Title  グリーン・カード 04  緑の札 04  ----五十年後の社會----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年七月二十四日(木曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  プロローグ 四  Description 「あなたの野心、それは面白さう ですね」  博士がさういつた時、食堂のボ ーイが食亊の仕度ができたと通知 して來た。  乘客は殆ど全部----中には早め にすまして來た人と見え殘つてゐ る人もあつたが----立上つて食堂 の方へ出かけた。  食堂は客席の二階に當るところ 飛行機の中とは思ヘぬほど華美を つくしてあつた、少し天井が低い 位のものだつた。  客室より更に窓が廣いので、外 部がほどよく眺められたが、もう スツ力リ夜になつて、何も見えな かつた。  長方形の卓子が二列、向ひ合つ て、乘客がおよそ百人位もならん で食亊を始めた。  ボーイがその間を飛び歩いた。  博士とヒカルとは、こゝでも向 ひ合つてすわつた。  彼女は、さすがにこゝではその 野心は語らなかつた。また、博士 と二人切のときのやうな姿態も見 せなかつた。  あたり前の社交的な態度で、隣 り合せの乘客と、世間話のやうな ものもした。  乘客の半分ほどほ日本人だつた が、あとの半分には、中華の人や 歐米人が乘つてゐた。  ちやうど彼女の隣には、アメリ カ人と中華人とがすわつてゐたが ヒカルはどちらへも巧なヱスペラ ントでいろ/\な話題をこしらへ ては話し合つてゐた。  世界語となつたヱスペラント を、中華人はよく語つたがアメリ カ人は少し不得手に見えた。  彼はとき%\行き詰つて微笑し た。  さういふ時にはヒカルは早速英 語ではなした。なか/\上手だつ た。 「ヒカルさんは何ケ國話せます ?」  タキ博士は聞いて見た。 「イヤですわ先生、そんなこと、 でも英佛獨三ケ國位なら、少しづ つ」  さういつて少し羞にかみを見せ た。 「ホヽウ、いまどき珍らしい語學 の天才ですね」 「まあ御冗談ばかり」  全くタキ博士のいつたやうに、 ヱスペラントが普及したこのごろ では、昔のやうに何ケ國もの言葉 を覺える必要はなかつた。  日常の會話はもとより、どこの 大學でもヱスペラントを用ひたの で、語學といふ學科は殆ど廢止さ れ、ホンの特殊の人達の間にだけ しか研究されなかつた。  同國人の間ですら、ヱスペラン トで話し合ふやうな時代に、ヒカ ルのやうな若い女性が、三ケ國も の言葉を知つてゐることは、本當 に珍らしかつた。  食亊がすむと、食堂ではテレビ ジョンが映冩された。  まだ上海放送局のもので、あま り面白くなかつたので、ヒカルと 博士は客席へかへつて來た。 「さあ、野心のつゞきを伺ひませ うかね」  博士は葉卷をくわへながらいつ た。 「大變ね、野心々々つて、でもさ ういつたつて、大したことぢやな いのよ、少し大袈裟にいつただけ なのよ」  End  Data  トツプ見出し:  廣告:  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年七月二十四日(木曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年7月19日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年7月26日  $Id: gc04.txt,v 1.6 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $