Title
　秋篠月清集
　Author
　藤原良経
　Section
　百首愚草
　花月百首
　Subtitle
　花五十首
　0001:
昔誰かかるさくらの花をうゑてよしのをはるの山となしけむ
　0002:
谷河の打ちいづる浪に見し花のみねのこずゑになりにけるかな
　0003:
たづねてぞ花としりぬるはつせ山かすみのおくに見えししらくも
　0004:
花なれや山のたかねのくもゐより春のみおとすたきのしらいと
　0005:
たつた山をりをり見するにしきかなもみぢしみねに花さきにけり
　0006:
葛木の峰の白雲かをるなりたかまの山の花ざかりかも
　0007:
ひら山はあふみのうみのちかければなみとは花の見ゆるなるべし
　0008:
さらに又ふもとのなみもかをりけり花のかおろすしがの山風
　0009:
秋は又しかのねつげしたかさごのをのへのほどよさくらひとむら
　0010:
あけわたるとやまのこずゑほのぼのとかすみぞかをるをちの春かぜ
　0011:
よの中にさくらにさける花なくは春といふころもさもあらばあれ
　0012:
ここのへのはなのさかりになりぬればくもぞくもゐのしるしなりける
　0013:
たちよればみはしのさくらさかりなりいくよのはるのみゆきなるらむ
　0014:
わがやどをはなにまかせてこのごろはたのめぬ人のしたまたれつつ
　0015:
ながめくらすやどのさくらの花ざかりにはのこかげにたびねをぞする
　0016:
たれとなくまたるる人をさそへかしやどのさくらをすぐるはるかぜ
　0017:
みやこ人いかなるやどをたづぬらむぬしゆゑはなはにほふものかは
　0018:
けふこずはにはにやあとのいとはれむとへかし人のはなのさかりを
　0019:
まどのうちにときどき花のかをりきてにはのこずゑにかぜすさむなり
　0020:
なにとなく春の心にさそはれぬけふしらかはのはなのもとまで
　0021:
けふもまたこぞしをりせしやまにきてちぎりしらるるはなのかげかな
　0022:
我がいとふはるのやまもりおもひしれをらずは風ののこすべきかは
　0023:
かすみゆくやどのこずゑぞあはれなるまだ見ぬ山のはなのかよひぢ
　0024:
はるばるとわがすむやどはかすみにてやどかるはなをはらふ山かぜ
　0025:
あはれなる花のこかげのたびねかなみねのかすみのころもかさねて
　0026:
むらどりのしづえになるるけぢかさに花にやどかるほどぞしらるる
　0027:
まちわびぬさらに人をやたづねましはなゆゑとてぞきつるやまぢを
　0028:
ちらぬまにいまひとたびとちぎるかなけふもろともに花見つる人
　0029:
いとふべきおなじやまぢにわけきてもはなゆゑをしくなるこのよかな
　0030:
しをりせでよしのの花やたづねましやがてとおもふこころありせば
　0031:
花ざかりよしののみねやゆきのやまのりもとめしにみちはかはれど
　0032:
わしのやまみのりのにはにちる花をよしののみねのあらしにぞ見る
　0033:
いづこにもさこそは花ををしめどもおもひいれたるみよしののやま
　0034:
花やどるさくらがえだはたびなれやかぜたちぬればねにかへるらむ
　0035:
ちる花もよをうきくもとなりにけりむなしきそらをうつすいけみづ
　0036:
いろもかもこのよにおはぬものぞとてしばしもはなをとめぬはるかぜ
　0037:
はなもみなうきよのいろとながむればをりあはれなる風のおとかな
　0038:
ふくかぜやそらにしらするよしの山くもにあまぎる花のしらゆき
　0039:
たかさごのまつにうら風かよふなりをのへのはなのあたりなるらむ
　0040:
うら風に花やちるらむしがのやまたかねもおきもおなじさざなみ
　0041:
くもと見しみやまのはなはちりにけりよしののたきのすゑのしらなみ
　0042:
たかねよりたにのこずゑにちりきつつねにかへらぬはさくらなりけり
　0043:
やまおろしのたににさくらをさそひきてなほいはたたくゆきのした水
　0044:
かぜよりもすぐる日かずのつらきかないつかはちりしはるのはつ花
　0045:
あけがたのみやまの春のかぜさびて心くだけとちるさくらかな
　0046:
はなちればやがて人めもかれはつるみやまのさとのはるのくれがた
　0047:
にはにちる花はあめにぞしをれねるこずゑにかぜをうらみうらみて
　0048:
ちるはなをなはしろ水にさそひきてやまだのかはづこゑかをるなり
　0049:
なほちらじみやまがくれのおそざくらまたあくがれむはるのくれがた
　0050:
たかさごのをのへの花に春くれてのこりしまつのまがひゆくかな
　Subtitle
　月五十首
　0051:
みか月の秋ほのめかすゆふぐれはこころにをぎのかぜぞこたふる
　0052:
おほかたに身にしむかぜも秋のよは月ゆゑとのみなりにけるかな
　0053:
はるなつのそらにあはれをのこしける月を秋にてこよひ見るかな
　0054:
さらぬだにふくるはをしき秋のよの月よりにしにのこるしらくも
　0055:
しかもわびむしもうらむる所とてつゆけきのべに月ぞやどれる
　0056:
月かげののこるくまなきのばらかなくずのうらまで見する秋かぜ
　0057:
てる月にあはれをそへてなくかりのおつるなみだはよそのそでまで
　0058:
さととよむおともしづかになりはててさよふけがたにすめる月かげ
　0059:
くもきゆるちさとのほかにそらさえて月よりうづむ秋のしらゆき
　0060:
きよみがたはるかにおきのそらはれてなみより月のさえのぼるかな
　0061:
しほかぜによさのうらまつおとふけて月かげよするおきつしらなみ
　0062:
あはれいかに心あるあまのながむらむ月かげかすむしほがまのうら
　0063:
なるみがたあらいそなみのおとはしておきのいはこす月のかげかな
　0064:
むしあけのせとのしほひのあけがたになみの月かげとほざかるなり
　0065:
おもひやる心にかすむうみやまもひとつになせる月のかげかな
　0066:
ひろさはのいけにおほくのとしふりてなほ月のこるあか月のそら
　0067:
さるさはのたまもの水に月さえていけにむかしのかげぞうつれる
　0068:
わがやどはをばすてやまにすみかへつみやこのあとを月やもるらむ
　0069:
さらしなの月やはわれをさそひこんたがすることぞやどのあはれは
　0070:
月やどるのぢのたびねのささまくらいつわするべきよはのけしきぞ
　0071:
こよひたれすずのしのやにゆめさめてよしのの月にそでぬらすらむ
　0072:
ささふかき野中のいほにやどかりてつゆまどろまず見つる月かな
　0073:
あたらしやかどたのいなばふくかぜに月かげちらすつゆのしらたま
　0074:
月だにもなぐさめがたき秋のよのこころもしらぬまつのかぜかな
　0075:
さびしさやおもひよわると月見れば心のそらぞ秋ふかくなる
　0076:
おくやまにうきよはなれてすむ人のこころしらるるよはの月かな
　0077:
ひとりぬるねやのいたまにかぜもれてさむしろてらす秋のよの月
　0078:
たれきなむこよひの月は見るやとてよもぎがしたのみちをわけつつ
　0079:
てる月も見る人からのあはれかなわが身ひとつのこよひならねど
　0080:
よものうみなみもしづかにすむ月のかげかたぶかぬきみがみよかな
　0081:
くものうへはるかにてらす月かげを秋のみやにて見るぞうれしき
　0082:
にごるよになほすむかげぞたのもしきながれたえせぬみもすその月
　0083:
あさ日さすかすがのみねのそらはれてそのなごりなる秋のよの月
　0084:
さらしなを心のうちにたづぬればみやこの月もあはれそひけり
　0085:
まつ人もおぼえぬものをまきのとにあらしやたたく月を見よとて
　0086:
秋ぞかしこよひばかりのねざめかは心つくすなありあけの月
　0087:
うきよとはいつもさこそはおもへども心のたけをつきにしりぬる
　0088:
かきくもるこころいとふなよはの月なにゆゑおつる秋のなみだぞ
　0089:
なかなかに月のくまなき秋のよはながめにうかぶさみだれのそら
　0090:
いとふみものちのこよひとまたれけりまたこむ秋は月もながめじ
　0091:
うきよいとふこころのやみのしるべかなわがおもふかたにありあけの月
　0092:
ひとりねのよさむになれる月見れば時しもあれやころもうつこゑ
　0093:
よこぐものあらしにまよふ山のはにかげさだまらぬしののめの月
　0094:
もみぢばのちるにはれゆくすまひかな月うとかりしみやまがくれも
　0095:
たにふかきむぐらがしたのむもれ水それにも月のひまもとめけり
　0096:
むらくものしぐれてすぐるこずゑよりあらしにはるるやまのはの月
　0097:
さよふかきあらしのおとに山さびてこのまの月のかげのさむけさ
　0098:
ありあけになりゆく月をながめても秋ののこりをうちかぞへつつ
　0099:
なが月のありあけの月のあけがたをたれまつ人のながめわぶらむ
　0100:
秋のいろのはてはかれのとなりぬれど月はしもこそひかりなりけれ

　End
　底本：：
　　著名：　　新編国歌大観　第三巻　私歌集編Ⅰ　歌集
　　編著者：　「新編国歌大観」編集委員会
　　発行者：　角川春樹
　　発行所：　株式会社角川書店
　　発行：　　昭和60年05月16日　初版発行
　　国際標準図書番号：　ISBN4-04-020132-9
　入力：：
　　入力者：　新渡戸　広明(info@saigyo.net)
　　入力機：　Sharp　Zaurus igeti　MI-P1-A
　　編集機：　Fujitsu FMV DESK POWER
　　入力日：　2001年12月17日
　校正：：
　　校正者：　大黒谷　千弥
　　校正日：　2003年08月01日