Title  グリーン・カード 17  緑の札 17  ----時代----五十年後----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年八月九日(土曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  二つの申出 二  Description 「イヤ早速承知していたゞいて有 がたう。皆も喜んでくれるだら う。ところで君の方の日はいつが 良いだらう?」 「九月五日にしていたゞきませ う」 「九月五日、來月だね」 「ヱー、そのころはちやうど實驗 が終るころかと思ひますから、よ し終らなくつても、ぜひその日に していたゞきたいと思ひます」  九月五日!父の自殺した日だ。 その日は自分の發明完成祝賀會が ある!  それは同時に父へ對する自分の 報告日だ----そうしてもう一つ は…… 「いやその日なら萬亊好都合だら う」  ミムラ頭取はアキラの心中に、 どんな感慨が走つてゐるか、そん なことは全く知らずに案外乘氣に なつてゐるらしいこの若者の態度 にスツカリ喜んでゐた。 「ところで----」  ミムラ頭取は汗を拭いた、ヂツ とアキラをみつめた。 「いまゝでの話はこのミムラが日 本國民の一人としての話だ。これ からミムラ個人として少し話があ るんだ----」 ミムラはニツコリ笑つた。この老 人の微笑には堪らないほど人懷し さがある。彼の微笑に會ふと、誰 でも肉親の父親に接するやうな感 じ、すがりたいやうな感じがす る。  ミムラはアジア銀行頭取----こ の都市の金融機關の中樞神經の幹 線を握つてゐる----である。              【を】  彼はいつでもこの微笑で人々ま 懷づけ、けふの地位を築いて來 た、彼は最も重大なチヤンスに、 この微笑を投げかけることを忘れ なかつた。彼は自分の才能に自信 を持つていた。  科學萬能の世界にあつて、ミム ラ頭取の微笑は不思議な力であつ た。 「どういふお話です」  しかしアキラは別に彼の微笑の 魅力を感じたらしい態度は見せな かつた。始めのやうにブツ切ら棒 だつた。  【ま】 「つをり今度の機械の權利だね。 あれを僕に讓つて貰ひたいと思ふ のだ。無論、君は僕の地位を認め てくれるだらうと思ふし、僕もま た、十分に君の努力を認めてゐる と確信してゐるんだが----」 「………」  アキラは返亊をせずに傍らを むいた、その眼は父の冩眞に注が れてゐた。  ミムラは狼狽した。この一介の 青年が、いま日本の財界で誰知ら ぬものもない有力者であるミム 【・】 ラ、タカシの、存在を無視して、         ヽヽヽ 返亊もしないで、あちらを向い た、その無禮をとがめる前にまづ 狼狽した。 「誰か他に先約者でもあるかね ----」  ミムラはアキラの發明に十分の 利益を計上してゐた。この機械の 權利を得ることは、現在の彼の地 位を數倍向上せしめる。或は産業 界の霸者となるであらう、それを よく/\知つてゐる彼であつた。 「誰とも約束してゐません」  アキラの答へにミムラはまづ第 一の不安を除いた。 「それでは君自身亊業界へ乘り出 す氣かね」 「ミムラ頭取、僕は亊業家ぢやあ りません」 「ぢやあ、どうだらうね、これま での交誼を思つて、一つ僕に讓つ てくれないかね。權利金は----」 「待つて下さい」  アキラは押へた。 「九月五日、僕の祝賀會の席上、 僕はこの權利を讓る人を發表しま せう、それまでは待つて下さい」 「よろしい」  ミムラも多くいはなかつた、彼 は巨大な手を出してアキラと握手 した。 「ハナド。ぢやあ失敬する、別れ ぎわに一言、あの權利は三千萬圓 以下では誰にも讓つてはいけない よ。」  End  Data  トツプ見出し:  廣告:  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年八月九日(土曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年7月25日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年07月31日  $Id: gc17.txt,v 1.6 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $