Title  グリーン・カード 64  緑の札 64  ----時代----五十年後----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年十月十七日(金曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  死の舞 六  Description  アキラは感情の溢れるまゝとめ どなき涙を双頬に光らした。  〃涙!涙!全神經の歡喜に搾ら れて流れ出る涙!涙は喜びの極み にのみ美しく光る!!〃  抑へても、抑へても、湧き上る 歡喜のために、彼は心の置塲をも て餘した。  たゞ確かりと、力の限りアキラ は創造の靈に再生した猿を抱き占 めて、亡き人の前に「聽えざる叫 び」を續けたのだ。 「お父さま!」  彼は又叫んだ。 「お別れして十年!僕はその永い 十年の間を、どんなに苦しみ、ど んなに哀しんだことでありませ う!」  アキラは、はじめて瞑想した。 さまざまな記憶が紫電のやうに 「心の奧」から閃めき出た。 「お父さま!」  走る記憶に誘はれて、アキラは いつた。 「十年前の九月五日!あの夜から の出來亊は、まだはつきりと僕の 胸に生きてゐます。貴父の屍に石 を投げた彼等!貴父の死を歎くこ ともなく嘲笑した母!さうしてそ れからの憎惡と哀恨!叛逆!あゝ 永い十年の間を、僕はまつたく獸 のやうに生きました!しかし、僕 はその永い獸の十年を、あくまで も忠實な貴父の子として生きぬい たことを、今になつて喜びます! 僕の生命!僕の意志!僕の使命! それは凡て貴父のものであつたか らです!」  アキラの激した感情の言葉が盡 きなかつた。さながらにそれは、 生ける父に對して誇る子の歡喜の 姿であつた。  〃血にまみれた父の遺書が、子 に約束したもろ/\の信念!〃  その信念が脈々と生きる彼の意 志を通じて、ほとばしり出た。  アキラはいつまでも、父に向つ て叫んでゐたい切情に驅られ盡さ れると、逆冩鏡のやうに、ぽつか りタズの姿が彼の腦裡に映つた。 「タズ………」  今までの感情が妙にぼかされた    ヽヽ 何かでがん!と毆られたやうな痛 味を神經に感じた。彼は空氣のぬ けたゴム毬のやうな足どりで、一 歩、二歩、實驗室へと吸ひ寄せら れた。  實驗室----。  靜の極致!それは又、動の極致 のやうな實驗室である。凡てのキ カイが、動いてゐるやうで動いて はゐない。  アキラは巨大な震動電氣放射機 の前に屍となつて臥つてゐるタズ の姿に、どう歩み寄つたのか、彼 自身の意識では、それを的確に讀 むことが出來なかつた。  彼は腕組んだまゝ、タズの顏が ぼーつと見えなくなるまで凝視め てゐた。言葉はもう燃え切つた感 情を滑つて、咽喉から上には出な かつた。          デツス・ハンド3  ふ----とタズの「死の手」にかた く握られてゐた紙片が、アキラの 眼に映つた。彼は無意識にその紙 片を取つた。  紙片には、盲目の彼女が亂雜に 書きなぐつた配置のない文字が散 らかつてゐた。  "NINGEN WA KEMONO NI  NARIMASHITA.  KAMISAMA NINGEN O  SABAITE KUDASAI." (人間は獸になりました、神さま 人間を裁いて下さい)  アキラは三度、四度、それを繰 り返し繰【り】返した。 「バ、バカ!!」  最後に彼はかう吐くやうに叫んだ。  End  Data  トツプ見出し:   大觀艦式の   陪觀一萬七千人   御召艦、供奉艦へ乘組  廣告:   毛髮若返り香油 ビタオール 定價 一圓  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年十月十七日(金曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年09月03日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年09月07日    $Id: gc64.txt,v 1.4 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $