の鉢覗き見る 0008 早春の陽に蒼海の浪うねる 0009 梅が香にふれて地に引く細き雨 0010 藁屋根の映る田の水温みけり 0011 崖肌をつたう流れに落椿 0012 長谷川かな女先生を囲んで 朝は雨昼から晴れて花祭 0013 奴凧からみて高し風の枝 0014 塗りたての畦の眩しき真昼かな 0015 新緑の風に続けりメーデー歌 0016 鯖火消えて港は朝になりにけり 0017 両岸の水照り燕返し来る 0018 老鶯やみどり含みし瀞の水 0019 山百合の登りとなりて虹仰ぐ 0020 タ虹やぼうふら一つ蚊となりぬ 0021 国宝神宮寺 ぬかづきし御堂小暗く蝉時雨 0022 高嶺星澄むや静もるキャンプ村 0023 通り雨過ぎて明るき夏の海 0024 街道の松に夏海の見え初めし 0025 日記書くわれに夕顔白く咲きぬ 0026 かなかなに暮るる三番除草かな 0027 ひぐらしのやみて夕日の花火かな 0028 浜風に吹かれて岸の花火かな 0029 引揚者着きたる駅の菊に佇てり 0030 すいすいと西日に早し赤とんぼ 0031 コスモスの影静まれる夜の壁 0032 稲刈るや静かに山の影移る 0033 秋風やほつほつ灯る沖の船 0034 いっせいに農学校の大根引 0035 鯊釣るる入江の秋日ただれけり 0036 白萩に近よれぱふと蝶立ちぬ 0037 菊に佇つよき人の胸やや隆き 0038 残菊の一輪雨となりにけり 0039 山茶花の雨冷えびえと寺の門 0040 落つる葉のひとひらごとに湖暮るる 0041 暗き灯にゲーテを読むや時雨来る 0042 木枯やランプ音なく燃え続く 0043 わがひとの胸ふくらみて毛糸編む 0044 こきこきと木を伐る音や山眠る 0045 (昭和ニ十三年)十七才 初凪の鋸岬見ゆるかな 0046 身をそらし羽子かろやかに打ち返し 0047 忘れいし人の賀状を返し見る 0048 母の忌の鉢の水仙開きけり 0049 田に畑に春待つ土の光かな 0050 うど なつかしき土の匂いや芽独活掘る 0051 三月の人に恋ありわれになし 0052 卒業の淋しさ刻む時計かな 0053 春草の小径浜まで続きけり 0054 スケッチの指先渡り春の風 0055 雛壇の雪洞小さき灯影かな 0056 貰い湯へ田螺鳴く夜の畦伝い 0057 キャバレーのネオン輝き春の雨 0058 こち 東風浜に立てば懐郷尽くるなく 0059 山門のなかば隠れし花の雲 0060 真青な筧を流る春の水 0061 春の水青藻ゆらゆら日をはじき 0062 風車高くさしあげ走る子よ 0063 そびら 耕すや背にカメラ感じつつ 0064 ダムの音遠ざかりゆくさくらかな 0065 沈丁にいよいよ雨の細りけり 0066 囀りや谷底を馬曳かれゆく 0067 春昼や碇泊の船旗垂れて 0068 春愁や砂丘に立てば海光り 0069 金色の振子が春の夜を刻む 0070 あか 春宵や繻絆の緋さ目にしみる 0071 春宵や靜かに鳴れる歌時計 0072 丘に立ち見ゆる限りの春惜む 0073 行く春や鏡に映る東山 0074 あ 橋立や卯浪に生るる浜千鳥 0075 橋立の日傘の女京なまり 0076 アマリリス凉しき辻の喫茶店 0077 制服の乙女明るし薄暑の町 0078 郭公や朝靄嶺々を離れ初む 0079 いち早く灯をともしたる夏山家 0080 月見草素足の乙女水運ぶ 0081 回想 北蝦夷のあら野かなしや月見草 0082 飛石のみななめらかに日照草 0083 ねむ 絶壁の下に海あり合歓の花 0084 海沿いの家みな低し麦の秋 0085 沿線処々桐の花むらさき 0086 五月雨や由良川をゆく舟一つ 0087 紫陽花の毬を映して水澄める 0088 くっきりと新樹の中のラジオ搭 0089 いも 雨後の土勾う畠に甘藷植える 0090 ない 地震続く越前平野明け易き 0091 はえ 黒南風や地震揺り続く北陸路 0092 梅雨晴れて田は一枚に青敷ける 0093 明通寺 国宝の山門の下杣昼寝 0094 南風や由良川ゆるく海に入る 0095 青嵐一片の雲動き初め 0096 暮色背に親子真菰を刈り急ぐ 0097 真菰吹く風は淋しも沼暮れて 0098 伊藤柏翠先生を囲んで 草を吹く風の出できし良夜かな 0099 夕月やともづな水を打っており 0100 夕月やさざ波白く青芦に 0101 青芦に汐満ちらしも夕明り 0102 夕風やくれないこぼす水引草 0103 青浜と言う名もゆかし夏館 0104 手花火や湯上りの髪濡れしまま 0105 うすものや奇しくも隆き少女の胸 0106 水中花少女わびしく胸を病む 0107 は も 汗ばみし妹愛しと思う山の径 0108 夜学生回五人帰る月の坂 0109 竹林に秋の蝶々辻見失う 0110 図書館のカーテンを洩る秋灯 0111 岬まで続く小道や野菊咲く 0112 め ひともとの山茶花を愛で寺住い 0113 木犀やいつしか雨となっていし 0114 木犀に暗き雨降り階灯る 0115 夕月夜一面蕎麦の花真白 0116 秋光の丘に乙女は四肢輝く 0117 こ テーブルクロース白し一壺に菊溢れ 0118 秋の航ふるさと遠くなりしかな 0119 秋風や暮色の中の楡並木 0120 山茶花の垣をめぐらせ家一戸 0121 回想 名にし負う襟裳岬の濃霧かな 0122 しみじみとふるさと恋ふや夜の月 0123 冬虹や波止場に黒き異国船 0124 冬の野のホ立がくれに女ゆく 0125 凍蝶のかなしきまでに息づける 0126 冬星やふと父母のなきさみしさ 0127 冬薔薇初恋の日のよみがえる 0128 冬波の怒りはげしく破的打つ 0129 岩を咬む怒濤破船に寒*牙鳥*群れ 0130 クウルベの描きしは冬の荒れし海 0131 寒林やコーラスは学舎より起る 0132 暮色濃し桔木きりりと吹かれたつ 0133 (昭和二十四年)十八才 初凪の日本海を窓に置く 0134 凧消えて雪嶺紺に暮れかかる 0135 カーテンを洩るる明りや雪月夜 0136 文学にわれも生きたし兼好忌 0137 波どどと垣の冬薔薇ふるえやまず 0138 崖の梅咲くや紺青の海を前 0139 畑の梅白し真直に雨降れり 0140 梅匂う夜を重ねつつ妹が居に 0141 桃咲ける日曜にして誕生日 0142 初虹や小高き丘の浅みどり 0143 春の夜や西鶴の書を読み続く 0144 青空に蝶吸われゆき見失う 0145 交い蝶菜の花の黄に真白なる 0146 くに 烏帰る若きが故に故郷恋うや 0147 おやこ 貝拾う母子に空は夕焼けて 0148 春潮に流す望郷の詩一篇 0149 海の青遠しタンポポ黄に咲きて 0150 春雷やチャペルのクルス濡れ光る 0151 星見えて春の夕空水色に 0152 桃の花散るむらさきの夕べかな 0153 春灯下床の母子は絵本見る 0154 子は寝たり花の絵本を枕辺に 0155 花散るをかなしと崖の上より見る 0156 さ 婦人記者若し紅ばら胸に挿し 0157 あた 白き部屋壺に盛りたるばら鮮らし 0158 緑陰に文学少女書を披らく 0159 西舞鶴 塵巻きあげ風は去りゆく五月の街 0160 月見草海光ほのと残りいる 0161 豌豆の花越え蝶は海に出づ 0162 青桐の影を踏みつつ大路ゆく 0163 父母と拾いし記憶さくら貝 0164 虹仰ぐ少年の日の町に来て 0165 薔薇の雨静か灯ともし日記書く 0166 あ 薔薇垣ゆ蝶生れ光りつつ海へ 0167 靜かなる薄暮砂丘に蝶死せり 0168 夕焼へ老婆の靜かなる祷り 0169 キャラバン 商隊の如熱砂ゆく蟻の列 0170 夏薊真昼の雨の光つつ 0171 栗の花踏んで風呂揚に水運ぶ 0172 みね 夏の雲嶺に死にたる友いくたり 0173 炎天に突立つ黒きガスタンク 0174 沸き返る田に四つん這い草掻けり 0175 野の夕焼からの弁当鳴らし帰る 0176 朝の雨はげし紫陽花の毬はずむ 0177 揚羽蝶の行方俺には判らない 0178 はまなすの咲くふるさとの海を恋う 0179 ハンカチに摘みし苺を妹と喰む 0180 海に向きひまわり同じ高さなす 0181 そびら ひまわりの凝視背に蟻進む 0182 台風の浜のひまわり踊るごと 0183 台風過ひまわりはみな地に向けり 0184 葉騒せしまたも台風来るらしく 0185 新台風発生力ンナは燃え続く 0186 台風の港の船が汽笛鳴らす 0187 さち タ焼雲ひま山りに明日の幸はあり 0188 秋落暉遮りて長き貨車過ぎぬ 0189 厨の灯夜学する子へ移しやる 0190 回想 つわ 母病みてより庭の石蕗花開く 0191 花石蕗や旅愁は海へ捨てて去る 0192 冬帽を目深に学徒幸抱く 0193 冬の丸太積みあらあらと月暮の馬車 0194 冬に入る石狩よ母の墓小さし 0195 母の墓を去れば冬日が野の果てに 0196 (昭和二十五年)十九才 北国の港明るき羽子日和 0197 寒灯下製図の線が黒く引かる 0198 凍天の下バスを待つ列にあり 0199 雪に籠り誰の手紙も待たれけり 0200 雪嶺の高さに水槽夕ンク立つ 0201 寒鴉畦に幹のみ吹かれ立つ 0202 落日やぐんぐん伸びる冬木の影 0203 小さき灯へ凍靴鳴らレ一歩一歩 0204 雪嶺はよごれ受験期眼前に 0205 冬夕焼高き棕梠ある浜の家 0206 町なかの橋より冬の海見ゆる 0207 発電所の鉄管黒く冬に入る 0208 冬の路地一歩たちまちぬかるみへ 0209 火薬庫のうしろ雪原あるばかり 0210 寒の水飲む時鼠物落す 0211 寒灯下履歴書を一字一字書く 0212 氷雨ゆく葬列猫に横切らる 0213 貨車長し雪の丸太を高く積み 0214 雪嶺へ響く薄暮の馬車の鈴 0215 キー 鍵盤叩くたび水仙の花ふるう 0216 春泥や花舗の灯を浴び四五歩過ぐ 0217 三月六日北海道へ 早春の海を眼下に杉津駅 0218 青森付近 雪中の林檎園車窓の左右にす Subtitle 浜薔薇抄 0219 Subtitle 浜薔薇抄 0219 三月八日 登別 玻璃ゆ射す雪光を浴び湯に浸る 0220 春草の上に脱線の貨車黒し 0221 春泥を踏んでも踏んでも無職なり 0222 豌豆の花ゆれ童唄うなり 0223 春暁のトラック家をゆるがせ過ぐ 0224 苺摘みて乳房豊かに少女来る
ゐゑヽヾゝゞ々 寐寢翫對傳覺處來齋饗尋歸燒曉國數聲殘傳經亂佛拂爲眞菰淺菫躑躅羇體杣蘆凉穗賤徑苅籬萱蛬葎獨翅烟稻汀晝戀變姨栖樂擣將闍遍蘆鹽汀槇會〓龜參氣繩籠繪轉釋濱寶實關忽啼云猶顯躬德靈圓壯雖讀餘霽且萠樣兩觀爲獻訖庚寫藏續歟關德盡澳仍舊餘并圖于脱畢惠覽輕惡蟲雜從范蠡鎭當莖淨隱溪喩壽臺筥恍疏證勸處於歡藥 オ:於 カン:觀勸歡咸 キ:旡 セン:栴 ヒ:譬 ヤク:藥
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底本:: 著名: 北国 著者: 新渡戸 流木 発行者: 新渡戸 常晴 発行所: 北教組日高地区協議会 発行: 昭和37年09月10日 入力:: 入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net) 入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A 編集機: Apple Macintosh Performa 5280 入力日: 2000年09月17日- 校正:: 校正者: 校正日: