Title  グリーン・カード 59  緑の札 59  ----時代----五十年後----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年十月十日(金曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  死の舞 一  Description  タズの病室。タズはべツドに横 はつたまゝ手を胸に當て、深い瞑            ヽヽ 想に墜ちてゐる。彼女のかうした         ヽヽ 姿は、なか/\にくずれない。  彼女は祈つてゐるのだ。暗黒の どん底で創造主の全能を信ずる彼 女の見えない眼に映つた人生の姿 が、何といふ怖ろしい獸であつた らう……。  子を愛することを忘れた母。靈 を奪つて母を征服せんとする子 ----。その醜い爭鬪が、はつきり タズの心に甦つてくると、彼女は 裁かれる日の怖ろしさに戰いた。 創造主の全能を否定した愛なき人 人の上に、その日の迫つてゐるこ とは、彼女の信仰を更に深める恐 怖であつた。  アキラが入つて來た。死んだや うになつてゐるタズの姿を見て彼 は、はツ!とした。 「タズ、お前、どうした?」 「…………」     ヽヽ 「夢でもみてた?」 「兄さん----」  蛇のようにタズの兩手は、アキ     ヽヽヽ ラの胸にからみついた。 「あたし兄さんに、一生のお願ひ があるの、聽いて下さる?」 「あ、あ、聽いて上げるとも! どんなことだ?」  今までに一度も味はつたことの     ヽヽ ない----いぢらしさ----といふも のが、アキラの胸に浸み込んだ。 急に妹が哀れに見えた。 「あたしお母さまに逢ひたい ----」 「え?」  アキラは心の轉落するのを身に 覺えた。思はず彼は唇を噛んで、 ぢツと彼女を睨めた。 「お前、何んてことを、いひ出す のだ?」  彼の言葉は鋭かつた。 「いふまでもない、母と子だ!兄               ヽ さんだつて、お母さまの心さへめ ヽヽヽ ざめて下されば、どんなに嬉しい か解らない。だが、あのお母さま は、子供の幸福を考へる前に、亊 業を考へる----愛するよりも征服 することが、お母さまには大切な ことだ! そんなお母さまに會つ て、お前、何を話さうと思ふのだ ? 第一、お前がかうして哀れな           ヽヽ 姿になつてゐることをよく御存知  ヽヽ のくせに、一度だつて見舞つて呉 れたことのないお母さまに」  タズがその言葉を押へた。 「兄さん、あたし、きつとお母さ まをまごゝろで動かせてみるわ、 あたしのまごゝろがお母さまに通 じさへすれば、お母さまはきつと ヽヽ めざめて下さるでせう、兄さんだ つてお母さまが今迄のことをお詑 びして下さるなら、怖ろしいキカ イを完成しようなんて、なさらな いでせう……?ね、兄さん?あた し懸命にお祈りするわ」 「タズ。」  それつきりでアキラは默つて終 つた。涙に潤んだ瞳の奧で、彼の ヽヽヽ かたい神經が砂のやうに崩れてゆ くのが映つてゐた。  ×、セキの居室----。  何一つ、女性らしい裝飾のない 【屋】 部室だ。黒黄色の卓子。黒黄色の   チヱアー2 廻轉椅子。猫の眼のやうに光つて ゐる大金庫。金庫の片側には標語 が貼つてある。   ISHI WA KOTETSU   DE ARE!!              【屋】  意志は鋼鐵であれ! この部室 には相應はしい標語に違ひない。 セキはゆつたりと椅子にかけ  アダレ・センス・ウオーター4 「青春の水」を飮み、興春煙  ヽヽ をうまさうにふかした。  間もなく----。  七人の下僕が今日、一日の新聞      【屋】 紙を持つて部室に現はれた。 「お讀み!」  瞳さへも動かさずに彼女は命じ た。     ヽヽ  彼等はかうして今月一日の出來 亊を、讀み始めるのだ。 「………」  End  Data  トツプ見出し:   各自治領代表ら   特惠關税策を主張   イギリス帝國會議の討議   實現せばわが貿易に大打撃  廣告:   かぜねつ藥 オイン   志らが赤毛染 ナイス   腦神經の強壯劑 健腦丸  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年十月十日(金曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年08月30日 STOMP 東京国際フォーラム・ホールC  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年09月07日    $Id: gc59.txt,v 1.6 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $