Title  グリーン・カード 39  緑の札 39  ----時代----五十年後----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年九月十三日(土曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  グラス・ハウス ニ  Description  一杯の冷たいオレンヂ水に朝の ヽヽヽ めざめを結んで、彼女は少女の手 に運ばれた樣々な新聞紙に眼を流 した。 「ま!素的!」  ぱ!と火華のように彼女の眼が 散つたのだ。成程、それも道理で ある。第二面のカツトに彼女の素 晴らしい次週の曲目のポーズが掲 載されてゐるのだ。   〃SHINGUN〃  進軍!。なんといふ壯快なポー ズであらうか。人生の進軍をその        ペロネー2 まゝに表徴した軍神の、それはス               デツサン2 タヂオに描くウズキ・シノブの素 畫である。 「おゝ!素的!」  もう一度、同じことを彼女は繰 り返した。繰り返した心の中で、 彼女は今度こそ!と樂しんだの だ。               ヽ  それこそ、全世界の人々が、か ヽ くあらねばならない進軍の姿を、 自分の藝術の頂點において見出す 日の想像に跳躍したからである。  少女は再び現はれた。彼女はお びたゞしい手紙の山積されたケー スを兩手に抱へて現はれたのだ。  彼女の贊美者、彼女の忠實な子 供達が、憧憬と惱みの心臟を包ん で、彼女に捧げる切々哀々の無聲 の言葉である。  少女が去ると、今度は酷く亊務 的な四十女が現はれた。 「旦那さま、まことに結構な朝で ございます……。」  この四十女は手紙の整理係であ      ヽヽ る。女は、すぐにも卓子の上に置 かれた幾百通とも算へ切れない手      【屋】 紙を默つて部室の窓際のデスクの 上に運んで、驚く程キカイ的に手 紙を開封し、手紙の返書をタイプ で打つ。  KAWARANU ANATANO  GOKOI O KANSYA ITA  SHIMASU    UZUKI SHINOBU.  女の打つ文字は、どの手紙に對 しても同じことだ。 「變らぬあなたの御厚意を感謝致 します」           【屋】  彼女が朝食のために部室を去る と間もなく、一人の老人がこの部 屋】 室に通された。  彼は少女に指定された室の右側 の長椅子に、遠慮勝ちな座を占め ると、腕を組んで寂しい瞑想に墮 ちたのである。  四十女はデスクに向つたまゝ、 この老人には見向きもしないで相 變らずキカイ的に動いてゐる。        【屋】  二十分も同じ部室の配景が經過 したであらうか----。  朝の食堂から、シノブは輕快な  ヽヽ 足どりで戻つて來た。恭々しく彼 女を迎へたのは老人である。 「先生、結構なお天氣さまで」  老人は曇つた眼の中で、愛想よ  ヽ くにツと笑つた。 「あなた、大變早いのね----まあ お掛けなさい。」 「はい、有難うさまで----」  けれ共、老人は立つたまゝであ      ヽヽ る。何故かいぢらしいほどの敬意 を此の老人は拂つてゐた。  少女がまた現はれて、美爪術師 が通される----。十本の指を弄ら れながら、シノブは、さながらこ の人生に忘れ去られた人を思はせ るやうな老人の曇つた眼にかう呼 びかけた。 「あなた、何か御用?」 「はい。」  老人は慌てゝかくしを探りはじ めた。  End  Data  トツプ見出し:   形勢險惡のまゝ   更に十五日に持越す   或ひは諮詢案返附に至らん   緊張裡に開かれた樞府審査會  廣告:   主婦の友 十月號 定價金六拾錢   脚氣に ネオクライヱキス 百五十瓦入 壹圓參拾錢  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年九月十三日(土曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年08月11日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年08月27日    $Id: gc39.txt,v 1.6 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $