Title  グリーン・カード 34  緑の札 34  ----時代----五十年後----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年九月七日(日曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  悲しき餐宴 八  Description  もちろんこの會話は他の人々の 聽覺には觸れない。室内の神經が スタヂオヘ、ウズキ・シノブの肉 體の運動にかためられてゐるのだ【。】  それをねらつてセキはこの會話 をはじめたらしい。その口調には 餘程のかけ引と自重が含まれてゐ る。  次の言葉をもうアキラは知つて ゐるのだ。知りながら、どこまで も、その知つてゐることを凡てセ キの唇から吐き出させようとす るのが、又アキラの最初からの策 戰でもあつた。  それにうまくかゝつてきたのが セキである。 「お前、お母さまのいひたいこと をお知りでない?」 「さ……。どんなことでせうか? 僕にはどうも……」 「それはとても、お前として不似 合な言葉ですね----?」  仰へてゐる暴君の本能が微では あるが言葉のアクセントに突き上 つた。  アキラは默つて苦笑したので。  ----と。劇しいアンコールが湧 き起つた。見ると、シノブの姿が もうスタヂオの上には見えない。 同時に掲示幕を、第二のプログラ ムの文字が流れた。  NO2. Tsuki No Odori  ==Uzuki Shinobu==  第二の曲目に移つたのだ!「月 の踊り」がはじまるらしい。  經過----五分間。  再びアンコールに誘はれて、す       ヽヽ つかり容裝をかへたシノブがスタ ヂオに現れた時に、慌てゝセキは アキラの眼をシノブから奪つたの である。 「お前ね、アキラ----。」 「………?」  アキラは默つてシノブから眼を 外らすと、これからだ----といふ       ヽヽヽ 鬪ひの用意をかたく結んだ唇に 盛つたのである。 「ね、アキラ……」  こゝでセキは次の言葉をどう選 ぶかに迷つたらしい。亊業家とし て對するか、母として對するか。  けれ共、セキはたうとう母とし てアキラに對することが最も安全 な策戰であると決したのだ。彼女 は急に----おそらくは今までに一 度も見たことのない優しい眼でア キラの深い沈默に觸れた。 「妾を今でもやはり母として尊敬 してゐてくれるだらうね?」 「え? 母として………」     ヽヽ  だが、にえ返る怨怒をアキラは ぢツと押へることが出來たのだ。 「お母さま!」  妙に腹を探り合つてゐるのがア キラには堪らなかつた。 「お母さまは何故もつと、ほんと うのことをおつしやらないので す?僕はあなたの子供ではあり ませんか、あなたはその子供に對 してまでも、話を弄ばうとなさい ますか?」 「お前、なんといふことをおいひ です、妾は何も話を弄んではゐな い!」  最初のセキの決意がほんの少し くづれて落ちた。 「なら、お尋ね致します、母と子 の尊敬問題が一體何んの本意で す? それをはつきりと聽かして 下さい----。」 「お待ち。」  セキの唇は微かに慄へた。 「お前、そんなことをいつて妾を 困らせようとするの? 母として 尊敬できない、といふことを妾に 默示しようとするの?」 「もし----さうだつたら?」 「妾はお前に命令します、それは 母の權利です」 「その命令とは?……」  End  Data  トツプ見出し:   審査促進の要求で   またも揉み合ふ   政府が熊度を改めねば   考へがある----といふ樞府側  廣告:   鼻病良藥 西養寺の 療鼻湯 が難治の鼻病を征服した 藥價 七日分が九十錢  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年九月七日(日曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年08月07日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年08月21日  $Id: gc34.txt,v 1.6 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $