Title  グリーン・カード 69  緑の札 69  ----時代----五十年後----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年十月二十四日(金曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  鬪爭 五  Description  ため2 「驗しつて----?」  シノブは不審さうに美しい眼頭 を寄せて反問した。 「不思議なことではない!妹の肉 體は實驗室での猿と同じ運命にあ つた妹だつたのです!」  アキラの瞳は次第に、キカイの やうな冷たさに光つた。  默つたまゝで、シノブは黄金色 の光を増す氷原の大空に、輕い吐 息を投げつけた。 「シノブ----」  アキラは、さうした彼女の姿か ら冷たい自分の語調を發見して愕 いた。彼は默つてシノブを見るこ とが出來なかつたのだ。 「妹一人が僕の仕亊の相手ではあ りません!今にその相手を探し出 して見せます----。」  不自然な快活さで、アキラは不 意にこぼれた心の感傷をぬり潰し て微笑んだ。 「ハナド!」  シノブは狂人のやうにアキラの 胸へどしん!と顏を投げ寄せると【、】 その不自然な微笑を叩きつけるほ どの眼で【、】キラ!と彼を見上げたの だ。 「ハナド、御安心なさい!あなた の猿に、このあたしはなつて上げ ませう!」  あけびの實のやうな唇から、意 外な言葉が奔り出た。 「え!?」  アキラの瞳からは火華のやうな ものが散つたかと思はれた。 「シノブ!そ、それは、ほんとう ですか!?」 「ええ、ほんと!ほんとの決心!」  シノブの顏は燃えてゐた。 「と----いつてシノブ、僕のキカ イは貴女の生靈を奪つて、新しい 貴女を創造するのです!貴女はそ れを怖れないとおつしやるのです か!?」 「怖れないわ!ハナド。」 「だが、創造された貴女は、唄ふ ことが出來ない!踊ることが出來 ない!----かも知れません。」 「唄へなくつても、踊れなくつて も、あたしさへ、ハナドの好きな 女に創られるとしたら----さうし てハナドに一生愛して頂けるもの だとしたら----」 「………」  アキラの沈默に涙が浸んだ。 「か、感謝します……。」  彼はそれぎりで、顏を伏せた。  ある時はキカイのやうに、ある 時は詩人のやうに、アキラの神經 は轉變した。彼は大河のやうに、 ヽヽヽヽ せゝらぎのやうに人生を流れる若 者であつたのだ。 「ハナド。」  感激に慄えてゐるアキラの胸に 顏を寄せて、シノブは囁いた。 「あなた、一體あたしをどんな女 に創つてみたい?きつと----煙草 の嫌ひな、お酒の嫌ひな----男を            ヽヽ 玩具にして喜ばない----ひとにす る?」 「します!」  不意に感激からぬけて、アキラ はかうきつぱりと答へた。 「つゝましい、優しい、お上手に 嘘がいへない、男を尊重する、神 さまのやうな、奴隸のやうな---- 女に、あたしを創つて見たいので せう?」 「そんな皮肉はいはないで下さい !」  アキラはかツとして、シノブを 睨めた。 「僕は女を奴隸にすることは嫌ひ です!女ははじめから、人生の奴 隷ではなかつたはずです、たゞ女 には人の子の母として、男の妻と して、どこまでも愛と美に生きね ばならない唯一絶對の道がありま す、あのオーロラのやうに!」  彼は堪らなくオーロラの空の下 で確りとシノブを抱きしめた。  End  Data  トツプ見出し:   けさ觀艦式塲へ   全艦隊の行進   海國日本の大威容を   描き出した大パノラマ  廣告:   一歩進んだ新常備藥 ペルメル 小型(廿錢)  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年十月二十四日(金曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年09月06日 しながわ水族館・葛西臨海公園  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年09月18日    $Id: gc69.txt,v 1.8 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $