Title  勅撰集所載西行和歌  Subtitle  詞花和歌集 讀人しらず 一首  1001  題しらず 身を捨つる人は誠に捨つるかはすてぬ人こそ捨つる也けり  Subtitle  千載和歌集 圓位法師 十八首  0101  題しらず おしなべて花の盛になりにけり山の端ごとにかかる白雲  0402  題しらず おほかたの露にはなにのなるならむ袂におくは涙なりけり  0803  世をそむきて後修行し侍りけるに、海路にて月を見てよめる わたの原はるかに波をへだて來て都にいでし月を見るかな  0904  同行の上人西住、秋の頃わづらふことありて限に見え侍りければよめる 諸共にながめながめて秋の月ひとりにならむことぞ悲しき  0905  西住法師身まかりける時をはり正念なりけるよし聞きて圓位法師の許につかはしける 寂然法師  みだれずとをはり聞くこそ嬉しけれさても別は慰まねども  かへし 此の世にて又あふまじき悲しさにすすめし人ぞ心みだれし  1406  題しらず しらざりき雲居のよそに見し月の影を袂に宿すべしとは  1407 逢ふと見し其夜の夢の覺であれな長き眠はうかるべけれど  1508  題しらず 物思へどかからぬ人もあるものを哀なりける身の契かな  1509  月前戀といへる心をよめる 歎けとて月やは物を思はするかこちがほなるわが泪かな  1610  霜夜月といへる心をよみ侍りける 霜さゆる庭の木葉を踏分けて月は見るやと問ふ人もがな  1611  月の歌とてよめる 來む世には心のうちに現はさむあかでやみぬる月の光を  1712  世をのがれて後白川の花をみてよめる ちるを見て歸る心や櫻花むかしにかはるしるしなるらむ  1713  花の歌あまたよみ侍りける時 花にそむ心のいかで殘りけむ捨て果てゝきと思ふわが身に  1714 佛には櫻のはなをたてまつれわが後の世を人とぶらはゞ  1715  題しらず あかつきの嵐にたぐふ鐘の音を心のそこに答へてぞきく  1716 孰くにか身を隱さまし厭ひ出て浮世に深き山なかりせば  1917  壽量品の心をよめる 鷲の山月を入りぬと見る人はくらきにまよふ心なりけり  2018  高野の山を住みうかれて後伊勢國二見浦の山寺に侍りけるに大神宮の御山をば神路山と申す、大白如來の御埀跡を思ひてよみ侍りける 深くいりて神路の奧を尋ぬれば又うへもなき峯のまつ風  Subtitle  新古今和歌集 西行法師 九十四首  0101  題しらず 岩間とぢし氷も今朝はとけそめて苔のした水道もとむらむ  0102  春の歌とて ふりつみし高嶺のみ雪とけにけりきよたき川の水の白浪  0103  題しらず とめこかし梅盛りなる我宿を疎きも人はをりにこそよれ  0104 よしの山櫻が枝に雪ちりて花おそげなる年にもあるかな  0105  花の歌とてよみ侍りける 吉野山去年のしをりの道かへてまだみぬ方の花を尋ねむ  0206  題しらず 眺むとて花にもいたく馴れぬればちる別こそ悲しかりけれ  0307  題しらず きかずともこゝをせにせむ時鳥山田の原の杉のむらだち  0308 郭公ふかき峰より出でにけり外山のすそに聲のおちくる  0309 道の邊に清水ながるゝ柳かげしばしとてこそ立ち止りつれ  0310 よられつる野もせの草のかげろひて涼しく曇る夕立の空  0411  題しらず おしなべて物を思はぬ人にさへ心をつくる秋のはつかぜ  0412 哀いかに草葉の露のこぼるらむ秋風たちぬみやぎ野の原  0413 心なき身にもあはれはしられけり鴫立つ澤の秋のゆふぐれ  0414 覺束な秋はいかなる故のあればすゞろに物の悲しかるらむ  0515  題しらず 小山田の庵ちかくなく鹿のねにおどろかされて驚かすかな  0516 きりぎりす夜寒に秋のなる儘に弱るか聲の遠ざかりゆく  0517 横雲の風にわかるゝしのゝめに山とびこゆる初雁のこゑ  0518 白雲をつばさにかけてゆく雁の門田の面の友したふなる  0519 松にはふ正木のかづらちりにけり外山の秋は風すさぶらむ  0620 月をまつたかねの雲ははれにけり心あるべき初時雨かな  0621 秋しのや外山の里やしぐるらむ生駒の嶽に雲のかかれる  0622 小倉山ふもとの里に木の葉ちれば梢にはるゝ月をみるかな  0623 津の國の難波の春はゆめなれや蘆の枯葉に風わたるなり  0624 寂しさに堪へたる人のまたもあれな庵をならべむ冬の山里  0625  歳暮に人を遣しける 自からいはぬを慕ふ人やあると休らふ程に年の暮れぬる  0626  題しらず 昔思ふ庭に浮木をつみおきてみし世にも似ぬ年の暮かな  0827 みちの國へまかりける野中に目にたつさまなる塚の侍りけるを問はせ侍りければ、これなむ中將の墓と申すと答へければ、中將とはいづれの人ぞと問ひ侍りければ實方の朝臣の亊となむ申しけるに、冬の亊にて霜枯の薄ほのぼのみえて渡りて、折節物悲しく覺え侍りければよめる 朽ちもせぬ其名許りをとゞめ置きて枯野の薄形見にぞみる  0828  無常の心を いつ嘆きいつ思ふべき亊なれば後の世しらで人のすぐらむ  0829  人に後れて歎きける人に遣しける なき跡の面影をのみ身にそへてさこそは人の戀しかるらめ  0830  歎く亊係りける人とはずと恨み侍りければ 哀とも心に思ふ程ばかりいはれめべくはとひこそはせめ  0931  みちの國へまかりける人に餞し侍りけるに 君いなば月まつとても眺めやらむあづまの文の夕暮の空  0932  遠き所に修行せむとて出でたちける人々別をしてよみ侍りける 頼めおかむ君も心や慰むと歸らぬことはいつとなくとも  0933 さりともと猶あふことを頼むかなしでの山路をこえぬ別は  1034  題しらず 都にて月を哀とおもひしは數にもあらぬすさびなりけり  1035 月みばと契りていでし故郷のひともや今宵袖ぬらすらむ  1036  天王寺へ參り侍りけるに俄に雨のふりければ江口に宿をかりけるにかし侍らざりければよみ侍りける 世中を厭ふまでこそかたからめ假のやどりを惜しむ君かな  かへし 遊女妙  世をいとふ人としきけばかりの宿に心とむなと思ふ計ぞ  1037  東の方にまかりけるによみ侍りける 年たけて又こゆべしとおもひきや命なりけりさ夜の中山  1038  旅の歌とて 思ひおく人の心にしたはれて露わくる袖の反りぬるかな  1239  題しらず 遙なるいはのはざまに獨居てひとめ思はで物おもはばや  1240 數ならぬ心の咎になしはてじ知せてこそは身をも恨みめ  1241 何となくさすがに惜しき命かなありへば人や思ひしるとて  1242 思知る人有明のよなりせばつきせず身をば恨みざらましつ  1343  題しらず あふまでの命もがなと思ひしは悔しかりけるれが心かな  1344 面影の忘らるまじきわかれかな名殘を人の月にとゞめて  1345 有明は思ひ出あれや横ぐものただよはれつるしののめの空  1346 人は來で風のけしきもふけぬるに哀に雁の音づれてて行く  1347  戀の歌とてよめる 頼めぬに君くやと待つ宵の間の更けゆかた唯明なましかば  1348  題しらず 哀とて人のこゝろの情あれな數ならぬにはよらぬ歎きを  1349 身をしれば人のとがとも思はぬに恨み顏にもぬるゝ袖哉  1450  題しらず 月のみやうはの空なるかたみにて思ひもいでば心通はむ  1451 くまもなき折しも人を思ひ出でゝ心と月をやつしつるかな  1452 物思ひて眺むる頃の月の色にいかばかりなる哀そふらむ  1453 疎くなる人を何とて恨むらむ知られず知らぬ折もありしに  1454 今ぞしる思ひ出でよと契りしは忘れむとてのなさけ也けり  1455 哀とてとふ人のなどなかるらむもの思ふ宿の荻のうは風  1656  題しらず 世の中を思へばなべて散る花の我身を偖もいづちかもせむ  1657 月をみて心うかれし古のあきにもさらにめぐり逢ひぬる  1658 夜もすがら月こそ袖にやどりけれ昔の秋を思ひいづれば  1659 月の色に心をきよく染めましや都をいでぬ我身なりせば  1660 すつとならば憂世を厭ふ驗あらむ我には曇れ秋の夜の月  1661 更けにける我世の影を思ふまに遙に月のかたぶきにけり  1662 雲かかる遠山ばたの秋されば思ひやるだに悲しきものを  1763  伊勢にまかりける時よめる 鈴鹿山浮世をよそに振捨てていかになり行く我身なるらむ  1764  吾妻の方へ修行し侍りけるに富士の山をよめる 風になびくふじの煙の空に消えて行へもしらぬ我が思かな  1765  題しらず 芳野山やがて出でじと思う身を花ちりなばと人やまつらむ  1766 山深くさこそ心はかよふとも住まで哀はしらむものかは  1767 山陰にすまぬ心はにかなれや惜しまれて入る月もあるよに  1768 たれすみて哀しるらむ山里のあめふりすさぶ夕ぐれの空  1769 しをりせでなほ山深く分け入らむうき亊きかぬ所ありやと  1770 やま里にうき世いとはむ友もがな悔しく過ぎし昔語らむ  1771 山里は人こさせじと思はねど問はるることぞ疎くなりゆく  1772 ふるはたのそばの立つ木にゐる鳩の友よぶ聲の凄き夕暮  1773 山がつの片岡かけてしむる野のさかひに立てる玉の小柳  1774 繁き野をいく一むらに分けなして車に昔を忍びかへさむ  1775 むかしみし庭の小松に年ふりてあらしの音を梢にぞきく  1776 これや見し昔住みけむ跡ならむよもぎが露に月の懸れる  1877  題しらず 數ならぬ身をも心のもりがほにうかれては又歸りきにけり  1878 愚なる心のひくにまかせてもさてさはいかにつひの思を  1879 年月をいかで我身に送りけむ昨日の人もけふはなきよに  1880 うけがたき人の姿にうかび出でてこりずや誰も又沈むべき  1881 何處にも住まれずば只住まであらむ柴の庵の暫しなる世に  1882 月のゆく山に心を送りいれて闇なる跡の身をいかにせむ  1883 待れつる入相の鐘の音す也あすもやあらばきかむとすらむ  1884 世を厭ふ名をだにもさは留め置て數ならぬ身の思出にせむ  1885 身のうさを思知らでや止みなまし背く習のなき世なりせば  1886 如何すべき世にあらばやは世をも捨てあなうの世やと更に思はむ  1887 何亊にとまる心のありければさらにしもまた世の厭はしき  1888 情ありし昔のみ猶忍ばれてながうへまうき世にもふるかな  1889  寂蓮法師人々すゝめて百首の歌よませ侍りけるに、いなびて熊野に詣でける道にて、夢に、何亊も衰へゆけど此の道こそ世の末にかはらめ物はあれ、猶此の歌よむべきよし、別當湛快、三位俊成に申すと見侍りて、驚きながら此歌を急ぎよみにだして遣しけるおくに書きつけはべりける 末の世も此の情のみ變らずと見し夢なくばよそに聞かまし  1990  題しらず 宮柱したつ岩ねにしきたててつゆも曇らぬ日の御影かな  1991 かみぢ山月さやかなる誓ありて天の下をば照すなりけり  1992  伊勢の月讀の社にまゐりて月をよめる さやかなる鷲の高嶺の雲居より影やはらぐる月よみの森  2093  西行法師をよび侍りけるに、まかるべきよしは申しながらまうでこで月のあかゝりけるに、門の前を通るとききてよみて遣しける 待賢門院堀河  西へゆくしるべと思ふ月影の空頼めこそかひなかりけれ  かへし 立入らで雲間を分けし月影はまたぬ景色やそらに見えけむ  2094  觀心をよみ侍りける やみはれて心の空にすむ月は西の山邊やちかくなるらむ  Subtitle  新勅撰和歌集 西行法師 十四首  0201  題しらず 風吹けば花の白波岩こえてわたりわづらふ山がはのみづ  0202 哀わがおほくの春の花を見て染めおく心たれにつたへむ  0403  題しらず 玉にぬく露はこぼれてむさしのの草の葉むすぶ秋の初風  0404 をぐら山麓をこむる夕霧にたちもらさるるさをしかの聲  0505  題しらず 山里は秋のすゑにぞ思ひしるかなしかりけり木枯のかぜ  0506 限あればいかがは色の増るべきあかずしぐるる小倉山かな  0607  題しらず 風さえてよすればやがて氷つゝ返る浪なき志賀の唐崎  0608  高野に侍りける時、寂然法師大原に住み侍りけるに遣しける 大原は比良のたかねの近ければ雪ふる程を思ひこそやれ  1109  題しらず 東路や忍のさとにやすらひて勿來の關をこえぞわづらふ  1310  題しらず 消返り暮待つ袖ぞしをれぬるおきつる人は露ならねども  1611  題しらず あらはさぬ我が心をぞうらむべき月やはうとき姨捨の山  1712  高倉院の御時つたへ奏せさする亊侍りけるにかきそへて侍りける 跡とめて古きを慕ふ世ならなむ今もありへば昔なるべし  1713 頼もしな君きみにます時にあひて心の色を筆に染めつる  1714  西行法師自歌を歌合につがひ侍りて判の詞あつらへ侍りけるに書きそへて遣しける。 皇太后宮大夫俊成  契りおきし契の上にそへおかむわかの浦路のあまのもしほ木  返し わかの浦に汐木重ぬる契をばかけたるくもの跡にてぞみる  Subtitle  續後撰和歌集 西行法師 十三首  0101  春の歌の中に かすまずば何をか春と思はましまだ雪きえぬみ吉野の山  0402  題しらず 山里は外面の眞葛葉をしげみうら吹き返す秋をこそ待て  0503  題しらず なに亊をいかに思ふとなけれども袂かわかぬ秋の夕ぐれ  0604  題しらず あまの原おなじ岩戸をいづれども光ことなる秋の夜の月  0605 世のうきに一方ならずうかれ行く心さだめよ秋の夜の月  0806  題しらず 東屋の餘りにも降る時雨かな誰かはしらぬ神無づきとは  0807  題しらず 時雨かと寢覺の床に聞ゆるは嵐にたへぬ木の葉なりけり  1308  戀の歌の中に 唐衣たち離れにしまゝならば重ねてものは思はざらまし  1409  題しらず 我が袖を田子の裳裾に比べばや何れか痛くぬれは勝ると  1710  前大僧正慈鎭、無動寺に住みはべりけるころ、申しつかはしける いとゞいかに山をいでじと思ふらむ心の月を獨りすまして  返し 前大僧正慈鎭  うき身こそ猶山かげに沈めども心にうかぶ月を見せばや  1811  相空法師みまかりにけるを西行法師とぶらひ侍らざりければ 寂然法師  とへかしな別の庭に露ふかきよもぎがもとの心ぼそさを  返し 他に思ふ別ならねば誰をかは身より外には問ふべかりける  1912  遠行別といふことを 程ふれば同じ都のうちだにも覺束なさはとはまほしきを  1913  物へまかるとて野中の清水をみて 昔みし野中の清水かはらねば我かげをもや思ひ出づらむ  Subtitle  續古今和歌集 西行法師 十首  0701  題しらず 神かぜに心やすくぞまかせつる櫻の宮のはなのさかりは  1102  題しらず 袖の上の人めしられし折まではみさをなりける我涙かな  1203  題しらず 何故にけふまで物を思はまし命にかへて逢ふ世なりせば  1504  題しらず 浮世をばあらればあるに任せつゝ心よいたく物な思ひそ  1505 問へかしな情は人の身の爲をうきわれとても心やはなき  1506 憂をうしと思はざるべき我身かは何とて人の戀しかるらむ  1607  題しらず 誰とても止るべきかはあだし野の草の葉毎にすがる白露  1608 かたがたに哀なるべき此世かなあるを思ふもなきを忍ぶも  1709  修行し侍りける時花の蔭にやすみてよみ侍りける わきて見む老木は花も哀なり全いくたびか春に逢ふべき  1710  花の歌の中に ねがはくは花のもとにて春死なむそのきさらぎの望月の頃  Subtitle  續拾遺和歌集 西行法師 九首  0101  題しらず けふは唯忍びもよらで歸りなむ雪の降積むのべの若菜を  0202  題しらず 年をへて待つもをしむも山櫻花に心を盡すなりけり  0503  題しらず 秋風に穗末なみよるかるかやの下葉に蟲の聲よわるなり  0804  題しらず 何ごともかはりのみ行く世の中に同じ影にてすめる月かな  0905  秋の暮つかた修行に出で侍りける道より權大納言成通のもとにつかはしける 嵐吹く峯の木葉にともなひていづちうかるゝ心なるらむ  1106  戀歌とて みさをなる泪なりせば唐衣かけても人にしられざらまし  1607  高野山に侍りける頃皇太后宮大夫俊成千載集えらび侍る由聞きて歌をおくり侍るとてかきそへ侍りける 花ならぬ言の葉なれど自から色もやあると君ひろはなむ  返し 皇太后宮大夫俊成  世を捨てゝ入りにし道の言の葉ぞ哀も深き色ぞみえける  1908  題しらず 鷲の山曇る心のなかりせばたれも見るべきありあけの月  2009  住吉にまうでてよめる 住吉の松がねあらふ波のおとを梢にかくるおきつしほ風  Subtitle  新後撰和歌集 西行法師 十一首  0101  題しらず 芳野山人に心をつけがほに花よりさきにかゝるしらくも  0202  題しらず あくがるゝ心はさても山櫻散りなむ後や身にかへるべき  0203 何とかくあだなる花の色をしも心に深くおもひそめけむ  0404  題しらず 荻の葉を吹きすてゝ行く風の音に心亂るゝあきの夕ぐれ  0405  秋のころ人を尋ねて小野にまかりたりけるに、鹿の鳴きければ 鹿の音をきくにつけても住む人の心知らるゝ小野の山里  0506  題しらず ながむるに慰む亊はなけれども月を友にて明かす頃かな  0707  修行し侍りける時同行の都に歸りのぼりければ 歸り行く人の心をおもふにもはなれがたきは都なりけり  0908  月あかゝりける夜西行法師詣で來て侍りけるに、出家のこころざしあるよし物語して歸りける後其の夜の名殘多かりしよしなど申し送るとて 中院入道右大臣  夜もすがら月をながめてちぎり置きしそのむつ言に闇は晴れにき  返し すむと見えし心の月し顯れば此の世も闇の晴れざらめやは  1709  無言の行し侍りける頃郭公を聞きて 時鳥人にかたらぬ折にしも初音きくこそかひなかりけれ  1910  西行法師後世の亊など申したりければ 前大納言成道  おどろかす君によりてぞ長き夜のひさしき夢はさむべかりける  返し 驚かぬ心なりせば世のなかを夢ぞと語るかひなからまし  2011  題しらず 君が世のためしに何を思はまし變らぬ松の色なかりせば  Subtitle  玉葉和歌集 西行法師 五十七首  0101  花の歌よみ侍りける中に 山寒み花さくべくもなかりけり餘りかねても尋ねきにける  0102 覺束ないづれの山の嶺よりか待たるゝ花の咲き始むらむ  0203  しづかならむと思ひ侍る頃花見に人々夫うできたりければ 花見にとむれつゝ人のくるのみぞあたら櫻の咎には有ける  0204  修行し待りける道にて花おもしろかりける所にてよみ侍りける 眺むるに花の名だての身ならずば木の本にてや春を暮さむ  0205  山路落花 散初むる花の初雪降りぬればふみ分けまうき志賀の山越  0206  花を 浮世にはとゞめ置かじと春風の散らすは花を惜むなりけり  0307  夕郭公と云ふ亊を 里慣るゝたそがれ時の子規きかずがほにて又なのらせむ  0408  秋の歌の中に 鹿のねを垣ね仁こめて聞くのみか月もすみけり秋の山里  0409  あひしりて侍りける人の伏見にすむと聞きて尋ねまかりたりけるに庭の草、道もみえず茂りて蟲の鳴きければ わけている袖に哀をかけよとて露けき庭に蟲さへぞなく  0410  蟲をよめる 秋の夜を獨やなきて明さましともなふ蟲の聲なかりせば  0511  月の歌の中に 月さゆるあかしのせとに風ふけば氷の上にたゝむ白波  0512 わたの原波にも月はかくれけり都の山をなにいとひけむ  0513  題しらず 月すめば谷にぞ雲はしづむめる嶺吹き拂ふ風にしかれて  0514  月をよみ侍りける 人もみぬ由なき山の末までにすむらむ月の影をこ思へそ  0515  題しらず 憂身こそ厭ひながらも哀れなれ月を眺めて年のへぬれば  0516  題しらず 秋ふかみ弱るは蟲の聲のみかきく我とても頼みやはある  0617  閑居時雨を 自づから音する人もなかりけり山廻りする時雨ならでは  0618  題しらず 木枯に木の葉のおつる山里は泪さへこそもろくなりけれ  0619  月照寒草 はなにおく露にやどりし影よりも枯野の月は哀なりけり  0620  山家冬月といふ亊を 冬枯のすさまじげなる山里に月のすむこそ哀れなりけれ  0621  雪埋竹 雪うづむ岡の呉竹をれふしてねぐらもとむる村すゞめ哉  0822  人の許より  いとゞしくうきにつけても頼むかな契りし道のしるべたがふな  と申しおこせて侍ける返亊に 頼むらむしるべもいさや一つ世の別にだにもまどふ心は  0823  或る所に宮仕し侍りける人、世をそむきて、都離れて遠くまかりけるに代りてよみ侍りける 悔しきは由なく君になれ初めていとふ都の忍ばれぬべき  0824  旅の歌の中に 風あらき柴の庵は常よりもねざめぞものは悲しかりける  0825  四國の方修行し侍りけるに同行の都へ歸りけるが、いつ歸るべきなど申し侍りければ 柴の庵のしばし都へ歸らじと思はむだにも哀れなるべし  0826  安藝の一宮へ參りけるに、たかとみの浦とえふ所にて風にふきとゞめられて程經ければ、苫葺きたるいほりより月の洩りけるを見て 波のおとを心にかけてあかすかな苫もる月の影を友にて  0927  戀の歌の中に 天雲のわりなきひまをもる月の影計だに逢ひ見てしがな  1028  月前戀を 哀ともみる人あらば思はなむ月のおもてに宿すこゝろを  1129  戀の歌の中に 身のうさの思ひ知らるゝ理におさへられぬは泪なりけり  1130 いく程もながらふまじき世の中に物を思はでふる由もがな  1131 恨みても慰めてまし中々につらくて人の逢はぬと思はゞ  1232  題しらず 打絶えて君にあふ人いかなれや我身も同じ世にこそはふれ  1233 今よりは逢はで物をば思ふとも後うき人に身をばまかせじ  1334  題しらず とに斯に厭まほしき世なれ共君が住むにもひかれぬるかな  1435  題しらず 山深み霞こめたる柴のいほにことゝふものは谷のうぐひす  1436  花の歌の中に 花を待つ心こそなほ昔なれ春にはうとくなりにしものを  1437  夏熊野へ參りけるにいはたといふ所にて涼みてげかうしける人につけて京なる同行のもとに遣しける 松がねのいは田の岸の夕すゞみ君があれなと思ほゆる哉  1438  雪の歌の中に 折しもあれ嬉しく雪の埋む哉かき籠りなむと思ふ山路を  1439  歳暮述懷と云ふ心を 年くれしその營みは忘られであらぬ樣なるいそぎをぞする  1540  題しらず つくづくと物を思ふにうちそへてをり哀なる鐘の音かな  1641  いほりのまへに松のたてりける木みてよみ侍りける 谷の戸に獨ぞ松もたてりける我のみ友はなきかと思へば  1642 久に經て我後の世をとへよ松跡しのぶべき人もなき身ぞ  1643  寂然大原に住み侍りけるに、高野より「山ふかみ」といふ亊をかみにおきて十首の歌よみてつかはしける中に 山深みなるゝかせぎのけ近さに世に遠ざかる程ぞしらるる  1644  歎くこと侍りける人をとはざりければ、あやしみて人にたづぬと聞きて申しつかはしける なべて皆君が歎きをとふ數に思ひなされぬことのはもがな  1745  紀伊二位身まかりにける跡にて 流れ行く水に玉なすうたかたの哀あだなる此の世なりけり  1746 船岡のすそ野のつかの數添へて昔の人にきみをなしつる  1747  大炊御門右大臣父の服のうちに母又なくなりぬと聞きてとぶらひにつかはすとて かさねきる藤の衣をたよりにて心の色もそめよとぞ思ふ  1748  鳥羽院かくれさせ給ひて御わざの夜昔つかうまつりなれにし亊などまで思ひつゞけてよみ侍りける 道變るみゆき悲しき今宵かな限のたびとみるにつけても  1749  近衞院の御墓にわけ參り待りけるに野べの氣色たぐひなく哀にて、春宮と申しゝ昔より今の露けさまで思ひつゞけてよみ侍りける 磨かれし玉のうてなを露深き野べに移してみるぞ悲しき  1850  題しらず 引きかへて花みる春は夜はなく月見む秋は晝なからなむ  1851  鳥羽院に出家のいとま申し侍るとてよめる 惜むとて惜まれぬべき此世かは身を捨てゝ社身をも助けめ  1852  前大納言成通世をそむきぬと聞きていひつかはしける 厭ふべきかりのやどりは出でぬなり今は誠の道をたづねよ  1853  小侍從病おもくなりて月頃へにけりと聞きてとぶらひにまかりたりけるに此の程すこしよろしき由申して人にもきかせぬ和琴の手ひきならしけるをきゝてよみ侍りける 琴のねに泪をそへてながすかな絶えなましかばと思ふ哀に  1854  寄月述懷と云ふ亊を 世の中のうきをもしらずすむ月の影は我身の心ちこそすれ  1855  題しらず 捨てゝ出し浮世は月の澄であれなさらば心の止らざらまし  1856  題しらず 心から心にものを思はせて身をくるしむる我が身なりけり  2057  そのかみよりつかうまつりなれけるならひに世を遁れて後も賀茂の社に參りけるを年たかくなりて四國のかたへ修行しけるが又歸りまゐらずとてたなをの社のもとにて靜かに法施奉りける程、木の間の月ほのぼのとして常よりも神さびあはれに覺え侍りければ かしこまるしでに泪のかかるかな又いつかはと思ふ哀に  Subtitle  續千載和歌集 西行法師 四首  0301  題しらず 待つ亊は初音までかと思ひしに聞きふるされぬ時鳥かな  0601  題しらず 芳野山麓にふらぬ雪ならば花かとみてや尋ねいらまし  1003  觀持品 いかにして恨みし袖に宿りけむ出でがたく見し有明の月  1004  無量壽經易住而無人の心を 西へ行く月をやよそに思ふらむ心に入らぬ人のためには  Subtitle  續後拾遺和歌集 西行法師 三首  0201  花の歌の中に 吉野山梢のはなを見し日より心は身にも添はずなりにき  1202  戀の歌の中に 色深きなみだの河のみなかみは人をわすれぬ心なりけり  1803  題しらず なき人もあるを思ふも世の中は眠のうちの夢とこそみれ  Subtitle  風雅和歌集 西行法師 十三首  0201  題しらず 春になる櫻の枝は何となく花なけれどもなつかしきかな  0202 同じくは月のをり咲け山櫻はな見る春の絶え間あらせじ  0303  春の歌の中に ますげおふるあら田に水を任すれば嬉し顏にも鳴く蛙哉  0604  題しらず 何となく物悲しくぞ見えわたる鳥羽田の面の秋の夕ぐれ  0605  月を詠める 深き山に澄みける月をみざりせば思出もなき我身ならまし  0606  月の歌とて 何處とて哀ならずはなけれども荒れたる宿ぞ月はさやけき  0607 庵にもる月の影こそ寂しけれ山田はひたの音ばかりして  1508  那智の山に花山院の御庵室ありける上に櫻の木の侍るを見て住みかとすればと詠ませ給ひけむ亊思ひ出でられて詠みける 木の本に住みける跡を見つるかな那智の高嶺の花を尋ねて  1709  西行御裳濯の歌合とて前中納言定家に判ずべきよし申しけるを若かりける頃にて辭び申すをあながちに申し侍りければ判じてつかはすとて  山水の深かれとてもかきやらず君に契を紡ぶばかりぞ  と申し侍りける返亊に 結びなすすゑを心にたぐふれば深く見ゆるを山かはのみづ  1710  題しらず 花散らで月は曇らぬ世なりせば物を思はぬ我身ならまし  1711  相空法師身まかりて侍りけるを西行法師とはず侍りければ數多よみて遣しける中に 寂然法師  いかゞせむ跡の哀はとはずとも別れし人の行へ尋ねよ  返し 亡き人を忍ぶ思ひのなぐさまば跡をも千度とひこそはせめ  1812  法華經序品の心を 散りまがふはなの匂ひをさきだてて光を法の莚にぞしく  1913  みづからよみあつめたりける歌を三十六番につがひて伊勢大神宮に奉るとて俊成卿にかちまけしるしてと申しけるに度々辭み申しけれどしひて申し侍るとて歌合のはしにかきつけてつかはしける 藤浪を御裳濯川にせきいれて百枝の松にかけよとぞ思ふ  Subtitle  新千載和歌集 西行法師 四首  1201  題しらず 物思へば袖に流るゝ涙川いかなるみをに逢ふ瀬なりけむ  1802  西の國の方へ修行にまかりけるに美豆野と云ふ所にて伴ひなれたる同行の侍りけるがしたしきものゝ例ならぬ亊侍るとてとゞまりければよめる 山城のみづのみくさに繋がれて駒もの憂げに見ゆる旅かな  1903  七月十五日の夜月あかゝりけるに舟岡にまかりて いかで我今宵の月を身にそへて死出の山路の人をてらさむ  1904  鳥羽院かくれさせ給ひての後人々歌詠み侍りけるに おくれおきて歸りし野邊の朝露を袖にうつすは涙なりけり  Subtitle  新拾遺和歌集 西行法師 九首  0101  旅宿梅を ひとりぬる草の枕のうつり香はかきねの梅の匂なりけり  0402  秋の始め嗚尾といふ所にてよめる 常よりも秋に鳴尾の松風は分きて身にしむ物にぞありける  0503  百首の歌奉りし時、鹿 かねてより心ぞいとど澄みのぼる月待つ峯の小男鹿の聲  0504  入夜聞雁といへる亊を詠める 鳥羽に書く玉章のここちして雁なき渡るゆふやみのそら  0605  寒草帶霜といふ亊を 難波潟みぎはの蘆に霜さえて浦風さむきあさぼらけかな  0906  東の方へ修行し侍りけるに白河關にて月のあかかりければ柱に書き付けける しら河の關屋を月のもるかげは人の心をとむるなりけり  1007  鳥羽院かくれさせ給うて御葬送の夜、高野より思はざるに參りあひて詠み侍りける 今宵こそ思ひ知りぬれ淺からず君に契の有る身なりけり  1908  大覺寺の瀧殿の石ども閑院へわたされて跡なくなりたると聞きてみにまかりて、赤染衞門が「いまだにかゝり」とよみけむ折思ひ出でられて 今だにもかかりと云ひし瀧つ瀬の其の折迄は昔なりけむ  2009  柳隨風と云ふ亊を 見渡せば佐保の河原にくりかけて風によらるる青柳の糸  Subtitle  新後拾遺和歌集 西行法師 三首  0301  題しらず 郭公思ひも分かぬ一こゑを聞きつといかで人にかたらむ  0502  題しらず 誠とも誰か思はむひとり見て後にこよひの月をかたらば  1703  世を遁れける折ゆかり有りける人の許へ云ひ贈りける 世の中を背き果てぬと云置かむ思知るべき人は無くとも  Subtitle  新續古今和歌集 西行法師 三首  0201  花の歌の中に 覺束な春の心のはなにのみいづれの年かうかれそめけむ  1602  題しらず はかなしやあだに命の露消えて野べにや誰も送置かれむ  1703  秋の歌の中に 思ふにも過ぎて哀に聞ゆるは荻の葉みだる秋のゆふかぜ 右國歌大觀本にて抄出、國歌大系本と兩三本を以て校訂す  底本::   著名:  西行全集 第一巻        西行法師家集   校訂:  伊藤 嘉夫   発行者: 井上 了貞   発行所: ひたく書房   初版:  1981年02月16日 第 1刷発行   注:番号は上位2桁は勅撰集の巻数、下位2桁は連番  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: Apple Macintosh Performa 5280   入力日: 2000年11月24日-2000年12月08日  校正::   校正者:   校正日: