Title  グリーン・カード 09  緑の札 09  ----五十年後の社會----  懸賞當選映畫小説  Note  大阪朝日新聞 夕刊  昭和五年七月三十日(水曜日)  Author  石原榮三郎 原作  小島善太郎 畫  Subtitle  若い科學者 二  Description  研究室から出たアキラはすぐ隣 室の書齋と應接間を兼ねた瀟洒な 部屋へ來た。  そして部屋の片隅のソフアに身 體を横たへ仰向きになつて天井を 眺めた。  アキラはいさゝか疲れてゐた。 本當をいふと彼の新しい發明はも う完成したのだ。  理論の上からも設計の上からも 模型の實驗からも、一つとしてそ の發明の失敗を物語るものはなか つた。  殘された問題はたゞ本式に實驗 して見ることだけだつた。そして アキラは無論その成功に絶對的の 自信を持つてゐた。  仕亊の完成、これがアキラに疲 れを覺えさせてゐるのに違ひなか つた。  彼は長い間苦心した發明の完成 したことにまづ喜ぶよりも疲れを 覺えた。  〃いつ實驗をするか----〃  その日を待つてゐる間、アキラ は毎日ブラブラしてゐたが、その 間の方が發明に寢食を忘れてゐた ころよりは一そう疲れた。  きのふもおとゝひも、そしてけ ふも、アキラは散歩から歸るとい            ヽヽヽ つもソフアに寢ころんでひるねを 貪つた。     ヽヽヽ  憂鬱なひるねだつた。大きな仕            ヽヽヽ 亊を仕遂げた人間が毎日ひるねを する、そのほかには何の仕亊もな い、といふやうなことは、全く憂 鬱なことだつた。----がしかしそ の憂鬱には原因があつた。     ×  しかしそれを語る前にまづアキ ラの新しい發明といふのを物語ら う。  アキラの完成した仕亊といふの は高壓電氣の無線輸送である。  電氣の無線輸送は從來しば/\ 試みられてはゐたが、その距離の 短いのと、電力の小さいことのた めに、また十分に實用に供せられ る程度にはなつてゐなかつた。  アキラは送電機と變壓機と受電 機の三點にわたつて新しい研究を 完成した。  その結果、發電所は全地球の三 分の一までは完全に電力を無線輸 送することができる。  發電所の輸送機から八方に發散 する電流は受電機に感應し、更に 變壓機によつて、その電力が數十 倍に強く變電されて發動機に導か れる。----といふのだ。  電化時代、無線時代にあつても この發明の完成は革命的なものだ つた。  この發明のために市街の地上地 下に林立する電柱や無數の電線は 完全にその姿を消してしまふの だ。  自動車、飛行機、飛行船、電氣船 などは完全に燃料の心配から救は れるのだ。  ラヂオの電波を調節するやう に、それらの機關は波長を調節し ておの/\發電所から發送する電 力の無線輸送を受け、それを各機 關に備へつけた變壓機によつて擴 大し發動機に導くことによつて、 素晴らしい性能を發揮することが できるのである。  それは五十年以前、無電で沖合 の軍艦を操縱することができて 狂喜せしめた時代から、世界各國 の電氣學者が狂奔して目ざしてゐ た發明だつた。  それが日本の若い科學者ハナド アキラの手によつて完成されたの である。     ×  世界最高の權威者といはれるド イツのハインリツヒ博士もまたこ の研究に從亊してゐたが、その愛 弟子だつたハナドから完成近しと   ヽヽヽ いふしらせを受取つてから斷念し てしまつてゐた。  博士はハナドなら必ずしとげる だらうと思つてゐたからだつた。  それほどハナドは信頼されてゐ た。と同時に、詳しいことは發表 されなかつたけれども、とにかく ハナドがこの發明を完成したらし いといふ亊實は逸早く世界中の學 者の間に知れわたつてゐたし、一 般の世間でも、何か素晴らしい發 明があるといふ程度には知つて ゐた。  End  Data  トツプ見出し:   海軍の有力方面----   樞府背後に動く?   批准阻止の資料を頻りに提供   政府首腦對策を攻究  廣告:   毛髮若返り香油 ビタオール 定價一圓  底本::   紙名:  大阪朝日新聞 夕刊   発行:  昭和五年七月三十日(水曜日) 第三版  入力::   入力者: 新渡戸 広明(info@saigyo.net)   入力機: Sharp Zaurus igeti MI-P1-A   編集機: IBM ThikPad s30 2639-42J   入力日: 2003年7月21日  校正::   校正者: 大黒谷 千弥   校正日: 2003年7月26日  $Id: gc09.txt,v 1.6 2005/09/16 02:35:24 nitobe Exp $