Title: 落語「西行」  Description  別題: 西行法師、恋の歌法師  評価: 粋☆☆☆☆・ 艶☆☆☆☆・ 熟☆☆・・・ 笑☆・・・・ 落☆☆・・・  粗筋: 遍歴の歌人として名高い西行法師は、もと佐藤兵衛尉憲清という、禁裏警護の北面の武士だったが、染殿の内侍が南禅寺にご参詣遊ばされた際、菜の花畑に蝶が舞っているのをご覧あって、「蝶(=丁)なれば二つか四つも舞うべきに一つ舞うとはこれは半なり」と詠まれたのに対し、憲清が「一羽にて千鳥といへる名もあれば一つ舞うとも蝶は蝶なり」と御返歌し奉ったのがきっかけで、絶世の美女の染殿の内侍に恋わずらい。身分が違うから打ち明けることもできず悶々としているうちに、このことが内侍のお耳に達し、気の毒に思し召して、憲清宛に御文をしたためて、三銭切手を貼ってポストに入れてくれた。佐藤さん郵便というので、何事ならんと憲清が見ると、夢にまで見た内侍の御文。喜んで開けてみると、隠し文(暗号)らしく、「この世にては逢はず、あの世にても逢はず、三世過ぎて後、天に花咲き地に実り、人間絶えし後、西方弥陀の浄土で我を待つべし、あなかしこ」とある。はてこの意味はと思い巡らしたが、さすがに憲清、たちまち謎を解く。この世にては逢わずというから、今夜は逢われないということ、あの世は明の夜だから明日の晩もダメ。三世過ぎて後だから四日目の晩、天に花咲きだから、星の出る項。地に実は、草木も露を含んだ深夜。人間絶えし後は丑三ツ時。西方浄土は、西の方角にある阿弥陀堂で待っていろということだろうと気づいた。ところが憲清、待ちくたびれてついまどろんでしまう。そこへ内侍が現れ「我なれば鶏鳴くまでも待つべきに思はねばこそまどろみにけり」と詠んで帰ろうとした途端に憲清、危うく目を覚まし、「宵は待ち夜中は恨み暁は夢にや見んとしばしまどろむ」と返した。これで内侍の機嫌が直り、夜明けまで逢瀬を重ねて、翌朝別れる時に憲清が、「またの逢瀬は」と尋ねると内侍「阿漕(あこぎ)であろう」と袖を払ってお帰り。さあ憲清、阿漕という言葉の意味がどうしても分からない。歌道をもって少しは人に知られた自分が、歌の言葉が分からないとは残念至極と、一念発起して武門を捨て歌の修行に出ようと、その場で髪をおろして西行と改名。諸国修行の道すがら、伊勢の国で木陰に腰を下ろしていると、向こうから来た馬子が、「ハイハイドーッ。散々前宿で食らやアがって。本当にワレがような阿漕な奴はねえぞ」。これを聞いた西行、はっと思って馬子にその意味を尋ねると、「ナニ、この馬でがす。前の宿揚で豆を食らっておきながら、まだ二宿も行かねえのにまた食いたがるだ」「あ、してみると、二度目の時が阿漕かしらん」。 (3.三遊亭円橘)  原話: 民話の「西行と女」他、西行伝説をもとにした地噺。オチは艶笑。  鍵語: ●染殿の内侍=十世紀に成立した歌物語「大和物語」に登揚する西三条右大臣藤原良相の娘。西行(1118-1190)とは時代が違う。●阿漕=古今六帖にある詠み人知らずの歌「伊勢の海あこぎが浦にひく網も度かさなれば人もこそ知れ」から、秘事も度重なればバレるという意味。西行はこれを知らなかったから、あらぬ勘違いをした訳である。オチは「豆」が女性自身の隠語なので、馬方の言葉から、あの時二回シ夕のでしつこいわ、と言われたと解釈した(「阿漕」には後に、馬方が言う意味つまり「欲深」「しつこい」という意味がついた)。現代人はこの意味を知らないから、落語家も涼しい顔でこの噺を演れるワケだ。  演者: 戦後では4.柳亭痴楽が現代風にアレンジして演じた他、2.三遊亭円歌から継承して3.三遊亭円歌のレパートリーでもある。  余話: マクラに、西行が旅の途中で汚い一軒家に立ち寄り、そこの爺さん婆さんと孫娘に寄ってたかって、「伝え聞く鼓ケ滝へ来てみれば沢辺に咲きしたんぽぽの花」という自作を直され、「音に聞く鼓が滝を打ち見れば川辺に咲きしたんぽぽの花」という秀句に生まれ変わったので、驚いていると目が覚め、さては和歌三神(住吉大明神、人丸大明神、玉津島明神)が夢枕で自分の慢心を戒めたと悟るくだりを付けることが多い。また此較的短いので時代によってクスグリや入れ事を挟みやすいのがこの噺の特徴。例えば、恋煩いの説明で、女が観音様に、恋人と一緒になれる様願掛けをするというくだりに、実在の噺家の本名を楽屋落ちに、色男の名前に使ったりする。  End  底本::   著名:  千字寄席 噺がわかる落語笑事典   監修者: 立川志の輔   編者:  古木優・高田裕史   発行所: PHP研究所   発行:  2000年9月18日第1版第1刷   国際標準図書番号: ISBN4-569-57448-3  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: Apple Macintosh Performa 5280   入力日: 2000年10月18日-2000年10月19日  校正::   校正者:   校正日: $Id: rakugo.txt,v 1.5 2019/07/09 02:30:53 saigyo Exp $