西行の和歌はやまとうた


 「山家集」夏歌には様々な「ほととぎす」表記があります。本来はどの様な表記だったかということを調べてゆくと、面白いことが分かってきました。( 「ほととぎす」に関しては別稿)古いものほど歌本体の漢字の使用頻度が少ない様なのです。詞書も漢字の使用頻度は下がりますが、歌本体ほどではありません。

 「古今和歌集」は「ひらがな」による「みそひともじ」の「やまとうた」であり、複線構造による多重性で表現の幅を広げている。使う文字は「ひらがな」だけであり、改行も15文字程度の所で句切れとは無関係に行われる為、「墨つぎ」、「連綿」や「かかりむすび」などを頼りに読む必要があるので読みにくい(「古今」調)。一方、「新古今和歌集」は「漢字混じり」の「みそもじあまり」の「和歌」であり、単線構造で比較的一意的だが、「本歌取り」や「言いさし」などの技巧で表現の幅を広げている。(「新古今」調)藤原定家は、「古今和歌集」を書写するにあたり、漢字を導入し句切れでの改行を行う事によって可読性を高めた。しかし、複線構造だった歌を一義的に固定してしまい、表現の幅を狭めた。現在残っているテキストはこの流れを汲むものがほとんどである。濁点、句読点の追加も近代教育が確立してからとのこと。原点に戻って「古今和歌集」歌を研究する必要がある。というのが文献1の論旨です。(読み違い、勘違いがある可能性が高いので、原典を読むことをお勧めします。)

 「古今和歌集」より「藤原定家」にはるかに近い西行法師ですから、時代の趨勢として「新古今」調なのだろうと思っていました。しかし新古今和歌集の作品群における西行法師の和歌の異質性をなんとなく感じていたのは私だけでしょうか。とにかく原典にあたってみなければ何とも言えません。

 文献2の漢字の使用頻度は部分によって違いがあります。「山家集」は現在発行のものより少ない。「聞書集」「殘集」は、ほとんど「ひらがな」。「御裳濯河歌合」「宮河歌合」は、現在発行の「山家集」等と同程度。これは、完全に近い底本を選択した結果と考えられます。「聞書集」「殘集」が口述筆記されたものであろうと考えられるにもかかわらず、歌本体はほとんど「ひらがな」である事は非常に興味深いところです。
「聞書集」「殘集」テキスト
聞書集 .txt
殘集 .txt

 「伝西行筆」といわれる、習字の手本を入手しましたら、歌本体はほとんど「ひらがな」であることが分かりました。「伝西行筆」と云われるものはほとんど切り取られて分散したものの一部です。文献3は複数の筆記者によるもので「伝西行筆」と云われる部分は80首程度。文献4は西行法師の歌集ではありません。又、各種書籍の「伝西行筆」といわれる影印も同様でした。(文献2、3、4、5)これらの「伝西行筆」の信憑性は疑問視される場合が多いのですが、ここではかなり直筆に近い(書写の回数が少ない)ということで充分と考えます。
伝西行筆テキスト
一品経和歌懐紙 .txt
山家心中集抄 .txt
宮河歌合 .txt 月輪切 四番
家集切 .txt 傳西行自筆詠草切 二首
西行假名書状 .txt (狂歌入)

 例外は、
1。人、山、月、日、又、中、花、風等の漢字
2。勅、京、法等の中国伝来の外来語
3。変体仮名(漢字ですが仮名とみなせます)
これ以外はすべて「ひらがな」です。

 改行も句切れで行うものではなく、15〜16文字目での任意な改行となっています。濁点、句読点も一切ないことは言うまでもありません。

 詞書はある程度漢字を使用して可読性を高めているようです。「聞書集」前半のように漢字ばかりの詞書が続くことすらあります。

 現存する「伝西行筆」と云われるテキストは明らかに「古今」調を呈しています。私は、『 西行法師の歌は「ひらがな」による「みそひともじ」の「やまとうた」であった 』と結論づけます。西行法師の和歌の「やまとうた」という視点からの研究が必要です。

 さらに、石川県立図書館の「西行上人集」や「西行法師歌集」の変体仮名の多用も研究の余地があります。

 専門家の研究を期待します。


文献
文献1
「やまとうた--古今和歌集の言語ゲーム」 小松英雄著 講談社 ISBN4-06-206946-6
文献2
「西行全集」 伊藤嘉夫・久曽神昇編 ひたく書房 1981年02月16日
文献3
「伝西行筆 山家心中抄」 書藝文化新社 H08/11/15
文献4
「伝西行筆 中務集」 二玄社 ISBN4-544-01490-5
文献5
新潮古典文学アルバム10
「新古今和歌集・山家集・金槐和歌集」 佐藤恒雄編集 新潮社 ISBN4-10-620710-9
文献6
「新訂 山家集」 佐佐木信綱 校訂 岩波書店 4-00-300231-8
文献7
新潮日本古典集成
「山家集」 後藤重郎 校注 新潮社 4-10-620349-9
文献8
「西行法師全歌集」 尾山篤二郎 富山房 S13/07/15初版 S20/10/20版
文献9
「山家集」 伊藤嘉夫 朝日新聞社 S22/12/30


第一稿:2000年09月08日 新渡戸 広明

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